ホモ・ナレディのプロテオーム解析

 ホモ・ナレディのプロテオーム(タンパク質の総体)解析結果を報告した研究(Madupe et al., 2026)が報道されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、南アフリカ共和国で発見された、中期更新世後半の小柄な人類であるホモ・ナレディの少なくとも20個体のプロテオーム解析結果を報告しています。ホモ・ナレディで確実に男性と特定できる個体は特定されず、これが事実ならば、少なくとも20個体以上の遺骸がなぜ女性のみで構成されているのか、新たな問題を提起しています。また、ホモ・ナレディの2点のアミノ酸置換のうち、1点はホモ属と比較して派生型で、もう一点はパラントロプス・ロブストスと共通の祖先型でした。本論文は、人類進化研究におけるプロテオーム解析の有用性を改めて示しています。以下は本論文の要約図です。
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 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、MS(mass spectrometry、質量分光法)、mg(milligram、ミリグラム)、m(metre、meter、メートル)、pH(hydrogen ion exponent、水素イオン濃度指数)、PSM(peptide spectrum matches、ペプチド範囲一致)、Pr(probability)、F(Female、女性)、SAP(single–amino acid polymorphism、単一アミノ酸多型)です。

 以下のタンパク質とアミノ酸の略称は、AMEL(amelogenin、アメロゲニン)、AMELY(amelogenin Y isoform、アメロゲニンのYアイソフォーム)、AMELX(アメロゲニンのXアイソフォーム)、M(methionine、メチオニン)、COL17A1(Collagen, type XVII, alpha 1、17型コラーゲンα1)、FAA(free hydrolyzable amino acid、遊離アミノ酸)、THAA(total hydrolyzable amino acid、加水分解性アミノ酸総量)、ENAM(Enamelin、エナメリン)、P(proline、プロリン)、A(alanine、アラニン)、AMBN(ameloblastin、アメロブラスチン)、F(phenylalanine、フェニルアラニン)、Y(tyrosine、チロシン)です。

 本論文で取り上げられる主要な人類は、ホモ・ナレディ(Homo naledi)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、現生人類(Homo sapiens)、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)、パラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)です。本論文で取り上げられる人類以外の主要な霊長類は、曲鼻亜目(Strepsirrhini)、オナガザル科(Cercopithecidae)です。

 本論文で取り上げられる南アフリカ共和国の主要な遺跡は、ライジング・スター洞窟(Rising Star Cave)のディナレディ空洞(Dinaledi Chamber)とレセディ空洞(Lesedi Chamber)と副室丘(Hill Antechamber)とU.W. 110、スワートクランズ(Swartkrans)洞窟です。本論文で取り上げられる南アフリカ共和国以外の主要な遺跡は、スペインのパノリア(Panoría)、ポルトガルのモンテモル=オ=ノボ(Montemor-o-Novo)のエドクラル洞窟(Edcoural Cave)、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)、です。


●要約

 ライジング・スター洞窟系の発掘で、ホモ・ナレディの複数個体から多くの保存状態良好な骨格標本が得られ、単一の性別標本と一致するかもしれない歯の差異を含めて、高度な形態学的均質性を示しています。本論文は、少なくとも20個体に属するホモ・ナレディの標本23点からの微小破壊酸腐食彫による、歯のエナメル質のタンパク質の古プロテオーム解析を報告します。技術的偏りの可能性の除外後に、男性個体の確実な同定を裏づける説得力のある証拠は、調査されたどの標本でも検出されませんでした。回収されたプロテオームでも差異は検出されず、2点のアミノ酸置換が観察され、一方はホモ属と比較してアメロゲニンXにおける派生的置換、もう一方はCOL17A1における祖先的置換で、これはパラントロプス・ロブストスにも存在します。本論文の結果は、ホモ・ナレディ化石の均質性をさらに裏づけ、絶滅人類を持続可能に調べる方法を示しています。


