スキタイ人の遺伝的多様性

 スキタイ人のゲノムデータを報告した研究(Ghalichi et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、スキタイ人の新規のゲノムデータと既知のゲノムデータを統合し、その社会構造を検証しています。スキタイ人の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は多様ですが、支配層の方が非支配層より差異は小さい、と示されました。また、支配層では近親婚と血縁のつながりが特定され、検出可能な父方居住もしくは母方居住の兆候は確認されませんでした。これらは、国家支配が形成されつつあった遊牧民社会の動向を解明する手掛かりとなりそうです。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、cM(centimorgan、センチモルガン)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、CI(confidence interval、信頼区間)、Nₑ(有効人口規模)、m(metre、meter、メートル)、km(kilometre、kilometer、キロメートル)です。

 以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、MBA(Middle Bronze Age、中期青銅器時代)、MLBA(Middle to Late Bronze Age、中期~後期青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。

 本論文で取り上げられる主要な文化は、BMAC(Bactrio Margian Archaeological Complex、バクトリア・マルギアナ考古学複合)、タスモラ(Tasmola)、アルディ・ベル(Aldy Bell)、コルガンタス(Korgantas)、サカ(Saka)、パジリク(Pazyryk)文化、ウラーンズク(Ulaanzukh)文化、石板墓(Slab Grave)文化、スルブナヤ(Srubnaya、Zrubna、ズルブナ)文化、シンタシュタ(Sintashta)文化、地下墓地(Catacomb)文化、ローラ(Lola)文化です。

 本論文で取り上げられる主要な地域は、モンゴル東部のフブスグル(Khovsgol、Khövsgöl)県、カザフスタンのイシク(Issyk)川とアルマトイ(Almaty)、ロシアのトゥヴァ(Tuva)共和国です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、カザフスタンのクラノヤルスク・クランスク(Krasnoyarsk Kansk)とシリティ(Shilikty、略してSHI)とウルジャル(Urdzhar、略してURD)とカラショキー(Karashoky、略してKSH)とヌルケン(Nurken、略してNUR)とタサリク(Tasaryk)、キルギスのアクベイト(Akbeit、略してAKB)、ロシアのアルジャン2(Arzhan-2)、イランのディンカ・テペ(Dinkha Tepe)とシャフレ・ソフテ(Shahr-i Sokhta)です。


●要約

 紀元前千年紀のユーラシア草原地帯では、スキタイ・シベリア考古学的層準の台頭が見られ、それは東方ではアルタイ山脈、生徒法では黒海にまで及びました。本論文は、鉄器時代スキタイ人の遺伝的特性を解析し、社会的地位が生物学的近縁性と祖先系統パターンをどのように形成したのか、調べます。本論文は85個体(支配層38個体と非支配層47個体)のゲノム規模データを提示し、これには新たに配列決定された45個体と、スキタイの「黄金の男」の最初のゲノム規模データが含まれます。支配層では、近親婚と有効人口規模の減少とIBDのつながりが特定されます。王朝支配は、墓地間の支配層の祖父母と孫の関係によって裏づけられます。祖先系統は不均一ですが、支配層の鉄器時代スキタイ人はより低い差異を示し、検出可能な父方居住もしくは母方居住の兆候を示しません。これらの調査結果は、古代遊牧社会における世襲的地位の継承と社会的階層化の出現を浮き彫りにしています。


●研究史

 ユーラシア中央部の紀元前千年紀には、遊牧民部族の連合の出現が見られ、その特徴は、移動性の増加、地域の生態学的地帯の利用の体系としての専門化した農耕牧畜の強化です。この期間は、動物様式(zoomorphic)の像、ウマと関連する人工遺物、独特な武器によって特徴づけられ、東方ではアルタイ山脈から西方では黒海まで3500km以上の領域に広がっていた、鉄器時代のスキタイ・シベリア考古学的層準(紀元前900~紀元前200年頃)と関連しています。ヘロドトスが言及した「スキタイ人」という用語は、黒海北部の古典的な西方スキタイ人と、多様な考古学的集団を含むユーラシア中央部の東方スキタイ人の両方を指すのに広く用いられてきました。本論文は、ユーラシア中央部に紀元前千年紀諸島に出現した初期鉄器時代スキタイ人集団に焦点を当て、これには、タスモラ文化やアルディ・ベル文化やコルガンタス文化やサカ文化やパジリク文化やサルマティア考古学的文化が含まれます。本論文では、「サカ」という用語は、紀元前千年紀半ば~後半の天山地域およびその周辺の草原地帯の前期鉄器時代スキタイ人集団を指すのに用いられますが、この地域の考古学的文献では、「サカ」という用語は鉄器時代のすべての考古学的文化に使われています。

