アジア南部ヒマラヤ地域の古代人のゲノム

 インドのヒマラヤ地域の古代人のゲノムデータを報告した研究(Patterson et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、インドのヒマラヤ地域の洞窟で発見された1500年前頃の人類遺骸10個体のゲノムデータを報告し、その遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が、半々程度の割合のインド北部現代人的構成要素とチベット高原古代人的構成要素の混合でモデル化でき、その混合は少なくとも2800年前頃には始まっていた、と示しました。なお、同じ洞窟で発見された人類遺骸のミトコンドリアゲノムが、最近報告されました(Kumar et al., 2026)。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、C(carbon、炭素)、N(nitrogen、窒素)、ASI(インド考古局)、SE(Standard Error、標準誤差)、HO(Human Origins、ヒト起源)、AR(Amur River、アムール川)、DATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)、cm(centimetre、センチメートル)、m(metre、meter、メートル)です。

 以下の時代区分の略称は、LP(Late Paleolithic、後期旧石器時代)、M(Mesolithic、中石器時代)、N(Neolithic、新石器時代)、EL(Eneolithic、金石併用時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、アンドロノヴォ(Andronovo)文化、オクネヴォ(Okunevo)文化、アファナシェヴォ(Afanasievo)文化です。本論文で取り上げられる主要な人類集団は、バルティ人(Balti)、ミネロ人(Minero)、ドーグラー人(Dogra)、パターン人(Pathan、パシュトゥーン人)、シェルパ人(Sherpa)、ジュアング人(Juang)、パリヤール人(Palliyar)、ブルショー人(Burusho)、カラシュ人(Kalash)、ティワーリー(Tiwari)氏、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)です。

 本論文で取り上げられる主要なインドの地域と遺跡は、ラダック(Ladakh)のレー(Leh)市のヨグマ・カルブ(Yogma Kharbu)村の老婆蜘蛛洞窟(Old Lady Spider Cave、Abi Srinjamo Bao)、ヒマーチャル・プラデーシュ(Himachal Pradesh)州のスピティ(Spiti)郡、ジャンムー・カシミール(Jammu and Kashmir)州、ウッタラーカンド(Uttrakhand)州、ハリヤーナー(Haryana)州、ウッタル・プラデーシュ(Uttar Pradesh)州です。

 本論文で取り上げられる主要なインド以外の地域と遺跡は、ネパールのムスタン(Mustang)郡、チベット高原のガリ県のグゲ(Guge)とプラン(Purang)とアガングロング(Agangrong)遺跡とザングクン(Zhangcun)遺跡、モンゴル東部のフブスグル(Khovsgol、Khövsgöl)県、ロシアのエカテリーノヴカ・ミス(Ekaterinovka Mys)遺跡とシャマンカ(Shamanka)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では新疆ウイグル自治区とされている)東トルキスタンの小河(Xiaohe)墓地遺跡、チベット高原のラトゥオタング(Latuotanggu、拉托唐古)墓地とゾングリ(Zongri)遺跡、イランのテペ・ガンジュ・ダレー(Tepe Ganj Dareh)遺跡です。


●要約

 人口史の再構築でアジア南部の方が世界の他の多くの地域より困難なのは、古代DNAの少なさのためです。本論文は、ラダックのヒマラヤ地域の海抜4000mに位置し、年代が1500年前頃となる老婆蜘蛛洞窟から発見された、10個体のゲノム規模データを報告します。これらの個体は遺伝的に均質で、アジア南部現代人では稀な祖先系統の痕跡を有しており、インド北部現代人が適切な代理となる人口集団と、古代チベット人と遺伝的に類似した別の人口集団との間のほぼ半々の割合で混合しています。これら祖先人口集団のそれぞれから継承されたDNAの断片の典型的な大きさの分析によって、これらの集団の混合は個体群の年代の少なくとも50世代前、つまり2800年前頃までに始まっていた、と分かりました。


