ヨーロッパ西部のネアンデルタール人のゲノムデータ

 ヨーロッパ西部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のゲノムデータを報告した研究(Mesa et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。古代ゲノム研究の進展によって、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の複雑な遺伝的関係が明らかになってきました[10]。本論文は、フランスとベルギーの後期ネアンデルタール人(52000年前頃以降)の新たなゲノムデータを、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)とともに報告し、その中には高品質なデータも含まれています。

 これらの個体のほとんどは遺伝的に、ヨーロッパの同年代の他のネアンデルタール人とよりも、相互と密接に関連している、と示されました。一方で、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人は遺伝的に、アルタイ山脈の10万年以上前のネアンデルタール人と比較して、遺伝的に異なるクレード(単系統群)を形成することも明らかになっています[10]。ヨーロッパ後期ネアンデルタール人系統の中でも、フランス地中海地域で発見された後期ネアンデルタール人1個体は、初期に分岐した独特な系統を示しています[2]。本論文でも、ヨーロッパ北西部の一部の個体において、ネアンデルタール人系統の中でも初期に分岐した系統からの遺伝子流動が確認され、ヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人における遺伝的多様性が示されました。

 また、近親交配の遺伝的痕跡が、アルタイ山脈の初期ネアンデルタール人では確認された[8]のに対して、ヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人では見つかりませんでした。そのため、ヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人は、アルタイ山脈の初期ネアンデルタール人よりも大規模な集団で暮らしていたか、他集団との結びつきがより緊密だったのではないか、と推測されています。また、ヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人においては、遺伝的負荷が経時的に蓄積していたわけではないことも示され、ネアンデルタール人の絶滅の要因として挙げられている遺伝的劣化の進行との見解に異議が呈されています。

 本論文は、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人と現生人類との関係を改めて示した点でも注目されます。すでに47000年前頃には、ヨーロッパ中央部に現生人類が拡散しており[30]、ヨーロッパにおいてネアンデルタール人と現生人類は5000年以上共存していた可能性が高そうです[7]。しかし、これまで、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人には、近い過去における現生人類からの遺伝子流動の証拠が見つかっていませんでした[11]。この調査結果は本論文でも改めて裏づけられ、近い過去の交雑によって獲得した現生人類由来の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)はヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人では見つかりませんでした。しかし一方で、ヨーロッパの4万年以上前の初期現生人類には、近い過去におけるネアンデルタール人からの遺伝子流動が確認されています[46]。この非対称性は、ネアンデルタール人と現生人類との力関係の優劣に起因する可能性も考えられますが(関連記事)、今後の重要な研究課題の一つと言えるでしょう。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、CI(confidence interval、信頼区間)、KIN(Kinship INference、親族関係の推測)、HPDI(highest probability density interval、最高確率密度区間)、PSMC(pairwise sequentially Markovian coalescent、対での逐次マルコフ合着)、IQR(interquartile range、四分位範囲)、HBD(homozygosity-by-descent、同型接合性)、cM(centimorgan、センチモルガン)、pN/pS(ratio of missense to synonymous variants、同義置換多様体に対するミスセンス多様体の比率)、GN1(Goyet Neanderthal 1、ゴイエ遺跡ネアンデルタール人1号)、GN2(Goyet Neanderthal 2、ゴイエ遺跡ネアンデルタール人2号)、D5(Denisova 5、デニソワ5号)です。

 本論文で取り上げられる主要な遺跡は、フランスのポワトゥ(Poitou)のレス・コテス(Les Cottés)とアルシ・スュル・キュール(Arcy-sur-Cure、略してAR)とサン・セザール(Saint-Césaire)とマンドラン洞窟(Grotte Mandrin)のネアンデルタール人個体トラン(Thorin)、ベルギーのトロウ・マグリット(Trou Magrite)とゴイエ(Goyet)の第三洞窟(Troisième caverne)とスピ(Spy)洞窟とフォンヅ・デ・フォレット(Fonds-de-Forêt)とスクラディナ洞窟(Scladina Cave)とワロウ(Walou)遺跡とクーヴァン(Couvin)とエンギス(Engis)、ジブラルタルのフォーブス採石場(Forbes Quarry)、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)洞窟、ポーランドのスタイニヤ洞窟(Stajnia Cave)、ルーマニアの骨の洞窟(Peştera cu Oase、略してPO)、ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)、コーカサス北部のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave、略してD)とチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)とオクラドニコフ(Okladnikov)洞窟です。


