ユーラシアにおけるイヌとヒトの拡散
取り上げるのが遅れてしまいましたが、ユーラシアのイエイヌ(Canis familiaris、Canis lupus familiaris)の新たな古代ゲノムデータを報告した研究(Zhang et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。日本語の解説記事もあります。本論文は、おもにユーラシア東部を対象に、イヌ(イエイヌ)の新たな古代ゲノムデータと既知のデータを統合し、完新世においてイヌの遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の拡散がヒト集団の移動と関連していたことを明らかにしました。イヌはユーラシアにおいて少なくとも1万年間にわたって、ヒトの文化に不可欠の家畜だったようです。なお、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、DATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)、APS(Ancient Paleo-Siberian、旧シベリア古代人)、CHG(Caucasus Hunter-Gatherer、コーカサス狩猟採集民)です。
本論文で取り上げられる主要な地名は、コリマ川(Kolyma River)、アルダン高地((Aldan highlands)、北極圏シベリアのジョホフ(Zhokhov)島です。本論文で取り上げられる主要な文化は、斉家(Qijia)文化、ボタイ(Botai)文化、ベガジー・ダンディバイ(Begazy-Dandybai)文化、スルブナヤ(Srubnaya)文化、アンドロノヴォ(Andronovo)文化、シンタシュタ(Sintashta)文化、西城駅(Xichengyi)文化です。
本論文で取り上げられる主要な遺跡は、シベリアのハティスティール(Khatystyr)洞窟、イランのテペ・ゲラ・ギャプ(Tepe Ghela Gap)遺跡、中華人民共和国の甘粛省の崖背里(Yabeili)遺跡と青海省の金蝉口(Jinchankou)遺跡と陝西省の火石梁(Huoshiliang)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では新疆ウイグル自治区とされている)東トルキスタンの吉仁台溝口(Jirentaigoukou)遺跡と海蔵(Haizang)遺跡、ロシア西部のヴェレティエ(Veretye)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている)モンゴル南部のバヤンタラ(Bayantala、巴彦達)遺跡もしくはバヤンダラ(Bayandala、巴彦塔)遺跡、ユーラシア西方草原地帯のボルガー(Bolgar)遺跡とサマラ(Samara)遺跡とイシュキニノ(Ishkinino)遺跡、アジア中央部のケント(Kent)遺跡です。
●要約
最初の家畜種として、イヌは後期更新世および完新世にさまざまな文化集団とともに拡散した可能性が高そうです。この仮説を検証するために、古代のイヌ73個体のゲノムが分析され、それには約1万年間にわたるアジア東部からユーラシア西部草原地帯にかけて標本抽出された、新たに配列決定された17個体が含まれます。その結果、イヌの祖先系統と、APSや東方狩猟採集民やアジア東部人や草原地帯牧畜民を含めてヨーロッパ東部からシベリア東部の特定の古代のヒト集団との間の、相関が示唆されます。狩猟採集民や農耕民や牧畜民の特定の拡散と一致する、イヌの祖先系統における複数の変化も特定されます。まとめると、本論文の結果から、イヌが多くのヒト社会で果たしてきた、長期にわたる不可欠の役割が明らかになります。
●研究史
イヌの家畜化の時期と場所は依然として理解しにくいものの、ゲノム証拠から、イヌは前期完新世においてヨーロッパ(暦年代で11000年前頃[1、2])とシベリア東部(1万年前頃[3])に存在していた、と示唆されています。しかし、これらの年代は家畜イヌ出現の下限推定値を表しています。じっさい、最近の研究[1、2、4]では、東方(アジア東部と北極圏)と西方(ヨーロッパと近東)のイヌ系統を含めて主要なイヌ系統は、2万年以上前の更新世にすでに多様化していた、と示唆されています。初期の多様化とイヌが過去に果たしたさまざまな役割を考えると、イヌの特定の系統は、ヒトの移動において広がった、物質的・文化的・生物学的一括の一部を形成していた可能性が高そうです。
アジア中央部および東部のゲノムの最近の分析は、新石器時代および金属加工の青銅器時代における農耕の拡大と関連するヒト祖先系統の大きな変化を明らかにしてきました[5~7]。しかし、これらの文化がこうした変容する社会的および文化的移行期に、移動先でイヌを獲得したのか、あるいは特定のイヌ系統とともに移動したのかどうかは、不明です。この問題に取り組むために、シベリアとアジア東部とユーラシア中央部草原地帯の9700~870年前頃の年代の、古代のイヌ17個体のゲノムが配列決定され(深度の中央値は0.53倍、0.01~5.37倍の範囲)、分析されました(図1A・B)。以下は本論文の図1です。
シベリア東部とアジア中央部の中緯度草原および乾燥地域と中国北西部の河西回廊全域に位置するこれらの考古学的遺跡は、完新世においてヒトの祖先系統と物質文化の両方で重要な変化を経ました[5、7、8]。これらのデータが、公開されており利用可能な古代のイヌ57個体のゲノム(深度の中央値は1.8倍で、0.01~28.0倍の範囲)[1~3、9~11]や、現在の世界規模のイヌ多様性を網羅している、公開されており利用可能な現代のイヌ160個体のゲノムや、古代人18個体のゲノムとともに、共同分析されました。
●シベリア東部における前期完新世の集団構造
