猪目洞窟出土人骨の学際的研究

 島根県出雲市の猪目洞窟遺跡で出土した人骨に関する研究(神澤他., 2026)が公表されました。Twitterで紹介されていたので、読みました。猪目洞窟遺跡出土の人骨については、以前もゲノム解析結果が報告されていました(神澤他., 2021)。以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、です。

 本論文では、猪目洞窟で発見された、個体判別されている13号人骨と、個体番号不明な試料6点の調査結果を報告しています。13号人骨については、以前に弥生時代中期前半と報告されました数、関連すると考えられる考古資料は古墳時代の土師器で、年代には疑問が呈されていました。そこで、長鎖の状態が良好なコラーゲンのみ再回収して新たに年代測定したところ、古墳時代と判明しました。その他の試料の年代は、古墳時代~平安時代と推定されています。同位体分析による食性推定では、海産資源の摂取に個体差が見られることも分かりました。

 DNA解析では、6個体でmtHgが、3個体でYHgが特定されました。mtHgでは、M7a1a1aが3個体、D4g1とN9a2a1とD4b1a1aが1個体ずつです。YHgでは、C1a1が1個体、O1b2a1a1が2個体です。PCAでは、猪目洞窟の全個体は現代本土日本人とクラスタ化しました(まとまりました)が、「縄文人」にやや近い4個体(集団A)と、それ以外の2個体(集団B)に区別されました。同じ年代の個体に集団Aと集団Bが存在することから、この遺伝的差異は年代差では説明できません。qpGraphでのゲノムにおける「縄文人」的構成要素の推定割合は、集団Aが13.0~17.3%、集団Bが10.6%および13.3%でした。13号人骨は2個体と4~5親等程度の、その2個体はさらに遠い親族関係の可能性が示されました。

 興味深いのは、集団Bより高い割合の「縄文人」的構成要素を有する集団Aが、集団Bよりも食性では海産資源の推定摂取率が高いことですが、これが意味するところはよく分かりません。猪目洞窟の古墳時代以降の古代人のゲノム解析結果は、予想外ではないものの、ノムにおける「縄文人」的構成要素の推定割合で二分されることなど、注目点があります。日本列島の古代ゲノム研究が、ヨーロッパや中国などと比較して遅れていることは否定できず、今後、時空間的により広範に、日本列島の人類遺骸の古代ゲノム研究が進むよう、期待しています。


参考文献:
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一、斎藤成也(2021)「島根県出雲市猪目洞窟遺跡出土人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P329-340
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神澤秀明他(2026)「島根県猪目洞窟遺跡出土人骨の年代・食性・遺伝的特徴」『文明動態学』第5巻P20-39
https://doi.org/10.18926/70052

この記事へのコメント

熊笹
2026年05月19日 23:30
 古墳時代においても猪目のように縄文的特徴を持つ人骨は全国にある程度報告されているので、ゲノムの構成も気になるところです。
 また、現代日本人の縄文成分を従来の10%~15%より多い20%ほどとする最近のゲノム研究もあり、ゲノム研究は10年や5年で大きく進展や変容していることを実感します。
管理人
2026年05月20日 08:57
確かに、高品質な「縄文人」のゲノムデータを用いた場合、現代日本人のゲノムにおける「縄文人」的構成要素の推定割合は従来の推定より高い、と示されています。

古墳時代も、現時点のデータからは、「縄文人」的構成要素の割合には大きな違いがあるようなので、時空間的に広範囲な比較の進展が期待されます。