●要約

 考古学と骨学と遺伝学の証拠から、ネアンデルタール人は小集団で暮らしていた、と示唆されていますが[1、2]、これらの集団が孤立した共同体の一部だったのか、それともより大規模で密接に結びついた人口集団に属していたのかどうかについて、よく分かっていません[3]。本研究では、ベルギーとフランスの10ヶ所の考古学的遺跡の52000年前頃以降に生存していたネアンデルタール人27個体から、遺伝的データが生成され、それには、ベルギーのゴイエの45000年前頃の1個体からの高網羅率のゲノムが含まれます。これらの個体のほとんどは、ヨーロッパの他の同年代の後期ネアンデルタール人とよりも相互とより密接に関連している、と示されます。さらに、これらの個体の一部は、後期ネアンデルタール人の分岐に先行するネアンデルタール人1系統に由来するDNAを有しています。これらのネアンデルタール人は47000年前頃以降にはヨーロッパ北西部で初期現生人類と時間的に重複していましたが、現生人類からの近い過去の遺伝子流動の証拠が見つかりません。これらのネアンデルタール人はアルタイ山脈のネアンデルタール人で見られた近親者間の配偶の遺伝的痕跡も示しておらず、これらのネアンデルタール人はより大規模がより結びついている集団で暮らしていた、と示唆されます。さらに、遺伝的負荷が経時的に蓄積していたわけではなく、ネアンデルタール人の絶滅の要因として挙げられている遺伝的劣化の進行との見解に異議を呈しています。


●研究史

 ネアンデルタール人はヨーロッパとアジア西部において少なくとも43万年前頃から[5、6]4万年前頃まで[7]生存していました(43万~4万年前頃)。ネアンデルタール人4個体の高品質な核ゲノム[3、8~10]は、ネアンデルタール人の多様性および人口史や、初期現生人類との相互作用に多くの知見を提供しました。クロアチアのより新しいネアンデルタール人ヴィンディヤ33.19(45000年前頃)は、12万年前頃となるデニソワ洞窟(12万年前頃のアルタイ山脈ネアンデルタール人とも呼ばれるデニソワ5号もしくはD5[8]と、11万年前頃となるデニソワ17号もしくはD17[10])およびチャギルスカヤ洞窟(6万年前頃のチャギルスカヤ8号[9])のより古いネアンデルタール人よりも高い遺伝的多様性と近親交配の乏しい証拠を示しており、これらのネアンデルタール人は既知のネアンデルタール人の範囲の最東端部で暮らしていました。後期ネアンデルタール人4個体からのさらなる低網羅率の核ゲノムは、メズマイスカヤ(ロシアのコーカサス)やレス・コテス(フランスのポワトゥ)など、地理的に遠い地域個体間の密接な遺伝的類似性を示しており、後期ネアンデルタール人の間の長距離の接続の可能性が示唆されています[11]。

 更新世遺骸は希少で、一般的にDNAの保存状態は悪いものの、微小標本抽出[11]を含めて最近の方法論的進歩によって、汚染除去や抽出やライブラリ調整や濃縮手法が改善され、これによって劣化したDNAの回収率が向上し、多数のネアンデルタール人遺骸の研究が可能となりました。チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人11個体の低網羅率のゲノムによって、密接な親族関係と低い遺伝的多様性のパターンが明らかになりました。しかし、これらの観察はネアンデルタール人の分布範囲の東端の単一集団に基づいているので、そうした調査結果がネアンデルタール人の多様性および人口構造を一般的にどの程度表しているのかは、依然として未解決です。


●新しい詳細なデータセット

 ベルギーのマース川流域は、ほぼ同年代の後期ネアンデルタール人の研究に類例のない機会を提供しており、それは、中部旧石器時代遺跡が高度に密集しているからです(図1)。これらの遺跡のほとんどは19世紀に発掘されており、石器群との確実な関連づけが困難で、信頼できる状況把握がより困難になっています。動物遺骸収集品の再分析を含めて最近の試みによって、さらなるネアンデルタール人遺骸が特定され[21]、14点の新たなネアンデルタール人のミトコンドリアゲノム(ゴイエの第三洞窟、スピ、フォンヅ・デ・フォレット、スクラディナ、トロウ・マグリット)[4、11、21、23、24]や、スクラディナ(I4-A)[23]とスピ(94a)とゴイエ(Q56-1)[11]の3点のネアンデルタール人の低網羅率の核ゲノムが得られ、これらから、スピ94aおよびゴイエQ56-1個体は、これまでに配列決定されたどの他の後期ネアンデルタール人とよりも、相互と多くの派生的アレル(対立遺伝子)を有意に多く共有していた、と示されました[11]。その内訳は、以下は本論文の図1です。
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 しかし、この地域におけるネアンデルタール人の人口構造の重要な側面は、依然として調べられていません。形態に基づく分析では、スピの80点のネアンデルタール人遺骸とゴイエの101点のネアンデルタール人遺骸は、それぞれ少なくとも3個体と6個体に属している、と推定されているものの、正確な数は依然として不明です。その遺伝的類似性にも関わらず、スピとゴイエのネアンデルタール人の埋葬慣行は大きく異なっています。スピでは、骨の間の解剖学的つながりが意図的な埋葬を示唆していますが、この解釈には疑問が呈されてきました。対照的に、ゴイエのネアンデルタール人遺骸は高度に断片化しており、その人為的改変は個体が食人の対象となったことを示唆しています[21]。対照的な移動パターン(硫黄同位体値は、スピにおける地元での採食と、ゴイエにおける地元外起源を示唆しています)の証拠[28]と合わせると、これはヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人における多様性が、遺伝的データから現時点で明らかになっていることよりも大きいことを示しています。