トランスバイカル地域(バイカル湖の東側)における前期完新世(8500年前頃)の古代人のゲノム解析は、シベリア北東部沿岸のコリマでも特定された1万年前頃の人口集団であるAPSとの遺伝的つながりを明らかにしました[12、13]。これらのパターンが古代のイヌに反映されているのかどうか、調べるために、シベリア南東部(トランスバイカル地域のアルダン高地)のハティスティール洞窟の9700年前頃の1個体(ハティスティール1_9682、深度は1.3倍)のゲノムが分析されました(図1A)。外群f3統計では、ハティスティール洞窟のイヌは、コリマのヒト(1万年前頃)と同時代となる、シベリア北東部の9500年前頃のジョホフ島の1個体(ジョホフ1_9515、図2A)と最も多くの浮動を共有していた、と示されました(図1A)。以下は本論文の図2です。
ジョホフ島の古代のイヌ1個体とバイカル湖地域の6900年前頃のイヌ1個体(バイカル_6900、深度は5.2倍)と現代のオーストラリアのディンゴ(アジア東部のイヌを表しています)とイランのテペ・ゲラ・ギャプ遺跡の5800年前頃のイヌ1個体(テペゲラギャプ1_5826、西方のイヌを表します[1])を組み込んだqpAdm分析から、ハティスティール洞窟のイヌの祖先系統は、ジョホフ島のイヌを唯一のユーラシア東部供給源として用いて最適にモデル化できる、と明らかになりました。これは、地理的により近いものの約2000年新しいバイカル湖のイヌではなく、同時代ではあるものの地理的には遠い、シベリア北東部の沖合のジョホフ島のイヌとのより強い遺伝的類似性を示唆しており(図1A・B)、バイカル湖のイヌはアジア北東部祖先系統を有する人々と関連しています[7]。
これは、イヌにおけるジョホフ島個体的祖先系統が、APS的祖先系統を有する古代のヒト集団と関連しており、イヌとヒト両方の祖先系統が前期完新世において、コリマからトランスバイカル地域までシベリア東部全域に広がっていたことを示唆しています。しかし、本論文ではバイカル湖のイヌにおける西方のイヌの祖先系統が見つからず、これは先行研究と矛盾します[2]。この不一致は、この研究で生成されたより高い網羅率のデータに起因する可能性が高そうです。
●中国における北極圏のイヌの祖先系統の前期青銅器時代の導入
さらに南方では、古代ゲノムデータから、現在の中国北部の前期および中期新石器時代のヒト集団は、現在中国に居住している人々と関連するアジア東部祖先系統を有していた、と示唆されています[6]。しかし、その後のヒトゲノム分析では、中国北西部の河西回廊と東トルキスタンの後期新石器時代および前期青銅器時代における、シベリアおよび草原地帯経由での西方祖先系統の流入が特定されました[5、7、8]。東方(ジョホフ1_9515)および西方(テペゲラギャプ1_5826)のイヌ系統を表す古代のイヌとともに、本論文のデータセットにおける各イヌ間で対での共有されている浮動の計算(外群f3統計)によって、この兆候がイヌに反映されているのかどうか、評価されました(図1)。
中国の新たに配列決定された古代のイヌは、東西のイヌと共有している不動の量(図1C)やPCAに基づいて、4集団に区分できます。最古の集団(図1A~C、黄色)は甘粛・青海地域(黄河上流)、具体的には崖背里遺跡の後期新石器時代のイヌ(崖背里05_5035、深度は0.1倍)と金蝉口遺跡の銅器時代のイヌ(深度1.7倍の金蝉口03_3917と深度0.1倍の金蝉口04_3890、4060~3780年前頃の斉家文化)のゲノムで構成されており、現在の北極圏のイヌおよび複数のアジア南東部のイヌと類似した量の浮動をイランのイヌ(テペゲラギャプ1_5826)と共有しています(図1A~C)。
qpWaveとqpAdmを用いて、1~3の祖先供給源で混合モデルが検証され、それは、北極圏(ジョホフ1_9515もしくはバイカル_6900)とアジア東部(ディンゴ)と西方(テペゲラギャプ1_5826)です(図3A)。P値が0.01超の最小の供給源での入れ子モデルを優先して、最も単純なモデルが選択されました。これは、ハティスティールのイヌを除いて、バイカル湖のイヌが一貫してジョホフ島のイヌよりも北極圏のイヌの祖先系統に優れた適合を提供した、と示したので、以後のすべての分析でバイカル湖のイヌが使用されました。以下は本論文の図3です。
ほとんどの現代のアジア東部のイヌ集団とは異なり、深度1倍超のゲノムに基づく本論文のqpAdmモデル化(図3A)や教師有ADMIXTURE分析から、新石器時代の崖背里遺跡および銅器時代の金蝉口のまとまり(図1A~C、黄色)には、検出可能な水準の西方のイヌの祖先系統がない、と示されます。しかし、D形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ディンゴ、海蔵/火石梁)のD統計は、金蝉口遺跡のイヌについては有意に負でしたが、崖背里遺跡のイヌについてはそうではありませんでした。この不一致から、金蝉口遺跡のイヌはqpAdmでは検出できない低水準の西方のイヌの祖先系統を有しているかもしれない、と示唆され、それはユーラシア西部のイヌと関連づけられることが多い、金蝉口遺跡のイヌにおけるmtHg-Cの存在によってさらに裏づけられます。しかし、黄河上流域の前期青銅器時代のヒトや中国の前期新石器時代のヒトのゲノムの分析から、人々が有するのはほとんどアジア東部祖先系統で、西方祖先系統は青銅器時代牧畜民の到来まで存在しなかった、と明らかになりました[8、17、18]。したがって、金蝉口遺跡で銅器時代に検出された西方のイヌの祖先系統の可能性は、アジア東部へのこの拡大の始まりを反映しているかもしれません。
ユーラシア西部祖先系統の到来の前には、甘粛・青海地域の斉家文化のヒトは、バイカル湖地域の新石器時代の人々と関連するアジア北東部祖先系統の流入を受けました[8、17、18]。この兆候がイヌに反映されているのかどうか、評価するために、バイカル湖のイヌから崖背里遺跡および金蝉口遺跡のイヌへの遺伝子流動について検証されました(図1A)。アジア東部祖先系統の代表として、最近のヨーロッパからの遺伝子流入が欠けているディンゴのゲノムを用いて、D形式(コヨーテ、バイカル_6900;ディンゴ、海蔵/火石梁)のD統計が計算されました。両方のD統計では、有意に正の結果が得られました。しかし、qpWave分析は、崖背里遺跡のイヌについて単一供給源のディンゴ祖先系統モデルを却下できませんでした。この不一致は、おそらく崖背里遺跡のイヌ個体の低網羅率のため、qpWaveで単一の供給源を却下するには不充分な、後期新石器時代(5000年前頃)までの小さな北極圏のイヌからの寄与を示唆しています。
