アジア東部の更新世の人類進化史
取り上げるのが遅れてしまいましたが、おもに中国で発見された更新世の人類化石についての研究(Yang et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、おもに中国を対象に、アジア東部の更新世の人類進化史を、形態学(化石)と考古学の観点から検証し、分子生物学的証拠にも言及しています。中国で発見された更新世のホモ属化石をどう分類するかは昔から難問で、最近タンパク質解析結果が公表されましたが(Fu et al., 2026)、分子生物学的証拠がこの問題の解明に大きく貢献するのではないか、と期待されます。ただ、現代人の50万年以上前までさかのぼる深い起源について、中国が果たす役割は大きいかもしれない、と示唆する本論文の見解について、現時点で私はかなり懐疑的です。以下、敬称は省略します。また、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、cm(centimetre、センチメートル)、EDJ(enamel-dentine junction、エナメル質と象牙質の接合部)、IUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)です。
本論文で取り上げられる主要な人類は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ホモ・ロンギ(Homo longi)、ホモ・ジュルエンシス(Homo juluensis)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、現生人類(Homo sapiens)、ホモ・サピエンス・ダリエンシス(Homo sapiens daliensis)です。
本論文で取り上げられる主要な文化は、アシューリアン(Acheulian、アシュール文化)、ルヴァロワ(Levallois)技術、キーナ型ムステリアン(Quina-type Mousterian、キーナ型ムスティエ文化)、IUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)です。
本論文で取り上げられる主要な中華人民共和国の遺跡は、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)、陝西省の藍田県の公王嶺(Gongwangling)および上陳(Shangchen)と洛南盆地(Luonan Basin)、遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)、北京市の周口店(Zhoukoudian)、山西省の丁村(Dingcun)と峙峪(Shiyu)、河北省張家口市陽原県の許家窯(Xujiayao)および泥河湾盆地の下馬碑(Xiamabei)、河南省許昌(Xuchang)市の霊井(Lingjing)遺跡と西溝(Xigou)、山東省の沂源(Yiyuan)県、安徽省馬鞍山市の和県(Hexian)と池州市東至県の華龍洞(Hualongdong)、湖北省十堰(Shiyan)市鄖陽(Yunyang)区の鄖県(Yunxian)と梅舗(Meipu)、湖南省永州市道県の福岩洞窟(Fuyan Cave)、雲南省の楚雄イ族自治州の元謀(Yuanmou)と大理ペー族自治州の大理(Dali)市と龍潭山(Longtanshan)、貴州省の盤縣大洞(Panxian Dadong)と観音洞洞窟(Guanyindong Cave)、広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)の馬壩(Maba)、広西壮族(チワン族)自治区の智人洞(Zhirendong)と柳江(Liujiang)の土博(Tubo)です。
本論文で取り上げられる中華人民共和国以外の主要な遺跡は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)、台湾沖の澎湖海峡(Penghu Channel)、ジャワ島のガンドン(Ngandong)、インドのハツノラ(Hathnora)村のナルマダ(Narmada)です。
●要約
中国における最近の古人類学的発見から、アジア東部は過去200万年間のホモ属の進化史に重要な役割を果たした、と示唆されています。古代型のヒト化石を再分類する新たな分類学的提案がなされてきており、それにはホモ・ジュルエンシスとホモ・ロンギのようデニソワ人とみんされていた化石も含まれます。100万年前頃の鄖県2号の類似性も現生人類系統の初期の分岐を推測している、との仮説は、世界的な進化の物語における中国のきわめて重要な役割を強調しています。本論文は、中国の化石記録から浮かび上がる重要な生物学的および文化的証拠とその進化的意味を調べ、「移行的」クレード(単系統群)とその異なる適応能力との間の関係について問題を提起します。今や中国は、進化的袋小路ではなく、複数のホモ属系統が誕生し、相互作用して、変化する環境に適応したかもしれない、動的な進化の交差点として現れています。増えつつある化石および遺伝学的証拠は人口集団の多様性を示しており、その人口動態史と遺伝子流動の交換が現生人類のよりの広範な混在の形成に寄与しました。
●研究史
類人猿とヒトとの間の「失われた環」の探求は、19世紀にはアジアに集中しており、現代人の祖先はアジア東部とインドネシアが中心だった、と考えられていました。しかし、とりわけチャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin)は、現代人と最も近い現生ヒト上科類の近縁が熱帯生態系に暮らしていたことを考えて、現代人の起源はアフリカにあった、と考えていました。過去約700万年間の現代人の進化史を記録しているアウストラロピテクス属とその後の化石の発見は、ホモ属の構成員の出現と多様性の研究を含めて、アフリカに焦点が当てられました。数十年間もの議論の後で、とくに、現代人の起源がアフリカにあったことを論証した遺伝学的研究の導入によって、多地域連続性と出アフリカの主唱者間の緊張は最終的に静まりました。
近年もアジアでは顕著な一連の化石発見と分子生物学的調査結果があり、それらはホモ属の異なる種間の混合事象を示唆してきました。今や注目は再びアジア東部に集まり、中国における10年間の化石および考古学的研究とともに、デニソワ人とホモ・ジュルエンシス[3]やホモ・ロンギ[4]などや改めに命名された種(補足)の発見がありました。中国におけるホモ属の進化的遺産およびヒトのより広範な進化史内における意義として、根本的な問題が提起されています。中国を中心とした研究は、ホモ属の物語の再評価を必要としており、現生人類の起源に関する時期と速度と地理やその人口史および人口動態について顕著な影響を及ぼすかもしれません。本論文の主張は、中国におけるより大きな生物学的および文化的多様性がこの地域をヒト進化に関する議論の最前線に位置づけ、現代人系統の起源と動態への示唆となる(図1および図2)、というものです。
●中国の化石記録の解釈
