ヨーロッパ西部の後期ネアンデルタール人の人口動態
ヨーロッパ西部の後期ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の人口動態に関する補足が(Sánchez Goñi, and d’Errico., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、母系の観点でヨーロッパのネアンデルタール人の人口動態を推測した研究[1]の補完となり、なぜフランス南西部が後期ネアンデルタール人の逃避地となったのか、検証しています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、SST(sea-surface temperature、海面温度)です。
●解説
先行研究[1]は、ネアンデルタール人の大きな人口統計学的縮小と、その後に続く、65000年前頃となるフランス南西部の逃避地からのヨーロッパ全域での再拡大について、説得力がある考古遺伝学的証拠を提示しています。この結果は、後期ネアンデルタール人の人口動態に関する理解を大きく前進させます。しかし、その研究[1]は未解決の重要な問題を残しています。逃避地が、LGMにおいて逃避地として機能し、その後でヨーロッパの再定着の供給源として機能したヨーロッパ南部の半島[2、3]ではなく、フランス南西部の比較的高緯度に現れたのはなぜでしょうか?本論文の提案は、この一見すると矛盾に思えることが、ビスケー湾の多代理古気候記録によって報告されているように、氷期開始期(76000~68000年前頃)においてヨーロッパ西部縁辺に影響を及ぼした、得意な気候配置によって説明できるかもしれない、というものです(図1)。以下は本論文の図1です。
この気候配置の根底にある機序と、ヒト集団への影響は、専攻研究で明示的に特定されましたが、ネアンデルタール人の考古遺伝学的研究[1]の愚論では検証されていません。先行研究は、MIS5a/4の移行期とMIS4初期における大気温度と海洋温度の間の乖離を論証しており、これは、顕著な大陸の寒冷化にも関わらず、ヨーロッパ西部縁辺沿いでは持続的に温暖なSSTによって特徴づけられます。この乖離は、亜寒帯の夏季太陽放射の減少、陸地の寒冷化、北大西洋西部における氷山流出量の少なさの組み合わせから生じ、これによって、ビスケー湾において比較的温暖な海水が集中しました。その結果生じた強い地域的な海洋と大気の温度勾配は、蒸発と湿気生成を高めて、比較的穏やかで生産性の高い沿岸環境を維持しました。これらの条件はフランス南西部を、亜寒帯森林と荒れ地の混在によって特徴づけられる退避地へと変えて、それはヨーロッパ大陸の大半にわたって広がっていた乾燥が進んでいた環境とは対照的でした。そうした海洋および陸上の環境は、より高い人口密度とより安定した居住に適している、と予測されます。
この観点では、先行研究[1]によって特定された逃避地は、これらの以前に報告された環境条件の人口統計学的現れとして理解できます。この解釈は、7万~6万年前頃の間のフランス南西部における、ネアンデルタール人の居住の縮小および遺跡の集中を含めて、先行研究[1]で報告されている考古学的パターンと一致します。より一般的には、本論文の調査結果が浮き彫りにするのは、氷期退避地は緯度のみで決まるのではなく、地域的な気候動態、とくに海洋と大気の相互作用および関連する水蒸気輸送によっても決まることです。MIS5a/4の気候配置が表している事例では、比較的温暖な大西洋の供給源に近いことが、好適な中緯度の条件をもたらしており、これと対照的に、LGMでは、北大西洋のSSTはずっと低く、退避地は、後に北方への再定住の供給源として機能した南方の半島に位置していました。このように、古気候と考古遺伝学の証拠の統合は、ネアンデルタール人の人口動態のより完全な説明を提供します。先行研究[1]によって特定されたフランス南西部の退避地は、以前に報告されたものの、先行研究[1]の解釈には組み込まれていなかった、この独特な気候枠組みの生態学的結果として、最適に理解されます。
参考文献:
Sánchez Goñi MF, and d’Errico F.(2026): Climatic mechanisms underlying a southwestern French Neanderthal refugium at the onset of the last glaciation. PNAS, 123, 19, e2610884123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2610884123
[1]Fotiadou CM. et al.(2026): Archaeogenetic insights into the demographic history of Late Neanderthals. PNAS, 123, 13, e2520565123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2520565123
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[2]Fu Q. et al.(2016): The genetic history of Ice Age Europe. Nature, 534, 7606, 200–205.
