ヨーロッパの初期のイヌの進化史

 上部旧石器時代以降代のヨーロッパのイヌの新たなゲノムデータを報告した研究(Bergström et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、旧石器時代および中石器時代のヨーロッパの216点のイヌ科遺骸を分析し、そのうち141点でオオカミ(ハイイロオオカミ)とイヌの遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を区別できました。最古級のイヌの遺伝的データは、スイスの遺跡で発見された14200年前頃の個体から得られました。この個体はその後の世界中のイヌと祖先系統を共有しており、ヨーロッパにおいてアジアとは別にイヌの家畜化が進んだわけではなさそうです。また、このスイスの14200年前頃のイヌは、アジアのイヌとよりも、中石器時代や新石器時代や現在のヨーロッパのイヌの方と多くの遺伝的類似性を示しおり、世界中のイヌの多様化は14200年前頃よりずっと前に始まっていたようです。ヨーロッパのイヌには、新石器時代にアジア南西部のイヌと類似した祖先系統が流入したことも示されましたが、その規模はヒトの場合よりも小さかったようです。ヨーロッパにおいて、中石器時代のイヌは、新石器時代のみならず現代にまで、遺伝的に大きな影響を残したようです。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNV(Single Nucleotide Variant、一塩基多様体)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)です。本論文で取り上げられる主要な生物は、イヌ(Canis lupus familiaris)、ハイイロオオカミ(Canis lupus)、コヨーテ(Canis latrans)、クルペオギツネ(Lycalopex culpaeus)、豚丹毒菌(Erysipelothrix rusiopathiae)、タネレラ・フォーサイシア(Tannerella forsynthia)、ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、マグダレニアン(Magdalenian、マドレーヌ文化)、コンゲモーゼ(Kongemose)、エルテベレ(Ertebølle)文化、円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、略してPWC)、ヴェレティエ(Veretye)文化、縄目文土器文化(Corded Ware culture、略してCWC)です。

本論文で取り上げられる主要な遺跡や地名は以下の通りです。スコットランドでは、クウィーン(Cuween)、タロック・オブ・アッセリー(Tulloch Of Assery)、トゥラハ・アントシオッナイチ(Tulach an t'Sionnaich)。スペインではエラッラ(Errala)遺跡。フランスでは、レ・モラン(Le Morin)遺跡、ラ・フリュ(La Fru)岩陰。ベルギーでは、ゴイエ(Goyet)、マリー=アンヌ洞窟(Caverne Marie-Jeanne)、トロウ・マグリット(Trou Magritte)、トロウ・デ・シャルー(Trou de Chaleux)、トロウ・デ・プラウレス(Trou de Praules)、トロウ・デ・ロオウルス(Trou de l’Ours)、トロウ・ドゥ・フロンタル(Trou du Frontal)。オランダでは、ハルディンクスフェルト=ヒーセンダム・デ・ブリュン(Hardinxveld-Giessendam de Bruin)遺跡。イタリアではパグリッチ洞窟(Grotta Paglicci)とヴィッラブルーナ(Villabruna)遺跡。スイスでは、ケスラーロッホ(Kesslerloch)遺跡。ドイツでは、ボン・オーバーカッセル(Bonn–Oberkassel)遺跡、グニルスヘーレ(Gnirshöhle)遺跡、ゼンケンべルク自然史博物館(Senckenberg Natural History Museum)、ハークスハイム(Herxheim)遺跡。デンマークでは、バルモーゼン(Barmosen)、ブンヅォ(Bundsø)、ラムローゼ(Ramløse)、エルテベレ(Ertebølle)、ファッネルプ(Fannerup)、フォレンスレウ(Føllenslev)、ギスリンゲ・モーゼ(Gislinge Mose)、グドゥムルンド(Gudumlund)、グンヅォマグレ・モーゼ(Gundsømagle Mose)、ハレビューア(Halleby Å)、ホルムガード(Holmegaard)、クリンテソ(Klintesø)、リンド(Lindø)、メイルガールド(Meilgaard)、ニヴァガルド(Nivågård)、ラムローゼ・ソクログ(Ramløse Søkrog)、ソラガー(Sølager)、スヴェアボー(Sværdborg)、シルソルム(Syltholm)、アモッレ(Åmølle)、オルムア(Ørum Å)。スウェーデンでは、ベーケベルグ(Bökeberg)、ターゲルプ(Tågerup)、ゲクヘム(Gökhem)、メッレンヒューゼン(Möllehusen)、ゴットランド島のアジュヴィーデ(Ajvide)集落遺跡。チェコでは、プシェドモスティ1(Predmostí I)遺跡。トルコでは、ボンジュクル・ヒュユク(Boncuklu Höyük)遺跡。イスラエルでは、テレヘライツ(Tel Hreiz)遺跡。アルメニアでは、アギトゥー3号洞窟(Aghitu-3 Cave、略してAG3)。シベリアでは、ジョホフ(Zhokhov)島。


●要約

 最古級の形態学的に特定可能なイヌはヨーロッパで発見されており、その年代は少なくとも14000年前頃にさかのぼりますが[4]、初期のイヌ遺骸は他の地域でも見つかっています。ヨーロッパにおける初期のイヌの起源および他のイヌとの関係は、ゲノム規模データがないため、依然として理解しにくくなっています。同様に、イヌは農耕に先行する唯一の家畜化された動物でしたが、アジア南西部からの新石器時代農耕民の到来が、ヨーロッパ中石器時代狩猟採集民とともに暮らしていたイヌにどのような影響を及ぼしたのか、ほとんど分かっていません。本研究は、旧石器時代および中石器時代のヨーロッパのイヌ181点を含めて、216点のイヌ科遺骸を分析しました。内在性DNAを10~100倍濃縮するゲノム規模捕獲手法が開発され、216点の遺骸のうち141点でオオカミの祖先系統からイヌを区別できました。回収された最古級のイヌのデータはスイスのケスラーロッホ遺跡で発見された14200年前頃の個体に由来し、その個体はその後の世界中のイヌと祖先系統を共有している、と分かり、これは、ヨーロッパの上部旧石器時代のイヌは別の家畜化過程に完全に由来した、との仮説と一致しません。ケスラーロッホのイヌはすでに、アジアのイヌとよりも、中石器時代や新石器時代や現在のヨーロッパのイヌの方と多くの類似性を示しており、イヌの多様化は14200年前頃よりずっと前に始まっていた、と論証されます。アジア南西部祖先系統のヨーロッパへの新石器時代の流入が見つかりましたが、これはヒトの場合よりも小規模だったようで、中石器時代のヨーロッパのイヌが、新石器時代や最終的にはおそらく現代のヨーロッパのイヌにも大きく寄与した、と示唆されます。