しかし、網羅率の深度が1倍超の銅器時代の金蝉口遺跡のイヌ1個体(金蝉口03_3917)について、単一供給源モデルを却下できませんでした。qpAdm分析では、この個体【金蝉口03_3917】は約38~45%の北極圏祖先系統(バイカル_6900)と約55~62%のアジア東部祖先系統(現代のディンゴ)を有していた、と示唆されました(図3A)。D形式(コヨーテ、バイカル_6900;ディンゴ、金蝉)の有意に正なD統計は、この結果をさらに裏づけました。バイカル湖のイヌは、ヒトがアジア北東部祖先系統を有する状況に由来することを考えると、本論文の結果から、アジア北東部祖先系統を有する人々の前期青銅器時代における中国北部への移動は、在来のイヌ祖先系統における同時期に起きた変化を伴っていた可能性が高い、と示唆されます。
●青銅器時代の前の草原地帯のイヌにおける西方祖先系統
青銅器時代にも、おもに東方狩猟採集民およびアジア北東部祖先系統の以前の集団(たとえば、金石併用時代のボタイ文化の5500~5000年前頃の集団)が、イラン新石器時代農耕民およびCHG関連祖先系統によって部分的に置換されたように、大きな人口変化がありました[7]。これがイヌに反映されているのかどうか、評価するために、このヒト祖先系統の流入に先行する[7]、カザフスタンのボタイ文化の5200年前頃となる金石併用時代のイヌ1個体(ボタイ3_5169、深度は4.2倍)が分析されました(図1)。
qpAdmとF4比の両方から、ボタイ文化のイヌの祖先系統は約75%の北極圏祖先系統(バイカル_6900)と約25%の西方祖先系統(テペゲラギャプ1_5826)としてモデル化できる、と示唆されました(図3A)。外群f3統計では、ボタイ文化のイヌはテペ・ゲラ・ギャプ遺跡のイヌとよりもジョホフ島のイヌの方と多くの類似性を共有しており(図1C)、D形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ボタイ3_5169、ジョホフ1_9515)およびD形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ボタイ3_5169、バイカル_6900)のD統計は両方とも有意に負だった、と示され、qpAdmおよびF4比の結果が確証されました。
西方祖先系統が青銅器時代に草原地帯のイヌで増加したのかどうか、取り組むために、後期青銅器時代のスルブナヤ文化の以前に刊行されたイヌ2個体(3800~3200年前頃、イシュキニノ1_3275とサマラ_3800、図1A・B)のゲノムと、新たに配列決定されたその後のベガジー・ダンディバイ文化の3200年前頃のイヌ1個体(ケント1_3150、深度は0.1倍、図1A・B)の新たに配列決定されたゲノムが分析されました。イシュキニノ遺跡およびサマラ遺跡のイヌは、約60%以上の西方祖先系統と約25%のアジア東部祖先系統と約15%の北極圏祖先系統を有する、と最適にモデル化されました(図3A)。さらに東方にも関わらず、ケント遺跡のわずかに新しいイヌ1個体は、約70%の西方祖先系統と約30%の北極圏祖先系統を有する、と最適にモデル化されました(図3A)。約70%の西方祖先系統と約30%の北極圏祖先系統を有するボルガー遺跡の中世のイヌ1個体(ボルガー1_1000)によって論証されるように、草原地帯のイヌにおける高水準のユーラシア西部祖先系統は、少なくとも1000年前頃まで存続しました(図3A)。
ボタイ文化のイヌが西方祖先系統を有していた、という事実から、その到来は青銅器時代のこの地域においてイラン農耕民およびCHG祖先系統()の到来に先行する、と論証されます。注目すべきことに、金石併用時代のボタイ文化のヒトで優勢な東方狩猟採集民祖先系統は、ヨーロッパのヴェレティエ文化でも見られ[19~21]、ヴェレティエ文化の10900年前頃のイヌも、西方と東方(北極圏)両方の祖先系統を示します[2]。外群f3統計は、ボタイ文化のイヌとヴェレティエ文化のイヌ(ヴェレティエ1_10930、図2B)との間の密接な遺伝的類似性を示し、本論文のqpAdm分析では、ヴェレティエ文化のイヌはぼたん幼稚園と類似していた(つまり、約65~75%の北極圏祖先系統と約25~35%の西方祖先系統)、と示されました(図3A)。この類似性から、ユーラシア全域の東方狩猟採集民のヒト集団を伴うイヌ(10000~5500年前頃)は、類似の遺伝的構成を有していた、と示唆されます。したがって、ボタイ文化のイヌにおける西方祖先系統は、ヨーロッパ東部の東方狩猟採集民人口集団とのつながりから生じた可能性が高いのに対して、その後の青銅器時代の西方祖先系統は、イラン農耕民およびCHG祖先系統を有する人々に伴っていたイヌに由来しました。
●中国北西部における西方のイヌの祖先系統の青銅器時代における導入
アジア東部の古代人のゲノムの分析でも、後期青銅器時代(3300年前頃)における西方祖先系統の流入は、この地域への西方草原地帯牧畜民の拡大によって起きた可能性が高い、と示されました。以前のmtDNA研究では、金蝉口遺跡における4000年前頃のイヌ2個体のmtHg-Cの検出に基づいて、西方のイヌの祖先系統も青銅器時代までに中国に到来した、と示唆されました。しかし、イヌにおける祖先系統の代理としてmtHgを用いるのが困難なのは、11000年前頃のヴェレティエ遺跡のイヌを含めて初期の西方のイヌ集団が、東方で優勢なmtHg-Aと西方で優勢なmtHg-Cの両方を有しているからです[1、2]。