●研究史

 2013年以降、ホモ・ナレディに分類されてる化石が南アフリカ共和国の「人類の揺り籠」のライジング・スター洞窟系の内側のディナレディ空洞から回収されました(図1A~C)。歯の遺骸に基づくと、この化石記録は少なくとも15個体を表しています[2]。それ以降、追加のホモ・ナレディ遺骸がライジング・スター洞窟系の同じ空洞や他の空洞で発見されてきており[3]、それは乳児から高齢成人にまでわたり、この種の既知の個体の標本はさらに拡大しています。これらの遺骸の一部は335000~236000年前頃と年代測定されましたが[5]、一部の標本の推定範囲はより広い間隔(±7万年)かもしれません[5]。人類の中で、ホモ・ナレディはいくつかの理由で独特です。この種の形態は混在を示しており、アウストラロピテクス属などの初期人類と類似した小さな脳および肩と胴体が、ホモ属的な顔面や手や下肢と組み合わさっています[2]。興味深いことに、この化石群は顕著に均質で、成体遺骸では骨格の大きさもしくは形態学な差異がほとんどありません[2、3、8]。歯の形態学的差異に関する最近の研究でも、ホモ・ナレディの資料の均質性は、歯の大きさの差異の小ささによって証明されるように、単一の性別を示唆しているかもしれない、と分かりました。しかし、形態に基づく性別推定の正確さは、性比および種内の両性間の差異の水準によって大きく影響を受けるかもしれず、これは、部分的には小さな標本規模に起因して、絶滅分類群では確証が困難な要因です。古代、とくにはるか遠い時代の個体群の骨格の性別推定の課題は、骨格遺骸の劣化や不完全さによって、さらに複雑になります。以下は本論文の図1です。
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 古代DNAを用いた性別判定は、高網羅率と低網羅率両方の個体群で成功してきました。しかし、古代DNAの保存状態は続成作用によって制約され、この手法は一般的に長期間にわたるより温暖な気候では困難です。古代DNA解析の不可能な化石標本を性別判定できる現時点で唯一の生体分子的解明は、歯のエナメル質のMSに基づく古プロテオーム解析を用いており、AMELXおよびAMELYに固有のペプチドの検出に焦点を当てています[17、19、20]。ヒトのAMELXとAMELYの配列は23ヶ所の診断可能なアミノ酸置換に加えて、AMELYの59番目の部位におけるメチオニン(M)の挿入で異なっています。AMELXは両性の個体で発現していますが、AMELYは通常、生物学的男性のみで発現し、その割合はAMELXの約10%です。

 プロテオミクスのエナメル質の標本抽出には、生体鉱化した資料の断片の切り取りか、ずっと非破壊的である、表面の酸腐食彫(acid etching)が必要となります。プロテオミクスは、エナメル質表面のわずかな腐食彫のみでさえ[29]、完新世標本のみではなく更新世の資料[28]の性別判定の性別判定にも使用され成功してきました。本論文が把握している限りでは、ホモ・ナレディの古代の生体分子の分析はこれまでに刊行されておらず、この研究では、古プロテオミクスを用いて、少なくとも20個体に由来するホモ・ナレディの歯のエナメル質の標本23点の性別が調べられます。本論文で研究対象のホモ・ナレディ個体群は、4ヶ所の異なる区域で発見されており、それは、ディナレディ空洞とレセディ空洞と副室丘とU.W. 110で(図1C)、すべて南アフリカ共和国のライジング・スター洞窟系内にあります[2、3]。ホモ・ナレディの差異の最も広範な潜在的範囲を標本抽出するために、本論文で調べられた資料には、異なる整理学的年齢の標本と、ライジング・スター洞窟系内のすべての刊行されている発見地の標本が含められています。


