富島健夫『サイン・ノート』の想い出

 私には子供の頃から懐古趣味があり、寝る時や移動中に自分の経験(ちょっと遠い一人だけの外出、家族に連れて行ってもらった旅行、相撲や野球やドラマといったテレビ視聴、読書など)をよく回想していました。次第に自分が物心のついていない時、さらには生まれていない頃の出来事や作品に興味を抱き、中学生になった頃からは朝日新聞の縮刷版を熱心に読むようになり、『テレビ探偵団』のような懐古的なテレビ番組もよく視聴するようになりました。私が歴史愛好者になったのは、多分にこの懐古趣味に由来すると思います。小学生の頃には、自分が経験したというか記憶にある範囲の懐古とはいっても、せいぜい数年前かもう少し前くらいでしたが、年齢を重ねるとそれが数十年前になるわけで、記憶が曖昧になったり、すぐには思い出せなかったりすることも多くなります。

 そのため、当時読んだ本でも忘れてしまっているものも少なくないとは思いますが、そうした中で、富島健夫『サイン・ノート』は強烈に印象に残っており、時々思い出すことがありました。とはいえ、著者とある程度の内容は覚えていても、題名は忘れていたくらいで、最近ふと思い出した時に、題名が何だったか気になり、検索して『サイン・ノート』だと分かりましたが、記憶が曖昧だったため、特定するのにやや手間取ってしまいました。検索したところ、学習研究社から1970年10月に刊行された『中学生の本棚21』に所収された同作を私は読んだようです。確か年上の親戚から姉が同書を譲り受け、中学生の頃に姉から同書を借りて読んだと記憶しています。同書には『野菊の墓』と『麦藁帽子』と『エデンの海』も所収されており、複数の作家の作品が所収されていたため、題名が記憶に残りにくかったのでしょうか。

 富島氏はいわゆるジュニア小説の第一人者で、『サイン・ノート』もジュニア小説に分類されているようですが、今ではジュニア小説といった区分を聞くことはなくなりました。『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』(河出書房新社、2017年)の著者である荒川佳洋氏のブログ記事によると、『サイン・ノート』の初出は『ジュニア文芸』1968年です。『サイン・ノート』の舞台は高校で、当時は意識していませんでしたが、その舞台は私が生まれる前のことで、むしろ私の両親の高校生の頃に近いことになります。『サイン・ノート』の紹介サイトを検索してみたら、2010年3月21日付のブログ記事が見つかりました(この記事を執筆した3~4年前頃には閲覧できていましたが、この記事を公開した2026年4月11日時点でははもはや閲覧できませんでした)。

 その記事にあるように、『サイン・ノート』は卒業間近の高校生2人のサインノートの形式をとった作品で、2人への同級生の書き込みという形式で物語は進行します。このサインノートを色紙への寄せ書きだと記憶していたため、検索でやや手間取ってしまったわけですが、考えてみると、それなりに分量のあった作品なので、色紙ではとても書ききれるわけもなく、我ながら間抜けでした。『サイン・ノート』の主役は男女の高校生2人で、その名前が加藤一晴と津田英子であることはすっかり忘れていたので、上述の紹介記事で改めて知りました。

 『サイン・ノート』は2人の主人公のサインノートへの同級生の書き込みで話が進み、それにより2人の人となりと関係が見えてくる、という構成です。この構成は当時の私にとって斬新で、そのために印象が強烈で、中学生の頃に読んだ本としては今でもよく覚えていたわけですが、それとともに、主人公2人とその同級生の書き込みが大人びているように思えたことも強く印象に残った理由でした。それは、中学生の頃に読み、登場人物が高校生なので当然だったかもしれませんが、今にして思うと、高校生の頃の私は『サイン・ノート』の登場人物よりも随分と幼稚でした。私としては、大人の描く高校生と比較して実在の平凡な高校生が幼稚なのは仕方ないだろう、と考えたいところですが、私の高校の頃の同級生は私よりずっと大人びていて、人付き合いが狭くて薄かった私はそれに全く気づいていなかったのかもしれません。

 2人の主人公のうち津田英子は、同級生の書き込みからかなりの美人だったと推測され、教師からも好意を抱かれていた、といった証言もあったように記憶しています。その津田英子に対して、お前なんて全国に出れば大した美人ではない、自惚れるな、といった書き込みもあったと記憶していますが、こうした分かりやすい嫉妬と敵意についてはよく理解できたものの、加藤一晴と津田英子との間、さらには同級生も含めての機微については、どうもよく理解できなかったように思いますし、今読んでもよく理解できるのか、自信はありません。おそらく今『サイン・ノート』を読めば、中学生の頃とは違った印象を受けると思うので、近いうちに再読しようと考えています。

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