『卑弥呼』第167話「同盟の証」
『ビッグコミックオリジナル』2026年6月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、久々の感があります。前回は、山社(ヤマト)で、ゴリおよびヤノハと旧知の何(カ)が、ヤノハに魏から贈られた金印を献上したところで終了しました。今回は、山社で、民が山社のある山が光っていることに気づく場面から始まります。長老が、中土(中華地域のことでしょう)の王様からいただいた金銀財宝の輝きで、日見子(ヒミコ)様(ヤノハ)が倭王と認められた証だ、と説明します。山社の楼観でイクメはにこやかに、魏の皇帝からいただいた鏡百枚は、暈(クマ)の国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)に奪われた鏡をしのぐ、とにこやかに言います。その他にも、紺地の錦3枚、花模様の毛織物5枚、白絹50匹、金8両、5尺刀2振り、真珠と鉛丹が各50斤、真紅の交龍模様の錦が5枚、真紅の毛織物が10枚、茜色の絹が50匹、魏の皇帝から下賜されました。
ヤノハは、その御下賜品の使い方について、皆と話したいと言って、イクメの父親であるミマト将軍、テヅチ将軍、ヌカデ、ミマアキ、オオヒコ、ゴリも呼びます。ゴリは中土で発明された、樹皮の戦意を蒸したり水に晒したり煮たりして作った、紙に、煤と膠で作った墨で記した、倭国の絵図(おおむね現在の西日本)を示します。そこには、倭国の各国の場所も記されていました。テヅチ将軍もミマト将軍も、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の絵図は見たことがありましたが、倭国の形までは知りませんでした。自分が倭王の称号を得たと聞いて、新たに同盟を申し出た国はいくつあるのか、とヤノハに問われたイクメは、豊秋津島(トヨアキツシマ、本州を指すと思われます)の宍門(アナト)と埃(エ)、伊予之二名島(イヨノフタナシマ、四国と思われます)の5ヶ国、島国(高知県の沖の島などの島々と思われます)と伯方(ハカタ)国(香川県の豊島などと主寄れます)の9ヶ国と答えます。ヤノハは、筑紫島の同盟7ヶ国、つまり那(ナ)と伊都(イト)と末盧(マツラ)と穂波(ホミ)と都萬(トマ)と伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)と津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)には、鏡各1枚と白絹と茜色の絹と毛織物を送るよう、イクメに指示します。ヤノハはテヅチ将軍には、まず島国に寄った後で、伊予之二名島の新たな同盟国である、五百木(イオキ)と伊予(イヨ)と土器(ドキ)と賛支(サヌキ)と土左(トサ)の各国に、同盟の証として鏡を届けるよう、指示します。
ヤノハはミマアキとオオヒコには、埃と宍門と伯方とに鏡を届けるよう指示して、日下(ヒノモト)は依然として脅威だ、と指摘します。ヌカデは、日下には厲鬼(レイキ)、つまり疫病が蔓延しており、国は滅亡に瀕している、と言い、イクメも、我々に歯向かう力はないのでは、と指摘します。するとヤノハは、事代主(コトシロヌシ)によると、厲鬼はいずれ収まるらしい、と言います。再び日下に天下統一の野心が芽生えるのか、とヌカデは問います。ヤノハはミマアキとオオヒコに、日下と吉備(キビ)国の間にある、針間(ハリマ)国と武庫(ムコ)国に赴くよう指示します。ミマアキは、日下と吉備を分断する策だ、と察します。ヤノハは、針間と武庫を首尾よく落とせば、日下の背後の国々、つまり山背(山城)国や伊賀(イガ)国や越(コシ)国と同盟の約定を交わしたい、とミマアキに伝えます。日下は油断ならない国で、孤立させねば我々に勝ち目はない、とヤノハは言います。
日下国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、吉備津彦(キビツヒコ)がトモと会っていました。トモは穂波国の元重臣で、日下国に忠誠を誓っており、日下に亡命していました。近寄ると厲鬼が感染するので、遠くから失礼すると言って、吉備津彦は楼観の上から地上のトモに話しかけていました。山社の使者が無事帰ってきたそうだな、と吉備津彦から指摘されたトモは、残念ながら、と力なく言います。これで倭の多くの国が日下を裏切り、山社と同盟を結ぶのは間違いない、と言う吉備津彦に、ふがいない倅で、とトモは恐縮します。しかし吉備津彦は鷹揚に、倅は頑張ったのだから、責めてはいけない、と諭します。吉備津彦が、厲鬼のせいで吉備にも戻れず、吉備でいつ謀叛が起きるか冷や冷やしている、と言うと、日下は耐えるしかないのか、とトモは言います。山社にほころびは見つかったのか、と吉備津彦に問われたトモは、鍵はミマアキだ、と答えます。