霊長類における食性の変化に伴う歯の適応

 霊長類における食性の変化に伴う歯の適応に関する研究(Gilbert et al., 2026)が公表されました。エナメル質は歯を覆う組織で、脊椎動物の体で最も硬い組織であるとともに、ナノメートルからミリメートルに及ぶ複雑なマルチスケール構造を有しています。その構造は、幅50~70 ナノメートル、長さ数マイクロメートルの細長いヒドロキシアパタイト(Ca5(PO4)3OH)ナノ結晶から構成されており、それらが平行に並んで約5マイクロメートル幅のロッド状構造に束ねられています。これらの構造はうねりながら交差してマイクロスケールの「交叉パターン」を形成し、このパターンは、亀裂を偏向させることで、エナメル質を強靱にしています。しかし、エナメル質ナノ結晶の結晶方位について、充分には理解されていません。

 本論文は、1780万年間にわたる進化と多様な食性を代表する9種の霊長類の歯12本において、隣接するナノ結晶の方位差角が著しく異なっていることを示します。本論文は、PELICAN(Polarization Enabled Large Input of Crystal Angles at the Nanoscale、ナノスケールにおける偏光駆動型結晶角大入力)と呼ばれる方法を用いて、同じ小臼歯および大臼歯の位置にあるナノ結晶を比較し、現生および化石の類人猿とサル類では、食物の硬さに伴って方位差が増大することを示します。

 また本論文は、ヒトの進化における3回の主要な食性の転換、すなわち約200万~150万年前頃の肉食への移行、12000年前頃の農耕への移行、250年前頃の産業革命にわたって、方位差を比較しました。その結果、ヒト系統では過去160万年間にわたって方位差が増大しており、とくに肉や石臼で挽いた穀物がヒトの食生活に導入された時期に顕著でしたが、産業革命では増大しなかったことを示します。

 したがって、歯はマクロな変化だけでなく、ナノスケールで結晶学的にも食性変化に適応していました。この観察結果は、方位差がエナメル質のレジリエンスに寄与している可能性を示唆しており、このため、生物に着想を得た材料では、レジリエンスを高めるために小さな方位差を取り入れることができるかもしれません。こうした分析は、霊長類に限らず他の動物種にも適用できそうで、今後の研究の進展が注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


古人類学:エナメル質ナノ結晶の結晶方位差は肉食と農耕に伴って増大した

古人類学:食性の変化に伴う歯のナノ構造の適応

 今回、霊長類とヒトの歯では、より硬い食物、特に肉や石臼で挽いた穀物への食性の移行後にエナメル質のナノ結晶の結晶方位差が増大したことが判明した。これは、ナノスケールでの適応を示しており、結晶方位差がエナメル質のレジリエンスを高めることを示唆している。



参考文献:
Gilbert PUPA. et al.(2026): Enamel nanocrystal misorientation increased with meat-eating and agriculture. Nature, 654, 8117, 76–84.
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10583-8

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