テレビ視聴の個人史

 テレビの衰退が言われて久しいように思いますが、その原因については、的確な指摘がすでに多数あるでしょうし、私が独自の有益な見解を付け加えられるはずもないので、個人的なテレビ視聴の歴史を述べておきます。まだある程度記憶が残っているうちに、体系的ではなくとも備忘録として残しておきたい、とふと思ったからですが、後世の誰かに、20世紀後半~21世紀の匿名の一個人の事例として参照してもらえれば幸いです。

 1972年生まれの私が子供の頃には、テレビは娯楽の王様で、子供たちは、テレビを見すぎないよう、大人から注意されることが多かったように思います。いつ言われたのか忘れましたが、母親の認識では、私はあまりテレビを見ない子供だったそうです。私の主観では、割とテレビを見ていた記憶がありますが、母親が認識している同年代の子供のテレビ視聴時間と比較すると、私のテレビ視聴時間は短かったのかもしれません。

 母親の認識で一つ思い当たるのは、子供の頃、アニメをあまり視聴せず、特撮はまったくと言ってよいほど視聴しなかったことです。具体的には、再放送も含めて『仮面ライダー』シリーズや『ウルトラマン』シリーズですが、どうも苦手でした。今になって思うと、『仮面ライダー』や『ウルトラマン』が苦手だったのは、一種の不気味の谷だったのかもしれません。冷静に考えると、仮面ライダーもウルトラマンもさほど人間には似ておらず、不気味の谷とは言えないようにも思いますが、子供の頃の私にとっては、気味悪く思えたのかもしれません。ただ、仮面ライダーについては、不気味の谷というよりは、昆虫と人間の合成のような顔を恐ろしく思ったのかもしれません。

 アニメについては、『サザエさん』や『ドラえもん』といった定番も、たまに視聴しただけで、小学校3年生くらいになると、ほぼ視聴しなくなった記憶があります。ずっと熱心に視聴した記憶があるのは、『ドカベン』と『銀河鉄道999』ですが、再放送での視聴も含まれているかもしれません。記憶が定かではありませんが、私が野球に関心を抱くようになったのは、『ドカベン』の視聴が契機だったかもしれません。小学生になった頃から、高校野球とプロ野球を熱心に視聴するようになりました。

 野球が契機となったのか、スポーツ観戦にも関心を抱くようになって、やや遅れて相撲とマラソンを視聴するようになり、競馬はさらに遅れて、ミスターシービーの登場が契機となって視聴するようになりました。翌1984年、当時は冬季と夏季が同じ年に行なわれていたオリンピックを視聴したことで、オリンピックも視聴するようになりました。ただ、オリンピックで行なわれている個々の競技への関心が全体的に高まったわけではなく、オリンピック以外でもそれなりに視聴したのはマラソンくらいで、後は柔道の全日本選手権をたまに視聴するくらいでした。

 ニュース番組は、1981年頃から意識して視聴するようになった、と記憶しています。ニュースで大きく取り上げられることもあってか、政治にもその頃から関心を抱くようになりました。とくに1982年の自民党総裁選は、政治への関心を高める重要な契機になったように思います。当時、小学校4年生でしたが、自民党総裁に選出された中曽根康弘氏のことを、担任の先生が戦争賛成派と糾弾し、本当にそうだろうか、と疑問を抱いたことは、鮮明に記憶に残っています。

 ドラマでは、再放送を含めて『太陽にほえろ!』は小学生になる少し前あたりから熱心に視聴した記憶がありますが、小さい頃にその他に定期的に熱心に視聴していた作品は、ほとんどなかったように記憶しています。ただ、再放送だったのか忘れましたが、『西遊記』は第1部と第2部ともにそれなりに視聴していた記憶があります。大河ドラマでは、初めて視聴したのが1981年放送の『おんな太閤記』でしたが、本格的に視聴し始めたのは1987年放送の『独眼竜政宗』以降でした。