吉備津彦も、ミマアキが日見子(ヤノハ)の右腕で、遣魏団の示斎(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸・災厄を一身に引き受けて人柱になる神職で、航海中は髭を剃らず、衣服を替えず、虱も取らず、肉食を絶ちます)を務めた、と知っていました。旅の途中で倅が、ミマアキの想い人であるクラトを日見子が殺害した、と耳打ちした、とトモは吉備津彦に伝えます。クラトは日下の手の者で、日見子を暗殺しようとしていたのに、クラトを無垢なる者に仕立て上げるとは、親子とも策士だ、とミマアキは感心したように言います。しかし、ミマアキの日見子への忠誠心は想像以上に強かった、と報告するトモに、引き続き頼む、と吉備津彦は言います。吉備津彦は、他にもう一手、一か八かの策を打っておいたから、気長に待つ、と言います。
日下のビビ王君(記紀の開花天皇、つまり稚日本根子彦大日日天皇でしょうか)の異母弟であるハニヤス(武埴安彦命でしょうか)は、血沼海(チヌノウミ、現在の大阪湾東部)を進んでいました。ハニヤスは叔母のモモソから、この大きな使命を達成した暁には、次の王君に推挙する、と言われていました。ハニヤスは歓喜し、自分以上の器が日下にいるだろうか、と言います。ハニヤスは、淡道之穂之狭別島(アワジノホノサワケノシマ、淡路島と考えられます)に近づいていました。このまま順調に進めば、彼の国まで意外と近いのではないか、とハニヤスは考えます。
山社では、ヤノハがゴリのみを呼んでいました。倭国泰平実現のために脅威なのは日下と暈国だ、とヤノハが言い、ゴリは、日下対策の次は暈だと察しました。ヤノハはゴリに、再び帯方郡まで行くよう指示します。暈は、ヤノハが魏に使節を送り、魏との同盟締結を知っているはずだが、偽りだと拭いて回るので、魏との関係が真実と具体的に証明せねばならない、というわけです。加羅(伽耶、朝鮮半島)の駅役のヒホコ経由で、帯方郡の太守には要請の文を送っている、とヤノハはゴリに伝え、ゴリは察します。ヤノハは、魏の使節団が倭を訪ねるよう、要請しており、ゴリには、帯方郡太守と直接面会して後押ししてもらいたい、と伝えます。魏の使節団が海を渡って倭まで来れば、魏という大国の存在が倭の民にとって現実になり、もはや暈も日下も何もできないだろう、とヤノハがゴリに語るところで、今回は終了です。
今回は、山社連合の魏への遣使が成功したことをめぐる、山社と日下の思惑が描かれました。『三国志』によると、魏の帯方郡太守である弓遵が240年に倭へと使節を派遣しており、この過程が次の山場になりそうで、どう描かれるのか、楽しみです。『三国志』から推測される卑弥呼の死まで10年もなさそうですが、吉備津彦の一か八かの策、暈国、とくに次の日見彦(ヒミヒコ)に予定されている、ヤノハの実子であるヤエト(ニニギ)との関係など、まだ描かれることは多そうで、完結は当分先かな、と安心しています。魏も直接的に絡んできて壮大な話になっており、今後の展開にも大いに期待しています。
ヤノハは、その御下賜品の使い方について、皆と話したいと言って、イクメの父親であるミマト将軍、テヅチ将軍、ヌカデ、ミマアキ、オオヒコ、ゴリも呼びます。ゴリは中土で発明された、樹皮の戦意を蒸したり水に晒したり煮たりして作った、紙に、煤と膠で作った墨で記した、倭国の絵図(おおむね現在の西日本)を示します。そこには、倭国の各国の場所も記されていました。テヅチ将軍もミマト将軍も、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の絵図は見たことがありましたが、倭国の形までは知りませんでした。自分が倭王の称号を得たと聞いて、新たに同盟を申し出た国はいくつあるのか、とヤノハに問われたイクメは、豊秋津島(トヨアキツシマ、本州を指すと思われます)の宍門(アナト)と埃(エ)、伊予之二名島(イヨノフタナシマ、四国と思われます)の5ヶ国、島国(高知県の沖の島などの島々と思われます)と伯方(ハカタ)国(香川県の豊島などと主寄れます)の9ヶ国と答えます。ヤノハは、筑紫島の同盟7ヶ国、つまり那(ナ)と伊都(イト)と末盧(マツラ)と穂波(ホミ)と都萬(トマ)と伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)と津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)には、鏡各1枚と白絹と茜色の絹と毛織物を送るよう、イクメに指示します。ヤノハはテヅチ将軍には、まず島国に寄った後で、伊予之二名島の新たな同盟国である、五百木(イオキ)と伊予(イヨ)と土器(ドキ)と賛支(サヌキ)と土左(トサ)の各国に、同盟の証として鏡を届けるよう、指示します。