 マース川流域とその周辺地域の遺跡の多くから、45000年前頃もしくはそれ以降の年代のネアンデルタール人遺骸が得られており、これは現生人類がすでにヨーロッパ中央部にいた時代です[29、30]。しかし、ベルギーの複数の考古学的遺跡で回収された骨角器の放射性炭素年代から、この地域において現生人類とネアンデルタール人との間の重複はなかった、と示唆されています[31]。ネアンデルタール人と現生人類の両方からの遺伝的データの取得はこの問題の解決に役立つことができ、それは、両者の間の近い過去の混合の直接的証拠が重複を確証するからです。


●個体の特徴づけと親族関係

 マース川流域の7ヶ所の遺跡(ゴイエ、スピ、クーヴァン、トロウ・マグリット、エンギス、ワロウ、フォンヅ・デ・フォレット)とフランスの2ヶ所の遺跡(サン・セザール、アルシ・スュル・キュール)の後期ネアンデルタール人34個体の骨格遺骸が、古代DNAの保存状態について検査されました(図1)。その放射性炭素年代【非較正】の範囲は52480~36150年前頃ですが、現代の炭素による汚染が最新の年代の一部を偏らせたかもしれません[21]。浅井ショットガン配列決定から、175点のDNAライブラリの大半における内在性DNAの割合は低く、ヒト参照ゲノムにマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)される配列の中央値は1%未満未満だった、と示唆されました。しかし、ゴイエQ56-1については、この割合が高く37%に達し、このネアンデルタール人のゲノムを平均網羅率22.4倍で配列決定でき、これまでに配列決定された5番目の高網羅率のネアンデルタール人ゲノムが得られました。

 保存状態がよくない標本からゲノム規模核データを生成するために、ネアンデルタール人とデニソワ人の差異について情報をもたらす、約230万ヶ所のSNPを対象とした、混合捕獲パネル(ArchaicPlus)が設計されました。このパネルを用いて、6ヶ所の考古学的遺跡で発見された19点の骨格遺骸からゲノム規模核データが回収されました。最初の品質管理は、ライブラリ水準で実行されました。0.4%(95%CIで0.3~0.6%)~90.3%(95%CIで85.5~95.2%)の高水準の現代人のDNA汚染のため、すべての下流分析は、古代DNAに特徴的なシトシンの脱アミノ化を示す配列に限定されました。これによって、3087~876377ヶ所を網羅するSNPが得られ、残存する現代人のDNA汚染推定値の範囲は0%(95%CIで0~0.1%)~20.7%(95%CIで6.9~44.4%)となります。

 常染色体とX染色体の相対的な配列網羅率の比較によって、6点のネアンデルタール人遺骸が遺伝的に男性と判断されました。それは、新生児のゴイエQ305-1およびトロウ・マグリット2422-36、6.5~12.5歳の子供であるゴイエ1424-3Dと未成熟個体の3点の要素、Y染色体が以前に配列決定された[1]スピ94a、3フォンヅ・デ・フォレット1号、スピ8号です。ゴイエQ119-2とゴイエC5-1の骨格遺骸は信頼できる性別判定のためのデータが不充分で、残りの12点の標本は遺伝学的に女性となり、ゴイエの少なくとも4個体の成人を表す10点の遺骸や、レス・コテスZ4-1514やアルシ・スュル・キュールAR-30が含まれます。

 次にKINを用いて、5%未満の汚染率の15点の骨格遺骸間の遺伝的近縁性が調べられました。ゴイエの9点の標本のうち、遺伝学的に同一の遺骸の2クラスタ(まとまり)が特定され、それはゴイエのQ56-1とQ374a-1とQ305-7で構成されるGN1と、ゴイエのQ57-1とQ57-2とQ57-3で構成されるGN2です(図1b)。本論文の分析では、以前には2点の異なる右側脛骨に修復されたゴイエQ305-7およびゴイエQ374a-1は遺伝的に同一だった、と示されました。その修復の再評価後に、ゴイエQ305-7は間違って修復されていた、と結論づけられました。ゴイエQ54-4断片から脛骨3の余分な標本が採取され、これは遺伝的にゴイエQ374a-1およびゴイエQ305-7と異なっていたので、GN1に属していなかった、と分かりました。代わりに、ゴイエQ54-4はGN2の遺骸一式と遺伝的に同一で形態学的に一致しており、高度に断片化した要素の修復に情報をもたらす、遺伝学的分析の可能性が論証されます。

