アフリカ東部の新たなアウストラロピテクス属とホモ属の化石

 アフリカ東部の新たなアウストラロピテクス属化石を報告した研究(Villmoare et al., 2026)が公表されました。本論文は、エチオピアで新たに発見された、278万年前頃および259万年前頃のホモ属化石と、263万年前頃のアウストラロピテクス属化石を報告しています。この新たに発見されたアウストラロピテクス属化石は、近い年代の既知のアウストラロピテクス属化石とは異なる、と推測されており、当時のアフリカ東部における多様な人類の存在が示唆されます。300万~200万年前頃には、人類系統が多様化していったのではないか、と以前から考えていたので(関連記事)、その意味では納得のいく見解です。ただ、確かにホモ属の派生的特徴の少なくとも一部は250万年以上前には出現していた可能性が高そうですが、まだ断片的な遺骸しか発見されていないでしょうから、250万年以上前のホモ属の存在については慎重であるべきとは思います。

 以下の略称は、Ar(Argon、アルゴン)、mm(millimetre、ミリメートル)、cm(centimetre、センチメートル)、m(metre、meter、メートル)、SCIH(single-crystal incremental heating、単結晶段階過熱)、MD(mesiodistally、近遠心に位置していること)、BL(buccolingually、頬下側に位置していること)、P(premolar、小臼歯)、P₃(下顎第三小臼歯)、P₄(下顎第四小臼歯)、M(molar、大臼歯)、M₁(下顎第一大臼歯)、M₂(下顎第二大臼歯)、M₃(下顎第三大臼歯)、M¹(上顎第一大臼歯)、M²(上顎第二大臼歯)、LI(left incisor、左側切歯)、LI²(上顎左側第二切歯)です。

 本論文で取り上げられる主要な人類は、アウストラロピテクス・デイレメダ(Australopithecus deyiremeda)、アウストラロピテクス・アナメンシス(Australopithecus anamensis)、アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)、アウストラロピテクス・ガルヒ(Australopithecus garhi)、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)、パラントロプス・エチオピクス(Paranthropus aethiopicus)、パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)、パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)、ホモ属(Homo)です。

 本論文で取り上げられる主要なエチオピアの地域と地層は、アファール(Afar)州のレディ・ゲラル調査計画(Ledi-Geraru Research Project、略してLGRP)区域、LGRP区域のリー・アドイタ(Lee Adoyta)、ミレ・ロギャ(Mille-Logya)研究地域、リー・アドイタ凝灰岩(Lee Adoyta Tuffs、略してLAT)、ギディ砂凝灰岩(Giddi Sands Tuff、略してGST)、ギディ砂堆積層(The Giddi Sands sedimentary package、略してTgs)、マルカイトリ凝灰岩(Markaytoli Tuff)、マルカイトリ堆積層(the Markaytoli sedimentary package、略してTmk)、オモ・トゥルカナ盆地(Omo-Turkana Basin)、アワシュ川(Awash River)、ミレ川(Mille River)、ゲラル川(Geraru River)、アスボリ(Asboli)地域、グルマハ(Gurumaha)堆積層、グルマハ凝灰岩(Gurumaha Tuff、略してGT)、ハダール(Hadar)のブシディマ層(Busidima Formation)およびカダ・ハダール第2亜層(Kada Hadar 2 Submember)、ブーリ(Bouri)層、ウォランソ・ミル(Woranso-Mille)です。本論文で取り上げられる主要なエチオピア以外の地域と地層は、タンザニアのラエトリ(Laetoli)の上部ンドラニャ層(Upper Ndolanya Beds)、ケニアのニャヤンガ(Nyayanga)です。