●研究史

 インド連邦直轄領のラダックは、チベット高原、タリム盆地およびヒンドゥークシュ・パミール回廊を含むアジア中央部の一部、アジア南部をつなぐ古代の交易路の交差点に位置します。青銅器時代(5000~3000年前頃)にさかのぼる岩面彫刻は、アルタイとシベリア南部のオクネヴォ文化およびアファナシェヴォ文化などのアジア中央部の文化や、アジア中央部のアンドロノヴォ文化との文化的つながりを記録しています。「動物」もしくは「草原地帯様式」における鉄器時代(3000~2000年前頃)にさかのぼる岩面彫刻は、アジア中央部西方草原地帯の、サカ(Saka)文化とのつながりを提供します。

 2300年前頃以後、東西の区分が物質文化の記録に現れます。ラダックの東側は、を含めて、スピティやグゲやプランやムスタンを含めて、より広範なチベット西部およびヒマラヤ西部世界で見られる「縄目文」式土器(同名の5000~4400年前頃のヨーロッパの文化と混同しないでください)によって特徴づけられます。老婆蜘蛛洞窟があるラダックの西側は、赤い泥漿と独特な形状および装飾があるアジア中央部の影響を受けた土器によって特徴づけられ、ヘレニズム時代(2300~2000年前頃)やクシャーナ朝(2000~1600年前頃)やクシャーナ朝以後(1600~1100年前頃)の期間に見られます。クシャーナ朝やクシャーナ朝以後の世界に典型的な、カローシュティー(Kharoṣṭī)文字とブラーフミー(Brāhmī)文字もありま。口承によると、ラダックにはかつて、ダルド語群(インド北西部やパキスタン北部やアフガニスタン北東部で現在見られるインド・ヨーロッパ語族話者)やモン語(インドからビルマまでのヒマラヤ弧全域)やテュルク語族やモンゴル語族やチベット語群などの語族の話者が居住していました。限界となるのは、これらの言語の話者のいずれかがいつ最初にラダックに到来したのか、分からないことで、これらの民族名は先史時代のこの地域における集団の部分集合しか反映していないに違いありません。

 老婆蜘蛛洞窟はヨグマ・カルブ村の上にある牧草地の標高4000mに位置し、この地域で数少ない深い洞窟の一つです(図1)。最初の巨大な空洞には、岩面彫刻以と盗掘された石棺の残骸があります。長く狭い地下道は第二の空洞につながっており、ここには主要な2クラスタ(まとまり)に骨が密に散乱しています。第三の空洞は第二の空洞から行くことができ、その天井の高さはわずか50cmです。この空洞にも骨は散乱していますが、第二の空洞よりは少なくなっています。手や足の骨のような保存状態の良好な骨格要素に基づくと、射たいは洞窟の床に安置され、その元々の堆積後には動いていなかった可能性が高そうです。しかし、洞窟は何世紀にもわたって多くの人々が訪れたので、骨は攪乱しています。発掘の主要な目的の一つは、骨の状況を確認し、骨が洞窟の既存の床の下に存在するかどうか、判断することでした。以下は本論文の図1です。
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 発掘は2021年に、本論文の著者のうち2人が指揮する集団によって、ASIの支援したで行われました。収集物は全年齢群(乳児から高齢者まで)と成人の男女両方を表しています。他の発見には、2点のミイラ化したてを含めて、自然にミイラ化した組織(皮膚や人体や筋肉)が含まれています。汚染を最小限とするため、骨とミイラ化した組織が清潔なアルミホイルで包まれ、デカン大学院研究所(プネー)の清潔なビニール袋に移し替えられました。専門的な古代DNA調整と溶液内濃縮を用いて研究するために、標本をハーヴァード大学に持ち出すことがASIから許可されました。この分析のため、研究者が標本をボストンへと直接携行しました。