●研究史

 イヌはハイイロオオカミから最終氷期末に家畜化され、ヒトと完全に家畜関係を築いた最初の動物でした。この家畜化が世界のどこで起きたのか、どのヒト集団が家畜化の過程に関わったのかは、依然として不明です[8、12~14]。恐らくはイヌの形態を有する最古級のイヌ科遺骸はヨーロッパで発見されており、それに含まれるのは、ボン・オーバーカッセルやケスラーロッホやレ・モランやエラッラ[4]やパグリッチ洞窟といった遺跡で、そのすべては17000~14000年前頃です。しかし、これらのイヌ科遺骸より推定されるイヌ遺骸より数千年以内で新しい推定されるイヌ遺骸は、アジア東部やレヴァントやアメリカ大陸でも発見されてきたので、考古学的記録はイヌの家畜化の中心地として、特定の地理的地域を明確には示していません。いくつかのずっと古い遺骸がイヌと仮定されてきましたが、その多くの形態学的分類は、遺伝的データの欠如のため依然として議論になっています。

 ヨーロッパにはイヌの最古級の考古学的証拠があるにも関わらず、恐らくはイヌが出現した最終氷期(23000~12000年前頃)に生息していたヨーロッパのオオカミは、イヌ祖先系統に検出可能なほど寄与したことが見つかっていません[14]。むしろ、イヌ全体がユーラシア東部の最終氷期のオオカミとより強い遺伝的類似性を示しています[14]。しかし、さらに言えば、イヌは古代のオオカミとの遺伝的関係においてある程度の差異を示しており、異なる少なくとも2集団のオオカミがイヌへと祖先系統をもたらしたに違いない、との「二重モデル」が示唆されます[14]。とくに、アジア南西部とアフリカのイヌは、アジア南西部のオオカミとの類似性を示しており、アジア南西部の第二の供給源が示唆されます。オオカミの起源集団の帰属、単一もしくは複数の家畜化過程を示唆するのかどうか、ヨーロッパにおける最古級のイヌとの関係は、依然として分かっていません。

 ヨーロッパ北東部のカレリアの中石器時代のイヌ[13、19]を除いて、ヨーロッパのイヌの以前のゲノム規模分析は、新石器時代およびその後に限られていました[8、12、13]。より古いイヌと推定される以外のDNA分析はmtDNAに限られており、これはオオカミをイヌから常に確実に区別するとは限りません[13]。新石器時代に先行する、つまり上部旧石器時代と中石器時代のヨーロッパにおけるイヌのゲノム祖先系統は、17000~14000年前頃のおそらくはイヌの遺骸を含めて、依然として不明です。アジア南西部からヨーロッパへの人々と家畜動物の大規模な移動を含んでいた、新石器時代への移行が、中石器時代のヨーロッパにすでに存在していたイヌ集団にどのように影響を及ぼしたのかも、不明です。


●標的ゲノム規模DNA濃縮

 216点のイヌ科骨格遺骸からDNAが抽出されて分析され、そのうち少なくとも181点はヨーロッパの新石器時代の前の遺跡に由来します(図1a)。これらの遺骸のうち一部は、同じ生物学的個体に由来するかもしれません。本研究の標本抽出に含まれる遺骸は、スイスのケスラーロッホ遺跡(14200年前頃、マドレーヌ文化、104点)、ドイツのグニルスヘーレ遺跡(15000年前頃、マドレーヌ文化、35点)、ベルギーのゴイエやさまざまな他の洞窟(46000~2000年前頃、12点)、アルメニアのアギトゥー3号洞窟(31000~30000年前頃、上部旧石器時代、1点)、トルコのボンクル・ヒュユク遺跡(11400年前頃、新石器時代、1点)ドイツのゼンケンべルク自然史博物館の近くで発見されたイヌ科(11100年前頃、文化的背景なし、1点)、オランダのハルディンクスフェルト=ヒーセンダム・デ・ブリュン遺跡(7000年前頃、中石器時代、7点)、スウェーデン南部の7ヶ所の遺跡(10000~5000年前頃、中石器時代のコンゲモーゼおよびエルテベレ文化と新石器時代のPWC、9点)、デンマークの20ヶ所の遺跡(9000~5000年前頃、中石器時代のコンゲモーゼおよびエルテベレ文化と新石器時代、32点)、スコットランドの3ヶ所の遺跡(5000年前頃、4点)です。11点の新たな放射性炭素年代が得られました。以下は本論文の図1です。
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 DNAの保存状態について遺骸を検査すると、新石器時代の前の遺骸では一般的に内在性DNAが低水準と分かり、上部旧石器時代および中石器時代の遺骸の95%は内在性DNAが5%未満で、遺骸の79%は内在性DNAが1%未満でした。これを克服するために、ヒトの研究においてDNAの回収率の向上に有効と証明されてきた、SNVの混合捕獲が採用されました。