20世紀の大半と21世紀初期には、ユーラシアの人類の定着に関する影響力のある解釈は、大まかにはアフリカ中心の観点内で枠組みが作られ、そうした観点では、アフリカは人類の多様性の主要な供給源とみなされ、アジアは出アフリカ拡散との関連でのみ解釈されることが多くありました。アジアの人類の化石記録は大まかには以下の3系統に区分され、それは、(1)広範に分布したホモ・エレクトス種(200万~10万年前頃)、(2)後期更新世形態の前兆となる派生的形質を有する中期更新世(78万~12万年前頃)の「移行期」集団、(3)アジアに広範かつ明白に存在し、通常は45000年前頃に位置づけられる現生人類です。多地域進化説支持者にとって、移行期的な化石はホモ・エレクトスから現生人類への連続性を表しており、「古代型現生人類」と呼ばれることが多かったのに対して、出アフリカ主唱者は、地域的に進化したホモ・エレクトスと他の同時代の人口集団は、大陸全域の単一の急速な拡散に続いて、侵入してきた現生人類に置換された、と主張しました[5]。
過去15年間、化石および分子的発見によって、アジアは受動的な背景からホモ属内の多様化の動的な中心地へと変わってきました。デニソワ洞窟の以前には認識されていなかった人類からの古代DNAの回収によって、ネアンデルタール人の姉妹系統で、現生人類に遺伝的物質をもたらした「デニソワ人」が明らかになりました[6]。ゲノムからしか知られていない系統もあれば、骨からしか知られていない系統もあるという、遺伝学と化石の証拠間の不一致によって、デニソワ人がすでに「移行期」化石に存在していたのかどうか、という議論が起きました。その後のゲノム研究では、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人と他の古代型人口集団は交雑した[7、8]、と示されも種の境界が曖昧となった一方で、古プロテオミクスはDNAの保存の限界を超えて、分子的同定を拡張しました[9、10]。
ホモ・エレクトス種は長く、アジアの更新世記録の解釈の中核として機能してきました。周口店や和県や沂源やガンドンなどの標本は、厚い骨と強い眉弓と横に走る隆起の強くて角張った後頭領域を伴う長くて低い頭蓋冠(約850~1250 cm³)を例証しており、下顎は大きく、顔面は横に平坦であるものの下顎が突き出ており、鼻腔は広いものの、化石記録で保存されている完全な顔面は比較的少なくなっています。そのEDJは独特で複雑なパターンを定義しており、形態学的に一貫した古典的ホモ・エレクトスのまとまり(クラスタ)になっているものの、一部の形態は他の化石より派生的なようです。このクラスタは通常、中期更新世初期に現れますが、後期更新世まで存続しているかもしれません(図1b)。以下は本論文の図1です。
中国のより古い化石は、この典型的な形態に先行します(図1a・b)。より小さな頭蓋容量(約700~1100 cm³)と祖先的な形質を備える、元謀(170万年前頃)や公王嶺(163万年前頃)や梅舗(99万~78万年前頃)の化石は、アフリカおよびドマニシの初期ホモ属とアジア東部の中期更新世ホモ・エレクトスとの中間を占めています。この非典型的なホモ・エレクトスのクラスタには特徴的なホモ・エレクトスの特殊化が欠けていますが、それを事前に構成しているかもしれず、漸進的な地域的分化もしくはアジア大陸への複数回の拡散を示唆しています。この集団内では、鄖県2号(110万~94万年前頃)と南京(62万~58万年前頃)はとくに注目に値します。これらの化石は形態学的にはその後の「移行期」化石より祖先的で、中期更新世へと続いたホモ・エレクトスの初期拡散と多様化を架橋しており、ホモ・エレクトスの頭蓋容量値の上限もしくはそれを超える値が、典型的ホモ・エレクトスの通常の頭蓋冠をまだ欠いている、より華奢な顔面と組み合わさっています。詳細で包括的な解剖学的比較は未解決ですが、そのより平坦な中顔面は、現生人類と比較して祖先的か、ホモ・アンテセッサーと同等[17]と解釈されてきました。
中国の「移行期」の中期更新世化石は、とりわけ議論となっています。そうした化石は、一般的により大きな頭蓋容量(1100~1750cm³)、ホモ・エレクトスの角張った後頭骨および隆起と、現生人類に近い広くて正顎の顔面を欠いている、低く長い頭蓋冠が組み合わさっており、単純な解釈を拒みます。最近の研究はこうした化石の大半を単一系統のロンギ単系統群に分類しており、これはホモ・ロンギの模式標本であるハルビン頭蓋によって定義され[4]、大理や金牛山や許家窯や華龍洞や夏河および澎湖下顎などの化石[17]が含まれます(図1c)。ロンギ単系統群は現生人類の姉妹群と解釈されてきており、鄖県2号は基底部の構成員を表しているかもしれません。このモデルは現生人類単系統群の初期の起源(100万年以上前)を示唆しており、一部の分子的分析の70万~50万年前頃の推定値[20]と比較して、ネアンデルタール人系統と現生人類系統との間のより深い分岐[19]との提案と一致します。このモデルでは、デニソワ人はロンギ単系統群内に収まり、とくに歯顎領域における広範な解剖学的変異性を包含しており、デニソワ人は、ネアンデルタール人とより密接なつながりを示すゲノム証拠[7、8]にも関わらず、現生人類の姉妹単系統群の一部です。
この多様性を考慮して、第二の系統であるホモ・ジュルエンシス(「大きな頭」を意味する中国語の「jùlú」に由来します)を提唱した者もおり、許家窯化石が模式標本、許昌化石が副模式標本とされます[3]。この提案では、馬壩やナルマダや華龍洞などの化石はホモ・ジュルエンシス単系統群から外れており、その類似性の解明は定まっておらず、その分類学的地位は未解決で、最終的にはより広範なネアンデルタール人の分類に含められるか、異なる名称と認められるかもしれません[3]。ホモ・ジュルエンシス単系統群はひじょうに大きな脳頭蓋(1700~1800cm³)と、大きく祖先的な歯を示します。おそらくは頂部領域や側頭部迷宮や下顎枝や前歯におけるネアンデルタール人的形質によって示唆されるように、ホモ・ジュルエンシスにはデニソワ人が含まれ、ネアンデルタール人の姉妹単系統群を表しているでしょう[21]。プロテオーム(タンパク質の総体)でデニソワ人と分類された夏河や澎湖のような候補化石[10、23]には、大きな歯と三根の下顎大臼歯を有する頑丈で低い顎が加わります[24]。ネアンデルタール人が東方ではアルタイ山脈まで厳密に報告されていること[25]と、ユーラシア全体で東方へのさらなる拡散を妨げていた明確な生態学的障壁がながったことを考えると、ネアンデルタール人的特徴を有する人口集団が、典型的にはほぼヨーロッパに限られる単系統群の東方への拡大を反映している可能性は除外できません。
この2単系統群の枠組みにおいて、大理や華龍洞や金牛山の化石は現生人類に対する姉妹群を形成し、派生的な顔面の構造や歯の縮小および単純化した史観への傾向を共有しており[30]、これは丁村化石や盤縣大洞化石の歯列でも見られるパターンです(図1c)。ハルビン頭蓋も、より弱い歯の縮小兆候にも関わらず、強い頭蓋および顔面に基づいてこの集団に含めることができるかもしれない、と本論文は提案します。この集団は系統発生的空間に一致します。この集団は、今ではホモ・ロンギと比較可能な、ホモ・サピエンス・ダリエンシス(大理標本に基づきます)について呉新智(Wu Xinzhi)によって提唱された系統発生的空間に合致します。その系統発生的全体像は依然として複雑で、ハルビン頭蓋のプロテオームおよびミトコンドリアデータはデニソワ人との類似性を示唆していますが[9。34]、限られたアミノ酸置換や不確実な系統内変異性やミトコンドリアと常染色体の継承の読み取り間の不一致は、分子的および形態学的証拠の一致を複雑にし続けています。
