「縄文人」42個体のゲノムデータ(追記有)
「縄文人」42個体のゲノムデータを報告した研究(Watanabe et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。「縄文時代」との時代区分や「縄文人」との表記には問題があるでしょうが、煩雑になるので、以下では「縄文時代」と「縄文人」を「」では括りません。本論文は、日本列島で発見された縄文時代人類(縄文人)の新規および既知の合計42個体のゲノムデータを報告し、縄文人の人口史と寒冷適応を検証しています。本論文では取り上げられていない、群馬県北西部の吾妻郡長野原町貝瀬地区にある居家以岩陰遺跡で発見された縄文人の高品質なゲノムデータを報告した研究(Ishiya et al., 2026)とともに、本論文もたいへん注目されます。
先行研究と同様に本論文でも、縄文人は既知の現代人および古代人との比較で、ユーラシア東部系統内に位置づけられながらも、独特な一まとまりの遺伝的構成を示していることが分かりました。縄文人系統と、ユーラシア東部現代人の主流系統との推定分岐年代は27000~19000年前頃です。ただ、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨、白保4号)のゲノムから、縄文人の遺伝的構成要素の約半分は白保4号によって表される集団とは異なる集団に由来する、と明らかにされています(関連記事)。おそらく、縄文人系統は単純にユーラシア東部現代人の主流系統と分岐したのではなく、遺伝的に大きく異なる系統間の混合によって形成され、縄文人の形成過程には複雑な分岐と混合が反映されているのでしょう。また、それとも関連して、縄文人の祖先集団の日本列島への拡散経路についても、まだ断定できる段階ではないように思います。
これまで遺伝学では、縄文人は南方から日本列島に到来したことが示唆されていましたが、考古学的には北方の影響が強く見られます。本論文は、シベリア北東部の31000年前頃の現生人類(Homo sapiens)個体によって表される系統から縄文人の祖先への遺伝子流動の痕跡を検出しており、縄文文化の北方的要素がこの遺伝子流動と関連している可能性を指摘しています。さらに、縄文人では更新世の祖先における寒冷適応と一致する証拠が見つかり、ユーラシア東部現生人類における寒冷化の研究に大きく寄与することになりそうです。
また、最近の研究[38]で、縄文人のゲノムには種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)由来の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合が、古代人と現代人を含めて既知のユーラシア東部の現生人類集団では最も低い、と示されましたが、本論文でも、縄文人固有のデニソワ人祖先系統は見つかりませんでした。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とは異なり、デニソワ人からの遺伝的影響は非アフリカ系現代人でも地域集団間で大きな違いがあるので[38]、ユーラシア東部への現生人類の拡散経路と時期の検証に、デニソワ人から現生人類への遺伝子流動の違いは大きく役立ちそうです。
追記(2026年8月18日)
本論文の解説記事が公表されました。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、A(adenine、アデニン)、T(thymine、チミン)、G(guanine、グアニン)、C(cytosine、シトシン)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、1KG(1000 Genomes Project、1000人ゲノム計画)、ATP(adenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)、NST(nonshivering thermogenesis、非震え熱産生)、rXP-nSL(regional cross-population number of segregating sites by length、距離による部位の分離の地域的な集団間の数)、GWAS(genome-wide association study、ゲノム規模関連研究)、LD(linkage disequilibrium、連鎖不平衡)、BMI(body mass index、肥満指数)、TG(triglyceride、中性脂肪)、BAT(brown adipose tissue、褐色脂肪組織)、PUFA(polyunsaturated fatty acid、高度不飽和脂肪酸)、PSHK(Paleo-Sakhalin-Hokkaido-Kurile Peninsula、古サハリン北海道千島半島)、EAS(East Asian、アジア東部人)、JPT(Tokyo, Japan、日本の東京)、CHB(Han Chinese in Beijing, China、北京の漢人)、CHS(Southern Han Chinese、南方漢人)、KHV(Kinh in Ho Chi Minh City, Vietnam、ベトナムのホーチミン市のキン人)、CDX(Chinese Dai in Xishuangbanna, China、中国のシーサンパンナの傣人)、GI(グリーンランドのイヌイット)です。
以下の時代区分の略称は、UP(Upper Paleolithic、上部旧石器時代)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。
本論文で取り上げられる主要な日本の地域と遺跡は、北海道の礼文島、千葉県千葉市緑区おゆみ野の六通貝塚、千葉県船橋市古作町47の古作貝塚、千葉県市原市の菊間手永遺跡、千葉県市原市の祇園原貝塚、千葉県市原市の西広貝塚、愛知県田原市伊川津町の伊川津貝塚、富山県富山市呉羽町北・呉羽昭和町地内の小竹貝塚、岡山県倉敷市船倉町の船倉貝塚、愛媛県久万高原町の上黒岩岩陰、愛媛県南宇和郡愛南町御荘の平城貝塚です。本論文で取り上げられる主要な日本以外の地域と遺跡は、シベリア北東部のヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site、ヤナ犀角遺跡)です。
本論文で取り上げられる主要な遺伝子は、EDAR(ectodysplasin A receptor、エクトジスプラシンA受容体)、ADH1B(Alcohol Dehydrogenase 1B、アルコール脱水素酵素1B)、ALDH2(Aldehyde dehydrogenase 2、アルデヒド脱水素酵素2型)、OCA2(oculocutaneous albinism II、眼皮膚白皮症2)、MC1R(melanocortin-1 receptor、メラノコルチン1受容体)、ABCC11(ATP-binding cassette transporter sub-family C member 11、ATP結合カセット・トランスポーターサブファミリーC型11)、UCP1(Uncoupling Protein 1、非結合タンパク質1型)、TRPM8(Transient Receptor Potential Cation Channel Subfamily M Member 8、一過性受容器電位チャネルカチオンチャンネルサブファミリーM型8)、APOA5(apolipoprotein A5、アポリタンパク質A5)、FTO(Fat mass and obesity-associated protein、脂肪量および肥満関連タンパク質)、ZPR1(zinc finger protein 1、ジンクフィンガータンパク質1型)、APOA5(Apolipoprotein A-V、アポリポタンパク質A-V)、ALDH1A2(Aldehyde dehydrogenase 1 family member A2、アルデヒド脱水素酵素1ファミリーA2型)、LIPC(Lipase C, Hepatic Type、脂肪分解酵素C肝臓型)、FADS1(Fatty Acid Desaturase 1、脂肪酸不飽和化酵素1型)、FADS2(Fatty Acid Desaturase 2、脂肪酸不飽和化酵素2型)です。
●要約
現生人類はユーラシア全域への拡散において、極限環境でどのように反映したのでしょうか?LGMにおいてヒトの生存を可能とした適応の解明は、依然として重要です。本論文は、日本列島の完新世狩猟採集民(縄文人)の42個体のゲノムを分析し、孤立したUPユーラシア東部系統に由来するその深い祖先系統を明らかにします。本論文は、北方のUPシベリア人から縄文人への遺伝子流動を検出し、アジア東部への定着に関する生物人類学と考古学との間の長年の議論を解決します。縄文人固有のデニソワ人祖先系統は見つからず、ユーラシア本土の人々からのLGMの分岐前となる共通の遺伝子移入が示唆されます。さらに、縄文UP祖先系統における寒冷適応と一致する証拠が見つかり、多様な生理学的経路が浮き彫りになりました。本研究は、UPユーラシア東部人における古代の適応の調査に最初の古ゲノム枠組みの一つを提供し、現代人におけるより寒冷な過去からの進化的遺産を明らかにしました。