 外群の確認はほぼ偏りのない祖先系統推定を可能にするはずとの予測に従って、現在のコヨーテにおいて異型接合で、現在のハイイロオオカミ間で多型でもある、311000ヶ所の塩基転換(ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)のSNVが特定されました。規則のデータセットとの重複を確保するために、一般的に用いられているイヌの遺伝子型決定配列の約178000ヶ所のSNVも含められました。最終的な配列設計には486547ヶ所の多様体が含められ、138点の遺骸に捕獲法が適用されました。ほとんどの遺骸では捕獲後な内在性含有量で10~100倍の濃縮があり、標的部位におけるDNAの明確な濃縮がと、すべての遺骸ではないとしても、ほとんどの遺骸である程度のDNA保存状態の証拠が見られました。生成されたデータは、以前に刊行された現代および古代のイヌ科のゲノムと組み合わされました。

 7個体について、それぞれ少なくとも10億の配列でより深い全ゲノム配列決定が実行され、これらは、スウェーデンのベーケベルグ(網羅率13倍)とターゲルプ(網羅率は4倍と0.1倍)の中石器時代遺跡、スコットランドのトゥラハ・アントシオッナイチ(網羅率18倍)とタロック・オブ・アッセリー(網羅率0.4倍)とクウィーン(網羅率0.8倍)の新石器時代遺跡、フランスの後期氷期のラ・フリュ岩陰(網羅率0.04倍)、トルコのボンジュクル(網羅率0.8倍)の新石器時代遺跡に由来します。捕獲データからは、ショットガンデータで得られた結果と高度に類似している祖先系統の結果が得られますが、データの種類間である程度のバッチ効果があるかもしれません。環境に由来する微生物DNAの除去は困難ですが、いくつかの標本で、イヌに感染すると知られている、日和見的な病原体由来の微生物DNAも検出されました。これらのうち、イヌにおいて、豚丹毒菌は心内膜炎、タネレラ・フォーサイシアは歯周病、ウェルシュ菌は急性下痢と関連づけられてきました。


●初期のイヌの遺伝的同定

 各標本の遺伝的祖先系統がイヌもしくはオオカミと一致するのかどうか、現在のイヌ(アフリカバセンジー)と共有される遺伝的浮動の量を定量化することによって、検証されました。この検証は明らかに既知のイヌとオオカミを区別し、捕獲された486547ヶ所の多様体のわずか約500ヶ所のデータで、イヌをオオカミから区別するのに充分と分かりました。この解像度と、分析された216点の遺骸のうち141点でイヌもしくはオオカミの同定(捕獲対照の遺骸では138点のうち133点)を得るのに成功しました(図1c)。厳密に言えば、遺伝的データは、オオカミと分類される個体が毒利子伝手家畜化された可能性を除外できないので、ある意味ではイヌともみなせるかもしれませんが、本論文では、「イヌ」という言葉は既知のイヌ集団の構成員のみを指します。

 中石器時代のスウェーデンでは、充分なデータのある8点の標本のうち、すべてがイヌと分かりました。デンマークの中石器時代および新石器時代の遺跡では、21個体のイヌと5個体のオオカミが特定され、オオカミについては、エルテベレ遺跡とラムローゼ遺跡とハレビューア遺跡で発見されており、以前には博物館の記録によると形態学的にオオカミと同定されていました。オランダの中石器時代のハルディンクスフェルト遺跡では、イヌ4個体とオオカミ1個体が特定されました。ドイツのフランクフルトのゼンケンべルク自然史博物館の近くで発見された、放射性炭素年代測定で11100年前頃のイヌ科遺骸はイヌと確証されました。スコットランドの分析された標本4点はすべて、イヌです。ベルギーとフランスとアルメニアの洞窟遺跡では、オオカミ4個体のみが同定されました。ヨーロッパ南西部の中石器時代のヒトの集落数ヶ所においてイヌとともにオオカミが存在していることは、この期間のオオカミおよび他の肉食動物の動物考古学的記録の多さと一致しており、狩猟が最も節約的な説明です。

 ベルギーのゴイエ洞窟のイヌ科遺骸は、13700年前頃と直接的に年代測定され、その小柄な体格とヒトの改変および赤色の染みに基づいて、以前にはイヌと示唆されていましたが、完全にオオカミ的な祖先系統を有しています。この調査結果は、仮定されたイヌ遺骸の遺伝学的確認の重要性を浮き彫りにしていますが、遺伝的で―ては、この事例もしくは他のオオカミがさまざまな形でヒトと相互作用していた可能性(たとえば、飼い馴らし)を除外できないことに、要注意です。

 プシェドモスティ(チェコ)とゴイエ(ベルギー)とグニルスヘーレ(ドイツ)の遺跡のイヌ祖先系統を示す8点の遺骸が同定され、これらはすべて上部旧石器時代物質文化の遺跡ですが、各事例で、放射性炭素年代測定もしくは遺伝的データの分析は、過去数千年間のこれらの遺跡におけるイヌの骨のその後の堆積か、現代のイヌからのDNA汚染のいずれかが論証されています。同様に、オランダおよびデンマークの中石器時代および新石器時代の遺跡の特定されたイヌの一部はより新しいイヌに典型的な祖先系統を示しており、その後の堆積が示唆されます。以前には新石器時代と考えられていたものの、最近のヨーロッパのイヌとより類似した祖先系統を示す、スウェーデンのゲクヘム遺跡のイヌ1個体も直接的に放射性炭素年代測定され、その年代は後期鉄器時代(1100年前頃)と分かりました。

 ケスラーロッホ遺跡の分析可能な遺骸(その一部は同一個体に由来するかもしれません)のうち、62個体はオオカミ祖先系統を有しており、1個体はイヌと分かりました。イヌと同定された1点の標本は、その形態に基づいて以前にイヌと提唱されており、放射性炭素年代測定では14200年前頃でした。したがって、本論文の遺伝学的結果では、この個体はイヌと確証され、それによって、ゲノム規模の遺伝学的分析によって確証されたイヌの記録は上部旧石器時代にさかのぼります。


