朝鮮半島三国時代人類の社会構造
韓国南東部の三国時代の遺跡で発見された人類遺骸のゲノムデータを報告した研究(Moon et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。また、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。
本論文は、三国時代の新羅の大規模墓地群の被葬者78個体のゲノムデータを報告し、1親等と2親等を含めて、多数の親族関係と、近親婚により生まれたと考えられる5個体を特定しました。この墓地群被葬者の父系の多様性の低さからは女性族外婚の可能性も考えられますが、親族とともに埋葬された成人女性も見つかり、少なくとも厳格な女性族外婚ではなかったようです。また、この大規模墓地群では、墓主とともに人身供犠の被葬者(殉葬)も発見されていますが、両者間で識別可能な遺伝的差異は検出されず、現代韓国人と同様に、ゲノムにおいて「縄文人」的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は確認されませんでした。日本でも、「縄文時代」~飛鳥時代にかけての、古代ゲノムデータに基づくこうした大規模な親族関係の研究の進展が期待されます。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、cM(centimorgan、センチモルガン)、ISOGG(International Society of Genetic Genealogy、遺伝子系譜学国際協会)、KIN(Kinship INference、親族関係の推測)、WLR(West Liao River、西遼河)です。以下の時代区分の略称は、BA(Bronze Age、青銅器時代)です。本論文で取り上げられる主要な国名は歴史用語は、高句麗(Goguryeo)、百済(Baekjae)、新羅(Silla)、押督(Abdok)、殉葬(Sunjang)、主槨(jukwak)、副槨(bukwak)です。
本論文で取り上げられる主要な大韓民国の遺跡は、慶尚北道(Gyeongsangbuk-do)の慶山(Gyeongsan)市の林堂洞・造永洞(Imdang-Joyeong、略してIMD-JOY)遺跡と夫迪(Bujeok)遺跡と大洞(Daedong)遺跡、金海(Gimhae)市の大成洞(Daesung-dong)と柳下里(Yuha-ri)貝塚、群山(Gunsan)市の堂北里(Dangbuk-ri)遺跡、高霊郡(Goryeong)の池山洞(Jisan-dong)遺跡、大邱(Daegu)広域市の槐田洞(Goejeon-dong)遺跡です。本論文で取り上げられる大韓民国以外の主要な遺跡は、日本では愛知県田原市の伊川津貝塚、現在は中華人民共和国の支配下にあり行政区分では内モンゴル自治区とされているモンゴル南部では竜頭山(Longtoushan)遺跡、中華人民共和国では福建省の渓頭村(Xitoucun)遺跡です。
●要約
韓国南東部の慶山市の林堂洞・造永洞遺跡埋葬複合体は、100年以内(4世紀と5世紀)以内に築かれた多数の墓と、人身供犠の広範な慣行で有名です。78個体のゲノム規模データが分析され、1親等と2親等と3親等以上の親族がそれぞれ11組と23組と20組検出され、林堂洞・造永洞社会における密な親族網が明らかになります。密接な親族関係にある両親から生まれた5個体が見つかり、墓主と犠牲者の両方における近親婚の慣行が示唆されます。女性族外婚の厳格なパターンが報告されているヨーロッパにおけるいくつかの最近の考古遺伝学的研究とは異なり、親族とともに埋葬された成人女性子孫も観察されました。墓主と犠牲者との間で、識別可能な遺伝的差異は検出されませんでした。本論文の分析は、韓国における三国時代社会の埋葬慣行および社会的構造についての生物考古学的情報を提供します。
●研究史
古代社会における親族関係慣行の理解は、その社会的組織および文化的慣行の再構築に重要です。親族関係は生物学的慣行と社会的慣行との間の複雑な相互作用ですが、生物学的親族関係はこの再構築の手段を提供できます。ゲノム規模古代DNA研究における最近の進歩によって、埋葬された個体間の生物学的親族関係と両親の近縁性の正確な再構築が可能になりました。新石器時代から中世までのヨーロッパの墓地に関する研究[1~6]は父方居住家系と女性族外婚の共通パターンを明らかにしてきましたが、ヨーロッパ以外の研究は疎らです。古代ヨーロッパ以外の生物学的親族関係のゲノム研究は、世界規模の優勢な慣行としての、厳格な女性族外婚を伴う父方居住の一般化に反する事例を提供しています。たとえば、アメリカ合衆国南西部の先史時代社会[7]や中国東部の新石器時代社会[8]やアナトリア半島の新石器時代集落[9]では、母方居住家系のゲノム証拠が報告されてきました。先史時代エーゲ海社会[11]や中国の新石器時代社会の二つの事例[8、12]など、古代社会が一般的に家族集団内の近親婚を行なっていたいくつかの事例もあります[10]。
韓国の三国時代(紀元前57~紀元後668年頃)には、朝鮮半島と現在の中国北東部の一部を支配していた、高句麗と百済と新羅という主要な3政治勢力の歴史が含まれます。その地理的近さにも関わらず、これら3王国は埋葬慣行と結婚慣行で異なっていました。具体的には、初期新羅では、墓主とともに犠牲となった(複数の)ヒト個体の共同埋葬である、殉葬が行なわれていました。そうした人身供犠は世界全域で小六記録されており、さまざまな文化的背景に由来します。この埋葬慣行の動機は、資源紛争や儀式的慣行や富と権力の蓄積の正当化を含むさまざまな動機が示唆されてきましたが、それらに限りません。新羅の殉葬は考古学的には3世紀後半と6世紀初期の間で検出されており、王令によって502年に禁止された、との歴史的記録と一致します。その結果、複数の埋葬が、古代新羅王国の中心だった韓国南東部で発見されてきました。
新羅は、高句麗などの隣国とは異なる物質的慣行を有していた、とも考えられています。最も注目すべきことに、新羅の王室支配層は、高句麗や百済の記録では稀にしか観察されていない近親婚を行なっていた、と記録されています。近親婚に関する歴史資料は、新羅王室および在来支配層内の階級と社会的地位の強化かと関連している、と考えられています。一方、高句麗の王族には、死亡した男性の兄弟がその妻と結婚する、逆縁婚を行なっていた記録がありますが、そうした事例は新羅の歴史的記録では報告されませんでした。しかし、韓国における限られた古代ゲノム研究31~33のため、これまで裏づけとなるゲノム証拠は、三国時代、ましてや新羅の朝鮮半島人の結婚慣行に関して、報告されてきませんでした。これら少ない研究のうち1件は、広範な父方と母方の親族を含む、共同埋葬の家族を報告しており[31]、三国時代の一部の朝鮮半島人は性別の偏りの限定的な家族構造を有していたかもしれない、と示唆されています。
韓国の慶尚北道の慶山市に位置する林堂洞・造永洞複合体は、三国時代の韓国において最も有名な考古学的遺跡の一つで、新羅の犠牲埋葬に関する多くの事例を提供します。この複合体は、林堂洞と造永洞と夫迪の3ヶ所の遺跡から構成されています。この3ヶ所の遺跡のうち、林堂洞および造永洞遺跡は嶺南大学(Yeungnam University)博物館によって率いられた1982年の最初の発掘以降、広範な考古学的発掘がありました(図1)。これまで、1600基以上の墓と25000点以上の副葬品と269個体のヒト遺骸が、林堂洞・造永洞埋葬複合体で回収されてきました。この埋葬複合体には、4世紀から6世紀まで100年にわたって連続的に築かれた墓が含まれており、ヒトの約3~4世代に相当します。墓主は新羅出身で、4世紀に新羅に併合された小国である押督の在来支配家族集団だった、と推測されています。以下は本論文の図1です。
2ヶ所の玄室で構成される少なくとも20基の墓は殉葬の痕跡を示しており、墓主と犠牲になった個体の両方を含む1基の長方形の主要玄室(主槨)と、あるとしても犠牲になった個体のみを含む正方形の二次的玄室(副槨)で構成されています。両玄室には通常、犠牲になった1もしくは2個体が含まれていますが、2ヶ所の主槨には最大で5個体が特定、1ヶ所の副槨では最大4個体が特定されました。短期間で築かれた墓の多さと個体群の異なる地域の埋葬は、古代の埋葬慣行の研究の機会を提供し、三国時代韓国の過去の社会構造に光を当てます。林堂洞・造永洞社会は三国時代の韓国も新羅王国も代表していないかもしれませんが、それでも、生物考古学的観点から局所的な新羅社会の構造の研究に稀な機会を提供します。
同位体分析を用いた先行研究では、林堂洞・造永洞古代人の墓主と犠牲になった個体との間の食性パターンが区別でき、支配層の構成員と犠牲になった個体との間の社会経済的階層化が示唆されます。しかし、親族関係のパターンを見つけるための林堂洞・造永洞複合体に関する古代DNA研究は欠けています。mtDNAを用いての二つの先行研究がありま、林堂洞・造永洞古代人の社会構造に知見を提供しましたが、これらの分析のみでは、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)を用いただけの限界のため、正確な系図の再構築に充分なほど強力ではありませんでした。したがって、林堂洞・造永洞古代人に関する重要な問題は依然として解決されていません。埋葬された林堂洞・造永洞古代人の間の家族関係はどのようなものでしたか?犠牲になった個体群は相互と親族関係を共有していましたか?は欠けてとの間で遺伝的分化はありますか?林堂洞・造永洞古代人は、新羅王室支配層について記録されているように、近親婚(以後、簡略化のため「族内婚」と呼ばれます)を行なっていましたか?
