アマゾン南西部の土塁
先コロンブス期アマゾン南西部の土塁を報告した研究(Pärssinen et al., 2026)が公表されました。アマゾン川流域南西部では幾何学的形状を持つ土構造物が多数発見されており、これらは、植民地化以前に公共建造物を築く文化が存在していたことを示す証拠です。この知見は、アマゾン川流域の深遠な歴史と植民地化以前の都市性、そして、その社会文化的背景や環境的遺産に関する議論に貢献してきました。しかし、土構造物の検出はこれまで、植生によってそれらが完全には隠されていない森林伐採地のみにほぼ限定されてきたため、この森林文明の地理的範囲と人口規模の推定は根拠に乏しいままでした。
本研究は、林冠を透過するLiDAR(light detection and ranging、光検出および測距)で総飛行距離4430キロメートルにわたって取得したデータを用いて、この地域においてアキリー(Aquiry)文化が遺した、アマゾンのジオグリフ(Amazonian geoglyphs)として知られる、幾何学的な形状をした大規模な堀で囲まれた土構造物(土塁)の地理的分布と数量を、より正確に明らかにしました。こうした土構造物は、儀式や政治や公共の集会の中心地として機能していた、と考えられています。これらの構造物のほとんどは、単独で存在し、堀と土手から構成されており、その大きさは0.35~14ヘクタールです。既知のジオグリフの中で最大規模のものは、50ヘクタール近くを占めています。
本研究では、リオ・ブランコ(Rio Branco)、ラブレア(Lábrea)、ボカ・ド・アクレ(Boca do Acre)、およびカラウアリ(Carauari)の各都市周辺を含む、アマゾン南西部の4497平方キロメートルの地域でLiDAR調査が実施されました。その結果、432ヶ所の土塁が確認され、そのうち396ヶ所はこれまで記録されていませんでした。本論文は、既存のデータとこのLiDAR記録の両方に基づいて、土構造物の数が、約183000平方キロメートルに及ぶアキリー文化圏だけで、アマゾン川流域全域について以前推定されていたものと同程度の24000~30000ヶ所に達することを示します。
また本論文は、アキリー文化の最盛期である紀元後100~300年頃のこの地域の総人口を125万~300万人程度と推定しています。これが示唆するのは、アキリー文化がアマゾン川流域のアマゾン川流域の土壌や森林構造や生物多様性に、これまで考えられていた以上に大きな影響を残したいたことです。他の地域でも同様の結果が得られるならば、植民地化以前の総人口密度と、それが現在のアマゾン川流域の土壌や森林構造や生物多様性、さらには全球気候モデル化の一部に及ぼした影響についても、再評価する必要があります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
考古学:空中イメージングによってアマゾンの文明の規模が明らかに
空中イメージングにより、アマゾン南西部の地表に土塁(earthworks)と呼ばれる432のパターンが検出されたことを報告する論文が、Nature にオープンアクセスで掲載される。この発見は、かつてアマゾン南西部の古代アキリー(Aquiry)文明が居住していた地域で行われたもので、この地域には2万4000~3万の土塁が存在する可能性がある。この発見は、アマゾンの土塁の真の規模や、それらを築いた共同体について、新たな見解を示す一助となるかもしれない。
古代アキリー文明が残したアマゾンのジオグリフ(Amazonian geoglyphs)として知られる、幾何学的な形状をした大規模な堀で囲まれた構造物は、儀式、政治、および公共の集会の中心地として機能していたと考えられている。これらの構造物のほとんどは、単独で存在し、堀と土手から構成されており、その大きさは0.35~14ヘクタールである。既知のジオグリフの中で最大規模のものは、50ヘクタール近くを占めている。これまでアマゾン全域における土塁の数を推定する試みは、森林伐採された地域(考古学的遺構が比較的容易に検出できる場所)で発見された遺跡にもとづいていたため、その範囲は限定的だった。LiDAR(light detection and ranging;光検出および測距)と呼ばれる航空測量手法を用いれば、密林の樹冠の下に隠された構造物を明らかにすることができる。