●ヨーロッパのイヌと他のイヌの共通起源

 初期ヨーロッパのイヌがイヌ(イエイヌ)系統の現在の構成員との共有されている遺伝的浮動を通じて同定可能である(図1c)、という事実から、初期ヨーロッパのイヌはオオカミの独立した起源集団から派生する可能性はない、と明らかになります。初期ヨーロッパのイヌは、他のイヌと祖先系統を共有していなければ、これらの分析においてオオカミとの違いが見られないでしょう。共通起源のさらなる証拠として、イヌを現代のオオカミの多様ライによって定義される空間へと投影したPCAでは、上部旧石器時代および中石器時代のヨーロッパのイヌは以前に分析されたイヌの間でクラスタ化し(まとまり)、オオカミとの関係は他のイヌと同様と示唆されます(図2a)。以下は本論文の図2です。
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 以前に提唱された二重祖先系統モデルでは、イヌの祖先系統は二つの異なるオオカミの起源に由来し、東方の先祖はおそらくユーラシア東部のどこかに生息し、西方の先祖はユーラシア西部のどこか、おそらくはアジア南西部に生息していた、とされます[14]。これまでに分析されたすべてのイヌが、ある程度の量の東方の先祖の祖先系統を有しているのに対して、一部のイヌしか西方の先祖の祖先系統を有していないようです。これまでに観察された西方の先祖の祖先系統の最高の割合は、アジア南西部の新石器時代のイヌで、その祖先系統の約半分は西方の先祖供給源に由来し、新石器時代およびその後のヨーロッパのイヌよりも低い割合となっています。さまざまなイヌが有している東西の先祖の祖先系統の割合における東西の勾配は、オオカミのPCAへの投影で見ることができます(図2a)。この勾配では、新石器時代の前のヨーロッパのイヌはアジアと絵部および北極圏のイヌと同様に、アジア南西部およびアフリカのイヌとともに位置するのではなく、東側へと位置する傾向にある、と分かりました。これと一致して、f₄統計では、一般な的にイヌのような新石器時代の前のヨーロッパのイヌは、同時代のヨーロッパのオオカミとよりも、後期更新世のシベリアのオオカミの方と強い類似性を有している、と論証されます。レヴァントおよびイランの近隣のイヌとは対照的に、新石器時代のアナトリア半島のボンジュクル遺跡のイヌは、オオカミのPCA勾配の西端には位置せず、むしろ初期ヨーロッパのイヌとともに投影されています(図2a)。

 次に、qpAdm枠組みを用いて[28]、さまざまなイヌが二重祖先系統モデルへとどのように適合するのか、より形式的にモデル化されました。東シベリア海のジョホフの9500年前頃のイヌ[29]を用いて、完全に東方先祖の祖先系統の基準が表されました。単一起源の東方先祖モデルが対照の祖先系統を説明できるのかどうか、あるいは、第二のユーラシア西部のオオカミからの寄与(この西方の先祖の代理として現在のシリアのオオカミが用いられます)が必要なのかどうか、調べられました。その結果、単一起源のジョホフ島モデルは本論文で分析されたすべての新石器時代の前のイヌについて、14200年前頃のケスラーロッホ遺跡のイヌ1個体を含め、適合するかほぼ適合する、と分かりました(図2b)。これは、ヨーロッパのこれら初期のイヌの祖先系統が、シベリアやアジア東部やオーストラレーシアのイヌと同じ東方先祖起源に由来することと一致し、ユーラシア西部のオオカミ供給源からの追加の寄与はデータの説明に必要ない、と示唆しています。意外なのは、近隣のレヴァントの7000年前頃のイヌには、これまで観察された中で最大の西方先祖からの寄与があったことを考えると[14]、アナトリア半島のボンジュクル遺跡のイヌ1個体も、ほぼ完全に東方のイヌ先祖の祖先系統を有することと一致することで、新石器時代のレヴァントおよびイランに存在する西方先祖の祖先系統は、11400年前頃のアナトリア半島には存在しなかった可能性が示唆されます。

 ケスラーロッホ遺跡のイヌと、とくにボンジュクル遺跡のイヌは、探索的分析においてわずかに西方への移動を示しており(図2a)、これらのイヌには、qpAdmの検出能力外の西方オオカミ祖先系統の小さな寄与があったかもしれない可能性を提起しています。それにも関わらず、実質的な西方オオカミからの寄与を除外でき、これら旧石器時代のヨーロッパのイヌおよび初期新石器時代アナトリア半島のイヌの祖先系統のほとんどは、ユーラシア東部のイヌと同じオオカミ起源に由来する、と結論づけられます。ケスラーロッホ遺跡のイヌが他の世界中のイヌと祖先系統を共有している、との調査結果からも、ヨーロッパの旧石器時代のイヌは、アジアのイヌとは独立した別の家畜化過程に完全に由来する、との仮説の却下が可能となります[8]。

 イヌは全体的に、後期氷期のオオカミと比較して、遺伝的多様性の水準で約1/3の減少を示していますが[14]、この多様性喪失が家畜化過程自体の初期あるいはイヌの集団史のその後の事象に起きたのかどうか、不明です。捕獲されたSNVで条件付き異型接合性が定量化され、イヌに典型的なより低い多様性の水準は、14200年前頃のケスラーロッホ遺跡のイヌを含めて、上部旧石器時代および中石器時代のヨーロッパのイヌにすでに存在していた、と分かりました。この観察は、家畜化過程自体が多様性喪失の原因だった、との仮説を強化します。