●要約

 300万~200万年前頃の間はヒトの進化において重要な期間で、この期間に、ホモ属とパラントロプス属が初めて化石記録に現れ、ホモ属とパラントロプス属の祖先かもしれないアウストラロピテクス・アファレンシスが消滅しました。アフリカ東部では、これらの事象につながった適応的背景についての仮説を検証する試みは、この期間を捉えた化石産出層の露頭が少ないため、制約されています。本論文は、このきわめて記録の不足した期間の堆積物を含む、エチオピアのLGRP地域から回収された新たな人類化石の年代と地質学的状況は歯の形態を報告します。本論文は、278万年前頃および259万年前頃のホモ属の存在と、263万年前頃のアウストラロピテクス属の存在を報告します。このアウストラロピテクス属標本は種水準ではまだ特定できませんが、その形態はアウストラロピテクス・アファレンシスおよびアウストラロピテクス・ガルヒとは異なります。これらの標本から、アウストラロピテクス属と初期ホモ属が250万年以上前にアファール地域で頑丈型ではない2系統として共存しており、人類の化石記録は以前に知られていたよりも多様である、と示唆されます。したがって、300万~250万年前頃の間のアフリカ東部には、4系統もの人類が存在しており、それは、初期ホモ属[1]とパラントロプス属[2]とアウストラロピテクス・ガルヒと新たに発見されたレディ・ゲラルのアウストラロピテクス属です。


●研究史

 過去数十年間に、300万年以上前のアフリカの人類化石の記録は増加し、その後の分類群のいくつかの祖先かもしれない化石も含まれています[7]。現時点で、系統的分析から、アウストラロピテクス・アファレンシスは、複数のその後の人類の属(つまり、ホモ属とパラントロプス属)および他のアウストラロピテクス属種が派生することになった、中期鮮新世の基幹分類群の最も可能性の高い候補に位置づけられています。アウストラロピテクス・アファレンシスは地理的および時間的に広く分布しており、遺骸のある化石出土地は、タンザニアからエチオピア北部まで知られており、チャドもその可能性があります。しかし、時間的には、アウストラロピテクス・アファレンシスは295万年前頃以後では知られていません。

 パラントロプス属とホモ属は、200万年前頃以後のアフリカ東部、とくにオモ・トゥルカナ盆地とタンザニア北部の出土地でよく記録されていますが、アウストラロピテクス・アファレンシスの消滅(295万年前頃)と200万年前頃の間の人類の化石記録は疎らです。たとえば、パラントロプス属化石は、270万年前頃のオモ・トゥルカナ盆地とケニアのニャヤンガ、および266万年前頃のラエトリの上部ンドラニャ層における存在にも関わらず、これまでにアファール地域からは記録されていません。さらに、エチオピアのレディ・ゲラルのホモ属標本によって、ホモ属(278万年前頃)、は時間的にアウストラロピテクス・アファレンシスの最後の既知の出現により近くなります。しかし、アウストラロピテクス・アファレンシスもしくはこれら子孫の属に分岐する他の根幹分類群の単純な単系統群発生モデルは、250万年前頃のアファール地域におけるアウストラロピテクス・ガルヒの存在によって複雑になっています。

 LGRP地域は、アファール地域の古人類学遺跡群の北方に位置しています。レディ・ゲラルにおける新たな発見から、初期ホモ属とパラントロプス属が200万年前頃以後にオモ・トゥルカナ盆地と南方の地域で共存していたことと同様に、初期ホモ属とアウストラロピテクス属は両方とも250万年以上前にアファール地域に存在していた、と示唆されます。アファール地域のパラントロプス属の明らかな不在は、化石記録の疎らな性質を反映しているか、生物地理学的兆候がまだ分かっていません。明らかなのは、アファール地域からは、295万年前頃以後のアフリカ東部におけるアウストラロピテクス属の現時点で唯一の決定的な証拠が得られていることで、それはアウストラロピテクス・ガルヒとレディ・ゲラルから新たに発見された標本です。


●レディ・ゲラルの地質学的背景

 LGRP地域には、重要な300万~200万年前頃の期間の化石産出堆積物が含まれています。LGRP地域のリー・アドイタおよびアスボリ地域の化石出土地は、ミレ川とゲラル川の流域およびその支流によって浸食された地域の、アワシュ川の西側に位置しています。300万~250万年前頃の化石産出堆積物は、堆積後の北東から南西および北西から南東に向かう断層によって区切られた断層塊で露出しており(図1)、年代管理は、多くの年代測定されて関連する降下火砕堆積物および磁気層序によって提供されます。詳細な⁴⁰Ar/³⁹Ar年代測定手法は、手法の項目に記載されています。

