アルタイ山脈のネアンデルタール人の高品質なゲノムデータ
アルタイ山脈で発見されたネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)男性の新しい高品質なゲノムデータを報告し、現生人類(Homo sapiens)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との関係を検証した研究(Massilani et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、アルタイ山脈で発見された11万年前頃のネアンデルタール人男性の高品質なゲノムデータを報告していますが、これは刊行されているネアンデルタール人の高品質なゲノムデータとしては最初の男性の事例となり、査読論文で報告された非現生人類ホモ属男性の高品質なゲノムデータとしても初となります(査読前論文[14]でデニソワ人男性の高品質なゲノムデータが報告されています)。
このアルタイ山脈の11万年前頃のネアンデルタール人男性は遺伝的に、ヨーロッパのネアンデルタール人やアルタイ山脈の8万年前頃のネアンデルタール人女性とよりも、12万年前頃のアルタイ山脈のネアンデルタール人女性の方と近い、と本論文では示されています。このアルタイ山脈の12万年前頃と11万年前頃のネアンデルタール人では、デニソワ人からの遺伝子流動の痕跡が確認されていますが、これはアルタイ山脈のその後のネアンデルタール人やヨーロッパのネアンデルタール人では見られません。アルタイ山脈の12万年前頃と11万年前頃と8万年前頃のネアンデルタール人は、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人(54000~40000年前頃)よりも、小さく孤立した集団に属していたことも、推定されています。また、これらのネアンデルタール人の間で見られる遺伝的分化の程度は、最も分化している現代人集団間と同程度あることも示されています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、CI(confidence interval、信頼区間)、cM(centimorgan、センチモルガン)、TMRCA(the most recent common ancestor、最新共通祖先)、FST(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)、HGDP(Human Genome Diversity Panel、ヒトゲノム多様性パネル)、HBD(homozygosity-by-descent、同型接合性)、ZooMS(Zooarchaeology by Mass Spectrometry、質量分光測定による動物考古学)、mg(milligram、ミリグラム)、SD(standard deviation、標準偏差)、SE(Standard Error、標準誤差)です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)とウスチイシム(Ust’Ishim)、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)洞窟、ベルギーのスクラディナ洞窟(Scladina Cave)、ドイツのホーレンシュタイン・シュターデル洞窟(Hohlenstein-Stadel Cave)、です。
●要約
本論文は、アルタイ山脈のデニソワ洞窟の11万年前頃のネアンデルタール人から約37倍の網羅率で配列決定されたゲノムを提示し、これを以前に刊行された高品質なネアンデルタール人のゲノムとともに分析します。本論文では、この11万年前頃のネアンデルタール人個体が、ヨーロッパのネアンデルタール人もしくはアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟の8万年前頃のネアンデルタール人とよりも、デニソワ洞窟の12万年前頃のネアンデルタール人の方と密接に関連する人口集団に属していた、と示されます。このデニソワ洞窟の12万年前頃と11万年前頃のネアンデルタール人は両方とも、デニソワ人からの遺伝子流動の証拠を示しており、これはアルタイ山脈のもしくはヨーロッパ西部のその後のネアンデルタール人では見られないパターンです。12万~8万年前頃の間のアルタイ地域のネアンデルタール人における同型接合性の染色体領域の程度から、これらのネアンデルタール人はヨーロッパのその後のネアンデルタール人(54000~40000年前頃)よりも小さく孤立した集団で暮らしていた、と示唆されます。ネアンデルタール人集団間のアレル頻度の程度が推定され、アルタイ地域のより古い東方ネアンデルタール人とヨーロッパのより新しい西方ネアンデルタール人は、最も分化している世界中の現代人集団と同じくらい分化していた、と分かりました。
●研究史
ネアンデルタール人30個体以上からのゲノムデータがこれまでに生成されてきましたが[1~10]、刊行された高網羅率のネアンデルタール人のゲノムは3個体のみで、それは、シベリアのデニソワ洞窟の12万年前頃のネアンデルタール人女性(デニソワ5号、「アルタイネアンデルタール人」とも呼ばれています)[1]、クロアチアのヴィンディヤ洞窟の54000年前頃の女性個体(ヴィンディヤ33.19)[2]、シベリアのアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟の8万年前頃の女性個体(チャギルスカヤ8号)[3]です(図1A)。より新しい2個体【チャギルスカヤ8号とヴィンディヤ33.19】は、デニソワ洞窟のより古いネアンデルタール人【デニソワ5号】とよりも、相互の方と、および現生人類と相互作用して混合したネアンデルタール人[2]の方と密接に関連しています。以下は本論文の図1です。
本論文は、デニソワ洞窟から発見されたネアンデルタール人男性1個体の高網羅率なゲノムを提示し、この個体がデニソワ洞窟のより古いネアンデルタール人【デニソワ5号】の方と、これまでに配列決定された他のネアンデルタール人とよりも密接に関連している、と示します。本論文は、このネアンデルタール人の人口史や、ネアンデルタール人集団間の遺伝的分化の程度を調べます。
●DNA抽出と配列決定とDNAの保存状態
デニソワ17号標本は、小さな解剖学的に診断できない骨片で、デニソワ洞窟の東空洞の第12層から回収された、と報告されました(図1A)。デニソワ17号は2011年に発掘され、古プロテオミクス(古代のタンパク質の総体の解析、ZooMS)を用いて、人類と同定されました。デニソワ17号のミトコンドリアゲノムが配列決定され、ネアンデルタール人型と分かりました[11]。
以前に宝庫記されたように[11]、掘削によって骨の14.1mgが除去され、DNAが抽出されて、DNA配列決定ライブラリが生成されました。このライブラリのショットガン配列決定から、35ヌクレオチド以上のDNA断片の73%が、ヒト参照ゲノムのみにマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された、と明らかになりました。DNA分子の5’末端と3’末端では、それぞれシトシンの30%と27%がチミン残基として現れ、古代人のDNAがライブラリに存在する、と示唆されます。シトシン脱アミノ化パターンと、DNA配列が現代人に由来する可能性に基づいて、異なる4通りの手法を使用し、現代人のDNAによる汚染は約1%と推定されます[18]。
