『卑弥呼』第171話「最大の弱点」

 『ビッグコミックオリジナル』2026年8月20日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)で、日見子(ヒミコ)であるヤノハの後はどうなるのか、と不安げなイクメに問いかけられたヤノハが、継ぐ者が誰かによるだろう、と答えるところで終了しました。今回は、その2ヶ月前、山社の楼観で、ヤノハがヌカデに指示を与えている場面から始まります。ヤノハはヌカデに、魏の使節は無邪気な顔で多くの質問をしてくるだろうが、あるところまでは正直に答えてよい、と指示します。たとえば、那(ナ)から山社までの道のりで、本来は南に進めば近いものの、あえて東方の穂波(ホミ)国や都萬(トマ)国を通過する別の道を示す、という具合です。ヤノハは、魏の使節に、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)をできるだけ巨大に思わせようと考えていました。ヤノハさらに、都萬から山社までの行き方は曖昧にするよう、ヌカデに指示します。

 話は現在に戻り、ヌカデは伊都(イト)国で魏の使節をもてなしていました。ヌカデは魏の使節団長である建中校尉の梯儁に呼ばれて、通訳を介して那国の場所を尋ねられ、伊都国の東南へ百里なので、さほど遠くない、と答えます。山社に行くには、那の次にどこに行くのか、梯儁に尋ねられたヌカデは、東方に同じく百里の穂波国と答えます。穂波の次を問われたヌカデは、都萬国だが、穂波国から少し遠く、南に水行20日の場所と答え、水行が海か川か問われると、川を行って、海を行く、と答えます。山社に着くまでどのくらいか、問われたヌカデは、都萬の次となるが、南方へ水行10日、陸行30日になると答え、梯儁は遠いことに驚きます。水行10日、陸行30日とは、合計40日なのか、舟では10日、歩けば30日という意味なのか、問われたヌカデは、確か、まずアルイテ、次に舟を使う、と答えます。不審に思う通訳に、自分は祈祷女(イノリメ)として幼き時から山社を離れたことがなく、旅は初めてで、身体も弱く、都萬まで50日もかかったので、正確な日数は分からない、とヌカデは答えます。梯儁は一瞬不審そうな表情を浮かべますが、すぐに笑顔になり、竹簡に描いた地図を見せ、この島の国々はこういう配置なのか、とヌカデに尋ねると、実に正確な地図です、とヌカデは即答します。

 越(コシ)国の江沼(エヌマ)では、山社から派遣されたミマアキとオオヒコが、越国のサクタ王に謁見していました。越国が、山社の女王(ヤノハ)を倭王と認め、不戦の契りを交わすには条件がある、とサクタ王はミマアキに伝えます。すでに伊賀国のイコバ王から話を聞いていたミマアキは、それが凶賊の平定に力を貸すことだと、すぐに悟ります。その荒くまし者の名はヤツハギで、その土蜘蛛に久比岐(クビキ)地方、つまり越の半分を奪われた、と説明します。ミマアキの手勢は百人と聞き、サクタ王はミマアキに助力を要請します。今も罪のない大勢の民が殺されている、と説明するサクタ王に、山社勢はサクタ王の戦人とともに凶賊と戦う、と約束するが、その前に山社の日見子様(ヤノハ)を倭王と認める誓紙をいただきたい、とミマアキは願い出ます。

 日下(ヒノモト)の庵戸宮(イオトノミヤ)郊外では、吉備津彦(キビツヒコ)が伊香(イカガ)のシコオから、山社の使者が越とも和議を締結した、と報告を受けていました。どうするのか、シコオから問われた吉備津彦は、ヤツハギの正体がまだ悟られていないのか、シコオに確認します。シコオは、凶賊ではなく日下の手勢であることも、自分の息子であることも知られていない、と答えます。山社の戦人が越のサクタ王に加勢するのは間違いないので、この機を逃さず壊滅するよう、シコオは吉備津彦に進言します。すると吉備津彦は、山社の使者は噂のミマアキだろう、自分はミマアキの品定めがしたいので、しばらくは本気を出すな、とシコオに命じます。吉備津彦は、ミマアキが日見子(ヤノハ)最大の弱点になるかもしれない男だ、と考えていました。