●データセット構築

 標本の固有の種類に応じた実施要綱を用いて、11点の標本(骨もしくは軟組織)からDNAが抽出されました。標本は、8点の骨(鎖骨、大腿骨、腓骨、上腕骨、橈骨、足根骨、尺骨、肋骨)と、3点の軟組織断片(すべて、骨盤領域由来)です[13]。52点の二本鎖および12点の一本鎖配列決定ライブラリが生成され、1352535ヶ所のSNPが対象の「Twist Ancient DNA」検定を用いて、ライブラリが溶液内で濃縮され、イルミナ社NovaSeq機器で配列決定され、各ライブラリについて101塩基対の2000万~3000万点の配列が目標とされました。ヒト参照ゲノムに配列が位置づけられ、アフィメトリクスのヒト起源SNP遺伝子型決定検定を用いて、関連する数百の現代の人口集団でも遺伝子型決定された、1~22番染色体上の584131ヶ所のSNP一式で分析のほぼ全てが実行されました。

 遺伝学的結果に基づいて同一個体と判断された2点の標本(S36588とS36589)から得られた品質管理およびデータ統合後に、10個体のデータが得られました。骨を対象とした6点からは、標的部位で0.85~12.5倍の平均的な配列網羅率の優れたデータが得られました。骨盤組織の標本を対象とした1個体からは、利用可能であるものの、とくに高品質ではないデータ(網羅率が0.048倍)が得られました。2点の骨盤組織標本と1点の鎖骨を対象とした残りの3個体からは、ゲノム規模分析には少なすぎるデータ(網羅率が0.0016~0.015倍)しか得られませんでした(表1)。

 Y染色体とX染色体の比率に基づいて遺伝学的性別が判断され、女性6個体と男性4個体が特定されました(軟組織標本はすべて男性でした)。同一個体の2点の配列と、異なる個体の2点の配列間のアレル(対立遺伝子)の差異の数の比率に基づいて、I36572はI36567の2親等の親族で、I36568の2~3親等の親族と判断されました。

 8点の骨の標本については、加速器質量分析法放射性炭素年代が生成されました。年代の95%信頼区間は暦年代で1513~1422年前の範囲で重なっています。95%信頼区間の統合は、暦年代で1690~1347年前です。


●インド北部人とチベット人の中間的な祖先系統

 smartpcaを用いて、PCAが実行されました。混合割合を定量化し、モデルを区別するために、ADMIXTOOLSソフトウェアパッケージの一部であるqpAdmが用いられました。フランス人と漢人といくつかのチベット高原の人口集団(現代のシェルパ人およびチベット人と、4600年前頃のゾングリ遺跡個体[20、21])や、ユーラシア西部人との遺伝的共有が比較的多いアジア南部現代人(パターン人とインド北部のバラモン)と比較的少ないアジア南部現代人(パリヤール人)の以前に報告された遺伝的勾配を指す、「インド勾配」のさまざまな人口集団のゲノム規模データが共同分析されました。次に、以下でラダック古代人と呼ばれる老婆蜘蛛洞窟個体群と、ラダックのミネロ人およびバルティ人や、ジャンムー・カシミール州のドーグラー人など多様なインドの人口集団の他の1000人以上の個体を含めて、関連する現代の人口集団が、投影されました。第一固有ベクトルは、おもにアジア東部祖先系統の人々を、第二固有ベクトルはインド勾配の集団を分離します(図1)。高品質なデータの老婆蜘蛛洞窟の7個体の均質なクラスタ(まとまり)やヒマラヤ地域のミネロ人およびバルティ人集団は、ドーグラー人とインド北部のバラモンの両方を含むインド勾配上の点へとチベット人を結ぶ線上に位置します。これは、その祖先系統がこれらの人口集団と関連する集団間の混合である場合に、予測されるパターンです。バルティ人とミネロ人を除いて、アジア南部で独特な祖先系統特性を有する、ラダック古代人と同様の位置に図示される他の現代人集団は見つかりません(図2)。以下は本論文の図2です。
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●ラダック古代人に適した2供給源モデルはありません