●研究史
5万年前頃となるアジア南東部への現生人類の拡散は、ユーラシア東部の先史時代における重要な出来事でした[2]。集団は、とくにLGMの過酷な環境において高緯度へと拡大するさいに[6、7]、環境圧力に直面しました。この極寒における生存には、文化的革新とともに、代謝や断熱や低体温におもに分類される、多様な生物学的適応を必要としました。しかし、LGMにおけるヒトの移動と持続性へのこれらの要因の相対的な寄与は、依然として不明です。
ユーラシア大陸の東端に位置する日本列島は、ユーラシア東部人の進化史の調査においてとくに有益な場を提供します。縄文人は日本列島に16000~3000年前頃まで居住していた先史時代の狩猟採集民で、貴重なゲノム情報源を提供します。後期更新世において、縄文土器の出現前には、現在の日本列島に相当する地域二つの主要な陸塊から構成されており、一方は古本州島、もう一方はユーラシア東部大陸部へと北海道をつないでいたPSHKです(図1A)。考古学的証拠から、小型剥片に基づく石器群を備えた現生人類が初めて古本州に出現したのは較正年代で38000年前頃だった、と示唆されています。19000年前頃となるLGM末に、気温と世界中の海水面の上昇によって、これらのつながりは水没しました。これによって、古本州は現代の本州と四国と九州の島々(本論文では総称して「本土」と呼ばれます)に分断され、北海道はユーラシア本土から分離することになりました。この孤立から、縄文人の祖先は他の後期更新世ユーラシア東部人口集団とは異なる進化的軌跡をたどったかもしれない、と示唆されています。以下は本論文の図1です。
古ゲノム研究では、縄文人はユーラシア東部における基底部系統を表しており、アジア南東部のホアビニアン狩猟採集民と最も類似し、現在のアジア東部/北東部人およびアメリカ大陸先住民とは深く分岐している、と示唆されています[6、7]。ゲノムの証拠でも、現在の日本人は縄文人とユーラシア本土からのその後に到来した農耕民との間の混合に由来する、と裏づけられています[14]。しかし、縄文人が非表記環境を耐えたUP狩猟採集民の直接的子孫だったのかどうかは、依然として不明です。本論文は縄文人42個体のゲノムを分析し、UPユーラシア東部人における寒冷適応の形質の出現を探り、ユーラシア東部のより広範な進化史における縄文人の役割を解明します。
●UP以降の基底部系統
縄文人42個体が分析され(本研究で配列決定された25個体と、刊行されている17個体)、日本列島全域の高被覆度(約30倍)の3個体が含まれます(図1B・C)。データ品質を向上させるために、現代日本人9290個体の参照パネルを用いて遺伝子型が補完され、高い補完精度が達成されました。現在の日本人はかなりの縄文祖先系統を保持しているので、このパネルは縄文人のゲノムの祖先系統が一致した参照として機能します。ユーラシア東部内における縄文人系統の深い分岐を考えると、この祖先系統の一致は正確な補完にとってとくに重要でした。参照パネルから現代日本人のゲノムを除外した感度分析では、補完精度が低下し、人口統計学的推論が歪められ、祖先系統が一致しない参照パネルは、他の深く分岐したユーラシア東部古代人のゲノムの下流人口統計学的分析を偏らせるかもしれない、と論証されます。
次に、Relateを縄文用いて人系統の人口動態史が推定され、比較のため選択された現代のユーラシア東部人口(集団)が組み込まれました。パプア人とオンゲ人/ジャラワ人(ホアビニアン狩猟採集民のアンダマン諸島の姉妹集団)が南方系統の初期の分岐を表しているのに対して[6]、1KGのEAS人口集団はその後に分岐した集団を表しています。これらの比較から、縄文人はより広範なユーラシア東部の人口動態の状況に位置づけられます。Relate分析から3点の注目すべき調査結果が得られ、それは、(1)縄文人系統はUPの27000~19000年前頃に大陸部ユーラシア東部人と分岐し、(2)縄文人系統の人口規模はUPにおいて顕著な減少を経た後で、縄文時代の開始とともに回復し(図2A)、(3)北海道の縄文人系統は本土の縄文人系統と10000~8800年前頃に分岐し、縄文時代において独自の人口史が始まりましたことです。以下は本論文の図2です。
日本列島におけるUPの居住は較正年代で38000年前頃【以下、基本的に較正年代です】に始まり、古本州では15000年前頃まで続き、PSHKの南部の北海道では15000~12000年前頃まで続きました。古本州と北海道の両地域のUPは、石器縮小パターンと道具組成と石器の種類と遺跡の年代によって特徴づけられる、初期と中期と後期の3段階に区分されています。注目すべきことに、3万~2万年前頃の中期UPは、古本州では石刃に基づく背付き石器群を伴う、高度な移動性を示しています。縄文人系統とユーラシア東部大陸部系統との間の推定分岐年代(27000~19000年前頃)は中期~後期UPに相当し、縄文人が孤立したUPユーラシア東部人口集団から出現した、との見解を裏づけます。UPの初期と中期の間の文化的証拠で観察された変化を、推定される縄文人とユーラシア東部大陸部集団の分岐時期とともに考えると、LGMの前もしくはLGMにおける日本列島とユーラシア東部大陸部の人口集団間の接続性減少が、分岐、さらに最終的にはその後の縄文人を形成したのかもしれません。
縄文人系統はパプア人/アンダマン諸島人との間の分岐時期も、27000~19000年前頃と推定され、日本列島やスンダランドやアンダマン諸島など周縁地域で見られるように、恐らくは、LGMの急激な気候寒冷化期におけるユーラシアからの現生人類の急速な拡散とその後の孤立を反映しています。縄文時代に先行する文化的居住頻度の低下は、この時期における人口規模についての本論文の調査結果とよく一致します(図2)。LGM後に、日本列島の生き残ったUP狩猟採集民は縄文文化の出現に寄与し、縄文文化はより温暖な氷期後に繁栄して、その独特な土器で知られています。人口規模はパプア人やアンダマン諸島人など他の周縁部ユーラシア東部人では縄文人系統よりずっと後に増加し、人口規模は1万年前頃まで停滞していました(図2A)。縄文人系統におけるそれより早い人口増加は、同時代の考古学的証拠によって示唆されるように、生態学的および人口統計学的要因とともに、縄文伝統の出現と関連する文化的変化によって促進されたかもしれません。
北海道と本土の縄文人系統間の分岐が完新世と推定されることから、北海道縄文人は北海道のUP住民との直接的連続を表しているのではなく、本土縄文人と近い過去で共通の祖先系統を有している、と示唆されます。補足図S3で観察された系統発生パターンと合わせると、これらの観察は、UP北海道人口集団が完新世に本土からの縄文人移民によって置換された、との「置換モデル」を裏づけます。このモデルでは、UP北海道人口集団は「亡霊(ゴースト)人口集団」、つまり、その後の縄文人個体群に殆ど全く遺伝的痕跡を残さなかった集団のようです。この遺伝的不連続性は考古学的証拠によってさらに裏づけられ、それは、(1)15000年前頃の文化的居住の減少と、(2)土器製作など文化的要素の導入とともに、石器縮小体系における急激な変化です。ユーラシア大陸部からPSHKおよび古本州へのUP人口集団の移住経路は依然として不明ですが、これら一連の証拠は、北海道における初期完新世の前か最中での人口置換を示しています。
●北方UP人口集団がからの遺伝子流動と最初のアメリカ大陸人に関する視点
本論文の主要な関心は、現生人類がユーラシアへ広がった経路です。考古学的証拠に基づいて、現生人類はアフリカを離れた後で異なる二つの経路でユーラシア東部に到達した、と提案されてきており、それは、シベリアを通るヒマラヤ山脈の北側(北方経路)と、インド亜大陸を通ってアジア南東部へと至るヒマラヤ山脈の南側(南方経路)です。北方UP人口集団の石器技術と類似した石刃に基づく技術は日本列島で見つかっており(36000~24000年前頃)、文化的つながりが示唆されてきましたが、遺伝学的研究は北方経路祖先系統の証拠をほとんど提供してきませんでした[28]。
北方UP人口集団から縄文人への遺伝的流入を検証するために、北方および南方経路の代理人口集団と共有される浮動が比較されました[7、29](図2C)。縄文人個体群は他のアジア東部人/南東部人と同様に、アンダマン諸島人(つまり、南方代理)とより大きな類似性を示し、そのUP祖先系統の南方起源が裏づけられます。この類似性の程度は、アジア東部および南東部現代人での観察と同等でした。しかし、縄文人と北方代理との間の遺伝的類似性は、同じ緯度の他のEASでの観察よりわずかに高く、現代のシベリア人およびアメリカ大陸先住民よりもわずかに低いものでした。以前には報告されていなかったこの一貫した兆候から、北方UP人口集団からのわずかな遺伝子流動が、おそらく石刃に基づく技術の拡大に伴って、縄文人祖先系統へと起きたかもしれない、と示唆されます。