Martti Pärssinenら(ヘルシンキ大学〔フィンランド〕)は、ブラジルのリオ・ブランコ(Rio Branco)、ラブレア(Lábrea)、ボカ・ド・アクレ(Boca do Acre)、およびカラウアリ(Carauari)の各都市周辺を含む、アマゾン南西部の4497平方キロメートルの地域でLiDAR調査を実施した。そのデータセットから432の土塁が確認され、そのうち396はこれまで記録されていなかった。これらの結果を推計し、既存の衛星調査結果と組み合わせることで、著者らは、約18万3000平方キロメートルにおよぶアキリー地域には、2万4000~3万の土塁が存在する可能性があると示唆している。さらに、著者らは、アキリー文明が西暦100年から300年の最盛期に約125万~300万人の人口を支えていたと推定しており、これは同文明がアマゾンの土壌、森林構造、および生物多様性に、従来考えられていた以上に大きな影響を残したことを示唆している。
アキリー文明が占めていた面積は、大アマゾン地域の3%未満に過ぎないものの、この地域には、アマゾン盆地全体についてこれまで予測されていたよりも多くの土塁が存在する可能性がある。著者らは、同様の土塁が集中する地域がほかにも存在する場合、植民地化以前の人口推計およびそれらが地域に与えた影響について再評価を行うべきであると結論づけている。
考古学:アマゾン川流域南西部における、2万を超える植民地化以前の土構造物
考古学:アマゾンの森に眠る2万超の土構造物
アマゾン川流域で約2000年前に祭祀用建造物や道路、「ジオグリフ(地上絵)」と呼ばれる土構造物を築いたアキリー(Aquiry)文明が、どの範囲まで広がっていたかはこれまで明確でなかった。今回、新たなリモートセンシング研究によって、この文明が18万3000 km2以上(現在のカンボジアとほぼ同じ面積)にわたる範囲に広がり、2万を超える土構造物を含んでいた可能性が示された。
参考文献:
Pärssinen M. et al.(2026): Over 20,000 precolonial earthworks in the Southwest Amazonia. Nature, 657, 8131, 420–425.
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10835-7
本研究は、林冠を透過するLiDAR(light detection and ranging、光検出および測距)で総飛行距離4430キロメートルにわたって取得したデータを用いて、この地域においてアキリー(Aquiry)文化が遺した、アマゾンのジオグリフ(Amazonian geoglyphs)として知られる、幾何学的な形状をした大規模な堀で囲まれた土構造物(土塁)の地理的分布と数量を、より正確に明らかにしました。こうした土構造物は、儀式や政治や公共の集会の中心地として機能していた、と考えられています。これらの構造物のほとんどは、単独で存在し、堀と土手から構成されており、その大きさは0.35~14ヘクタールです。既知のジオグリフの中で最大規模のものは、50ヘクタール近くを占めています。
本研究では、リオ・ブランコ(Rio Branco)、ラブレア(Lábrea)、ボカ・ド・アクレ(Boca do Acre)、およびカラウアリ(Carauari)の各都市周辺を含む、アマゾン南西部の4497平方キロメートルの地域でLiDAR調査が実施されました。その結果、432ヶ所の土塁が確認され、そのうち396ヶ所はこれまで記録されていませんでした。本論文は、既存のデータとこのLiDAR記録の両方に基づいて、土構造物の数が、約183000平方キロメートルに及ぶアキリー文化圏だけで、アマゾン川流域全域について以前推定されていたものと同程度の24000~30000ヶ所に達することを示します。
