アッシリアのニネヴェ陥落時の人類遺骸のゲノムデータ
ニネヴェで発見されたアッシリア末期の人類遺骸のゲノムデータについて、今年(2026年)3月18日~21日にかけてアメリカ合衆国コロラド州デンバーで開催されている第95回アメリカ生物学会(旧称はアメリカ自然人類学会)総会で報告されました(Shamoon-Pour et al., 2026)。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P173)。アッシリアに関する一般向けの本では、近年刊行された(関連記事)が有益と思います。この研究では、アッシリアの「首都」だったニネヴェが紀元前612年に陥落したさいに殺害されたと思われる人類遺骸のゲノムデータを報告しており、歴史時代の古代ゲノム研究が日本でも進展することを期待しています。
古代都市ニネヴェの陥落は、近東史における最も重要な瞬間の一つでした。紀元前7世紀におけるアッシリア帝国の首都だったニネヴェは、紀元前612年における陥落と破壊の前には、古代世界の最大級の都市の一つで、その陥落と崩壊は新アッシリア時代の周辺へとすぐにつながりました。本研究は、ハルジ門(Halzi Gate)における1989~1990年にかけてのカリフォルニア大学バークレー校による発掘期間に発見されたヒト遺骸から得られた、ゲノム規模データを報告します。
おそらくは軍人や子供で構成されるハルジ門の12個体は、紀元前612年夏に、ニネヴェの南東の南東のハルジ門への攻撃のさいに殺害されました。これらのうち7個体で生成されたデータは、古代メソポタミアおよびアッシリアのゲノミクスへの稀な知見を提供します。この遺跡における乳児と子供の存在にも関わらず、ハルジ門の個体間で遺伝的親族関係は検出されませんでした。これらニネヴェ住民【とは限らないかもしれませんが】は、先土器新石器時代~鉄器時代にかけての地理的に隣接する遺跡の個体群との顕著な類似性を示します。ハルジ門の個体群のうち5個体はとくに、トルコ南東部のマルディン(Mardin)およびシュルナク(Şırnak、Sirnak)といったアナトリア半島南東部やオルーミーイェ(Urmia)といったイラン北西部やコーカサス(アルメニア)の古代の人口集団との遺伝的類似性があるクラスタ(まとまり)を構成しています。
ニネヴェ住民の近位祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の最適モデルは、メソポタミア北東部のネムリック(Nemrik)遺跡個体によって表されるイラク後期青銅器時代からの約80%の寄与と、青銅器時代/鉄器時代のアルメニアからの約20%の寄与を示しており、ウラルトゥ王国の領域からの遺伝的寄与の可能性が示唆されます。初期の結果は、現代のアッシリア人を含めて、この地域の現在の人口集団とのさまざまな程度の遺伝的類似性も示唆しています。
参考文献:
Shamoon-Pour M. et al.(2026): Paleogenomic Evidence from the Fall of the Assyrian Capital Nineveh in 612 BCE. The 95th Annual Meeting of the AABA.
https://doi.org/10.1002/ajpa.70227
古代都市ニネヴェの陥落は、近東史における最も重要な瞬間の一つでした。紀元前7世紀におけるアッシリア帝国の首都だったニネヴェは、紀元前612年における陥落と破壊の前には、古代世界の最大級の都市の一つで、その陥落と崩壊は新アッシリア時代の周辺へとすぐにつながりました。本研究は、ハルジ門(Halzi Gate)における1989~1990年にかけてのカリフォルニア大学バークレー校による発掘期間に発見されたヒト遺骸から得られた、ゲノム規模データを報告します。
おそらくは軍人や子供で構成されるハルジ門の12個体は、紀元前612年夏に、ニネヴェの南東の南東のハルジ門への攻撃のさいに殺害されました。これらのうち7個体で生成されたデータは、古代メソポタミアおよびアッシリアのゲノミクスへの稀な知見を提供します。この遺跡における乳児と子供の存在にも関わらず、ハルジ門の個体間で遺伝的親族関係は検出されませんでした。これらニネヴェ住民【とは限らないかもしれませんが】は、先土器新石器時代~鉄器時代にかけての地理的に隣接する遺跡の個体群との顕著な類似性を示します。ハルジ門の個体群のうち5個体はとくに、トルコ南東部のマルディン(Mardin)およびシュルナク(Şırnak、Sirnak)といったアナトリア半島南東部やオルーミーイェ(Urmia)といったイラン北西部やコーカサス(アルメニア)の古代の人口集団との遺伝的類似性があるクラスタ(まとまり)を構成しています。
ニネヴェ住民の近位祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の最適モデルは、メソポタミア北東部のネムリック(Nemrik)遺跡個体によって表されるイラク後期青銅器時代からの約80%の寄与と、青銅器時代/鉄器時代のアルメニアからの約20%の寄与を示しており、ウラルトゥ王国の領域からの遺伝的寄与の可能性が示唆されます。初期の結果は、現代のアッシリア人を含めて、この地域の現在の人口集団とのさまざまな程度の遺伝的類似性も示唆しています。
参考文献:
Shamoon-Pour M. et al.(2026): Paleogenomic Evidence from the Fall of the Assyrian Capital Nineveh in 612 BCE. The 95th Annual Meeting of the AABA.
https://doi.org/10.1002/ajpa.70227
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