 同様に、1点の右側大腿骨であるスピ8号の核データは、上顎第三大臼歯であるスピ94aから以前に配列決定されたDNAと同一だった、と分かりました。したがって、両者は同じ成人男性個体に割り当てることができます(図1b)。同じ個体に割り当てられたデータの頭語に進み、この時点以降は、これらの個体はGN1およびGN2およびスピ94a_8と呼ばれます。

 これらの一致を除くと、これらのネアンデルタール人の間で、KINの検出限界である最大3親等までの近縁性の近親者は見つかりませんでした。ゴイエでは、配列決定された個体は全員、親族関係にない成人もしくは思春期(12~13歳から17~18歳頃)の女性と学童期(6~7歳から12~13歳頃)の男性個体でした。この個体群が単一の共同体を表しているのかどうか不明なので[21]、本論文は集団構造もしくは文化についての推測を控えます。しかし、母親が分析された女性では見つからない新生児(ゴイエQ305-1)がいる事実は、目を引きます。ゴイエQ305-1の母親の遺骸がまだ標本抽出されていない可能性はありますが、ゴイエの個体が近親者だった証拠は見つからず、これは、密接な親族関係にある数個体が特定されたチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人とは著しく対照的です。


●片親性遺伝標識の分子年代測定

 mtDNAの濃縮および現代人のmtDNA汚染の選別後、エンギスとトロウ・マグリットを除く全遺跡の標本24点のミトコンドリアゲノムを、さまざまな程度の完全性(コーディング領域の4.35~100%)で再構築できました。次に、BEAST2を用いて、年代測定された個体水準の皇子系統発生が生成され、これに使われたネアンデルタール人のmtDNAゲノムは、11点の新規データ、1点の以前に刊行されたデータの更新データ、28点の以前に刊行されたデータです(図2)。新たに再構築されたmtDNAゲノムのほとんどは、ヨーロッパ南部および西部の後期ネアンデルタール人やロシアのメズマイスカヤ2号[34]から構成される大規模な単系統群内に収まる、と分かりました。その年代は41060年前(95%HPDIで47550~33100年前)と50510年前(95%HPDIで6706~30000年前)の間と推定され、その最新のミトコンドリアの分岐時期は745810年前(95%HPDIで89230~61650年前)です。以前に示されたように[11]、42000年前頃のレス・コテスZ4-1514は、ロシアのチャギルスカヤ洞窟およびオクラドニコフ洞窟の個体群を含めてより深いmtDNA単系統群の一部で、推定分岐時期は114080年前(95%HPDIで134670~94540年前)です。以下は本論文の図2です。
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 例外はクーヴァンのネアンデルタール人の(ベルギーのクーヴァンG6-0083)のmtDNAで、マンドラン洞窟(フランスのローヌ渓谷)のネアンデルタール人個体「トラン(マンドラン洞窟1600)」と同じ深く分岐したミトコンドリア系統[2]に位置します。相対的年代測定では、クーヴァンのネアンデルタール人は較正年代で49660~44170年前頃と推定され、これは同じ層から回収された数点の動物の骨の放射性炭素年代の組み合わせに基づいており、マンドラン洞窟のネアンデルタール人の直接的な年代測定の推定値は、較正年代で53000~48000年前頃です。両方の推定値は、放射性炭素年代測定の限界近くに位置します。クーヴァンとマンドラン洞窟のネアンデルタール人の年代の分子推定値は、分子年代測定に選択された事前情報に対してひじょうに敏感です。放射性炭素年代に制約されないモデルは、両個体が10万年以上前と推定しています。対照的に、どちらかの標本と関連する放射性炭素年代を年代測定モデルへと統合すると、年代推定値は、クーヴァンのネアンデルタール人では69050年前頃(95%HPDIで89680~50450年前)、マンドラン洞窟のネアンデルタール人では49140年前頃(95%HPDIで66430~30070年前)と変わり、つまり、関連する放射性炭素年代により近くなります。CIは広いものの、クーヴァンのネアンデルタール人については遺伝学的年代と放射性炭素年代との間で明らかな不一致があり、これはマンドラン洞窟での報告[2]と同様です。クーヴァンG6-0083の大臼歯の考古学的および層序学的背景を考慮すると、より古い堆積物の考古学的区画2における歯の嵌入の可能性は低いようです。これが提起する可能性は、おそらくはスタイニヤ洞窟とフォーブス採石場のネアンデルタール人を含む分岐した母系[36、37]がヨーロッパ西部に広がり、恐らくは他の後期ネアンデルタール人系統と共存したことです。

