ポーランドで発見されたネアンデルタール人のミトコンドリアゲノム

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、ポーランドで発見されたネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)遺骸のミトコンドリアゲノムを報告した研究(Picin et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文の概要は、2年前(2024年)にヒト進化研究ヨーロッパ協会第14回総会で報告されていました(関連記事)。本論文は、ポーランドの洞窟で発見されたネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムを報告し、現生人類(Homo sapiens)および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と比較しています。本論文は、このネアンデルタール人の母系がヨーロッパにおいて、その後で「後期ネアンデルタール人型」に置換される前には、広範に分布していた可能性を指摘しています。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、AMS(accelerator mass spectrometry、加速器質量分析法)、HPDI(highest probability density interval、最高確率密度区間)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、mg(milligram、ミリグラム)、C(carbon、炭素)、N(nitrogen、窒素)、MICADAS(Mini Carbon Dating System、小型炭素年代測定系)、U(uranium、ウラン)、OSL(optically stimulated luminescence、光刺激発光)、US-ESR(U-series-electron spin resonance、ウラン系列電子スピン共鳴法)です。

 本論文で取り上げられる主要な研究機関は、スイスのチューリッヒのETH(Eidgenössische Technische Hochschule、スイス連邦工科大学)チューリッヒ校、ドイツのマンハイムのクルト・エンゲルホルン考古科学研究所(Curt-Engelhorn-Center for Archaeometry)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、CEEM(Central Eastern European Micoquian、ヨーロッパ中央部および東部ミコッキアン)、キーナ型(Quina)、Charentian(シャランシアン、シャラント文化)です。

 本論文で取り上げられる主要な遺跡は、ポーランドのスタイニヤ洞窟(Stajnia Cave)、ドイツのホーレンシュタイン・シュターデル(Hohlenstein-Stadel、略してHST)洞窟、ベルギーのスクラディナ洞窟(Scladina Cave)、コーカサス北部のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)とオクラドニコフ(Okladnikov)洞窟、スペインのアタプエルカ山地(Sierra de Atapuerca)の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」(略してSH)、フランスのマンドラン洞窟(Grotte Mandrin)で発見されたネアンデルタール人個体のトラン(Thorin)、ドイツのシュトゥットガルト(Stuttgart)のノイマルク・ノルト(Neumark-Nord、略してNN)です。


●要約

 ヨーロッパ中央部および東部のネアンデルタール人は多くの考古学的遺跡が報告されていますが、これまでに化石と遺伝的データの両方は少ないままです。スタイニヤ洞窟(ポーランド)では今や、ネアンデルタール人の9点の歯が、形態学的評価と放射性炭素年代測定と完全なミトコンドリアゲノム配列決定を組み合わせた、単一の高解像度研究に統合されました。本論文は、それには以前には文政されていなかった歯を含めて、8点の新たなミトコンドリアゲノムを報告し、これらは、少なくとも7個体、おそらくは8個体を表しています。標本のうち3点は同一のmtDNAを共有しており、同じもしくは母系で関連している個体のどちらかに由来することを示唆しています。分子系統短縮推定値は、全標本をMIS5に位置づけ、点推定値は119700~92498年前で、これはヨーロッパ中央部で特定された最古級の複数個体のネアンデルタール人の遺伝的集合となります。同様のハプロタイプを有する他のネアンデルタール人はフランス南東部やイベリア半島やコーカサスに存在しており、このミトコンドリア系統は、「後期ネアンデルタール人型」のmtDNAに置換される前には、ヨーロッパ全域に広がっていたかもしれない、と示唆されます。スタイニヤ洞窟化石に関する本論文の分析は、ヨーロッパ中央部および東部を周縁地域としてではなく、ネアンデルタール人の地理的分布の追跡にとって重要な地域として位置づけます。


●研究史

 ネアンデルタール人はユーラシア西部の広大な地域に居住しており、19世紀以降の徹底的な考古学的調査によって、ヒトの化石記録において最も広範に研究された集団の一つとなりました。現在のデータから、ネアンデルタール人の発展は複雑な進化的軌跡を反映しており、気候変化による繰り返しの局所的消滅とその後の再定着によって特徴づけられる、と示唆されます。ネアンデルタール人の歴史においてとくに注目される期間は最終氷期で、この時期はヨーロッパ全域の大規模な人口再編によって特徴づけられていたようです[5~7]。