本論文は、44基の墓にわたる78個体のゲノム規模データを提示します。近親婚から生まれた個体が墓主と犠牲になった個体の両方で観察され、社会的地域に関係ない族内婚慣行が裏づけられます。成人の男女間の同様の親族関係のつながりも見つかり、林堂洞・造永洞古代人は、限定的な性別の偏りのあるかなりの水準の族内婚を伴う社会の、稀な事例を提供します。最後に、林堂洞・造永洞古代人には、林堂洞と造永洞の埋葬遺跡と埋葬地位の間で、遺伝的特性の検出可能な違いがありませんでした。
●データの選別
林堂洞・造永洞遺跡の172個体の182点の骨格要素からゲノムDNAが検査され、これにはヒトの錐体部や大腿骨や脛骨や歯や他の骨格遺骸が含まれていました。骨格要素の名称は、林堂洞埋葬遺跡から発掘された場合は接頭辞IMDが、造永洞遺跡から発掘された場合は接頭辞JOYが付されました。考古学的証拠に基づいて、97点の要素が墓主に割り当てられ、そのうち32点は2ヶ所の玄室の墓から発掘されました。さらに、61点の要素は犠牲になった個体の骨と分類され、残りの24点の骨格要素は墓主が不明でした。これらのうち、充分な内在性ヒトDNA(0.1%超)と、対応するライブラリ調整実施要綱で予測される古代DNA死後損傷パターンを有する、85点の骨格要素が選択されました。ヒト集団遺伝学で一般的に用いられるパネル(「124万」)から、1233013ヶ所のSNPを対象に、溶液内DNA捕獲が適用されました[40~42]。同じ個体の骨格要素を考慮し、同一ライブラリの情報を統合して、78個体でゲノム規模データが得られ、その内訳は、25個体(墓主4個体、犠牲になった12個体、埋葬地位が曖昧な9個体)が林堂洞遺跡から、53個体(墓主22個体、犠牲になった26個体、埋葬地位が曖昧な5個体)が造永洞遺跡から得られました。
性染色体と常染色体との間の配列読み取り深度に基づいて、34個体が男性、42個体が女性と特定され、2個体は性別が曖昧でした。pileupCallerプログラムを用いて、124万ヶ所の部位で疑似半数体デ遺伝子型を呼び出すことによって、これら78個体について、少なくとも1ヶ所の高品質な読み取りで網羅された、5551~1060866ヶ所の祖先系統情報をもたらすSNPが回収されました。分析に影響する汚染を避けるために、汚染されているかもしれない14個体が特定されました。具体的には、5%以上のミトコンドリア汚染(JOY012、JOY073、JOY076、JOY078)に基づいて4個体が、男性について5%以上のX染色体汚染に基づいて2個体(IMD023、IMD024)が、曖昧な遺伝学的性別に基づいて2個体(IMD033、JOY083)が、全ての汚染推定値を満たさなかった6個体(IMD039、JOY054、JOY106、JOY107、JOY121、JOY123)が、汚染されていると特定されました。
親族関係分析については、汚染特定に関係なく、78個体すべての情報が用いられました。汚染された個体を含めたのは、2個体が両方とも同じ個体によって汚染されていなければ、偽陽性の親族関係を生成する可能性は低いからです。4親等以上の親族関係は、汚染を有しているか、利用可能な汚染推定値がない2個体について、呼び出されませんでした。124万SNP部位で網羅率0.05倍未満の1個体を含む、組み合わせ間の3親等以上の親族関係推定値も、低網羅率標本でのKINの実行に基づく偽陽性の親族関係の兆候を避けるために無視されました。集団に基づく分析について、汚染の可能性のある特定された14個体と、他の個体と1親等の親族関係となる追加の8個体(IMD001、IMD031、JOY003、JOY011、JOY018、JOY035、JOY077、JOY118)が除外され、56個体が残りました。最後に、40万ヶ所以上の呼び出された124万SNPが、hapROHおよびancIBD分析のため用いられました。
●林堂洞・造永洞の親族関係系図から得られた族内婚の証拠
先行研究は、同じ墓に埋葬された犠牲になった個体が密接な親族関係を共有する可能性を示唆してきました。しかし、これらの主張を検証する試みはありませんでした。林堂洞と造永洞の古代人の間の密接な生物学的近縁性を検出するために、本論文の低網羅率な古代DNAデータセット内で密接な遺伝的親族関係を特定できる、KINが用いられました。さらに、片親性遺伝標識パターンを活用して、特定の信じがたい関係を除外するためにmtHgおよびYHgが、近親婚から生まれた個体を特定するために、長いROHゲノム断片の数と合計長が検証されました(図2)。死亡推定の骨学的年代を含めて、墓の築造順など考古学的情報とともに生物学的情報を検討して、42個体間で54組の家族関係が特定され、11組が1親等、23組が2親等、3親等以上の近縁性が少なくとも20組見つかりました。以下は本論文の図2です。
この予想通り多数の遺伝的親族によって、少なくとも1個体の2親等の関係によってつながる個体群のいる10組の家系図(家系1~10)と、2~3親等の関係によってつながっていた個体群のさらなる3群(家系11~13)の再現が可能となりました(図3)。これらの家族の一部はつながっており、家系の3組は特定の家族構成員を通じて、3~4親等の関係を共有していることに要注意です。林堂洞および造永洞埋葬遺跡は地理的に相互と離れていますが(図1)、家族関係は2親等の関係によって二つの家系では両遺跡にまたがっており、3件の事例では4親等くらいのより遠い関係が両遺跡間で存在した、と観察され、両埋葬遺跡間の密接なつながりが示唆されます。最後に、単一の墓の異なる埋葬地位の1個体と3親等内の親族関係を有している、と検出されたのは2個体のみで(墓6A、墓主は家系8のIMD028、犠牲になったのは家系1のIMD031)、墓主と犠牲になった個体の間の親族関係の階層化が示唆されます。以下は本論文の図3です。
本論文の系図に基づいて、核家族を分析すると、興味深いバターンが見つかりました。まず、最大2親等の密接な親族関係にある7個体がいる、ほぼ墓主で構成されている家系1が調べられました。この家系は創始者である墓主の1組JOY012(男性)とJOY032(女性)から始まり、4世代にまたがっています。この創始者2人は隣接する2基の墓(林堂洞遺跡のCII-1およびCII-2)に埋葬されており、本論文の前にすでに夫婦の墓と示唆されていました。第2世代の個体群は標本抽出されませんでしたが、第3および第4世代の個体群はほぼ別の墓に位置していました。これは、犠牲になった家系の埋葬パターンとは異なっており、犠牲になった家系では、両親と子供が同じ墓に共同埋葬されていました(家系2~5)。
墓主の家族の興味深い1人は、女性個体IMD003です。IMD003は男性IMD031と男性JOY001の標本抽出されていない姉妹の娘で、男性JOY001とmtHg-C4a1aを共有しており、複数の長いROH断片(20cM以上のROH断片の合計が319.22cM)を示し、両親がイトコもしくはそれ以上の関係だったひとに相当します(図2)。IMD003は墓主間の密接な近親婚の直接的証拠を提供し、これは文献記録と一致する新羅人の間で共有されていた文化的慣行を反映しているかもしれません。IMD003はこれらの近親婚から生まれた唯一の個体です。20cM以上のROHを有する4個体がさらに見つかりましたが、IMD003とは異なり、その両親の正確な家族関係を特定できませんでした(図2および図3)。近親婚は、墓主のみならず、犠牲になった個体(たとえば、家系3のJOY010とJOY011)でも観察されることに要注意で、これは、社会的地位に関係ない近親婚の慣行を示唆しています。最後に、匈奴やアヴァールなど[6]牧畜社会における一般的慣行である、逆縁婚から予測される系図パターンと一致する事例は見つからず、これは、牧畜民社会と深い結びつきを有していた高句麗とは異なり、新羅ではそうした慣行の文献証拠が欠如していることから予測されました。