 次に、焦他に特定された男性3個体について、カスタムY染色体捕獲パネルで生成されたデータが分析されました。2897~13351ヶ所の間のY染色体SNPを用いて、3個体がネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類の高品質なY染色体を関連づける系統樹[1]に位置づけられ、これにはスピ94a_8が含まれます(図2b)。ほとんどの後期西方ネアンデルタール人が単一の単系統群の一部であるmtDNAとは対照的に、Y染色体は地理によってクラスタ化せず(まとまらず)、新たなY染色体はスピ94a_8で見られるY染色体ハプロタイプを共有していない、と分かりました。3フォンヅ・デ・フォレット1号とトロウ・マグリット2422-36のY染色体がチャギルスカヤ洞窟の利用可能なネアンデルタール人7個体と最も類似しているのに対して、ゴイエQ305-1のY染色体はメズマイスカヤ2号と最も類似しています。新たに配列決定されたY染色体は以前に配列決定されたネアンデルタール人のY染色体の差異内に収まり、118000年前頃(133000~102000年前頃)の分岐時期の単系統群を表しています。


●異型接合性と人口規模

 GN1ネアンデルタール人で得られた高網羅率の核ゲノムを用いて、GN1の常染色体のゲノム規模の異型接合性は1.51×10⁻⁴(染色体あたりの推定値は1.20×10⁻⁴~1.83×10⁻⁴)と推定され、これは既知のネアンデルタール人の差異範囲内に収まり、現代人で見られる値よりかなり低くなります。ゲノム上の異型接合性のパターンを用いて、PSMCを使い、GN1の人口史が推定されました。欠失データの補正後に、GN1の人口統計学的歴史はネアンデルタール人個体ヴィンディヤ33.19とひじょうに類似していた、と分かり、両者が共通の人口史を有していた、と裏づけられました。f(A | B)統計[8、9、11]を用いると、A=GN1とB=ヴィンディヤ33.19によって表される人口集団は54000年前頃に分岐し(95%CIで55000~53000年前頃)、と推定され、核ゲノム枝短縮推定値から、両者はおそらく同様の年代と示唆され、GN1は46030年前頃(IQRは63720~34130年前頃)、ヴィンディヤ33.19は47060年前頃(IQRは68150~35180年前頃)と推定されました(図3b)。したがって、放射性炭素年代測定と遺伝学的年代測定の両方が、ヴィンディヤ33.19とGN1をほぼ同年代と位置付けており、それはネアンデルタール人の消滅の数千年前となります。以下は本論文の図3です。
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 以前に刊行された高網羅率のネアンデルタール人のゲノム[3、8、9]はすべて、ほとんどの現代人より広範なHBDだった領域を有している、と示されました。アルタイ地域のD5とチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人は両方とも、後期西方ネアンデルタール人であるヴィンディヤ33.19よりも多くて長いHBD領域を有しています。GN1のHBD領域に含まれるゲノムの全体の割合は、使用された遺伝子型決定誤差媒介変数(π)に基づくと、6.6~22.3%の間と推定されます(図3a)。これらの値は、チャギルスカヤ8号およびD5のネアンデルタール人とよりも、ヴィンディヤ33.19のネアンデルタール人の方と近くなります。さらに、近親者間の近い過去の近親交配を示唆する多くの長いHBD断片(10cM超)を有するチャギルスカヤ8号およびD5とは異なり、GN1はそうした長い領域の過剰を示さず、近い過去の近親交配の証拠は提供されません。


●後期ネアンデルタール人の人口構造

 次に、高網羅率のショットガンデータと、ArchaicPlus混合捕獲を使って生成された低網羅率の核ゲノムデータを用いて、ベルギーとフランスのネアンデルタール人の他の後期ネアンデルタール人との関係が調べられました。高網羅率で配列決定された個体のうち、ネアンデルタール人個体GN1はクロアチアの同年代のヴィンディヤ33.19と最も密接に関連しており、両個体は生存していた時代から1万年前頃の共通祖先を有しています。D統計と外群f₃分析の両方を用いると、フォンヅ・デ・フォレットとスピとゴイエとトロウ・マグリットの充分な配列決定データのあるネアンデルタール人については、すべてヴィンディヤ33.19とよりもGN1の方と有意に類似している、と分かりました(図4a・b)。D統計でも、分析された後期ネアンデルタール人の全個体は、チャギルスカヤ8号もしくはD5のネアンデルタール人とよりも、ヴィンディヤ33.19の方と有意に多くのアレル(対立遺伝子)を共有している、と示されます(図4a)。以下は本論文の図4です。
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 低網羅率の各ネアンデルタール人のゲノムと高網羅率のヴィンディヤ33.19のゲノムとの間の人口集団の分岐時期は、経時的なネアンデルタール人の人口規模の推定変化[8。39]とともに、f(A | B)統計を用いて推定されました。本論文で研究対象のネアンデルタール人は、ネアンデルタール人個体ヴィンディヤ33.19との共通祖先から54000年前頃(95%CIで58000~51000年前頃)に分離した、と推定され、これはGN1の結果と一致します(図4c)。これは全体的に、これら後期ネアンデルタール人がヴィンディヤおよびメズマイスカヤの他の同年代のネアンデルタール人とよりも相互の方と密接に関連していたことを示唆しており、地理的地位と一致します(図4d)。