 ミトコンドリアゲノム(mtDNA)の研究はネアンデルタール人における明らかな年代と関連する区分を示唆しており、HSTの12万年前頃のネアンデルタール人の深く分岐したmtDNAは、これまでに回収された他の全ての既知のネアンデルタール人ゲノムの基底部に位置しており(MIS5e)、それに続くのが、アルタイ山脈のネアンデルタール人とスクラディナ洞窟のネアンデルタール人(MIS5e~5d)、スタイニヤ洞窟のS5000およびメズマイスカヤ1号のネアンデルタール人によって表される系統(MIS5d~MIS4)、チャンネルのネアンデルタール人の系統(MIS4)、最後に後期ネアンデルタール人(MIS3)です(5~12)。しかし、すべてのネアンデルタール人のmtDNAゲノムがこのパターンに従うわけではなく[5、13]、この多様性を生んだ地理的および人口統計学的過程は依然として不明です。したがって、完全なネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの数と地理的範囲の拡張は、これら主要な系統の置換の根底にある時期と人口動態の解決に不可欠です。


●スタイニヤ洞窟の新たなネアンデルタール人のミトコンドリアゲノム

 スタイニヤ洞窟の8点りヒトの歯が分析されました(図1および表1)。5点の標本は形態(D2層のS4619とS4300)もしくは形態とmtDNAの組み合わせ(D1層のS16455およびS19415とD2層のS5000[12])に基づいて以前にネアンデルタール人に分類されていましたが、4点の追加の歯は最近になって他の層序単位で確認されました(A層のS16066、E1層のS19416、C4層のS19417、D1層とE層の境界面のS23310)。層序的に異なる状況からの回収は、一部の標本がS5000の前もしくは後だった可能性を含めて、年代および分類学的帰属の両方に関して、不確実性を提起しました。以下は本論文の図1です。
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 これらの問題に取り組むために、8点の歯についてミトコンドリア配列が生成され、新たに記載された標本の詳細な形態学的評価が実行されて、選択された一部については直接的な放射性炭素年代が得られました。これらの手法によって、分類学的帰属の評価、堆積後の混合の影響の評価、分子年代の枠組み内にスタイニヤ洞窟個体群を位置づけることが可能となりました。


●mtDNAゲノム

 8点のスタイニヤ洞窟標本(S16066、S23310、S4300、S4619、S19416、S19417、S16455、S19415)から8~29.8mgの粉末の標本が収集され、現在のヒトおよび微生物の汚染の一部を除去するために、0.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液での前処理の有無に分けて[5]DNAが抽出されました。抽出されたDNAは一本鎖ライブラリへと変換され、混合捕獲によってヒトmtDNAで濃縮され、標本1点あたり25562~828087ヶ所の間の固有mtDNA断片が回収されました。心性の古代DNAに特徴的なこれらmtDNA断片の末端におけるシトシンからチミンへの置換頻度の範囲はそれぞれ、5’末端では6.4~51.8%、3’末端では4.5~45.1%で、少なくとも一部は古代起源と示唆されます。ネアンデルタール人が現生人類やネアンデルタール人やSHのネアンデルタール人[23~25]と異なるミトコンドリアゲノムの部位では、末端のシトシンからチミンへの置換を有するDNA断片の71.4~100%がネアンデルタール人型を裏づけました。

 分析を主に脱アミノ化mtDNA断片に限定することによって、スタイニヤ洞窟の8点の標本で30.5~337倍の歯殷の配列被覆度が得られ、8点の標本すべてで、完全もしくは完全に近いミトコンドリアゲノムの再構築が可能となりました。S19415とS16455ではともに、以前には限られたmtDNAデータしか得られず、詳細な系統発生もしくは年代分析には不充分でした。本論文ではそのデータ品質が改善され、それぞれ、S16455では96.6%、S19415では99.7%のミトコンドリア配列が再構築されました。再構築されたミトコンドリアゲノムのこのより大規模な一式によって、スタイニヤ洞窟個体間の遺伝的関係およびこれまでに刊行されている他のネアンデルタール人のmtDNAゲノムとの関係の調査が可能となります。

