幼少期における数学の男女差

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、幼少期における数学の性差に関する研究(Martinot et al., 2025)が公表されました。本論文はフランスの小学生における数学の成績の「gender gap」を検証しています。「gender gap」をどう訳すのかは悩むところで、Natureの日本語サイトでは「男女差」と訳しています。この記事でも、とりあえず「男女差」と訳します。なお「sex」については、生物学的意味合いで「性」と訳します。適切な日本語訳とは言えないかもしれないので、この問題については今後も知見を得て考えていかねばなりません。

 数学において男女差が生じるのを防ぐことは、世界的な関心事となっています。これまでの研究では、アメリカやフランスのコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)で観察されたように、早期教育の段階から数学的能力において男女の差がある、と示されてきました。しかし、乳幼児期には、男女で数と空間に関する基礎知識は同等とされています。したがって、数学の男女差はおもに、「女子は数学が苦手」という社会文化的な固定観念の内在化を反映している、と考えられています。しかし、この固定観念がいつどこで、どの程度広く定着したのかは分かっていません。

 本論文は、フランスの小学1年生および2年生(5~7歳)の全児童(265万3082人)を対象としたフランス語と数学に関する4年間(2018~2022年)の縦断的評価の結果を報告します。入学時の数学の成績は男女でほぼ同じでしたが、入学4ヶ月後には男子優位な男女差がひじょうに顕著になり、1年後の効果量は約0.20に達しました。こうした結果は数学の私見の種類に関係なく毎年再現され、家族環境や学級もしくは学校の違い(公立か私立)や社会経済的水準による変化はごくわずかでした。

 教育期間は年齢と相関しますが、近直交変数を利用すると、男女差は年齢ではなく教育を受けた期間によって拡大する、と明らかになりました。こうした結果は、数学で男子優位の男女差が生じる時期と場所は小学校の第1学年であることを示しており、幼稚園児での対処など、解決策と介入法の探索に焦点を絞る上で役立ちます。ただ、この研究の重要な限界として、学年度の初めと4ヶ月後と1年後の3回の時点のデータしか観察していないことも指摘されています。そのため、数学の男女格差が時間とともにどのように変化するかについての詳細な情報を得ることができず、格差の原因となる具体的な機序を解明する可能性が限られています。

 以上、本論文の要約を見てきました。本論文は、数学の成績の男女差が、おもに小学校に入ってからの4ヶ月間の教育後に有意に広がることを示しています。ただ、本論文も指摘するように、その機序については不明です。本論文は、数学の成績の男女差について、「女子は数学が苦手」という社会文化的な固定観念の内在化を反映している、との見解を採用しています。しかし、学校の違いに関わらず毎年、小学校に入ってからの4ヶ月間の教育後に数学の成績の男女差が有意に広がるのならば、それは何らかの生得的な性別の違い(性差)も大きく反映している、と考える方が妥当なように思います。もちろん、性差とは誕生時から存在するとは限らず、身長のように一定の年齢以降に顕著になる場合も珍しくありません。

 数学の成績とは性質が異なるものの、認知能力の男女差に関する議論で本論文と関連しているのではないか、と私が考えているのは、日本における将棋の強さと男女差との関連です。中国の囲碁教室で、人間による指導の場合では男性優位が目立ったのに、AI(Artificial Intelligence、人工知能)による指導では5ヶ月後に男女差がほぼ解消され、人間の教師は無意識のうちに男子生徒により多くの肯定的な感情を示し、より少ない否定的な感情を示していたのに対して、AI教師は性別に関係なく一貫した感情表現を維持していた、と報道されました。日本では、これが将棋にも当てはまるのではないか、と話題になりました。つまり、女流棋士ではない職業棋士に男性しかいないのは、社会的偏見が大きいからではないか、というわけです。

 しかし、職業棋士になるのには多大な修練が必要なわけで、八大棋戦の王者となる場合にはなおさらです。そうした修練に耐えるだけの体力の問題も、現在の将棋上位層における顕著な男女差の一因で、それは多分に生得的な性差に起因する可能性が高い、と私は考えています。それ以上に、そもそも将棋に関心を抱くか否か、さらには将棋に関心を抱き、頂点(八大棋戦の王者)を目指す意欲の強さの違いで、生得的な性差が大きいのかもしれません。もちろん、これは現時点で私の憶測にすぎず、今後の研究の進展を俟つしかありませんが。将棋に限らず、こうした生得的な性差による社会的な男女差の違いは多くの分野に存在する可能性があり、それを無視した強引な社会的政策は、社会に大きな負担を強いて、歪めることになるでしょうし、その「反動」は強烈なものになるかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


社会科学:幼少期における数学能力の男女差

 フランスの約300万人の小学1年生と2年生を対象にした分析によると、数学の成績で男子に有利な男女格差(gender gap)は、就学4ヵ月後に明らかになった。この研究結果を報告する論文が、Nature に掲載される。

 これまでの研究では、アメリカやフランスのコホートで観察されたように、早期教育の段階から数学的能力において男女の差があることが示されてきた。これらの研究では、なぜこのようなギャップが生じるのか、両親や教師の態度(ジェンダー・ステレオタイプなど)なのか、あるいは数学への不安(女子に多く見られる傾向がある)なのかを理解しようとしてきたが、これらの結果は時代遅れである。

 Pauline Martinotら(パリ・シテ大学〔フランス〕)は、2018年から2022年にかけて実施された全国的な評価プログラムから、フランスの小学1年生と2年生の児童(5歳から7歳)265万3,082人のデータを分析した。その結果、入学当初は算数の平均的な成績に男女差はほとんどなかったが、わずか4カ月後には男女間に顕著な差が現れ、男子が有利になることがわかった。この差は、2年生の初めには4倍になっていた。Martinotらは、生徒の得点のばらつきはフランス全土で観察され、社会経済的地位、実施された数学テストの種類、および学校が公立か私立かとは無関係であることを発見した。

 著者らは、この研究の重要な限界として、学年度の初め、4ヵ月後、および1年後の3時点のデータしか観察していないことを指摘している。そのため、数学の男女格差が時間とともにどのように変化するかについての詳細な情報を得ることができず、格差の原因となる具体的なメカニズムを解明する可能性が限られている。Martinotらは、政策立案者は、幼稚園など、生徒の教育のできるだけ早い段階でこの格差に対処することを検討すべきだと提案している。


社会科学:数学の男女差は小学1年生で急速に生じる

社会科学:数学の成績の男女差は早期に出現する

 小学校入学時には数学の成績は男女同等だったにもかかわらず、小学1・2年生における数学の成績の男子優位の男女差は、入学4カ月間の学校教育の後に有意に広がることが、今回分かった。この男女差は社会人口統計学的な違いとは無関係で、年齢ではなく教育を受けた期間とともに拡大する。



参考文献:
Martinot P. et al.(2025): Rapid emergence of a maths gender gap in first grade. Nature, 643, 8073, 1020–1029.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09126-4

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