最後に、最近の調査結果および年代的再評価から、中国における現生人類の存在および拡散の速度と様相について、再考が迫られています。証拠から、現生人類は中国に5万年以上前に出現し、南方での存在は12万~8万年前頃にさかのぼる[35、36]、と示唆されています(図1d)。ほぼ同年代の遺跡間では、顕著な形態学的変異性は、単一の均一な拡大ではなく、複数の波や地域的な人口構造や定着の非線形的な速度と一致しているかもしれません[5]。さらに、混合が表現型の変異性の要因かもしれず、初期現生人類の形態学的変異性の解釈をより複雑にしています[38]。
●行動の論点
近年では多くの科学的注目が中国の化石記録に寄せられてきましたが、一連の重要な考古学的発見もあり、人類の行動について新たな情報を提供しています(図2)。これらの調査結果は中国の文化的記録の保守的な性質についての伝統的な特徴づけを覆しており、経時的な人類の革新および適応のより実りある調査を提供します以下は本論文の図2です。
上陳は中国で最古級の考古学的遺跡で、年代は210万年前頃となり[39]、典型的な形態以前のホモ・エレクトス化石より約40万年古くなります。上陳と他の前期更新世人類は通常、石核剥片インダストリーを製作していました。これらの石器群は、丸石や小石への硬い敲石と両極手法を用いて製作され、さまざまな大きさの剥片原形が作られ、それには小型破片が含まれます。剥片原形は再加工され、さまざまな形態が作られて、それには掻器や抉入石器や尖頭器や穿孔器が含まれます。
更新世半ばの気候変動期(120万~70万年前頃)は、石核剥片インダストリーの技術的革新の水準増加に対応しており、事前剥離手法や多様な範囲の道具様式の製作が含まれ、生態系の変化への典型的形態に先行するホモ・エレクトス人口集団の多様な適応的反応を示唆しています。更新世半ばの気候変動は中国南部における大型切断用道具の出現にも対応しており、100万年前頃までに見られる鄖県の事例を含めて、丸石から形成され、分割されることが多くなっています。大型切断用道具は礫器および掘削器から構成され、新たな適応的戦略を表しており、典型的形態に先行するホモ・エレクトスおよび典型的ホモ・エレクトス人口集団にとって、の前広範な植物資源を利用することが可能となりました[48]。
50万年前頃までに行なわれていた周口店における火の制御された使用は、ホモ・エレクトス人口集団による重要な革新です。長く議論されてきましたが、寒冷期における避難の必要性や、焼けた堆積物と骨の高温加熱の証拠を考えると、火の使用の可能性は高そうです。30万年前頃以降、一連の革新が現れ、それは移行期的人類、つまり提案されているロンギおよび/もしくはジュルエンシス単系統群の時間枠に対応しています。これら大きな脳の人類は一連の新たな行動に関わっており、それには、より多様な石器製作手法[51]や、木製道具および骨角器の製作やおそらくは岩絵[56]が含まれます。それ以前の石器群とは対照的に、大型切断用道具は大型剥片で制作され、剥離が洗練され、形状は対称的で、洛南や丁村などの遺跡で証明された後期アシューリアンとの比較が促されました。
中国南西部では、ルヴァロワもしくはルヴァロワ的手法を含むより複雑な石器縮小技術と、キーナ型石器の製作が、観音洞や龍潭山や人類化石を含む盤縣大洞といった遺跡で見られます[51]。龍潭におけるキーナ型石器の証拠はネアンデルタール人と関連している、と示唆されてきましたが、現時点では、この関連を確証する生物学的証拠はありません。中国中央部および北部では、華龍洞や西溝や許家窯や許昌の石器が、円盤状技術や再加工小型石器など石核剥片縮小で同様の発展を示しています。許家窯は球状体石器の多数の収集でよく知られており、打撃痕や切創痕の見られるウマ遺骸があり、狩猟および死肉漁り戦略を表しています。許昌には多様な背付き石器や骨製二次加工具や線刻のあるオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)残留物を伴う宣告された骨があります。これら多様になっていく技術と行動は、象徴的かもしれない慣行とともに、人類集団間の文化的多様性および地域的差異を反映しています。
中国における現生人類の最古級の化石は、年代が127000~70000年前頃の間で、人工遺物との明確な関連はありません。現生人類はこの期間に見られる革新的行動の担い手かもしれませんが、移行期人類の一部の役割は除外できません。45000年前頃以後、現生人類は中国北部の考古学的記録のほとんどの担い手である可能性が高そうです。実際、峙峪において、現生人類に割り当てられた今では失われた後頭骨断片は、IUP技術や黒曜石の長距離輸送(800~1000km)や狩猟技術の向上や骨角器や成形された黒鉛円盤と関連しており[67]、アジア東部における最古級の既知のオーカー処理遺跡である下馬碑[68]など、この段階は4万年前頃以後の物質文化における顕著な増加となります。
●人類の生物地理
1929年の周口店におけるホモ・エレクトスの画期的発見以来、中国の古人類学的記録に関して情報が着実に増加してきました。気候と環境と地理の要因が人類の進化にどのように影響を及ぼし、形成したのかについて、研究は焦点を当て始めています。中国全域の遺跡の緯度勾配から、生態系の変化がおそらくは人類の定着パターンに重要な役割を果たした、と示唆されます。
元謀を除けば、100万年以上前の南方の居住の強い証拠はなく、典型的な形態以前のホモ・エレクトスはおもに北方で見つかっています。秦嶺山脈は生物地理的境界として作用していたかもしれず、中国北部の温暖な環境を南部の亜熱帯で食性の密な景観から分離し、それは初期人類にとって適応的困難を課したかもしれません。
更新世半ばの気候変動は遺跡文武の重要な変化と対応しており、より低緯度の地帯で遺跡の数が高緯度の地帯より多く、高緯度地帯はより過酷でより季節的な環境が特徴です。注目すべきことに、更新世半ばの気候変動は、形態学的に最古級の住民と移行期の人類の中間である、鄖県2号の出現と一致しています。気候および環境変化は、進化的分岐[17]もしくは新たな集団の到来による最古級の人類の置換と関連しているかもしれません。中国中央部の南京のより新しい化石は、この地域における鄖県系統の存続を示唆しています。
60万年前頃以後、大きな植生および動物相の変化がアジア全域で起きたので、氷期と間氷期の間の人口集団の大きな縮小と拡大があったでしょう。中国の中期更新世における人類の地理的分布は、北緯45度から最南端の緯度まで広範囲を示しています(図1b・c)。身体的および生理的適応や、火の使用と気技術的革新を含む文化的能力(図2)は、おそらく重要な役割を果たしており、人類が新たな生態系へ拡散することや、生息環境の選好を可能としました。MIS11(432000~362000年前頃)は長く続いた温暖な間氷期で、人類に中国北部への拡散に最も広範な窓口を提供しました。