F4比とqpAdm(図3A)モデル化では、東トルキスタンのユーラシア草原地帯の東端に位置する、後期青銅器時代(3300年前頃)の吉仁台溝口遺跡のイヌ1個体(吉仁台溝口02_3300、深度は0.1倍)が、他の青銅器時代草原地帯牧畜民のイヌ(つまり、イシュキニノ1_3275、サマラ_3800)と同様に、約50%の西方祖先系統と約50%のアジア東部祖先系統を有していた、と示唆されました(図3A)。ゲノム分析では、吉仁台溝口遺跡の人々の祖先系統のほとんどは西方草原地帯牧畜民(3300~3100年前頃のアンドロノヴォ/シンタシュタ文化系統)に由来する、と示されました[24]。まとめると、本論文の結果から、東方草原地帯と東トルキスタンのイヌにおける西方祖先系統[5、24]は、青銅器時代における東方への西方草原地帯牧畜民の拡大によって媒介された、と示唆されます。
吉仁台溝口の東方の河西回廊では、海蔵遺跡(3800~3550年前頃の斉家文化中期となる、深度0.1倍の海蔵05_3774、鹿戸0.7倍の海蔵06_ 3676、深度0.02倍の海蔵07_3772)と火石梁遺跡(4070~3650年前頃の西城駅文化となる、深度1.7倍の火石梁09_3787、深度1.1倍の火石梁10_3779、深度5.4倍の火石梁11_3917)の前期青銅器時代の古代のイヌも、F4比とqpAdm(図3A)と教師有ADMIXTUREとD形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ディンゴ、海蔵/火石梁)のD統計では、約15~35%の西方祖先系統を有していました。
網羅率1倍超のゲノムに基づくAdmixtureBayes分析も、火石梁遺跡のイヌを西方祖先系統(ボタイ文化のイヌと関連しています)とアジア東部祖先系統の混合として高い裏づけ(99%超の確率)でモデル化しました(図3B)。これらの調査結果から、アジア東部のイヌにおけるユーラシア西部構成要素は草原地帯経由で拡散し、青銅器時代において遅くとも3900年前頃までに甘粛省(つまり、火石梁遺跡と海蔵遺跡に到達していた、と示唆されます。DATESを用いての混合年代測定から、西方のイヌの祖先系統はこの地域に4000~3800年前頃にもたらされた、と示唆されます。
火石梁および海蔵遺跡とは対照的に(図1A)、これらの遺跡から数百km東方に位置する金蝉口のイヌ(図3A)は、ADMIXTUREとAdmixtureBayesとqpAdmで検出可能な水準の西方祖先系統を示しませんでした(図3A・B)。この結果は、青銅器時代における西方のイヌの祖先系統の拡散が、この地域全体で均質ではなかったことを示唆しています。最終的に、古代アジア東部における西方のイヌの祖先系統は、モンゴル南部(バヤンタラ遺跡)の遼王朝(キタイ帝国)期となる850年前頃のイヌ2個体(1034~825年前頃、深度0.1倍のバヤンタラ12_847、深度0.02倍のバヤンタラ13_859)では約40%に達し、これは現在の中国北部のイヌと同様です(図3A)。しかし、本論文のqpAdmモデルは、遼王朝および現代のアジアのイヌについて低い適合度を示しており、アジア東部のイヌへの過去850年間における、追加のモデル化されていない(複数の)祖先の寄与が示唆されます。
●アジアにおけるヒトとイヌの祖先系統間の一致と不一致
アジアの新たに生成された古代のイヌのゲノムの分析は一般的に、イヌとヒトにおけるユーラシア東西の祖先系統間の強い一致を示しています。APSやアジア北東部人やアジア東部人など東方のヒト集団は、アジア東部もしくは北極圏祖先系統のイヌと関連しており、イラン農耕民やCHGや草原地帯牧畜民など西方のヒト集団は、ユーラシア西部のイヌ系統と関連していました(図4)。しかし、遺伝的にはユーラシア東部人とよりもユーラシア西部人の方と近い、ヴェレティエおよびボタイ遺跡の東方狩猟採集民は、ほぼ東方祖先系統を有していたイヌ(つまり、北極圏のイヌ)と関連していました(図3A)。この不一致を視覚化するために、プロクラステス変換を用いて、同様の位置および期間のヒト18個体とイヌ18個体の古代ゲノムから構築されたPCAが調節されました(図4)。以下は本論文の図4です。
これらの分析は2種【ヒトとイヌ】間の一致を示唆しており、主成分1(PC1)は東西の祖先系統に基づいてイヌとヒトの両方を区別しました(図4C)。主成分2(PC2)は、人々とイヌの両方を、おもに緯度に基づいて分離しました。具体的には、東方狩猟採集民はPC2に沿ってイラン農耕民およびCHGから分離され、APSはアジア北東部人およびアジア東部人から分離されました(図4C)。同様に、アジア東部と北極圏のイヌはPC2に沿って区別されています。
しかし、これらの分析は、いくつかの不一致を浮き彫りにしました。まず、東方狩猟採集民はPC1ではイラン農耕民およびCHGとより密接に位置していますが、同じ状況のイヌ(つまり、ヴェレティエおよびボタイ遺跡)は他の東方(つまり、北極圏)のイヌの方へと動いています。さらに、バイカル湖の7000年前頃のアジア北東部人がPC2でアジア東部人と一致するのに対して、同じ状況のイヌは、さらに北方に位置するハティスティール洞窟およびジョホフ島の北極圏のイヌとともに図示されています(図4C)。このパターンから、イヌとヒトの両方における主要な集団分岐は同時に起きた事象ではなく、および/もしくはイヌ、とくに北極圏祖先系統のイヌは、さまざまな祖先系統を有するユーラシア北部の狩猟採集民のヒト共同体間で交換されていた可能性が高い、と示唆されます。
●まとめ
本論文の結果から、ユーラシア草原地帯とアジア東部とシベリア東部全域にわたるイヌ祖先系統の変化は、狩猟採集民および農耕共同体および牧畜民共同体の移動と時空間的に相関していることが多い、と示されます。したがって、イヌはさまざまな生計戦略および祖先系統の多様な文化集団とともに拡散した可能性が高く、イヌは多くのヒト社会で役割を果たしていた、と示唆されます。本論文の分析は、イヌの集団分岐とヒトの集団分岐との間のいくつかの不一致も浮き彫りにしており、さまざまな祖先系統のユーラシア北部の狩猟採集民の前期完新世共同体は、イヌも交換していた可能性が高い、と示唆されます。