この兆候はとくに北海道縄文人で見られ、北方経路人口集団との接触における地域的差異の興味深い可能性を提起します。本論文の推測は、亡霊人口集団と特定された北海道のUP人口集団が北方UP祖先系統を有しており、北海道縄文人において観察された他の縄文人集団と比較してより高い北方UP人口集団との類似性は、初期完新世において、北海道のUP人口集団の残存者との、限定的ではあるものの、検出可能な混合を反映している、というものです。中期UPおよび後期UPにおけるPSHK南部の考古学的証拠から、PSHK南部のUP採食民は本州の集団とよりもシベリアの集団の方と密接な文化的つながりを有していた、と示唆されます。文化的つながりは必ずしも遺伝子流動を意味していませんが、この考古学的パターンは、上述の想定と大まかには一致します。本論文の追加のf₄(ヨルバ人、ヤナ個体;北海道縄文人、他の縄文人/EAS)検定では、縄文人と他のEAS間のヤナ個体関連の浮動における絶対的な違いが中程度であることを示しているので、北海道縄文人はより広範なEASの状況において、独特もしくは例外的兆候ではなく、相対的に増加する傾向しか示していない、と解釈されます。それにも関わらず、この根底にある人口統計学的過程は依然として不明で、観察された兆候は或いは、北海道における北方UP関連祖先系統の存続ではなく、北方人口集団からのより新しい遺伝子流動を反映しているかもしれません。
本論文の調査結果は、アメリカ大陸への最初の移住への知見を提供します。先行研究は、北海道縄文人とアメリカ大陸先住民人口集団との間の遺伝的類似性の欠如を引用し、「出日本」仮説を却下しました。しかし、本論文の置換モデルでは、北海道縄文人は北海道の縄文時代以前のUP住民の適切な代理ではなく、本州に由来する完新世人口集団を表しており、更新世北海道系統からの連続を表してはいません。したがって、以前の否定的な結果は完新世縄文人層にのみ当てはまり、それ以前のUP北海道人口集団を含むつながりの可能性は除外されていません。
本論文の結果は、PSHK南部における人口置換を示しており、それ以前のUP住民はその後の縄文人と関連していない独特な亡霊人口集団を表している、と示唆されます。北海道縄文人で観察された北方集団との類似性増加が、この亡霊人口集団から継承された残留祖先系統を表しているのならば、北海道のUP住民は北方経路のUP人口集団と関連する遺伝的構成要素を有していたかもしれません。これらの観察は、文化的つながりに関する考古学的証拠とともに、北海道のUP人口集団が大陸氷床の南側の北アメリカ大陸への最初の拡散に寄与した可能性を残しています。本論文は、最初のアメリカ大陸の人々へのUP北海道集団の寄与について証拠を主張するわけではありませんが、本論文の調査結果は、関連する人口集団の層がまだ遺伝学的に標本抽出されてない、と示すことによって、この問題を再提起します。この問題の解決には、古代旧シベリア人および初期の最初のアメリカ大陸の人々と関連する集団での対称性を検証するための、UP北海道個体群のゲノム規模データが必要です。これらのデータが利用可能になるまでは、より広範な北方ユーラシアの人口動態におけるUP北海道の役割は、重要な未解決問題となります。
●東端のユーラシア人で共有される古代型断片
現代人のゲノムにおけるデニソワ人祖先系統の存在は、複数の系統固有の遺伝子移入事象を反映しています[31、32]。ユーラシア東部で初期に分岐した系統である縄文人における古代型断片の追跡によって、縄文人と本土EASは、パプア人で主要なデニソワ人系統とはことなる、北方デニソワ人祖先系統を共有している、との証拠が提供されます。さらに、稀なデニソワ人のアレル(対立遺伝子)を見落としやすい補完では、全ゲノム配列決定と比較して、縄文人のゲノムにおける古代型断片の明らかな数が人為的に少なくなる、と推測されます。そこで、デニソワ人断片の定量的比較ではなく、人口集団におけるアルタイのデニソワ人との一致の差異に焦点が当てられました。
縄文人と1KGのEASは同様のデニソワ人と一致する断片を示しましたが、パプア人とアンダマン諸島の人口集団は有意に異なりました(図3)。これが示唆するのは、縄文人と他のEASによって共有されるデニソワ人断片が、パプア人およびアンダマン諸島人との分岐後ではあるものの、縄文人がユーラシア本土集団と分岐した前に、その共通祖先の遺伝子プールに入ったことです。この解釈は、EASがパプア人で見られるデニソワ人由来配列(D1)とよりも、アルタイのデニソワ人のゲノムの方と類似しているデニソワ人由来配列(D0)を有している、との以前の調査結果[32]と一致します。この共有パターンは、これらD0断片は縄文人系統を含めて東端のユーラシア人の基底部の遺伝子プールにすでに存在していた、との解釈を裏づけます。本論文の分岐推定値(補足図8)から、D0関連の遺伝子移入はLGMの前か最中に起きた可能性が高い、と示唆されます。古プロテオーム(タンパク質の総体)解析を用いてのデニソワ人の最近の同定[33~36]は、アジア大陸部の東縁部沿いのデニソワ人の存在をさらに裏づけます。これらの調査結果が裏づけるモデルでは、現生人類はアジア南東部ではなくおもにアジア北東部でD0系統のデニソワ人と遭遇しました。以下は本論文の図3です。
補完的な供給源考慮の枠組みを用いてデニソワ人祖先系統の存在をさらに評価するために、本論文の保管された二倍体縄文人のゲノムにIBDmix[37]が適用されました。1KGのEAS(JPTを除きます)との比較では、5ヶ所の縄文人固有のデニソワ人領域が明らかになり、これは他のEAS(CHBで9ヶ所、CHSで3ヶ所、KHVで9ヶ所、CDXで9ヶ所)で特定された数と同等です。対照的に、同じ処理手順をパプア人に適用すると、55ヶ所のパプア人集団固有の断片が得られ、かなり高い割合のデニソワ人祖先系統と一致します。最近の研究[38]でも、本論文で用いられた手法と異なる統計的枠組みを用いて、縄文人は他のEASよりも有しているデニソワ人祖先系統の絶対的な量が少ないかもしれない、と示唆されました。そうした量の減少は本論文の調査結果と一致し、デニソワ人祖先系統は縄文人に存在するものの、EASで共有されているD0関連祖先系統以外に、縄文人固有のデニソワ人からの遺伝子移入の波について証拠はありません。
●UP狩猟採集民における寒冷適応
縄文人は、その後の正の選択を示す表現型関連アレル(対立遺伝子)では、現在のEASとは顕著に異なる頻度を示します(表1)。とくに、髪と歯の形態(EDAR)やアルコール代謝(ADH1BとALDH2)や色素沈着(OCA2とMC1R)や耳垢の種類(ABCC11)を含めて、現在のEASでは高頻度に達したアレルは一般的に縄文人では低頻度で、これは、多くの特徴的なEASの適応的な多様体の出現前に大陸部人口集団から分岐した、UPユーラシア東部系統に由来する祖先系統であることと一致します。対照的に、縄文人は寒冷適応多様体を顕著により高頻度で有しており、それに含まれるのは、NSTを促進するUCP1ハプロタイプや、冷感と関連するTRPM8の派生的アレルで、両アレルとも、より低い気温で頻度が増加します。本論文は、この再現されたアレル頻度と気温の相関図を寒冷適応の独立した証拠として扱いませんが、先行研究の背景となる仮定が妥当ならば、この図の縄文人の位置づけは、それにも関わらず、寒冷環境への暴露と一致するでしょう。
正の選択を通じて獲得された表現型をさらに調べるために、XP-nSL得点とGWAS要約統計量を組み合わせる手法である、rXP-nSLを用いて、ゲノム規模の選択的一掃検査が実行されました。縄文人固有のGWASは利用できないので、アレル変化の進化の方向性は、現在の日本人のGWASから影響の方向性を外挿する必要があります。LDの違いに起因して影響の方向性が人口集団間で異なるかもしれない、単一の代表的なSNPに依存したさいに生じる誤差を避けるために、XP-nSLの兆候と形質関連の影響を各領域の全SNPにわたって統合することによって、全GWASの遺伝子座の水準で選択が評価されました。この遺伝子座規模の枠組みは、縄文人における選択の存在と方向性の両方の推定に、より信頼できる基盤を提供します。
縄文人系統で正の選択を経たいくつかの遺伝的領域が特定され、それにはBMIや脂質代謝と関連する遺伝子座が含まれます。注目すべき領域に含まれるのはFTOとZPR1-APOA5の遺伝子座、これらはそれぞれBMIの増加およびTG水準の増加と関連しています。縄文人は、現在のCHBおよびJPTよりも高水準のBMIおよびTGと関連する、FTOおよびZPR1-APOA5領域におけるハプロタイプを示しました(図4B・C)。FTO領域における140ヶ所の表現型関連のSNP(図4B)にはrs8047395が含まれ、そのXP-nSL値は2.54です(1300万ヶ所のSNPの上位1%)。ZPR1-APOA5領域における1019ヶ所の表現型関連SNPにはrs1729410が含まれ、そのXP-nSL値は4.18です(1300万ヶ所のSNPの上位0.005%)。縄文人は、既知の最高頻度の、BMIおよびTGの増加と最も強く関連する多様体を有しています。まとめると、これらの観察は、縄文人系統におけるBMIおよび脂質代謝と関連する遺伝子座への正の選択の作用を裏づけます。感度分析ではさらに、これらの兆候は代替的なLD集合媒介変数およびGWAS有効規模パネルにおける差異に対して堅牢と確証され、日本人コホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)で独立した大規模な台湾人のGWASを用いると、APOA5とFTOは両方とも再び、すべての設定で上位候補として現れました。以下は本論文の図4です。