 アルシ・スュル・キュールのネアンデルタール人個体AR-30(42000年前頃)[40]はチャギルスカヤ8号とよりもヴィンディヤ33.19の方と遺伝的に近く、これは、AR-30が、ネアンデルタール人個体ヴィンディヤ33.19との共通祖先から131000年前頃(95%CIで195000~82000年前頃)に分岐した人口集団に属している、と示唆するf(A | B)に基づく推定値です。これは、ゴイエやフォンヅ・デ・フォレットやスピやゴイエとトロウ・マグリットのネアンデルタール人について推定された分岐よりずっと早くなります。分岐時期におけるこの違いは、AR-30がヴィンディヤ33.19とチャギルスカヤ8号の系統上の派生的多様体をより低い割合で共有していることによって引き起こされています。おそらくは動物の汚染に起因するAR-30における祖先的アレルの過剰は、分岐時期をさかのぼらせるかもしれません。しかし、メタゲノムパイプラインのquicksandを用いると、ヒト科以外の哺乳類の科に割り当てられる配列は見つからず、この兆候が動物の汚染に起因する可能性は低そうです。同様に、1.3%(95%CIで0.3~2.8%)と推定された現代人の汚染率は、この兆候を説明するには低すぎます。祖先的多様体の過剰は、ネアンデルタール人個体チャギルスカヤ8号およびD5の分岐間のある時点で分岐したネアンデルタール人系統から、AR-30へと遺伝子流動があったこととも一致するかもしれません。しかし、この仮説を検証するには、AR-30からのより多くのデータが必要でしょう。


●近い過去の現生人類祖先系統はありません

 この研究におけるネアンデルタール人の推定年代は、放射性炭素年代測定か分子年代測定のいずれかに基づいており、較正年代で49800~40000年前頃の間となります。これは、ヨーロッパにおける初期現生人類の存在[30、43]、ネアンデルタール人と現生人類との間の遺伝子流動の推定時期[30、44]、骨の洞窟(ルーマニア)[45]とバチョキロ洞窟(ブルガリア)[46]の両個体群における近い過去のネアンデルタール人祖先系統と重なっています。admixfrog第0.7.2版[47]を用いて、これら後期ネアンデルタール人のゲノムにおける近い過去の現生人類からの遺伝子移入について検証されました。これらのネアンデルタール人は初期現生人類との最初のあり得た相互作用の後の最大でも500世代以内に生存していたので、遺伝子移入がもし起きたならば、ネアンデルタール人のゲノムで1cM以上の複数の遺伝子移入した現生人類からの複数のDNA領域が予測されます。本論文は、ネアンデルタール人10個体のうち4個体で現生人類のDNAの可能性がある領域を特定しましたが、見つかった最長の領域はわずか0.41cMで、近い過去の遺伝子移入とは一致しません(図5a)。特定された推定される現生人類由来領域のすべてが短く、ネアンデルタール人と現生人類の間で固定された差異が欠けていたので、これらは現生人類からネアンデルタール人へのずっと古い遺伝子流動か、不完全な系統分類に関する以前の証拠[48]と一致します。以下は本論文の図5です。
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 今では5万年前頃以降に生存していたネアンデルタール人16個体の核データがありますが、近い過去の現生人類祖先系統を有するネアンデルタール人はまだ特定されていません。これは、ユーラシアの4万年以上前の13個体のゲノムすべてでネアンデルタール人祖先系統がある初期現生人類とは対照的で、そのうち4個体は、わずか4~10世代前にネアンデルタール人の祖先がいます[45、46]。以前に指摘された遺伝子流動のこの明らかな非対称性は、遺伝子移入の動態を反映しているかもしれず、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子流動は現生人類のユーラシアへの拡大の初期に起きて、その後の【出アフリカ】現生人類は全員、この混合人口集団の子孫です。対照的に、遺伝子移入の時点で、ネアンデルタール人はより後半に広がっており、遺伝子移入はおそらく局所的な集団にしか影響を及ぼしませんでした。代替案は、後期ネアンデルタール人における現生人類のDNAの欠如が、人口統計学的不均衡、配偶選択における偏り、ネアンデルタール人と現生人類の夫婦の子供がおもに現生人類集団に取り込まれたか、子供の適応度の違いを反映しているかもしれない、というものです。