ヒトと家畜動物の共拡散は他の種で報告されてきており、それには、農耕共同体の確率を促進した家畜[27]や、ヒトの移動性を大きく変えたウマ[28]が含まれます。古代の【非ヒト】動物とヒトのゲノムの共同分析は、単一種水準ではなく、共同体水準での共拡散事象の調査に機会を提供します。この手法には、過去におけるヒトと動物の相互作用および過去の社会で特定の種が果たした役割の理解を変える可能性があります。
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以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、DATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)、APS(Ancient Paleo-Siberian、旧シベリア古代人)、CHG(Caucasus Hunter-Gatherer、コーカサス狩猟採集民)です。
本論文で取り上げられる主要な地名は、コリマ川(Kolyma River)、アルダン高地((Aldan highlands)、北極圏シベリアのジョホフ(Zhokhov)島です。本論文で取り上げられる主要な文化は、斉家(Qijia)文化、ボタイ(Botai)文化、ベガジー・ダンディバイ(Begazy-Dandybai)文化、スルブナヤ(Srubnaya)文化、アンドロノヴォ(Andronovo)文化、シンタシュタ(Sintashta)文化、西城駅(Xichengyi)文化です。
本論文で取り上げられる主要な遺跡は、シベリアのハティスティール(Khatystyr)洞窟、イランのテペ・ゲラ・ギャプ(Tepe Ghela Gap)遺跡、中華人民共和国の甘粛省の崖背里(Yabeili)遺跡と青海省の金蝉口(Jinchankou)遺跡と陝西省の火石梁(Huoshiliang)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では新疆ウイグル自治区とされている)東トルキスタンの吉仁台溝口(Jirentaigoukou)遺跡と海蔵(Haizang)遺跡、ロシア西部のヴェレティエ(Veretye)遺跡、(現在は中華人民共和国の支配下にあり、行政区分では内モンゴル自治区とされている)モンゴル南部のバヤンタラ(Bayantala、巴彦達)遺跡もしくはバヤンダラ(Bayandala、巴彦塔)遺跡、ユーラシア西方草原地帯のボルガー(Bolgar)遺跡とサマラ(Samara)遺跡とイシュキニノ(Ishkinino)遺跡、アジア中央部のケント(Kent)遺跡です。
●要約
最初の家畜種として、イヌは後期更新世および完新世にさまざまな文化集団とともに拡散した可能性が高そうです。この仮説を検証するために、古代のイヌ73個体のゲノムが分析され、それには約1万年間にわたるアジア東部からユーラシア西部草原地帯にかけて標本抽出された、新たに配列決定された17個体が含まれます。その結果、イヌの祖先系統と、APSや東方狩猟採集民やアジア東部人や草原地帯牧畜民を含めてヨーロッパ東部からシベリア東部の特定の古代のヒト集団との間の、相関が示唆されます。狩猟採集民や農耕民や牧畜民の特定の拡散と一致する、イヌの祖先系統における複数の変化も特定されます。まとめると、本論文の結果から、イヌが多くのヒト社会で果たしてきた、長期にわたる不可欠の役割が明らかになります。
●研究史
イヌの家畜化の時期と場所は依然として理解しにくいものの、ゲノム証拠から、イヌは前期完新世においてヨーロッパ(暦年代で11000年前頃[1、2])とシベリア東部(1万年前頃[3])に存在していた、と示唆されています。しかし、これらの年代は家畜イヌ出現の下限推定値を表しています。じっさい、最近の研究[1、2、4]では、東方(アジア東部と北極圏)と西方(ヨーロッパと近東)のイヌ系統を含めて主要なイヌ系統は、2万年以上前の更新世にすでに多様化していた、と示唆されています。初期の多様化とイヌが過去に果たしたさまざまな役割を考えると、イヌの特定の系統は、ヒトの移動において広がった、物質的・文化的・生物学的一括の一部を形成していた可能性が高そうです。
アジア中央部および東部のゲノムの最近の分析は、新石器時代および金属加工の青銅器時代における農耕の拡大と関連するヒト祖先系統の大きな変化を明らかにしてきました[5~7]。しかし、これらの文化がこうした変容する社会的および文化的移行期に、移動先でイヌを獲得したのか、あるいは特定のイヌ系統とともに移動したのかどうかは、不明です。この問題に取り組むために、シベリアとアジア東部とユーラシア中央部草原地帯の9700~870年前頃の年代の、古代のイヌ17個体のゲノムが配列決定され(深度の中央値は0.53倍、0.01~5.37倍の範囲)、分析されました(図1A・B)。以下は本論文の図1です。
シベリア東部とアジア中央部の中緯度草原および乾燥地域と中国北西部の河西回廊全域に位置するこれらの考古学的遺跡は、完新世においてヒトの祖先系統と物質文化の両方で重要な変化を経ました[5、7、8]。これらのデータが、公開されており利用可能な古代のイヌ57個体のゲノム(深度の中央値は1.8倍で、0.01~28.0倍の範囲)[1~3、9~11]や、現在の世界規模のイヌ多様性を網羅している、公開されており利用可能な現代のイヌ160個体のゲノムや、古代人18個体のゲノムとともに、共同分析されました。
●シベリア東部における前期完新世の集団構造
トランスバイカル地域(バイカル湖の東側)における前期完新世(8500年前頃)の古代人のゲノム解析は、シベリア北東部沿岸のコリマでも特定された1万年前頃の人口集団であるAPSとの遺伝的つながりを明らかにしました[12、13]。これらのパターンが古代のイヌに反映されているのかどうか、調べるために、シベリア南東部(トランスバイカル地域のアルダン高地)のハティスティール洞窟の9700年前頃の1個体(ハティスティール1_9682、深度は1.3倍)のゲノムが分析されました(図1A)。外群f3統計では、ハティスティール洞窟のイヌは、コリマのヒト(1万年前頃)と同時代となる、シベリア北東部の9500年前頃のジョホフ島の1個体(ジョホフ1_9515、図2A)と最も多くの浮動を共有していた、と示されました(図1A)。以下は本論文の図2です。