●分析結果

 最初の分析は、ホモ・ナレディの4点の標本、つまりU.W. 101-020とU.W. 102b-511とU.W. 101-809とU.W. 101-886の一式で行なわれ(図1C)、この4点が選ばれたのは、エナメル質形成の周期性についての先行研究における破壊的標本抽出のためですが、一方で、本論文と将来の研究で引き出す科学的結果を最大化するためです。タンパク質の保存状態を調べるために、結晶内鏡像異性アミノ酸分析が実行されました。FAAとTHAAのラセミ化の程度から、ホモ・ナレディの標本4点すべてのエナメル質は、内在性ペプチドを保持する閉鎖系として機能していた、と示唆されます。U.W. 102b-511は学童期(6~7歳から12~13歳頃)かもしれず、FAAとTHAAの両方で他の3点の標本と比較してより高いD/L値を示しました。ホモ・ナレディ標本におけるタンパク質分解の程度(AA組成と%FAAとDからLへの変換で評価されます)は、以前にペプチドがMSを用いて回収された他の絶滅人類の歯のエナメル質標本より低く、これらの標本における古プロテオーム解析の実行可能性を裏づけます。スワートクランズの近隣の化石人類遺跡の刊行されている標本と比較して、アミノ酸分解の水準はより低く、これは地質学的年代がより新しいことと一致します。

 最小限の破壊となる腐食彫法がホモ・ナレディで有効に使用できるのかどうか、検証するために、この4点の歯がまず腐食彫処理され、次に重量28~48mgのエナメル質標本が、以前に記載された抽出実施要綱[28]に基づいて、古プロテオーム解析のため収集されました[28]。各標本について、10mgが単一短縦列分析のため用いられ、残りは配列回収の深度と幅を向上させるために、手動の非直結高pH逆相分画で分析されました[19]。

 2通りの異なる標本抽出手法で同等の結果が得られ、従来の標本抽出で得られたのは合計で12243点のPSMだったのに対して、酸腐食彫を用いて得られたのは18709点のPSMでした。標本あたりの観察された部分的な配列回収は破壊的主本では6~7点だったのに対して、酸腐食彫を用いた場合は5~11点でした。とくに、ENAMとAMELXとCOL17A1はすべての標本と複製で回収されました。従来の標本抽出で確実に網羅されたアミノ酸の総数が451~494点の間だったのに対して、腐食彫の範囲は502~747点でした。合計451ヶ所のアミノ酸部位が、すべての標本と複製で共通していました(表1)。分画での改善はわずかで、これはおそらく、当初の資料がわずか18~38mgと、他の人類のエナメル質の抽出で以前に用いられた量(60mg超)よりかなり少なかったからです[19]。

 AMELXは、広範な末端の加水分解に影響を受けた、複数の部分的に重複の有無両方があるペプチド配列によって特定され、ほぼ完全なbとyの断片イオン系列を示す複数のMS/MS範囲と確実に一致します。AMELYに特異的なペプチドの同定は、合理的疑いの余地がないほど確実とみなすことはできません。死亡時にまだ発育段階にあった個体U.W. 102b-511から得られた標本は、AMELYに特異的な証拠をまったく示しません。一方で、他の3個体(U.W.101-020、U.W.101-809、U.W.101-886)すべては、AMELYに特異的なPSMをほぼ示さず、bとyの断片イオン系列に大きな空白があり、59番目のAMELYに特異的なメチオニン残基(M59)が網羅されておらず、これは検索機関によるそれらの配列の誤同定に起因する可能性が高そうです。

 大規模破壊断片もしくは腐食彫のいずれかで確実に同定された男性の標識はなく、腐食彫法では従来の破壊的標本抽出と同等の配列が回収されたので、さらに19点のホモ・ナレディの歯のエナメル質の腐食彫処理が行なわれました。利用可能な標本すべてを順次検査する目的で、一度に処理される標本は5点までとされました。1点の標本(U.W.101-824)のみが低品質なAMELY特異的PSMを示し、診断可能なM59挿入の周辺でbとyの断片イオンが確実には特定されませんでした。

 全標本は長期の続成作用に起因する高水準の自然なアミノ酸修飾を示しており、それには、グルタミンとアスパラギンの脱アミノ化や、トリプトファンのキヌレニンへの変換、オルニチンへのアルギニンの変換が含まれます。さらに、他の古人類学的資料で以前に観察されたように[17、19、20、28]、観察されたペプチド長分布はより短い鎖へと偏っており、高度な加水分解が示唆されます。したがって、複数の一連の証拠は回収されたペプチド配列の真正性と古さを裏づけています。