 現代人と古代の現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人とSHのネアンデルタール人1個体と(Pan troglodytes)の比較データセットの配列とともに、スタイニヤ洞窟のmtDNAゲノム9点すべてを含む系統樹では、すべてのスタイニヤ洞窟のゲノムはネアンデルタール人の既知の差異内に収まります(図2)。ほとんどは、以前に刊行されたスタイニヤ洞窟S500012やメズマイスカヤ1号[26]やメズマイスカヤ3号[27]やトラン[13]のネアンデルタール人と、密接にまとまります(図2)。S16455の位置は、明確に解決されません。系統発生分析はS16455を、メズマイスカヤ1号およびトランのmtDNAにつながる枝と、デニソワ11号やオクラドニコフ2号やアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人やユーラシア全域の好機ネアンデルタール人につながる枝との間に、低い信頼性で位置づけます。以下は本論文の図2です。
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 ベイズ枠組みで較正点として直接的に年代測定された現生人類10個体とネアンデルタール人12個体を用いると、スタイニヤ洞窟のネアンデルタール人8個体で得られた先端年代の範囲は、ミトコンドリアゲノムのコーディング領域を用いると、127860年前頃(S23310、95%HPDIで156930~95960年前)~111030年前頃(S16066、95%HPDIで142090~77650年前)で、完全なミトコンドリアゲノムを用いると、119700年前頃(S23310、95%HPDIで145030~94270年前)~92980年前頃(S19416、95%HPDIで142090~77650年前)です。


●歯の分類学的帰属

 保存状態と摩耗に違いはあるものの、標本の大きさと形態と歯冠形態は既知のネアンデルタール人の歯の特徴とよく一致します。A層の永久歯の下顎第一大臼歯であるS16066は子供(4.5歳程度)で、ネアンデルタール人に典型的な特徴である、Y字型の溝のパターンがある5ヶ所の有尖歯冠、第3級の遠心咬頭を示します。9.5歳くらいの子供の永久歯の上顎側切歯であるS19416は、顕著なシャベル型形態と保存状態良好な辺縁隆線を示します。成人の下顎第三大臼歯であるS19417には、摩耗の進んだ頑丈で非対称的な歯冠があります。最後に、子供(9.5歳程度)の乳歯の上顎第二大臼歯であるS23310は、カラベリー結節と比較的大きな下錐領域を示します。したがって、遺伝的データとまとめると、4点の新たに調べられた歯の形態学的分析は、新たに分析された4個体すべてがネアンデルタール人と確実に立証します。


●放射性炭素年代測定

 放射性炭素年代測定で評価された6点の標本すべてで、1%の閾値を超えるコラーゲンが得られましたが、コラーゲン収量と元素組成の品質に関する基準をともに満たしたのは4点だけだったので、この4点が放射性炭素年代測定に選択されました。標本R-EVAの3184と3188と3192と3213(S23310、S19417、S16066、S5000)では、4.5~9.3%の間のコラーゲン収量が得られ、炭素原子と窒素原子の比率の範囲は3.3~3.6で、保存状態良好なコラーゲンと一致します。

 標本R-EVA 3190(S19415)は、3.5のC:N比と2%のコラーゲン収量にも関わらず、確実な黒鉛化には不充分なコラーゲン量(1.9mg)のため除外されました。同様に、R-EVA 3185(S4300)は、8.2%のコラーゲン収率だったものの、3.9のC:N比が許容上限を超えており、続成作用の変化もしくは汚染が示唆されるため、除外されました。

 年代測定に選択された標本4点のうち、R-EVA 3188(S19417)とR-EVA 3192(S16066)は、ETHチューリッヒ校のイオンビーム物理学研究所で黒鉛化されて測定されました。残りの2点の標本であるR-EVA 3184(S23310)とR-EVA 3213(S5000)は、マンハイムのクルト・エンゲルホルン考古科学研究所で年代測定されました。以前に刊行されたR-EVA 3213[12]では、¹⁴Cで22480±70年前の新しい放射性炭素年代が得られ、6.1±0.1%の現代の炭素汚染と一致する年代となり、これは発掘期間もしくはその後に塗られた定着剤に由来する可能性が高そうです。同様に、R-EVA 3184では、¹⁴Cで33830±340年前の年代が得られ、1.5±0.1%の現代の汚染を反映しており、象牙質最深部からの標本抽出にも関わらず、残留定着剤のため信頼できない、と考えられました。