 混合割合を定量化し、モデルを区別するために、ADMIXTOOLSソフトウェアパッケージの一部であるqpAdmが用いられました。qpAdmによって、ラダック古代人個体群の構成は、真の供給源人口集団と同じ起源の混合なしの子孫と仮定される「左側供給源」人口集団の一式によって代理とできる、人口集団の混合として提案することができます。qpAdmはデータへのモデルの適合度の形式的な統計検定も提供します。本論文の分析では、現代の人口集団を古代の人口集団の代理として用いることが多く、たとえば、PCAの結果に基づき、インド北部のバラモンがラダック古代人のモデル化における供給源として用いられましたが、ラダック集団へと混合したインド人が文化的に「バラモン」で、これらの古代人を現代の文化的集団と特定することには意味がほとんどない、と本論文は考えています。しかし、qpAdmにおける供給源として現代人の代理を用いることは、統計的観点から興味があり、qpAdmには明確な解釈がある事例です。この方法論は、ヨーロッパの人口史の研究の応用のために10年前に開発され、この敵には、ヨーロッパの古代DNAは乏しく、これは現在のアジア南部と同様です[26]。qpAdmで許容されるP値が得られる場合、供給源の提案された混合は、真の供給源人口集団と同じ集団からの混合がない子孫と一致します。この代理が真の供給源より年代は後としても、有効な標準誤差で混合偏っていない推定値を得るために、代理供給源を用いることができます。

 提案されたモデルを反証する、統計的手段を提供するために、qpAdmは、モデル化された人口集団および左側供給源と異なって関連する、「右側外群」人口集団の一式を必要とします。この適用のため、8点の右側外群が用いられました。4点はアフィメトリクス(Affymetrix)社のHOのSNP配列で遺伝子型決定され、ヨーロッパ人を表すフランス人61個体[27、28]、アジア東部人を表す漢人107個体[29]、最小限のユーラシア西部人の近縁性を有するインド勾配上のアジア南部人を表すパリヤール人41個体、さらに少ないユーラシア西部人との近縁性を有するアジア南部のオーストロアジア語族話者集団を表すジュアング人26個体です。4点の右側外群は古代人で、殆ど若しくは全くユーラシア西部祖先系統を有しておらず、それは、8000~1000年前頃の多様なアフリカの古代人[30~33]10個体のまとまりである「アフリカ古代人」、1万年前頃のザグロス山脈西部のテペ・ガンジュ・ダレー遺跡の牧畜民9個体[28、34、35]である「イラン_ガンジュダレー_N」、ロシアのヴォルガ川中流へ下流域のエカテリーノヴカ・ミス遺跡の7000年前頃となる狩猟採集民21個体である「ロシア_エカテリーノヴカ_EL」、11000年前頃となる中国北東端のアムール川地域の中石器時代狩猟採集民3個体であるAR_Mです。

 最初の分析が実行され、PCAにおけるこれらの個体の位置に基づいて、ラダック古代人について220通りのあり得る2方向混合モデルが検証されました。これらのモデルには、アジア南部古代人関連供給源の代理として北方バラモン4集団のうち1供給源が、古代人チベット人関連の代理としてアジア東部の55の現代人もしくは古代人集団のうち1集団が含まれました。

 表2は、0.001以上のP値が得られた、ラダック古代人のすべての2供給源モデルを示しています。そのすべてには、約50%の祖先系に寄与したインド北部のバラモンと関連する1供給源と、古代チベット人と関連するも第2の供給源が含まれています。例外は、4通りの最適なモデルで、アジア南部供給源がない、1650年前頃の中国北東端のアムール川地域の1個体です[37]。このアムール川の1個体を用いてのみ観察される良好な適合(P > 0.05)は、真の供給源がこの地域に由来する証拠として解釈されるべきではなく、それは、約4万ヶ所のSNPと1個体しかなく、誤ったモデルを却下する検出力が限られているからです。ありません。

 地理的に近接するチベット人集団は2番目に高い適合度だったものの、正確には適合しないので、真の供給源は、利用可能な度の人口集団でも完全には代理とならないチベット人の1集団で、おそらくはより多くのアムール川集団との近縁性を有している集団であろう、と仮定されました。アムール川集団との近縁性の程度は古代チベット人では異なっており(図2B)、f4統計(アフリカ古代人、AR_M;アガングロング、ザングクン)でこの直接的証拠が観察され、古代チベット人の2集団であるアガングロング、遺跡個体とザングクン遺跡個体では有意にゼロではありません(Z = −6.4)。同様に、先行研究では、チベット人集団は青銅器時代小河遺跡のような東トルキスタンの古代人との近縁性の程度は異なっていた、と示されました[20]。これらの検討に基づくと、本論文の観察への最も妥当な説明は、真のチベット人供給源人口集団は、データがあるものの、標本抽出された差異内に収まる、どの古代チベット人ともわずかに異なる祖先系統の混合を有していた、ということです。