 ホモ・ナレディの20個体すべての分析では、AMELYの同定を裏づける確実な証拠が得られませんでしたが、AMELXペプチドは、ホモ・アンテセッサー[17]およびパラントロプス・ロブストス[19]の男性へと以前に分類された標本における、AMELYの付随する検出と同等な強度で検出されました(図2)。これが示唆しているのは、質量分析データにおけるAMELYに特異的な標識の欠如が、実験構成の感度の不足もしくはデータ取得戦略の固有確立性に起因したわけではなかったことです。以下は本論文の図2です。
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 AMELXとAMELYの遺伝子産物の相対的な発現量と保存状態に基づいて、これら各個体のそれぞれを明確に女性と特定する確率が推定されました。ホモ・ナレディ標本すべてからMSデータセットがPEAKSを用いて分析され、現生人類の男性標本15点、パラントロプス・ロブストスの男性標本2点[19]、アウストラロピテクス・アフリカヌスの男性標本1点、デニソワ人の男性標本1点[20]、ホモ・アンテセッサーの男性標本1点[17]が、陽性対照として補完されました。この分析は以下の仮定に基づいており、それは、(1)AMELXとAMELYの比率は現生人類とホモ・ナレディの間で同等で、(2)対数変換データの線形回帰で、誤差の正規分布かつ等分散性が得られ、(3)ヒト科で一致するAMELYに特異的な配列が、ホモ・ナレディで保持されていることです。ホモ・ナレディの20個体のうち19個体は、95%超の確率で女性と同定されたのに対して、残りの1個体の兆候は女性に分類される確率が50~95%の間であることと一致しました。この結果は、図2で提示された分析と一致し、男性標本の欠如のさらなる確証を提供しました。

 種間配列差異を評価するため、ホモ・ナレディの全個体から収集されたタンパク質配列が、現生および古代の人類種の相同分子種に割り当てられました。ヒト科では、確実に特定された情報をもたらすSAPが合計18点観察されます。これらSAPのうち2点はホモ・ナレディと現代人およびネアンデルタール人およびデニソワ人を区別します。そのうち1点は、AMELXの141番目の部位におけるフェニルアラニン(F)で、ホモ・ナレディ15個体で検出され、曲鼻亜目とオナガザル科にも存在します(図3A)。このSAPは、現代人のAMELYの142Fとしてではなく、ヒトAMELXの141番目のチロシン(Y)のホモ・ナレディにおけるF141への置換として節約的に解釈され、それは、Y141を有するAMELXのヒト形態の特定を裏づけるPSMが見つからなかったからです。MS/MS範囲の称号に用いられたすべてのソフトウェア手法は一貫して、この観察を裏づけました。もう1点のSAPは、現生人類のCOL17A1相同分子種における635番目に相当するの位置プロリン(P)を有しており、ホモ・ナレディの5個体では、MaxQuantとpFindの両方で検出されたものの、Novor.cloudでは検出されませんでした。P635は現生非ヒト霊長類において示される、祖先型のアレル(対立遺伝子)状態を表しています(図3B)。対照的に、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人は派生的なアラニン(A)635を有しています。この部位はこれまで、ホモ・アンテセッサーとホモ・エレクトスとアウストラロピテクス・アフリカヌスでは網羅されていなかった[17、29]のに対して、祖先型のP635の状態はパラントロプス・ロブストスの2個体でも観察されていました[19]。以下は本論文の図3です。
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 ホモ・ナレディ20個体の回収された部分的なタンパク質配列は、標本一式内で差異を示しません。20個体の無作為の標本一式における多様体(クローン性)の特定失敗の確立を調べるために、比較のため現代人のゲノムを用いて、同じ標本抽出体系で模擬実験され、これは、大規模なタンパク質データが現代人では存在しないからです。その結果、1000人ゲノム計画から20個体が繰り返し標本抽出された後で、回収されたタンパク質領域において多様体が観察されなかった頻度はゼロだった、と分かりました。しかし、しかし、特定の地理的地域のパ寧々で同じ標本抽出操作を実行すると、これら会社宇されたタンパク質コード領域の遺伝的多様性が低い一部のパネルについて、差異を標本抽出できないものの、その確率はひじょうに低い、と観察されました。アフリカの人口集団など、これら回収された領域で多様性が高い人口集団のパネルでは、再標本抽出1000回後でさえ、20個体で差異が見られない確率はゼロでした。したがって、回収されたプロテオーム配列すべてのクローン性は、大規模で多様な人口集団の標本と一致しないようです。多様性の低い人口集団はこの結果を裏づけるかもしれませんが、その場合でさえ、現在のヒト集団において差異が標本抽出されない可能性は低くなっています(人口集団によって1~12%)。本論文で分析されたホモ・ナレディ個体群に影響を及ぼす、長い孤立および/もしくは近親交配など他の説も、これらの結果と一致するかもしれません。個体の系譜関係は不明ですが、遺骸はライジング・スター洞窟系の異なる場所から得られており、最大で145m離れており、同時に堆積したわけではなく[3、5]、ホモ・ナレディの遺骸が単一の家系集団である可能性は低そうです。