●新石器時代の前のイヌの遺伝的類似性

 ヨーロッパにおける新石器時代の前のイヌの、その後および現在のヨーロッパと世界中のイヌとの遺伝的関係を調べるために、モデルに基づくクラスタ化(まとまること)ソフトウェアであるADMIXTUREが実行されました(図3a)。これによって、祖先系統構成要素と遊部ものが得られ、それは、祖先系統の集団遺伝学的推定値としてではなく、むしろ、個体間の類似性の散策的証拠とみなされるべきです。すべての上部旧石器時代および中石器時代のヨーロッパのイヌは、世界の他地域のイヌに割り当てられない、祖先系統構成要素(図3aで示されます)を共有している、と分かりました。この赤色の構成要素は、新石器時代およびその後のヨーロッパのイヌでは次第に置換され、当初は古代のアジア南西部のイヌによって、最終的には現在のヨーロッパのイヌで最大化される構成要素によって完全に置換されます。これの結果は、ヨーロッパ、少なくとも本論文のデータセットで網羅されているヨーロッパ北西部地域における、新石器時代の前のイヌのほぼ共有されている祖先系統や、その後の新石器時代のイヌとのある程度の連続性を示唆しています。以下は本論文の図3です。
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 14200年前頃のケスラーロッホ遺跡のイヌは本論文のデータセットにおいて最古級で、アジア南西部の古代のイヌと祖先系統を共有している、とモデル化されるヨーロッパの唯一の新石器時代の前のイヌで、その祖先系統の約半分はレヴァントとイランの新石器時代およびその後のイヌで最大化される構成要素です。一方で、アナトリア半島の11400年前頃のボンジュクル遺跡のイヌは、かなりの量の中石器時代ヨーロッパ構成要素を割り当てられているアジア南西部の唯一のイヌで、ケスラーロッホ遺跡のイヌと同様の全体的なADMIXTURE促成を示しています。これは、7000年前頃までのもはや見えない、アジア南西部と上部旧石器時代ヨーロッパのイヌ間の初期のつながりを示唆していますが、これらのADMIXTUREの結果は、このパターンを生じさせた遺伝的つながりの方向性もしくは時間深度についての情報をもたらしません。

 新石器時代の前のヨーロッパのイヌ数個体では、ADMIXTUREソフトウェアはその祖先系統の一部を他の構成要素に割り当てています。カレリアの中石器時代のヴェレティエ文化のイヌ[13、19]は、年代が10900年前頃で、その祖先系統の1/3はシベリアおよび北アメリカ大陸のイヌで見られる構成要素に割り当てられています。この構成要素はスウェーデンとデンマークの中石器時代のイヌには存在せず、カレリアのイヌにおける東方とのより大きな類似性が論証されており、これはスカンジナビア半島の東西の狩猟採集民間のヒト祖先系統における差異[28、31]を反映しているのでしょう。

 スカンジナビア半島の新石器時代のPWC狩猟採集民(アジュヴィーデ遺跡とメッレンヒューゼン遺跡)と関連するイヌは、その祖先系統のすべてが中石器時代祖先系統構成要素に割り当てられる、本論文のデータセットでは最新のイヌです。本論文の結果は、8000年前頃の中石器時代のスカンジナビア半島のイヌと、最新の4800年前頃となるPWCのイヌとの間の、狩猟採集民のいるスカンジナビア半島における3000年間にわたる祖先系統の連続性を論証しています。イヌとともに暮らしていたヒトと同様に[32、33]、これらPWCのイヌはおそらく、農耕前のヨーロッパに典型的な祖先系統特性を有する、最後の個体群の一部を表していました。


●ヨーロッパにおける深い遺伝的構造

 14200年前頃のケスラーロッホ遺跡のイヌは、これまでに刊行された他のイヌのゲノムより数千年歩いので、イヌの歴史の理解においてとくに興味深い個体です。世界中のイヌの多様性は、一方ではユーラシア東部のイヌ、もう一方ではアフリカおよびアジア何ライブのイヌの間に伸び、ヨーロッパのイヌが中間に位置する勾配によって実証的に充分に説明される、と分かりました[13]。中石器時代スカンジナビア半島のイヌはこの勾配の東側に位置しますが、ケスラーロッホ遺跡のイヌは大きくことなる挙動を示す、と分かりました。ケスラーロッホ遺跡個体はこの勾配から外れた唯一のイヌで、ユーラシア東部とアジア南西部両方のイヌ集団との少量の共通の浮動を示しています。

 次に、ケスラーロッホ遺跡のイヌが中石器時代のスカンジナビア半島のイヌと直接的に比較され、他の世界中のイヌがケスラーロッホ遺跡のイヌおよび中石器時代スカンジナビア半島のイヌそれぞれと、どの程度遺伝的浮動を共有しているのか、調べられました(図3c)。これはほぼ直線的な関係を明らかにしますが、ほぼすべてのイヌはスカンジナビア半島のイヌへ向かって斜めに大きく動いています。これはヨーロッパから地理的に遠いイヌにさえ当てはまり、それにはディンゴと北アメリカ大陸のイヌが含まれ、両者はケスラーロッホ遺跡のイヌとよりも中石器時代スカンジナビア半島のイヌの方と近くなっています。これは再び、ケスラーロッホ遺跡のイヌにおける分岐した祖先系統を示唆しており、ケスラーロッホ遺跡のイヌと他のイヌの祖先との分岐後に、世界中の事実上すべてのイヌをつなぐ少量の共有された祖先系統があったか、ケスラーロッホ遺跡のイヌが他のイヌとは基底部の系統からの混合によって一部の祖先系統を受け取ったのか、いずれかだったことが示唆されます。アナトリア半島のボンジュクル遺跡のイヌ(11400年前頃)は同様に分岐した特性を示しますが、ケスラーロッホ遺跡のイヌほど顕著ではありません。

 ケスラーロッホ遺跡のイヌとスカンジナビア半島のイヌにおける直線的関係には、例外が二つあります(図3c)。その一方では、アジア南西部とアフリカのイヌはこの傾向千から離れ、ケスラーロッホ遺跡のイヌと過剰な類似性を示します。もう一方では、初期新石器時代のアナトリア半島のボンジュクル遺跡のイヌもこの傾向性から外れているものの、他のアジア南西部のイヌの場合よりも、ケスラーロッホ遺跡のイヌとのずっと高い類似性を示します。これらのアジア南西部とアフリカと新石器時代のアナトリア半島のイヌは、中石器時代のスカンジナビア半島のイヌおよびケスラーロッホ遺跡のイヌの両方とほぼ同等に類似している、唯一のイヌです。これは、ADMIXTUREクラスタ化結果で観察された、ケスラーロッホ遺跡のイヌとアジア南西部、とくにボンジュクル遺跡のイヌとの間のつながりを反映しています(図3a)。

