大河ドラマ『豊臣兄弟!』第25回「変事の予兆」
今回は、織田信長による重臣の追放が描かれました。信長は家臣たちに相撲を取るよう命じます。信長は、自身の若い近習である森乱の相手に、林秀貞や佐久間信盛や安藤守就といった長老格の重臣を次々と命じ、敗れた3人に追放を言い渡します。あまりに理不尽な信長の行動に小一郎(長秀、羽柴秀長)も藤吉郎(羽柴秀吉)も困惑する中で、藤吉郎が他の家臣に訊いて回ると、明智光秀は、三人が裏切っていた、と語ります。光秀が言うには、佐久間信盛は本願寺、林秀貞と安藤守就は武田と通じていた、というわけです。
安藤守就は小一郎の舅ですから、小一郎は安藤家の所領を受け継ぐこととなった稲葉良通(一鉄)を舅とともに問い質し、その発言を不審に思って調べると、安藤守就の息子の定治が武田と通じていた、と明らかになります。定治は、相次ぐ戦に疲れた、と訴えます。市の発言から、信長が三人の老臣を追放したのは、本人もしくは親族もしくは家臣が実際に本願寺や武田と通じていた可能性が高く、確たる証拠が出れば死罪にせざるを得ないので、その前に追放にした、と示唆されます。本願氏小一郎は信長の真意を語り出します。
安土城が完成した祝宴の場に、明智光秀の仲介で長宗我部元親が現れます。長宗我部元親と信長が直接会ったことはないと思いますが、何か典拠となる文献があるのでしょうか。翌年の都の馬揃えで、小一郎は元親と再会しますが、これも何か典拠となる文献があるのか、気になるところです。後の四国攻めや、本能寺の変の前の羽柴と三好の提携による長宗我部への圧迫など、元親と「豊臣兄弟」は因縁の相手と言えますが、元親をこの時期から出したのはそのためでしょうか。信長は、元親の取次を務める光秀に、元親の四国切り取りは認めない、と言いだし、呆然とする光秀に、足利義昭から、信長を討て、との密書が来ることで今回は終わりましたが、いよいよ本能寺の変が迫ってきました。
本能寺の変の背景として、この四国問題が取り上げられることは多いように思いますが、織田家中の力関係の変遷で見ると、光秀の低下と藤吉郎の上昇と言えるのではないか、と考えています。まあ、戦国時代の勉強はもう四半世紀ほど滞っているので、この認識は的外れかもしれませんが。すでに登場している万丸(羽柴秀次、三好信吉)も絡むだけに、ここは本作でも描かれると思いますが、どのような展開になるのでしょうか。本作では「豊臣兄弟」と光秀の仲はこれまで割と良好でしたが、この四国問題でこじれて、それが本能寺の変にもつながるのでしょうか。
安藤守就は小一郎の舅ですから、小一郎は安藤家の所領を受け継ぐこととなった稲葉良通(一鉄)を舅とともに問い質し、その発言を不審に思って調べると、安藤守就の息子の定治が武田と通じていた、と明らかになります。定治は、相次ぐ戦に疲れた、と訴えます。市の発言から、信長が三人の老臣を追放したのは、本人もしくは親族もしくは家臣が実際に本願寺や武田と通じていた可能性が高く、確たる証拠が出れば死罪にせざるを得ないので、その前に追放にした、と示唆されます。本願氏小一郎は信長の真意を語り出します。
安土城が完成した祝宴の場に、明智光秀の仲介で長宗我部元親が現れます。長宗我部元親と信長が直接会ったことはないと思いますが、何か典拠となる文献があるのでしょうか。翌年の都の馬揃えで、小一郎は元親と再会しますが、これも何か典拠となる文献があるのか、気になるところです。後の四国攻めや、本能寺の変の前の羽柴と三好の提携による長宗我部への圧迫など、元親と「豊臣兄弟」は因縁の相手と言えますが、元親をこの時期から出したのはそのためでしょうか。信長は、元親の取次を務める光秀に、元親の四国切り取りは認めない、と言いだし、呆然とする光秀に、足利義昭から、信長を討て、との密書が来ることで今回は終わりましたが、いよいよ本能寺の変が迫ってきました。
本能寺の変の背景として、この四国問題が取り上げられることは多いように思いますが、織田家中の力関係の変遷で見ると、光秀の低下と藤吉郎の上昇と言えるのではないか、と考えています。まあ、戦国時代の勉強はもう四半世紀ほど滞っているので、この認識は的外れかもしれませんが。すでに登場している万丸(羽柴秀次、三好信吉)も絡むだけに、ここは本作でも描かれると思いますが、どのような展開になるのでしょうか。本作では「豊臣兄弟」と光秀の仲はこれまで割と良好でしたが、この四国問題でこじれて、それが本能寺の変にもつながるのでしょうか。
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