覚張隆史『日本人とは何か 私たちのルーツを巡る700万年の物語』
SB新書の一冊として、SBクリエイティブより2026年7月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は日本人の遺伝的形成過程を検証していますが、その前提としての現生人類(Homo sapiens)の出現とアフリカから世界各地への拡散も取り上げており、現生人類の出現にいたる人類進化史も短く言及しています。本書では、現生人類の出アフリカをめぐる議論が、考古学的研究も踏まえてやや詳しく紹介されています。本書が指摘するように、現生人類は20万年以上前にアフリカからユーラシアへと拡散していたかもしれないものの、これら初期の出アフリカ現生人類集団と現代人との系統関係は不明です。なお、「縄文時代」との時代区分や「縄文人」との表記には問題があるでしょうが、煩雑になるので、以下では「縄文時代」と「縄文人」を「」では括りません。
日本列島への人類の到来というか旧石器時代の始まりは、本書では38000年前頃とされています。それ以前とされる日本列島の遺跡も複数報告されていますが、数は少なく、確実で継続的な人類の痕跡が確認されるのは38000年前頃以降と言えるでしょう。4万年以上前の日本列島における人類の痕跡は、それが本当だとしても、38000年前頃以降の日本列島の人類と遺伝的もしくは文化的につながっているのか、そもそも担い手が現生人類なのか否か、現時点では断定できないと思います。その意味で、日本列島における人類史を38000年前頃以降とするのは、現時点では妥当でしょう。
日本列島の旧石器時代の人類遺骸は、本州および四国および九州とそのごく近隣の島々を中心とする「本土」ではほとんど見つかっておらず、むしろより高温な沖縄諸島の方で見つかっており、中には、沖縄県島尻郡八重瀬町の港川フィッシャー遺跡で発見された2万年前頃の港川1号(Mizuno et al., 2021)のように、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)解析に成功した事例もあります。本書は、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(白保4号)についても言及しています。ただ、本書でも指摘されているように、白保4号のゲノムデータはまだ論文として公表されておらず、昨年(2025年)開催された国立科学博物館特別展「古代DNA ―日本人のきた道―」での展示(関連記事)以上の情報は現時点で公開されてないようです。
本書は縄文人の起源について、縄文時代草創期集団の祖先は旧石器時代のアジア東部南方沿岸地域に存在し、その集団の祖先は、さらな古い時期にアジア東部に存在した南北の旧石器時代集団の混合によって形成されたのではないか、と推測しています。論文化されていない白保4号のゲノムに関する公開情報では、縄文人の遺伝的構成については、白保4号的な構成要素6割と、沿海州の古代人的な構成要素4割でモデル化できるそうです。本書は、縄文人が24000年前頃にアジア東部の大陸集団と遺伝的に分岐した可能性を指摘していますが、本書が指摘するように、縄文人の形成過程についてはまだ断定できる段階になく、研究の進展を俟つしかなさそうです。
日本列島では、弥生時代に穀物栽培が本格的に始まり、水田稲作は当初から体系的だったので、こうした本格的な農耕はユーラシア大陸部から導入された、と考えられています。実際、本書が指摘するように、日本列島では縄文時代には人類集団の遺伝的構成が比較的均質で(Watanabe et al., 2026)、日本列島外集団からの大規模な遺伝子流動はなかったようですが、弥生時代になると、縄文人とは異質な遺伝的構成要素が確認されるようになります(Ishiya et al., 2026)。本書は、弥生時代にユーラシア大陸部から日本列島に到来した集団の起源について、まだ断定できる段階ではなく、複数地域の集団が関わっていた可能性を指摘しており、現時点では妥当だと思います。在来の縄文人的構成要素とユーラシア大陸部から到来した集団の構成要素の混合として、弥生時代の日本列島の人類集団のゲノムはモデル化できますが、本書でも指摘されているように、混合の過程は時空間的に異なっており、たとえば西北九州では、縄文人的構成要素のみでゲノムをモデル化できる個体と、縄文人的構成要素と新たな大陸的構成要素の混合としてゲノムをモデル化できる個体が混在しており(Kim et al., 2026)、北関東の弥生時代中期の人類のゲノムは遺伝的に縄文人と均質です(神澤他.,2024)。