これらの形質の分子的基盤について、実験的証拠は、NSTに中心的なBAT活動におけるFTOとAPOA5の役割を裏づけます。FTO遺伝子にはrs1421085におけるT→Cのアレルがあり、これは生体内および試験管内両方の実験でNSTを高める、と示されてきました。rs1421085におけるT→Cのアレルをマウスに導入すると、Fto発現の上方制御および寒冷環境への暴露下での体温維持の促進によって熱産生が高まる、と示されてきており、rs1421085におけるCアレルは褐色脂肪の熱産生を促進する機能的多様体である、と示唆されます。縄文人は高頻度のrs1421085におけるCアレルを示しており(0.725)、これは現在のEAS(0.168)やヨーロッパ(0.43)やアフリカ(0.056)の人口集団での観察よりかなり高い割合です。rs1421085におけるCアレルは縄文人では正の選択を受けたハプロタイプ内に含まれており、このアレルが縄文人では正の選択を受け、寒冷適応が高まったことを示唆しています。
同様に、APOA5は脂質代謝、とくにBATにおける熱産生のためのTGの利用において、重要な役割を果たします。NSTはヒトではおもに、TGに由来する遊離脂肪酸の利用を通じて行なわれます。脂肪細胞内でのAPOA5の蓄積は、細胞内TG代謝を促進し、NSTに不可欠の遺伝子であるUCP1の発現を増加させます。したがって、縄文人におけるAPOA5ハプロタイプの多さは、血流からBATへのTG供給量を高めて、より効率的な熱産生を可能にしたようです。縄文人のTG水準増加に寄与したハプロタイプへの正の自然選択の兆候は、APOA5遺伝子だけではなく、15番染色体上のALDH1A2-LIPC遺伝子領域でも観察され(図4A)、正の自然選択がTG水準増加と関連する複数の遺伝子座で機能したことを示唆しています。縄文人の場合、これらの遺伝的適応は死亡の蓄積のみならず、BATにおける効率的な燃焼も可能として、体温を維持することによって、極寒におけるエネルギー使用を最適化した可能性が高そうです。UCP1とAPOA5とFTOの間の機能的つながりは、これまでの生理学的および分子学的研究におもに依拠していますが、本論文の分析は、これらの遺伝子座に作用する進化的および遺伝的痕跡を確証します。まとめると、これら一連の証拠が裏づける見解は、縄文人の祖先だったユーラシア東部のUP狩猟採集民は、UCP1とAPOA5とFTOによってNSTを高めた遺伝的変化を通じて、寒冷環境に適応した、というものです。BATによって促進されるNSTのおかげで、縄文人は震えだけの場合よりも効率的に体温を維持できました。
縄文人系統における寒冷適応の別の一連の証拠は、寒冷環境への適応でよく知られている人口集団である、イヌイットとの顕著な類似性に由来します。イヌイットでは、これらの適応は、高脂肪の海洋性食性に由来する、長鎖PUFAの代謝と関連しているFADS遺伝子ファミリーにおける多様体と強く結びついています[56]。FADS遺伝子座では、ゲノム規模実証的分布で最も極端な兆候に位置する、強い負のf₄(CEU、GI;縄文人、CHB)値のクラスタ(まとまり)によって示唆されるように、縄文人はEASとよりもイヌイットの方と顕著に近いアレル頻度を示します。このパターンは、類似の食性圧によって引き起こされる遺伝子座に特異的な収斂を示唆しています。この遺伝的兆候は考古学的証拠によって裏づけられており、海洋および淡水資源利用の痕跡が、日本列島全域で15000~11800年前頃の縄文土器で見つかってきました[57]。これらの調査結果から、縄文文化の最初期段階を表す縄文時代草創期の採食民は、氷期末には水産資源に大きく依存していた、と示唆されます。まとめると、遺伝学的および考古学的証拠から、縄文人系統は高脂肪で高タンパク質の食性への代謝適応を発達させた、と示唆され、イヌイットと収斂する戦略である、NSTによる耐寒性を裏づけます。
縄文人系統における寒冷適応の多遺伝子痕跡が特定され、それにはNSTや食性や代謝や冷感と関連する複数の遺伝子が含まれます。これらの適応は完新世のみならずそれ以前、具体的にはLGMに起源があるかもしれず、LGMには、縄文人の祖先はUPユーラシア東部人として、北方への移動後に極寒に直面しました。この仮説を調べるために、縄文人と他の現代および古代の人口集団との間の寒冷適応多様体のアレル頻度が比較されました。注目すべきことに、APOA5およびTRPM8における派生的アレルが縄文人だけで見つかり、アンダマン諸島人もしくはシベリア古代人および北アメリカ大陸個体群では見つかりませんでした[28、58、59]。対照的に、FTOとUCP1とFADS2の多様体は両集団で共有されていました。これらのパターンは、アレル頻度およびハプロタイプ網の両方の分析によって裏づけられます。最終氷期後と比較して最終氷期において、APOA5遺伝子における寒冷適応アレルの頻度で、より高い選択係数とより急速な増加が観察されました。これらの結果から、UP狩猟採集民における寒冷適応はLGMにはとくに重要だった、と示唆されます。APOA5善名泰の18ヶ所のTG関連SNPを用いての堅牢性評価では、ほぼ同一の選択係数が得られ、再び最終氷期における急激な増加が浮き彫りになり、この兆候は単一のSNPに依存しているのではなく、遺伝子座全体の調和的選択を反映している、と論証されます。
これらの比較結果が裏づける本論文の中心的仮説は、UPユーラシア東部人における寒冷適応は遺伝子固有の地域的に異なる軌跡をたどった、というものです。縄文人は、より温暖なアジア南東部の気候に当初は定着した、南方経路の移民の子孫だった可能性が高そうです(図2C)[6]。この背景を踏まえて、本論文は以下の進化的状況を提案します。寒冷適応と関連するいくつかの派生的アレル、とくにFTOとFADS2とUCP1のアレルは、縄文人とアンダマン諸島人における同じような高頻度によって示唆されるように、縄文人とホアビニアン狩猟採集民の両方の共通祖先に、すでに中程度から高頻度で存在していました。これらの多様体は、エネルギー貯蔵や代謝効率の点で有利だった可能性が高く、より寒冷な気候への移住前でさえ、すでに適応の可能性をもたらしていたかもしれません。このUP人口集団の子孫のうち、ある亜集団がアジア東部を通って北方へ移動し、最終的には縄文人系統を生み出しました。これらの集団はLGMにおいてより寒冷な環境へと移動するにつれて、寒冷と関連する生態学的圧力を経ており、それはさらなる適応的反応の契機となった可能性が高そうです。この状況では、それぞれBATへのTG輸送および冷感と関わる遺伝子であるAPOA5とTRPM8は、系統固有の選択を経ており、その派生的アレルは縄文人のUP祖先系統のみで高頻度に上昇しました。これは、UPユーラシア東部人における寒冷適応が単一の事象もしくは均一な過程ではなく、むしろ適応的アレルの段階的蓄積だったことを示唆しています。
進化的過程の理解は、古代の遺伝的適応が現在の表現型にどのように影響し続けているかについて、貴重な知見を提供します。注目すべきことに、最近の研究では、より高い割合の縄文人祖先系統は現在の日本人における肥満率増加と関連している、と示されてきました[60、61]。これらの表現型は部分的に縄文人由来の寒冷適応多様体を反映している可能性があり、そうした多様体はLGMの極端な環境条件下で、より効率的なエネルギー貯蔵および利用によって生存を促進したかもしれないものの、現代の生活様式では肥満になりやすくしているかもしれず、これは「倹約遺伝子」仮説と一致します。進化的枠組み内で祖先の適応を現代の表現型差異に結びつけることによって、本研究は現代の疾患感受性のより深い理解に寄与し、公衆衛生戦略の周知への古ゲノミクスの可能性を浮き彫りにします。
●考察
縄文人のゲノムに関する本論文の分析は、縄文人が、27000~19000年前頃にユーラシア大陸部UP集団から分岐し、日本列島に定着した人口集団の子孫だったことを裏づけます。LGM後の海水面上昇(19000年前頃以降)に続いて、地理的孤立がこの系統の長期の遺伝的連続性を促進しました。結果として、縄文人のゲノムは1万年以上にわたって独特なUPの特徴を保持し、UPユーラシア東部人の遺伝的保管所として機能します。同時に、本論文の結果は、本土と比較しての北海道における縄文人集団の異なる完新世人口史によって示されるように、縄文人の時空間的な多様性の一部を浮き彫りにします。
本論文は、この期間における寒冷適応の複数の一連の証拠を提示します。過去と現在の間の食性および環境における顕著な差異を考えると、古代の生理学的表現型の解釈は、とくに、動物の保存状態が悪いため、食性の再構築が制約されてきた日本列島では、依然としてほぼ推測に留まります。本研究は縄文人のゲノムに保存されているUP祖先系統に焦点を当てることによって、UPユーラシア東部人における生理学的形質や食性適応や環境反応の再構築に、先駆的な古ゲノム枠組みを提供します。本論文の結果は、古代の人口集団がどのように極限環境に適応し、これらの適応が健康関連形質において現在の差異をどのように形成し続けているかもしれないのか、解明し、ヒトの生物学および公衆衛生への古ゲノミクスのより広範な関連性を浮き彫りにします。