https://doi.org/10.1038/nature17993
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[3]Posth C. et al.(2023): Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers. Nature, 615, 7950, 117–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05726-0
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以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、SST(sea-surface temperature、海面温度)です。
●解説
先行研究[1]は、ネアンデルタール人の大きな人口統計学的縮小と、その後に続く、65000年前頃となるフランス南西部の逃避地からのヨーロッパ全域での再拡大について、説得力がある考古遺伝学的証拠を提示しています。この結果は、後期ネアンデルタール人の人口動態に関する理解を大きく前進させます。しかし、その研究[1]は未解決の重要な問題を残しています。逃避地が、LGMにおいて逃避地として機能し、その後でヨーロッパの再定着の供給源として機能したヨーロッパ南部の半島[2、3]ではなく、フランス南西部の比較的高緯度に現れたのはなぜでしょうか?本論文の提案は、この一見すると矛盾に思えることが、ビスケー湾の多代理古気候記録によって報告されているように、氷期開始期(76000~68000年前頃)においてヨーロッパ西部縁辺に影響を及ぼした、得意な気候配置によって説明できるかもしれない、というものです(図1)。以下は本論文の図1です。
この気候配置の根底にある機序と、ヒト集団への影響は、専攻研究で明示的に特定されましたが、ネアンデルタール人の考古遺伝学的研究[1]の愚論では検証されていません。先行研究は、MIS5a/4の移行期とMIS4初期における大気温度と海洋温度の間の乖離を論証しており、これは、顕著な大陸の寒冷化にも関わらず、ヨーロッパ西部縁辺沿いでは持続的に温暖なSSTによって特徴づけられます。この乖離は、亜寒帯の夏季太陽放射の減少、陸地の寒冷化、北大西洋西部における氷山流出量の少なさの組み合わせから生じ、これによって、ビスケー湾において比較的温暖な海水が集中しました。その結果生じた強い地域的な海洋と大気の温度勾配は、蒸発と湿気生成を高めて、比較的穏やかで生産性の高い沿岸環境を維持しました。これらの条件はフランス南西部を、亜寒帯森林と荒れ地の混在によって特徴づけられる退避地へと変えて、それはヨーロッパ大陸の大半にわたって広がっていた乾燥が進んでいた環境とは対照的でした。そうした海洋および陸上の環境は、より高い人口密度とより安定した居住に適している、と予測されます。
この観点では、先行研究[1]によって特定された逃避地は、これらの以前に報告された環境条件の人口統計学的現れとして理解できます。この解釈は、7万~6万年前頃の間のフランス南西部における、ネアンデルタール人の居住の縮小および遺跡の集中を含めて、先行研究[1]で報告されている考古学的パターンと一致します。より一般的には、本論文の調査結果が浮き彫りにするのは、氷期退避地は緯度のみで決まるのではなく、地域的な気候動態、とくに海洋と大気の相互作用および関連する水蒸気輸送によっても決まることです。MIS5a/4の気候配置が表している事例では、比較的温暖な大西洋の供給源に近いことが、好適な中緯度の条件をもたらしており、これと対照的に、LGMでは、北大西洋のSSTはずっと低く、退避地は、後に北方への再定住の供給源として機能した南方の半島に位置していました。このように、古気候と考古遺伝学の証拠の統合は、ネアンデルタール人の人口動態のより完全な説明を提供します。先行研究[1]によって特定されたフランス南西部の退避地は、以前に報告されたものの、先行研究[1]の解釈には組み込まれていなかった、この独特な気候枠組みの生態学的結果として、最適に理解されます。
参考文献:
Sánchez Goñi MF, and d’Errico F.(2026): Climatic mechanisms underlying a southwestern French Neanderthal refugium at the onset of the last glaciation. PNAS, 123, 19, e2610884123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2610884123
[1]Fotiadou CM. et al.(2026): Archaeogenetic insights into the demographic history of Late Neanderthals. PNAS, 123, 13, e2520565123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2520565123
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[2]Fu Q. et al.(2016): The genetic history of Ice Age Europe. Nature, 534, 7606, 200–205.
https://doi.org/10.1038/nature17993
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[3]Posth C. et al.(2023): Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers. Nature, 615, 7950, 117–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05726-0
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