また本論文は、アキリー文化の最盛期である紀元後100~300年頃のこの地域の総人口を125万~300万人程度と推定しています。これが示唆するのは、アキリー文化がアマゾン川流域のアマゾン川流域の土壌や森林構造や生物多様性に、これまで考えられていた以上に大きな影響を残したいたことです。他の地域でも同様の結果が得られるならば、植民地化以前の総人口密度と、それが現在のアマゾン川流域の土壌や森林構造や生物多様性、さらには全球気候モデル化の一部に及ぼした影響についても、再評価する必要があります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
考古学:空中イメージングによってアマゾンの文明の規模が明らかに
空中イメージングにより、アマゾン南西部の地表に土塁(earthworks)と呼ばれる432のパターンが検出されたことを報告する論文が、Nature にオープンアクセスで掲載される。この発見は、かつてアマゾン南西部の古代アキリー(Aquiry)文明が居住していた地域で行われたもので、この地域には2万4000~3万の土塁が存在する可能性がある。この発見は、アマゾンの土塁の真の規模や、それらを築いた共同体について、新たな見解を示す一助となるかもしれない。
古代アキリー文明が残したアマゾンのジオグリフ(Amazonian geoglyphs)として知られる、幾何学的な形状をした大規模な堀で囲まれた構造物は、儀式、政治、および公共の集会の中心地として機能していたと考えられている。これらの構造物のほとんどは、単独で存在し、堀と土手から構成されており、その大きさは0.35~14ヘクタールである。既知のジオグリフの中で最大規模のものは、50ヘクタール近くを占めている。これまでアマゾン全域における土塁の数を推定する試みは、森林伐採された地域(考古学的遺構が比較的容易に検出できる場所)で発見された遺跡にもとづいていたため、その範囲は限定的だった。LiDAR(light detection and ranging;光検出および測距)と呼ばれる航空測量手法を用いれば、密林の樹冠の下に隠された構造物を明らかにすることができる。
Martti Pärssinenら(ヘルシンキ大学〔フィンランド〕)は、ブラジルのリオ・ブランコ(Rio Branco)、ラブレア(Lábrea)、ボカ・ド・アクレ(Boca do Acre)、およびカラウアリ(Carauari)の各都市周辺を含む、アマゾン南西部の4497平方キロメートルの地域でLiDAR調査を実施した。そのデータセットから432の土塁が確認され、そのうち396はこれまで記録されていなかった。これらの結果を推計し、既存の衛星調査結果と組み合わせることで、著者らは、約18万3000平方キロメートルにおよぶアキリー地域には、2万4000~3万の土塁が存在する可能性があると示唆している。さらに、著者らは、アキリー文明が西暦100年から300年の最盛期に約125万~300万人の人口を支えていたと推定しており、これは同文明がアマゾンの土壌、森林構造、および生物多様性に、従来考えられていた以上に大きな影響を残したことを示唆している。
アキリー文明が占めていた面積は、大アマゾン地域の3%未満に過ぎないものの、この地域には、アマゾン盆地全体についてこれまで予測されていたよりも多くの土塁が存在する可能性がある。著者らは、同様の土塁が集中する地域がほかにも存在する場合、植民地化以前の人口推計およびそれらが地域に与えた影響について再評価を行うべきであると結論づけている。
考古学:アマゾン川流域南西部における、2万を超える植民地化以前の土構造物
考古学:アマゾンの森に眠る2万超の土構造物
アマゾン川流域で約2000年前に祭祀用建造物や道路、「ジオグリフ(地上絵)」と呼ばれる土構造物を築いたアキリー(Aquiry)文明が、どの範囲まで広がっていたかはこれまで明確でなかった。今回、新たなリモートセンシング研究によって、この文明が18万3000 km2以上(現在のカンボジアとほぼ同じ面積)にわたる範囲に広がり、2万を超える土構造物を含んでいた可能性が示された。
参考文献:
Pärssinen M. et al.(2026): Over 20,000 precolonial earthworks in the Southwest Amazonia. Nature, 657, 8131, 420–425.
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10835-7
この記事へのコメント