 再構築された部分的なタンパク質配列の長さや、観察された情報をもたらす部位の数が限られているため、ホモ・ナレディの派生的な系統発生分析は暫定的とみなされるべきです。将来、生体分子の保存状態から可能ならば、ホモ・ナレディの骨と象牙質への古プロテオーム解析の拡張、もしくは古代DNA配列決定によって、より確かな系統発生再構築が可能かもしれません。


●考察

 本論文で提示された結果と他の研究[18、29]に基づいて、酸腐食彫は、鮮新世~更新世の歯のエナメル質標本の性別推定、もしくはより破壊的な標本抽出戦略で処理する前のタンパク質回収の予備的検査に有望な大規模破壊標本抽出手法である、と論証されました。この手法の使用によって、これまでより伝統的で侵襲性の高い標本抽出実行に不適な、とくに希少もしくは貴重な標本の古プロテオミクス調査が可能となるかもしれません。体系的に検証されていませんが、エナメル質表面の酸腐食彫は断片切断よりもわずかに多いPSMを回収しており、これは以前の結果[17]との矛盾に見えます。これが妥当かもしれないのは、腐食彫がエナメル質表面に近いペプチドの可溶化によって、成熟期や萌出後のエナメル質において以前観察されたより高いペプチド多様性を回収できるからです。同様に、切断によって除去されたエナメル質断片の量を漸次に減らすと、2点の手法の回収は次第に同等になり、腐食彫回収がわずかに上回る地点に達することさえあります。さらに、エナメル質断片の鉱質除去は、古代のペプチドを酸およびそのペプチド末端の加水分解作用に、少なくとも約48時間晒されます。対照的に、腐食彫を用いて回収されたペプチドは、酸に留まるのが1時間未満です。これは、より低い加水分解と、わずかに、より長くてより多くの情報をもたらすかもしれないペプチド配列の回収につながるかもしれません。それにも関わらず、酸腐食彫によるペプチド回収の汎用性と信頼性は、多様な続成作用に晒された時空間全体およびより大きくて多様な標本一式で、依然として体系的に検証されるべきです。