ジョホフ島の古代のイヌ1個体とバイカル湖地域の6900年前頃のイヌ1個体(バイカル_6900、深度は5.2倍)と現代のオーストラリアのディンゴ(アジア東部のイヌを表しています)とイランのテペ・ゲラ・ギャプ遺跡の5800年前頃のイヌ1個体(テペゲラギャプ1_5826、西方のイヌを表します[1])を組み込んだqpAdm分析から、ハティスティール洞窟のイヌの祖先系統は、ジョホフ島のイヌを唯一のユーラシア東部供給源として用いて最適にモデル化できる、と明らかになりました。これは、地理的により近いものの約2000年新しいバイカル湖のイヌではなく、同時代ではあるものの地理的には遠い、シベリア北東部の沖合のジョホフ島のイヌとのより強い遺伝的類似性を示唆しており(図1A・B)、バイカル湖のイヌはアジア北東部祖先系統を有する人々と関連しています[7]。
これは、イヌにおけるジョホフ島個体的祖先系統が、APS的祖先系統を有する古代のヒト集団と関連しており、イヌとヒト両方の祖先系統が前期完新世において、コリマからトランスバイカル地域までシベリア東部全域に広がっていたことを示唆しています。しかし、本論文ではバイカル湖のイヌにおける西方のイヌの祖先系統が見つからず、これは先行研究と矛盾します[2]。この不一致は、この研究で生成されたより高い網羅率のデータに起因する可能性が高そうです。
●中国における北極圏のイヌの祖先系統の前期青銅器時代の導入
さらに南方では、古代ゲノムデータから、現在の中国北部の前期および中期新石器時代のヒト集団は、現在中国に居住している人々と関連するアジア東部祖先系統を有していた、と示唆されています[6]。しかし、その後のヒトゲノム分析では、中国北西部の河西回廊と東トルキスタンの後期新石器時代および前期青銅器時代における、シベリアおよび草原地帯経由での西方祖先系統の流入が特定されました[5、7、8]。東方(ジョホフ1_9515)および西方(テペゲラギャプ1_5826)のイヌ系統を表す古代のイヌとともに、本論文のデータセットにおける各イヌ間で対での共有されている浮動の計算(外群f3統計)によって、この兆候がイヌに反映されているのかどうか、評価されました(図1)。
中国の新たに配列決定された古代のイヌは、東西のイヌと共有している不動の量(図1C)やPCAに基づいて、4集団に区分できます。最古の集団(図1A~C、黄色)は甘粛・青海地域(黄河上流)、具体的には崖背里遺跡の後期新石器時代のイヌ(崖背里05_5035、深度は0.1倍)と金蝉口遺跡の銅器時代のイヌ(深度1.7倍の金蝉口03_3917と深度0.1倍の金蝉口04_3890、4060~3780年前頃の斉家文化)のゲノムで構成されており、現在の北極圏のイヌおよび複数のアジア南東部のイヌと類似した量の浮動をイランのイヌ(テペゲラギャプ1_5826)と共有しています(図1A~C)。
qpWaveとqpAdmを用いて、1~3の祖先供給源で混合モデルが検証され、それは、北極圏(ジョホフ1_9515もしくはバイカル_6900)とアジア東部(ディンゴ)と西方(テペゲラギャプ1_5826)です(図3A)。P値が0.01超の最小の供給源での入れ子モデルを優先して、最も単純なモデルが選択されました。これは、ハティスティールのイヌを除いて、バイカル湖のイヌが一貫してジョホフ島のイヌよりも北極圏のイヌの祖先系統に優れた適合を提供した、と示したので、以後のすべての分析でバイカル湖のイヌが使用されました。以下は本論文の図3です。
ほとんどの現代のアジア東部のイヌ集団とは異なり、深度1倍超のゲノムに基づく本論文のqpAdmモデル化(図3A)や教師有ADMIXTURE分析から、新石器時代の崖背里遺跡および銅器時代の金蝉口のまとまり(図1A~C、黄色)には、検出可能な水準の西方のイヌの祖先系統がない、と示されます。しかし、D形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ディンゴ、海蔵/火石梁)のD統計は、金蝉口遺跡のイヌについては有意に負でしたが、崖背里遺跡のイヌについてはそうではありませんでした。この不一致から、金蝉口遺跡のイヌはqpAdmでは検出できない低水準の西方のイヌの祖先系統を有しているかもしれない、と示唆され、それはユーラシア西部のイヌと関連づけられることが多い、金蝉口遺跡のイヌにおけるmtHg-Cの存在によってさらに裏づけられます。しかし、黄河上流域の前期青銅器時代のヒトや中国の前期新石器時代のヒトのゲノムの分析から、人々が有するのはほとんどアジア東部祖先系統で、西方祖先系統は青銅器時代牧畜民の到来まで存在しなかった、と明らかになりました[8、17、18]。したがって、金蝉口遺跡で銅器時代に検出された西方のイヌの祖先系統の可能性は、アジア東部へのこの拡大の始まりを反映しているかもしれません。
ユーラシア西部祖先系統の到来の前には、甘粛・青海地域の斉家文化のヒトは、バイカル湖地域の新石器時代の人々と関連するアジア北東部祖先系統の流入を受けました[8、17、18]。この兆候がイヌに反映されているのかどうか、評価するために、バイカル湖のイヌから崖背里遺跡および金蝉口遺跡のイヌへの遺伝子流動について検証されました(図1A)。アジア東部祖先系統の代表として、最近のヨーロッパからの遺伝子流入が欠けているディンゴのゲノムを用いて、D形式(コヨーテ、バイカル_6900;ディンゴ、海蔵/火石梁)のD統計が計算されました。両方のD統計では、有意に正の結果が得られました。しかし、qpWave分析は、崖背里遺跡のイヌについて単一供給源のディンゴ祖先系統モデルを却下できませんでした。この不一致は、おそらく崖背里遺跡のイヌ個体の低網羅率のため、qpWaveで単一の供給源を却下するには不充分な、後期新石器時代(5000年前頃)までの小さな北極圏のイヌからの寄与を示唆しています。