中期更新世後半は、人類がおそらくは数ヶ所の中核的退避地へと制約された生息地の縮小期で、断片化と孤立と時折の再統合が起こり、人類の多様性を促したかもしれない動的な期間です。生息地の長期の拡大および縮小とその結果生じた障壁は、異所性種分化と新たな人類系統の出現を促したかもしれません。上述のように、このクラスタの顕著な変異性は、単一の形態学的に多様な系統か、いくつかの異なる古任意交配集団(たとえば、ジュルエンシス単系統群やロンギ単系統群やデニソワ人)のいずれかを反映しているかもしれません。これらの人類は高地(夏河)[23]や高緯度(北緯45度のハルビン)[75]に居住できており、この地理的広大さは時間的に一連の文化的革新に対応しています(図2)。明確な地理的パターンの欠如は、気候変動期における高度な移動性もしくは生息地移動を示唆しています。これらの移行期人類の形態が1系統に属しているならば、その変異性は、デニソワ人が単一の均一な人口集団ではなく、広大な地理的範囲に居住した一連の異なる系統だった、とのゲノム証拠と一致します[76]。この想定では、これらの推定される単系統群は、複数種水準の系統ではなく、深く構造化されたデニソワ人集団の高度に多様な表現型の発現を反映しているかもしれません。
中国の後期更新世初期の証拠は地理的非対称性を示しており、南方の発見が北方(4万年前頃以降)に先行します。このパターンはおそらく気候不安定性と人口集団を分断する砂漠の境界を反映しており、より祖先的な系統が北方で存続した一方で、より派生的な形態が南方から進化したか、到来しました。北方からの新参者は在来人口集団と混合したかもしれず、現在では解釈困難な形態学的変異性が生じました[38]。興味深いことに、初期の南方の人類(たとえば、福岩や智人洞や土博)は、食性の変化と一致する虫歯や活動に関連した歯の摩耗の高頻度の発生を共有しており、これは恐らく、初期の熱帯雨林資源の利用もしくは免疫の変化と関連しています。このパターンは、南方での定着を促進した、行動的革新を示唆しています。
●中国の過去の前途
中国における最近の古人類学的発見はこの地域を、進化的袋小路からヒト進化の自然の実験場へと変えました。次の10年間に、化石からの分子記録の増加は、人類系統の定義の中心となるでしょう。古プロテオミクスの急速な進歩から、この分野における大きな進展が期待されます。しかし、特定の変異や多様体に割り当てる進化的重要性を解明するには、基礎研究が必要です。古代と現代両方の人口集団における分子的変異性がより深く理解されるにつれて、化石の類似性の長きにわたる解釈は変わるかもしれません。今や、進歩は分子と解剖学の観点の統合にかかっています。これら2系統の証拠間の統合の長きにわたる欠如は発見を送らせてきましたが、形態学的データは一貫して、多くの遺伝学的モデルがこれまでに示唆してきたよりも深い、現生人類単系統群の時間的分岐を示しています。これらの手法の橋渡しが、より一貫した進化的枠組みには重要でしょう。
ヨーロッパと中国の化石記録の統合は、現生人類単系統群の時間と場所の理解において、新たな進化的(革命的)光を当てるかもしれません。アタプエルカ(スペイン)のホモ・アンテセッサーは、中国の前期更新世後期~中期更新世初期の化石(鄖県、南京)と密接な進化的空間を共有しているようです。このつながり可能性に関する研究を通じて、必ずしもアフリカに限らない、現生人類単系統群のより深い起源の発見を期待できます。化石記録が増えるにつれて、現生人類単系統群と関連するより多くの人類がユーラシア全域で現れる可能性は高そうです。
化石証拠と行動的証拠の統合における現在の空白は、中国における進化の経緯の包括的理解を制約し続けます。化石と考古学と年代と古環境のデータの増加は今や、一連の重要な進化的問題に取り組B調べる新たな機会を提示します。たとえば、人類種/単系統群と適応的革新が過去200万年間のアジア東部における生息地の変動性とどのように対応していますか?気候条件はどの程度、人口集団の相互作用および拡散経路に影響を及ぼしましたか?中期更新世における種と単系統群は文化的革新を共有し、どの適応的利点がこれをもたらした可能性がありますか?これらの問題の探求は、ヒト進化の謎に取り組むための、不可欠の欠けた断片を提供するでしょう。
●補足:中国における「移行期」人類の分類学的問題
中国の中期更新世の化石記録は、現在の古人類学における最も困難な分類学的問題の一つを提示しています。これまで「移行期」として伝統的に記載されてきた人類化石の多様な一式は、とくに顔面形態における派生的特徴と脳の大きさを、ホモ・エレクトスに存在し、ネアンデルタール人や現生人類などその後のホモ属の形態に欠けている祖先的な特徴と組み合わせています。この多様性をどう解釈するかによって、対照的な分類学的提案につながり、それぞれ異なる進化的意味があります。
ある手法では、ほとんどの中期更新世の中国の化石を単一系統に分類しており、最近ではホモ・ロンギと正式に命名されました。このモデルでは、ハルビン(模式標本)や大理や金牛山や許家窯や華龍洞や夏河や澎湖の下顎は、大きな頭蓋容量や短く比較的正顎の顔面や多様な下顎および歯のパターンによって特徴づけられる、広範な形態学的連続体を表しています。このロンギ単系統群は現生人類の姉妹系統として解釈されてきており、現生人類系統との初期の分岐(100万年以上前)が示唆され、鄖県などの化石は基底部の構成員と提案されています。この命名は、デニソワ人と同定される化石である、この集団内部でのクラスタ化(まとまることむ)もしくは包含を示唆しており、通常は単一種内に含まれるよりも大きな一定水準の形態学的多様性が示唆されます。重要で厄介な問題は、ロンギ単系統群をデニソワ人と結びつけることが、核DNAに基づきデニソワ人をネアンデルタール人の姉妹系統と位置づけるゲノムモデルと一致しないことで、遺伝的系統を断片的な化石形態に当てはめる難しさや、深い人口構造や混合や古代の分岐の背景における核とミトコンドリアの兆候間の不一致の可能性を浮き彫りにしています。
代替的な枠組みは、この多様性を複数の進化的系統の反映と解釈します。この見解では、ホモ・ジュルエンシスは、ネアンデルタール人との類似性を示す、ひじょうに大きな脳容量や頑丈な歯列と頭蓋と下顎の形質によって特徴づけられる、独特な単系統群を表しています。許家窯化石は模式標本、許昌化石は副模式標本として提案されてきており、デニソワ人はこの系統内に含められ、ネアンデルタール人との姉妹群に位置づけられます。大理や金牛山やハルビンや華龍洞のような他の化石は、このジュルエンシス単系統群外に置かれます。形態学的観点からは、これらの標本はホモ・ロンギのより厳格な定義内に収まると解釈でき、現生人類系統に近い系統としての元々の提案と一致しますが、この解釈はさらなる検証が必要です。
この議論の中核には、広範な地理的範囲に居住していたか、複数の部分的に孤立した系統の存在を示す、複数のデニソワ人系統のゲノム証拠と一致する、形態学的変異が深く構造化された人口集団内の種内多様性を反映しているのかどうか、ということがあります。これらの対案を解明するには、ホモ・エレクトス内でどの程度形態学的多様性を合理的に許容できるのか、という明示的検討を含めて、より詳細な比較解剖学的分析が必要でしょう。古プロテオミクスを含めて新たなゲノム手法は強力な手段を提供しますが、とくに注意して解釈すべきなのは、これらの手法の新規性が分類学的過剰解釈の危険性を増加させるからです。
参考文献:
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関連記事
Yang SX, Martinón-Torres M, and Petraglia M.(2026): Palaeoanthropological evidence from China is changing the picture of hominin evolutionary history. Nature Ecology & Evolution, 10, 4, 634–640.