●現生人類におけるネアンデルタール人祖先系統

 先行研究では、現在と古代両方の現生人類におけるネアンデルタール人祖先系統は、ネアンデルタール人個体でも、チャギルスカヤ8号およびD5とよりもヴィンディヤ33.19の方と密接に関連している、と示されてきました[3、9]。ゴイエの後期ネアンデルタール人1個体であるGN1の新たな高網羅率のゲノムを踏まえて、どの配列決定されたネアンデルタール人が、現生人類へと遺伝子移入したネアンデルタール人と最も密接に関連しているのか、二つの補完的な手法を用いて再調査されました。

 まず、admixfrogを用いて、古代人および現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人祖先系統断片が特定され、次に、ベイズ二項モデルが適用されて、遺伝的距離が推定され、最も近縁に一致するネアンデルタール人が特定されました。次に、D統計を用いて、遺伝子移入された多様体が濃縮されていると予測されるアレルの区分けに焦点が当てられました[9]。両方の分析では、アフリカ人を除く全個体におけるネアンデルタール人祖先系統は、チャギルスカヤ8号もしくはネアンデルタール人個体D5とよりも、ヴィンディヤ33.19およびGN1の方と有意に近い、と分かりました。ヴィンディヤ33.19とGN1は密接に関連するネアンデルタール人集団に由来するので、その比較はとくに困難です。現代人におけるネアンデルタール人祖先系統はGN1とよりもヴィンディヤ33.19の方と近い傾向にありますが、これは現代人全個体を統合した場合にのみ有意です(図5b)。これが示唆しているのは、ほとんどの混合はおそらく、現生人類と、ベルギーやフランスの後期ネアンデルタール人とよりもヴィンディヤ33.19の方と密接に関連するネアンデルタール人との間で起きたことです。対照的に、ごく近い過去にネアンデルタール人の祖先がいる更新世の現生人類4個体におけるネアンデルタール人祖先系統は、GN1とよりもヴィンディヤ33.19の方と有意に近いわけではありません(図5b)。したがって、初期現生人類は【ヴィンディヤ33.19とよりも】GN1の方と近いネアンデルタール人から一部の祖先系統を受けており、全体的に有意ではないD統計の結果が生じたかもしれません。


●ネアンデルタール人の絶滅

 本論文で研究対象のネアンデルタール人は、ネアンデルタール人の消滅直前に生きていた、ヨーロッパ北西部の最後の既知の個体の一部です[7]。現生人類と比較すると、ネアンデルタール人は有効人口規模がずっと小さく、浄化選択がより弱くなり、おそらくは適応度が減少しました[50、51]。遺伝的多様背亭の喪失はネアンデルタール人の絶滅の原因となったかもしれない、と示唆されてきました[8、24]。他の絶滅種もしくは絶滅危惧種において経時的に増加すると示されてきた、3点の遺伝的負荷指標が比較されました。コーディング多様体については、pN/pSが測定されるとともに、polyPhen2を用いて、より有害な多様体への変化が検証されました。さらに、2番目の保続得点であるphyloPが用いられ、これはコーディング多様体と非コーディング多様体の両方で定義されます。すべてのネアンデルタール人で、非同義多様体の枯渇が見つかりました(GN1ではpN/pS=0.76)。しかし、pN/pSもしくは2通りの保存得点のいずれでも、初期と後期のネアンデルタール人において比率に有意な違いはありません。同型接合領域での増加(図3)も、異型接合領域での減少も観察されなかったので、これらの結果は、経時的な遺伝的負荷の蓄積もしくは多様性減少がネアンデルタール人絶滅の主因だった、とのモデルと一致しません。


●まとめ

 高網羅率のネアンデルタール人のゲノム(GN1)の配列けった亭によって、絶滅直前のベルギーとフランスの後期ネアンデルタール人の遺伝的多様性を調べる、ための重要な基準点が確立されました。これに加えて、DNA保存状態の悪いネアンデルタール人遺骸一式からゲノム規模データを回収するために、高度に断片化した古代DNAに特化した実験的手法と計算的手法が組み合わされました。まとめると、これらのゲノムは後期ネアンデルタール人の遺伝的多様性の概要を提供し、低網羅率の核ゲノムでさえ、古人類学的文脈と統合すると、ネアンデルタール人集団内の多様性の解像度を大きく向上させることができる、と論証します。ゴイエの個体群はマース川流域の他のネアンデルタール人とともに独特な遺伝的まとまり(クラスタ)を形成しますが、その同位体値はこれらの個体がこの地域出身ではなかったことを示唆しています[28]。さらに、この化石群は、親族関係にない女性1個体と思春期(12~13歳から17~18歳頃)の2個体の食人の痕跡がある遺骸から構成されています。