族外婚のパターンを検出するために、まず片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)ハプログループの分布が調べられました。男性の墓主個体のYHgはおもに、本論文のデータセットにおいても最も一般的だったO1b2aだった、と分かりました。対照的に、mtHgはYHgと比較してずっと多様でした。これらの調査結果は、墓主の父方居住家族構造を表面上は裏づけているように見えるかもしれませんが(男性13個体のうち6個体)、犠牲になった男性13個体のうち8個体も同様にYHg-O1b2aが観察され、YHg-O1b2aは人口集団規模で共通のハプログループだったかもしれない、と示唆されます。YHg-O1b2aは韓国の現代人で見られる一般的なハプログループです。ISOGG命名法では以前にO2bと呼ばれていたYHg-O1b2aは、親族関係にない韓国人男性において高頻度で報告されてきており、YHg全体の分布の約22~39%を構成しています。
YHgの多様性がmtHgより低いことは父方居住家族構造と一致するかもしれませんが、その逆の証拠もあります。具体的には、推定上の母方親族を共有する成人女性の事例が観察されています(図3)。たとえば、家系7の女性個体IMD016(骨学的年齢は8.5~13.5歳)およびIMD029(21~35歳)は同じmtHgを共有しており、2親等の親族で(おそらくオバとメイの関係)で、両者は男性個体JOY009と親族でした。これは、IMD016とIMD029との間で共有されている、観察されていない母方親族の存在を示唆しており、母系を通じて共同埋葬された個体との成人女性の親族関係共有の証拠を提供しています。成人女性の別の推定上の母方親族は、イトコと結婚したIMD003の母親です(家系1)。IMD003およびIMD018(家系1)やJOY006(家系12)など、自身の墓に遠縁の親族が埋葬された成人女性の事例も観察されます。これらの調査結果は、林堂洞・造永洞古代人の家族構造において、限定的な性別の偏った族外婚があったかもしれない可能性を示唆しています。
●成人男女間の同様の水準の遺伝的つながり
本論文の系図分析は、最大4親等の親族の検出に限られていました。林堂洞・造永洞個体間の親族関係をさらに分析するために、ancIBDを用いて、32個体間のIBD断片共有が分析されました(図4A)。枝の重みとして12cM以上の最大IBD断片を、節として個体を用いて、IBD共有網が作成されました。つながりの数の分布(程度)と、性別間の節の最大IBDの合計(強度)が比較されました(図4C)。族外婚母方居住社会については、成人男性よりも成人女性間でより多くのIBDのつながりおよびより高い次数中心性が予測されます。族外婚の父方居住社会については、逆のパターンが予測されます。成人のみのIBD網内の成人男性11個体と成人女性12個体において、つながりの程度と強度の分布間を区別する証拠はない、と分かりました(図4C)。これらの調査結果は、20cM以上のROH長の5個体の調査結果とともに、林堂洞・造永洞複合体古代人が限定的な遺伝的性別の偏りのある族外婚を行なっていた、と示唆しています。以下は本論文の図4です。
●墓主と犠牲になった個体との間での減少した長いIBD共有
墓主と犠牲になった個体との間のIBD共有のパターンが分析されました。まず、IMD003とJOY119を除いて、埋葬状態が不明な個体は除外されました。IBD網の枝を、同じ埋葬状態の節の組み合わせをつなぐ枝について「犠牲になった個体内」および「墓主内」、節の組み合わせが異なる埋葬状態ならば「中間」との3群に分類することによって、IMD003とJOY119が墓主とみなされたのは、埋葬状態の曖昧さが、本論文でその後に重複と特定された、他の共同埋葬された個体群との関連から生じたからです。墓主と犠牲になった個体群が12~32cMの短いIBD断片を共有しているのに対して、32cM超のIBD断片は存在しません。これらの調査結果から、いくつかの出自の生物学的近縁性が2集団間で共有されており、墓に固有か人口集団規模のどちらかであるかもしれないものの、墓主と犠牲になった個体との間のより密接な生物学的近縁性は稀か少なく、埋葬の2階級間で観察された遺伝的階層化に寄与している、と示唆されます。
●林堂洞・造永洞古代人の均質な遺伝的特性
これまで、三国時代韓国の古代人のゲノム規模の遺伝的特性を調べた研究は2件のみでした[31、32]。朝鮮半島の南岸に近い金海市の8個体のうち2個体は、縄文関連人口集団からの混合の兆候を示しました[32]。これら以前の観察に基づいて、本論文で取り上げられた林堂洞・造永洞古代人内の下部構造の可能性が調べられました。先行研究の手法に従ってPCAが実行され、古代の個体群はユーラシア東部現代人378個体の上位主成分(PC)に投影されました(図5A)。林堂洞・造永洞古代人は、低網羅率もしくは汚染された個体を除いて、現在の韓国人と密接にクラスタ化する(まとまる)、と観察されます。これは、古代の個体群をユーラシア現代人2077個体の上位PCに投影しても観察できます。林堂洞・造永洞古代人と刊行されている個体群との間で共有されている遺伝的浮動をさらに検出するために、f3形式(ムブティ人;林堂洞・造永洞古代人、世界規模の集団)の外群f3統計が計算されました。林堂洞・造永洞古代人は現在の韓国人および刊行されている三国時代の朝鮮半島人と高度な共有された浮動を示しました。f4形式(ムブティ人、世界規模の集団;犠牲になった個体、墓主)およびf4形式(ムブティ人、世界規模の集団;林堂洞古代人、造永洞古代人)のf4統計を用いて、埋葬状態もしくは埋葬遺跡に基づいても、祖先系統における有意な差異は見つかりませんでした。これらの調査結果は、林堂洞・造永洞埋葬複合体内の均質な遺伝的構成を示唆しています。以下は本論文の図5です。
林堂洞・造永洞古代人の均質性をさらに検証するために、qpAdmに基づく混合モデル化を用いて、林堂洞・造永洞古代人と他の三国時代の朝鮮半島人の遺伝的特性が形式的にモデル化されました。遠位供給源として先行研究[31]を用いて、qpAdmが実行されました。竜頭山遺跡の青銅器時代古代人(西遼河_BA)をアジア東部北方供給源として、別の供給源として中国南部の渓頭村遺跡の後期新石器時代古代人(渓頭村)が用いられました。祖先系統の第三の構成要素として伊川津遺跡の「縄文時代」の1個体(縄文_伊川津)がモデル適合性を改善できるのかどうかも、調べられました。西遼河_BAと渓頭村を代理として用いる2方向モデル化は、金海の外れ値2個体を除いて、韓国の三国時代の古代人すべてで妥当でした。縄文_伊川津を財産の祖先系統として含めると、金海の外れ値2個体のみで適合性が改善されましたが、他の韓国の古代人は第三の供給源として縄文_伊川津を必要としませんでした。これらの調査結果に基づいて、林堂洞・造永洞古代人は他の三国時代の韓国古代人とは異ならず、縄文関連供給源からの混合の兆候を示さなかった、と結論づけられました。ただ、地理的距離を反映して、林堂洞・造永洞古代人と他の三国時代の韓国古代人、つまり金海市の大成洞および柳下里と群山市の堂北里遺跡の古代人との間で、4親等内の親族関係は検出されませんでした。これらの調査結果から、林堂洞・造永洞古代人は、三国時代の韓国南部における安定した人口構造を反映している、遺伝的連続性を共有している、と示唆されます。
●考察