骨粉1mgあたり1.6×10⁹のDNA分子が含まれている、と推定され、そのうち51%がすべての品質選別に合格し、ヒトゲノムに高い信頼度で配置され、骨粉の1mgあたり約15倍のゲノム網羅率に相当します。この顕著な古代DNAの保存状態によって、最後まで配列決定することなく、単一のライブラリから約34倍の平均常染色体網羅率の生成が可能となりました。対照的に、これまでに刊行された他の高網羅率のネアンデルタール人およびデニソワ人の合計4個体のゲノムでは、同等の網羅率に達するのに、5~20点のライブラリを最後まで配列決定する必要がありました。配列決定読み取りが一意的に配置できない領域を除外した後で、デニソワ17号のゲノムの18億5081万6801塩基対が遺伝子型決定され、常染色体全体の平均読み取り深度は37倍でした。
●性別決定と系統割り当て
X染色体とY染色体の網羅率は常染色体のほぼ半分で(それぞれ約17倍と約16倍)、デニソワ17号が男性1個体に由来することを示しています。この個体の核ゲノムが現生人類かデニソワ人かネアンデルタール人のどれに最も近いのか、判断するために、ネアンデルタール人2個体(デニソワ5号[1]とヴィンディヤ33.19[2])のゲノムのうち少なくとも一方か、デニソワ人のゲノム(デニソワ3号[13])か、現代アフリカ人のゲノム(ムブティ人)が派生的アレル(対立遺伝子)を有しているのに対して、チンパンジーや他の霊長類(ボノボとゴリラとオランウータンとアカゲザル)が祖先的アレルを有しているゲノム領域が分析されました[20]。デニソワ17号のゲノムは、両ネアンデルタール人【デニソワ5号とヴィンディヤ33.19】で見られる派生的アレルの91%、デニソワ5号とヴィンディヤ33.19固有で見られるそれぞれ45%と20%の派生的アレルを有しています。これは、デニソワ17号がヴィンディヤ33.19とよりも、デニソワ5号の方と密接に関連していたことを示唆しています。
●標本用語
古代型【非現生人類型】ゲノムを呼ぶさいに明確性を向上させるために、とくらネアンデルタール人とデニソワ人の両方がデニソワ洞窟から回収されてきたことを考えて、簡略化された用語が採用されます。新たに配列決定されたネアンデルタール人のゲノムが、「ネアンデルタール人D17」、以前に刊行されたネアンデルタール人のゲノムは、「ネアンデルタール人D5(以前には‘アルタイネアンデルタール人’もしくは‘デニソワ5号’)と呼ばれていました」、「ネアンデルタール人Vi33.19(以前にはヴィンディヤ33.19と呼ばれていました)」、「ネアンデルタール人Chag8(以前にはチャギルスカヤ8号と呼ばれていました)」と呼ばれるのに対して、デニソワ人のゲノムは本論文では、「デニソワ人D3」と呼ばれます。
●mtDNAとY染色体
ネアンデルタール人D17のミトコンドリアゲノムの以前の分析では、D17はユーラシア西部のネアンデルタール人のほとんどの差異外に位置する、と示されました(図1H)。例外は12万年前頃のネアンデルタール人2個体のみで、mtDNAが一方は他のすべてのネアンデルタール人のmtDNAの外群であるドイツのホーレンシュタイン・シュターデル洞窟標本、もう一方は、mtDNAがネアンデルタール人D5のmtDNAとクラスタ化する(まとまる)ベルギーのスクラディナ洞窟個体です[11]。
ネアンデルタール人D17のY染色体は、現生人類もしくはデニソワ人のY染色体とよりも他のネアンデルタール人のY染色体の方と密接に関連していますが、以前に配列決定されたネアンデルタール人のY染色体[4、7、12]の差異外に位置します(図1I)。ネアンデルタール人D17のY染色体が、他のネアンデルタール人のY染色体と約166000±21000年前に共通祖先を有しているのに対して、以前に配列決定されたネアンデルタール人のY染色体は、相互と約1210000±16000年前に共通祖先を有している、と推定されます(図1I)。D17と現生人類のY染色体の共通祖先の年代は約395000±44000年前と推定され、ネアンデルタール人と現生人類のY染色体間の分岐の以前の推定値[7、12]と一致します(図1I)。
●遺伝学的年代測定
チンパンジーとの最終共通祖先以降に発生した常染色体上の塩基転換置換(ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)の数の計算によって、ネアンデルタール人D17のゲノムは11万年前頃(2 SDで120000~99000年前)この年代は、ミトコンドリアゲノムの132000年前(95%最高事後密度間隔で175000~92000年前)およびY染色体の12万年前頃(95%最高事後密度間隔で142000~100000年前)両方で得られた推定値と一致します(図1I)。要注意なのは、D17とD5の常染色体年代推定値の信頼区間はほぼ重なっているものの、D17の点推定値はD5より6000~9000年新しいことです。これは、D17がD5より4000~7000年新しい、と示唆するmtDNAから得られた分子年代の差異と一致します[11]。
●人口集団の関係
D17は、ゲノムが高網羅率で配列決定された他のネアンデルタール人とどのような関連しているのか、推定するために、これらのゲノムが共有する派生的置換の数が比較されました(D統計)。その結果、D17はVi33.19もしくはChag8とよりもネアンデルタール人D5の方と有意に多くの派生的置換を共有しているのに対して、D5は同様に他のネアンデルタール人とよりもD17の方と多くの派生的アレルを共有している、と分かりました(図1C・D)。このパターンは、上述の系統割り当ておよびD17とD5において同型接合になっている部位の分析と一致します。
年代の違いと一致して、ネアンデルタール人のD5とD17の間の密接な親族関係を示唆する、同祖対立遺伝子の長い断片は見つかりませんでした。さらに、人口統計学的モデル化手法では、D5はD17の直接的祖先ではなく、D5とD17によって表される人口集団は、Chag8およびVi33.19の祖先となる人口集団から共通祖先が分岐した約7000年後に分岐した、と示されます(図1G)。
●異型接合性と人口構造
D17のゲノムでは、各1万ヶ所のヌクレオチド部位の約1.2ヶ所が異型接合性で、比較すると、D5のゲノムでは1.7ヶ所となります。対照的に、初期現生人類のゲノムでは、1万ヶ所のヌクレオチドあたり6~8ヶ所の部位が異型接合性です(図2A)。親族関係の個体間の交配から生じる同型接合性の染色体領域に位置するゲノムの割合は、ネアンデルタール人のD17では24%、D5とChag8では20%、Vi33.19では14%です。対照的に、デニソワ人D3では、この割合は4%、初期現生人類では1~6%の間です(図2B)。これは、ネアンデルタール人が現生人類より小さな集団で暮らしていたことと、これがアルタイ山脈のネアンデルタール人でとくに典型的で、D5とD17とChag8の近い祖先がイトコもしくは二重イトコなど密接な親族だったことを示唆しています[1]。以下は本論文の図2です。