 一つの可能性は、ケスラーロッホ遺跡のイヌと関連する集団がアジア南西部のイヌの祖先系統の部分的な供給源だったことで、別の可能性は、アジア南西部のそれ以前のイヌがケスラーロッホ遺跡のイヌの祖先系統の供給源だったことですが、本論文のデータでは、この類似性の方向性を解明できませんでした。しかし、これはケスラーロッホ遺跡のイヌをヨーロッパのその後のイヌと区別しており、それは、新石器時代までに、アジア南西部とのこのつながりはさほど件所ではなくなるからです。ケスラーロッホ遺跡のイヌの基底部の位置と、中石器時代ヨーロッパのイヌにおけるアジア南西部のイヌとの類似性が弱くなったことの両方を説明できるかもしれない一つの仮説は、おそらくはカレリアのヴェレティエ文化のイヌで最初に観察される一部のより東方の祖先系統は、14200年前頃以後にヨーロッパへ到来し、ケスラーロッホ個体的なイヌと混合し、10000~8000年前頃の中石器時代ヨーロッパのイヌを特徴づける、というものです。ヨーロッパのイヌの祖先系統におけるこの変化をより深く理解するには、14000~10000年前頃の間のゲノム標本抽出における現在の空白を埋めることが必要でしょう。

 ケスラーロッホ遺跡のイヌは分岐した祖先系統特性を示しますが、本論文の結果は、ケスラーロッホ遺跡のイヌがその後のイヌの多様性の厳密な外群ではないことも示します。第一に、ケスラーロッホ遺跡のイヌは他のどのイヌとよりもボンジュクル遺跡のイヌと多くの遺伝的浮動を共有しています。第二に、ケスラーロッホ遺跡のイヌはアジアのイヌとよりも、ヨーロッパのその後のイヌの方と多くの浮動を共有しています(図3c)。これは、ヨーロッパのイヌと現在東方で生息しているイヌとのf₄統計での直接的な類似性の対比でも凝ることができ、たとえば、f₄(クルペオギツネ、ケスラーロッホ遺跡のイヌ;ジャーマンシェパード、ニューギニアシンギングドッグ)= −0.014、Z = −15.6です。したがって、本論文の結果から、ヨーロッパのイヌの祖先系統の分化は14200年前頃までにすでに起きており、それ以降現在までのヨーロッパにおいて少なくともある程度の祖先系統の連続性があった、と論証されます。


●新石器時代への移行の影響

 ヒトでは、古代DNA研究において、ヨーロッパにおける新石器時代への移行と農耕の到来は、アジア南西部からの人々の大規模な移住によって引き起こされた、と示されてきました[28、35]。イヌは新石器時代の前のヨーロッパに存在した唯一の家畜動物でしたが、イヌが同様に大規模な祖先系統の置換を経た程度は不明です。アジア南西部のイヌ祖先系統の流入はmtDNA[37]および新石器時代のイヌにおける総泉系統勾配[13]に基づいて示唆されてきましたが、この問題に取り組むための直接的なゲノム規模データは以前には利用可能ではありませんでした。ADMIXTUREの結果は、新石器時代に始まる、アジア南西部のイヌで最大化する構成要素による、中石器時代祖先系統構成要素の漸進的な置換を示しています(図3a)。これは、ヒトと同様の歴史と一致するかもしれませんが、この手法の探索的性質が意味するのは、祖先系統の流入について確たる結論を導くのは困難であることです。

 新石器時代祖先系統の流入についてより形式的に検証するために、qpAdmを用いて、新石器時代集団の到来以後のヨーロッパのイヌの祖先系統を、新石器時代の前のヨーロッパ(デンマークのエルテベレ文化、スウェーデンのベーケベルグ遺跡、カレリアのヴェレティエ、スイスのケスラーロッホ遺跡)および新石器時代アジア南西部(レヴァントのテレヘライツ、アナトリア半島のボンジュクル遺跡)のイヌに由来する騎亜の組み合わせとしてモデル化し、参照集団としてシベリアと北アメリカ大陸とオセアニアのイヌが用いられました。その結果、アジア南西部からの寄与がほぼすべての利用可能な新石器時代ヨーロッパのイヌの祖先系統を適合させる供給源として必要であるものの、そり寄与の程度は大きく異なる、と分かりました(図4b)。ハークスハイム遺跡の7000年前頃イヌは、13%の寄与があるとしても、寄与なしで同様に適合します。アジア南西部祖先系統の推定値は、スコットランドの新石器時代のイヌ3個体では21~25%、クロアチアおよびセルビアの新石器時代および金石併用時代のイヌでは33~34%です。最高の値はヨーロッパ南部の新石器時代のイヌで得られ、ギリシアのイヌ1個体では66%、スペインのイヌ1個体では40%、ドイツの後期新石器時代(CWC)のイヌ1個体では53%です。全体的に、これらの新石器時代祖先系統の割合はヒトよりもかなり低く、ヒトでは、ヨーロッパの初期新石器時代集団は少なくとも70~80%のアジア南西部祖先系統を有していました[38]。以下は本論文の図4です。
画像

 デンマークの中石器時代および新石器時代の遺跡のイヌのほとんどは、新石器時代アジア南西部祖先系統の欠如と一致しており、これは、デンマークのヒトにおける相対的に遅い新石器時代祖先系統の置換と一致します[39]。新石器時代から中石器時代の移行期のシルソルム遺跡のイヌは両方とも、殆ど若しくは全く新石器時代アジア南西部祖先系統を有さないことと一致し、完全に中石器時代祖先系統を示す、シルソルム遺跡の噛まれたカバノキの樹脂から得られたヒトのDNAを反映しています[40]。確実に検出可能な新石器時代祖先系統を有する唯一のデンマークのイヌは、ブンヅォの中期新石器時代遺跡に由来し(推定寄与率は18~19%)、少なくとも5000年前頃のでのこの祖先系統のデンマークへの到来を論証しています(ただ、これらブンヅォ遺跡のイヌが直接的に年代測定されていないことに要注意です)。スウェーデンの新石器時代のPWCのイヌは、完全に中石器時代祖先系統か、小さな新石器時代祖先系統の寄与(1個体で8.5%)があることと一致します。

