ケブカサイのゲノム

 絶滅したケブカサイのゲノムデータを報告した研究(Lei et al., 2026)が公表されました。日本語の解説記事もあります。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。ケブカサイのゲノムデータはこれまで、おもにユーラシアの高緯度地帯の遺骸から得られてきました。本論文は、ユーラシアの中緯度地帯で発見されたケブカサイの遺骸から新たに得られた、29点のミトコンドリアゲノムと14点の常染色体ゲノムを報告します。これらのゲノムデータから、ケブカサイの母系の遺伝的多様性はアジア東部で46万~42万年前頃に進化し、17万年前頃のアジア東部の1個体が、その後の全個体群の遺伝的祖先となる集団を表している、と示されました。そのため、ケブカサイの後期更新世集団の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の起源地候補の一つとして、アジア東部が挙げられています。遺骸から遺伝的情報を得ようとする場合、気候条件から一般的に一般的に高緯度地帯が有利ですが、本論文は、広範に分布していた種の進化史の解明には、中緯度以下の地帯の遺骸のゲノム解析が重要になることを浮き彫りにしています。これはもちろん、人類進化史の解明にも当てはまります。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、FST(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)、km(kilometre、kilometer、キロメートル)、EA(East Asia、アジア東部)、EE(East European、ヨーロッパ東部)、NESIB(Northeast Siberian woolly rhinoceros、シベリア北東部ケブカサイ)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。

 本論文で取り上げられる主要な動物は、ケブカサイ(Coelodonta antiquitatis)、ケブカサイ亜種(Coelodonta antiquitatis praecursor)、メルクサイ(Stephanorhinus kirchbergensis)、ケサイ(Coelodonta tologoijensis)、スマトラサイ(Dicerorhinus sumatrensis)です。本論文で取り上げられる主要な動物遺骸の出土地および生息地は、中華人民共和国黒龍江省綏化(Suihua)市の青岡(Qinggang)県、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)、です。


●要約

 ケブカサイは有名な表記の大型動物種で、その起源および過去の氷期の周期への反応に関する知識は限られています。ユーラシア全域の更新世のケブカサイ標本から29点のミトコンドリアゲノムと14点の核ゲノムが配列決定され、過去50万年間のケブカサイ種の生息地がモデル化されました。その結果、ケブカサイの母系の遺伝的多様性はおもに温帯ユーラシアで長い氷期から間氷期への移行期となる46万~42万年前頃に進化した、と示唆されます。17万年前頃のアジア東部の1個体がその後のすべての個体群の祖先だった、と分かり、後期更新世祖先系統の起源地候補の一つとしてアジア東部が示唆されます。主要な気候退避地として、アルタイ地域も特定されました。これらの調査結果は、ケブカサイの進化および寒冷適応した大型動物の多様化における、温帯ユーラシアの重要な役割を浮き彫りにします。


●研究史

 ケブカサイは13万~1万年前頃の後期更新世においてユーラシア北部を優占した、象徴的な寒冷適応種でした。ケブカサイが属するコエロドンタ属系統は、「出チベット」進化経路の後で高地において寒冷気候への適応を進化させた、と考えられており、最古級のコエロドンタ属化石はチベット高原で見つかって、年代は370万年前頃です。ケブカサイはユーラシア東部のケサイに由来する可能性が高そうで、ケブカサイの最古級の既知の化石はヨーロッパ中央部で見つかっており、年代は45万年前頃ですが、この種がユーラシア全域でどのように拡散し、定着したのか、詳細は依然として曖昧です。コエロドンタ属は完新世開始の頃(11000年前頃)に絶滅し、最後の化石証拠は14000年前頃で、堆積物のDNAから、ケブカサイは少なくとも9800年前頃まで生存していたかもしれない、と示唆されています[9]。ケブカサイの絶滅原因は依然として議論されており、さまざまな気候および人為的要因が挙げられてきました[11]。ケブカサイ種は中期更新世(70万~13万年前頃)において複数の氷期と間氷期の周期を生き残りましたが、これら極端な気候変動が下部構造の形成につながったのか、あるいは個体数減少に役割を果たしたのかどうかは、依然として不明です。