https://doi.org/10.1038/s41559-026-02983-w
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以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、cm(centimetre、センチメートル)、EDJ(enamel-dentine junction、エナメル質と象牙質の接合部)、IUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)です。
本論文で取り上げられる主要な人類は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ホモ・ロンギ(Homo longi)、ホモ・ジュルエンシス(Homo juluensis)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、現生人類(Homo sapiens)、ホモ・サピエンス・ダリエンシス(Homo sapiens daliensis)です。
本論文で取り上げられる主要な文化は、アシューリアン(Acheulian、アシュール文化)、ルヴァロワ(Levallois)技術、キーナ型ムステリアン(Quina-type Mousterian、キーナ型ムスティエ文化)、IUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)です。
本論文で取り上げられる主要な中華人民共和国の遺跡は、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)、陝西省の藍田県の公王嶺(Gongwangling)および上陳(Shangchen)と洛南盆地(Luonan Basin)、遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)、北京市の周口店(Zhoukoudian)、山西省の丁村(Dingcun)と峙峪(Shiyu)、河北省張家口市陽原県の許家窯(Xujiayao)および泥河湾盆地の下馬碑(Xiamabei)、河南省許昌(Xuchang)市の霊井(Lingjing)遺跡と西溝(Xigou)、山東省の沂源(Yiyuan)県、安徽省馬鞍山市の和県(Hexian)と池州市東至県の華龍洞(Hualongdong)、湖北省十堰(Shiyan)市鄖陽(Yunyang)区の鄖県(Yunxian)と梅舗(Meipu)、湖南省永州市道県の福岩洞窟(Fuyan Cave)、雲南省の楚雄イ族自治州の元謀(Yuanmou)と大理ペー族自治州の大理(Dali)市と龍潭山(Longtanshan)、貴州省の盤縣大洞(Panxian Dadong)と観音洞洞窟(Guanyindong Cave)、広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)の馬壩(Maba)、広西壮族(チワン族)自治区の智人洞(Zhirendong)と柳江(Liujiang)の土博(Tubo)です。
本論文で取り上げられる中華人民共和国以外の主要な遺跡は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)、台湾沖の澎湖海峡(Penghu Channel)、ジャワ島のガンドン(Ngandong)、インドのハツノラ(Hathnora)村のナルマダ(Narmada)です。
●要約
中国における最近の古人類学的発見から、アジア東部は過去200万年間のホモ属の進化史に重要な役割を果たした、と示唆されています。古代型のヒト化石を再分類する新たな分類学的提案がなされてきており、それにはホモ・ジュルエンシスとホモ・ロンギのようデニソワ人とみんされていた化石も含まれます。100万年前頃の鄖県2号の類似性も現生人類系統の初期の分岐を推測している、との仮説は、世界的な進化の物語における中国のきわめて重要な役割を強調しています。本論文は、中国の化石記録から浮かび上がる重要な生物学的および文化的証拠とその進化的意味を調べ、「移行的」クレード(単系統群)とその異なる適応能力との間の関係について問題を提起します。今や中国は、進化的袋小路ではなく、複数のホモ属系統が誕生し、相互作用して、変化する環境に適応したかもしれない、動的な進化の交差点として現れています。増えつつある化石および遺伝学的証拠は人口集団の多様性を示しており、その人口動態史と遺伝子流動の交換が現生人類のよりの広範な混在の形成に寄与しました。
●研究史
類人猿とヒトとの間の「失われた環」の探求は、19世紀にはアジアに集中しており、現代人の祖先はアジア東部とインドネシアが中心だった、と考えられていました。しかし、とりわけチャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin)は、現代人と最も近い現生ヒト上科類の近縁が熱帯生態系に暮らしていたことを考えて、現代人の起源はアフリカにあった、と考えていました。過去約700万年間の現代人の進化史を記録しているアウストラロピテクス属とその後の化石の発見は、ホモ属の構成員の出現と多様性の研究を含めて、アフリカに焦点が当てられました。数十年間もの議論の後で、とくに、現代人の起源がアフリカにあったことを論証した遺伝学的研究の導入によって、多地域連続性と出アフリカの主唱者間の緊張は最終的に静まりました。
近年もアジアでは顕著な一連の化石発見と分子生物学的調査結果があり、それらはホモ属の異なる種間の混合事象を示唆してきました。今や注目は再びアジア東部に集まり、中国における10年間の化石および考古学的研究とともに、デニソワ人とホモ・ジュルエンシス[3]やホモ・ロンギ[4]などや改めに命名された種(補足)の発見がありました。中国におけるホモ属の進化的遺産およびヒトのより広範な進化史内における意義として、根本的な問題が提起されています。中国を中心とした研究は、ホモ属の物語の再評価を必要としており、現生人類の起源に関する時期と速度と地理やその人口史および人口動態について顕著な影響を及ぼすかもしれません。本論文の主張は、中国におけるより大きな生物学的および文化的多様性がこの地域をヒト進化に関する議論の最前線に位置づけ、現代人系統の起源と動態への示唆となる(図1および図2)、というものです。
●中国の化石記録の解釈
20世紀の大半と21世紀初期には、ユーラシアの人類の定着に関する影響力のある解釈は、大まかにはアフリカ中心の観点内で枠組みが作られ、そうした観点では、アフリカは人類の多様性の主要な供給源とみなされ、アジアは出アフリカ拡散との関連でのみ解釈されることが多くありました。アジアの人類の化石記録は大まかには以下の3系統に区分され、それは、(1)広範に分布したホモ・エレクトス種(200万~10万年前頃)、(2)後期更新世形態の前兆となる派生的形質を有する中期更新世(78万~12万年前頃)の「移行期」集団、(3)アジアに広範かつ明白に存在し、通常は45000年前頃に位置づけられる現生人類です。多地域進化説支持者にとって、移行期的な化石はホモ・エレクトスから現生人類への連続性を表しており、「古代型現生人類」と呼ばれることが多かったのに対して、出アフリカ主唱者は、地域的に進化したホモ・エレクトスと他の同時代の人口集団は、大陸全域の単一の急速な拡散に続いて、侵入してきた現生人類に置換された、と主張しました[5]。
