小田中直樹・帆刈浩之編『世界史/いま、ここから』
山川出版社より2017年4月に刊行されました。本書は、人・モノ・情報の移動、宗教と信仰、科学技術と環境に焦点を当てた世界史です。とはいえ、世界史をどう叙述するのか、という問題があり、本書は世界史を時空間的に区分しています。地域区分は、欧米(ヨーロッパと北アメリカ)、西アジア(東地中海沿岸部、中東)、東アジア(東南アジアも含まれます)の3地域を主要な対象としも中央ユーラシアと南アジアと中央・南アメリカとオセアニアとサブサハラ・アフリカなどは必要に応じて取り上げられます。時代区分は、西アジア・地中海沿岸・東および南アジアにおける「文明」の成立と西アジアの優越(有史~6世紀前後)、諸文明の確立と東アジアの優越(6世紀前後~15世紀)、世界の一体化(15~18世紀)、欧米の優越(18~19世紀)、グローバルな再編(20世紀以降)です。優先順位の低い地域・時代について本を読む機会が少なくなっていたので、世界史の復習の観点から読み進めました。以下、興味深い見解を備忘録として述べていきます。
本書は冒頭で人類進化史にも短く言及しており、刊行当時の知見から考えると、世界史冒頭での短い記述として、大きな問題はないと思います。更新世の人類進化史については未解明なところが多く、有力な見解が短期間で変わることも珍しくないので、本書のような一般向け世界史や高校もしくは中学の教科書でどう扱うかは、難しい問題だと思います。更新世の人類進化史を短く扱うような世界史関連書籍については、最新の知見が取り入れられていないからといって、とくに批判すべきではないでしょう。ただ、すでに否定されてから長いような見解を事実であるかの如く取り上げられたら、さすがにまずいとは思いますが。なお、本書は農耕開始について、気候変動の激しかった更新世と比較して完新世には気候が比較的温暖湿潤で安定していたことを要因として挙げており、これは適切だと思います。
本書の地理区分で云う東アジア史について、現在の中国では内陸部と沿岸部の格差が問題となっており、それは長い歴史的過程を経て形成されてきたものではあるものの(東西問題)、歴史的には南北関係がより重要になっている、との指摘は重要だと思います。この南北の境界は淮河です。『三国志』に見える華佗の医学について、西域文化の影が見られ、その後の中国医学の系譜につながらず、後世の医者は華佗を「異術之士」として批判した、と本書では指摘されています。中国医学において身体はブラックボックス的な小宇宙とされ、「体を開く」ことは刑罰のようなもので忌避されました。そのため中国では解剖学が発達せず、その影響を江戸時代の日本に見ることもできるでしょう。故に『解体新書』の意義は大きかった、というわけです。
本書は冒頭で人類進化史にも短く言及しており、刊行当時の知見から考えると、世界史冒頭での短い記述として、大きな問題はないと思います。更新世の人類進化史については未解明なところが多く、有力な見解が短期間で変わることも珍しくないので、本書のような一般向け世界史や高校もしくは中学の教科書でどう扱うかは、難しい問題だと思います。更新世の人類進化史を短く扱うような世界史関連書籍については、最新の知見が取り入れられていないからといって、とくに批判すべきではないでしょう。ただ、すでに否定されてから長いような見解を事実であるかの如く取り上げられたら、さすがにまずいとは思いますが。なお、本書は農耕開始について、気候変動の激しかった更新世と比較して完新世には気候が比較的温暖湿潤で安定していたことを要因として挙げており、これは適切だと思います。
本書の地理区分で云う東アジア史について、現在の中国では内陸部と沿岸部の格差が問題となっており、それは長い歴史的過程を経て形成されてきたものではあるものの(東西問題)、歴史的には南北関係がより重要になっている、との指摘は重要だと思います。この南北の境界は淮河です。『三国志』に見える華佗の医学について、西域文化の影が見られ、その後の中国医学の系譜につながらず、後世の医者は華佗を「異術之士」として批判した、と本書では指摘されています。中国医学において身体はブラックボックス的な小宇宙とされ、「体を開く」ことは刑罰のようなもので忌避されました。そのため中国では解剖学が発達せず、その影響を江戸時代の日本に見ることもできるでしょう。故に『解体新書』の意義は大きかった、というわけです。
この記事へのコメント