中華人民共和国の民族団結進歩促進法
来月(2026年7月)1日、中華人民共和国では民族団結進歩促進法(原文)が施行されます。原文は当然中国語で漢字表記なので、私も含めて日本人ならば何となく意味が分かるかもしれませんが、私のように中国語を学んでいない日本人が解釈するのはやはり無謀で、機械翻訳に頼るしかないかな、と思ったら、検索して日本語訳を見つけました。この日本語訳に従い、民族団結進歩促進法について短く雑感を述べていきます。なお、当ブログでは当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では、民族団結進歩促進法の「文明」を引用する場合は、そのまま「」で括りません。引用以外の場合は、「文明」と表記します。
まず冒頭で、「中華民族は五千年以上の文明史を有する偉大な民族である」と定義されています。中華民族の団結を妨げるような言動は処罰の対象になる、という趣旨と私は解釈しました。「公職人員」は「中華民族共同体意識の強固化、民族団結進歩の促進において模範的先導作用を発揮」しなければならず、その職責を怠るか、「正しく履行しない場合」には、「主管部門または関係機関」が是正を命じ、「不良な結果または影響を生じさせた」場合には、「責任を負う指導人員および直接責任人員に対して法に基づき処分」が与えられます。「公職人員」に限らず、「いかなる組織および個人も、本法の関連規定に違反して民族団結進歩を破壊した場合には、県級以上の人民政府の関係部門がその職責に従って速やかにこれを制止し、是正を命じ、かつ法に基づき処罰を与える」とされています。
この法律の最大の問題は、「民族団結進歩を破壊した場合」に、「法に基づき処罰を与える」とされているものの、「民族団結進歩を破壊した場合」が認定される要件について、明示的ではないことです。中下級の役人の判断によって、同じような言説が法的処罰の対象になったり、見逃されたりする危険性があるように思われます。自分の前例や他人の事例から、ここまでは大丈夫と思っていた言動のため、突然、法的処罰の対象になる可能性は、とても否定できないと思います。とくに、組織の最高責任者が交代した場合、処罰対象の基準が大きく変わる可能性は低くないでしょう。また、政府上層の判断に処罰対象の基準が左右される可能性は高そうで、それには国内情勢のみならず、国際情勢も大きく影響することがあるかもしれません。
この法律である意味それ以上に恐ろしいのは第63条で、「中華人民共和国国外の組織および個人が、中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した場合には、法に基づき法的責任を追及する」とあります。つまり、中華人民共和国ではなく他国の国籍を有している個人でも、「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した場合には」には、法的責任が追及されるわけです。上述のようにその基準が明示的でないのも恐ろしいことですが、たとえば日本での気軽な中国に対する認識や見解の公開に対しても、中華人民共和国政府が法的責任を追及できる、と規定しているわけで、日本人としても無関係とはとても言えません。
実際問題として、たとえば日本人が日本で「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した」、と中国政府に認定されたとして、少なくとも現時点で逮捕される可能性は事実上皆無でしょう。日本は中国と犯罪人引渡し条約を締結していません(そもそも、死刑制度が存続しているためなのか、日本が犯罪人引渡し条約を締結している国自体、きわめて少ないわけですが)。ただ、日本人が中国に渡航する場合、逮捕される危険性は無視できないでしょう。とはいえ、中国への悪印象を抱いている日本人が多いことは否定できず、中国の役人が「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した」と認定するような言説を、インターネット上で表明している日本人がかなりの数に及ぶと考えられることからも(本名で表明していない場合は、特定がより面倒になります)、そうした人間全員を中国が把握できるとはとても思えません。その意味で、日本人が中国に渡航して、民族団結進歩促進法で逮捕される可能性はかなり低そうです。ただ、一罰百戒で私のような無名の日本人が逮捕される危険性はとても無視できないと思います。また、直接中国に行かずとも、中国と犯罪人引渡し条約を締結している国に行けば、民族団結進歩促進法で逮捕される可能性はあるでしょう(かなり低そうですが)。