78個体のゲノムDNAに基づくと、林堂洞および造永洞の2ヶ所の埋葬遺跡にまたがる、古代人韓国の4~6世紀の埋葬複合体から、広範な親族関係網が見つかります。本論文は、13家系から構成される林堂洞・造永洞古代人の最初の遺伝的系図を提示し、この13家系では個体は最大3親等の親族の組み合わせによってつながっていました。林堂洞・造永洞古代人についての本論文の系図は、林堂洞・造永洞複合体の考古学に貴重な知見を提供します。この寄与の1分野は、林堂洞・造永洞複合体内の墓の建造順の決定です。たとえば、親の近くに埋葬された子供の墓の事例が見つかりました(図3、家系9および10)。墓主の世代準を活用すると、本論文の系図は、考古学的証拠とともに共同分析し、連続する墓の建造年代の予測に貴重な知見を提供できます。
最長のROHの個体IMD003の両親は、イトコかそれ以上の関係でした(図2)。さらに4個体が近親婚の証拠を示し、そのうち2個体は、副槨にともに埋葬された犠牲に供された父親と娘で、2世代にわたる近親婚が示唆されます。近親婚は一般的に共同体内の婚姻を行なう社会と関連しており、そうした社会では、結婚は特定の社会集団内で行なわれます。墓主の家系と犠牲になった個体の両方における近親婚による個体の観察から、林堂洞・造永洞社会は共同体内の結婚を行なっており、それは社会的地位内でのことだった可能性が高い、と示唆されます。
本論文の遺伝学的分析は、墓主と犠牲になった個体の両方について、以前の家族関係の示唆と一致します。2基の墓CII-1およびCII-2の墓主間で母系の関係が見つかり(図1および図3、JOY012とJOY032)、考古学的証拠に基づく母系の関係に関する以前の示唆が確証されます。この2基の墓は、同様の規模、同じ玄室の方向、同じ建造様式で同じ規模で相互に平行して建造され、各墓には性別(ジェンダー)固有の副葬品が含まれていました。CII-1およびCII-2の事例を考慮すると、#2北墓や#2南墓など林堂洞・造永洞埋葬複合体の墓の同様の並行した組み合わせは、夫婦の墓である可能性が高いかもしれませんが、この2基の墓の主槨から発掘された骨格要素すべては、埋葬状態が曖昧です。具体的には、#2北墓の主槨の2個体(IMD001とIMD22)は兄弟で、副槨に埋葬された男性1個体(IMD023)の息子でした(家系5)。これは、この仮説の検証には、墓の少なくとも1基の墓主かもしれない個体が、まだ標本抽出されていないことを示唆しています。両親とその子供が同じ墓でともに犠牲に供された、家系の3事例の明白な証拠も見つかりました(図3、家系2~4)。本論文の遺伝学的調査結果は、家族全体の殉葬行為を初めて確証し、これらの慣行が三国時代の犠牲埋葬で一般的だった可能性を示唆しています。何世代にもわたる犠牲個体間の遺伝的近縁性は、連続的世代で墓主のために犠牲になった個体として機能した、家族の存在を示唆しているかもしれません。族内婚親族関係構造は、犠牲になった家族の可能性とともに、親族関係を通じての社会的地位の強い継承の文化を示唆しています。高霊郡の池山洞に位置する三国時代最初期の犠牲墓は、考古学的証拠に基づいて、家族全体が犠牲に供された、と示唆されているので、こうした慣行の起源を示しているかもしれませんが、その家族関係はまだ検証されていません。
本研究は、複数個体の埋葬状態が曖昧な点で、限界があり、これは結果を制約するかもしれません。さらに、埋葬された個体の総数と比較して、分析に成功した個体数が相対的に少ないことで、調査結果の一般化を制約します。少数の標本は、本論文の標本における古代DNAの保存状態によって限定されており、それは朝鮮半島の酸性土壌環境によって制約されます。したがって、古代韓国の人口集団からの高品質なデータの取得には、継続的研究が重要です。最後に、林堂洞・造永洞社会の観察された親族関係の慣行は、新羅王国の他の在来社会やより広い三国時代朝鮮半島の一般的慣行ではないかもしれないことに、要注意です。将来の研究の興味深い分野は、林堂洞・造永洞埋葬複合体周辺の同時代の埋葬遺跡の考古ゲノム分析かもしれません。たとえば、慶山市の大洞および夫迪における発掘遺跡は、林堂洞・造永洞埋葬複合体と同じ考古学的背景で、これは地域的規模で遺伝的つながりを示すかもしれません。また、大邱広域市の槐田洞における発掘遺跡は、新羅の背景の埋葬遺跡の分析の別の場所を提供します。林堂洞・造永洞埋葬複合体周辺のこれらの遺跡には、共同体内の親族関係のつながりを解明し、林堂洞・造永洞社会の代表性を検証する可能性があり、新羅の道の局所的な親族関係慣行に光を当てます。
金海市の大成洞古墳の4~5世紀の三国時代韓国古代人に関する先行研究は、日本列島からの移民もしくはその子孫の可能性が高い、縄文関連祖先系統がある2個体を報告しています[32]。林堂洞・造永洞個体群は三国時代韓国古代人全員には一般化できませんが、「縄文人」との類似性を有さない、以前に刊行された三国時代の朝鮮半島人[31]および林堂洞・造永洞古代人個体群に関する本論文の調査結果から、日本列島からの移民もしくはその近い過去に到来した移民の子孫が、三国時代の韓国南部の一般的特徴だった可能性は低い、と示唆されます。三国時代の韓国および古墳時代の日本のより多くの遺跡に関する考古遺伝学的研究が、この期間の韓国と日本との間の移住パターンの解明には必要でしょう。
本論文は、韓国の古代三国時代の密接な親族関係にある個体群のゲノム規模組成を初めて分析しました。遺伝的データを通じて、本論文は古代ヨーロッパで観察された父方居住制とは異なる、独特な家族構造の証拠を提示します。本論文は、局所的社会内の高度な近親婚の1事例も提示し、これはアヴァール人などアジア東部草原地帯の同時代の社会とは対照的です。さらに本論文では、林堂洞・造永洞埋葬複合体の古代人は埋葬状況に関係なく遺伝的均質性を示した、と論証されます。朝鮮半島におけるさらなる考古遺伝学的研究は、古代アジア東部の人口動態および家族構造についてさらなる情報を明らかにする、と考えられます。
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本論文は、三国時代の新羅の大規模墓地群の被葬者78個体のゲノムデータを報告し、1親等と2親等を含めて、多数の親族関係と、近親婚により生まれたと考えられる5個体を特定しました。この墓地群被葬者の父系の多様性の低さからは女性族外婚の可能性も考えられますが、親族とともに埋葬された成人女性も見つかり、少なくとも厳格な女性族外婚ではなかったようです。また、この大規模墓地群では、墓主とともに人身供犠の被葬者(殉葬)も発見されていますが、両者間で識別可能な遺伝的差異は検出されず、現代韓国人と同様に、ゲノムにおいて「縄文人」的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は確認されませんでした。日本でも、「縄文時代」~飛鳥時代にかけての、古代ゲノムデータに基づくこうした大規模な親族関係の研究の進展が期待されます。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、cM(centimorgan、センチモルガン)、ISOGG(International Society of Genetic Genealogy、遺伝子系譜学国際協会)、KIN(Kinship INference、親族関係の推測)、WLR(West Liao River、西遼河)です。以下の時代区分の略称は、BA(Bronze Age、青銅器時代)です。本論文で取り上げられる主要な国名は歴史用語は、高句麗(Goguryeo)、百済(Baekjae)、新羅(Silla)、押督(Abdok)、殉葬(Sunjang)、主槨(jukwak)、副槨(bukwak)です。