古代型のヒトの亜集団間の構造とつながりを調べるために、古代型のゲノムが由来するメタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)をモデル化し、亜集団の規模と数(したがって、メタ個体群の総規模)や亜集団間の移住率を変化させ、上述のように各ゲノムにおいて観察される同型接合性領域の尤度が最大化されました。その結果、ネアンデルタール人のD17とD5とChag8は、移住率の現実的な想定下で50個体未満の人口規模で暮らしていた点で、ネアンデルタール人のVi33.19とは異なっている一方で、Vi33.19やロシアの45000年前頃の現生人類[15]は50個体以上の人口規模で暮らしていた、と示唆されます。これは、D17とD5とChag8によって表される東方のネアンデルタール人が、Vi33.19によって表される西方のネアンデルタール人とは、より小さくより孤立した人口集団で暮らしていた点で、異なっていた可能性を示唆しています。
●ネアンデルタール人の間の遺伝的差異
人口構造によって説明される遺伝的差異の割合を測定する、FSTの推定によって、ネアンデルタール人の間の遺伝的差異が定量化されます。この場合、古代型人口集団は単一のゲノムによって表される、という事実が、2点の課題を示しています。第一に、FSTのライトの元々の推定量は、小規模な標本では上方に偏り、これはハドソン推定量によって対処できる制約です。第二に、小さな標本規模はアレル頻度推定値で大きなSEをもたらします。しかし、これはゲノム全体の多数の多様体を含めることによって、軽減されます。
1000人ゲノム計画で最高のFSTを有する人口集団の組み合わせである、ヨルバ人108個体と日本人104個体のゲノム間のFST推定値を、各人口集団の単一のゲノムの無作為二次標本から得られたFST値と比較することによって、1人口集団あたり単一のゲノムが用いられるさいの、ハドソン推定量の信頼性が評価されました。図3Aで示されるように、単一ゲノムは全コホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)から得られた推定値を再現します(FST=0.16、95%CIで0.16~0.17)。同様に、単一ゲノムから得られたFST推定値は、高度に分化している別の組み合わせであるムブティ人10個体と高地パプア人9個体が用いられたさいの、ゲノムの完全な一式から得られた値と一致します(FST=0.27、95%CIで0.26~0.27)。これらの分析は、ハドソン推定量が、1人口集団あたり単一のゲノムが用いられる場合に、良好に作動することを示しています。
しかし、複数のゲノムが用いられる場合と比較すると、単一のネアンデルタール人のゲノムを用いる場合には、FST推定値の上昇がもたらされます。これは、ネアンデルタール人における高水準な自己接合性によって説明でき、つまり、1個体における染色体領域が、アレル頻度の独立した観察ではないことをもたらす、近い過去の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を共有しています。これを考慮して、自己接合性の程度が推定され、それに応じて有効な観察数が調節されました。補正後に、単一ゲノム間で計算されたFST値は、利用可能なネアンデルタール人のゲノムすべてで計算された値を正確に再現します(図3B)。
現時点で利用可能である高品質なネアンデルタール人のゲノム間で対でのFST値を計算すると、内部でほとんど分化を示さないゲノムの3クラスタが観察されます(図3C)。第一に、ネアンデルタール人Vi33.19と、最近利用可能になった網羅率約22倍で配列決定されたベルギーの45000年前頃のネアンデルタール人のゲノムGN1との間で、FSTはゼロに近くなります(95%CIで0.00~0.014)。以降、これらは西方ネアンデルタール人と呼ばれます。同様に、D5とD17との間のFSTはゼロに近くなります(95%CIで0.00~0.066)。D5とD17は東方ネアンデルタール人と呼ばれます。第三に、Chag8は独特なクラスタ(まとまり)を形成し、Chag8が西方ネアンデルタール人と祖先系統を共有しているものの、西方ネアンデルタール人とは分化しているので(95%CIで0.15~0.20)、西方起源ネアンデルタール人と呼ばれます。西方起源ネアンデルタール人は、アルタイ地域において、および恐らくは他の場所でも、11万~7万年前頃の間に東方ネアンデルタール人を置換した、と考えられています。
●デニソワ人祖先系統
ゲノムで局所的な祖先系統を推測する隠れマルコフモデル[29]を用いると、D17とD5のゲノムには、デニソワ人からの遺伝子流動を示唆する0.2cM以上の染色体領域が含まれる、と分かりました(図4)。D17とD5におけるデニソワ人的領域の位置は相互と有意に相関しており、少なくとも一部の遺伝子流動は同じ混合事象にさかのぼる、と示唆されます。以下は本論文の図4です。
D5とD17のゲノムにおけるデニソワ人的領域の遺伝的長さの分布を用いて、デニソワ人よりの遺伝子流動からD5およびD17個体が生存していた時期までの時間が推定されました。正確な年代は、遺伝子移入された領域をネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先から継承された領域と区別するのに用いられる長さの判定境界や、使用される遺伝的地図に依存しますが、D5で推定された遺伝子移入移行の時間は、D17より常に短くなります。1世代の時間が29年の保守的な長さの判定境界を用いて、共通の遺伝子移入事象を想定した結果、D5はD17より約8000年前に生存していた、と示唆されます。
Chag8とVi33.19のゲノムでは、D5およびD17のゲノムで見られるよりも短いデニソワ人ゲノムとの類似性を有する数ヶ所の領域が見つかりました。これらのデニソワ人的領域がネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先から継承されているのか、あるいはデニソワ人からの遺伝子移入に由来するのか、判断するために、デニソワ人D3のゲノムにおける一致配列とのTMRCAまでの時間が推定されます。染色体位相化の曖昧さを避けるために、これらの分析はネアンデルタール人のゲノムにおける同型接合領域に限定されます。遺伝子移入されたデニソワ人領域のTMRCAが、デニソワ人とネアンデルタール人の分岐よりも新しいかもしれいなのに対して、共通祖先から継承された領域のTMRCAは必然的に、デニソワ人とネアンデルタール人の分岐と同年代もしくはより古くなります。D5およびD17のゲノムにおける数ヶ所の領域は、ネアンデルタール人とデニソワ人の分岐よりTMRCAが新しく、デニソワ人からの遺伝子移入を示唆しているのに対して、Chag8もしくはVi33.19のゲノムにおける領域のどれにも、これは当てはまりません(図4B)。したがって、Chag8のゲノムにおけるデニソワ人との混合の証拠はある、と以前に示唆されましたが[7]、ネアンデルタール人D5およびD17でのみ近い過去のデニソワ人からの遺伝子流動の明確な証拠が見つかりました。
●現生人類との相互作用
デニソワ人からの遺伝子流動に加えて、初期現生人類と関連する集団からD17とD5の祖先への遺伝子流動が検出されました。これは、20万年前頃の遺伝子移入事象からネアンデルタール人における現生人類的な祖先系統を特定した、先行研究[30~33]および人口統計学的モデル化と一致します。