古墳時代については、著者も深く関わった研究(Cooke et al., 2021)で、現代日本人の「三重構造モデル」が提唱されました。「三重構造モデル」では当初、弥生時代にアジア北東部的構成要素が流入して縄文人的構成要素と混合し、古墳時代にアジア東部的構成要素が流入して在来集団と混合し、現代日本人のゲノムが形成された、と推定されました(Cooke et al., 2021)。しかし、その後の研究で、アジア東部的構成要素はすでに弥生時代に中期に到来していたことが示されました(Kim et al., 2025)。その意味で、当初の「三重構造モデル」は訂正されねばなりませんが、現代日本人の遺伝的構成を三重構造で説明することは依然として妥当と思います(Liu et al., 2024)。縄文時代と弥生時代の高品質なゲノムデータを報告した研究(Ishiya et al., 2026)でも、弥生時代と古墳時代の人類の遺伝的差異が指摘されています。ただ、本書でも指摘されているように、弥生時代~古墳時代にかけての人口動態の正確な理解には、弥生時代~古墳時代の日本列島や、近い年代の朝鮮半島の古代ゲノムデータがさらに必要となります。
それらを踏まえた上で本書は、古墳時代に到来した集団が、在来集団と比較して多数派ではなかったものの、「政治的中枢を形成した少数層」だった可能性を指摘しています。また本書は、古墳時代における日本列島への人類集団の到来が1回のみではなかった可能性も示唆しており、古墳時代も日本列島の人類集団の遺伝的構成は複雑だったことが窺えます。古墳時代における日本列島人類集団の遺伝的差異については、時空間のみならず階層も考慮する必要があるのかもしれません。古墳時代の人類集団の遺伝的差異は、和歌山県田辺市の磯間岩陰遺跡で発見された5~6世紀の2個体のゲノムが、5割程度の縄文人的構成要素でモデル化できること(安達他.,2021)にも示されているように思います。類似した遺伝的構成要素を区別する手法がさらに改善されれば、おそらく三重以上に複雑な、日本列島の人口史が明らかになるのではないか、と私は予測しています。
本書では、長野県飯田市の溝口の塚古墳の被葬者のゲノム解析が報告されており、この研究については迂闊にも把握していませんでしたが、ひじょうに興味深い結果となっています。溝口の塚古墳の男性被葬者のゲノムは縄文人的構成要素とアジア東部的構成要素のみが検出され、アジア北東部的構成要素は明確には検出されませんでした。また、この男性個体の縄文人的構成要素の割合はひじょうに高かったそうです。さらに、この男性個体は、大韓民国慶尚南道金海市の大成洞(Daesung-dong)古墳で発見された女性個体との間に、5~6親等程度の血縁関係が確認されたそうです。当時の日本列島と朝鮮半島南岸との間では、長距離の人口移動があったようです。
本書は歴史時代も視野に入れて、日本列島における現代人集団の形成過程をひじょうに複雑な過程として描いていますが、歴史時代の人類遺骸のゲノム研究については、残念ながら日本列島はヨーロッパや中国と比較して大きく遅れている、と言えるでしょう。歴史時代の人類遺骸のゲノム研究が進めば、家族や社会の構造について理解が深まっていくのではないか、と期待されます。さらに本書は、今後の日本列島の人口動態も視野に入れています。近年、日本に多くの外国出身者が居住していることを、とくに都市部の住民は実感していると思います。本書は医療にゲノム研究が役立つ可能性も指摘していますが、こうした「実用的な」側面もあるため、ゲノム研究はますます盛んになっていくでしょう。本書は、現時点での研究の限界を踏まえて慎重に叙述を進めており、新書形式であることへの配慮もなされていると思います。一般層が日本人の遺伝的形成過程について最新の知見を得るのに適しており、日本人起源論に関心のある方には強くお勧めできます。
参考文献:
Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
関連記事
Ishiya K. et al.(2026): High-coverage ancient genomes reveal divergent population histories and prehistoric starch-related genetic variation in Japan. PNAS, 123, 30, e2606162123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2606162123
関連記事
Kim J. et al.(2025): Genetic analysis of a Yayoi individual from the Doigahama site provides insights into the origins of immigrants to the Japanese Archipelago. Journal of Human Genetics, 70, 1, 47–57.