 標本の完全性を保つために、標本抽出は少量の資料に限定され(70~132mg)、徹底的な除染に通常は必要な約500mgを大きく下回りました。スタイニヤ洞窟の歯は良好なコラーゲンの保存状態を示していますが[32]、そうした限定的な標本規模は外来性炭素への感度を高めます。したがって、これらの限定された年代は信頼できないと考えられ、さらなる年代解釈から除外されます。

 同様の注意は、限られた放射性炭素年代が得られた、R-EVA 3192の2点の年代測定された断片に当てはまります。背景値標準物質と比較して小さな標本規模と背景値補正における不確実性を考えると、ETHチューリッヒ校におけるMICADAS系によって達成された小さく安定した背景あたいにも関わらず、本論文は控えめに、46000年以上前の下限¹⁴C年代を報告します。対照的に、R-EVA 3188では検出限界を超えた年代(¹⁴C年代で5万年以上前)が返され、標本群の堅牢な年代基準点を提供しています。


●スタイニヤ洞窟のネアンデルタール人の位置づけ

 スタイニヤ洞窟のネアンデルタール人の歯の学際的調査は、ヒト化石の少なさのため歴史的に過小評価されてきた地域である、ヨーロッパ中央部および東部の中部旧石器時代後期の理解を大きく深めます。8点の標本での詳細な形態学的評価と放射性炭素年代測定とミトコンドリアゲノム配列決定の統合によって、カルパチア山脈の北側のネアンデルタール人の最初の高解像度のデータセットが生成されました。

 異なる層準(A層のS16066、D2層のS4619、C4層のS19417)に由来する3点の歯から同一のmtDNA配列が回収され、スタイニヤ洞窟における広範な堆積後の混合が浮き彫りになります。形態学的証拠から、これらの歯のうち2点は学童期(6~7歳から12~13歳頃)個体に由来し、同一個体もしくは密に関連した個体を表しているかもしれない、と示唆されます。対照的に、S19417は成人に由来し、異なる母系で関連している個体を表しているかもしれません。したがって、スタイニヤ洞窟の遺骸群は少なくとも7個体、おそらくは8個体を表しており、この地域におけるネアンデルタール人の遺伝的差異に重要な知見を提供します。

 これらの結果も、放射性炭素年代測定への本論文の慎重な手法を裏づけます。S16066では手法の検出限界に近い有限の¹⁴C年代が得られ、背景値補正と関連する不確実性のため、これは下限年代と扱われます。S16066のmtDNAは¹⁴C年代が5万年前頃を超える標本S19417およびS4619と同じで、S16066の有限値は真の年代を過小評価している可能性が高い、と示唆されます。この文脈では、これら3点の標本にわたる分子年代推定値はその年代的近さとの解釈を強化します。

 先行研究[13]は最近、放射性炭素年代とウラン系列年代測定と組み合わされたUS-ESR年代測定を組み込んだベイズモデルに基づいて、スタイニヤ洞窟のネアンデルタール人と類似したミトコンドリアゲノムを有する「トラン」は5万年前頃に生きていた、と提案しました。しかし、これと一致するミトコンドリア年代推定値は、トランの考古学的年代が遺伝的年代モデルにおける追加の較正点として明示的に含められた場合にのみ、得られました。本論文の見解では、その放射性炭素の証拠はこのより新しい年代を裏づけます。報告されたヒドロキシプロリンAMS測定では、背景地と統計的に区別できない値が得られ、慣習的には、有限な放射性炭素年代ではなく、測定限界外とみなされるべきです。それにも関わらず、これらの結果はOxCalモデルに組み込まれ、放射性炭素年代の兆候自体ではなく、較正曲線の上限によっておもに制約された、不完全な較正年代分布を生成します。そこで、この年代は遺伝学的年代測定の制約に用いられました。

 同様に、トランについて報告されたESR/US年代は慎重に解釈されるべきで、それは、線量率推定値やウラン取り込みの歴史や続成作用過程と関連する不確実性が、5万年前頃における年代解像度を大きく制約するからです。分子年代測定には、放射測定手法が方法論的限界に近づく場合、有益な情報を提供する可能性があります。重要なのは、分子推定値も較正および変異率に関する前提となる仮定に依存しているものの、ほとんどの事例において放射測定および遺伝的年代はほぼ相互と一致している、と留意することです。そうでない場合には、すべての推定値は慎重に扱われるべきです。