 qpAdmを用いて、ラダック古代人個体群を、インド人1集団とチベット人2集団(アムール川流域もしくは小河遺跡個体群はこの分析では供給源としても散られませんでした)の3供給源で適合させる試みによって、のチベット人自体、データがある古代人集団の中間的な祖先系統を有する標本抽出されていない人口集団からの、正確な北方祖先系統供給源を含んでいた可能性が高い、との統計的証拠が見つかりました。P値が0.05超のいくつかのモデルが特定されましたが、それを考察しないのは、チベット人集団の混合係数の標準誤差がひじょうに大きいためで、そうなるのは、これらの人口集団が遺伝的に近いので、適合係数値には意味がないからです。


●ラダック古代人はその祖先系統のほぼ半分標本抽出されている古代チベット人と類似しているものの性格には同じではない遺伝学的に標本抽出されてない人口集団に由来します

 ラダック古代人個体群の祖先の適合するモデルを特定するために、3供給源での4940通りのqpAdmモデルが検証され、それは、(1)アジア南部の260集団のうち1集団、(2)古代チベット人19集団のうち1集団、(3)5000~4800年前頃となる青銅器時代の東トルキスタンの遺伝的に異なる小河文化集団(東トルキスタン_小河_BA)です[38]。これらの分析のため、2供給源のqpAdmモデルで用いられた右側外群一式が修正されました。パリヤール人が除外されたのは、ジュアング人に多くの祖先インド南部祖先系統が多く含まれており、パリヤール人からは追加の情報が得られないからです(そのため、分析の感度が低下します)。アジア東部関連祖先系統間を区別する、追加の手段を提供するために、検索後に見つかった、3点の右側外群が追加されました。これらは、15000年前頃の中国北東端のアムール川地域の後期旧石器時代の狩猟採集民4個体[36]のまとまり(AR_LP)、2方向qpAdm分析でのみ適合するモデルの一部だった低網羅率のアムール川地域の鉄器時代の1個体[37]、2000年前頃となる匈奴文化の8個体のまとまりであるロシア_ブリヤート_匈奴です[39]。

 0.05超のPで適合する80通りの3方向モデルが特定され、3供給源すべての推定混合割合は0~100%の間です。複数の適合モデルで見られる集団に限定すると、すべてに含まれるのは、インド北部関連供給源(通常は46~50%)、古代チベット人から標本抽出された人口集団のうち1集団と関連する供給源、チベットの追加の標本抽出されていない祖先系統を把握した可能性が高い小河遺跡関連供給源です(小河集団は真の供給源には古すぎますが、小河集団との近縁性における差異によって、古代チベット人における祖先系統の差異を把握できます)。例外はネパールのバラモン(3モデルが適合)とラダックのミネロ人(11モデルが適合)で、適合モデルへの推定寄与は59~65%と他のアジア南部人より高く、この2集団自体が典型的なインド勾配とアジア東部の祖先系統の混合である事実を反映しています[26]。本論文では、アジア南部人口集団の大半では約1%の小さな標準誤差で46~50%の混合係数が得られたので、アジア南部人とチベット人の混合は半々に近く、図2AのPCAの投影と一致する、と結論づけられます。

 本論文の最適モデルの堅牢性を調べるために、ウッタラーカンドのインド北部バラモンとラトゥオタングの古代チベット人と小河古代人に焦点が当てられました。次に、主要なqpAdm分析について同じ右側外群を用いて、順次492通りのqpAdmが実行され、右側に多様な人口集団が追加されました。右側にブルショー人やカラシュ人ミネロ人など現代のヒマラヤ人口集団を追加すると、いくぶん低い適合度が観察されます。これは、こうした集団の祖先へのラダック古代人関連の人々の流動について予測されるように、こうした集団とラダック古代人個体群との間で共有されている遺伝的浮動を示唆しています。したがって、ラダック古代人集団は完全には消滅しておらず、むしろ現代人に遺産を伝えました。