https://doi.org/10.1038/s10038-024-01295-w
関連記事
Kim J. et al.(2026): Ancient genomes reveal early-stage admixture and genetic diversity in the Northwestern Kyushu Yayoi. Scientific Reports, 16, 4833.
https://doi.org/10.1038/s41598-026-34996-7
関連記事
Liu X. et al.(2024): Decoding triancestral origins, archaic introgression, and natural selection in the Japanese population by whole-genome sequencing. Science Advances, 10, 16, eadi8419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adi8419
関連記事
Mizuno F. et al.(2021): Population dynamics in the Japanese Archipelago since the Pleistocene revealed by the complete mitochondrial genome sequences. Scientific Reports, 11, 12018.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-91357-2
関連記事
Watanabe Y. et al.(2026): Jomon genomics reveal cold adaptation in Upper Paleolithic hunter-gatherers of eastern Eurasia. Science Advances, 12, 33, eaea7469.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aea7469
関連記事
安達登、神澤秀明、藤井元人、清家章(2021)「磯間岩陰遺跡出土人骨のDNA分析」清家章編『磯間岩陰遺跡の研究分析・考察』P105-118
関連記事
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2024)「群馬県八束脛洞窟遺跡出土弥生時代中期人骨の核ゲノム分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第252集P125-133
https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/records/2000324
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覚張隆史(2026) 『日本人とは何か 私たちのルーツを巡る700万年の物語』(SBクリエイティブ)
日本列島への人類の到来というか旧石器時代の始まりは、本書では38000年前頃とされています。それ以前とされる日本列島の遺跡も複数報告されていますが、数は少なく、確実で継続的な人類の痕跡が確認されるのは38000年前頃以降と言えるでしょう。4万年以上前の日本列島における人類の痕跡は、それが本当だとしても、38000年前頃以降の日本列島の人類と遺伝的もしくは文化的につながっているのか、そもそも担い手が現生人類なのか否か、現時点では断定できないと思います。その意味で、日本列島における人類史を38000年前頃以降とするのは、現時点では妥当でしょう。
日本列島の旧石器時代の人類遺骸は、本州および四国および九州とそのごく近隣の島々を中心とする「本土」ではほとんど見つかっておらず、むしろより高温な沖縄諸島の方で見つかっており、中には、沖縄県島尻郡八重瀬町の港川フィッシャー遺跡で発見された2万年前頃の港川1号(Mizuno et al., 2021)のように、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)解析に成功した事例もあります。本書は、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(白保4号)についても言及しています。ただ、本書でも指摘されているように、白保4号のゲノムデータはまだ論文として公表されておらず、昨年(2025年)開催された国立科学博物館特別展「古代DNA ―日本人のきた道―」での展示(関連記事)以上の情報は現時点で公開されてないようです。
本書は縄文人の起源について、縄文時代草創期集団の祖先は旧石器時代のアジア東部南方沿岸地域に存在し、その集団の祖先は、さらな古い時期にアジア東部に存在した南北の旧石器時代集団の混合によって形成されたのではないか、と推測しています。論文化されていない白保4号のゲノムに関する公開情報では、縄文人の遺伝的構成については、白保4号的な構成要素6割と、沿海州の古代人的な構成要素4割でモデル化できるそうです。本書は、縄文人が24000年前頃にアジア東部の大陸集団と遺伝的に分岐した可能性を指摘していますが、本書が指摘するように、縄文人の形成過程についてはまだ断定できる段階になく、研究の進展を俟つしかなさそうです。