さらに、さまざまなネアンデルタール人のゲノムが、現代人にDNAをもたらしたネアンデルタール人集団とどのように関連しているのか、調べられます。1000人ゲノム計画およびHGDPデータセット[34]から非アフリカ系現代人4091個体で特定された、遺伝子移入されたネアンデルタール人ゲノム領域を用いて、各ネアンデルタール人のゲノムと一致したこれらの領域における一塩基多様体の数が計算され、各領域が、最も多くの数の一致する多様体を有するネアンデルタール人のゲノムへと割り当てられました。最も多い数の領域は西方ネアンデルタール人、とくにVi33.19のゲノムと一致し、これは、Vi33.19が、非アフリカ系現代人へと祖先系統をもたらしたネアンデルタール人に最も近いことと一致します[2]。対照的に、東方ネアンデルタール人と一致する現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人領域の数は、約1/4です。
●考察
高品質なゲノムが決定された10万年以上前の第二のネアンデルタール人として、ネアンデルタール人D17はネアンデルタール人の人口史への多くの知見を提供します。
第一に、東方ネアンデルタール人(D5とD17)と西方ネアンデルタール人(Vi33.19など)との間のアレル頻度の分化(FST=0.30、95%CIで0.29~0.31)が、アフリカ中央部のムブティ人とニューギニアの高地パプア人(FST=0.27、95%CIで0.26~0.27)など現在の人口集団の最も分化した組み合わせ[36]さえ上回ることは、注目されます。ムブティ人とパプア人の間の分岐は、22万~13万年前頃に起きた、と推定されており[37~39]、26万~44万年にわたって2系統で別々の遺伝的浮動が生じました。東西のネアンデルタール人の間の分岐はD5とD17が生存していた35000年前頃、Vi33.19が生きていた8万年前頃に起きて、115000年間にわたるネアンデルタール人2系統の別々の遺伝的浮動をもたらしました。これは、ネアンデルタール人集団が現生人類よりも短い時間規模でより大きな水準の分化に達したことを示唆しています。これは、シベリアの45000年前頃の現生人類(ウスチイシム個体)のゲノムと、現在の人口集団との間の小さな分化(FST=0.052、95%CIで0.049~0.056)によっても示されています(図3A)。ネアンデルタール人集団間の相対的に大きな遺伝的分化は、より小さな有効人口規模、およびゲノムの同型接合領域の分布に基づくアンデルタール人における集団規模のモデルと一致しており、それが、経時的に遺伝的浮動を増加させ、より大きなアレル頻度の違いをもたらします。これは、ヨーロッパ西部の少なくとも後期のネアンデルタール人集団が、長く孤立していたかもしれない、との観察[9]や、他の研究とも一致します。したがって、現生人類とは対照的にネアンデルタール人は、比較的短い地理的距離によって隔てられていたにも関わらず、異なる地域的集団に分かれていったことが多かったかもしれません。
第二に、興味深いのは、アルタイ山脈のネアンデルタール人が西方のその後のネアンデルタール人よりも小さい集団で暮らしていたことです。これは、12万~8万年前頃の間に生存していたD5とD17によって表される東方ネアンデルタール人のみではなく、8万年前頃に生存していたChag8[3]によって表されるアルタイ山脈の西方起源ネアンデルタール人や、同じデニソワ洞窟のデニソワ人[14]にも当てはまります。それ以前の期間のネアンデルタール人とデニソワ人の両集団は小さかったので、当時の環境条件では、アルタイ地域においてより大きな集団が維持されなかったのかもしれません。しかし、人口規模が変化する環境条件もしくは他の要因と相関しているのかどうか、解明するには、より多くの正確に年代測定された個体からのゲノムが必要です。
第三に、アルタイ地域におけるChag8によって表される西方起源ネアンデルタール人集団による、より古い東方ネアンデルタール人集団の置換は、この2集団間の検出可能な混合なしに起きました(図1C・D)。これは、おそらくはより古いネアンデルタール人集団がアルタイ地域において、西方からより新しいネアンデルタール人が出現した前に消滅したので、このネアンデルタール人2集団が遭遇しなかったことを示唆しているかもしれません。
第四に、より古い東方ネアンデルタール人D5およびD17へのデニソワ人からの遺伝子流動の明確な証拠が見つかったのに対して、より新しいChag8における同様の証拠は薄弱です。これが意外なのは、デニソワ洞窟の骨格遺骸および堆積物のDNAでは、デニソワ人がアルタイ地域に25万~6万年前頃まで存在していた[11、13、41]、つまりChag8の前後にアルタイ地域で居住していたからです。これは、年代がChag8と同じ頃の、デニソワ人の父親とネアンデルタール人の母親との間の第父世代の子供が、デニソワ洞窟で見つかったこと[3、42]を考えても、意外かもしれません。Chag8のゲノムにおけるデニソワ人祖先系統の欠如は、その祖先がアルタイ地域に比較的近い過去に到来したことを示唆しているかもしれません。しかし、数千年の時間規模にまたがるごく少数のゲノムしか現時点では利用できない、との事実によって、あらゆる推測は制約されます。将来、アルタイ地域の多くの考古学的遺跡からの堆積物の密な標本抽出など代替的な手法が、アルタイ地域におけるネアンデルタール人とデニソワ人の分布および重複を解明できるかもしれません。
要するに、本論文の結果から、ネアンデルタール人集団は現代人集団の祖先よりも急速にアレル頻度の差異を蓄積した、と示唆されます。これが示唆するのは、現生人類の人口史は、現生人類集団がアフリカを去った後に新たな大陸に定着した場合でさえ、ネアンデルタール人に影響を及ぼした規模で浮動が生じるのに充分なほどには決して小さくなかった点で、ネアンデルタール人やおそらく他の古代型集団ともと異なっていたことです。
参考文献:
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[1]Prüfer K. et al.(2014): The complete genome sequence of a Neanderthal from the Altai Mountains. Nature, 505, 7481, 43–49.
https://doi.org/10.1038/nature12886
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[2]Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
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関連記事
[3]Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
関連記事
[4]Hajdinjak M. et al.(2018): Reconstructing the genetic history of late Neanderthals. Nature, 555, 7698, 652–656.