 本論文の適合モデルに5~8%の小河祖先系統が含まれることは、この孤立した青銅器時代集団がラダック古代人へと寄与した証拠として解釈したくなります。しかし、この解釈は妥当ではなく、本論文の分析によって疑問が呈されています。本論文の分析のqpAdmモデルの右側に、ロシアのシャマンカ遺跡の金石併用時代個体もしくはモンゴルのフブスグルの後期青銅器時代個体を適用すると、モデルは予測通り適合せず、それは、これらの集団が、ひじょうに古く孤立している小河個体より後に生存していた、東トルキスタンもしくはアムール川関連供給源からの遺伝子流動を受けたかにです。本論文の結果の慎重な解釈は、正確な右側チベット人関連人口集団のデータは利用できないものの、真のチベット人関連供給源集団は、古代DNAがある特定の個体と比較して、チベット人関連集団(チベット人関連、東トルキスタン関連、アムール川関連)に存在するさまざまな祖先系統構成要素の混合を有している、ということです。

 まとめると、本論文のデータは、ラダック古代人個体群が、北方バラモンおよびドーグラー人と関連する半分の祖先系統と、標本抽出されている古代チベット人と関連しているものの、本論文のデータセットでは利用可能などのチベット人でも完全には代理とならない集団の半分の祖先系統の混合であることと、一致します。これらの結果は、片親のみで継承されるmtDNAとY染色体で観察されたパターンとも一致します(表1)。6系統のハプログループが典型的なアジア南部系で、チベット人にはほぼ散在せず、YHgのR2b1およびJ1の両方と、mtHgのM65a + @16311とU2b1とM4″67とU7a3bです。2系統のmtHgはチベット人において一般的で、アジア南部人にはほぼ存在せず、それはF2gとD4j1bです。1系統のmtHg-Rは、アジア南部人もしくはチベット人供給源のいずれかと一致します。最後に、2~3親等の親族の1組は、コーカサスとヴォルガ川下流を含めてヨーロッパ北部の現代人および古代人に特徴的なU5a1d1を有してますが、現在のアジア南部では両者とも稀です。最も妥当な仮説は、mtHg-U5a1d1が、草原地帯祖先系統を有する人々によって低頻度のアレル(対立遺伝子)として、インド北部に到来したことです。


●ラダック古代人の祖先は2800年前頃までの混合で形成されました

 アジア南部関連祖先系統とチベット関連祖先系統の混合が、最も高い網羅率データのラダック古代人7個体の祖先系統においていつ起きたのか、推定するために、ソフトウェアDATES第4555版が実行されました[41]。アジア南部古代人関連供給源を表す代理供給源として4ヶ所の地域(ハリヤーナー州、ネパール、ティワーリー氏、ウッタラーカンド州、ウッタル・プラデーシュ州)のインド北部バラモン35個体と、古代チベット人関連供給源を表す代理供給源としてチベット人関連祖先系統の現代人143個体のまとまりが用いられました。DATESは距離に伴う明確な共分散を明らかにします(図3)。データは単一の指数関数によく適合し、この人口集団がその後の混合の波から隔離されていたことを示唆しています。1世代29年と仮定すると、この混合は、個体の年代の1343±140年前、つまり約2800年前頃に起きた、と推定されます。先行研究では、現在のパキスタン北部の鉄器時代の人々は、この時点までに、草原地帯関連とイラン関連と在来のアジア南部古代人関連を含めて、現代のインド勾配に寄与した深い祖先系統構成要素を3種類すべて有していた、と示されました[41]。しかし、それらの個体には、インド勾配上において適切な割合でこれらの祖先系統がありません。ラダック古代人個体群の祖先系統から、現在のドーグラー人とインド北部のバラモンが位置するインド勾配の位置の祖先系統を有する人は、すでに2800年前頃までに存在していた、と示唆されます。以下は本論文の図3です。
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●ラダック古代人には高地適応をもたらすデニソワ人由来の多様体がありました