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先行研究と同様に本論文でも、縄文人は既知の現代人および古代人との比較で、ユーラシア東部系統内に位置づけられながらも、独特な一まとまりの遺伝的構成を示していることが分かりました。縄文人系統と、ユーラシア東部現代人の主流系統との推定分岐年代は27000~19000年前頃です。ただ、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨、白保4号)のゲノムから、縄文人の遺伝的構成要素の約半分は白保4号によって表される集団とは異なる集団に由来する、と明らかにされています(関連記事)。おそらく、縄文人系統は単純にユーラシア東部現代人の主流系統と分岐したのではなく、遺伝的に大きく異なる系統間の混合によって形成され、縄文人の形成過程には複雑な分岐と混合が反映されているのでしょう。また、それとも関連して、縄文人の祖先集団の日本列島への拡散経路についても、まだ断定できる段階ではないように思います。
これまで遺伝学では、縄文人は南方から日本列島に到来したことが示唆されていましたが、考古学的には北方の影響が強く見られます。本論文は、シベリア北東部の31000年前頃の現生人類(Homo sapiens)個体によって表される系統から縄文人の祖先への遺伝子流動の痕跡を検出しており、縄文文化の北方的要素がこの遺伝子流動と関連している可能性を指摘しています。さらに、縄文人では更新世の祖先における寒冷適応と一致する証拠が見つかり、ユーラシア東部現生人類における寒冷化の研究に大きく寄与することになりそうです。
また、最近の研究[38]で、縄文人のゲノムには種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)由来の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合が、古代人と現代人を含めて既知のユーラシア東部の現生人類集団では最も低い、と示されましたが、本論文でも、縄文人固有のデニソワ人祖先系統は見つかりませんでした。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とは異なり、デニソワ人からの遺伝的影響は非アフリカ系現代人でも地域集団間で大きな違いがあるので[38]、ユーラシア東部への現生人類の拡散経路と時期の検証に、デニソワ人から現生人類への遺伝子流動の違いは大きく役立ちそうです。
追記(2026年8月18日)
本論文の解説記事が公表されました。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、A(adenine、アデニン)、T(thymine、チミン)、G(guanine、グアニン)、C(cytosine、シトシン)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、1KG(1000 Genomes Project、1000人ゲノム計画)、ATP(adenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)、NST(nonshivering thermogenesis、非震え熱産生)、rXP-nSL(regional cross-population number of segregating sites by length、距離による部位の分離の地域的な集団間の数)、GWAS(genome-wide association study、ゲノム規模関連研究)、LD(linkage disequilibrium、連鎖不平衡)、BMI(body mass index、肥満指数)、TG(triglyceride、中性脂肪)、BAT(brown adipose tissue、褐色脂肪組織)、PUFA(polyunsaturated fatty acid、高度不飽和脂肪酸)、PSHK(Paleo-Sakhalin-Hokkaido-Kurile Peninsula、古サハリン北海道千島半島)、EAS(East Asian、アジア東部人)、JPT(Tokyo, Japan、日本の東京)、CHB(Han Chinese in Beijing, China、北京の漢人)、CHS(Southern Han Chinese、南方漢人)、KHV(Kinh in Ho Chi Minh City, Vietnam、ベトナムのホーチミン市のキン人)、CDX(Chinese Dai in Xishuangbanna, China、中国のシーサンパンナの傣人)、GI(グリーンランドのイヌイット)です。
以下の時代区分の略称は、UP(Upper Paleolithic、上部旧石器時代)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。
本論文で取り上げられる主要な日本の地域と遺跡は、北海道の礼文島、千葉県千葉市緑区おゆみ野の六通貝塚、千葉県船橋市古作町47の古作貝塚、千葉県市原市の菊間手永遺跡、千葉県市原市の祇園原貝塚、千葉県市原市の西広貝塚、愛知県田原市伊川津町の伊川津貝塚、富山県富山市呉羽町北・呉羽昭和町地内の小竹貝塚、岡山県倉敷市船倉町の船倉貝塚、愛媛県久万高原町の上黒岩岩陰、愛媛県南宇和郡愛南町御荘の平城貝塚です。本論文で取り上げられる主要な日本以外の地域と遺跡は、シベリア北東部のヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site、ヤナ犀角遺跡)です。
本論文で取り上げられる主要な遺伝子は、EDAR(ectodysplasin A receptor、エクトジスプラシンA受容体)、ADH1B(Alcohol Dehydrogenase 1B、アルコール脱水素酵素1B)、ALDH2(Aldehyde dehydrogenase 2、アルデヒド脱水素酵素2型)、OCA2(oculocutaneous albinism II、眼皮膚白皮症2)、MC1R(melanocortin-1 receptor、メラノコルチン1受容体)、ABCC11(ATP-binding cassette transporter sub-family C member 11、ATP結合カセット・トランスポーターサブファミリーC型11)、UCP1(Uncoupling Protein 1、非結合タンパク質1型)、TRPM8(Transient Receptor Potential Cation Channel Subfamily M Member 8、一過性受容器電位チャネルカチオンチャンネルサブファミリーM型8)、APOA5(apolipoprotein A5、アポリタンパク質A5)、FTO(Fat mass and obesity-associated protein、脂肪量および肥満関連タンパク質)、ZPR1(zinc finger protein 1、ジンクフィンガータンパク質1型)、APOA5(Apolipoprotein A-V、アポリポタンパク質A-V)、ALDH1A2(Aldehyde dehydrogenase 1 family member A2、アルデヒド脱水素酵素1ファミリーA2型)、LIPC(Lipase C, Hepatic Type、脂肪分解酵素C肝臓型)、FADS1(Fatty Acid Desaturase 1、脂肪酸不飽和化酵素1型)、FADS2(Fatty Acid Desaturase 2、脂肪酸不飽和化酵素2型)です。
●要約
現生人類はユーラシア全域への拡散において、極限環境でどのように反映したのでしょうか?LGMにおいてヒトの生存を可能とした適応の解明は、依然として重要です。本論文は、日本列島の完新世狩猟採集民(縄文人)の42個体のゲノムを分析し、孤立したUPユーラシア東部系統に由来するその深い祖先系統を明らかにします。本論文は、北方のUPシベリア人から縄文人への遺伝子流動を検出し、アジア東部への定着に関する生物人類学と考古学との間の長年の議論を解決します。縄文人固有のデニソワ人祖先系統は見つからず、ユーラシア本土の人々からのLGMの分岐前となる共通の遺伝子移入が示唆されます。さらに、縄文UP祖先系統における寒冷適応と一致する証拠が見つかり、多様な生理学的経路が浮き彫りになりました。本研究は、UPユーラシア東部人における古代の適応の調査に最初の古ゲノム枠組みの一つを提供し、現代人におけるより寒冷な過去からの進化的遺産を明らかにしました。
●研究史
5万年前頃となるアジア南東部への現生人類の拡散は、ユーラシア東部の先史時代における重要な出来事でした[2]。集団は、とくにLGMの過酷な環境において高緯度へと拡大するさいに[6、7]、環境圧力に直面しました。この極寒における生存には、文化的革新とともに、代謝や断熱や低体温におもに分類される、多様な生物学的適応を必要としました。しかし、LGMにおけるヒトの移動と持続性へのこれらの要因の相対的な寄与は、依然として不明です。