本論文で取り上げられる主要な大韓民国の遺跡は、慶尚北道(Gyeongsangbuk-do)の慶山(Gyeongsan)市の林堂洞・造永洞(Imdang-Joyeong、略してIMD-JOY)遺跡と夫迪(Bujeok)遺跡と大洞(Daedong)遺跡、金海(Gimhae)市の大成洞(Daesung-dong)と柳下里(Yuha-ri)貝塚、群山(Gunsan)市の堂北里(Dangbuk-ri)遺跡、高霊郡(Goryeong)の池山洞(Jisan-dong)遺跡、大邱(Daegu)広域市の槐田洞(Goejeon-dong)遺跡です。本論文で取り上げられる大韓民国以外の主要な遺跡は、日本では愛知県田原市の伊川津貝塚、現在は中華人民共和国の支配下にあり行政区分では内モンゴル自治区とされているモンゴル南部では竜頭山(Longtoushan)遺跡、中華人民共和国では福建省の渓頭村(Xitoucun)遺跡です。
●要約
韓国南東部の慶山市の林堂洞・造永洞遺跡埋葬複合体は、100年以内(4世紀と5世紀)以内に築かれた多数の墓と、人身供犠の広範な慣行で有名です。78個体のゲノム規模データが分析され、1親等と2親等と3親等以上の親族がそれぞれ11組と23組と20組検出され、林堂洞・造永洞社会における密な親族網が明らかになります。密接な親族関係にある両親から生まれた5個体が見つかり、墓主と犠牲者の両方における近親婚の慣行が示唆されます。女性族外婚の厳格なパターンが報告されているヨーロッパにおけるいくつかの最近の考古遺伝学的研究とは異なり、親族とともに埋葬された成人女性子孫も観察されました。墓主と犠牲者との間で、識別可能な遺伝的差異は検出されませんでした。本論文の分析は、韓国における三国時代社会の埋葬慣行および社会的構造についての生物考古学的情報を提供します。
●研究史
古代社会における親族関係慣行の理解は、その社会的組織および文化的慣行の再構築に重要です。親族関係は生物学的慣行と社会的慣行との間の複雑な相互作用ですが、生物学的親族関係はこの再構築の手段を提供できます。ゲノム規模古代DNA研究における最近の進歩によって、埋葬された個体間の生物学的親族関係と両親の近縁性の正確な再構築が可能になりました。新石器時代から中世までのヨーロッパの墓地に関する研究[1~6]は父方居住家系と女性族外婚の共通パターンを明らかにしてきましたが、ヨーロッパ以外の研究は疎らです。古代ヨーロッパ以外の生物学的親族関係のゲノム研究は、世界規模の優勢な慣行としての、厳格な女性族外婚を伴う父方居住の一般化に反する事例を提供しています。たとえば、アメリカ合衆国南西部の先史時代社会[7]や中国東部の新石器時代社会[8]やアナトリア半島の新石器時代集落[9]では、母方居住家系のゲノム証拠が報告されてきました。先史時代エーゲ海社会[11]や中国の新石器時代社会の二つの事例[8、12]など、古代社会が一般的に家族集団内の近親婚を行なっていたいくつかの事例もあります[10]。
韓国の三国時代(紀元前57~紀元後668年頃)には、朝鮮半島と現在の中国北東部の一部を支配していた、高句麗と百済と新羅という主要な3政治勢力の歴史が含まれます。その地理的近さにも関わらず、これら3王国は埋葬慣行と結婚慣行で異なっていました。具体的には、初期新羅では、墓主とともに犠牲となった(複数の)ヒト個体の共同埋葬である、殉葬が行なわれていました。そうした人身供犠は世界全域で小六記録されており、さまざまな文化的背景に由来します。この埋葬慣行の動機は、資源紛争や儀式的慣行や富と権力の蓄積の正当化を含むさまざまな動機が示唆されてきましたが、それらに限りません。新羅の殉葬は考古学的には3世紀後半と6世紀初期の間で検出されており、王令によって502年に禁止された、との歴史的記録と一致します。その結果、複数の埋葬が、古代新羅王国の中心だった韓国南東部で発見されてきました。
新羅は、高句麗などの隣国とは異なる物質的慣行を有していた、とも考えられています。最も注目すべきことに、新羅の王室支配層は、高句麗や百済の記録では稀にしか観察されていない近親婚を行なっていた、と記録されています。近親婚に関する歴史資料は、新羅王室および在来支配層内の階級と社会的地位の強化かと関連している、と考えられています。一方、高句麗の王族には、死亡した男性の兄弟がその妻と結婚する、逆縁婚を行なっていた記録がありますが、そうした事例は新羅の歴史的記録では報告されませんでした。しかし、韓国における限られた古代ゲノム研究31~33のため、これまで裏づけとなるゲノム証拠は、三国時代、ましてや新羅の朝鮮半島人の結婚慣行に関して、報告されてきませんでした。これら少ない研究のうち1件は、広範な父方と母方の親族を含む、共同埋葬の家族を報告しており[31]、三国時代の一部の朝鮮半島人は性別の偏りの限定的な家族構造を有していたかもしれない、と示唆されています。
韓国の慶尚北道の慶山市に位置する林堂洞・造永洞複合体は、三国時代の韓国において最も有名な考古学的遺跡の一つで、新羅の犠牲埋葬に関する多くの事例を提供します。この複合体は、林堂洞と造永洞と夫迪の3ヶ所の遺跡から構成されています。この3ヶ所の遺跡のうち、林堂洞および造永洞遺跡は嶺南大学(Yeungnam University)博物館によって率いられた1982年の最初の発掘以降、広範な考古学的発掘がありました(図1)。これまで、1600基以上の墓と25000点以上の副葬品と269個体のヒト遺骸が、林堂洞・造永洞埋葬複合体で回収されてきました。この埋葬複合体には、4世紀から6世紀まで100年にわたって連続的に築かれた墓が含まれており、ヒトの約3~4世代に相当します。墓主は新羅出身で、4世紀に新羅に併合された小国である押督の在来支配家族集団だった、と推測されています。以下は本論文の図1です。
2ヶ所の玄室で構成される少なくとも20基の墓は殉葬の痕跡を示しており、墓主と犠牲になった個体の両方を含む1基の長方形の主要玄室(主槨)と、あるとしても犠牲になった個体のみを含む正方形の二次的玄室(副槨)で構成されています。両玄室には通常、犠牲になった1もしくは2個体が含まれていますが、2ヶ所の主槨には最大で5個体が特定、1ヶ所の副槨では最大4個体が特定されました。短期間で築かれた墓の多さと個体群の異なる地域の埋葬は、古代の埋葬慣行の研究の機会を提供し、三国時代韓国の過去の社会構造に光を当てます。林堂洞・造永洞社会は三国時代の韓国も新羅王国も代表していないかもしれませんが、それでも、生物考古学的観点から局所的な新羅社会の構造の研究に稀な機会を提供します。
同位体分析を用いた先行研究では、林堂洞・造永洞古代人の墓主と犠牲になった個体との間の食性パターンが区別でき、支配層の構成員と犠牲になった個体との間の社会経済的階層化が示唆されます。しかし、親族関係のパターンを見つけるための林堂洞・造永洞複合体に関する古代DNA研究は欠けています。mtDNAを用いての二つの先行研究がありま、林堂洞・造永洞古代人の社会構造に知見を提供しましたが、これらの分析のみでは、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)を用いただけの限界のため、正確な系図の再構築に充分なほど強力ではありませんでした。したがって、林堂洞・造永洞古代人に関する重要な問題は依然として解決されていません。埋葬された林堂洞・造永洞古代人の間の家族関係はどのようなものでしたか?犠牲になった個体群は相互と親族関係を共有していましたか?は欠けてとの間で遺伝的分化はありますか?林堂洞・造永洞古代人は、新羅王室支配層について記録されているように、近親婚(以後、簡略化のため「族内婚」と呼ばれます)を行なっていましたか?