 化石産出層と降下火砕堆積物の分布と層序は、リー・アドイタおよびアスボリ地域で露出している堆積物で発見された、本論文で記載される人類化石の状況を提供します(図1)。グルマハ堆積層は、リー・アドイタ盆地中央部の狭い断層に囲まれた露頭と、東方で盆地を囲む玄武岩の尾根に隣接する引きずられた断層の塊に存在します(図1a)。淡灰色の火山礫凝灰岩で、年代は2782000±6000年前(1σ)となるグルマハ凝灰岩(GT)は、地層の年代制限を提供します(図1b)。層序的により新しいリー・アドイタ堆積層は、リー・アドイタ盆地で広く露出しており、アスボリの露頭と関連しています。LAT(リー・アドイタ凝灰岩)は、二つの薄くて地質学的に異なる降下火砕堆積物から構成されており、黄色の変質玄武岩灰が、2631000±11000年前(1σ)の白い流紋岩灰の約10cm上に位置しています。これらの凝灰岩と、その下の薄緑色の粘土は、優れた標識層序を提供します(図1b)。GSTを含むTgsとマルカイトリ凝灰岩を含むTmkは、リー・アドイタ盆地東部で露出しています(図1a)。Tgsの底部は、リー・アドイタ盆地のリー・アドイタ堆積層へと切れ込む侵食不整合面です(図1b)。GSTは3~8cmの厚さの、層状で多色(橙色と黄色と白色)の結晶膨潤土です。⁴⁰Ar/³⁹ArによるSCIHでは、アスボリで標本抽出されたGSTについて、2593000±6000年前(1σ)の加重平均年代が得られました。アスボリでは、100ヶ所の化石産出地を含むTgsが、アスボリ凝灰岩を含む泥岩の層状を不整合に覆っており、アスボリ凝灰岩は南方へ約500m露出するLATを覆っています。本論文の図1です。
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●新たなレディ・ゲラルの人類標本

 人類の歯の標本(図2)は、上述の3ヶ所の堆積層から回収され、それは、グルマハとリー・アドイタとギディ砂です(表1)。比較手法と標本抽出実施要綱は、手法の項目に記載されています。


●グルマハ人類標本

 右側下顎第三大臼歯のLD 302-23(図2)は、グルマハ凝灰岩の上で、初期ホモ属下顎であるLD 350の出土地の層序的に約7m下、南西に約22mの地点で回収されました(図1b)。舌側の角からエナメル質断片が欠けていますが、歯冠はその他では保存状態が良好です。歯冠はBLよりMDの方が短く(11.5mmのBL × 10.5mmのMD)、歯冠長軸は頬舌側に向いています。相対的に小さな下顎大臼歯近心舌側咬頭は最も高い咬頭へとかなり近心側に位置し、小さく中央に位置する前窩を形成し、この前窩は低いものの、連続的で近心側の辺縁隆起によって区切られています。咬合摩耗から、下顎大臼歯近心舌側咬頭が外側のエナメル質表面で最も高い咬頭とは完全に異なっているのかどうか、判断は困難です。距錐は近遠心により短く、咬合面では歯冠部の相対的に小さな割合を占めています。