しかし、網羅率の深度が1倍超の銅器時代の金蝉口遺跡のイヌ1個体(金蝉口03_3917)について、単一供給源モデルを却下できませんでした。qpAdm分析では、この個体【金蝉口03_3917】は約38~45%の北極圏祖先系統(バイカル_6900)と約55~62%のアジア東部祖先系統(現代のディンゴ)を有していた、と示唆されました(図3A)。D形式(コヨーテ、バイカル_6900;ディンゴ、金蝉)の有意に正なD統計は、この結果をさらに裏づけました。バイカル湖のイヌは、ヒトがアジア北東部祖先系統を有する状況に由来することを考えると、本論文の結果から、アジア北東部祖先系統を有する人々の前期青銅器時代における中国北部への移動は、在来のイヌ祖先系統における同時期に起きた変化を伴っていた可能性が高い、と示唆されます。
●青銅器時代の前の草原地帯のイヌにおける西方祖先系統
青銅器時代にも、おもに東方狩猟採集民およびアジア北東部祖先系統の以前の集団(たとえば、金石併用時代のボタイ文化の5500~5000年前頃の集団)が、イラン新石器時代農耕民およびCHG関連祖先系統によって部分的に置換されたように、大きな人口変化がありました[7]。これがイヌに反映されているのかどうか、評価するために、このヒト祖先系統の流入に先行する[7]、カザフスタンのボタイ文化の5200年前頃となる金石併用時代のイヌ1個体(ボタイ3_5169、深度は4.2倍)が分析されました(図1)。
qpAdmとF4比の両方から、ボタイ文化のイヌの祖先系統は約75%の北極圏祖先系統(バイカル_6900)と約25%の西方祖先系統(テペゲラギャプ1_5826)としてモデル化できる、と示唆されました(図3A)。外群f3統計では、ボタイ文化のイヌはテペ・ゲラ・ギャプ遺跡のイヌとよりもジョホフ島のイヌの方と多くの類似性を共有しており(図1C)、D形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ボタイ3_5169、ジョホフ1_9515)およびD形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ボタイ3_5169、バイカル_6900)のD統計は両方とも有意に負だった、と示され、qpAdmおよびF4比の結果が確証されました。
西方祖先系統が青銅器時代に草原地帯のイヌで増加したのかどうか、取り組むために、後期青銅器時代のスルブナヤ文化の以前に刊行されたイヌ2個体(3800~3200年前頃、イシュキニノ1_3275とサマラ_3800、図1A・B)のゲノムと、新たに配列決定されたその後のベガジー・ダンディバイ文化の3200年前頃のイヌ1個体(ケント1_3150、深度は0.1倍、図1A・B)の新たに配列決定されたゲノムが分析されました。イシュキニノ遺跡およびサマラ遺跡のイヌは、約60%以上の西方祖先系統と約25%のアジア東部祖先系統と約15%の北極圏祖先系統を有する、と最適にモデル化されました(図3A)。さらに東方にも関わらず、ケント遺跡のわずかに新しいイヌ1個体は、約70%の西方祖先系統と約30%の北極圏祖先系統を有する、と最適にモデル化されました(図3A)。約70%の西方祖先系統と約30%の北極圏祖先系統を有するボルガー遺跡の中世のイヌ1個体(ボルガー1_1000)によって論証されるように、草原地帯のイヌにおける高水準のユーラシア西部祖先系統は、少なくとも1000年前頃まで存続しました(図3A)。
ボタイ文化のイヌが西方祖先系統を有していた、という事実から、その到来は青銅器時代のこの地域においてイラン農耕民およびCHG祖先系統()の到来に先行する、と論証されます。注目すべきことに、金石併用時代のボタイ文化のヒトで優勢な東方狩猟採集民祖先系統は、ヨーロッパのヴェレティエ文化でも見られ[19~21]、ヴェレティエ文化の10900年前頃のイヌも、西方と東方(北極圏)両方の祖先系統を示します[2]。外群f3統計は、ボタイ文化のイヌとヴェレティエ文化のイヌ(ヴェレティエ1_10930、図2B)との間の密接な遺伝的類似性を示し、本論文のqpAdm分析では、ヴェレティエ文化のイヌはぼたん幼稚園と類似していた(つまり、約65~75%の北極圏祖先系統と約25~35%の西方祖先系統)、と示されました(図3A)。この類似性から、ユーラシア全域の東方狩猟採集民のヒト集団を伴うイヌ(10000~5500年前頃)は、類似の遺伝的構成を有していた、と示唆されます。したがって、ボタイ文化のイヌにおける西方祖先系統は、ヨーロッパ東部の東方狩猟採集民人口集団とのつながりから生じた可能性が高いのに対して、その後の青銅器時代の西方祖先系統は、イラン農耕民およびCHG祖先系統を有する人々に伴っていたイヌに由来しました。
●中国北西部における西方のイヌの祖先系統の青銅器時代における導入
アジア東部の古代人のゲノムの分析でも、後期青銅器時代(3300年前頃)における西方祖先系統の流入は、この地域への西方草原地帯牧畜民の拡大によって起きた可能性が高い、と示されました。以前のmtDNA研究では、金蝉口遺跡における4000年前頃のイヌ2個体のmtHg-Cの検出に基づいて、西方のイヌの祖先系統も青銅器時代までに中国に到来した、と示唆されました。しかし、イヌにおける祖先系統の代理としてmtHgを用いるのが困難なのは、11000年前頃のヴェレティエ遺跡のイヌを含めて初期の西方のイヌ集団が、東方で優勢なmtHg-Aと西方で優勢なmtHg-Cの両方を有しているからです[1、2]。
F4比とqpAdm(図3A)モデル化では、東トルキスタンのユーラシア草原地帯の東端に位置する、後期青銅器時代(3300年前頃)の吉仁台溝口遺跡のイヌ1個体(吉仁台溝口02_3300、深度は0.1倍)が、他の青銅器時代草原地帯牧畜民のイヌ(つまり、イシュキニノ1_3275、サマラ_3800)と同様に、約50%の西方祖先系統と約50%のアジア東部祖先系統を有していた、と示唆されました(図3A)。ゲノム分析では、吉仁台溝口遺跡の人々の祖先系統のほとんどは西方草原地帯牧畜民(3300~3100年前頃のアンドロノヴォ/シンタシュタ文化系統)に由来する、と示されました[24]。まとめると、本論文の結果から、東方草原地帯と東トルキスタンのイヌにおける西方祖先系統[5、24]は、青銅器時代における東方への西方草原地帯牧畜民の拡大によって媒介された、と示唆されます。