 遺伝学的に、スキタイ人個体群は主要な3祖先系統構成要素の混合を表している、と示されてきており、それは、(1)シンタシュタ文化およびアンドロノヴォ文化関連個体群によって特徴づけることができる、先行する中期~後期青銅器時代の西方/中央草原地帯(草原_MLBA)祖先系統構成要素、(2)モンゴル北部のフブスグル後期青銅器時代個体群と関連するMLBA草原地帯牧畜民祖先系統構成要素、(3)イランおよびトルクメニスタンの青銅器時代BMAC考古学複合体の個体群を用いてモデル化できるアジア中央部南方構成要素です[5、6、9]。この三重祖先系統は、より均質な青銅器時代祖先系統と比較して、鉄器時代における広範な人口移動と混合を示唆しています。

 ユーラシア鉄器時代には、複雑な構造の巨大な土の墳丘墓に埋葬された高位個体が出現しました。これらの記念碑的で精巧な墓には、豪華な装飾の個体が埋葬されており、ユーラシア全域の顕著な社会的階層化および権力の誇示の証拠と解釈されています。ヨーロッパの事例にはケルトの墳丘墓が含まれますが、スキタイの豪華な墳丘(kurgan)はユーラシア中央部全域で見られます。スキタイ支配層の墳丘は多層構造で(土と芝とさまざまな大きさの意思の交互の層である場合が多くあります)、木製の玄室が含まれており、高さは1.5~2m、直径は20mを超える傾向にあります。こうした墳丘は、塚の内側につながる入口である通路(dromos)の証拠を示すことが多く、一部には【非ヒト】動物とヒトの遺骸を伴う副室が含まれています。

 高位の死者の他の共通の側面には、死後穿孔の存在が含まれ、これは埋葬のため遺体を保存するために使用された可能性が高く、支配層の文脈でのみ見られます。動物の像(横たわる雄シカ、ネコ科動物、ヒョウ、シロイワヤギなど)が、鉄器時代ユーラシア草原地帯の支配層個体の統一的特徴として報告されてきました。支配層と比較すると、非支配層の墳丘は大きさでより小さく(高さでは1m未満)、構造ではより単純で、通路もしくは副室がなく、副葬品を含んでいないことが多いか、わずかの単純な人工遺物を含んでいるだけで、死後穿孔術の証拠を示しません。支配層と非支配層の埋葬間の顕著な違いは、高位個体の存在と、この地域の選好する青銅器時代と比較してより顕著な、際立った社会的不平等を示唆しています。しかし、社会的地位がどのように継承され、正当化されたのかについて、依然として問題が残っています。権力の継承は親族に基づいていたのか、それとも功績に基づいていたのでしょうか?

 本論文では、紀元前900~紀元前200年頃の間の85個体のデータセットを構築し、これには支配層38個体(新たに報告される14個体と既知の24個体)と非支配層47個体(新たに報告される34個体と既知の13個体)が含まれます(図1)。スキタイ人の「黄金の男」のゲノム規模データが報告され、類似の考古学的状況の刊行されている個体群とともに分析されます。この研究では各個体の詳細な考古学的評価が実行され、それには刊行された個体群も含まれ、略奪の影響を受けた状況が考慮されました。社会的地位の表現は連続的ですが、ある個体を支配層と定義するのは、以下の特徴を3点以上満たしている場合で、その特徴には、巨大墳丘(高さが1.5~2m超)、多数の金製品や他の人工遺物、ウマの埋葬、通路の存在、穿孔の兆候が含まれます。これらの基準を満たさない個体は、「非支配層」と定義されました。以下は本論文の図1です。
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 集団遺伝学的分析の組み合わせを用いて、遺伝的構造と近縁性のパターンと近親交配の証拠とIBD網が調べられます。注目すべきことに、この研究はユーラシア中央部草原地帯の前期鉄器時代スキタイ人支配層における密接な生物学的近縁性の証拠を提供し、王朝的な社会組織の存在が裏づけられます。遺伝的近縁性の証拠を伴う豪華な設備の支配層埋葬が、社会的階層化と台頭する王権の指標として解釈されてきたヨーロッパの鉄器時代ケルト社会[20]と同様に、本論文の調査結果から、初期スキタイ王室の埋葬は世襲的地位と集権的な政治的権力を反映している、と示唆されます。