 古代ゲノム研究は、ケブカサイと絶滅および現生サイとの系統発生的関係を解明し、その個体群動態史を再構築してきました[11]。しかし、わずか3点の利用可能な核ゲノムは後期更新世のシベリア北東部からのみ得られており、ケブカサイの以前の分布のほとんどほとんど、とくに中緯度ユーラシアは遺伝的に不充分な標本のままです。アジア東部[15]およびヨーロッパのミトコンドリアゲノムが明らかにした遺伝的多様性は、以前にはシベリア北東部では発見されていなかったものの、ケブカサイ種の個体群構造を再構築する解像度は欠けていました。別の代表的な寒冷適応種であるケナガマンモスに関する先行研究[17、18]は、遺伝的多様性の主要な中心地として高緯度地帯のシベリアを特定しました。しかし、ケブカサイは異なる進化的戦略によって寒冷適応を発達させており、マンモス・ケブカサイ含み゛歌いのほとんどの他の構成員よりも、アジア東部のより南坊の生息地を占めていました。したがって、ケブカサイが、高緯度地域で遺伝的多様性が現れる、ケナガマンモスと同様の個体群動態[17、18]を示したのかどうかも、議論の対象です。

 これらの問題に取り組むために、ユーラシア全域の183点のケブカサイ化石が検査され、アジア東部とアルタイ地域とヨーロッパの29点のミトコンドリアゲノム配列(8.2~468.7倍)と14点の核ゲノム(0.5~14.1倍)の再構築に成功しました(図1A)。これらのゲノムは、NovaSeq(イルミナ社)およびMGISEQ(BGI社)構築基盤の両方で配列決定され、これら2点の配列決定構築基盤のデータを組み合わせると、偏りがもたらされる、もしくは下流分析に影響を及ぼす、と示唆する証拠はありません。直接的な放射性炭素年代測定とウラン系列年代測定と層序年代測定と分子年代測定の戦略の組み合わせを用いて、1点の化石がMIS7(243000~191000年前頃)、2点の化石がMIS6(191000~130000年前頃)、12点の化石がMIS5(130000~71000年前頃)、9点の化石がMIS3(57000~29000年前頃)、5点の化石がMIS2(29000~11000年前頃)と年代測定されました(図1B)。異なる年代測定手法間の不一致が評価され、放射性炭素年代と層序年代両方の限定的制約を欠いている測定標本には、分子年代測定が比較的信頼できる時間参照を提供する、と結論づけられました。したがって、年代測定の不確実性がその後の遺伝学的分析に及ぼす影響は無視できる程度と予測されます。これら新たに配列決定されたゲノムは、以前に刊行されたケブカサイのミトコンドリアゲノム20点および核ゲノム2点、スマトラサイのミトコンドリアゲノム1点および核ゲノム3点、メルクサイのミトコンドリアゲノム1点および核ゲノム1点とともに分析されました[11、15]。以下は本論文の図1です。
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 ケブカサイの個体群史および遺伝的構造への気候による生息地動態の影響を評価するために、マハラノビス距離枠組みに基づく生息地適合モデルが開発されました。このモデルは1153点の化石出土を、種の温度耐性や水の利用可能性や食資源の潜在量とともに把握する、4点の重要な気候予測因子(年間平均気温、最低温度、降水量、純一次生産量)と統合します[20]。経時的な更新世の気候および生物群系模擬実験に基づいて[21]、これらの変数は1000年の時間解像度および0.5度の空間解像度で過去500万年間にわたって再構築され、これはケブカサイの化石証拠の全範囲にわたります。この枠組みによって、適した生息地の時空間的変化の追跡、生息域の時間的差異および断片化の定量化、推定される生息動態の堅牢性の評価が可能となります。