 山社では、イクメとミマト将軍とテヅチ将軍が、山背(山城)国と伊賀国からも和平の起誓文が届き、今日あたりにはミマアキとオオヒコが越のサクタ王にお目通りしているだろう、と報告していました。越の返事を待たずとも、もはや天下統一を宣言してもよいのでは、とミマト将軍は進言しますが、二人の知らせを待ち、その後で天下安寧の布令を出すつもりだ、とヤノハは言います。イクメもミマト将軍もテヅチ将軍も、これで長い戦乱がようやく終わり、平和な世が来る、と感慨深げです。

 暈(クマ)国の夜萬加(ヤマカ)では、洞窟で祈りを捧げているヒルメの前に、暈国の実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)の配下の志能備(シノビ)が現れ、ヒルメは死を覚悟します。すると、その後ろから鞠智彦が現れ、人への怨みと己の生き残りしか考えないお前の命など取る価値もない、と鞠智彦が冷淡に告げます。後数日も経てば山社の日見子(ヤノハ)の天下となるから、自分は次の天下を狙うことにした、と鞠智彦はヒルメに告げます。鞠智彦はヒルメに、次の倭国王は自分の養い子で日見彦(ヒミヒコ)となったニニギ(ヤエト)だが、自分はニニギの素性を何も知らないので、ニニギとは何者で、山社の日見子とはどのような関係だ、と鞠智彦はヒルメに問います。自分が思うに、それこそが日見子(ヤノハ)の最大の弱点だ、と鞠智彦がヒルメに言うところで今回は終了です。


 今回は、ヤノハと魏の使節団のやり取り、およびヤノハの「最大の弱点」が描かれました。ヤノハと魏の使節団長である梯儁との駆け引きは、『三国志』の倭国に関する記述、とくに邪馬台国への道のりがなぜ長く議論になっているのか、上手く説明する創作になっていると思います。ただ、梯儁はヌカデの説明に虚偽があることを見抜いているようにも見えます。梯儁がこのまま騙される展開にはならないように思いますが、梯儁が虚偽を見抜きつつも、ヤノが駆け引きによって、魏へ虚偽の倭国の地理情報を報告するよう、梯儁に納得させるのでしょうか。ヤノハと梯儁の駆け引きも注目されます。

 ヤノハの「最大の弱点」は、日下の吉備津彦と暈の鞠智彦の両者から語られましたが、吉備津彦はミマアキ、鞠智彦はニニギ(ヤエト)との関係と推測しています。日見子であるヤノハにとって致命的なのは、ニニギとの関係、つまりニニギがヤノハの実子であることでしょうが、ヤノハにとって、信頼しており、将来は政を任せるつもりのミマアキに裏切られることも、大きな痛手となることは確かでしょう。吉備津彦は、ミマアキが親友で恋仲だったクラトをヤノハの命令で失った、と聞かされたことを知っていますから、ミマアキを取り込むつもりかもしれません。ただ、ミマアキのヤノハへの忠誠心は強いので、ミマアキが日下に寝返る可能性は低いように思います。ただ、以前より、ミマアキが『日本書紀』の御間城入彦五十瓊殖天皇、つまり崇神天皇となるのではないか、と以前から予想しているので、最終的にはミマアキが日下に寝返る可能性も考えられます。ただ、そうなるよりも、山社連合と日下が盟約を締結し、ヤノハの死後にミマアキが現在の纏向遺跡のあたりで即位し、倭国王となる展開も想定しています。

 鞠智彦は、ニニギ(ヤエト)とヤノハの関係こそ、ヤノハの最大の弱点と考えているようです。処女であるべき日見子が、子を産んだとなれば、日見子失格となり、日見子としての地位を追われて、殺されることになるでしょう。問題は、ニニギの出自を知らない鞠智彦が、それに気づいているかですが、今回の描写からは、鞠智彦はその可能性が高いと考えており、ヒルメから確証を得ようとしているように思えます。すでに、ニニギのトンカラリンの洞窟での試練のさい、鞠智彦はニニギとヤノハとの関係に気づいていたようで(第144話)、さらにその前に、鞠智彦はヒルメから、ヤノハが自滅する策を講じている、と伝えられていたことから(第52話)、鞠智彦はニニギの実母がヤノハだとほぼ確信しているように思います。ただ、鞠智彦はニニギを次の倭国王に擁立しようと考えており、ヤノハに実子がいる証拠として、ニニギを提示するのは得策ではないでしょう。ニニギも「汚れた子」となってしまうからです。鞠智彦がどのようにヤノハを追い詰めていくのか、ヤノハがそれにどう対応するのかは、本作終盤の最大の山場になるかもしれず、たいへん注目しています。

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