 ヒトでは、ヨーロッパにおける新石器時代への移行は遺伝的多様性の増加と関連しており、新石器時代農耕民では、異型接合性の水準が中石器時代狩猟採集民よりも約20~40%高くなっています[32、35]。イヌでは、同じパターンが見つからず、それは、ヨーロッパの新石器時代の前のイヌが一般的に、新石器時代のイヌと同様の異型接合性水準を有しているからです(図2c)。後期新石器時代およびその後の期間のみで、ヨーロッパのイヌはより高水準の異型接合性を示します。初期新石器時代アナトリア半島のボンジュクル遺跡のイヌ1個体で、ひじょうに低水準の多様性が見つかり、これはヨーロッパ狩猟採集民よりも高水準の多様性を遺伝的に有していたアナトリア半島農耕民[41]を反映していませんが、1個体のゲノムのみでは、この個体が新石器時代アナトリア半島のイヌをどのくらい代表しているのか、言えないことに要注意です。

 全体的に、本論文の結果から、イヌは、アジア南西部からの祖先系統の流入を新石器時代にもたらしたヒトで見られる人口統計学的過程を定性的に反映しているものの、その全体的な影響はイヌではより小さな規模だった、と論証されます。これは、在来の狩猟採集民集団のイヌが、ヨーロッパの新石器時代農耕共同体で暮らしていたイヌ集団に大きく寄与したことを示唆しています。中石器時代ヨーロッパのイヌの遺産は大きく、現在まで維持されてきたようです。現代のイヌは依然として、新石器時代に確立した多様性内に収まっており[13]、イヌ祖先系統の勾配では、現代のヨーロッパイヌは中石器時代ヨーロッパのイヌと新石器時代アジア南西部のイヌとのほぼ中間に位置しており(図3b)、現代のヨーロッパのイヌはその祖先系統の約半分がヨーロッパの農耕前のイヌにたどれるかもしれない、と示唆されます。


●まとめ

 農耕拡大前のイヌの歴史の理解は形態学的評価におもに依存していますが、これらは議論になることが多くあります。さらに、オオカミとは異なる形態が特定の個体で確証できるとしても、その個体が健在知られている家畜化されたイヌ(イエイヌ)と同じ系統に属する、と確実に結論づけることは依然として困難です。本論文の結果は、家畜化されたイヌ系統の構成員をオオカミと区別するさいの、ゲノム規模核DNA分析の価値を論証します。捕獲技術を使用することで、イヌとオオカミの祖先系統の呼び出しを検証対象の標本の2/3で実行でき、ヨーロッパ狩猟採集民背景の新たな少なくとも14個体についてイヌ祖先系統を確証できました。

 ケスラーロッホ遺跡のイヌが他地域のイヌとよりもヨーロッパのその後のイヌの方と高い類似性をすでに示す、との観察から、イヌの集団構造は少なくとも14200年前頃には存在する、と論証されます。これは、ゲノム規模の古代DNAによって裏づけられたイヌの遺伝的多様化の時間深度を、以前に論証された10900年前頃[13]よりさらにさかのぼらせます。この結果は、イヌの家畜化の時期に強い制約を課すわけではありませんが、この構造の出現時間を考慮すると、家畜化は14200年前頃の数千年前に起きていた、と仮定するのは合理的なようです。本論文の結果が、イヌが世界のどこで、何回家畜化されたのか、さらに解明することはできません。

 ヨーロッパ全域と世界の他地域でイヌがどのように広がり、これが上部旧石器時代のヒトの歴史とどのように適合するのかは、依然として不明です。ケスラーロッホ遺跡は、ヨーロッパの初期のイヌと推定される遺骸がある他の遺跡のように、マグダレニアン技術複合体と関連づけられています[4]。14000年前頃の期間はヒト集団における大きな変化の一つで、いわゆるヴィッラブルーナ狩猟採集民祖先系統の拡大に続いて、大規模で急速な置換がありました[42、43]。拡大するヴィッラブルーナ祖先系統は、アジア南西部の人口集団との類似性が増加しており[44、45]、この点ではケスラーロッホ遺跡のイヌに関する本論文の調査結果を繁栄しています。同時に、アルプスの北側のヴィッラブルーナ祖先系統の最古級の観察は、14000年前頃となるドイツのボン・オーバーカッセル遺跡の1個体で見られ[43]、ボン・オーバーカッセル遺跡の個体は、明確なイヌ形態を有する既知の最古級のイヌ科の1個体とともに埋葬されていました(ただ、核遺伝的データはこの恐らくはイヌでは利用できません)。したがって、ヴィッラブルーナ祖先系統の拡大と同時もしくは直前のヨーロッパ全域におけるイヌの拡大は魅力的な仮説ですが、この仮説は、早くも17000年前頃のヨーロッパにおける形態学的根拠に基づいてイヌと示唆されている遺骸と完全には一致せず[4]、ヨーロッパの人々が最終的にどこでイヌを得たのか、との観点で問題が残ります。