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関連記事
[5]Bokelmann L. et al.(2019): A genetic analysis of the Gibraltar Neanderthals. PNAS, 116, 31, 15610–15615.
https://doi.org/10.1073/pnas.1903984116
関連記事
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このアルタイ山脈の11万年前頃のネアンデルタール人男性は遺伝的に、ヨーロッパのネアンデルタール人やアルタイ山脈の8万年前頃のネアンデルタール人女性とよりも、12万年前頃のアルタイ山脈のネアンデルタール人女性の方と近い、と本論文では示されています。このアルタイ山脈の12万年前頃と11万年前頃のネアンデルタール人では、デニソワ人からの遺伝子流動の痕跡が確認されていますが、これはアルタイ山脈のその後のネアンデルタール人やヨーロッパのネアンデルタール人では見られません。アルタイ山脈の12万年前頃と11万年前頃と8万年前頃のネアンデルタール人は、ヨーロッパの後期ネアンデルタール人(54000~40000年前頃)よりも、小さく孤立した集団に属していたことも、推定されています。また、これらのネアンデルタール人の間で見られる遺伝的分化の程度は、最も分化している現代人集団間と同程度あることも示されています。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、CI(confidence interval、信頼区間)、cM(centimorgan、センチモルガン)、TMRCA(the most recent common ancestor、最新共通祖先)、FST(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)、HGDP(Human Genome Diversity Panel、ヒトゲノム多様性パネル)、HBD(homozygosity-by-descent、同型接合性)、ZooMS(Zooarchaeology by Mass Spectrometry、質量分光測定による動物考古学)、mg(milligram、ミリグラム)、SD(standard deviation、標準偏差)、SE(Standard Error、標準誤差)です。本論文で取り上げられる主要な遺跡は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)とウスチイシム(Ust’Ishim)、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)洞窟、ベルギーのスクラディナ洞窟(Scladina Cave)、ドイツのホーレンシュタイン・シュターデル洞窟(Hohlenstein-Stadel Cave)、です。
●要約
本論文は、アルタイ山脈のデニソワ洞窟の11万年前頃のネアンデルタール人から約37倍の網羅率で配列決定されたゲノムを提示し、これを以前に刊行された高品質なネアンデルタール人のゲノムとともに分析します。本論文では、この11万年前頃のネアンデルタール人個体が、ヨーロッパのネアンデルタール人もしくはアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟の8万年前頃のネアンデルタール人とよりも、デニソワ洞窟の12万年前頃のネアンデルタール人の方と密接に関連する人口集団に属していた、と示されます。このデニソワ洞窟の12万年前頃と11万年前頃のネアンデルタール人は両方とも、デニソワ人からの遺伝子流動の証拠を示しており、これはアルタイ山脈のもしくはヨーロッパ西部のその後のネアンデルタール人では見られないパターンです。12万~8万年前頃の間のアルタイ地域のネアンデルタール人における同型接合性の染色体領域の程度から、これらのネアンデルタール人はヨーロッパのその後のネアンデルタール人(54000~40000年前頃)よりも小さく孤立した集団で暮らしていた、と示唆されます。ネアンデルタール人集団間のアレル頻度の程度が推定され、アルタイ地域のより古い東方ネアンデルタール人とヨーロッパのより新しい西方ネアンデルタール人は、最も分化している世界中の現代人集団と同じくらい分化していた、と分かりました。
●研究史
ネアンデルタール人30個体以上からのゲノムデータがこれまでに生成されてきましたが[1~10]、刊行された高網羅率のネアンデルタール人のゲノムは3個体のみで、それは、シベリアのデニソワ洞窟の12万年前頃のネアンデルタール人女性(デニソワ5号、「アルタイネアンデルタール人」とも呼ばれています)[1]、クロアチアのヴィンディヤ洞窟の54000年前頃の女性個体(ヴィンディヤ33.19)[2]、シベリアのアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟の8万年前頃の女性個体(チャギルスカヤ8号)[3]です(図1A)。より新しい2個体【チャギルスカヤ8号とヴィンディヤ33.19】は、デニソワ洞窟のより古いネアンデルタール人【デニソワ5号】とよりも、相互の方と、および現生人類と相互作用して混合したネアンデルタール人[2]の方と密接に関連しています。以下は本論文の図1です。
本論文は、デニソワ洞窟から発見されたネアンデルタール人男性1個体の高網羅率なゲノムを提示し、この個体がデニソワ洞窟のより古いネアンデルタール人【デニソワ5号】の方と、これまでに配列決定された他のネアンデルタール人とよりも密接に関連している、と示します。本論文は、このネアンデルタール人の人口史や、ネアンデルタール人集団間の遺伝的分化の程度を調べます。
●DNA抽出と配列決定とDNAの保存状態
デニソワ17号標本は、小さな解剖学的に診断できない骨片で、デニソワ洞窟の東空洞の第12層から回収された、と報告されました(図1A)。デニソワ17号は2011年に発掘され、古プロテオミクス(古代のタンパク質の総体の解析、ZooMS)を用いて、人類と同定されました。デニソワ17号のミトコンドリアゲノムが配列決定され、ネアンデルタール人型と分かりました[11]。
以前に宝庫記されたように[11]、掘削によって骨の14.1mgが除去され、DNAが抽出されて、DNA配列決定ライブラリが生成されました。このライブラリのショットガン配列決定から、35ヌクレオチド以上のDNA断片の73%が、ヒト参照ゲノムのみにマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された、と明らかになりました。DNA分子の5’末端と3’末端では、それぞれシトシンの30%と27%がチミン残基として現れ、古代人のDNAがライブラリに存在する、と示唆されます。シトシン脱アミノ化パターンと、DNA配列が現代人に由来する可能性に基づいて、異なる4通りの手法を使用し、現代人のDNAによる汚染は約1%と推定されます[18]。
