保阪正康『あの戦争は何だったのか 大人のための歴史教科書』第5刷
新潮新書の一冊として、新潮社から2005年7月に刊行されました。第1刷の刊行は2005年8月です。古書店で100円だったので購入しましたが、いつか読もうと思いながら、著者への高い信頼感があるわけではないので、ずっと読まずにいました。そうした本がそれなりにあるので、今後読んでいくつもりですが、本書は新書として標準的な長さなので、気軽に読めるかな、と思って読み始めました。本は精読しなければ著者に失礼だ、といった観念は私にもありますが、そうすると、読める本は限られてくるわけで、経済力と能力の限界からも、気軽に読む本があってもよいのではないか、と開き直っています。
本書は、なぜ太平洋戦争へと至り、どのように「終戦」となったのか、検証していますが、その前提として、近代日本軍の黎明期から日清戦争と日露戦争や二・二六事件を経て、太平洋戦争直前へと至る日本軍の歩みも取り上げています。本書は、将校や政治家や官僚など「支配層」の動向や思惑だけではなく、徴兵対象となる庶民にも焦点を当てており、徴兵の具体的過程も取り上げています。本書刊行の頃、著者は私立大学で講座を持っていたそうですが、若者があまりにも戦争を知らないことに危機感を抱き、それが本書の執筆動機になっており、そのために多くの人にとって身近な話題も取り上げたのでしょう。
本書は太平洋戦争への道で、とくに二・二六事件を重視しています。暴力への恐怖が政治家たちを委縮させた、というわけです。また本書は、軍部大臣現役武官制で軍部が圧倒的な権力を有していった、と指摘します。ただ、このようにこの時期を把握してよいのか、疑問も残ります。軍部大臣現役武官制には軍人の政治への関与を抑制する側面もありましたし、世論にしても、二・二六事件~日中戦争にかけて、軍部にずっと好意的だったわけではありません(関連記事)。それに、日中戦争が始まるまで、政治家は腰が引けて、軍部に何も言えなくなったわけではなく(関連記事)、いわゆる腹切り問答も二・二六事件~日中戦争開始の間のことでした。
太平洋戦争へと至る決断について、本書は海軍の責任を重く見ています。確かに、本書のこの指摘は重要と思います。第二次世界大戦後、日本では長く海軍よりも陸軍の方が評判は悪かったように思いますが、海軍には「神がかり的な精神主義」の陸軍よりも「開明的で合理的」といった通俗的な好印象があったようにも思います。しかし、アメリカ合衆国との開戦については、確かに海軍の責任は重いと言えるでしょう。ただ、本書は、陸軍が日中戦争や仏印進駐など活躍の場があるのに対して、海軍は活躍の場がなく、強硬派は戦争を求めていた、と指摘し、そうした側面も否定できないとしても、実際のところは、アメリカ合衆国を仮想敵として軍事予算を獲得してきたのに、今更アメリカ合衆国と戦うことはできません、とは体面からも予算獲得の点からも海軍は言えなかったことが大きいのではないか、と思います。本書は、日本の指導層に終戦計画がなかったことを一貫して批判していますが、それは尤もなところと思います。ただ、それは日本が特別に「愚か」で「短絡的」であることを意味しているわけでもない、と私は考えています。
本書は、なぜ太平洋戦争へと至り、どのように「終戦」となったのか、検証していますが、その前提として、近代日本軍の黎明期から日清戦争と日露戦争や二・二六事件を経て、太平洋戦争直前へと至る日本軍の歩みも取り上げています。本書は、将校や政治家や官僚など「支配層」の動向や思惑だけではなく、徴兵対象となる庶民にも焦点を当てており、徴兵の具体的過程も取り上げています。本書刊行の頃、著者は私立大学で講座を持っていたそうですが、若者があまりにも戦争を知らないことに危機感を抱き、それが本書の執筆動機になっており、そのために多くの人にとって身近な話題も取り上げたのでしょう。
本書は太平洋戦争への道で、とくに二・二六事件を重視しています。暴力への恐怖が政治家たちを委縮させた、というわけです。また本書は、軍部大臣現役武官制で軍部が圧倒的な権力を有していった、と指摘します。ただ、このようにこの時期を把握してよいのか、疑問も残ります。軍部大臣現役武官制には軍人の政治への関与を抑制する側面もありましたし、世論にしても、二・二六事件~日中戦争にかけて、軍部にずっと好意的だったわけではありません(関連記事)。それに、日中戦争が始まるまで、政治家は腰が引けて、軍部に何も言えなくなったわけではなく(関連記事)、いわゆる腹切り問答も二・二六事件~日中戦争開始の間のことでした。
太平洋戦争へと至る決断について、本書は海軍の責任を重く見ています。確かに、本書のこの指摘は重要と思います。第二次世界大戦後、日本では長く海軍よりも陸軍の方が評判は悪かったように思いますが、海軍には「神がかり的な精神主義」の陸軍よりも「開明的で合理的」といった通俗的な好印象があったようにも思います。しかし、アメリカ合衆国との開戦については、確かに海軍の責任は重いと言えるでしょう。ただ、本書は、陸軍が日中戦争や仏印進駐など活躍の場があるのに対して、海軍は活躍の場がなく、強硬派は戦争を求めていた、と指摘し、そうした側面も否定できないとしても、実際のところは、アメリカ合衆国を仮想敵として軍事予算を獲得してきたのに、今更アメリカ合衆国と戦うことはできません、とは体面からも予算獲得の点からも海軍は言えなかったことが大きいのではないか、と思います。本書は、日本の指導層に終戦計画がなかったことを一貫して批判していますが、それは尤もなところと思います。ただ、それは日本が特別に「愚か」で「短絡的」であることを意味しているわけでもない、と私は考えています。
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