 イヌは新石器時代の前のヨーロッパに存在した唯一の家畜動物で、これが意味しているのは、農耕社会がアジア南西部からヨーロッパ大陸全域にどのように拡大したのかについて、イヌの歴史が、独自の知見を提供できる可能性です。本論文の結果から、在来の中石器時代のイヌの置換ではなく、侵入してきた農耕民が在来の中石器時代のイヌを大規模に取り込んだ、と示されます。これは、ヨーロッパのイヌが急速かつほぼ完全に在来のアメリカ大陸のイヌを置換した、植民地時代におけるアメリカ大陸へのヨーロッパ人の到来[13、46]など、ヒトの歴史における他の劇的な拡大とは対照的です。本論文の結果は、新石器時代ヨーロッパにおけるさほど急激でも暴力的でもない過程を示唆しており、これは、ヨーロッパ大陸の多くの地域で数千年間継続した農耕民と狩猟採集民との間の混合および相互作用と一致します[38]。イヌへのより小さな新石器時代の影響は、イヌがヒトで見られる遺伝的多様性増加を反映していないことにも表れています。新石器時代における中石器時代のイヌ祖先系統の存続から、狩猟採集民と農耕民は少なくとも部分的に重なる目的でイヌを使用した、と示唆されるかもしれませんが、遺伝的データは中石器時代と新石器時代のイヌの間の混合の背景にある社会的および経済的過程を解明できない、と本論文は強調します。いずれにしても、現代のヨーロッパのイヌ集団はおそらく、その祖先系統のかなりの割合が、農耕開始前のヨーロッパに生息していたイヌにさかのぼります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


古生物学:遺伝学が明らかにしたヨーロッパにおける最古の犬の歴史

 家畜化された犬が、少なくとも1万4200年前には、すでにユーラシア西部に広く分布していたことを報告する2つの論文が、Nature にオープンアクセスで掲載される。これらの論文は、これまで知られていた最古の犬のゲノムを報告しており、これまでの最古の記録である約1万900年前よりも古いものである。また、この時点で遺伝的に類似した犬の集団が、ユーラシア西部に広く広がっていたことも明らかになった。これらの研究結果を合わせると、ヨーロッパにおける犬の初期の歴史を明らかにするものである。

 農業が始まる前のヨーロッパに存在した家畜は、犬だけであったが、その起源の正確な時期は依然として不明である。考古学的証拠によると、犬は1万5000年以上前の旧石器時代にオオカミから分岐したとされ、ヨーロッパで確認できる最古の犬の遺骸は少なくとも1万4000年前のものだとされる。しかし、全ゲノムデータがなかったため、これらの初期のヨーロッパ犬の起源を確認することは困難であった。

 最初の研究では、Anders Bergströmら(イーストアングリア大学〔英国〕)が、ヨーロッパおよびその周辺地域で発見された216体の犬およびオオカミの遺骸のゲノムを解析した。最も古い標本は、スイスのケスラーロッホ(Kesslerloch)遺跡から出土した初期の犬のもので、放射性炭素年代測定の結果、1万4200年前のものとされた。ゲノム解析の結果、ケスラーロッホの犬は、ほかの地域の犬と共通の祖先を持つことが判明した。これは、家畜化された犬の遺伝的多様化が1万4200年以上前に始まっており、ヨーロッパの旧石器時代の犬が独立した家畜化過程から派生したものではないことを示している。著者らは、また、新石器時代のヨーロッパの犬の一部に南西アジア系の遺伝子が流入していることを発見した。これは、農業がヨーロッパに広がる過程での人々の移動を反映している。しかし、この遺伝的影響は人間に比べて犬では小さかった。これは、地元の狩猟採集民に属する犬が、新石器時代の、そしておそらく現代のヨーロッパの犬に対しても、大きく寄与していることを示唆している。

 別の研究では、Laurent Frantzら(ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン〔ドイツ〕)は、トルコのプナルバシュ(Pınarbaşı;約1万5800年前)、英国のゴフ洞窟(Gough’s Cave;約1万4300年前)、およびセルビアの2つの中石器時代遺跡(それぞれ約1万1500~7900年前、8900年前)から発見された犬の遺骸のゲノムを解析した。その結果、少なくとも1万4300年前には、家畜化された犬がすでに西ユーラシア全域に広く分布していたことが示された。これらの旧石器時代の犬は、遺伝的に類似しており、1万8500年前から1万4000年前の間にこの地域全体に拡大した集団に属していた。遺骸は、遺伝的および文化的に異なる複数の狩猟採集民集団と関連しており、犬の拡散はこれらの集団の移動や相互作用と関連していた可能性があることを示唆している。

 これらの研究結果を合わせると、犬がヨーロッパに早い時期から存在し、広まっていったことを示す強い遺伝学的証拠になる。また、ゲノム解析により、ヨーロッパにおける犬の存在は、後期旧石器時代(約1万5800~1万4200年前)にまでさかのぼることが明らかとなった。さらに、これらの研究は、古代の人類集団がいかに移動し、交流し、最初の犬たちと生活をともにしたかについて、新たな知見をもたらしている。


古代DNA:ヨーロッパにおける初期のイヌのゲノム史

Cover Story:古き友:古代ゲノムから明らかになったイヌとヒトの初期の関係

 表紙は、氷河期のスイスの集落の近くで、ヒトとその伴侶動物であるイヌが一緒にいる様子を描いた想像図である。イヌは何千年にもわたりヒトの伴侶であり続けてきた。イヌは家畜化された最初の動物であり、イヌの形態的特徴を備えている可能性のある遺骸の年代は、少なくとも1万4000年前にさかのぼる。しかし、初期のイヌの正確な起源と性質は、いまだよく分かっていない。今週号では2報の論文が、この問題の解明に向けた前進を示している。一方の論文では、A BergströmとP Skoglundたちが約200点の古代のイヌおよびオオカミの遺骸のゲノムを解析しており、もう一方の論文では、W Marsh、L Scarsbrook、L Frantzたちが、1万6000〜1万4000年前のイヌ2頭のゲノム塩基配列を報告して、塩基配列が解読された最古のイヌの年代を更新している。まとめるとこれらの論文は、イヌが、農耕が導入されるずっと前からユーラシア西部全域に広く分布していたことを示している。また著者たちは、イヌの遺伝的多様化が、従来考えられていたよりもはるかに早く始まっていたことを示す証拠も見いだしている。



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