ユーラシア大陸の東端に位置する日本列島は、ユーラシア東部人の進化史の調査においてとくに有益な場を提供します。縄文人は日本列島に16000~3000年前頃まで居住していた先史時代の狩猟採集民で、貴重なゲノム情報源を提供します。後期更新世において、縄文土器の出現前には、現在の日本列島に相当する地域二つの主要な陸塊から構成されており、一方は古本州島、もう一方はユーラシア東部大陸部へと北海道をつないでいたPSHKです(図1A)。考古学的証拠から、小型剥片に基づく石器群を備えた現生人類が初めて古本州に出現したのは較正年代で38000年前頃だった、と示唆されています。19000年前頃となるLGM末に、気温と世界中の海水面の上昇によって、これらのつながりは水没しました。これによって、古本州は現代の本州と四国と九州の島々(本論文では総称して「本土」と呼ばれます)に分断され、北海道はユーラシア本土から分離することになりました。この孤立から、縄文人の祖先は他の後期更新世ユーラシア東部人口集団とは異なる進化的軌跡をたどったかもしれない、と示唆されています。以下は本論文の図1です。
古ゲノム研究では、縄文人はユーラシア東部における基底部系統を表しており、アジア南東部のホアビニアン狩猟採集民と最も類似し、現在のアジア東部/北東部人およびアメリカ大陸先住民とは深く分岐している、と示唆されています[6、7]。ゲノムの証拠でも、現在の日本人は縄文人とユーラシア本土からのその後に到来した農耕民との間の混合に由来する、と裏づけられています[14]。しかし、縄文人が非表記環境を耐えたUP狩猟採集民の直接的子孫だったのかどうかは、依然として不明です。本論文は縄文人42個体のゲノムを分析し、UPユーラシア東部人における寒冷適応の形質の出現を探り、ユーラシア東部のより広範な進化史における縄文人の役割を解明します。
●UP以降の基底部系統
縄文人42個体が分析され(本研究で配列決定された25個体と、刊行されている17個体)、日本列島全域の高被覆度(約30倍)の3個体が含まれます(図1B・C)。データ品質を向上させるために、現代日本人9290個体の参照パネルを用いて遺伝子型が補完され、高い補完精度が達成されました。現在の日本人はかなりの縄文祖先系統を保持しているので、このパネルは縄文人のゲノムの祖先系統が一致した参照として機能します。ユーラシア東部内における縄文人系統の深い分岐を考えると、この祖先系統の一致は正確な補完にとってとくに重要でした。参照パネルから現代日本人のゲノムを除外した感度分析では、補完精度が低下し、人口統計学的推論が歪められ、祖先系統が一致しない参照パネルは、他の深く分岐したユーラシア東部古代人のゲノムの下流人口統計学的分析を偏らせるかもしれない、と論証されます。
次に、Relateを縄文用いて人系統の人口動態史が推定され、比較のため選択された現代のユーラシア東部人口(集団)が組み込まれました。パプア人とオンゲ人/ジャラワ人(ホアビニアン狩猟採集民のアンダマン諸島の姉妹集団)が南方系統の初期の分岐を表しているのに対して[6]、1KGのEAS人口集団はその後に分岐した集団を表しています。これらの比較から、縄文人はより広範なユーラシア東部の人口動態の状況に位置づけられます。Relate分析から3点の注目すべき調査結果が得られ、それは、(1)縄文人系統はUPの27000~19000年前頃に大陸部ユーラシア東部人と分岐し、(2)縄文人系統の人口規模はUPにおいて顕著な減少を経た後で、縄文時代の開始とともに回復し(図2A)、(3)北海道の縄文人系統は本土の縄文人系統と10000~8800年前頃に分岐し、縄文時代において独自の人口史が始まりましたことです。以下は本論文の図2です。
日本列島におけるUPの居住は較正年代で38000年前頃【以下、基本的に較正年代です】に始まり、古本州では15000年前頃まで続き、PSHKの南部の北海道では15000~12000年前頃まで続きました。古本州と北海道の両地域のUPは、石器縮小パターンと道具組成と石器の種類と遺跡の年代によって特徴づけられる、初期と中期と後期の3段階に区分されています。注目すべきことに、3万~2万年前頃の中期UPは、古本州では石刃に基づく背付き石器群を伴う、高度な移動性を示しています。縄文人系統とユーラシア東部大陸部系統との間の推定分岐年代(27000~19000年前頃)は中期~後期UPに相当し、縄文人が孤立したUPユーラシア東部人口集団から出現した、との見解を裏づけます。UPの初期と中期の間の文化的証拠で観察された変化を、推定される縄文人とユーラシア東部大陸部集団の分岐時期とともに考えると、LGMの前もしくはLGMにおける日本列島とユーラシア東部大陸部の人口集団間の接続性減少が、分岐、さらに最終的にはその後の縄文人を形成したのかもしれません。
縄文人系統はパプア人/アンダマン諸島人との間の分岐時期も、27000~19000年前頃と推定され、日本列島やスンダランドやアンダマン諸島など周縁地域で見られるように、恐らくは、LGMの急激な気候寒冷化期におけるユーラシアからの現生人類の急速な拡散とその後の孤立を反映しています。縄文時代に先行する文化的居住頻度の低下は、この時期における人口規模についての本論文の調査結果とよく一致します(図2)。LGM後に、日本列島の生き残ったUP狩猟採集民は縄文文化の出現に寄与し、縄文文化はより温暖な氷期後に繁栄して、その独特な土器で知られています。人口規模はパプア人やアンダマン諸島人など他の周縁部ユーラシア東部人では縄文人系統よりずっと後に増加し、人口規模は1万年前頃まで停滞していました(図2A)。縄文人系統におけるそれより早い人口増加は、同時代の考古学的証拠によって示唆されるように、生態学的および人口統計学的要因とともに、縄文伝統の出現と関連する文化的変化によって促進されたかもしれません。
北海道と本土の縄文人系統間の分岐が完新世と推定されることから、北海道縄文人は北海道のUP住民との直接的連続を表しているのではなく、本土縄文人と近い過去で共通の祖先系統を有している、と示唆されます。補足図S3で観察された系統発生パターンと合わせると、これらの観察は、UP北海道人口集団が完新世に本土からの縄文人移民によって置換された、との「置換モデル」を裏づけます。このモデルでは、UP北海道人口集団は「亡霊(ゴースト)人口集団」、つまり、その後の縄文人個体群に殆ど全く遺伝的痕跡を残さなかった集団のようです。この遺伝的不連続性は考古学的証拠によってさらに裏づけられ、それは、(1)15000年前頃の文化的居住の減少と、(2)土器製作など文化的要素の導入とともに、石器縮小体系における急激な変化です。ユーラシア大陸部からPSHKおよび古本州へのUP人口集団の移住経路は依然として不明ですが、これら一連の証拠は、北海道における初期完新世の前か最中での人口置換を示しています。
●北方UP人口集団がからの遺伝子流動と最初のアメリカ大陸人に関する視点
本論文の主要な関心は、現生人類がユーラシアへ広がった経路です。考古学的証拠に基づいて、現生人類はアフリカを離れた後で異なる二つの経路でユーラシア東部に到達した、と提案されてきており、それは、シベリアを通るヒマラヤ山脈の北側(北方経路)と、インド亜大陸を通ってアジア南東部へと至るヒマラヤ山脈の南側(南方経路)です。北方UP人口集団の石器技術と類似した石刃に基づく技術は日本列島で見つかっており(36000~24000年前頃)、文化的つながりが示唆されてきましたが、遺伝学的研究は北方経路祖先系統の証拠をほとんど提供してきませんでした[28]。
北方UP人口集団から縄文人への遺伝的流入を検証するために、北方および南方経路の代理人口集団と共有される浮動が比較されました[7、29](図2C)。縄文人個体群は他のアジア東部人/南東部人と同様に、アンダマン諸島人(つまり、南方代理)とより大きな類似性を示し、そのUP祖先系統の南方起源が裏づけられます。この類似性の程度は、アジア東部および南東部現代人での観察と同等でした。しかし、縄文人と北方代理との間の遺伝的類似性は、同じ緯度の他のEASでの観察よりわずかに高く、現代のシベリア人およびアメリカ大陸先住民よりもわずかに低いものでした。以前には報告されていなかったこの一貫した兆候から、北方UP人口集団からのわずかな遺伝子流動が、おそらく石刃に基づく技術の拡大に伴って、縄文人祖先系統へと起きたかもしれない、と示唆されます。