日本列島では、弥生時代に穀物栽培が本格的に始まり、水田稲作は当初から体系的だったので、こうした本格的な農耕はユーラシア大陸部から導入された、と考えられています。実際、本書が指摘するように、日本列島では縄文時代には人類集団の遺伝的構成が比較的均質で(Watanabe et al., 2026)、日本列島外集団からの大規模な遺伝子流動はなかったようですが、弥生時代になると、縄文人とは異質な遺伝的構成要素が確認されるようになります(Ishiya et al., 2026)。本書は、弥生時代にユーラシア大陸部から日本列島に到来した集団の起源について、まだ断定できる段階ではなく、複数地域の集団が関わっていた可能性を指摘しており、現時点では妥当だと思います。在来の縄文人的構成要素とユーラシア大陸部から到来した集団の構成要素の混合として、弥生時代の日本列島の人類集団のゲノムはモデル化できますが、本書でも指摘されているように、混合の過程は時空間的に異なっており、たとえば西北九州では、縄文人的構成要素のみでゲノムをモデル化できる個体と、縄文人的構成要素と新たな大陸的構成要素の混合としてゲノムをモデル化できる個体が混在しており(Kim et al., 2026)、北関東の弥生時代中期の人類のゲノムは遺伝的に縄文人と均質です(神澤他.,2024)。
古墳時代については、著者も深く関わった研究(Cooke et al., 2021)で、現代日本人の「三重構造モデル」が提唱されました。「三重構造モデル」では当初、弥生時代にアジア北東部的構成要素が流入して縄文人的構成要素と混合し、古墳時代にアジア東部的構成要素が流入して在来集団と混合し、現代日本人のゲノムが形成された、と推定されました(Cooke et al., 2021)。しかし、その後の研究で、アジア東部的構成要素はすでに弥生時代に中期に到来していたことが示されました(Kim et al., 2025)。その意味で、当初の「三重構造モデル」は訂正されねばなりませんが、現代日本人の遺伝的構成を三重構造で説明することは依然として妥当と思います(Liu et al., 2024)。縄文時代と弥生時代の高品質なゲノムデータを報告した研究(Ishiya et al., 2026)でも、弥生時代と古墳時代の人類の遺伝的差異が指摘されています。ただ、本書でも指摘されているように、弥生時代~古墳時代にかけての人口動態の正確な理解には、弥生時代~古墳時代の日本列島や、近い年代の朝鮮半島の古代ゲノムデータがさらに必要となります。
それらを踏まえた上で本書は、古墳時代に到来した集団が、在来集団と比較して多数派ではなかったものの、「政治的中枢を形成した少数層」だった可能性を指摘しています。また本書は、古墳時代における日本列島への人類集団の到来が1回のみではなかった可能性も示唆しており、古墳時代も日本列島の人類集団の遺伝的構成は複雑だったことが窺えます。古墳時代における日本列島人類集団の遺伝的差異については、時空間のみならず階層も考慮する必要があるのかもしれません。古墳時代の人類集団の遺伝的差異は、和歌山県田辺市の磯間岩陰遺跡で発見された5~6世紀の2個体のゲノムが、5割程度の縄文人的構成要素でモデル化できること(安達他.,2021)にも示されているように思います。類似した遺伝的構成要素を区別する手法がさらに改善されれば、おそらく三重以上に複雑な、日本列島の人口史が明らかになるのではないか、と私は予測しています。
本書では、長野県飯田市の溝口の塚古墳の被葬者のゲノム解析が報告されており、この研究については迂闊にも把握していませんでしたが、ひじょうに興味深い結果となっています。溝口の塚古墳の男性被葬者のゲノムは縄文人的構成要素とアジア東部的構成要素のみが検出され、アジア北東部的構成要素は明確には検出されませんでした。また、この男性個体の縄文人的構成要素の割合はひじょうに高かったそうです。さらに、この男性個体は、大韓民国慶尚南道金海市の大成洞(Daesung-dong)古墳で発見された女性個体との間に、5~6親等程度の血縁関係が確認されたそうです。当時の日本列島と朝鮮半島南岸との間では、長距離の人口移動があったようです。
本書は歴史時代も視野に入れて、日本列島における現代人集団の形成過程をひじょうに複雑な過程として描いていますが、歴史時代の人類遺骸のゲノム研究については、残念ながら日本列島はヨーロッパや中国と比較して大きく遅れている、と言えるでしょう。歴史時代の人類遺骸のゲノム研究が進めば、家族や社会の構造について理解が深まっていくのではないか、と期待されます。さらに本書は、今後の日本列島の人口動態も視野に入れています。近年、日本に多くの外国出身者が居住していることを、とくに都市部の住民は実感していると思います。本書は医療にゲノム研究が役立つ可能性も指摘していますが、こうした「実用的な」側面もあるため、ゲノム研究はますます盛んになっていくでしょう。本書は、現時点での研究の限界を踏まえて慎重に叙述を進めており、新書形式であることへの配慮もなされていると思います。一般層が日本人の遺伝的形成過程について最新の知見を得るのに適しており、日本人起源論に関心のある方には強くお勧めできます。
参考文献:
Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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Ishiya K. et al.(2026): High-coverage ancient genomes reveal divergent population histories and prehistoric starch-related genetic variation in Japan. PNAS, 123, 30, e2606162123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2606162123
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Kim J. et al.(2025): Genetic analysis of a Yayoi individual from the Doigahama site provides insights into the origins of immigrants to the Japanese Archipelago. Journal of Human Genetics, 70, 1, 47–57.