 LD 302-23は、アウストラロピテクス・アナメンシスやアウストラロピテクス・デイレメダに分類されているP₃や、アウストラロピテクス・アファレンシスの単尖の標本(たとえば、A.L. 128-23やA.L. 288-1)とは、形態と咬合において大きく異なっており、非対称的な歯冠の長軸が近心面頬面から遠心面舌面先端へと走っており、連続した近心側辺縁隆起が、「閉ざされた」前方中心窩を形成しています[7]。一部のアウストラロピテクス・アファレンシス標本(A.L. 437-2)はLD 302-23の歯冠輪郭と類似していますが、LD 302-23は、側の歯の頂部と近心側の最も高い咬頭の頂部との間で鋭角を形成している、近心側に移行する下顎大臼歯近心舌側咬頭を有する点や、歯冠の大きさと比較して前方中心窩が著しく減少している点でも、異なっています。歯冠形状指数(MD/BL)では、LD 302-23はアウストラロピテクス・アファレンシスの分布の中央の範囲に収まります。面積(BL × MD)では、LD 302-23はアウストラロピテクス・アファレンシスの大崎の分布範囲内に収まり、パラントロプス・ボイセイの範囲の下限に位置しますが、パラントロプス・ロブストスの値の範囲内に収まります。本論文は、多くの理由でLD 302-23をホモ属に分類します。初期ホモ属に割り当てられたP₃の標本は形態学的多様ですが(たとえば、KNM-ER 5431、OMO 75-14、KNM-ER 1802、OH 7)、LD 302-23は300万年以上前のアウストラロピテクス属と比較して明らかに派生的で、パラントロプス属に特徴的な非計測的特徴一式が欠けており、LD 350-1標本大きさと歯冠形態と近遠心圧縮と一致し(LD 350-1のP₃歯冠は舌側面に損傷があり、歯冠は約65%しか残っていません)、これは同じ堆積層で見つかり、ホモ属と多くの歯および下顎の子孫形質を共有しています。


●リー・アドイタの人類標本

 遊離したP₄であるLD 750-115670(図2)は、泥岩と砂岩の約8mの厚さの底部で、化石産出の露頭LD 750の出土地から収集されました。出土地の層序的位置は、263万年前頃のLATと259万年前頃のGSTの間に位置します。LD 750のP₄は摩耗しておらず、近心側先端が突出しています。歯根は歯冠のすぐ下で折れていますが、近心部では約2.0mmの最大歯根長が保存されています。この歯は完全には萌出していないかもしれず、それは、隣接間接触面がなく、咬合面が摩耗していないからです。最も高い咬頭と下顎大臼歯近心舌側咬頭は歯冠上で比較的近心側に動いており、BLは強く圧迫され、歯がわずかに「ふっくらとした」外観をしています。前方中心窩は明確で深いものの、相対的に小さく、狭い近心側辺縁隆起によって区切られています。距錐は比較的大きく、遠位辺縁隆起は低くて丸く、明確ではあめものの低い遠心面舌面先端が存在し、歯は非対称的な咬合特性となっています。以下は本論文の図2です。
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 歯の面積は12.4mmのBL × 11.4mmのMDで、アウストラロピテクス・アファレンシスの上限の範囲で、こけを上回る面積なのはA.L. 996-1のみです。しかし、形態学的には、LD 750のP₄は典型的なハダールのアウストラロピテクス・アファレンシスとは異なります。たとえば、下側から近心面への移行は滑らかで丸みがあるのに対して、ハダールのP₄ではより明確な角があります。咬合位置は、下顎大臼歯近心舌側咬頭と最も高い咬頭が頬舌側歯冠幅に対してより中央に位置し、歯冠長に対して近心側に動いている点で、ハダールのP₄とは異なります。したがって、ハダールのアウストラロピテクス・アファレンシスの歯と比較して、頬側面は咬合面歯頚側により凸状で、前方中心窩はより限られています。最も高い咬頭と下顎大臼歯近心舌側咬頭の先端距離数/BLの指数は、アウストラロピテクス・アファレンシスと比較して、歯冠幅に対してLD 750の近心頂部の中央の位置を示しています。