この兆候はとくに北海道縄文人で見られ、北方経路人口集団との接触における地域的差異の興味深い可能性を提起します。本論文の推測は、亡霊人口集団と特定された北海道のUP人口集団が北方UP祖先系統を有しており、北海道縄文人において観察された他の縄文人集団と比較してより高い北方UP人口集団との類似性は、初期完新世において、北海道のUP人口集団の残存者との、限定的ではあるものの、検出可能な混合を反映している、というものです。中期UPおよび後期UPにおけるPSHK南部の考古学的証拠から、PSHK南部のUP採食民は本州の集団とよりもシベリアの集団の方と密接な文化的つながりを有していた、と示唆されます。文化的つながりは必ずしも遺伝子流動を意味していませんが、この考古学的パターンは、上述の想定と大まかには一致します。本論文の追加のf₄(ヨルバ人、ヤナ個体;北海道縄文人、他の縄文人/EAS)検定では、縄文人と他のEAS間のヤナ個体関連の浮動における絶対的な違いが中程度であることを示しているので、北海道縄文人はより広範なEASの状況において、独特もしくは例外的兆候ではなく、相対的に増加する傾向しか示していない、と解釈されます。それにも関わらず、この根底にある人口統計学的過程は依然として不明で、観察された兆候は或いは、北海道における北方UP関連祖先系統の存続ではなく、北方人口集団からのより新しい遺伝子流動を反映しているかもしれません。
本論文の調査結果は、アメリカ大陸への最初の移住への知見を提供します。先行研究は、北海道縄文人とアメリカ大陸先住民人口集団との間の遺伝的類似性の欠如を引用し、「出日本」仮説を却下しました。しかし、本論文の置換モデルでは、北海道縄文人は北海道の縄文時代以前のUP住民の適切な代理ではなく、本州に由来する完新世人口集団を表しており、更新世北海道系統からの連続を表してはいません。したがって、以前の否定的な結果は完新世縄文人層にのみ当てはまり、それ以前のUP北海道人口集団を含むつながりの可能性は除外されていません。
本論文の結果は、PSHK南部における人口置換を示しており、それ以前のUP住民はその後の縄文人と関連していない独特な亡霊人口集団を表している、と示唆されます。北海道縄文人で観察された北方集団との類似性増加が、この亡霊人口集団から継承された残留祖先系統を表しているのならば、北海道のUP住民は北方経路のUP人口集団と関連する遺伝的構成要素を有していたかもしれません。これらの観察は、文化的つながりに関する考古学的証拠とともに、北海道のUP人口集団が大陸氷床の南側の北アメリカ大陸への最初の拡散に寄与した可能性を残しています。本論文は、最初のアメリカ大陸の人々へのUP北海道集団の寄与について証拠を主張するわけではありませんが、本論文の調査結果は、関連する人口集団の層がまだ遺伝学的に標本抽出されてない、と示すことによって、この問題を再提起します。この問題の解決には、古代旧シベリア人および初期の最初のアメリカ大陸の人々と関連する集団での対称性を検証するための、UP北海道個体群のゲノム規模データが必要です。これらのデータが利用可能になるまでは、より広範な北方ユーラシアの人口動態におけるUP北海道の役割は、重要な未解決問題となります。
●東端のユーラシア人で共有される古代型断片
現代人のゲノムにおけるデニソワ人祖先系統の存在は、複数の系統固有の遺伝子移入事象を反映しています[31、32]。ユーラシア東部で初期に分岐した系統である縄文人における古代型断片の追跡によって、縄文人と本土EASは、パプア人で主要なデニソワ人系統とはことなる、北方デニソワ人祖先系統を共有している、との証拠が提供されます。さらに、稀なデニソワ人のアレル(対立遺伝子)を見落としやすい補完では、全ゲノム配列決定と比較して、縄文人のゲノムにおける古代型断片の明らかな数が人為的に少なくなる、と推測されます。そこで、デニソワ人断片の定量的比較ではなく、人口集団におけるアルタイのデニソワ人との一致の差異に焦点が当てられました。
縄文人と1KGのEASは同様のデニソワ人と一致する断片を示しましたが、パプア人とアンダマン諸島の人口集団は有意に異なりました(図3)。これが示唆するのは、縄文人と他のEASによって共有されるデニソワ人断片が、パプア人およびアンダマン諸島人との分岐後ではあるものの、縄文人がユーラシア本土集団と分岐した前に、その共通祖先の遺伝子プールに入ったことです。この解釈は、EASがパプア人で見られるデニソワ人由来配列(D1)とよりも、アルタイのデニソワ人のゲノムの方と類似しているデニソワ人由来配列(D0)を有している、との以前の調査結果[32]と一致します。この共有パターンは、これらD0断片は縄文人系統を含めて東端のユーラシア人の基底部の遺伝子プールにすでに存在していた、との解釈を裏づけます。本論文の分岐推定値(補足図8)から、D0関連の遺伝子移入はLGMの前か最中に起きた可能性が高い、と示唆されます。古プロテオーム(タンパク質の総体)解析を用いてのデニソワ人の最近の同定[33~36]は、アジア大陸部の東縁部沿いのデニソワ人の存在をさらに裏づけます。これらの調査結果が裏づけるモデルでは、現生人類はアジア南東部ではなくおもにアジア北東部でD0系統のデニソワ人と遭遇しました。以下は本論文の図3です。
補完的な供給源考慮の枠組みを用いてデニソワ人祖先系統の存在をさらに評価するために、本論文の保管された二倍体縄文人のゲノムにIBDmix[37]が適用されました。1KGのEAS(JPTを除きます)との比較では、5ヶ所の縄文人固有のデニソワ人領域が明らかになり、これは他のEAS(CHBで9ヶ所、CHSで3ヶ所、KHVで9ヶ所、CDXで9ヶ所)で特定された数と同等です。対照的に、同じ処理手順をパプア人に適用すると、55ヶ所のパプア人集団固有の断片が得られ、かなり高い割合のデニソワ人祖先系統と一致します。最近の研究[38]でも、本論文で用いられた手法と異なる統計的枠組みを用いて、縄文人は他のEASよりも有しているデニソワ人祖先系統の絶対的な量が少ないかもしれない、と示唆されました。そうした量の減少は本論文の調査結果と一致し、デニソワ人祖先系統は縄文人に存在するものの、EASで共有されているD0関連祖先系統以外に、縄文人固有のデニソワ人からの遺伝子移入の波について証拠はありません。
●UP狩猟採集民における寒冷適応
縄文人は、その後の正の選択を示す表現型関連アレル(対立遺伝子)では、現在のEASとは顕著に異なる頻度を示します(表1)。とくに、髪と歯の形態(EDAR)やアルコール代謝(ADH1BとALDH2)や色素沈着(OCA2とMC1R)や耳垢の種類(ABCC11)を含めて、現在のEASでは高頻度に達したアレルは一般的に縄文人では低頻度で、これは、多くの特徴的なEASの適応的な多様体の出現前に大陸部人口集団から分岐した、UPユーラシア東部系統に由来する祖先系統であることと一致します。対照的に、縄文人は寒冷適応多様体を顕著により高頻度で有しており、それに含まれるのは、NSTを促進するUCP1ハプロタイプや、冷感と関連するTRPM8の派生的アレルで、両アレルとも、より低い気温で頻度が増加します。本論文は、この再現されたアレル頻度と気温の相関図を寒冷適応の独立した証拠として扱いませんが、先行研究の背景となる仮定が妥当ならば、この図の縄文人の位置づけは、それにも関わらず、寒冷環境への暴露と一致するでしょう。
正の選択を通じて獲得された表現型をさらに調べるために、XP-nSL得点とGWAS要約統計量を組み合わせる手法である、rXP-nSLを用いて、ゲノム規模の選択的一掃検査が実行されました。縄文人固有のGWASは利用できないので、アレル変化の進化の方向性は、現在の日本人のGWASから影響の方向性を外挿する必要があります。LDの違いに起因して影響の方向性が人口集団間で異なるかもしれない、単一の代表的なSNPに依存したさいに生じる誤差を避けるために、XP-nSLの兆候と形質関連の影響を各領域の全SNPにわたって統合することによって、全GWASの遺伝子座の水準で選択が評価されました。この遺伝子座規模の枠組みは、縄文人における選択の存在と方向性の両方の推定に、より信頼できる基盤を提供します。
縄文人系統で正の選択を経たいくつかの遺伝的領域が特定され、それにはBMIや脂質代謝と関連する遺伝子座が含まれます。注目すべき領域に含まれるのはFTOとZPR1-APOA5の遺伝子座、これらはそれぞれBMIの増加およびTG水準の増加と関連しています。縄文人は、現在のCHBおよびJPTよりも高水準のBMIおよびTGと関連する、FTOおよびZPR1-APOA5領域におけるハプロタイプを示しました(図4B・C)。FTO領域における140ヶ所の表現型関連のSNP(図4B)にはrs8047395が含まれ、そのXP-nSL値は2.54です(1300万ヶ所のSNPの上位1%)。ZPR1-APOA5領域における1019ヶ所の表現型関連SNPにはrs1729410が含まれ、そのXP-nSL値は4.18です(1300万ヶ所のSNPの上位0.005%)。縄文人は、既知の最高頻度の、BMIおよびTGの増加と最も強く関連する多様体を有しています。まとめると、これらの観察は、縄文人系統におけるBMIおよび脂質代謝と関連する遺伝子座への正の選択の作用を裏づけます。感度分析ではさらに、これらの兆候は代替的なLD集合媒介変数およびGWAS有効規模パネルにおける差異に対して堅牢と確証され、日本人コホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)で独立した大規模な台湾人のGWASを用いると、APOA5とFTOは両方とも再び、すべての設定で上位候補として現れました。以下は本論文の図4です。