●スキタイ人の集団遺伝学

 まず、smartPCA[21]を用いて、古代の個体群が現代のユーラシア人口集団で観察された差異に投影されました。概して、本論文の個体群はPCAに基づくゲノム規模分布ではきわめて異質です(図2A・B)。個体のほとんどは、以前に示されたように[6]、古代スキタイ人集団の差異内でのクラスタ化(まとまること)を論証し、外れ値個体のいくつかの事例(ほぼ女性)がより高水準の東方草原地帯祖先系統(たとえば、フブスグル_BA、ウラーンズク_BA)を有していました。しかし、集団ごとに相互と比較すると、非支配層個体群は主成分1(PC1)に沿って顕著により多くの差異を示し、PC1はユーラシアの東西の祖先系統を分離します。地理的には、ユーラシア中央部の南側で見られる高水準のBMAC関連祖先系統と、さらに東方で見られるより高水準の東方草原地帯/アルタイ_MLBA祖先系統の傾向が認められます。本論文の遺伝学的分析に基づくと、「黄金の男(GOM001)」は遺伝学的に男性に割り当てることができ、他の鉄器時代サカ文化個体群の遺伝的差異内でクラスタ化し(まとまり)、この個体の考古学的分類と一致します。注目すべきことに、GOM001はサカ個体群の勾配に沿って、BMAC関連祖先系統の方へのわずかな移行を示しています(図2A)。最後に、教師無ADMIXTUREの結果から、個体群はさまざまな人口集団に存在する遠位祖先系統構成要素を共有している、と示唆されます(図2C)。以下は本論文の図2です。
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 qpAdmを使い、単一の供給源としてアルタイ_MLBAを用いて、21個体をモデル化でき、アルタイ_MLBA自体は西方草原地帯のシンタシュタ文化集団的祖先系統と東方草原地帯のモンゴル_LBA_フブスグル的祖先系統の混合を表しています。残りの個体は主要な3祖先系統構成要素間の2もしくは3方向混合としてモデル化に成功し、それは、東方草原地帯(モンゴル_LBA_フブスグル、ウラーンズク_石板墓)、西方草原地帯(スルブナヤ・シンタシュタ、ロシア_クラノヤルスク、コーカサスの地下墓地後)、BMAC関連集団(BMAC、BMAC後、イラン_ディンカテペ_BA_IA_1、イラン_シャフレソフテ_BA1、アルメニア_LBA)です(図3)。検証された祖先系統構成要素の存在と分布に関して、支配層と非支配層の個体間で一貫した違いは特定されず、2集団の一般的な遺伝的類似性とのPCAからの観察がさらに裏づけられます。西方草原地帯と東方草原地帯とBMAC関連祖先系統の3方向混合を用いると、支配層と非支配層の社会的地位ごとに分類された個体群をモデル化できませんでした。しかし、支配層集団は供給源としてアルタイ_MLBAとBMACとの間の2方向混合としてモデル化できました。以下は本論文の図3です。
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●支配層と非支配層におる生物学的近縁性

 KINやREAD第2版やBREADRといったいくつかの手法の組み合わせを用いて、本論文のデータベースの個体間の遺伝的近縁性が検証されました。さまざまな近縁性検証の結果の評価に基づいて、いくつかの親族関係の組み合わせが特定され、それには、6組の1親等(AKB001とNUR002、ESZ001とESZ003、ESZ011とESZ012、KSH001とKSH003、KZL001とKZL003、TAL003とTAL004)と8組の2親等の親族関係の個体が含まれます。これは略奪による埋葬の攪乱に起因するかもしれない同一個体の事例も見つかったので(CSP002とCSP005、TAL001とTAL005、SHI005とSHI006とSHI007)、分析のためこれらのライブラリは統合されました。