骨粉1mgあたり1.6×10⁹のDNA分子が含まれている、と推定され、そのうち51%がすべての品質選別に合格し、ヒトゲノムに高い信頼度で配置され、骨粉の1mgあたり約15倍のゲノム網羅率に相当します。この顕著な古代DNAの保存状態によって、最後まで配列決定することなく、単一のライブラリから約34倍の平均常染色体網羅率の生成が可能となりました。対照的に、これまでに刊行された他の高網羅率のネアンデルタール人およびデニソワ人の合計4個体のゲノムでは、同等の網羅率に達するのに、5~20点のライブラリを最後まで配列決定する必要がありました。配列決定読み取りが一意的に配置できない領域を除外した後で、デニソワ17号のゲノムの18億5081万6801塩基対が遺伝子型決定され、常染色体全体の平均読み取り深度は37倍でした。
●性別決定と系統割り当て
X染色体とY染色体の網羅率は常染色体のほぼ半分で(それぞれ約17倍と約16倍)、デニソワ17号が男性1個体に由来することを示しています。この個体の核ゲノムが現生人類かデニソワ人かネアンデルタール人のどれに最も近いのか、判断するために、ネアンデルタール人2個体(デニソワ5号[1]とヴィンディヤ33.19[2])のゲノムのうち少なくとも一方か、デニソワ人のゲノム(デニソワ3号[13])か、現代アフリカ人のゲノム(ムブティ人)が派生的アレル(対立遺伝子)を有しているのに対して、チンパンジーや他の霊長類(ボノボとゴリラとオランウータンとアカゲザル)が祖先的アレルを有しているゲノム領域が分析されました[20]。デニソワ17号のゲノムは、両ネアンデルタール人【デニソワ5号とヴィンディヤ33.19】で見られる派生的アレルの91%、デニソワ5号とヴィンディヤ33.19固有で見られるそれぞれ45%と20%の派生的アレルを有しています。これは、デニソワ17号がヴィンディヤ33.19とよりも、デニソワ5号の方と密接に関連していたことを示唆しています。
●標本用語
古代型【非現生人類型】ゲノムを呼ぶさいに明確性を向上させるために、とくらネアンデルタール人とデニソワ人の両方がデニソワ洞窟から回収されてきたことを考えて、簡略化された用語が採用されます。新たに配列決定されたネアンデルタール人のゲノムが、「ネアンデルタール人D17」、以前に刊行されたネアンデルタール人のゲノムは、「ネアンデルタール人D5(以前には‘アルタイネアンデルタール人’もしくは‘デニソワ5号’)と呼ばれていました」、「ネアンデルタール人Vi33.19(以前にはヴィンディヤ33.19と呼ばれていました)」、「ネアンデルタール人Chag8(以前にはチャギルスカヤ8号と呼ばれていました)」と呼ばれるのに対して、デニソワ人のゲノムは本論文では、「デニソワ人D3」と呼ばれます。
●mtDNAとY染色体
ネアンデルタール人D17のミトコンドリアゲノムの以前の分析では、D17はユーラシア西部のネアンデルタール人のほとんどの差異外に位置する、と示されました(図1H)。例外は12万年前頃のネアンデルタール人2個体のみで、mtDNAが一方は他のすべてのネアンデルタール人のmtDNAの外群であるドイツのホーレンシュタイン・シュターデル洞窟標本、もう一方は、mtDNAがネアンデルタール人D5のmtDNAとクラスタ化する(まとまる)ベルギーのスクラディナ洞窟個体です[11]。
ネアンデルタール人D17のY染色体は、現生人類もしくはデニソワ人のY染色体とよりも他のネアンデルタール人のY染色体の方と密接に関連していますが、以前に配列決定されたネアンデルタール人のY染色体[4、7、12]の差異外に位置します(図1I)。ネアンデルタール人D17のY染色体が、他のネアンデルタール人のY染色体と約166000±21000年前に共通祖先を有しているのに対して、以前に配列決定されたネアンデルタール人のY染色体は、相互と約1210000±16000年前に共通祖先を有している、と推定されます(図1I)。D17と現生人類のY染色体の共通祖先の年代は約395000±44000年前と推定され、ネアンデルタール人と現生人類のY染色体間の分岐の以前の推定値[7、12]と一致します(図1I)。
●遺伝学的年代測定
チンパンジーとの最終共通祖先以降に発生した常染色体上の塩基転換置換(ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)の数の計算によって、ネアンデルタール人D17のゲノムは11万年前頃(2 SDで120000~99000年前)この年代は、ミトコンドリアゲノムの132000年前(95%最高事後密度間隔で175000~92000年前)およびY染色体の12万年前頃(95%最高事後密度間隔で142000~100000年前)両方で得られた推定値と一致します(図1I)。要注意なのは、D17とD5の常染色体年代推定値の信頼区間はほぼ重なっているものの、D17の点推定値はD5より6000~9000年新しいことです。これは、D17がD5より4000~7000年新しい、と示唆するmtDNAから得られた分子年代の差異と一致します[11]。
●人口集団の関係
D17は、ゲノムが高網羅率で配列決定された他のネアンデルタール人とどのような関連しているのか、推定するために、これらのゲノムが共有する派生的置換の数が比較されました(D統計)。その結果、D17はVi33.19もしくはChag8とよりもネアンデルタール人D5の方と有意に多くの派生的置換を共有しているのに対して、D5は同様に他のネアンデルタール人とよりもD17の方と多くの派生的アレルを共有している、と分かりました(図1C・D)。このパターンは、上述の系統割り当ておよびD17とD5において同型接合になっている部位の分析と一致します。
年代の違いと一致して、ネアンデルタール人のD5とD17の間の密接な親族関係を示唆する、同祖対立遺伝子の長い断片は見つかりませんでした。さらに、人口統計学的モデル化手法では、D5はD17の直接的祖先ではなく、D5とD17によって表される人口集団は、Chag8およびVi33.19の祖先となる人口集団から共通祖先が分岐した約7000年後に分岐した、と示されます(図1G)。
●異型接合性と人口構造
D17のゲノムでは、各1万ヶ所のヌクレオチド部位の約1.2ヶ所が異型接合性で、比較すると、D5のゲノムでは1.7ヶ所となります。対照的に、初期現生人類のゲノムでは、1万ヶ所のヌクレオチドあたり6~8ヶ所の部位が異型接合性です(図2A)。親族関係の個体間の交配から生じる同型接合性の染色体領域に位置するゲノムの割合は、ネアンデルタール人のD17では24%、D5とChag8では20%、Vi33.19では14%です。対照的に、デニソワ人D3では、この割合は4%、初期現生人類では1~6%の間です(図2B)。これは、ネアンデルタール人が現生人類より小さな集団で暮らしていたことと、これがアルタイ山脈のネアンデルタール人でとくに典型的で、D5とD17とChag8の近い祖先がイトコもしくは二重イトコなど密接な親族だったことを示唆しています[1]。以下は本論文の図2です。