これらの形質の分子的基盤について、実験的証拠は、NSTに中心的なBAT活動におけるFTOとAPOA5の役割を裏づけます。FTO遺伝子にはrs1421085におけるT→Cのアレルがあり、これは生体内および試験管内両方の実験でNSTを高める、と示されてきました。rs1421085におけるT→Cのアレルをマウスに導入すると、Fto発現の上方制御および寒冷環境への暴露下での体温維持の促進によって熱産生が高まる、と示されてきており、rs1421085におけるCアレルは褐色脂肪の熱産生を促進する機能的多様体である、と示唆されます。縄文人は高頻度のrs1421085におけるCアレルを示しており(0.725)、これは現在のEAS(0.168)やヨーロッパ(0.43)やアフリカ(0.056)の人口集団での観察よりかなり高い割合です。rs1421085におけるCアレルは縄文人では正の選択を受けたハプロタイプ内に含まれており、このアレルが縄文人では正の選択を受け、寒冷適応が高まったことを示唆しています。
同様に、APOA5は脂質代謝、とくにBATにおける熱産生のためのTGの利用において、重要な役割を果たします。NSTはヒトではおもに、TGに由来する遊離脂肪酸の利用を通じて行なわれます。脂肪細胞内でのAPOA5の蓄積は、細胞内TG代謝を促進し、NSTに不可欠の遺伝子であるUCP1の発現を増加させます。したがって、縄文人におけるAPOA5ハプロタイプの多さは、血流からBATへのTG供給量を高めて、より効率的な熱産生を可能にしたようです。縄文人のTG水準増加に寄与したハプロタイプへの正の自然選択の兆候は、APOA5遺伝子だけではなく、15番染色体上のALDH1A2-LIPC遺伝子領域でも観察され(図4A)、正の自然選択がTG水準増加と関連する複数の遺伝子座で機能したことを示唆しています。縄文人の場合、これらの遺伝的適応は死亡の蓄積のみならず、BATにおける効率的な燃焼も可能として、体温を維持することによって、極寒におけるエネルギー使用を最適化した可能性が高そうです。UCP1とAPOA5とFTOの間の機能的つながりは、これまでの生理学的および分子学的研究におもに依拠していますが、本論文の分析は、これらの遺伝子座に作用する進化的および遺伝的痕跡を確証します。まとめると、これら一連の証拠が裏づける見解は、縄文人の祖先だったユーラシア東部のUP狩猟採集民は、UCP1とAPOA5とFTOによってNSTを高めた遺伝的変化を通じて、寒冷環境に適応した、というものです。BATによって促進されるNSTのおかげで、縄文人は震えだけの場合よりも効率的に体温を維持できました。
縄文人系統における寒冷適応の別の一連の証拠は、寒冷環境への適応でよく知られている人口集団である、イヌイットとの顕著な類似性に由来します。イヌイットでは、これらの適応は、高脂肪の海洋性食性に由来する、長鎖PUFAの代謝と関連しているFADS遺伝子ファミリーにおける多様体と強く結びついています[56]。FADS遺伝子座では、ゲノム規模実証的分布で最も極端な兆候に位置する、強い負のf₄(CEU、GI;縄文人、CHB)値のクラスタ(まとまり)によって示唆されるように、縄文人はEASとよりもイヌイットの方と顕著に近いアレル頻度を示します。このパターンは、類似の食性圧によって引き起こされる遺伝子座に特異的な収斂を示唆しています。この遺伝的兆候は考古学的証拠によって裏づけられており、海洋および淡水資源利用の痕跡が、日本列島全域で15000~11800年前頃の縄文土器で見つかってきました[57]。これらの調査結果から、縄文文化の最初期段階を表す縄文時代草創期の採食民は、氷期末には水産資源に大きく依存していた、と示唆されます。まとめると、遺伝学的および考古学的証拠から、縄文人系統は高脂肪で高タンパク質の食性への代謝適応を発達させた、と示唆され、イヌイットと収斂する戦略である、NSTによる耐寒性を裏づけます。
縄文人系統における寒冷適応の多遺伝子痕跡が特定され、それにはNSTや食性や代謝や冷感と関連する複数の遺伝子が含まれます。これらの適応は完新世のみならずそれ以前、具体的にはLGMに起源があるかもしれず、LGMには、縄文人の祖先はUPユーラシア東部人として、北方への移動後に極寒に直面しました。この仮説を調べるために、縄文人と他の現代および古代の人口集団との間の寒冷適応多様体のアレル頻度が比較されました。注目すべきことに、APOA5およびTRPM8における派生的アレルが縄文人だけで見つかり、アンダマン諸島人もしくはシベリア古代人および北アメリカ大陸個体群では見つかりませんでした[28、58、59]。対照的に、FTOとUCP1とFADS2の多様体は両集団で共有されていました。これらのパターンは、アレル頻度およびハプロタイプ網の両方の分析によって裏づけられます。最終氷期後と比較して最終氷期において、APOA5遺伝子における寒冷適応アレルの頻度で、より高い選択係数とより急速な増加が観察されました。これらの結果から、UP狩猟採集民における寒冷適応はLGMにはとくに重要だった、と示唆されます。APOA5善名泰の18ヶ所のTG関連SNPを用いての堅牢性評価では、ほぼ同一の選択係数が得られ、再び最終氷期における急激な増加が浮き彫りになり、この兆候は単一のSNPに依存しているのではなく、遺伝子座全体の調和的選択を反映している、と論証されます。
これらの比較結果が裏づける本論文の中心的仮説は、UPユーラシア東部人における寒冷適応は遺伝子固有の地域的に異なる軌跡をたどった、というものです。縄文人は、より温暖なアジア南東部の気候に当初は定着した、南方経路の移民の子孫だった可能性が高そうです(図2C)[6]。この背景を踏まえて、本論文は以下の進化的状況を提案します。寒冷適応と関連するいくつかの派生的アレル、とくにFTOとFADS2とUCP1のアレルは、縄文人とアンダマン諸島人における同じような高頻度によって示唆されるように、縄文人とホアビニアン狩猟採集民の両方の共通祖先に、すでに中程度から高頻度で存在していました。これらの多様体は、エネルギー貯蔵や代謝効率の点で有利だった可能性が高く、より寒冷な気候への移住前でさえ、すでに適応の可能性をもたらしていたかもしれません。このUP人口集団の子孫のうち、ある亜集団がアジア東部を通って北方へ移動し、最終的には縄文人系統を生み出しました。これらの集団はLGMにおいてより寒冷な環境へと移動するにつれて、寒冷と関連する生態学的圧力を経ており、それはさらなる適応的反応の契機となった可能性が高そうです。この状況では、それぞれBATへのTG輸送および冷感と関わる遺伝子であるAPOA5とTRPM8は、系統固有の選択を経ており、その派生的アレルは縄文人のUP祖先系統のみで高頻度に上昇しました。これは、UPユーラシア東部人における寒冷適応が単一の事象もしくは均一な過程ではなく、むしろ適応的アレルの段階的蓄積だったことを示唆しています。
進化的過程の理解は、古代の遺伝的適応が現在の表現型にどのように影響し続けているかについて、貴重な知見を提供します。注目すべきことに、最近の研究では、より高い割合の縄文人祖先系統は現在の日本人における肥満率増加と関連している、と示されてきました[60、61]。これらの表現型は部分的に縄文人由来の寒冷適応多様体を反映している可能性があり、そうした多様体はLGMの極端な環境条件下で、より効率的なエネルギー貯蔵および利用によって生存を促進したかもしれないものの、現代の生活様式では肥満になりやすくしているかもしれず、これは「倹約遺伝子」仮説と一致します。進化的枠組み内で祖先の適応を現代の表現型差異に結びつけることによって、本研究は現代の疾患感受性のより深い理解に寄与し、公衆衛生戦略の周知への古ゲノミクスの可能性を浮き彫りにします。
●考察
縄文人のゲノムに関する本論文の分析は、縄文人が、27000~19000年前頃にユーラシア大陸部UP集団から分岐し、日本列島に定着した人口集団の子孫だったことを裏づけます。LGM後の海水面上昇(19000年前頃以降)に続いて、地理的孤立がこの系統の長期の遺伝的連続性を促進しました。結果として、縄文人のゲノムは1万年以上にわたって独特なUPの特徴を保持し、UPユーラシア東部人の遺伝的保管所として機能します。同時に、本論文の結果は、本土と比較しての北海道における縄文人集団の異なる完新世人口史によって示されるように、縄文人の時空間的な多様性の一部を浮き彫りにします。
本論文は、この期間における寒冷適応の複数の一連の証拠を提示します。過去と現在の間の食性および環境における顕著な差異を考えると、古代の生理学的表現型の解釈は、とくに、動物の保存状態が悪いため、食性の再構築が制約されてきた日本列島では、依然としてほぼ推測に留まります。本研究は縄文人のゲノムに保存されているUP祖先系統に焦点を当てることによって、UPユーラシア東部人における生理学的形質や食性適応や環境反応の再構築に、先駆的な古ゲノム枠組みを提供します。本論文の結果は、古代の人口集団がどのように極限環境に適応し、これらの適応が健康関連形質において現在の差異をどのように形成し続けているかもしれないのか、解明し、ヒトの生物学および公衆衛生への古ゲノミクスのより広範な関連性を浮き彫りにします。
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