そもそも、この法律の大前提となっている「多元一体」の「中華民族」なる概念はどこまで有効なのか、との疑問が私には四半世紀ほど前からあります。中華民族なる概念について当ブログでは、15年前に短く言及しましたが(関連記事)、基本的な見解はその頃と変わっていません。その後に中華民族の妥当性について指摘した本も読みましたが、たとえば、岡本隆司『シリーズ中国の歴史5 「中国」の形成 現代への展望』でも、「中華民族」は「多元一体」と定義されているものの、そんな「一体」の「中華民族」は存在したことがない、と指摘されています(関連記事)。結局のところ「中華民族」なる概念は実質的には、中華人民共和国が現時点で実効支配している領域の人々の総称くらいの意味しか持ち得ていないように思います。それは前近代にまでさかのぼらせることには無理が大きすぎますし、ましてや、「五千年以上の文明史を有する偉大な民族」と定義するのは論外だと思います。
また、「中華民族」なる概念が「多元一体」を謳いながらも、「民族団結」の名の下に、民族同化の推進に用いられていることこそ、最大の問題と言うべきかもしれません。その意味で、「多元一体」の「中華民族」なる概念は、中華人民共和国政府の政策方針と解釈すべきようにも思います。ダイチン・グルン(大清帝国)末期において、漢字文化圏の知識人の間では、「中国」の範囲をダイチン・グルンの全勢力範囲とする構想が提示され、それが「多元一体」の「中華民族」なる概念へとつながっていきますが、そうした概念が、たとえば、漢語とは縁遠く、儒教も「中華」も尊重しないモンゴル人やチベット人に受け入れられるものではありませんでした(関連記事)。
私が20年以上前から警戒してきたのは、中国の経済・軍事・政治力の強化とともに、今よりもずっと中国に「配慮した」言説を日本でも強いられることですが(関連記事)、そうした言説を日本人に直接的に強いるのは、日本の「進歩的で良心的な」勢力と想定していました(関連記事)。ところが今や、中華人民共和国政府が日本人(に限らず世界中の人々)に対して、直接的に法律で「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した場合には、法に基づき法的責任を追及する」と規定するようになりました。門外漢ながら中国の習近平政権の政策や言動を見てきたので、とくには驚きませんでしたが、可能性は低いながらも、突然日本人が中国で逮捕されるかもしれないわけで、この件は日本の大衆媒体が継続的に報道すべきでしょう。
まず冒頭で、「中華民族は五千年以上の文明史を有する偉大な民族である」と定義されています。中華民族の団結を妨げるような言動は処罰の対象になる、という趣旨と私は解釈しました。「公職人員」は「中華民族共同体意識の強固化、民族団結進歩の促進において模範的先導作用を発揮」しなければならず、その職責を怠るか、「正しく履行しない場合」には、「主管部門または関係機関」が是正を命じ、「不良な結果または影響を生じさせた」場合には、「責任を負う指導人員および直接責任人員に対して法に基づき処分」が与えられます。「公職人員」に限らず、「いかなる組織および個人も、本法の関連規定に違反して民族団結進歩を破壊した場合には、県級以上の人民政府の関係部門がその職責に従って速やかにこれを制止し、是正を命じ、かつ法に基づき処罰を与える」とされています。
この法律の最大の問題は、「民族団結進歩を破壊した場合」に、「法に基づき処罰を与える」とされているものの、「民族団結進歩を破壊した場合」が認定される要件について、明示的ではないことです。中下級の役人の判断によって、同じような言説が法的処罰の対象になったり、見逃されたりする危険性があるように思われます。自分の前例や他人の事例から、ここまでは大丈夫と思っていた言動のため、突然、法的処罰の対象になる可能性は、とても否定できないと思います。とくに、組織の最高責任者が交代した場合、処罰対象の基準が大きく変わる可能性は低くないでしょう。また、政府上層の判断に処罰対象の基準が左右される可能性は高そうで、それには国内情勢のみならず、国際情勢も大きく影響することがあるかもしれません。
この法律である意味それ以上に恐ろしいのは第63条で、「中華人民共和国国外の組織および個人が、中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した場合には、法に基づき法的責任を追及する」とあります。つまり、中華人民共和国ではなく他国の国籍を有している個人でも、「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した場合には」には、法的責任が追及されるわけです。上述のようにその基準が明示的でないのも恐ろしいことですが、たとえば日本での気軽な中国に対する認識や見解の公開に対しても、中華人民共和国政府が法的責任を追及できる、と規定しているわけで、日本人としても無関係とはとても言えません。