 お笑い番組は、1980年頃の漫才ブームを契機に視聴するようになりましたが、さほど熱心ではありませんでした。クイズ番組では、『アメリカ横断ウルトラクイズ』は1980年代後半まで比較的熱心に視聴し、『世界ふしぎ発見!』は、放送開始当初の1986年から長く視聴を続けました。そういえば、武豊騎手が若手の頃、『世界ふしぎ発見!』に出演していたことを覚えていますが、もうここまでお茶の間に浸透する騎手は、二度と現れないかもしれません。その他のクイズ番組はほとんど視聴していなかった、と記憶しています。

 NHK特集のような教養番組は、小学校高学年の頃から積極的に視聴し始めた記憶があります。NHK特集『大黄河』は、音楽も素晴らしくとくにお気に入りでしたが、中学生の私でさえ、中国政府に迎合的ではないのか、と疑問を抱くような語りがあったことは、強く印象に残っています(関連記事)。当時の国語の教科書でも見かけましたが、明らかに肯定的な意味合いで「新中国」という言葉が使われており、すでに大躍進や文化大革命なども断片的に知っていたので、納得いかないところが多々ありました。

 こうしたテレビ視聴状況は、1990年代になっても大きくは変わりませんでしたが、独り暮らしをするようになって、ドラマの視聴時間は増えたように記憶しています。1990年代にテレビの視聴習慣で一つ大きく変わったのは、1980年代まではほぼまったく視聴しなかった歌番組を1990年代半ば以降に視聴するようになったことで、私の世代には多いでしょうが、ミスチルを好きになったのが契機でした。ただ、この間のテレビの視聴状況で一つ大きく変わったのは、1998~2004年まで大河ドラマを視聴しなかったことで、これは、1990年代半ば頃から本格的に歴史学の研究者の本を読むようになり、そちらの方が面白いと思うようになったからです。1980年代には熱心に読んだ司馬遼太郎作品を読まなくなったのも、同じ原因でした。

 このテレビ視聴状況が大きく変わったのは、2003~2005年にとくに忙しかったことでした。この期間に『世界まる見え!テレビ特捜部』以外のお笑い番組を全く視聴しなくなり、現在に至ります。これ以降、とくに『世界まる見え!テレビ特捜部』を視聴しなくなった2010年頃以降に有名になったお笑い芸人のことは、ほとんど知りません。朝ドラと大河ドラマに出演したお笑い芸人は知っていますが、インターネットなど偶然で読んだ記事で気づかないと、お笑い芸人であることを知らないままの場合もありました。両親や知人にも、有名なお笑い芸人を知らなくて、呆れられたことが何度かありました。

 この期間にはドラマと歌番組の視聴も激減し、相撲も、貴乃花関が引退したこともあり、視聴しなくなりました。ただ、新聞記事は多少読んでいた記憶があります。プロ野球は、視聴しなくなったばかりか、新聞記事も読み飛ばすようになり、まったく関心を失ってしまって、現在に至ります。高校野球もこの期間はほぼ視聴しませんでしたが、新聞記事ではそれなりに追いかけていました。オリンピックへの関心を2004年の夏季アテネ大会の前に失ったことは以前に述べましたが(関連記事)、今にして思うと、多忙な時期だったことが原因だったように思います。ただ、この期間でも、ニュースと競馬と『世界ふしぎ発見!』は時間が許す限り熱心に視聴を続けました。

 時間に比較的余裕ができた2006~2007年頃に再び相撲を熱心に視聴するようになり、現在まで続いています。この期間に、高校野球もそれなりに視聴するようになりました。ただ、2003~2005年もそれなりに視聴していた歌番組は、この頃からまったく視聴しなくなりました。そのため、これ以降に有名になった歌手はほとんど知りませんし、この時期以降の新曲は、朝ドラの主題歌以外にはほぼ知りません。理由は自分でもはっきりと分かりませんが、この頃からミスチルへの関心を失っていったのが契機でした。結局のところ、歌番組を視聴していたのはミスチルを見たかったからで、比較的忙しくない時期には、ミスチルが出演していなくても惰性で視聴していたのでしょう。ミスチル以外では坂井泉水さんが好きでしたが、歌番組には活動初期以外は基本的に出演せず、残念ながら2007年5月に亡くなりました。ドラマは、この期間に多少視聴したものの、1990年代と比較すると、視聴時間は激減しました。