 LD 750は、ほとんどのアウストラロピテクス・アファレンシス標本と比較して大きいだけではなく、アウストラロピテクス・アナメンシスに分類される全標本およびアウストラロピテクス・アフリカヌスの2点の標本(StW 498とStW 384)以外のすべての面積も超えています。LD 750の歯冠面積はパラントロプス・ロブストスおよびパラントロプス・エチオピクスの大きさの分布内に収まりますが、パラントロプス属のP₄で見られる独特な「大臼歯化」が欠けています(たとえば、拓大した距錐と遠位端、厚い辺縁隆起、歯冠頬側面の充填による対称的に丸みを帯びた咬合面、摩耗していない標本における表面の複雑さ)。アウストラロピテクス・ガルヒの既知の標本には下顎遺骸が欠けていることは要注意ですが、LD 750は大きさのみに基づいてアウストラロピテクス・ガルヒから除外することはできません。咬合形態と歯冠の輪郭では、LD 750は先行研究によってホモ属類似種と分類されたOMO 75-14や、先行研究で同様にホモ属に分類されたKNM-ER 5431と似ています。しかし、これらの帰属は暫定的で、その関連する大臼歯の非計測形態(たとえば、両標本のM₁およびM₂のC7の存在)におもに基づいています。じっさい、P₄の形態では初期ホモ属とアウストラロピテクス属の区別は困難です。したがって、すべて大型ではあるものの、パラントロプス属に典型的な特徴を欠いているOMO 75-14とKNM-ER 5431とLD 750との間の表形分類的類似性は、祖先形質共有の保持として最も節約的に解釈できます。LD 750-115670は、クービフォラの初期ホモ属の他の標本と関連する明確な初期ホモ属の共有派生形質(KNM-ER 992における距錐縮小など)を欠いているので、この標本は暫定的にアウストラロピテクス属類似主に割り当てられます。

 単一個体を表す下顎大臼歯5点と上顎大臼歯断片1点と上顎前歯3点の関連する一式(図2および表1)は、細粒砂と沈泥が優占する比較的平坦な区域であるLD 760地点で収集されました。人類の歯はすべて、散在する動物要素の中で、比較的密なまとまりで密接に関連して見つかりました。下顎大臼歯は地表から侵食され、上顎の歯列北西へとは7 × 4 mの区域にわたって緩やかな勾配で下る斜面の表層沈泥から篩にかけて分けられました。LD 760収集区域は、遺跡の周辺の山腹斜面で測量された、2631000±11000年前頃のLATの約10m下側に位置します(図1a)。哺乳類化石も、LATの約3.5m上と約6.5m上で砂層から侵食された状態で観察されました。しかし、斜面およびこれらの砂層との距離や、他の化石標本の多さおよび広がりに基づくと、LD 760表面の人類の歯と他の化石は、LATの下の異なる化石産出層を表しています。