 本論文の支配層と非支配層の個体群のコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)の一般的な人口構造をより深く理解するために、HapROH[27]を用いて、ROHの分布が評価されました。近親婚による子供を表している可能性が高い、複数の個体が特定され(図4)、SHI008とAKB001はイトコ婚かオジメイ婚の子供で、KSH001とKSH003はマタイトコ婚の子供だったようです。これらの個体は、支配層の背景と関連しています。しかし、一般的には、個体のほとんどは近親婚の証拠を示しません(図4)。全体的に、非支配層集団ではROHを有さない個体が有意により多く見つかる、と分かりました。ROHの証拠がある個体のうち、支配層は平均係数で約3.5倍ROHを多く有している、と示されました。まとめて検証すると、支配層個体群は非支配層よりも平均して、約6倍倍大きいROHの塊を有している、と分かります。HapROH[27]を用いて、Nₑも支配層と非支配層で別々に計算されました。支配層個体群のNₑの推定値が2721(95%CIで2136~3563)と分かったのに対して、非支配層個体群ではNₑの推定値が9644(95%CIで6548~15012)でした。以下は本論文の図4です。
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 124万ヶ所の部位の網羅率が0.5倍以上の個体群は、GLIMPSEを用いた補完されたゲノム規模で、ancIBDを用いて共通のIBD断片が分析されました。補完されていないデータで特定された密接な生物学的近縁性の事例が確証され、より遠い生物学的つながりの事例が見つかりました。重要なことに、考古学的遺跡間の近縁性の事例は、高位個体間でより多く見つかりました。IBDと他の一般的な近縁性推定値の組み合わせに基づいて、おもに支配層個体群の家系図を再構築でき、それは数世代にわたり、複数の考古学的遺跡間にまたがっていました(図4)。これは祖父AKB001(アクベイト遺跡の墳丘1号、支配層男性、55歳超、死後穿孔、高さ3mで直径25mの墳丘、金製品とともに埋葬)とその孫であるKSH001(カラショキー墳丘1号、支配層、1歳、性染色体はXXY、死後穿孔、高さ2mで直径32mの墳丘で、通路があり、略奪されています)およびKSH003(カラショキー墳丘6号、支配層男性、45~55歳、墳丘は略奪されています)との間の遺伝的近縁性に焦点を当てる場合とくに明らかです。AKB001はNUR002(ヌルケン2遺跡墳丘1号、支配層男性、35~45歳、死後穿孔、高さ4.3mで直径41mの墳丘で、通路があり、墳丘は略奪されています)のキョウダイであることも分かり、この個体の家族が少なくとも3世代にわたって高い社会的地位を維持していた、と示唆されます。これらの個体50~140km離れた、異なる墓地に埋葬されていました。支配層男性である4親等と5親等のより遠い親族が見つかり、それは、SHI008(シリティ1遺跡墳丘16号、支配層男性、高さ8.6mで直径88mの墳丘で、通路があり、グリフォンの装飾品とともに埋葬されています)と、AKB003(アクベイト遺跡の墳丘7号、支配層女性、4~5歳、死後穿孔、高さ2.5mで直径21.5mの墳丘)と、KSH003(カラショキー墳丘8号、支配層男性、25~35歳、通路がある巨大墳丘)です。

 ネットワークの構築によって、支配層と非支配層の個体間のIBDのつながりがさらに調べられました(図5)。個体が12cM以上の2個以上のIBD領域と、少なくとも1個の16cM以上のIBD領域を共有していれば、それは約7親等の関係を示唆しており、個体群がネットワークでつながっていたことになります。本論文は、ネットワーク回帰を行なうために、指数無作為図モデルを用いて、予測因子として遺跡と個体の遺伝学的性別と支配層の地位を使い、個体が遺伝的に親族関係にある(ネットワークにつながっている)確率をモデル化しました。ベイズ情報量規準を用いると、最適モデルは予測因子として支配層の地位のみを必要としており、遺伝学的性別は有意な予測因子ではなかった、と分かりました。最適モデルを用いると、非支配層2個体と比較して、支配層1個体と非支配層1個体は親族関係にない可能性が高いものの、支配層2個体は親族関係にある可能性が約11.3倍高い、と予測できます。支配層個体にのみネットワークを限定すると、予測因子のない帰無モデルが最適に合致する、と分かり、遺跡と遺伝学的性別は、支配層個体群のみを検証する場合、依然として遺伝的近縁性の有意な予測因子ではない、と示唆されます。最後に、ネットワーク分析で遺伝的に親族関係にあった個体間の地理的距離の分布が調べられました。その結果、親族関係にある支配層と支配層の組み合わせは、支配層と非支配層の組み合わせよりも短い地理的距離でつながっている、と分かったものの、非支配層と非支配層の組み合わせは、そうした事例が1件しかなかったので、比較できませんでした。以下は本論文の図5です。
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●考察

