『卑弥呼』第170話「継承者」(追記有)

 『ビッグコミックオリジナル』2026年8月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、久々の感があります。前回は、末盧(マツラ)国の沿岸で、魏からの使節団の長がヌカデに、梯儁と名乗ったところで終了しました。今回は、暈(クマ)国の鹿文(カヤ)で、暈国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)と、次の日見彦(ヒミヒコ)と噂されているニニギ(ヤエト)が、日下(ヒノモト)国の王族のハニヤスとともに、儀式に臨んでいる場面から始まります。ハニヤスは、タケルになる儀式の主神が天照様ではなく、火の神でなることを意外に思います。鞠智彦は、瓊瓊杵命(ニニギノミコト)と木日花開耶日女(コノハナサクヤヒメ)の間に生まれた火の神は三柱で、第一子が火照命(ホデリノミコト)、第二子が火須勢理命(ホスセリノミコト)、第三子が火遠理命(ホオリノミコト)となり、我々暈の者がお慕いするのは、次男の火須勢理様だ、と説明します。三柱ともサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)のご先祖として存じているが、我々日下では火須勢理様の言い伝えは皆無です、とハニヤスが言うと、ニニギは不快そうな表情を浮かべ、鞠智彦は苦笑し、第一子と第三子の神は兄弟喧嘩で有名で、民はこの二柱を海幸彦および山幸彦と呼んで親しんでいる、と説明します。では、タケル就任では第二子の地味な神がなぜ主役なのか、とハニヤスに問われた鞠智彦は、暈の翁どもが申すには、火須勢理様だけが筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)を去らず、律義に我々を守っているからだ、と答えます。

 ニニギは得意げに、今日、自分は神の使いである日見彦にして、地上の民を支配するタケルとなり、筑紫島で絶大な力を持った、とハニヤスに伝えます。祭政一致はよい、と言ったハニヤスは淡々と、自分も数年後に大君になった暁には、自ら日見彦になり、同じ力を手に入れる、とニニギに語ります。すると、鞠智彦は、それまではそなたの提案を保留する、とハニヤスに伝えます。山社(ヤマト)の日見子(ヒミコ)、つまりヤノハを討つには今しかないのでは、と疑問を呈すハニヤスに、今、事を起こせば我々の負けは必定だ、と鞠智彦は答え、日見子(ヤノハ)は想像以上に賢い女性で、我々の動きはとっくに読んでいる、とハニヤスを諭します。では、機が熟すのはいつなのか、とハニヤスに問われた鞠智彦は、早くて五年だ、と答えます。五年も経てば、日下国から厲鬼(レイキ)、つまり疫病も退散し、倭国の民も飽きてくる、と鞠智彦は説明します。何に飽きるのか、とハニヤスに問われた鞠智彦は、人は戦を嫌うが、泰平にも倦むという愚かな生き物で、五年から十年経てば、大勢の民が世の移り変わりを切望し、悲惨さを忘れて、逆に戦乱の世に憧れるようになる、と答えて、五年などあっという間だから案ずるな、とハニヤスを諭します。ニニギは、鹿文のカワカミ家の養子なので、今はカワカミタケルと申す、とハニヤスに伝え、日見子を殺した後は、聖地の山社をここに移し、名をヤマトタケルと変えるつもりだ、と自信に満ちた表情で言います。

 伊賀国の阿保(アオ)では、山社国から派遣されたミマアキとオオヒコが、伊賀国の王あるイコバと会っていました。イコバ王は単刀直入に、訪問の目的は伊賀国の山社への帰順か、とミマアキに問いかけます。するとミマアキは、そうではなく、対等な関係での和議だ、と答えます。イコバ王は不審に思い、山背(山城)国のアタネ王は何と答えたのか、とミマアキに問います。するとミマアキは、山背国王は和平を受け入れ、日見子様(ヤノハ)を倭王と認めた、と答え、山背は日下の傘下ではなく、日下に脅されて渋々と兵を貸していた、とアタネ王が説明したことを、オオヒコがイコバ王に伝えます。するとイコバ王は、この伊賀は山背以上で、戦人を貸すどころか、一度も送ったことがない、と誇らしげに言います。驚くミマアキとオオヒコに、実は、伊賀は日下の隣国でありながら、不戦の文さえ交わしていない、とイコバ王は説明します。本当の話なのか、とミマアキに問われたイコバ王は、我々の一族はそもそも、サヌ王の第一子であるタギシ王の末裔で、タギシ王は二代目の大君だったが、二人の王に誅殺され、歴史(フミ)から名を消されたお方だ、と答えます。タギシ王とは、記紀に伝わる神武天皇の長男で、弟(綏靖天皇)に討たれた手研耳命(タギシミミノミコト)でしょうか。伊賀は対等な関係での和平であれば、日見子殿を倭王と認めよう、とイコバ王は言って、ミマアキは感謝します。ミマアキとオオヒコが次に目指すのは越(コシ)国と聞いたイコバ王は、越国は出雲と関係が深いので、山社の提案を受けるはずだが、おそらく難しい条件を突き付けてくるだろう、と伝えます。越国は今や、兄弟な土蜘蛛に滅ぼされかかっている、とイコバ王は説明します。オオヒコは土蜘蛛について分かりませんが、ミマアキは夷狄の俗称のようだ、と察します。山社の戦人を何名連れているのか、とイコバ王に問われたミマアキは、百名ほどと答えます。越国のサクタ王は加勢を要請するはずだが、考えようによっては悪い話ではなく、筑紫島の戦人がいかに勇猛か、世に問えるのだから、とイコバ王は言います。土蜘蛛の頭のなはヤツハギで、不死の怪物と言われている、とイコバ王はミマアキとオオヒコに伝えます。