 LD 760下顎大臼歯は中程度に摩耗しており、M₁の頬側頂部では象牙質の露出が見えます(図3)。LD 760下顎大臼歯はMD長と比較してBLが比較的広く、遠方に向かって先細りにはなっておらず、そのためとくにM₁およびM₂の歯冠が角張っています(図4)。頬側の溝は不明瞭で、咬合面は頬側から見ると凸状になっており、それは部分的には原錐茎状突起が頬側の溝を埋めているからです。さらに、頬側歯冠面は咬合面歯頚側に傾斜しており、これは頂部の内側の位置を反映しています。以下は本論文の図3です。
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 M₃縮小の兆候(たとえば、LD 350-1やOMO-75-14など一部の初期ホモ属で見られるような)はまったくなく、むしろ、大臼歯はM₁ < M₂< M₃という相対的な大臼歯の大きさの祖先的パターンに従っています。M₁およびM₂はほぼ等しく正方形で、近遠心に長い長方形の歯冠を有する傾向にある初期ホモ属とは異なります。さらに、歯は比較的単純で、副咬頭はほとんどなく、M₁はLD 350-1ややKNM-ER 1802とは異なりC7の発現を示さず、M₂も、初期ホモ属に分類される多くの標本(たとえば、OMO-75-14、KNM-ER 5431、KNM-ER 60000、OH 7)で見られるC7を欠いています。下顎大臼歯の近遠心面は、アウストラロピテクス・アファレンシス個体の大臼歯で見られる計測差異内に確実に収まり、頬舌側の幅はアウストラロピテクス・アファレンシスの分布の上位1/3に収まります。しかし、LD 760個体の大臼歯面積の合計(614.3mm²)は、3点以上の大臼歯すべてが保存されているアウストラロピテクス・アファレンシスの11個体のうち、1個体(エチオピアのアファール地域のウォランソ・ミルのNFR-VP-1/29)以外すべてを上回っているものの、パラントロプス属では、1個体(DNH 7)のみがM₁~M₃の面積ではLD 760よりも小さくなっています。LD 760の大臼歯は3点でアウストラロピテクス・アファレンシスの典型的な特徴一式と異なっており、それは、(1)M₁が近遠心長に対して頬舌側で広くなっており(アウストラロピテクス・アファレンシスのM₁とM₂は近心側先端全体にわたって頬舌側で最も広くなっており、LD 760のM₁は歯冠中央でのみわずかにより狭くなっています)、(2)M₁とM₂はアウストラロピテクス・アファレンシスで見られるほど遠方で先細りになっておらず(図3および図4)、(3)LD 760の大臼歯はアウストラロピテクス・アファレンシスで見られる二葉状の頬側輪郭を描いています(図4)。以下は本論文の図4です。
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 断片的な下顎大臼歯LD 760-115911は、LD 760の出土地で回収されました。舌側咬頭は唯一完全に保存されている先端ですが、頬側の溝は咬合面で明確であり、下錐の近心端は存在します。アウストラロピテクス・ガルヒの上顎大臼歯について、舌側の溝は不明確ですが、歯冠の舌側端は舌側溝より炎舞で頬側に湾曲し始めており、相対的に小さな下錐および頬舌側で狭い遠位歯冠を示唆しています。この下錐面積の縮小は、ブーリ層の標本の舌側咬頭で三角形を形成します。LD 760上顎大臼歯断片は、舌側の溝より遠位の歯冠端の同様の湾曲を示しません。LD 760上顎大臼歯断片はむしろ、完全に萌出した下錐を有していたようです。しかし、絶対的な大臼歯面積(BL × MD)の観点では、アウストラロピテクス・ガルヒの上顎大臼歯に対するLD 760の下顎大臼歯の比率は、現代の類人猿の比較データを用いての、単一種仮説を誤りと証明するわけではありません。

 右側上顎犬歯と完全な左側上顎側切歯と左側の断片的な上顎中切歯も、LD 760の出土地で見つかりました。犬歯(LD 760-115979)の保存状態は良好で、歯根先端を除くすべてが存在します(図5)。この歯冠には、近心および遠心の隣接面があります。遠位隣接面はLI²にも存在し、これは犬歯/ I²歯隙の両側の欠如を示唆しており、歯隙はアウストラロピテクス・ガルヒ標本BOU-VP-12/130に存在し、アウストラロピテクス・アファレンシスでは異なる程度で存在します。犬歯の歯冠は摩耗している先端で、近心および遠心の先端に沿っています。先端の摩耗のため、歯冠肩部の相対的な位置を調べるのは困難になっていますが、近心肩部は先端に位置していたようです。摩耗にも関わらず、犬歯は小さくなく、大臼歯近遠心面積に対する犬歯の比率から、この標本はアウストラロピテクス属の上限に位置づけられ、パラントロプス属で観察された値を大きく上回ります。以下は本論文の図5です。
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 LD 760の犬歯はアウストラロピテクス・アファレンシスの大摩耗とはわずかに異なります(図5)。たとえば、その摩耗パターンには、遠位先端に沿った「j模様」が欠けており、代わりに、先端の摩耗が優占しています。基底部の大きさ(10.4mmのBL × 10.5mmのMD)では、この歯はアウストラロピテクス・アファレンシスと類似しており、アウストラロピテクス・ガルヒの唇舌側に広い犬歯より狭くなっています。LD 760の犬歯は、形態学的にもアウストラロピテクス・ガルヒとは異なります。アウストラロピテクス・ガルヒの犬歯は人類の中では独特で、鉤爪を想起させる、広くて浅い遠位底部を有しており(図5d)、この滑らかな窪みは、犬歯後方の歯列全体を特徴づける広い摩耗溝と連続しています。