吉仁台溝口の東方の河西回廊では、海蔵遺跡(3800~3550年前頃の斉家文化中期となる、深度0.1倍の海蔵05_3774、鹿戸0.7倍の海蔵06_ 3676、深度0.02倍の海蔵07_3772)と火石梁遺跡(4070~3650年前頃の西城駅文化となる、深度1.7倍の火石梁09_3787、深度1.1倍の火石梁10_3779、深度5.4倍の火石梁11_3917)の前期青銅器時代の古代のイヌも、F4比とqpAdm(図3A)と教師有ADMIXTUREとD形式(コヨーテ、テペゲラギャプ1_5826;ディンゴ、海蔵/火石梁)のD統計では、約15~35%の西方祖先系統を有していました。
網羅率1倍超のゲノムに基づくAdmixtureBayes分析も、火石梁遺跡のイヌを西方祖先系統(ボタイ文化のイヌと関連しています)とアジア東部祖先系統の混合として高い裏づけ(99%超の確率)でモデル化しました(図3B)。これらの調査結果から、アジア東部のイヌにおけるユーラシア西部構成要素は草原地帯経由で拡散し、青銅器時代において遅くとも3900年前頃までに甘粛省(つまり、火石梁遺跡と海蔵遺跡に到達していた、と示唆されます。DATESを用いての混合年代測定から、西方のイヌの祖先系統はこの地域に4000~3800年前頃にもたらされた、と示唆されます。
火石梁および海蔵遺跡とは対照的に(図1A)、これらの遺跡から数百km東方に位置する金蝉口のイヌ(図3A)は、ADMIXTUREとAdmixtureBayesとqpAdmで検出可能な水準の西方祖先系統を示しませんでした(図3A・B)。この結果は、青銅器時代における西方のイヌの祖先系統の拡散が、この地域全体で均質ではなかったことを示唆しています。最終的に、古代アジア東部における西方のイヌの祖先系統は、モンゴル南部(バヤンタラ遺跡)の遼王朝(キタイ帝国)期となる850年前頃のイヌ2個体(1034~825年前頃、深度0.1倍のバヤンタラ12_847、深度0.02倍のバヤンタラ13_859)では約40%に達し、これは現在の中国北部のイヌと同様です(図3A)。しかし、本論文のqpAdmモデルは、遼王朝および現代のアジアのイヌについて低い適合度を示しており、アジア東部のイヌへの過去850年間における、追加のモデル化されていない(複数の)祖先の寄与が示唆されます。
●アジアにおけるヒトとイヌの祖先系統間の一致と不一致
アジアの新たに生成された古代のイヌのゲノムの分析は一般的に、イヌとヒトにおけるユーラシア東西の祖先系統間の強い一致を示しています。APSやアジア北東部人やアジア東部人など東方のヒト集団は、アジア東部もしくは北極圏祖先系統のイヌと関連しており、イラン農耕民やCHGや草原地帯牧畜民など西方のヒト集団は、ユーラシア西部のイヌ系統と関連していました(図4)。しかし、遺伝的にはユーラシア東部人とよりもユーラシア西部人の方と近い、ヴェレティエおよびボタイ遺跡の東方狩猟採集民は、ほぼ東方祖先系統を有していたイヌ(つまり、北極圏のイヌ)と関連していました(図3A)。この不一致を視覚化するために、プロクラステス変換を用いて、同様の位置および期間のヒト18個体とイヌ18個体の古代ゲノムから構築されたPCAが調節されました(図4)。以下は本論文の図4です。
これらの分析は2種【ヒトとイヌ】間の一致を示唆しており、主成分1(PC1)は東西の祖先系統に基づいてイヌとヒトの両方を区別しました(図4C)。主成分2(PC2)は、人々とイヌの両方を、おもに緯度に基づいて分離しました。具体的には、東方狩猟採集民はPC2に沿ってイラン農耕民およびCHGから分離され、APSはアジア北東部人およびアジア東部人から分離されました(図4C)。同様に、アジア東部と北極圏のイヌはPC2に沿って区別されています。
しかし、これらの分析は、いくつかの不一致を浮き彫りにしました。まず、東方狩猟採集民はPC1ではイラン農耕民およびCHGとより密接に位置していますが、同じ状況のイヌ(つまり、ヴェレティエおよびボタイ遺跡)は他の東方(つまり、北極圏)のイヌの方へと動いています。さらに、バイカル湖の7000年前頃のアジア北東部人がPC2でアジア東部人と一致するのに対して、同じ状況のイヌは、さらに北方に位置するハティスティール洞窟およびジョホフ島の北極圏のイヌとともに図示されています(図4C)。このパターンから、イヌとヒトの両方における主要な集団分岐は同時に起きた事象ではなく、および/もしくはイヌ、とくに北極圏祖先系統のイヌは、さまざまな祖先系統を有するユーラシア北部の狩猟採集民のヒト共同体間で交換されていた可能性が高い、と示唆されます。
●まとめ
本論文の結果から、ユーラシア草原地帯とアジア東部とシベリア東部全域にわたるイヌ祖先系統の変化は、狩猟採集民および農耕共同体および牧畜民共同体の移動と時空間的に相関していることが多い、と示されます。したがって、イヌはさまざまな生計戦略および祖先系統の多様な文化集団とともに拡散した可能性が高く、イヌは多くのヒト社会で役割を果たしていた、と示唆されます。本論文の分析は、イヌの集団分岐とヒトの集団分岐との間のいくつかの不一致も浮き彫りにしており、さまざまな祖先系統のユーラシア北部の狩猟採集民の前期完新世共同体は、イヌも交換していた可能性が高い、と示唆されます。
ヒトと家畜動物の共拡散は他の種で報告されてきており、それには、農耕共同体の確率を促進した家畜[27]や、ヒトの移動性を大きく変えたウマ[28]が含まれます。古代の【非ヒト】動物とヒトのゲノムの共同分析は、単一種水準ではなく、共同体水準での共拡散事象の調査に機会を提供します。この手法には、過去におけるヒトと動物の相互作用および過去の社会で特定の種が果たした役割の理解を変える可能性があります。
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