アジア東部の非現生人類ホモ属

 アジア東部の非現生人類ホモ属に関する解説(Ran et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、近年のアジア東部の非現生人類ホモ属に関する研究の進展を簡潔にまとめており、たいへん有益と思います。以下、敬称は省略します。また、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、EPAS1(Endothelial PAS Domain Protein 1、内皮PASドメインタンパク質1)、mg(milligram、ミリグラム)、cc(cubic centimetre、立方センチメートル)です。本論文で取り上げられる主要なホモ属は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・ジュルエンシス(Homo juluensis)、ホモ・ロンギ(Homo longi)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、現生人類(Homo sapiens)です。本論文で取り上げられる主要な人物は、カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、キーナ型ムステリアン(Quina-type Mousterian、キーナ型ムスティエ文化)です。

 本論文で取り上げられる主要な中国の遺跡や人類遺骸の発見地は、黒竜江省ハルビン市、陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡、遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)遺跡、河北省張家口市陽原県の許家窯(Xujiayao)遺跡、河南省許昌(Xuchang)市の霊井(Lingjing)遺跡、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave、略してBKC)、安徽省池州市東至県の華龍洞(Hualongdong)遺跡、雲南省の龍潭山(Longtanshan)、広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)馬壩(Maba)町です。本論文で取り上げられる主要な中国以外の遺跡や人類遺骸の発見地は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)、台湾の澎湖島(Penghu Island)、ラオスのフアパン(Huà Pan)県のタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2、略してTNH2)遺跡(コブラ洞窟)、です。


●研究史

 リンネが1758年にホモ属とホモ・サピエンスを定義して以降、人類化石の発見増加によって、進化史が形成されてきました。アジア東部では、現生人類の出現の直前となる、中期更新世後半および後期更新世の豊富な人類化石から、複雑で多様な人口集団の特徴が明らかにされてきました。そうした人類化石には、ホモ・ロンギ[1]やホモ・ジュルエンシス(いわゆる「大型脳人類」)[2]や夏河化石[3]が、他のまだ正式には命名されていない人類標本[4]とともに含まれており、中国の文献ではまとめて古代型ホモ・サピエンスもしくは古代型ホモ属と呼ばれています。しかし、これらの化石の分類学的位置づけが激しく議論されてきており、依然として不明で、そのためにこの地域におけるホモ属の進化的軌跡の再構築は困難でした。追加の人類化石の発見とともに、古人類学的研究における最近の分子生物学の適用のおかげで、重要な新しい証拠が近年では明らかになり、アジア東部における中期~後期更新世の非現生人類ホモ属の分類学と複雑な進化動態の再考を促しています。


●ホモ・ロンギとのデニソワ人の類似性を裏づける分子学的証拠

 『Science』誌と『Cell』誌に掲載された最近の2本の論文は、分子水準でのアジア東部の古代型人類の理解における大きな躍進を発表しました[5、6]。地球化学的およびウラン系列分析で少なくとも146000年前頃とされている[7]、ハルビン頭蓋の錐体部の古代タンパク質の抽出および解析を通じて、先行研究[5]は更新世人類遺骸から分析可能なヒトのタンパク質を生成しました。3点のデニソワ人由来のアミノ酸多様体は、この個体の系統発生的結果とともに、デニソワ人集団との類似性を示唆しています。並行して行なわれた研究[6]では、ハルビン頭蓋の歯石からのmtDNA断片の回収が報告されました。

 先行研究ではさらに、超低量標本に対応した革新的な多段階ライブラリ構築および抽出実施要綱が開発され、多様体を評価し、非対称的な脱アミノ化パターンに基づく汚染を評価する、新たな系統発生演算法が提案されました。その結果、初期デニソワ人の下位系統からの5ヶ所を含めて、27ヶ所のデニソワ人固有のmtDNA変異の系統発生再構築および同定は、ハルビン頭蓋を遺伝学的に決定されたデニソワ人クレード(単系統群)に割り当てることと一致する、証拠を提供しています。しかし、回収されたmtDNAのひじょうに低い網羅率を考えると、この結果は注意深く解釈され、理想的には将来の研究で再現されるべきです。ハルビン頭蓋は、夏河1号(夏河下顎)[3]や夏河2号[8]や澎湖1号[9]に続いて、アジア東部で発見された追加のデニソワ人化石を表しているかもしれません。

 先行研究[1]は、ほぼ完全な頭蓋形態に基づいて、ハルビン頭蓋をホモ・ロンギと正式に命名しました。注目すべきことに、表現型全体の特徴のデータの行列を用いての、ハルビン頭蓋と他の54点の人類化石の系統発生研究から、ハルビン頭蓋と夏河1号は姉妹群を形成する、と示されています[1]。この姉妹群は、大茘や華龍洞や金牛山の標本とともに、独特な単系統群を構成しています(図1a)。これら最近の分子学的調査結果で初めて、ホモ・ロンギと遺伝学的に決定されたデニソワ人との間の直接的関係が確証され、デニソワ人の以前には特徴のない集団の「顔」が提供されます。以下は本論文の図1です。
画像


