岩明均『七夕の国』全4巻(小学館)

 当ブログを始める前に読んでおり、まだ当ブログで取り上げておらず、最近再読した本や漫画も今後当ブログに掲載していくことにしましたが、本作もその一環です。私が所有しているのは、第1巻が1997年8月刊行の初版第1刷、第2巻が1998年7月刊行の初版第2刷(第1刷の刊行は1998年5月)、第3巻が1998年11月刊行の初版第1刷、第4巻が1999年4月刊行の初版第1刷です。私は1990年代の一時期に『ビッグコミックスピリッツ』を購入しており、本作が同誌に掲載している途中で購入しなくなりましたが、本作はなかなか面白く、謎解き要素があるので、割とお気に入りでした。ただ、掲載誌を続けて購入するほどありませんでした。その後、たまに本作を思い出すことがあり、古書店で本作を見かけて、どのような結末だったのか気になって、購入して読みました。確か、2005年頃と記憶しています。

 本作は、作者の作品としては知名度が低い方かもしれませんが、私の好みの謎解き要素のある伝奇系作品なので、完結した後で一気に読むと、かなり楽しめました。ただ、連載時に途中まで読み、それから5年以上の時を経て初めて通読した時には、本作終盤がかなりの急展開に思えたことも否定できません。本作が作者の作品としては知名度が低いとしたら、この点が影響している可能性はあると思います。ただ、本作冒頭の戦国時代の話から、すでに連載開始時に確たる構想があったことは間違いなく、改めて読むと、そこまで急展開でもない、と今では考えています。

 本作では、舞台となる「丸神の里」に、千年ほど前に「カササギ」が現れ、住民に「能力」を与えた、と登場人物の大学教授が推測しており、その「カササギ」は「地球外知的生命体」であることが強く示唆されています。掲載誌を購入していた頃には、そこまで連載が進んでおらず、初めて読んだ時には、やや陳腐な設定かな、と思ってしまいました。ただ、この不可思議な「能力」が住民にとって「呪い」にもなっていることは、結局のところ「カササギ」の意図や現状を不明にしている点とともに、読者に考える余地を残しており、すっきりとした謎解きにはなっていませんが、これは余韻が残る悪くない終わり方だったのではないか、と今では考えています。

 本作では、終盤の主人公の台詞が、私の世界観というか人生観に合致するところが多く、強く印象に残っています。主人公は、世界が広いことを力説し、世の中の誰も気づかない、ほんの小さな場所にも、色々な人の思い知恵や失敗に、やり直しが詰まっており、世界は目で見えている大きさの百倍も千倍も広い、と訴えます。蛇口をひねると水が出て、電化製品を簡単に使えて、店に行けば欲しい商品を手軽に入手できるような生活の背景には、多くの人の営みがあります。それは大規模な現代社会において、多くの人々にとって不可視化されているかもしれませんが、この点を忘れてはならない、と思います。社会は多くの人の営みと複雑な相互作用によって成り立っているのであり、この点を踏まえないような極論に惹きつけられないよう、自戒せねばならない、と考えています。

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