 次の転機は2010~2012年の多忙期で、放送開始当初からずっと視聴してきた『世界ふしぎ発見!』も、とくに興味のある回以外はまったく見なくなり、番組終了前の10年間ほどは、数回程度しか視聴した記憶がありません。同じく放送開始当初からずっと視聴してきた『世界まる見え!テレビ特捜部』は、まったく視聴しなくなって現在に至ります。それでも、2003~2005年の多忙期と同様に、ニュースと競馬は時間が許す限り熱心に視聴を続けました。高校野球も、多忙な中で録画してまで視聴していました。

 一方で、この期間に新たに視聴を始めたのが朝ドラで、現在まで続きます。決定的な契機となったのは2010年度上半期の『ゲゲゲの女房』ですが、その前に2007年度下半期放送の『ちりとてちん』を熱心に視聴したのが、朝ドラへの関心を高める契機となりました。『ちりとてちん』は、2007年放送の大河ドラマ『風林火山』で知った貫地谷しほりさんが主演ということで視聴を始めました。それまで、朝ドラで本格的に視聴したのは、1989年度上半期放送の『青春家族』と1992年度上半期放送の『おんなは度胸』くらいでした。『風林火山』は、大河ドラマの視聴習慣が復活する決定的な契機となりました。ただ、2008年放送の『篤姫』は、再放送で視聴したものの、本放送は初回しか視聴していません。2009年以降の大河ドラマは、すべて本放送で視聴しています(とくに多忙期には録画での視聴が多くなりましたが)。

 2013~2016年頃は、2度の多忙期と比較すると時間的に余裕がありましたが、多忙期でもずっと熱心に視聴していた、競馬をあまり視聴しなくなり、ニュースはほぼ視聴しなくなりました。競馬については、2015年のゴールドシップの引退が原因で、これ以降は競馬への情熱が低下してしまい、現在に至ります。高校野球も、この頃からあまり視聴しなくなりました。ニュースについては、多忙期にNHKと報道ステーション以外をほとんど視聴しなくなっていましたが、この頃NHKでよく見かけるようになった岩田明子さんの解説があまりにも偏っているように思えて、テレビニュースを視聴しなくなり、報道はインターネットと新聞と雑誌だけでもよいかな、と思うようになって、報道ステーションも視聴しなくなりました。そのため、地上波で視聴するのはほぼ相撲だけとなり、たまに高校野球を視聴するくらいでしたが、2020年にNHKの4K放送で相撲中継が始まると、地上波はほぼ全く視聴しなくなりました。この間も教養番組は、ハードディスクで気軽に録画できるようになったこともあって、そこそこ視聴していました。

 こうして現在に至りますが、あくまでも私のテレビ視聴履歴なので、当然、日本社会全体の傾向と一致するところもしないところもあるでしょう。この記事が日本社会に関する現在の研究に使える資料になるとはとても思えませんが、将来、情報通信技術のさらなる発展によって、こうしたデジタルデータに残っていない個人の視聴履歴も有効に活用できる研究が出ることを期待して、書き残しておきます。この記事は、できるだけ長くインターネット上に残しておきたいので、将来、誰かにこのブログを引き継いでもらうことも考えています。

この記事へのコメント

熊笹
2026年07月10日 21:19
 石油危機や新保守主義・新自由主義の浸透、ソ連崩壊といった社会経済の自由化が主流だった”冷戦後期~ポスト冷戦期”に「ドラえもん」や「ちびまる子ちゃん」といった”国民的アニメ”は地位を固めて定着していきましたが、”冷戦後期~ポスト冷戦期”自体が限界を迎え大衆から敬遠されるなかで、これらの作品が体現する”日常”自体が崩壊し”国民的アニメ”の安泰が崩れるのではないか、と考えました。
管理人
2026年07月11日 12:34
『ドラえもん』や『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』については、舞台が古くなったことで、多くの人々、とくに若い世代の共感を得にくくなり、以前よりも人気が低下しているのではないか、とも思います。

まあ、これらの作品を近年は視聴していないので、『ドラえもん』と『サザエさん』は、ある程度現在の世相や風俗を取り入れているのかもしれませんが。