ヤノハはミマアキとオオヒコには、埃と宍門と伯方とに鏡を届けるよう指示して、日下(ヒノモト)は依然として脅威だ、と指摘します。ヌカデは、日下には厲鬼(レイキ)、つまり疫病が蔓延しており、国は滅亡に瀕している、と言い、イクメも、我々に歯向かう力はないのでは、と指摘します。するとヤノハは、事代主(コトシロヌシ)によると、厲鬼はいずれ収まるらしい、と言います。再び日下に天下統一の野心が芽生えるのか、とヌカデは問います。ヤノハはミマアキとオオヒコに、日下と吉備(キビ)国の間にある、針間(ハリマ)国と武庫(ムコ)国に赴くよう指示します。ミマアキは、日下と吉備を分断する策だ、と察します。ヤノハは、針間と武庫を首尾よく落とせば、日下の背後の国々、つまり山背(山城)国や伊賀(イガ)国や越(コシ)国と同盟の約定を交わしたい、とミマアキに伝えます。日下は油断ならない国で、孤立させねば我々に勝ち目はない、とヤノハは言います。
日下国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、吉備津彦(キビツヒコ)がトモと会っていました。トモは穂波国の元重臣で、日下国に忠誠を誓っており、日下に亡命していました。近寄ると厲鬼が感染するので、遠くから失礼すると言って、吉備津彦は楼観の上から地上のトモに話しかけていました。山社の使者が無事帰ってきたそうだな、と吉備津彦から指摘されたトモは、残念ながら、と力なく言います。これで倭の多くの国が日下を裏切り、山社と同盟を結ぶのは間違いない、と言う吉備津彦に、ふがいない倅で、とトモは恐縮します。しかし吉備津彦は鷹揚に、倅は頑張ったのだから、責めてはいけない、と諭します。吉備津彦が、厲鬼のせいで吉備にも戻れず、吉備でいつ謀叛が起きるか冷や冷やしている、と言うと、日下は耐えるしかないのか、とトモは言います。山社にほころびは見つかったのか、と吉備津彦に問われたトモは、鍵はミマアキだ、と答えます。吉備津彦も、ミマアキが日見子(ヤノハ)の右腕で、遣魏団の示斎(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸・災厄を一身に引き受けて人柱になる神職で、航海中は髭を剃らず、衣服を替えず、虱も取らず、肉食を絶ちます)を務めた、と知っていました。旅の途中で倅が、ミマアキの想い人であるクラトを日見子が殺害した、と耳打ちした、とトモは吉備津彦に伝えます。クラトは日下の手の者で、日見子を暗殺しようとしていたのに、クラトを無垢なる者に仕立て上げるとは、親子とも策士だ、とミマアキは感心したように言います。しかし、ミマアキの日見子への忠誠心は想像以上に強かった、と報告するトモに、引き続き頼む、と吉備津彦は言います。吉備津彦は、他にもう一手、一か八かの策を打っておいたから、気長に待つ、と言います。
日下のビビ王君(記紀の開花天皇、つまり稚日本根子彦大日日天皇でしょうか)の異母弟であるハニヤス(武埴安彦命でしょうか)は、血沼海(チヌノウミ、現在の大阪湾東部)を進んでいました。ハニヤスは叔母のモモソから、この大きな使命を達成した暁には、次の王君に推挙する、と言われていました。ハニヤスは歓喜し、自分以上の器が日下にいるだろうか、と言います。ハニヤスは、淡道之穂之狭別島(アワジノホノサワケノシマ、淡路島と考えられます)に近づいていました。このまま順調に進めば、彼の国まで意外と近いのではないか、とハニヤスは考えます。
山社では、ヤノハがゴリのみを呼んでいました。倭国泰平実現のために脅威なのは日下と暈国だ、とヤノハが言い、ゴリは、日下対策の次は暈だと察しました。ヤノハはゴリに、再び帯方郡まで行くよう指示します。暈は、ヤノハが魏に使節を送り、魏との同盟締結を知っているはずだが、偽りだと拭いて回るので、魏との関係が真実と具体的に証明せねばならない、というわけです。加羅(伽耶、朝鮮半島)の駅役のヒホコ経由で、帯方郡の太守には要請の文を送っている、とヤノハはゴリに伝え、ゴリは察します。ヤノハは、魏の使節団が倭を訪ねるよう、要請しており、ゴリには、帯方郡太守と直接面会して後押ししてもらいたい、と伝えます。魏の使節団が海を渡って倭まで来れば、魏という大国の存在が倭の民にとって現実になり、もはや暈も日下も何もできないだろう、とヤノハがゴリに語るところで、今回は終了です。
今回は、山社連合の魏への遣使が成功したことをめぐる、山社と日下の思惑が描かれました。『三国志』によると、魏の帯方郡太守である弓遵が240年に倭へと使節を派遣しており、この過程が次の山場になりそうで、どう描かれるのか、楽しみです。『三国志』から推測される卑弥呼の死まで10年もなさそうですが、吉備津彦の一か八かの策、暈国、とくに次の日見彦(ヒミヒコ)に予定されている、ヤノハの実子であるヤエト(ニニギ)との関係など、まだ描かれることは多そうで、完結は当分先かな、と安心しています。魏も直接的に絡んできて壮大な話になっており、今後の展開にも大いに期待しています。
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