●アジア東部における古代型人類化石の分類学的帰属

 ハルビン頭蓋はデニソワ人と特定した最近の古代DNAおよびプロテオーム(タンパク質の総体)の証拠によって、裏づけられており、夏河および澎湖化石との系統発生的関係を示し、プロテオーム解析でもデニソワ人と特定されました。ハルビン標本は正式にホモ・ロンギと命名されたので、本論文では、デニソワ洞窟[10]と白石崖溶洞[3、8、11]と澎湖海峡[9]で特定されたデニソワ人との類似性を示唆する分子証拠のあるすべての化石は、ホモ・ロンギと呼ぶことができる、と提案されます(図2)。以下は本論文の図2です。
画像

 明確にホモ・ロンギと分類できる化石以外に、アジア東部におけるいくつかの古代型人類の化石は、形態学的および系統発生的分析に基づくと、ホモ・ロンギ集団の一部である可能性が高そうです[1~3](図1a)。これらには、金牛山や華龍洞やタム・グ・ハオ2や許家窯の化石が含まれています(図2)。これらの化石に加えて、分類学的位置づけが依然として曖昧な化石もあり、たとえば、許昌や馬壩のヒト頭蓋で、両者は先行研究[1]の系統発生分析ではネアンデルタール人のより近くに位置しています。しかし、許昌および許家窯の共有されている頭蓋形態(最近、ホモ・ジュルエンシスと命名されました)のため[2]、本論文は暫定的に、許昌頭蓋を別の古代型人類に分類しており(図2)、それは、ネアンデルタール人的形質を保持しているかもしれないからです。同様に、先行研究[2]では、馬壩頭蓋はより広いはネアンデルタール人単系統群内に含めることができるかもしれない、と示唆されており、本論文では、馬壩頭蓋は他の古代型人類に分類されます(図2)。

 これらホモ・ロンギおよび他の古代型人類の化石は、アジア東部の景観における多様な生態学的条件下で存続した、いくつかの進化的系統の長期にわたる存在を示唆しているかもしれません。アジア東部の複雑な山岳地形と多様な生息地は氷期には退避地として機能した可能性があり、さまざまな人類集団、つまりホモ・ロンギやネアンデルタール人やホモ・エレクトスさえ、同時に生存して相互作用することを可能としていたかもしれず、それはこれら古代型人類で観察された混在している形態学的パターンに寄与したかもしれません。


●ホモ・ロンギ集団内の系統多様性および生態学的適応

 じっさい、ホモ・ロンギは単一の均質な人口(集団)を表している可能性は低そうで、むしろ、いくつかの地域的に分化した人口(集団)で構成される、形態学的および遺伝学的に多様な集団を表しています。しかし、その身体的特徴に関する理解は、化石遺骸および形態学的データの不足のため限られており、地域的比較が妨げられています。ハルビン頭蓋[1]と夏河1号および2号[3、7]とデニソワ洞窟のデニソワ人化石[10]と澎湖1号[9]を含めて確証されているホモ・ロンギ化石に基づいて、本論文はホモ・ロンギ集団と関連する特徴一式をまとめます。そうした特徴には、広くて低い下顎、頑丈な下顎体、頤隆起の欠如、3根大臼歯の存在、厚い歯槽骨、第三大臼歯(M3)の先天的欠如が含まれます。頭蓋形態は、ハルビン頭蓋によって顕されるように、低くて長い頭蓋冠と大きな眉上隆起と大きな脳容量(約1420cc)の組み合わせによって特徴づけられます。さらに、デニソワ3号の指骨の形態は、ネアンデルタール人より現生人類の方に近い、と報告されました[12]。これらの形質は各ホモ・ロンギ個体に現れているのではなく、むしろこの集団全体で異なるかもしれない特徴の混合一式を表しているかもしれないことに、要注意です。

 デニソワ洞窟のデニソワ人個体のゲノムに基づく遺伝学的研究では、核水準では、デニソワ人はネアンデルタール人と姉妹集団を形成する、と明らかになってきました(図1b)。対象的に、Y染色体およびミトコンドリアDNA分析はより複雑な関係を示唆しており、後期ネアンデルタール人はデニソワ人とよりも現生人類の方と近い類似性を示します(図1b)。さらに、現代人の統合的なゲノム研究では、デニソワ人は少なくとも3系統の深く分岐した系統から構成されている、と示唆されてきました。これらの調査結果は、ネアンデルタール人からの初期の分岐およびアジア東部における異なる下位集団の長期の存在を考慮すると、当然ホモ・ロンギに当てはめることができます。