本論文は、44基の墓にわたる78個体のゲノム規模データを提示します。近親婚から生まれた個体が墓主と犠牲になった個体の両方で観察され、社会的地域に関係ない族内婚慣行が裏づけられます。成人の男女間の同様の親族関係のつながりも見つかり、林堂洞・造永洞古代人は、限定的な性別の偏りのあるかなりの水準の族内婚を伴う社会の、稀な事例を提供します。最後に、林堂洞・造永洞古代人には、林堂洞と造永洞の埋葬遺跡と埋葬地位の間で、遺伝的特性の検出可能な違いがありませんでした。
●データの選別
林堂洞・造永洞遺跡の172個体の182点の骨格要素からゲノムDNAが検査され、これにはヒトの錐体部や大腿骨や脛骨や歯や他の骨格遺骸が含まれていました。骨格要素の名称は、林堂洞埋葬遺跡から発掘された場合は接頭辞IMDが、造永洞遺跡から発掘された場合は接頭辞JOYが付されました。考古学的証拠に基づいて、97点の要素が墓主に割り当てられ、そのうち32点は2ヶ所の玄室の墓から発掘されました。さらに、61点の要素は犠牲になった個体の骨と分類され、残りの24点の骨格要素は墓主が不明でした。これらのうち、充分な内在性ヒトDNA(0.1%超)と、対応するライブラリ調整実施要綱で予測される古代DNA死後損傷パターンを有する、85点の骨格要素が選択されました。ヒト集団遺伝学で一般的に用いられるパネル(「124万」)から、1233013ヶ所のSNPを対象に、溶液内DNA捕獲が適用されました[40~42]。同じ個体の骨格要素を考慮し、同一ライブラリの情報を統合して、78個体でゲノム規模データが得られ、その内訳は、25個体(墓主4個体、犠牲になった12個体、埋葬地位が曖昧な9個体)が林堂洞遺跡から、53個体(墓主22個体、犠牲になった26個体、埋葬地位が曖昧な5個体)が造永洞遺跡から得られました。
性染色体と常染色体との間の配列読み取り深度に基づいて、34個体が男性、42個体が女性と特定され、2個体は性別が曖昧でした。pileupCallerプログラムを用いて、124万ヶ所の部位で疑似半数体デ遺伝子型を呼び出すことによって、これら78個体について、少なくとも1ヶ所の高品質な読み取りで網羅された、5551~1060866ヶ所の祖先系統情報をもたらすSNPが回収されました。分析に影響する汚染を避けるために、汚染されているかもしれない14個体が特定されました。具体的には、5%以上のミトコンドリア汚染(JOY012、JOY073、JOY076、JOY078)に基づいて4個体が、男性について5%以上のX染色体汚染に基づいて2個体(IMD023、IMD024)が、曖昧な遺伝学的性別に基づいて2個体(IMD033、JOY083)が、全ての汚染推定値を満たさなかった6個体(IMD039、JOY054、JOY106、JOY107、JOY121、JOY123)が、汚染されていると特定されました。
親族関係分析については、汚染特定に関係なく、78個体すべての情報が用いられました。汚染された個体を含めたのは、2個体が両方とも同じ個体によって汚染されていなければ、偽陽性の親族関係を生成する可能性は低いからです。4親等以上の親族関係は、汚染を有しているか、利用可能な汚染推定値がない2個体について、呼び出されませんでした。124万SNP部位で網羅率0.05倍未満の1個体を含む、組み合わせ間の3親等以上の親族関係推定値も、低網羅率標本でのKINの実行に基づく偽陽性の親族関係の兆候を避けるために無視されました。集団に基づく分析について、汚染の可能性のある特定された14個体と、他の個体と1親等の親族関係となる追加の8個体(IMD001、IMD031、JOY003、JOY011、JOY018、JOY035、JOY077、JOY118)が除外され、56個体が残りました。最後に、40万ヶ所以上の呼び出された124万SNPが、hapROHおよびancIBD分析のため用いられました。
●林堂洞・造永洞の親族関係系図から得られた族内婚の証拠
先行研究は、同じ墓に埋葬された犠牲になった個体が密接な親族関係を共有する可能性を示唆してきました。しかし、これらの主張を検証する試みはありませんでした。林堂洞と造永洞の古代人の間の密接な生物学的近縁性を検出するために、本論文の低網羅率な古代DNAデータセット内で密接な遺伝的親族関係を特定できる、KINが用いられました。さらに、片親性遺伝標識パターンを活用して、特定の信じがたい関係を除外するためにmtHgおよびYHgが、近親婚から生まれた個体を特定するために、長いROHゲノム断片の数と合計長が検証されました(図2)。死亡推定の骨学的年代を含めて、墓の築造順など考古学的情報とともに生物学的情報を検討して、42個体間で54組の家族関係が特定され、11組が1親等、23組が2親等、3親等以上の近縁性が少なくとも20組見つかりました。以下は本論文の図2です。
この予想通り多数の遺伝的親族によって、少なくとも1個体の2親等の関係によってつながる個体群のいる10組の家系図(家系1~10)と、2~3親等の関係によってつながっていた個体群のさらなる3群(家系11~13)の再現が可能となりました(図3)。これらの家族の一部はつながっており、家系の3組は特定の家族構成員を通じて、3~4親等の関係を共有していることに要注意です。林堂洞および造永洞埋葬遺跡は地理的に相互と離れていますが(図1)、家族関係は2親等の関係によって二つの家系では両遺跡にまたがっており、3件の事例では4親等くらいのより遠い関係が両遺跡間で存在した、と観察され、両埋葬遺跡間の密接なつながりが示唆されます。最後に、単一の墓の異なる埋葬地位の1個体と3親等内の親族関係を有している、と検出されたのは2個体のみで(墓6A、墓主は家系8のIMD028、犠牲になったのは家系1のIMD031)、墓主と犠牲になった個体の間の親族関係の階層化が示唆されます。以下は本論文の図3です。
本論文の系図に基づいて、核家族を分析すると、興味深いバターンが見つかりました。まず、最大2親等の密接な親族関係にある7個体がいる、ほぼ墓主で構成されている家系1が調べられました。この家系は創始者である墓主の1組JOY012(男性)とJOY032(女性)から始まり、4世代にまたがっています。この創始者2人は隣接する2基の墓(林堂洞遺跡のCII-1およびCII-2)に埋葬されており、本論文の前にすでに夫婦の墓と示唆されていました。第2世代の個体群は標本抽出されませんでしたが、第3および第4世代の個体群はほぼ別の墓に位置していました。これは、犠牲になった家系の埋葬パターンとは異なっており、犠牲になった家系では、両親と子供が同じ墓に共同埋葬されていました(家系2~5)。
墓主の家族の興味深い1人は、女性個体IMD003です。IMD003は男性IMD031と男性JOY001の標本抽出されていない姉妹の娘で、男性JOY001とmtHg-C4a1aを共有しており、複数の長いROH断片(20cM以上のROH断片の合計が319.22cM)を示し、両親がイトコもしくはそれ以上の関係だったひとに相当します(図2)。IMD003は墓主間の密接な近親婚の直接的証拠を提供し、これは文献記録と一致する新羅人の間で共有されていた文化的慣行を反映しているかもしれません。IMD003はこれらの近親婚から生まれた唯一の個体です。20cM以上のROHを有する4個体がさらに見つかりましたが、IMD003とは異なり、その両親の正確な家族関係を特定できませんでした(図2および図3)。近親婚は、墓主のみならず、犠牲になった個体(たとえば、家系3のJOY010とJOY011)でも観察されることに要注意で、これは、社会的地位に関係ない近親婚の慣行を示唆しています。最後に、匈奴やアヴァールなど[6]牧畜社会における一般的慣行である、逆縁婚から予測される系図パターンと一致する事例は見つからず、これは、牧畜民社会と深い結びつきを有していた高句麗とは異なり、新羅ではそうした慣行の文献証拠が欠如していることから予測されました。