過去15年間、化石および分子的発見によって、アジアは受動的な背景からホモ属内の多様化の動的な中心地へと変わってきました。デニソワ洞窟の以前には認識されていなかった人類からの古代DNAの回収によって、ネアンデルタール人の姉妹系統で、現生人類に遺伝的物質をもたらした「デニソワ人」が明らかになりました[6]。ゲノムからしか知られていない系統もあれば、骨からしか知られていない系統もあるという、遺伝学と化石の証拠間の不一致によって、デニソワ人がすでに「移行期」化石に存在していたのかどうか、という議論が起きました。その後のゲノム研究では、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人と他の古代型人口集団は交雑した[7、8]、と示されも種の境界が曖昧となった一方で、古プロテオミクスはDNAの保存の限界を超えて、分子的同定を拡張しました[9、10]。
ホモ・エレクトス種は長く、アジアの更新世記録の解釈の中核として機能してきました。周口店や和県や沂源やガンドンなどの標本は、厚い骨と強い眉弓と横に走る隆起の強くて角張った後頭領域を伴う長くて低い頭蓋冠(約850~1250 cm³)を例証しており、下顎は大きく、顔面は横に平坦であるものの下顎が突き出ており、鼻腔は広いものの、化石記録で保存されている完全な顔面は比較的少なくなっています。そのEDJは独特で複雑なパターンを定義しており、形態学的に一貫した古典的ホモ・エレクトスのまとまり(クラスタ)になっているものの、一部の形態は他の化石より派生的なようです。このクラスタは通常、中期更新世初期に現れますが、後期更新世まで存続しているかもしれません(図1b)。以下は本論文の図1です。
中国のより古い化石は、この典型的な形態に先行します(図1a・b)。より小さな頭蓋容量(約700~1100 cm³)と祖先的な形質を備える、元謀(170万年前頃)や公王嶺(163万年前頃)や梅舗(99万~78万年前頃)の化石は、アフリカおよびドマニシの初期ホモ属とアジア東部の中期更新世ホモ・エレクトスとの中間を占めています。この非典型的なホモ・エレクトスのクラスタには特徴的なホモ・エレクトスの特殊化が欠けていますが、それを事前に構成しているかもしれず、漸進的な地域的分化もしくはアジア大陸への複数回の拡散を示唆しています。この集団内では、鄖県2号(110万~94万年前頃)と南京(62万~58万年前頃)はとくに注目に値します。これらの化石は形態学的にはその後の「移行期」化石より祖先的で、中期更新世へと続いたホモ・エレクトスの初期拡散と多様化を架橋しており、ホモ・エレクトスの頭蓋容量値の上限もしくはそれを超える値が、典型的ホモ・エレクトスの通常の頭蓋冠をまだ欠いている、より華奢な顔面と組み合わさっています。詳細で包括的な解剖学的比較は未解決ですが、そのより平坦な中顔面は、現生人類と比較して祖先的か、ホモ・アンテセッサーと同等[17]と解釈されてきました。
中国の「移行期」の中期更新世化石は、とりわけ議論となっています。そうした化石は、一般的により大きな頭蓋容量(1100~1750cm³)、ホモ・エレクトスの角張った後頭骨および隆起と、現生人類に近い広くて正顎の顔面を欠いている、低く長い頭蓋冠が組み合わさっており、単純な解釈を拒みます。最近の研究はこうした化石の大半を単一系統のロンギ単系統群に分類しており、これはホモ・ロンギの模式標本であるハルビン頭蓋によって定義され[4]、大理や金牛山や許家窯や華龍洞や夏河および澎湖下顎などの化石[17]が含まれます(図1c)。ロンギ単系統群は現生人類の姉妹群と解釈されてきており、鄖県2号は基底部の構成員を表しているかもしれません。このモデルは現生人類単系統群の初期の起源(100万年以上前)を示唆しており、一部の分子的分析の70万~50万年前頃の推定値[20]と比較して、ネアンデルタール人系統と現生人類系統との間のより深い分岐[19]との提案と一致します。このモデルでは、デニソワ人はロンギ単系統群内に収まり、とくに歯顎領域における広範な解剖学的変異性を包含しており、デニソワ人は、ネアンデルタール人とより密接なつながりを示すゲノム証拠[7、8]にも関わらず、現生人類の姉妹単系統群の一部です。
この多様性を考慮して、第二の系統であるホモ・ジュルエンシス(「大きな頭」を意味する中国語の「jùlú」に由来します)を提唱した者もおり、許家窯化石が模式標本、許昌化石が副模式標本とされます[3]。この提案では、馬壩やナルマダや華龍洞などの化石はホモ・ジュルエンシス単系統群から外れており、その類似性の解明は定まっておらず、その分類学的地位は未解決で、最終的にはより広範なネアンデルタール人の分類に含められるか、異なる名称と認められるかもしれません[3]。ホモ・ジュルエンシス単系統群はひじょうに大きな脳頭蓋(1700~1800cm³)と、大きく祖先的な歯を示します。おそらくは頂部領域や側頭部迷宮や下顎枝や前歯におけるネアンデルタール人的形質によって示唆されるように、ホモ・ジュルエンシスにはデニソワ人が含まれ、ネアンデルタール人の姉妹単系統群を表しているでしょう[21]。プロテオーム(タンパク質の総体)でデニソワ人と分類された夏河や澎湖のような候補化石[10、23]には、大きな歯と三根の下顎大臼歯を有する頑丈で低い顎が加わります[24]。ネアンデルタール人が東方ではアルタイ山脈まで厳密に報告されていること[25]と、ユーラシア全体で東方へのさらなる拡散を妨げていた明確な生態学的障壁がながったことを考えると、ネアンデルタール人的特徴を有する人口集団が、典型的にはほぼヨーロッパに限られる単系統群の東方への拡大を反映している可能性は除外できません。
この2単系統群の枠組みにおいて、大理や華龍洞や金牛山の化石は現生人類に対する姉妹群を形成し、派生的な顔面の構造や歯の縮小および単純化した史観への傾向を共有しており[30]、これは丁村化石や盤縣大洞化石の歯列でも見られるパターンです(図1c)。ハルビン頭蓋も、より弱い歯の縮小兆候にも関わらず、強い頭蓋および顔面に基づいてこの集団に含めることができるかもしれない、と本論文は提案します。この集団は系統発生的空間に一致します。この集団は、今ではホモ・ロンギと比較可能な、ホモ・サピエンス・ダリエンシス(大理標本に基づきます)について呉新智(Wu Xinzhi)によって提唱された系統発生的空間に合致します。その系統発生的全体像は依然として複雑で、ハルビン頭蓋のプロテオームおよびミトコンドリアデータはデニソワ人との類似性を示唆していますが[9。34]、限られたアミノ酸置換や不確実な系統内変異性やミトコンドリアと常染色体の継承の読み取り間の不一致は、分子的および形態学的証拠の一致を複雑にし続けています。