 本論文の結果は、相対的な頑丈さと脳容量のため男性の可能性が高い、とこれまで考えられていた[3]U.W. 102a(愛称は「ネオ」)を含む、ホモ・ナレディ個体群の比較的大規模な一式において、アメロゲニン異型接合性を裏づける決定的証拠も、男性の確実な同定の証拠も示しません。古プロテオミクスは200万年前頃までさかのぼる南アフリカ共和国の男性人類個体の特定に成功してきており[19]、そうした同定が方法論的に可能と示唆されていますが、本論文で提示された証拠は、合理的な疑いの余地なく、本論文のホモ・ナレディ標本一式における男性個体の同定を裏づける証拠がないことは、方法論的限界に起因するわけではない、と証明しています。具体的には、本論文で測定されたすべてのホモ・ナレディのAMELXの兆候には、AMELY が存在していたならば、AMELYのMS/MS範囲の確実な観察と一致する強度があります。これは、男性個体特定の標識として一般的に用いられている従来のAMELY特異的ペプチドが、手法的な検出限界を下回ったことで検出されなかった、との可能性を除外します(図2)。さらに、本論文の明確な女性確率分析から、20個体のうち19個体は確実に女性と特定される一方で、残りの1個体のプロテオーム特性は女性への分類と一致する、と示唆されます。これらの検証から節約的に、本論文で分析されたホモ・ナレディ標本は従来の男性特定的なAMELY標識を有しておらず、それは、女性個体のみに由来するか、おそらくは標本抽出可能なすべてのホモ・ナレディの全男性個体で欠如もしくは変異の存在ためのいずれかである、との結論に至ります。どちらの想定も、ホモ・ナレディの生物学と進化にたいへん興味深い示唆を有しています。AMELの同型接合性は、AMELY特定的な部位F142の観察ではなく、AMELYの欠如と、置換型AMELXのF141の特定を裏づけています。ホモ・ナレディで観察された形態学的差異の低水準の報告[2]と合わせると、これら2点の異なる一連の証拠から、現時点でライジング・スター洞窟系から知られているホモ・ナレディ個体群はじっさいに、女性に偏っており、女性のみかもしれない、と独立して示唆されます。

 本論文の結果は、分析された全標本が女性個体に属する(表1)、との仮説と整合的ですが、可能性は低そうであるものの、本論文の標本一式は、AMELY遺伝子が変異したか欠失した男性のホモ・ナレディ個体を含んでいることもあり得ます。現時点で、古プロテオミクスは、公表されている利用可能なAMELY特異的な人類の配列を網羅しているペプチド、もしくはこれらの配列のより少ない割合の多様体の検出と、新規配列決定による以前には知られていなかった配列の発見によってのみ、男性個体群を特定できます。しかし、ホモ・ナレディのAMELXコンセンサス配列は現生人類との高度な類似性を示しているので、現生人類もしくは他の現生霊長類と大きく異なっているAMELY配列が観察される可能性は低そうです。ネアンデルタール人1個体で以前に観察されたように[39]、AMELY遺伝子がホモ・ナレディで完全に欠失しているならば、ホモ・ナレディの男性はは本論文で用いられた手法では検出されず、それは、男性のタンパク質特性が女性と区別できないからです。AMELY遺伝子全体の欠失は、現生のヒト集団で観察されてきており、適応度への影響は知られていません。現代人では、この変異は人口集団によって異なり、ひじょうに稀で、オーストリアの人口集団の0.018%から、パキスタンの人口集団では8%の範囲の頻度で発生します。しかし、標本抽出の偏りを考慮すると、これらの研究で報告されたAMELYの欠失率は慎重に解釈されるべきです。1000人ゲノム計画とエクソーム配列決定計画の高品質なゲノムの大規模な一式[44]を用いると、AMELYの欠失は検出できず、AMELYの欠失は稀である、との結論に至ります。

 20個体の標本一式と、人口集団の性比が1:1と仮定すると、すべて女性個体が発見される確率はひじょうに低く、0.0000954%です。しかし、ライジング・スター洞窟におけるホモ・ナレディの単一の性別の蓄積との仮説は最近の研究によって裏づけられており、その研究の結論は、歯の大きさに基づくと、現時点で知られているホモ・ナレディ化石帰路は性比が9:1もしくは1:0の個体で構成されている、というものです。単一の性別の蓄積は、以前に報告されたように、ホモ・ナレディが文化的埋葬慣行を作用していた可能性と整合的かもしれません。しかし、この復元には異議が唱えられており、ホモ・ナレディによる死者の意図的な埋葬との仮説は、さらなる証拠で検証されるかもしれません。ライジング・スター洞窟系の一部への進入は、より小柄な個体ではより容易で、霊長類では通常は女性となりますが、ホモ・ナレディ遺骸のあるライジング・スター洞窟系の区域は、入口の状態がさまざまで、現在ではより大柄な体格のヒトにとってのみ、顕著な制約です。標本には第二大臼歯の萌出時もしくはその前の学童期の10個体が含まれており、これは、両性の身体の大きさが成人女性の体の大きさを上回らない年齢範囲です。