古代型のヒトの亜集団間の構造とつながりを調べるために、古代型のゲノムが由来するメタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)をモデル化し、亜集団の規模と数(したがって、メタ個体群の総規模)や亜集団間の移住率を変化させ、上述のように各ゲノムにおいて観察される同型接合性領域の尤度が最大化されました。その結果、ネアンデルタール人のD17とD5とChag8は、移住率の現実的な想定下で50個体未満の人口規模で暮らしていた点で、ネアンデルタール人のVi33.19とは異なっている一方で、Vi33.19やロシアの45000年前頃の現生人類[15]は50個体以上の人口規模で暮らしていた、と示唆されます。これは、D17とD5とChag8によって表される東方のネアンデルタール人が、Vi33.19によって表される西方のネアンデルタール人とは、より小さくより孤立した人口集団で暮らしていた点で、異なっていた可能性を示唆しています。
●ネアンデルタール人の間の遺伝的差異
人口構造によって説明される遺伝的差異の割合を測定する、FSTの推定によって、ネアンデルタール人の間の遺伝的差異が定量化されます。この場合、古代型人口集団は単一のゲノムによって表される、という事実が、2点の課題を示しています。第一に、FSTのライトの元々の推定量は、小規模な標本では上方に偏り、これはハドソン推定量によって対処できる制約です。第二に、小さな標本規模はアレル頻度推定値で大きなSEをもたらします。しかし、これはゲノム全体の多数の多様体を含めることによって、軽減されます。
1000人ゲノム計画で最高のFSTを有する人口集団の組み合わせである、ヨルバ人108個体と日本人104個体のゲノム間のFST推定値を、各人口集団の単一のゲノムの無作為二次標本から得られたFST値と比較することによって、1人口集団あたり単一のゲノムが用いられるさいの、ハドソン推定量の信頼性が評価されました。図3Aで示されるように、単一ゲノムは全コホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)から得られた推定値を再現します(FST=0.16、95%CIで0.16~0.17)。同様に、単一ゲノムから得られたFST推定値は、高度に分化している別の組み合わせであるムブティ人10個体と高地パプア人9個体が用いられたさいの、ゲノムの完全な一式から得られた値と一致します(FST=0.27、95%CIで0.26~0.27)。これらの分析は、ハドソン推定量が、1人口集団あたり単一のゲノムが用いられる場合に、良好に作動することを示しています。
しかし、複数のゲノムが用いられる場合と比較すると、単一のネアンデルタール人のゲノムを用いる場合には、FST推定値の上昇がもたらされます。これは、ネアンデルタール人における高水準な自己接合性によって説明でき、つまり、1個体における染色体領域が、アレル頻度の独立した観察ではないことをもたらす、近い過去の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を共有しています。これを考慮して、自己接合性の程度が推定され、それに応じて有効な観察数が調節されました。補正後に、単一ゲノム間で計算されたFST値は、利用可能なネアンデルタール人のゲノムすべてで計算された値を正確に再現します(図3B)。
現時点で利用可能である高品質なネアンデルタール人のゲノム間で対でのFST値を計算すると、内部でほとんど分化を示さないゲノムの3クラスタが観察されます(図3C)。第一に、ネアンデルタール人Vi33.19と、最近利用可能になった網羅率約22倍で配列決定されたベルギーの45000年前頃のネアンデルタール人のゲノムGN1との間で、FSTはゼロに近くなります(95%CIで0.00~0.014)。以降、これらは西方ネアンデルタール人と呼ばれます。同様に、D5とD17との間のFSTはゼロに近くなります(95%CIで0.00~0.066)。D5とD17は東方ネアンデルタール人と呼ばれます。第三に、Chag8は独特なクラスタ(まとまり)を形成し、Chag8が西方ネアンデルタール人と祖先系統を共有しているものの、西方ネアンデルタール人とは分化しているので(95%CIで0.15~0.20)、西方起源ネアンデルタール人と呼ばれます。西方起源ネアンデルタール人は、アルタイ地域において、および恐らくは他の場所でも、11万~7万年前頃の間に東方ネアンデルタール人を置換した、と考えられています。
●デニソワ人祖先系統
ゲノムで局所的な祖先系統を推測する隠れマルコフモデル[29]を用いると、D17とD5のゲノムには、デニソワ人からの遺伝子流動を示唆する0.2cM以上の染色体領域が含まれる、と分かりました(図4)。D17とD5におけるデニソワ人的領域の位置は相互と有意に相関しており、少なくとも一部の遺伝子流動は同じ混合事象にさかのぼる、と示唆されます。以下は本論文の図4です。
D5とD17のゲノムにおけるデニソワ人的領域の遺伝的長さの分布を用いて、デニソワ人よりの遺伝子流動からD5およびD17個体が生存していた時期までの時間が推定されました。正確な年代は、遺伝子移入された領域をネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先から継承された領域と区別するのに用いられる長さの判定境界や、使用される遺伝的地図に依存しますが、D5で推定された遺伝子移入移行の時間は、D17より常に短くなります。1世代の時間が29年の保守的な長さの判定境界を用いて、共通の遺伝子移入事象を想定した結果、D5はD17より約8000年前に生存していた、と示唆されます。
Chag8とVi33.19のゲノムでは、D5およびD17のゲノムで見られるよりも短いデニソワ人ゲノムとの類似性を有する数ヶ所の領域が見つかりました。これらのデニソワ人的領域がネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先から継承されているのか、あるいはデニソワ人からの遺伝子移入に由来するのか、判断するために、デニソワ人D3のゲノムにおける一致配列とのTMRCAまでの時間が推定されます。染色体位相化の曖昧さを避けるために、これらの分析はネアンデルタール人のゲノムにおける同型接合領域に限定されます。遺伝子移入されたデニソワ人領域のTMRCAが、デニソワ人とネアンデルタール人の分岐よりも新しいかもしれいなのに対して、共通祖先から継承された領域のTMRCAは必然的に、デニソワ人とネアンデルタール人の分岐と同年代もしくはより古くなります。D5およびD17のゲノムにおける数ヶ所の領域は、ネアンデルタール人とデニソワ人の分岐よりTMRCAが新しく、デニソワ人からの遺伝子移入を示唆しているのに対して、Chag8もしくはVi33.19のゲノムにおける領域のどれにも、これは当てはまりません(図4B)。したがって、Chag8のゲノムにおけるデニソワ人との混合の証拠はある、と以前に示唆されましたが[7]、ネアンデルタール人D5およびD17でのみ近い過去のデニソワ人からの遺伝子流動の明確な証拠が見つかりました。