 現代および古代のチベット人には、高地環境への適応をもたらすアレルがあり、これは古代型のデニソワ人から遺伝子移入されました[43]。新たに報告された個体群におけるこのアレルを有するデニソワ人ハプロタイプの存在について検証するために、配列決定されて11ヶ所のSNPが特定された個体群からの生データが用いられ、これらのSNPは、デニソワ人型ハプロタイプを診断でき、この研究の濃縮過程後に効率的に確認されます。5個体ではこれら11ヶ所のSNPで、少なくとも1ヶ所を網羅する読み取りがありました。4個体については、確実な二倍体遺伝子型決定(デニソワ人型のハプロタイプが、ないか、1コピーか、2コピー)に充分な読み取りがあり、5番目の個体については、単一の染色体のみすいそくでき、9本の染色体でまとめて呼び出されました。これらのうち、1個体がデニソワ人型のハプロタイプを有しています。古代チベット人の染色体の約半分はこのハプロタイプを有しており、古代チベット人はラダック古代人個体群の約半分の祖先系統に寄与した、と推定されます。したがって、自然選択がない場合には、ラダック古代人の約1/4がデニソワ人型のハプロタイプを有する、と予測され、期待値は2.25となります。1個体しかしか見られないのは、統計的に予想外ではありません。本論文が言えるのは、混合後に、このハプロタイプが強い正の選択下になかったことです。


●考察

 ラダックから分析された古代の個体群は、たいへん興味深い存在です。第一に、インド亜大陸のい゛ずれかも、これらの個体と同じくらい古い利用可能な遺伝的データはほとんどありません。第二に、その祖先系統は珍しく、同様の半々程度のアジア南部/チベット混合を有する現代人集団はほとんどいません。第三に、ラダックの深い歴史について知見を得られる可能性が高いものの、ひじょうに古い混合は必ずしもラダック自体で起きたわけではないことに要注意です。たとえば、混合は現在のネパールでおきて、その後で混合人口集団の構成員がラダックへと移動したかもしれません。第四に、データはチベット帝国の台頭の1世紀前の、ラダックとチベットとの間の接触の直接的証拠を提供します。

 本論文の結果は、検出された混合がラダックで起きたことを意味していません。しかし、老婆蜘蛛洞窟の人々は、長期間にわたって定着し、標本の人々が生きていた時代よりも少なくとも1300年前頃の混合を通じて出現し、ラダックなどヒマラヤ地域に現在暮らす人々に寄与した可能性が高い人口集団の一部だった、と示されました。とくに、ラダックのミネロ人にはラダック古代人からの遺伝子流動に関するqpAdmに基づく証拠があり、ミネロ人とバルティ人はインド北部集団とラダック古代人との間で異なる近縁性の勾配上に位置しています(図2)。とくに、右側外群のアフリカ古代人やAR-IAや漢人やジュアング人やバラモン_パリヤール人やチベット_IAでqpAdm分析を実行すると、ミネロ人はドーグラー人(44±1%)とラダック古代人(56±1%)の混合として十分に適合し(P = 0.24)、バルティ人はドーグラー人(55±1%)とラダック古代人(45±1%)の混合としてわずかに(P = 0.04)適合します。将来の研究の重要な方向性は、追加の遺骸を標本抽出し、千年以上にわたってヒマラヤ地域に居住していた、以前には知られていなかったこの人口集団の、地理的および時間的範囲や文化的関連を理解することです。


参考文献:
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関連記事

Patterson N. et al.(2026): Ancient genomes from Ladakh reveal 2800-year-old admixture between Tibetans and South Asians. Science Advances, 12, 30, eaeb3636.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aeb3636

[13]Gómez-Carballa A. et al.(2015): The complete mitogenome of a 500-year-old Inca child mummy. Scientific Reports, 5, 16462.
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関連記事

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関連記事

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関連記事

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関連記事

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関連記事

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関連記事

[28]Lazaridis I. et al.(2016): Genomic insights into the origin of farming in the ancient Near East. Nature, 536, 7617, 419–424.
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