 ホモ・ナレディで観察されたような、プロテオミクスに基づく単一の性別の偏りは、古代および現代のホモ属人口集団で記録されてきました。ヒトの女性遺骸の最も近い既知の優越は、ポルトガルのモンテモル=オ=ノボのエドクラル洞窟で観察され、女性と男性の比率は1:0.5で、おそらくは葬儀慣行と関連する、社会文化的要因と仮定されています。同様に、イベリア半島の巨石社会における女性の優越も、パノリア埋葬遺跡の人口集団で観察されており、女性と男性の最高の比率は1:0.42で、これは母系継承に基づく葬儀慣行に起因します。しかし、これらの事例は新石器時代のヒト集団を指しており、それはホモ・ナレディもしくは他の中期~後期更新世ホモ属種とは大きく異なっていたかもしれません。非ヒト霊長類の一部の種には、高い女性と男性の性比の集団があるので、女性と学童期の個体が単一の社会集団内で優占しています。しかし、学童期の個体について同様の偏った性比はないので、この種の社会構造はホモ・ナレディの証拠に適合しません。

 最後に、ホモ・ナレディ5個体で観察される古代型のCOL17A1のP635多様体は、デニソワ人とネアンデルタール人と現生人類では派生的で、ドマニシ(ジョージア)もしくは中国どちらかのホモ・エレクトスとホモ・アンテセッサーでは網羅されていません[17、29]。しかし、興味深いことに、この多様体はパラントロプス・ロブストス標本2点、つまりSK835とSK14132では観察されました。ホモ・エレクトスやアウストラロピテクス・アフリカヌスなど他の絶滅人類種で、どの多様体がこれや他の情報をもたらす部位に存在するのか、判断することは、ホモ・ナレディの系統発生的位置の解明に役立つでしょう。更新世のエナメル質資料の以前の古プロテオミクス研究は多くの場合、重要で代替不能な標本の破壊的標本抽出を必要としました[17、28、52]。この研究や最近の研究[20、29]は、古プロテオミクスを用いた更新世資料の分析の、より持続可能で最小限の破壊的解決を示しています[20]。本論文では、程度の差はあれども破壊的な手法が同等の結果を生成するかもしれず、腐食彫は性的二形を調べ、タンパク質の保存状態を検証する検査手法として使用できる、と示されます。最小限の破壊的性質のため、腐食彫は、模式標本など希少で考古学的に貴重な鮮新世~更新世の人類化石の性別調査に使用でき、古代の分類群における形態学的さいの理解をさらに深めます。


●この研究の限界

 この研究で抽出された標本は、更新世人類に関するこれまでのどの古プロテオーム研究よりも数がずっと多く、歯が保存されていない個体を除いて、これまでに発掘された既知のホモ・ナレディ個体すべてを網羅しています。歯が保存されていない集団における、男性個体の存在を除外できません。ホモ・ナレディ個体は典型的な核型を有しており、ヒトにおけるターナー症候群もしくはクラインフェルター症候群などの非二元的発現をもたらす可能性がある症候群の影響を受けていなかった、と本論文は仮定しています。本論文の方法論は、研究対象のホモ・ナレディ集団に非二元的発現が存在したならば、生物学的性別の非二元的発現を検出できません。本論文で報告された手法は、エナメル質タンパク質の特性解析にのみ焦点を当てています。より破壊的ではあるものの、象牙質および/もしくは骨のプロテオームの解析は、おそらくより豊富でより多くの情報をもたらす、系統発生的兆候を提供できるでしょう。


参考文献:
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関連記事

[3]Hawks J. et al.(2017A): New fossil remains of Homo naledi from the Lesedi Chamber, South Africa. eLife, 6, 24232.
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関連記事

[5]Dirks PHGM. et al.(2017): The age of Homo naledi and associated sediments in the Rising Star Cave, South Africa. eLife, 6, 24231.
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関連記事

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