 トランの年代的枠組みのこの批判的再評価が本論文の調査結果と直接的に関連しているのは、類似したmtDNA系統から推測されたスタイニヤ洞窟のネアンデルタール人の分子年代推定値が、トランについて提唱されたずっと他らしい考古学的年代と明らかに対照的だからです。これらの問題を考慮すると、放射測定手法が方法論の限界に近い場合、分子年代測定は補完的な手段を提供できるかもしれません。スタイニヤ洞窟から得られたミトコンドリアゲノムは、分子推定値も較正および変異率に関して前提となる仮定に依存していることを認識しつつも、より直接的な年代測定手法の欠如における、スタイニヤ洞窟個体群の相対的年代の推定に貴重な枠組みを提供します。

 事後95%HPD区間は広いものの(表2)、MIS4にまでわたるより新しい裾野は、北方氷床の拡大およびポーランド南部における居住適地の喪失を考えると、考古学的に可能性が低そうです。この独立した古環境的制約を考慮すると、分子年代推定値は一貫して、スタイニヤ洞窟のネアンデルタール人がMIS5に属することを裏づけています。

 単なる古遺伝学的視点を超えて、スタイニヤ洞窟のmtDNAの調査結果は、ネアンデルタール人の移動性および技術的多様性の解釈により広範な枠組みを提供します。スタイニヤ洞窟個体群の分子年代点推定値はCEEM文化層の出現と重複し、ノイマルク・ノルト遺跡のOSL年代と密接に一致します。この期間には、非対称的な両面内府がヨーロッパ中央部および東部全域に出現しました。CEEM状況におけるキーナ型掻器の存続やバルカン半島シャランシアン遺物群におけるその存在は、持続的な文化的つながりとこれらの地域間の知識伝播の可能性を示唆しています。

 スタイニヤ洞窟のネアンデルタール人と密接に関連するmtDNA系統を有するネアンデルタール人はヨーロッパ西部およびコーカサス北部で報告されており(図2)、このミトコンドリア系統が後期ネアンデルタール人に特徴的なmtDNAに置換される前には広範に分布していた、と示唆されます。この分布は、MIS5における広範な人口集団のつながりと一致します。

 考古学的証拠から、類似した技術的伝統共有する集団がバルカン半島およびヨーロッパ中央部に存在し、それはヨーロッパ北部および東部地域への拡散の前だった、と示唆されます。バルカン半島はより寒冷な期間には退避地として機能した可能性が高く、イベリア半島もしくはイタリア半島と比較して、生物地理的障壁がより少なかったため、北方地域の再定着を促進しました。より古いバルカン半島のネアンデルタール人から得られた古遺伝的データは依然として少ないものの、この想定は現時点で、観察された考古学的パターンに最も節約的な説明を提供します。

 スタイニヤ洞窟では、CEEM遺物群には非対称的な両面ナイフと葉型人工遺物が含まれています[12]。しかし、類似したmtDNA系統を有するネアンデルタール人がより温暖地域に居住した場合に、多くの場合、両面技術は掻器および鋸歯縁石器の優占する道具一式に置換されており、これは多様化した生計戦略への適応を反映している可能性が高そうです。逆に、ステップ・ツンドラ環境では、CEEMの両面技術は存続しました。これらのパターンは、ネアンデルタール人の技術的戦略への地域的環境の強い影響を強調しており、ユーラシア全域の文化的多様性の形成における、退避地の動態と人口移動と生態学的状況の間の相互作用を浮き彫りにします。


●まとめ

 古ゲノム的知見に加えて、スタイニヤ洞窟から得られたmtDNA分析は、層序的に攪乱されている遺跡に重要な年代的制約を提供しており、MIS3~1層から回収された歯がより古いMIS5の居住に由来するかもしれない、と示唆されます。放射性炭素年代測定が不可能な場所では、分子系統短縮が年代推定に代替的手法を提供します。他のヨーロッパの遺跡から得られた化石と堆積物DNAの統合は、後期ネアンデルタール人系統の出現前のユーラシア西部における、スタイニヤ洞窟/メズマイスカヤ洞窟のmtDNAハプロタイプの広がりをさらに明らかにし、ネアンデルタール人の人口史における重要な地域としてのヨーロッパ中央部および東部を浮き彫りにするでしょう。


参考文献:
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