 末盧国では、ヌカデが魏の使節団長の梯儁を接待し、その通辞は張政という男性でした。梯儁がこまめに何を書いているのか、ヌカデに問われた張政は、日記というか紀行文だ、と答えます。末盧の印象などを書いた箇所があれば聞かせてもらいたい、とヌカデが頼むと、張政はヌカデに梯儁の文を読み始めます。一海を渡ること千余里、末盧国に至る、人家は四千ほどで、人々は海と山で生活しており、草は茂り、木々は高く、森は深く、道を歩く時、前の人が見えないほどだ、と張政は読みました。どうも、梯儁の報告が『三国志』の史料になった、との設定のようですが、実際にその可能性は高いように思います。

 山社では、イクメがヤノハに、児屋(コヤ)国と紀(キ)国と峯(ミネ)国から同盟を結びたい、との文が届き、これで十六ヶ国の王が日見子様(ヤノハ)を倭王と認め、不戦の誓いに加わった、と報告していました。ミマアキとオオヒコはどうしているのか、とヤノハに問われたイクメは、おそらく山背か伊賀だろう、と答えます。山背国と伊賀国と越国が我々の同盟に加われば、日下国の脅威は大幅に縮小する、と言うヤノハに、そうなれば、倭国に長く平和な世が訪れる、とイクメは安堵します。しかしヤノハは、残念ながら、私の下での泰平は五年から十年程度で、それを長いと感じるか、短いと感じるかは、各人次第だ、と言います。なぜ長くて十年なのか、とイクメに問われたヤノハは、悲しいことに、人の心はうつろうもので、これほど望んだ平和の世も、次第に飽きてくるのが人の常だから、そうなれば、人は簡単に平和を手放す、と答えます。日見子様が十年といわず何年も王でいればよいのではないか、と疑問を呈すイクメに、これ以上、王の座にいれば、自分の心もうつろう、とヤノハは答えます。どういう意味なのか、イクメに問われたヤノハは、十年も人々の上にいれば、おそらく、元の自分に戻ってしまうだろう、と答えます。イクメが知っているように、元々自分は生き延びるためには人の幸せを平気で踏みにじる、嫌な女だった、とヤノハ自嘲します。日見子様の後はどうなるのか、と不安げなイクメに問いかけられたヤノハが、継ぐ者が誰かによるだろう、と答えるところで今回は終了です。


 今回は、暈と日下の接触、ミマアキとオオヒコの同盟交渉、ヌカデの魏から派遣された使節団の接待、ヤノハとイクメのやり取りを中心に、話が展開しました。鞠智彦もヤノハも、山社連合が魏と同盟し、倭国王と認められても、その和平が長くは続かない、と考えています。本作がどこまで描かれるのか、分かりませんが、すでに8年近く連載が続いている本作も、完結を見据えた展開へと進みつつあることが窺えます。ただ、魏から派遣された使節団の接待、『三国志』から推測される、暈(狗奴国)と山社国(邪馬台国)連合との戦いに加えて、越国と対立している土蜘蛛の存在が語られたことで、まだ描かれることは多そうですから、完結は当分先かな、と安心もしています。土蜘蛛は、後に蝦夷と呼ばれる集団と関連している設定なのかもしれませんが、どう描かれるのか、注目しています。

 本作でとくに読みが深い人物は、やはりヤノハと鞠智彦でしょうが、二人とも、山社連合と魏との同盟による倭国の泰平が長く続かないことを確信しています。山社連合と暈との戦いは本作終盤の山場となりそうで、そこに、日見彦にして暈国のタケルとなったニニギが、ヤノハの実子でありながら、それを知らず、ヤノハを深く恨んでいる設定が加わっているので、かなり面白い話になるのではないか、と期待しています。『三国志』によると、倭国では、卑弥呼(日見子)の死後に男王が立てられたものの争乱となり、卑弥呼の一族である台与(壱与)という13歳の少女を擁立することで国が収まったそうです。本作でもこれを活かした話になりそうですが、まだ台与らしき人物は描かれていないように思います。作中では現時点で240年頃となり、卑弥呼の死が247~248年頃とすると、台与はすでに誕生しており、5~6歳くらいとなるでしょう。卑弥呼の死後に立てられた男王は、本作ではニニギになりそうですが、あるいは別の人物なのでしょうか。箸墓古墳の築造年代が3世紀半ば~後半だとすると、山社連合と日下との間で何らかの盟約が結ばれ、山社は日下の地というか、纏向遺跡一帯に移り、ミマアキがが『日本書紀』の御間城入彦五十瓊殖天皇、つまり崇神天皇となるのではないか、と以前から予想していますが、その場合、台与はどうなるのかなど、本作の結末は予想が難しく、今後もたいへん楽しみです。


追記(2026年7月23日)
 よく考えると、卑弥呼死後の争乱がどのくらいの期間続いて、いつ台与が擁立されたのか、確定していませんし、本作でもここがどう描かれるのか、あるいは描かれないのか分かりませんから、たとえば、255年頃に台与が擁立されたとすると、現時点ではまだ生まれていないことになります。

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