箱根の人

 『太陽にほえろ!』の86話「勇気ある賭け」(関連記事)と135話「ある敗北」(関連記事)には、箱根の豪華な邸宅で半ば隠居しているものの、依然として政財界に大きな影響力を有している黒幕が登場します。この黒幕は「箱根の人」と呼ばれており、犯罪にも関わっているというか、大元の指示を出していますが、『太陽にほえろ!』では珍しく、未解決というか逮捕されませんでした。「箱根の人」を演じたのは宇佐美淳氏で、たいへんな迫力がありましたが、改めて調べると、各回の放送時は63歳と64歳でした。自分がその年齢になって、宇佐美氏のような貫禄を出せる自信は全くなく、私個人の問題も小さくないでしょうが、それ以上に、戦中戦後を生き抜いてきた人々と、平和な時代を生きてきた人々との間の覚悟というか生き様の違いも反映しているのかもしれません。

 1950~1970年代頃の日本の創作では、こうした箱根など東京からやや離れた場所に半ば隠居している、政財界に大きな影響力を有する黒幕がよく登場し、そのモデルの一人が西園寺公望である、との話をどこかで聞いた記憶があります。西園寺公望は晩年、大半を興津や御殿場で過ごしたそうですが、1924年7月2日に松方正義が死去した後は、唯一の元老として政界に重きをなし(さすがに最晩年には影響力が顕著に低下していたようですが)、日中戦争が泥沼化する中で、1940年11月24日に死去しました。日独伊三国同盟が締結されて間もなくのことで、91歳を目前にしての死でした。大往生と言えそうで、その5年後の日本の破局を見ずにすんだのは、ある意味で幸せだったかもしれません。

 1970年頃だと、西園寺公望が没してから30年ほどとなります。現在の感覚で言えば、1993年12月16日に死去した田中角栄をモデルとした黒幕が創作に登場する、といったところでしょうか。現在は1970年頃より高齢化が進んでいますが、1970年頃の時点でも、少なからぬ人にとって、西園寺公望は歴史上の人物というよりは同時代の大物政治家といった感じで、それ故に、箱根など東京からやや離れた場所に半ば隠居している、政財界に大きな影響力を有する黒幕といった人物造形は、単なる想像ではなく、現実感があったのではないか、と思います。

 西園寺公望は16年間ほど唯一の元老でしたが、原敬が首相在職中の1921年11月4日に暗殺されなければ、元老かそれに準ずる立場で政界に重きをなした可能性は高そうです。原敬の暗殺によって、より安定した政党政治や昭和天皇の適切な助言者となった可能性が失われた、との指摘もあります(関連記事)。ただ、原敬が暗殺されず、首相を退いてからも政界に影響力を有していたとしても、「君側の奸」として命を狙われ続けたでしょうし、西園寺公望に対しても、発覚しているだけで何度か暗殺計画がありました。西園寺公望が90歳まで生きたことを考えると、原敬は西園寺公望より6歳半ほど年少なだけですし、暗殺されずに天寿を全うしたとしても、日本の破局を回避することは難しかったのかな、とも思います。一方で、政党政治への不信が日本の破局に至ったことを考えると、原敬が天寿を全うしていれば、史実とは大きく異なる展開もあり得たのかな、とも妄想したくなります。

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