実際問題として、たとえば日本人が日本で「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した」、と中国政府に認定されたとして、少なくとも現時点で逮捕される可能性は事実上皆無でしょう。日本は中国と犯罪人引渡し条約を締結していません(そもそも、死刑制度が存続しているためなのか、日本が犯罪人引渡し条約を締結している国自体、きわめて少ないわけですが)。ただ、日本人が中国に渡航する場合、逮捕される危険性は無視できないでしょう。とはいえ、中国への悪印象を抱いている日本人が多いことは否定できず、中国の役人が「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した」と認定するような言説を、インターネット上で表明している日本人がかなりの数に及ぶと考えられることからも(本名で表明していない場合は、特定がより面倒になります)、そうした人間全員を中国が把握できるとはとても思えません。その意味で、日本人が中国に渡航して、民族団結進歩促進法で逮捕される可能性はかなり低そうです。ただ、一罰百戒で私のような無名の日本人が逮捕される危険性はとても無視できないと思います。また、直接中国に行かずとも、中国と犯罪人引渡し条約を締結している国に行けば、民族団結進歩促進法で逮捕される可能性はあるでしょう(かなり低そうですが)。
そもそも、この法律の大前提となっている「多元一体」の「中華民族」なる概念はどこまで有効なのか、との疑問が私には四半世紀ほど前からあります。中華民族なる概念について当ブログでは、15年前に短く言及しましたが(関連記事)、基本的な見解はその頃と変わっていません。その後に中華民族の妥当性について指摘した本も読みましたが、たとえば、岡本隆司『シリーズ中国の歴史5 「中国」の形成 現代への展望』でも、「中華民族」は「多元一体」と定義されているものの、そんな「一体」の「中華民族」は存在したことがない、と指摘されています(関連記事)。結局のところ「中華民族」なる概念は実質的には、中華人民共和国が現時点で実効支配している領域の人々の総称くらいの意味しか持ち得ていないように思います。それは前近代にまでさかのぼらせることには無理が大きすぎますし、ましてや、「五千年以上の文明史を有する偉大な民族」と定義するのは論外だと思います。
また、「中華民族」なる概念が「多元一体」を謳いながらも、「民族団結」の名の下に、民族同化の推進に用いられていることこそ、最大の問題と言うべきかもしれません。その意味で、「多元一体」の「中華民族」なる概念は、中華人民共和国政府の政策方針と解釈すべきようにも思います。ダイチン・グルン(大清帝国)末期において、漢字文化圏の知識人の間では、「中国」の範囲をダイチン・グルンの全勢力範囲とする構想が提示され、それが「多元一体」の「中華民族」なる概念へとつながっていきますが、そうした概念が、たとえば、漢語とは縁遠く、儒教も「中華」も尊重しないモンゴル人やチベット人に受け入れられるものではありませんでした(関連記事)。
私が20年以上前から警戒してきたのは、中国の経済・軍事・政治力の強化とともに、今よりもずっと中国に「配慮した」言説を日本でも強いられることですが(関連記事)、そうした言説を日本人に直接的に強いるのは、日本の「進歩的で良心的な」勢力と想定していました(関連記事)。ところが今や、中華人民共和国政府が日本人(に限らず世界中の人々)に対して、直接的に法律で「中華人民共和国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂行為を作り出した場合には、法に基づき法的責任を追及する」と規定するようになりました。門外漢ながら中国の習近平政権の政策や言動を見てきたので、とくには驚きませんでしたが、可能性は低いながらも、突然日本人が中国で逮捕されるかもしれないわけで、この件は日本の大衆媒体が継続的に報道すべきでしょう。
この記事へのコメント
「皇漢」は少数民族を含めた”中華民族”を漢族のアイデンティティを弱めるものと否定して少数民族への優遇措置を強く批判し、清朝を近代中国の落伍を招いた外来侵略者として否定する傾向が強いため、党の掲げる”中華民族の大団結”や”清朝=現代中国の版図の基盤・封建王朝の最盛期”と激しく対立し、去年には有名な皇漢系の配信者の動画が検閲される事態にもなっています。
そうした主張が台頭しているならば、確かにこの法律がその対策であることも了解されます。