●現生人類との相互作用
デニソワ人からの遺伝子流動に加えて、初期現生人類と関連する集団からD17とD5の祖先への遺伝子流動が検出されました。これは、20万年前頃の遺伝子移入事象からネアンデルタール人における現生人類的な祖先系統を特定した、先行研究[30~33]および人口統計学的モデル化と一致します。
さらに、さまざまなネアンデルタール人のゲノムが、現代人にDNAをもたらしたネアンデルタール人集団とどのように関連しているのか、調べられます。1000人ゲノム計画およびHGDPデータセット[34]から非アフリカ系現代人4091個体で特定された、遺伝子移入されたネアンデルタール人ゲノム領域を用いて、各ネアンデルタール人のゲノムと一致したこれらの領域における一塩基多様体の数が計算され、各領域が、最も多くの数の一致する多様体を有するネアンデルタール人のゲノムへと割り当てられました。最も多い数の領域は西方ネアンデルタール人、とくにVi33.19のゲノムと一致し、これは、Vi33.19が、非アフリカ系現代人へと祖先系統をもたらしたネアンデルタール人に最も近いことと一致します[2]。対照的に、東方ネアンデルタール人と一致する現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人領域の数は、約1/4です。
●考察
高品質なゲノムが決定された10万年以上前の第二のネアンデルタール人として、ネアンデルタール人D17はネアンデルタール人の人口史への多くの知見を提供します。
第一に、東方ネアンデルタール人(D5とD17)と西方ネアンデルタール人(Vi33.19など)との間のアレル頻度の分化(FST=0.30、95%CIで0.29~0.31)が、アフリカ中央部のムブティ人とニューギニアの高地パプア人(FST=0.27、95%CIで0.26~0.27)など現在の人口集団の最も分化した組み合わせ[36]さえ上回ることは、注目されます。ムブティ人とパプア人の間の分岐は、22万~13万年前頃に起きた、と推定されており[37~39]、26万~44万年にわたって2系統で別々の遺伝的浮動が生じました。東西のネアンデルタール人の間の分岐はD5とD17が生存していた35000年前頃、Vi33.19が生きていた8万年前頃に起きて、115000年間にわたるネアンデルタール人2系統の別々の遺伝的浮動をもたらしました。これは、ネアンデルタール人集団が現生人類よりも短い時間規模でより大きな水準の分化に達したことを示唆しています。これは、シベリアの45000年前頃の現生人類(ウスチイシム個体)のゲノムと、現在の人口集団との間の小さな分化(FST=0.052、95%CIで0.049~0.056)によっても示されています(図3A)。ネアンデルタール人集団間の相対的に大きな遺伝的分化は、より小さな有効人口規模、およびゲノムの同型接合領域の分布に基づくアンデルタール人における集団規模のモデルと一致しており、それが、経時的に遺伝的浮動を増加させ、より大きなアレル頻度の違いをもたらします。これは、ヨーロッパ西部の少なくとも後期のネアンデルタール人集団が、長く孤立していたかもしれない、との観察[9]や、他の研究とも一致します。したがって、現生人類とは対照的にネアンデルタール人は、比較的短い地理的距離によって隔てられていたにも関わらず、異なる地域的集団に分かれていったことが多かったかもしれません。
第二に、興味深いのは、アルタイ山脈のネアンデルタール人が西方のその後のネアンデルタール人よりも小さい集団で暮らしていたことです。これは、12万~8万年前頃の間に生存していたD5とD17によって表される東方ネアンデルタール人のみではなく、8万年前頃に生存していたChag8[3]によって表されるアルタイ山脈の西方起源ネアンデルタール人や、同じデニソワ洞窟のデニソワ人[14]にも当てはまります。それ以前の期間のネアンデルタール人とデニソワ人の両集団は小さかったので、当時の環境条件では、アルタイ地域においてより大きな集団が維持されなかったのかもしれません。しかし、人口規模が変化する環境条件もしくは他の要因と相関しているのかどうか、解明するには、より多くの正確に年代測定された個体からのゲノムが必要です。
第三に、アルタイ地域におけるChag8によって表される西方起源ネアンデルタール人集団による、より古い東方ネアンデルタール人集団の置換は、この2集団間の検出可能な混合なしに起きました(図1C・D)。これは、おそらくはより古いネアンデルタール人集団がアルタイ地域において、西方からより新しいネアンデルタール人が出現した前に消滅したので、このネアンデルタール人2集団が遭遇しなかったことを示唆しているかもしれません。
第四に、より古い東方ネアンデルタール人D5およびD17へのデニソワ人からの遺伝子流動の明確な証拠が見つかったのに対して、より新しいChag8における同様の証拠は薄弱です。これが意外なのは、デニソワ洞窟の骨格遺骸および堆積物のDNAでは、デニソワ人がアルタイ地域に25万~6万年前頃まで存在していた[11、13、41]、つまりChag8の前後にアルタイ地域で居住していたからです。これは、年代がChag8と同じ頃の、デニソワ人の父親とネアンデルタール人の母親との間の第父世代の子供が、デニソワ洞窟で見つかったこと[3、42]を考えても、意外かもしれません。Chag8のゲノムにおけるデニソワ人祖先系統の欠如は、その祖先がアルタイ地域に比較的近い過去に到来したことを示唆しているかもしれません。しかし、数千年の時間規模にまたがるごく少数のゲノムしか現時点では利用できない、との事実によって、あらゆる推測は制約されます。将来、アルタイ地域の多くの考古学的遺跡からの堆積物の密な標本抽出など代替的な手法が、アルタイ地域におけるネアンデルタール人とデニソワ人の分布および重複を解明できるかもしれません。
要するに、本論文の結果から、ネアンデルタール人集団は現代人集団の祖先よりも急速にアレル頻度の差異を蓄積した、と示唆されます。これが示唆するのは、現生人類の人口史は、現生人類集団がアフリカを去った後に新たな大陸に定着した場合でさえ、ネアンデルタール人に影響を及ぼした規模で浮動が生じるのに充分なほどには決して小さくなかった点で、ネアンデルタール人やおそらく他の古代型集団ともと異なっていたことです。
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