●MIS11にさかのぼるミトコンドリアの多様化

 包括的なミトコンドリアゲノムのデータセットで、ユーラシア全域のケブカサイ間の系統発生的関係が評価され、4系統のハプログループが特定されて、クレード(単系統群)1~4と命名されました(図2a)。すべてのケブカサイのミトコンドリアゲノムの最新共通祖先の年代は464000年前頃(95%再公示後密度で527000~409000年前)と推定され(図2A)、これはケブカサイの最古級の既知の化石に近い年代です。4単系統群は464000~417000年前頃の間に分岐し(図2A)、これはMIS12(478000~424000年前頃)~MIS11(424000~374000年前頃)の長い気候変動と重なっており、この期間はユーラシア全域における生息地の分断化と縮小によって特徴づけられます(図3A~C)。以下は本論文の図2です。
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 ハプログループ頻度によると、シベリア北東部の個体群で最初に報告された単系統群1および2[11]がおもにアジア東部およびシベリア北東部で見つかったのに対して、単系統群3および4はおもにアルタイ地域とヨーロッパで見つかっており(図2B)、ユーラシアの東西の個体群間の遺伝的分化が示唆されます。さまざまな地域間のFSTも、ヨーロッパとアルタイ地域のケブカサイ間の密接な関係を示唆しています。アルタイ地域における4単系統群すべての存在は、ケブカサイの母系の進化におけるアジア中央部からアジア東部への移行帯の重要な役割を強調しています。これは生息適合モデルの結果によって裏づけられ、その結果では、この地域における適した生息地は氷期と間氷期の周期を通じて存続した、と示されています(図3F)。シベリア北東部個体群におけるヌクレオチド多様性は、研究対象の全地域で最低でした。これが示唆するのは、ケナガマンモスとは異なり、ケブカサイの遺伝的多様性は、より温暖でより低緯度の地域で出現した可能性が高いことで、寒冷期における南方への分布と一致します。以下は本論文の図3です。
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 これらの調査結果を全体の標本抽出とまとめると、ケブカサイの母系祖先系統における東西の分化が検出され、ユーラシアの高緯度地域よりも中緯度地域でより高い遺伝的多様性が明らかになります。行動圏が100km²未満のケブカサイは一般的に、1個体の生涯において1000km²移動するかもしれないゾウ類よりもずっと移動性が低いと考えられています。より低い移動性は、より強い系統地理的構造を促進する、と予測されます。ところが逆に、ケブカサイにおける系統地理的下部構造(図2)は、ケナガマンモスでの観察ほど強くはありませんでした。同様に、現生サイ類も比較的弱いミトコンドリアの系統地理的構造を示しているのに対して、アフリカの森林およびサバンナのゾウ類では、その高い移動性にも関わらず、大きな下部構造が観察されました。

 考えられる説明の一つは、サイ科の単独生活様式と比較して、ゾウ科の母系的社会構造はmtDNAにおいて異なる系統地理的構造がより容易に出現するかもしれないことで、それは、雌がより定住的な傾向になり、局所的なミトコンドリアハプログループが生じるからです。さらに、生息地適合モデル化では、ケブカサイは過去50万年間に繰り替えの範囲縮小と再拡大を経ていた可能性があり、ミトコンドリアの系統地理的構造が失われていたかもしれない、と示唆されています。より広い地理的および時間的範囲を網羅する遺伝的データが、これらのさまざまな仮説のさらなる検証に不可欠となります。