最後に、最近の調査結果および年代的再評価から、中国における現生人類の存在および拡散の速度と様相について、再考が迫られています。証拠から、現生人類は中国に5万年以上前に出現し、南方での存在は12万~8万年前頃にさかのぼる[35、36]、と示唆されています(図1d)。ほぼ同年代の遺跡間では、顕著な形態学的変異性は、単一の均一な拡大ではなく、複数の波や地域的な人口構造や定着の非線形的な速度と一致しているかもしれません[5]。さらに、混合が表現型の変異性の要因かもしれず、初期現生人類の形態学的変異性の解釈をより複雑にしています[38]。
●行動の論点
近年では多くの科学的注目が中国の化石記録に寄せられてきましたが、一連の重要な考古学的発見もあり、人類の行動について新たな情報を提供しています(図2)。これらの調査結果は中国の文化的記録の保守的な性質についての伝統的な特徴づけを覆しており、経時的な人類の革新および適応のより実りある調査を提供します以下は本論文の図2です。
上陳は中国で最古級の考古学的遺跡で、年代は210万年前頃となり[39]、典型的な形態以前のホモ・エレクトス化石より約40万年古くなります。上陳と他の前期更新世人類は通常、石核剥片インダストリーを製作していました。これらの石器群は、丸石や小石への硬い敲石と両極手法を用いて製作され、さまざまな大きさの剥片原形が作られ、それには小型破片が含まれます。剥片原形は再加工され、さまざまな形態が作られて、それには掻器や抉入石器や尖頭器や穿孔器が含まれます。
更新世半ばの気候変動期(120万~70万年前頃)は、石核剥片インダストリーの技術的革新の水準増加に対応しており、事前剥離手法や多様な範囲の道具様式の製作が含まれ、生態系の変化への典型的形態に先行するホモ・エレクトス人口集団の多様な適応的反応を示唆しています。更新世半ばの気候変動は中国南部における大型切断用道具の出現にも対応しており、100万年前頃までに見られる鄖県の事例を含めて、丸石から形成され、分割されることが多くなっています。大型切断用道具は礫器および掘削器から構成され、新たな適応的戦略を表しており、典型的形態に先行するホモ・エレクトスおよび典型的ホモ・エレクトス人口集団にとって、の前広範な植物資源を利用することが可能となりました[48]。
50万年前頃までに行なわれていた周口店における火の制御された使用は、ホモ・エレクトス人口集団による重要な革新です。長く議論されてきましたが、寒冷期における避難の必要性や、焼けた堆積物と骨の高温加熱の証拠を考えると、火の使用の可能性は高そうです。30万年前頃以降、一連の革新が現れ、それは移行期的人類、つまり提案されているロンギおよび/もしくはジュルエンシス単系統群の時間枠に対応しています。これら大きな脳の人類は一連の新たな行動に関わっており、それには、より多様な石器製作手法[51]や、木製道具および骨角器の製作やおそらくは岩絵[56]が含まれます。それ以前の石器群とは対照的に、大型切断用道具は大型剥片で制作され、剥離が洗練され、形状は対称的で、洛南や丁村などの遺跡で証明された後期アシューリアンとの比較が促されました。
中国南西部では、ルヴァロワもしくはルヴァロワ的手法を含むより複雑な石器縮小技術と、キーナ型石器の製作が、観音洞や龍潭山や人類化石を含む盤縣大洞といった遺跡で見られます[51]。龍潭におけるキーナ型石器の証拠はネアンデルタール人と関連している、と示唆されてきましたが、現時点では、この関連を確証する生物学的証拠はありません。中国中央部および北部では、華龍洞や西溝や許家窯や許昌の石器が、円盤状技術や再加工小型石器など石核剥片縮小で同様の発展を示しています。許家窯は球状体石器の多数の収集でよく知られており、打撃痕や切創痕の見られるウマ遺骸があり、狩猟および死肉漁り戦略を表しています。許昌には多様な背付き石器や骨製二次加工具や線刻のあるオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)残留物を伴う宣告された骨があります。これら多様になっていく技術と行動は、象徴的かもしれない慣行とともに、人類集団間の文化的多様性および地域的差異を反映しています。
中国における現生人類の最古級の化石は、年代が127000~70000年前頃の間で、人工遺物との明確な関連はありません。現生人類はこの期間に見られる革新的行動の担い手かもしれませんが、移行期人類の一部の役割は除外できません。45000年前頃以後、現生人類は中国北部の考古学的記録のほとんどの担い手である可能性が高そうです。実際、峙峪において、現生人類に割り当てられた今では失われた後頭骨断片は、IUP技術や黒曜石の長距離輸送(800~1000km)や狩猟技術の向上や骨角器や成形された黒鉛円盤と関連しており[67]、アジア東部における最古級の既知のオーカー処理遺跡である下馬碑[68]など、この段階は4万年前頃以後の物質文化における顕著な増加となります。
●人類の生物地理
1929年の周口店におけるホモ・エレクトスの画期的発見以来、中国の古人類学的記録に関して情報が着実に増加してきました。気候と環境と地理の要因が人類の進化にどのように影響を及ぼし、形成したのかについて、研究は焦点を当て始めています。中国全域の遺跡の緯度勾配から、生態系の変化がおそらくは人類の定着パターンに重要な役割を果たした、と示唆されます。
元謀を除けば、100万年以上前の南方の居住の強い証拠はなく、典型的な形態以前のホモ・エレクトスはおもに北方で見つかっています。秦嶺山脈は生物地理的境界として作用していたかもしれず、中国北部の温暖な環境を南部の亜熱帯で食性の密な景観から分離し、それは初期人類にとって適応的困難を課したかもしれません。
更新世半ばの気候変動は遺跡文武の重要な変化と対応しており、より低緯度の地帯で遺跡の数が高緯度の地帯より多く、高緯度地帯はより過酷でより季節的な環境が特徴です。注目すべきことに、更新世半ばの気候変動は、形態学的に最古級の住民と移行期の人類の中間である、鄖県2号の出現と一致しています。気候および環境変化は、進化的分岐[17]もしくは新たな集団の到来による最古級の人類の置換と関連しているかもしれません。中国中央部の南京のより新しい化石は、この地域における鄖県系統の存続を示唆しています。
60万年前頃以後、大きな植生および動物相の変化がアジア全域で起きたので、氷期と間氷期の間の人口集団の大きな縮小と拡大があったでしょう。中国の中期更新世における人類の地理的分布は、北緯45度から最南端の緯度まで広範囲を示しています(図1b・c)。身体的および生理的適応や、火の使用と気技術的革新を含む文化的能力(図2)は、おそらく重要な役割を果たしており、人類が新たな生態系へ拡散することや、生息環境の選好を可能としました。MIS11(432000~362000年前頃)は長く続いた温暖な間氷期で、人類に中国北部への拡散に最も広範な窓口を提供しました。