 時空間的観点からは、ホモ・ロンギは、シベリアの高地環境から台湾など亜熱帯地域にまたがる、広範な生息地に適応しました(図2)。とくに注目すべきは高地環境で、夏河個体によってあら触れます。チベット高原の長期の居住において、ホモ・ロンギはこの環境への独特な行動適応を発展させ、それには多様な動物資源の完全な利用のための整形戦略が含まれます[8]。ホモ・ロンギは、現在のチベット人における高地適応と関連しており、デニソワ人的な遺伝子移入の結果と提案されてきた、2番染色体上のめじらしいヒトEPAS1ハプロタイプによって証明されるように、チベット高原へり身体的適応をも発展させたかもしれません。アルタイ山脈のデニソワ人の両個体が高地適応EPAS1遺伝子を有しており、インド亜大陸の現代人集団がデニソワ人由来のEPAS1ハプロタイプを有しているので、本論文では作業仮説として、チベット高原の高地環境に適応したホモ・ロンギ集団は、シベリアのアルタイ山脈へと北方に、およびインド亜大陸へと南方に拡散したかもしれない、と提案されます(図2)。


●将来の展望

 研究の増加によって今や、伝統的に中国の文献では古代型ホモ・サピエンスと命名されていた、中期更新世後半および後期更新世のホモ属内で存在していた、広範な形態学的および遺伝学的多様性が認識されています。「ロンギ集団」との概念は、化石と分子両方の痕跡を統合し、割り当てられていなかった人類遺骸および特徴的な考古学的文化のある遺跡を再分類するための、統一的枠組みを提供します。将来の方向性に含まれるのは、以下の4点と示唆されます。(1)追加の曖昧な化石への古プロテオームおよびDNA解析と、ロンギ関連の考古学的遺跡への堆積物古代DNAの拡張によって、その帰属がロンギ集団なのか、他の古代型人類なのか、判断することです。(2)ロンギ集団の診断可能な文化的および行動的特徴の確証で、たとえば、石器技術や骨器製作です。(3)年代モデルを改良し、後期ホモ・エレクトスとロンギ集団とネアンデルタール人と初期現生人類の相互作用を解明することです。(4)ロンギ集団の進化史と起源の解明は、アジア東部における現生人類出現の理解を大きく深め、ネアンデルタール人拡散仮説の解釈およびアジア東部におけるデニソワ人関連の遺伝子移入について形態発生的枠組みも提供します(図2)。このように、ロンギ集団は、深い過去におけるパズルの重要なピースと、アジア東部における現生人類出現前のホモ属の分類学における将来の中心点の両方で、機能するかもしれません。


参考文献:
Ran J. et al.(2026): Homo longi, Denisovans, Neanderthals and other archaic hominins in eastern Asia prior to the rise of Homo sapiens. Science Bulletin, 71, 5, 973-976.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2025.11.059

[1]Ni X. et al.(2021): Massive cranium from Harbin in northeastern China establishes a new Middle Pleistocene human lineage. The Innovation, 2, 3, 100130.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2021.100130
関連記事

[2]Bae CJ, and Wu X.(2024): Making sense of eastern Asian Late Quaternary hominin variability. Nature Communications, 15, 9479.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-53918-7
関連記事

[3]Chen F. et al.(2019): A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature, 569, 7756, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x
関連記事

[4]Bae CJ. et al.(2023): “Dragon man” prompts rethinking of Middle Pleistocene hominin systematics in Asia. The Innovation, 4, 6, 100527.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2023.100527
関連記事

[5]Fu Q. et al.(2025): The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual. Science, 389, 6761, 704–707.
https://doi.org/10.1126/science.adu9677
関連記事

[6]Fu Q. et al.(2025): Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium. Cell, 188, 15, 3919–3926.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.040
関連記事

[7]Shao Q. et al.(2021): Geochemical provenancing and direct dating of the Harbin archaic human cranium. The Innovation, 2, 3, 100131.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2021.100131
関連記事

[8]Xia H. et al.(2024): Middle and Late Pleistocene Denisovan subsistence at Baishiya Karst Cave. Nature, 632, 8023, 108–113.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07612-9
関連記事

[9]Tsutaya T. et al.(2025): A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan. Science, 388, 6743, 176–180.
https://doi.org/10.1126/science.ads3888
関連記事

[10]Brown S. et al.(2022): The earliest Denisovans and their cultural adaptation. Nature Ecology & Evolution, 6, 1, 28–35.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01581-2
関連記事

[11]Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
関連記事

[12]Bennett EA. et al.(2019): Morphology of the Denisovan phalanx closer to modern humans than to Neanderthals. Science Advances, 5, 9, eaaw3950.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw3950
関連記事

[14]Huerta-Sánchez E. et al.(2014): Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA. Nature, 512, 7513, 194–197.
https://doi.org/10.1038/nature13408
関連記事

この記事へのコメント