●後期更新世ケブカサイの温帯ユーラシア起源

 核ゲノムでは、ユーラシア東西の個体群の分化もケナガマンモス間で存在していたのか、あるいは、より強かったのかどうか、さらに調べられました。ミトコンドリアの系統発生(図2A)とは対照的に、個体群の常染色体の系統発生(図4A)と多次元尺度構成法図(図4B)と外群f₃統計は明確な時空間的日宇像を明らかにしており、同じ地域および期間の個体群はともにまとまりました(図4A・B)。本論文のデータセットで最古級の個体(17万年前頃)である中国北東部の青岡県のQGRH004(EA_MIS6)は、常染色体系統発生においてすべてのケブカサイにおける基底部的な位置を占めており(図4A)、他の個体と最小の遺伝的類似性を共有していました。アジア東部の後期更新世の7個体(EA_MIS5-3)とアジア東部外の8個体は異なる2クラスタ(まとまり)を形成し、デニソワ洞窟の102000年前頃となる最古級のアジア東部外の個体IAER008(アルタイ_MIS5)は、アルタイ地域とヨーロッパ東部とシベリア北東部のすべてのより新しい個体の祖先となります(図4A)。ヨーロッパおよびアルタイ地域の個体群は密接な遺伝的類似性を共有しており、ミトコンドリアハプログループ組成が類似していること(図2B)や低い対でのFSTと一致します。これらの調査結果から、後期更新世のケブカサイはアジア東部からの大きな寄与を含んでいたかもしれない、と示唆されます。アジア東部とアジア東部外の個体群は少なくとも102000年前頃に分岐し、これは大まかにはMIS5に相当します。アジア東部外個体群の遺伝的多様性はおそらくアルタイ地域で出現し、シベリア北東部およびヨーロッパへとさらに拡大しました。以下は本論文の図4です。
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 ミトコンドリアの結果(図2)とは対照的に、シベリア北東部のケブカサイ2個体(NESIB)は、アジア東部の個体群とよりもユーラシア西部の個体群の方と高い核ゲノムの類似性を共有しています(図4A)。しかし、外群f₃統計では、これらシベリア北東部の個体群とEA_MIS5-3個体群との間で余分な類似性が見つかりました。LGMのヨーロッパ東部の2個体(EE_MIS2)も、同時代のアルタイ地域の個体群(アルタイ_MIS2)と余分な類似性を示します。そこで、異なる個体群間の遺伝子流動がケナガマンモスの遺伝的構造に寄与したのかどうか、調べるために、一連のf₄統計がさらに適用されました。

 深い分岐にも関わらず、EA_MIS6系統は、f₄(スマトラサイ、EA_MIS6;EA_MIS5-3、アルタイ/ EE/NESIB個体群)によると、同地の後期更新世個体群(EA_MIS5-3)とより密接な遺伝的類似性を共有しています。これは、アジア東部外個体群における他の祖先の系統からの遺伝的寄与の可能性を示唆しています。じっさい、ケブカサイ個体群の混合図モデル化は同様のパターンを明らかにしており、アルタイ地域とヨーロッパ東部の両方の個体群は、EA_MIS6系統と後期更新世系統との間に分岐より古かった、亡霊(ゴースト)系統からの追加の遺伝子流動を受けました(図4D)。

 後期更新世のアジア東部とシベリア北東部の個体群間の余分な類似性はf₄(スマトラサイ、EA_MIS5-3;NESIB、アルタイ/ EE個体群)によっても裏づけられ、ユーラシア東部個体群間の高度なつながりが示唆されます。LGM前のヨーロッパ東部の1個体(EE_MIS3)と比較して、f₄(スマトラサイ、アルタイ_MIS2/ NESIB;EE_MIS3、EE_MIS2)によると、LGM個体群はLGMのアルタイ地域およびシベリア北東部個体群と有意により密接に関連していました。混合図モデル化も、EE_MIS2系統とNESIB系統と在来のアルタイ地域系統の混合として、EE_MIS2個体群およびLGMアルタイ地域個体群におけるNESIB関連系統からの遺伝的寄与を示しました。これらの分析は、LGMにおけるユーラシア全域のさまざまなケブカサイ個体群間の遺伝的交流の増加を明らかにしており、とくに、高緯度シベリア北東部個体群から中緯度地域への遺伝子流動を浮き彫りにします。これは中緯度における生息地拡大、高緯度における生息地縮小、東西のつながりの増加によって最適に説明できるかもしれず、それは、気候がLGMの始まりに向かって寒冷化したからです(図3F)。

 まとめると、これらの知見から、アジア東部はユーラシア全域の後期更新世ケブカサイにとって遺伝的多様性の供給源の一つだった、と示唆されます。アルタイ地域は後期更新世の前に遺伝的祖先系統の貯蔵庫として、またユーラシア西部および北部全域でケブカサイにとっての重要な拡散拠点として機能したかもしれず、これは、変動する気候条件下での適した生息地の存続によって裏づけられます。アジア東部の1個体で観察されたより少ない量の同型接合連続領域は、ヨーロッパ東部およびシベリア北東部の個体群と比較しての、アジア東部およびアルタイ地域の個体群の有意により高いゲノム異型接合性とともに、アジア東部およびアルタイの両地域を、ケブカサイ種の遺伝的多様性の重要な供給源としてさらに裏づけます(図4C)。