中期更新世後半は、人類がおそらくは数ヶ所の中核的退避地へと制約された生息地の縮小期で、断片化と孤立と時折の再統合が起こり、人類の多様性を促したかもしれない動的な期間です。生息地の長期の拡大および縮小とその結果生じた障壁は、異所性種分化と新たな人類系統の出現を促したかもしれません。上述のように、このクラスタの顕著な変異性は、単一の形態学的に多様な系統か、いくつかの異なる古任意交配集団(たとえば、ジュルエンシス単系統群やロンギ単系統群やデニソワ人)のいずれかを反映しているかもしれません。これらの人類は高地(夏河)[23]や高緯度(北緯45度のハルビン)[75]に居住できており、この地理的広大さは時間的に一連の文化的革新に対応しています(図2)。明確な地理的パターンの欠如は、気候変動期における高度な移動性もしくは生息地移動を示唆しています。これらの移行期人類の形態が1系統に属しているならば、その変異性は、デニソワ人が単一の均一な人口集団ではなく、広大な地理的範囲に居住した一連の異なる系統だった、とのゲノム証拠と一致します[76]。この想定では、これらの推定される単系統群は、複数種水準の系統ではなく、深く構造化されたデニソワ人集団の高度に多様な表現型の発現を反映しているかもしれません。
中国の後期更新世初期の証拠は地理的非対称性を示しており、南方の発見が北方(4万年前頃以降)に先行します。このパターンはおそらく気候不安定性と人口集団を分断する砂漠の境界を反映しており、より祖先的な系統が北方で存続した一方で、より派生的な形態が南方から進化したか、到来しました。北方からの新参者は在来人口集団と混合したかもしれず、現在では解釈困難な形態学的変異性が生じました[38]。興味深いことに、初期の南方の人類(たとえば、福岩や智人洞や土博)は、食性の変化と一致する虫歯や活動に関連した歯の摩耗の高頻度の発生を共有しており、これは恐らく、初期の熱帯雨林資源の利用もしくは免疫の変化と関連しています。このパターンは、南方での定着を促進した、行動的革新を示唆しています。
●中国の過去の前途
中国における最近の古人類学的発見はこの地域を、進化的袋小路からヒト進化の自然の実験場へと変えました。次の10年間に、化石からの分子記録の増加は、人類系統の定義の中心となるでしょう。古プロテオミクスの急速な進歩から、この分野における大きな進展が期待されます。しかし、特定の変異や多様体に割り当てる進化的重要性を解明するには、基礎研究が必要です。古代と現代両方の人口集団における分子的変異性がより深く理解されるにつれて、化石の類似性の長きにわたる解釈は変わるかもしれません。今や、進歩は分子と解剖学の観点の統合にかかっています。これら2系統の証拠間の統合の長きにわたる欠如は発見を送らせてきましたが、形態学的データは一貫して、多くの遺伝学的モデルがこれまでに示唆してきたよりも深い、現生人類単系統群の時間的分岐を示しています。これらの手法の橋渡しが、より一貫した進化的枠組みには重要でしょう。
ヨーロッパと中国の化石記録の統合は、現生人類単系統群の時間と場所の理解において、新たな進化的(革命的)光を当てるかもしれません。アタプエルカ(スペイン)のホモ・アンテセッサーは、中国の前期更新世後期~中期更新世初期の化石(鄖県、南京)と密接な進化的空間を共有しているようです。このつながり可能性に関する研究を通じて、必ずしもアフリカに限らない、現生人類単系統群のより深い起源の発見を期待できます。化石記録が増えるにつれて、現生人類単系統群と関連するより多くの人類がユーラシア全域で現れる可能性は高そうです。
化石証拠と行動的証拠の統合における現在の空白は、中国における進化の経緯の包括的理解を制約し続けます。化石と考古学と年代と古環境のデータの増加は今や、一連の重要な進化的問題に取り組B調べる新たな機会を提示します。たとえば、人類種/単系統群と適応的革新が過去200万年間のアジア東部における生息地の変動性とどのように対応していますか?気候条件はどの程度、人口集団の相互作用および拡散経路に影響を及ぼしましたか?中期更新世における種と単系統群は文化的革新を共有し、どの適応的利点がこれをもたらした可能性がありますか?これらの問題の探求は、ヒト進化の謎に取り組むための、不可欠の欠けた断片を提供するでしょう。
●補足:中国における「移行期」人類の分類学的問題
中国の中期更新世の化石記録は、現在の古人類学における最も困難な分類学的問題の一つを提示しています。これまで「移行期」として伝統的に記載されてきた人類化石の多様な一式は、とくに顔面形態における派生的特徴と脳の大きさを、ホモ・エレクトスに存在し、ネアンデルタール人や現生人類などその後のホモ属の形態に欠けている祖先的な特徴と組み合わせています。この多様性をどう解釈するかによって、対照的な分類学的提案につながり、それぞれ異なる進化的意味があります。
ある手法では、ほとんどの中期更新世の中国の化石を単一系統に分類しており、最近ではホモ・ロンギと正式に命名されました。このモデルでは、ハルビン(模式標本)や大理や金牛山や許家窯や華龍洞や夏河や澎湖の下顎は、大きな頭蓋容量や短く比較的正顎の顔面や多様な下顎および歯のパターンによって特徴づけられる、広範な形態学的連続体を表しています。このロンギ単系統群は現生人類の姉妹系統として解釈されてきており、現生人類系統との初期の分岐(100万年以上前)が示唆され、鄖県などの化石は基底部の構成員と提案されています。この命名は、デニソワ人と同定される化石である、この集団内部でのクラスタ化(まとまることむ)もしくは包含を示唆しており、通常は単一種内に含まれるよりも大きな一定水準の形態学的多様性が示唆されます。重要で厄介な問題は、ロンギ単系統群をデニソワ人と結びつけることが、核DNAに基づきデニソワ人をネアンデルタール人の姉妹系統と位置づけるゲノムモデルと一致しないことで、遺伝的系統を断片的な化石形態に当てはめる難しさや、深い人口構造や混合や古代の分岐の背景における核とミトコンドリアの兆候間の不一致の可能性を浮き彫りにしています。
代替的な枠組みは、この多様性を複数の進化的系統の反映と解釈します。この見解では、ホモ・ジュルエンシスは、ネアンデルタール人との類似性を示す、ひじょうに大きな脳容量や頑丈な歯列と頭蓋と下顎の形質によって特徴づけられる、独特な単系統群を表しています。許家窯化石は模式標本、許昌化石は副模式標本として提案されてきており、デニソワ人はこの系統内に含められ、ネアンデルタール人との姉妹群に位置づけられます。大理や金牛山やハルビンや華龍洞のような他の化石は、このジュルエンシス単系統群外に置かれます。形態学的観点からは、これらの標本はホモ・ロンギのより厳格な定義内に収まると解釈でき、現生人類系統に近い系統としての元々の提案と一致しますが、この解釈はさらなる検証が必要です。
この議論の中核には、広範な地理的範囲に居住していたか、複数の部分的に孤立した系統の存在を示す、複数のデニソワ人系統のゲノム証拠と一致する、形態学的変異が深く構造化された人口集団内の種内多様性を反映しているのかどうか、ということがあります。これらの対案を解明するには、ホモ・エレクトス内でどの程度形態学的多様性を合理的に許容できるのか、という明示的検討を含めて、より詳細な比較解剖学的分析が必要でしょう。古プロテオミクスを含めて新たなゲノム手法は強力な手段を提供しますが、とくに注意して解釈すべきなのは、これらの手法の新規性が分類学的過剰解釈の危険性を増加させるからです。
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