 記念碑的な墳丘墓の出現は、鉄器時代ユーラシア中央部における社会的階層化の進展を示唆するのに用いられてきました。先行する青銅器時代において、同じ水準の支配層の埋葬儀式の証拠はありませんが、ウマと成功な武器を伴う埋葬の事例は知られています。高さ12~15m、直径105m以上の鉄器時代の墳丘は、建造に必要な多数の人々の組織化と資源供給の手段が存在したことを浮き彫りにしています。墓に入る通路や、親族かもしれない遺骸や【非ヒト】動物遺骸を含む副室や、支配層の状況のみで見られる死後穿孔とミイラ化の証拠がある地下墓地の存在は、初期スキタイ社会における埋葬儀礼の儀式的重要性をさらに浮き彫りにしています。

 ユーラシア中央部における最も注目すべき考古学的調査結果の一つは、イシクの墳丘墓と、そこに埋葬されていた「黄金の男」の発見です。イシクの埋葬地はカザフスタンのアルマトイの東側約50kmの、イシク川の砂岩に位置し、いわゆる王墓が45基以上含まれています。イシクの墳丘の発掘は1969年に始まり、人工遺物に基づいて、鉄器時代と関連する紀元前4世紀~紀元前3世紀と年代測定され、鉄器時代のサカ文化と関連づけられました。主要なイシクの墳丘(高さ6m、直径60m)は、中央の埋葬と南方の埋葬から構成されています。中央の埋葬が複数回略奪されたのに対して、南方の埋葬は攪乱しておらず、その後「黄金の男」と命名された個体を含んでいました。放射性炭素年代測定によって、「黄金の男(GOM001)」は紀元前400~紀元前300年頃に確実に位置づけられ、後期鉄器時代のサカ文化期と一致します。「黄金の男」には豊富な副葬品が伴い、天山のモミの木で作られた木製の玄室があり、4000点以上の金製装飾品と鉄製の剣および短刀と青銅製鏡と多様な土器片と木や銀や青銅の容器が含まれています。26文字が刻まれた銀製鉢は、埋葬玄室から回収されたものの、この鉢の文字はこれまで解読されていません。「黄金の男」の剣は、グリフィンの頭で装飾されていました。同様のグリフィンの像は、シリティ(墳丘16号のSHI008)とアルジャン2など、ユーラシア中央部全域の他の支配層の鉄器時代遺跡で見つかりました。要するに、シリティの墳丘16号は、考古学的には紀元前8世紀~紀元前7世紀と年代測定されており、直径は約88m、高さはほぼ9mで、3構築層があり、動物に因んで様式化された豊富な金製人工遺物が含まれていました。アリストテレスとヘロドトスはユーラシア草原地帯の遊牧民集団における「黄金を守るグリフィン」に言及しており、それはスキタイ人の地域の支配層の遊牧民個体群を指しているかもしれません。「黄金の男」は、より顕著なBMAC関連祖先系統にも関わらず、鉄器時代サカ文化集団の遺伝的差異内に位置づけることができました。低いゲノム規模網羅率のため、遺伝的祖先系統のより正確な推定はできませんでした。しかし、「黄金の男」の遺伝学的性別は女性よりも男性の可能性が高い、と推定され、「黄金の男」の遺伝学的性別に関する長年の議論は解決しました。