●ケブカサイにおけるメルクサイからの遺伝子移入

 さまざまな現生および絶滅系統における種間遺伝子流動は、サイ類の種の進化に重要な役割を果たしたかもしれません。メルクサイは後期更新世においてケブカサイの最も密接な生存近縁種で、軸得看的分布はケブカサイと大きく重なっていました。しかし、その遺伝的近さのため、これら2姉妹系統間で遺伝子流動が起きたのかどうか、検証するのは依然として困難です。

 f₄(スマトラサイ、メルクサイ;ケブカサイ集団1、ケブカサイ集団2)を用いると、シベリア北東部のケブカサイにおいてメルクサイとの最大の共通の類似性が検出されました。メルクサイの1個体も後期更新世シベリア北東部で発見されたので、この遺伝的相互作用は同所性の2種間でMIS3(研究対象の標本の年代)までに局所的に起きた、と示唆されます。後期更新世アジア東部個体群も、メルクサイと余分な類似性を示しました。とくにアジア東部における、メルクサイの広範な分布を考えると、これらのケブカサイにおける共通の類似性は、同じ地のメルクサイとの別々の遺伝子流動からもたらされたかもしれません。個体水準のf₄(スマトラサイ、メルクサイ;EA_MIS5-3以外のケブカサイ個体、EA_MIS5-3)は、MIS5~MIS3にかけてのメルクサイとの類似性増加をさらに明らかにします。これが示唆するのは、遺伝子移入はMIS6とMIS5の間に始まった可能性が高く、さらに少なくともMIS3まで続いたことです。

 さらに、遺伝子移入の兆候はLGMのアジア東部個体群でも観察されましたが、同じ地域のMIS3の1個体では観察されず、MIS3とMIS2の間の遺伝子流動事象が示唆されます。しかし、メルクサイとはヨーロッパでは最終間氷期の115000年前頃の後に絶目したので、LGMにはヨーロッパのケブカサイとは共存しておらず、交雑しなかったかもしれない、と一般的に考えられています。この兆候を説明する別の想定には、寒冷化していく間の、より高い緯度の地域からより低い緯度の地域へのケブカサイの移住期間における、シベリア北東部のケブカサイからの遺伝子流動が含まれます。


●気候による生息地の変化がケブカサイの個体群構造を形成しました

 大規模な古代ゲノム分析を世界中の生息地適合モデル化と統合することによって、第四期後期の気候および環境変化の背景における、ケブカサイ個体群の時空間的に詳細な状況を提供できました。このモデルから推定された主要な生息地動態のパターンは、繰り返しの出土地単位の除外検証と補完的な感度分析に堅牢でした(図3)。

 最終氷期の前の氷期(191000~130000年前頃)には、ケブカサイに適した生息地はユーラシア中緯度地帯に広く分布していました(図3D)。エーミアンの開始期(130000~126000年前頃)以降、適した生息地がアジア東部およびヨーロッパの大半の地域で焼失したのに対して、ウラル地域からアルタイ地域までにまたがるユーラシア中央部の大半では存続しました。対での逐次マルコフ合着(合祖)分析も、アジア東部とシベリア北東部とヨーロッパ東部のケブカサイの有効個体群規模の大きな減少を明らかにしており、先行研究[11]で示されたように、ケブカサイ個体群へのエーミアン間氷期の大きな影響が裏づけられます。しかし、個体数の減少はミトコンドリアゲノムに基づくベイズスカイラインプロットでは大きくなく、これは母系の遺伝的多様性へのより弱い影響もしくは限られた解像度を示唆しているかもしれません。