族外婚のパターンを検出するために、まず片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)ハプログループの分布が調べられました。男性の墓主個体のYHgはおもに、本論文のデータセットにおいても最も一般的だったO1b2aだった、と分かりました。対照的に、mtHgはYHgと比較してずっと多様でした。これらの調査結果は、墓主の父方居住家族構造を表面上は裏づけているように見えるかもしれませんが(男性13個体のうち6個体)、犠牲になった男性13個体のうち8個体も同様にYHg-O1b2aが観察され、YHg-O1b2aは人口集団規模で共通のハプログループだったかもしれない、と示唆されます。YHg-O1b2aは韓国の現代人で見られる一般的なハプログループです。ISOGG命名法では以前にO2bと呼ばれていたYHg-O1b2aは、親族関係にない韓国人男性において高頻度で報告されてきており、YHg全体の分布の約22~39%を構成しています。
YHgの多様性がmtHgより低いことは父方居住家族構造と一致するかもしれませんが、その逆の証拠もあります。具体的には、推定上の母方親族を共有する成人女性の事例が観察されています(図3)。たとえば、家系7の女性個体IMD016(骨学的年齢は8.5~13.5歳)およびIMD029(21~35歳)は同じmtHgを共有しており、2親等の親族で(おそらくオバとメイの関係)で、両者は男性個体JOY009と親族でした。これは、IMD016とIMD029との間で共有されている、観察されていない母方親族の存在を示唆しており、母系を通じて共同埋葬された個体との成人女性の親族関係共有の証拠を提供しています。成人女性の別の推定上の母方親族は、イトコと結婚したIMD003の母親です(家系1)。IMD003およびIMD018(家系1)やJOY006(家系12)など、自身の墓に遠縁の親族が埋葬された成人女性の事例も観察されます。これらの調査結果は、林堂洞・造永洞古代人の家族構造において、限定的な性別の偏った族外婚があったかもしれない可能性を示唆しています。
●成人男女間の同様の水準の遺伝的つながり
本論文の系図分析は、最大4親等の親族の検出に限られていました。林堂洞・造永洞個体間の親族関係をさらに分析するために、ancIBDを用いて、32個体間のIBD断片共有が分析されました(図4A)。枝の重みとして12cM以上の最大IBD断片を、節として個体を用いて、IBD共有網が作成されました。つながりの数の分布(程度)と、性別間の節の最大IBDの合計(強度)が比較されました(図4C)。族外婚母方居住社会については、成人男性よりも成人女性間でより多くのIBDのつながりおよびより高い次数中心性が予測されます。族外婚の父方居住社会については、逆のパターンが予測されます。成人のみのIBD網内の成人男性11個体と成人女性12個体において、つながりの程度と強度の分布間を区別する証拠はない、と分かりました(図4C)。これらの調査結果は、20cM以上のROH長の5個体の調査結果とともに、林堂洞・造永洞複合体古代人が限定的な遺伝的性別の偏りのある族外婚を行なっていた、と示唆しています。以下は本論文の図4です。
●墓主と犠牲になった個体との間での減少した長いIBD共有
墓主と犠牲になった個体との間のIBD共有のパターンが分析されました。まず、IMD003とJOY119を除いて、埋葬状態が不明な個体は除外されました。IBD網の枝を、同じ埋葬状態の節の組み合わせをつなぐ枝について「犠牲になった個体内」および「墓主内」、節の組み合わせが異なる埋葬状態ならば「中間」との3群に分類することによって、IMD003とJOY119が墓主とみなされたのは、埋葬状態の曖昧さが、本論文でその後に重複と特定された、他の共同埋葬された個体群との関連から生じたからです。墓主と犠牲になった個体群が12~32cMの短いIBD断片を共有しているのに対して、32cM超のIBD断片は存在しません。これらの調査結果から、いくつかの出自の生物学的近縁性が2集団間で共有されており、墓に固有か人口集団規模のどちらかであるかもしれないものの、墓主と犠牲になった個体との間のより密接な生物学的近縁性は稀か少なく、埋葬の2階級間で観察された遺伝的階層化に寄与している、と示唆されます。
●林堂洞・造永洞古代人の均質な遺伝的特性
これまで、三国時代韓国の古代人のゲノム規模の遺伝的特性を調べた研究は2件のみでした[31、32]。朝鮮半島の南岸に近い金海市の8個体のうち2個体は、縄文関連人口集団からの混合の兆候を示しました[32]。これら以前の観察に基づいて、本論文で取り上げられた林堂洞・造永洞古代人内の下部構造の可能性が調べられました。先行研究の手法に従ってPCAが実行され、古代の個体群はユーラシア東部現代人378個体の上位主成分(PC)に投影されました(図5A)。林堂洞・造永洞古代人は、低網羅率もしくは汚染された個体を除いて、現在の韓国人と密接にクラスタ化する(まとまる)、と観察されます。これは、古代の個体群をユーラシア現代人2077個体の上位PCに投影しても観察できます。林堂洞・造永洞古代人と刊行されている個体群との間で共有されている遺伝的浮動をさらに検出するために、f3形式(ムブティ人;林堂洞・造永洞古代人、世界規模の集団)の外群f3統計が計算されました。林堂洞・造永洞古代人は現在の韓国人および刊行されている三国時代の朝鮮半島人と高度な共有された浮動を示しました。f4形式(ムブティ人、世界規模の集団;犠牲になった個体、墓主)およびf4形式(ムブティ人、世界規模の集団;林堂洞古代人、造永洞古代人)のf4統計を用いて、埋葬状態もしくは埋葬遺跡に基づいても、祖先系統における有意な差異は見つかりませんでした。これらの調査結果は、林堂洞・造永洞埋葬複合体内の均質な遺伝的構成を示唆しています。以下は本論文の図5です。
林堂洞・造永洞古代人の均質性をさらに検証するために、qpAdmに基づく混合モデル化を用いて、林堂洞・造永洞古代人と他の三国時代の朝鮮半島人の遺伝的特性が形式的にモデル化されました。遠位供給源として先行研究[31]を用いて、qpAdmが実行されました。竜頭山遺跡の青銅器時代古代人(西遼河_BA)をアジア東部北方供給源として、別の供給源として中国南部の渓頭村遺跡の後期新石器時代古代人(渓頭村)が用いられました。祖先系統の第三の構成要素として伊川津遺跡の「縄文時代」の1個体(縄文_伊川津)がモデル適合性を改善できるのかどうかも、調べられました。西遼河_BAと渓頭村を代理として用いる2方向モデル化は、金海の外れ値2個体を除いて、韓国の三国時代の古代人すべてで妥当でした。縄文_伊川津を財産の祖先系統として含めると、金海の外れ値2個体のみで適合性が改善されましたが、他の韓国の古代人は第三の供給源として縄文_伊川津を必要としませんでした。これらの調査結果に基づいて、林堂洞・造永洞古代人は他の三国時代の韓国古代人とは異ならず、縄文関連供給源からの混合の兆候を示さなかった、と結論づけられました。ただ、地理的距離を反映して、林堂洞・造永洞古代人と他の三国時代の韓国古代人、つまり金海市の大成洞および柳下里と群山市の堂北里遺跡の古代人との間で、4親等内の親族関係は検出されませんでした。これらの調査結果から、林堂洞・造永洞古代人は、三国時代の韓国南部における安定した人口構造を反映している、遺伝的連続性を共有している、と示唆されます。