https://doi.org/10.1038/s10038-024-01295-w
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Kim J. et al.(2026): Ancient genomes reveal early-stage admixture and genetic diversity in the Northwestern Kyushu Yayoi. Scientific Reports, 16, 4833.
https://doi.org/10.1038/s41598-026-34996-7
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Liu X. et al.(2024): Decoding triancestral origins, archaic introgression, and natural selection in the Japanese population by whole-genome sequencing. Science Advances, 10, 16, eadi8419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adi8419
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Mizuno F. et al.(2021): Population dynamics in the Japanese Archipelago since the Pleistocene revealed by the complete mitochondrial genome sequences. Scientific Reports, 11, 12018.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-91357-2
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Watanabe Y. et al.(2026): Jomon genomics reveal cold adaptation in Upper Paleolithic hunter-gatherers of eastern Eurasia. Science Advances, 12, 33, eaea7469.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aea7469
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安達登、神澤秀明、藤井元人、清家章(2021)「磯間岩陰遺跡出土人骨のDNA分析」清家章編『磯間岩陰遺跡の研究分析・考察』P105-118
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神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2024)「群馬県八束脛洞窟遺跡出土弥生時代中期人骨の核ゲノム分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第252集P125-133
https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/records/2000324
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覚張隆史(2026) 『日本人とは何か 私たちのルーツを巡る700万年の物語』(SBクリエイティブ)
この記事へのコメント
また、福岡市の卯内尺古墳や老司古墳など高顔性の弱い/低顔・低身長の強いと報告されている古墳時代人骨における縄文要素の割合も気になります。
ネットを見ると、「日本国籍を持ってたら、日本人」という人は多いですが、この”日本人”は日本国民という意味では使われていないように見えます。明治維新の前には、日本国民はいませんから。
いくら高度な科学技術を使用して、過去を明らかにしたとしても、人種や民族や国民と言った肝心な部分を誤魔化してしまうと、その技術は無意味になってしまうと思います。
私のアイデンティティは”日本人”でなく、縄文人なのですが、人種や民族の誤魔化しや日本人と言ったダブル・ミーニングを見ると、強烈な不信感や”異民族感”を覚えますね。
また、渡来人に関しても、なんとなく良い「雰囲気」がありますが、琉球人やアイヌ人、その他の縄文人から見ると、私たちはほぼ絶滅状態になったわけで、私は渡来それ自体をあまりよく思っていません。アイヌもそうではないでしょうか?
例えると、白人視点で「アメリカは移民の国」やアメリカ建国を見ている感じでしょうか。アメリカ先住民の視点から見ると、それらは悲劇でしかないわけです。
最近では、アメリカに関しては、先住民の視点も取り上げられていると思いますが、日本では、まだ縄文人の視点は取り上げられてはいません。それは残念な事だと思いました。渡来人の方々が自分たちがどのような存在であったのかを見ることに心理的な抵抗があることを十分理解はしていますが...
長々と失礼しました。不快に思われたらすみません。なお、この文章は管理人さんに対する批判ではありませんので。単なる自己表現です。
念のために述べておくと、どの研究分野にも限界があり、「民族」について、古代ゲノム研究で安易に論ずるのは大問題で、考古学でも容易に解明できることではない、と考えています。