 概して、本論文の全個体は異なる3祖先系統供給源、つまり東方草原地帯と西方草原地帯とBMAC関連祖先系統の2もしくは3方向混合としてモデル化できました。さらに、一部の個体はアルタイ_MLBAのみを用いてモデル化でき(シンタシュタ文化集団的祖先系統とフブスグル的祖先系統の混合)、この地域におけるある程度の遺伝的連続性が示唆されます。これらの調査結果は、スキタイ人の遺伝的特性に関する先行研究[6]と一致し、既知のユーラシア人のゲノム差異にまたがる遺伝的多様性がさらに浮き彫りになります。支配層と非支配層に分類すると、個体群は3祖先系統の混合としてモデル化できず、個体の祖先系統モデル化で見られる異質性が浮き彫りになります。しかし、非支配層と比較して支配層では異質性は少ない傾向が観察され、激しい遺伝的混合の時期の連続性維持における支配層の役割の可能性が浮き彫りになります。東方草原地帯祖先系統の水準が増加している個体群では、女性の存在の割合がより高いことも認められました(9個体のうち7個体が遺伝学に女性で、ほぼ非支配層)。この調査結果は、祖先系統と混合の遺伝学的推定値より正確ではないものの、骨学的調査結果と、遊牧民国家との古代中国の国家の同盟構築の事例が、通婚を通じて行なわれたと記載されている、歴史的資料によって裏づけられます。この慣行がさらにさかのぼり、おそらくは鉄器時代に出現する証拠が、見つかりつつあるかもしれません。

 男性と同様に女性は、鉄器時代スキタイ人の社会において重要な役割を担った可能性が高そうです。本論文のデータセットの文脈では、女性は支配層集団のほぼ半分(42%、38個体のうち16個体)を顕わ和紙手織り、通路と死後穿孔の兆候とウマと豊富な副葬品を備えた巨大墳丘で発見されてきました。支配層女性1個体の顕著な事例は30~35歳の「ウルジャルの王女(URD002)」で、この個体はカザフスタン東部の、損傷した直径16mの墳丘で見つかり、緊急発掘で明らかになって、後にタサリクの墳丘と命名されました。URD002は2013年に発見され、紀元前5世紀~紀元前4世紀と年代測定されました。「ウルジャルの王女」はスキタイ様式の動物装飾がある精巧な金製の頭飾りを着用して埋葬されており、これは「黄金の男」と関連する発見と同様です。URD002は石の祭壇や薬用植物の遺骸とともにも埋葬されており、これはシャーマニズム的役割だった、と解釈されています。スキタイ社会における高位女性の存在と重要な役割は、ヘロドトスなどの歴史的記録でも裏づけられます。

 この研究ではIBDを用いて、分析されたスキタイ人集団の遺伝的構造が観察され、支配層個体群はより大きな一般人口集団内の下部集団を形成します。この観察はより高いIBDの接続性によって裏づけられ、支配層個体群は非支配層とよりも相互と親族関係にある可能性が高くなっています。本論文のデータセットは支配層と非支配層両方の個体がいる遺跡を含んでおり、同じ遺跡の支配層と非支配層および同じ遺跡の非支配層同士と比較して、異なる遺跡の支配層間で遺伝的近縁性のほとんどが見つかりました。

 ROH分析の結果、支配層個体群におけるより高水準のROHが明らかになり、それにはイトコ間もしくはオジメイ間の結婚だった個体も含まれます。非支配層と比較して支配層集団でより小さなNₑも推定され、支配層階級内で族内婚の度合いがより高い、と示唆されます。親族関係にある支配層個体間の地理的距離は、支配層と非支配層の組み合わせと比較として、統計的により短い、と分かりました。この調査結果は、ロシアのトゥヴァのシベリアの「王の渓谷」で見られるような、支配層埋葬と親族に基づく支配層の埋葬慣行の地理的集中化との見解をさらに強化します。さらに、異なる墓地に埋葬されたものの、支配層の特徴を共有している個体間で、祖父と孫の関係が見つかりました。これは、鉄器時代の草原地帯支配層における王朝支配の出現証拠として解釈され、これは、社会的地位が子孫に継承され、個体遊牧民社会で正当化されるやり方に、光を当てます。

 まとめると、これらの結果から、鉄器時代スキタイ人では、支配層は非支配層と比較して、その構成員間では近縁性や王朝連続性の可能性がより高い下部集団を表していた、と示唆されます。本論文で提示された結果は、古代ユーラシア遊牧民集団における社会的不平等と分化の出現に関する理解を深め、紀元前千年紀におけるユーラシア中央部の最初期の遊牧民集団の慣行を浮き彫りにします。最後に、本論文の調査結果は、過去における社会的不平等の出現についての知識の蓄積に寄与します。


参考文献:
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