●考察
78個体のゲノムDNAに基づくと、林堂洞および造永洞の2ヶ所の埋葬遺跡にまたがる、古代人韓国の4~6世紀の埋葬複合体から、広範な親族関係網が見つかります。本論文は、13家系から構成される林堂洞・造永洞古代人の最初の遺伝的系図を提示し、この13家系では個体は最大3親等の親族の組み合わせによってつながっていました。林堂洞・造永洞古代人についての本論文の系図は、林堂洞・造永洞複合体の考古学に貴重な知見を提供します。この寄与の1分野は、林堂洞・造永洞複合体内の墓の建造順の決定です。たとえば、親の近くに埋葬された子供の墓の事例が見つかりました(図3、家系9および10)。墓主の世代準を活用すると、本論文の系図は、考古学的証拠とともに共同分析し、連続する墓の建造年代の予測に貴重な知見を提供できます。
最長のROHの個体IMD003の両親は、イトコかそれ以上の関係でした(図2)。さらに4個体が近親婚の証拠を示し、そのうち2個体は、副槨にともに埋葬された犠牲に供された父親と娘で、2世代にわたる近親婚が示唆されます。近親婚は一般的に共同体内の婚姻を行なう社会と関連しており、そうした社会では、結婚は特定の社会集団内で行なわれます。墓主の家系と犠牲になった個体の両方における近親婚による個体の観察から、林堂洞・造永洞社会は共同体内の結婚を行なっており、それは社会的地位内でのことだった可能性が高い、と示唆されます。
本論文の遺伝学的分析は、墓主と犠牲になった個体の両方について、以前の家族関係の示唆と一致します。2基の墓CII-1およびCII-2の墓主間で母系の関係が見つかり(図1および図3、JOY012とJOY032)、考古学的証拠に基づく母系の関係に関する以前の示唆が確証されます。この2基の墓は、同様の規模、同じ玄室の方向、同じ建造様式で同じ規模で相互に平行して建造され、各墓には性別(ジェンダー)固有の副葬品が含まれていました。CII-1およびCII-2の事例を考慮すると、#2北墓や#2南墓など林堂洞・造永洞埋葬複合体の墓の同様の並行した組み合わせは、夫婦の墓である可能性が高いかもしれませんが、この2基の墓の主槨から発掘された骨格要素すべては、埋葬状態が曖昧です。具体的には、#2北墓の主槨の2個体(IMD001とIMD22)は兄弟で、副槨に埋葬された男性1個体(IMD023)の息子でした(家系5)。これは、この仮説の検証には、墓の少なくとも1基の墓主かもしれない個体が、まだ標本抽出されていないことを示唆しています。両親とその子供が同じ墓でともに犠牲に供された、家系の3事例の明白な証拠も見つかりました(図3、家系2~4)。本論文の遺伝学的調査結果は、家族全体の殉葬行為を初めて確証し、これらの慣行が三国時代の犠牲埋葬で一般的だった可能性を示唆しています。何世代にもわたる犠牲個体間の遺伝的近縁性は、連続的世代で墓主のために犠牲になった個体として機能した、家族の存在を示唆しているかもしれません。族内婚親族関係構造は、犠牲になった家族の可能性とともに、親族関係を通じての社会的地位の強い継承の文化を示唆しています。高霊郡の池山洞に位置する三国時代最初期の犠牲墓は、考古学的証拠に基づいて、家族全体が犠牲に供された、と示唆されているので、こうした慣行の起源を示しているかもしれませんが、その家族関係はまだ検証されていません。
本研究は、複数個体の埋葬状態が曖昧な点で、限界があり、これは結果を制約するかもしれません。さらに、埋葬された個体の総数と比較して、分析に成功した個体数が相対的に少ないことで、調査結果の一般化を制約します。少数の標本は、本論文の標本における古代DNAの保存状態によって限定されており、それは朝鮮半島の酸性土壌環境によって制約されます。したがって、古代韓国の人口集団からの高品質なデータの取得には、継続的研究が重要です。最後に、林堂洞・造永洞社会の観察された親族関係の慣行は、新羅王国の他の在来社会やより広い三国時代朝鮮半島の一般的慣行ではないかもしれないことに、要注意です。将来の研究の興味深い分野は、林堂洞・造永洞埋葬複合体周辺の同時代の埋葬遺跡の考古ゲノム分析かもしれません。たとえば、慶山市の大洞および夫迪における発掘遺跡は、林堂洞・造永洞埋葬複合体と同じ考古学的背景で、これは地域的規模で遺伝的つながりを示すかもしれません。また、大邱広域市の槐田洞における発掘遺跡は、新羅の背景の埋葬遺跡の分析の別の場所を提供します。林堂洞・造永洞埋葬複合体周辺のこれらの遺跡には、共同体内の親族関係のつながりを解明し、林堂洞・造永洞社会の代表性を検証する可能性があり、新羅の道の局所的な親族関係慣行に光を当てます。
金海市の大成洞古墳の4~5世紀の三国時代韓国古代人に関する先行研究は、日本列島からの移民もしくはその子孫の可能性が高い、縄文関連祖先系統がある2個体を報告しています[32]。林堂洞・造永洞個体群は三国時代韓国古代人全員には一般化できませんが、「縄文人」との類似性を有さない、以前に刊行された三国時代の朝鮮半島人[31]および林堂洞・造永洞古代人個体群に関する本論文の調査結果から、日本列島からの移民もしくはその近い過去に到来した移民の子孫が、三国時代の韓国南部の一般的特徴だった可能性は低い、と示唆されます。三国時代の韓国および古墳時代の日本のより多くの遺跡に関する考古遺伝学的研究が、この期間の韓国と日本との間の移住パターンの解明には必要でしょう。
本論文は、韓国の古代三国時代の密接な親族関係にある個体群のゲノム規模組成を初めて分析しました。遺伝的データを通じて、本論文は古代ヨーロッパで観察された父方居住制とは異なる、独特な家族構造の証拠を提示します。本論文は、局所的社会内の高度な近親婚の1事例も提示し、これはアヴァール人などアジア東部草原地帯の同時代の社会とは対照的です。さらに本論文では、林堂洞・造永洞埋葬複合体の古代人は埋葬状況に関係なく遺伝的均質性を示した、と論証されます。朝鮮半島におけるさらなる考古遺伝学的研究は、古代アジア東部の人口動態および家族構造についてさらなる情報を明らかにする、と考えられます。
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この記事へのコメント
朝鮮半島の新石器時代以前の人類については、南岸しか分かっていないようですが、「縄文的要素」を低い割合で有する中期新石器時代の個体については、直接的祖先に「縄文人」がいる可能性と、「縄文人」と共通する遺伝的構成要素を有しているだけで、「縄文人」からの直接的な遺伝的影響を反映しているたのか、現時点では断定できないと思います。
朝鮮半島南岸の後期新石器時代の欲知島遺跡の1個体については、「縄文人」からの直接的な遺伝的影響の可能性が高いように思います。