 注目すべきことに、マース川流域の考古学的遺跡のネアンデルタール人の集団内および集団間で、低い遺伝的分化が見つかりました。GN1とヴィンディヤ33.19にチャギルスカヤ8号およびD5のネアンデルタール人に存在する長いHBD領域が欠けていることも考えると、これら西方ネアンデルタール人にはアルタイ地域のデニソワ洞窟およびチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人よりも高い遺伝的多様性と大きなつながりがある、と結論づけられ、近親者間の交配はすべてのネアンデルタール人集団に共通する特徴ではなかった、と示唆されます。異なる期間もしくはユーラシアの他地域からの将来の研究は、本論文で観察されたパターンが局所的例外なのか、あるいはネアンデルタール人の社会組織のより広範な特徴を表しているのか、判断するのに重要となるでしょう。アルシ・スュル・キュールの核データとクーヴァンのmtDNAゲノムはともに、後期ネアンデルタール人のより複雑な人口構造を示唆していますが、これを裏づけるにはより高品質のデータが必要となるでしょう。

 まとめると、遺伝的データはヨーロッパ北西部の後期ネアンデルタール人集団間におけるかなりのつながりを示唆しており、距離による孤立のパターンと一致します。このつながりは、恒久的な生物地理学的交差点ではなく、おそらくは、中期および後期更新世における気候に起因する人口縮小および拡大のより広い枠組みにおいて、地域的な開放性の時として起きる期間の結果でした。最後に、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人は初期現生人類と重複していたものの、分析されたネアンデルタール人のゲノムは近い過去の現生人類からの遺伝子移入の証拠を示さない、と分かりました。さらに、現代人のネアンデルタール人断片が、GN1とよりもヴィンディヤ33.19の方と近い関係であることから、現生人類とネアンデルタール人との間の遺伝子流動はおそらくヨーロッパ北西部外でおもに起きた、と示唆されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:北西部に最後に生息したネアンデルタール人の遺伝的多様性

 北西ヨーロッパで最後に生き残ったネアンデルタール人の一部は、ほかのネアンデルタール人や初期の人類とは隔てられつつも、互いに密接につながった大規模な集団を形成して暮らしていた可能性があることを報告する論文が、Nature にオープンアクセスで掲載される。5万2500年前より新しい時期に生きた、少なくとも11人の異なる個体を含むこれらのネアンデルタール人は、遺伝的に多様であることが判明しており、遺伝的劣化が絶滅のおもな原因であったとする従来の見方に疑問を投げかけている。

 ネアンデルタール人の遺伝学的研究は、DNAの保存状態の悪さによって制約を受けている。そのため、ネアンデルタール人の社会的・遺伝的構造や、さらに約4万年前の絶滅要因については、依然として十分には解明されていない。

 Alba Bossoms Mesaら(マックス・プランク進化人類学研究所〔ドイツ〕)は、ベルギーのマース川流域(Meuse Basin;中旧石器時代の遺跡が特に豊富に存在する地域)の7か所と、フランスの2か所から出土した27体のネアンデルタール人の遺骸からDNAの配列を解析した。ベルギーのゴイエ洞窟(Goyet cave)から出土した4万5000年前のネアンデルタール人の標本は、これまでに解読された中で5例目となる高カバレッジ(高精度)のネアンデルタール人ゲノムを提供した。著者らは、また、保存状態がそれほど良くない19体の遺骸からも、ゲノム全体の核DNAデータを取得した。これらのデータから、多くの個体が近親関係にないことが判明し、彼らが大規模で密接につながった集団で生活していたことを示唆している。さらに、ほかのネアンデルタール人集団とは異なり、近親交配の証拠はほとんど見られず、遺伝的多様性の低下が絶滅のおもな原因ではなかったことを示唆している。

 遺伝学的分析によると、これらのネアンデルタール人は約5万4000年前にほかの既知のネアンデルタール人との共通祖先から分岐しており、ほかのネアンデルタール人集団よりも互いに近縁であったと報告されている。本研究の対象となったネアンデルタール人は、初期の現代人と最大500世代にわたり共存していたと考えられているが、著者らは現代人のゲノムによる遺伝子浸透(introgression)は確認できなかった。

 これらの発見は、絶滅直前の後期ネアンデルタール人の遺伝的多様性を理解するための基準点となるものである。これらのデータを総合すると、ネアンデルタール人の遺伝的多様性は従来考えられていたよりも高く、後期ネアンデルタール人がどのように生きたか、そしてどのように滅びたかに関する理解に新たな視点をもたらす。



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