 アルタイ地域は少なくとも過去16万年間【ケブカサイに】適した生息地を維持しており(図3F)、後期更新世の気候変動期におけるケブカサイにとっての退避地との役割を裏づけています。102000年前頃のアルタイ_MIS5も、エーミアン間氷期以後にユーラシア全域の主要な遺伝子プールに大きく寄与したようです。まとめると、これらの結果が裏づける仮説は、ケブカサイ個体群はアルタイの退避地からユーラシア全域へと、東西の生息地のつながりがエーミアン間氷期後の気候寒冷期に増加するにつれて、再拡大した、というものです。

 ロシア極東の一部も、エーミアン間氷期にずっと生息に適しており(図3F)、この地域が別の間氷期退避地として機能した可能性を示唆しています。在来の個体群はその地で存続し、ユーラシア中央部から比較的孤立していたかもしれません。これは、後期更新世におけるアジア東部個体群とアジア東部外個体群との間で観察された深い分岐と一致します(図4A)。同じ期間に、高緯度シベリアにおける生息適地の増加(図3F)は、ケナガマンモスがアジア東部からシベリア北東部へと移動することを可能とした、オホーツク沿岸の通路(図3E)を開いたかもしれません。これも、シベリア北東部個体群で検出されたアジア東部祖先系統を説明できるかもしれません(図4D)。

 研究対象の地域のうち、ヨーロッパはエーミアンの開始期には生息適地の最も極端な減少を経ており、7万年前頃まで回復しませんでした(図3E・F)。これは、ヨーロッパ東部のケブカサイにおける低い核ゲノムの遺伝的多様性を説明できるかもしれません(図4C)。しかし、ヨーロッパの標本は依然として比較的高いミトコンドリアの多様性を示しており、初期に分岐した亡霊系統からの遺伝的寄与がヨーロッパ東部のケブカサイ個体群のゲノムで見つかりました(図4D)。これらの調査結果から、中期更新世ヨーロッパのケブカサイもMIS5において退避地で存続していたかもしれず、それは恐らく、本論文の分布モデル化はこの時点におけるより好適な生息地を示唆している、ウラル山脈周辺です(図3E)。この個体群は、ヨーロッパ東部へのケブカサイのその後の拡散に寄与したかもしれません。古生物学的研究も、別の亜種(Coelodonta antiquitatis praecursor)としてヨーロッパの中期更新世ケブカサイを記載してきており、ユーラシアの東西の個体群間の深い分岐の可能性が示唆されます。しかし、ヨーロッパのより古いゲノムの欠如は、これらの仮説の検証能力を制約します。ヨーロッパの中期更新世および後期更新世初期のケブカサイに関するさらなる遺伝学的研究が、ヨーロッパ個体群の動態の再構築、ユーラシアの東西の個体群間の初期の分岐の解明、種としてのケブカサイの起源のさらなる解決に重要です。

 別の寒冷適応した氷期大型動物種であるケナガマンモス[17、18]とは異なり、ケブカサイの遺伝的多様性のほとんどは、高緯度のシベリア北東部ではなくユーラシア中緯度地帯に現れました。これは、以前の古生物学的および古生態学的研究と一致しており、ケナガマンモスと比較した場合、中緯度地域におけるケブカサイのずっと広範な分布と、寒冷および温帯両方の環境へのより高い生態学的耐性が明らかになりました。チベット高原を起源とするコエロドンタ属系統は、高原の前適応戦略で寒冷適応を獲得した、と考えられており、60万年前頃まではおもにアジア中央部および東部に限られたままだったのに対して、マンモス系統と多くの北極圏種は前期更新世までにアジア北部の高緯度地帯にすでに広く存在していました。生息地モデル化でも、高緯度のシベリア北東部は最温暖期にケブカサイにとって依然として適していたものの、シベリア中央部南方は少なくとも16万年前頃には、氷期と間氷期の周期でより好適な条件を提供していた、と示唆されています(図3D)。

 本論文の調査結果は、中緯度および低緯度地域における古代DNA研究拡大の重要性を強調しています。これは、寒冷適応種でさえ、より低緯度の地域において、大きな遺伝的多様性が生じて、存続したかもしれないからです。ユーラシア北部における優れたDNAの保存状態は深い時間の遺伝学的研究を促進してきましたが、高緯度地域への保存状態の偏りは、個体群構造および進化史の全容を曖昧にするかもしれません。


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