 LD 760個体は、パラントロプス属に分類できません。LD 760は、前歯の大きさの派生的縮小を欠いており、これは、前歯の絶対規模と犬歯後方の歯列との相対的規模の両方で繁栄されています。下顎大臼歯は相対的に大きなC6を萌出しておらず、パラントロプス属に典型的な平面パターンとは異なる頬舌側の摩耗勾配を示します。LD 760の歯は、あらゆる派生的なホモ属の形質(大臼歯壁の急傾斜や狭いM₁やC7の存在やM₃の縮小)も欠いています。LD 760の形態が、既知のアフリカ東部のアウストラロピテクス属種と一致しない、と考えられる理由は、(1)あらゆる派生的なアウストラロピテクス・ガルヒの形質、とくに、上顎大臼歯断片の下錐縮小とひじょうに独特な犬歯「鉤爪」底部の欠如、および(2)アウストラロピテクス・アファレンシスと比較して派生的な形態(つまり、二葉状の下顎大臼歯および遠位先細りの欠如と、犬歯の摩耗パターン)です。アウストラロピテクス・アファレンシスとの祖先的類似性のため、属水準で分類され、LD 760化石群はアウストラロピテクス属の未定種に割り当てられます。


●ギディ砂の人類標本

 部分的に保存されている頬側先端のある部分的な左側M¹歯冠(AS 100-1a)と、完全な左側M²歯冠(AS 100-1b)が、GSTの直下にあるアスボリ地域の約1mの厚さのギディ砂層から侵食状態で発見されました(図2)。その後の検査では、追加の人類資料は発見されませんでした。これらの歯の摩耗は軽度で、歯冠先端は突出しており、象牙質は露出していません。歯間摩耗が存在し、歯間接触面は正確に合致しており、AS 100-1aのM¹およびAS 100-1bのM²との同定と一致します。AS 100-1bのM²は咬合面輪郭で菱形であり、先端側枝は頬側が舌側より近心側に位置し、下錐は相対的に大きく、遠心舌側に突出し、舌側面は直線的です。アウストラロピテクス・アファレンシスのM²の範囲は四角(たとえば、A.L. 199-1やA.L. 486-1)からより菱形(たとえば、A.L. 444-2やA.L. 200-1)ですが、アウストラロピテクス・アファレンシス標本は常により顕著な舌側の咬合面歯頚側の傾斜を示しており、これは、AS 100-1bで明らかであるよりも、内部に位置する先端の位置を示唆しています。AS 100の大臼歯の舌側先端は垂直方向に比較的急峻で、アウストラロピテクス・アファレンシスの摩耗していない標本で見られる「ふっくらとした」輪郭(たとえば、A.L. 200-1)を欠いています。

 AS 100-1bの菱形のような歯冠輪郭や相対的に大きく突出している下錐や咬頭の位置は、ハダールのブシディマ層の230万年前頃のホモ属標本であるA.L. 666-1や、ミレ・ロギャの250万~240万年前頃のホモ属標本であるMLP-1549と密接に一致します。この特徴は、下錐が比較的小さく、後錐に横向きに位置し、舌側面が強く湾曲しており、咬頭がより内側に位置する、アウストラロピテクス・ガルヒのM²とは著しく対照的です。大きさでは、AS 100-1bのM²(14.2mmのBL × 13.9mmのMD)とホモ属標本A.L. 666-1はほぼ同一で、両者はBL幅でミレ・ロギャのM²をわずかに上回り、AS 100-1bはアウストラロピテクス・ガルヒおよびアフリカ東部のパラントロプス属のM²よりも、面積ではより小さくなっています。本論文は、初期ホモ属の他の標本と共有されている特徴である、派生的なM²の歯冠輪郭(つまり、突出した相対的に大きい下錐がある菱形)に基づいて、AS 100-1をホモ属の未定種に割り当てます。

●分類学的および系統発生的示唆

 レディ・ゲラルにおける初期ホモ属とアウストラロピテクス属両方の存在は、300万~200万年前頃の期間のこの地域における人類の分類群と多様性に示唆を与えます。この期間で発見された化石の相対的な少なさにも関わらず、アフリカの東部と南部における複数の頑丈ではない系統の証拠から、分類学的多様性が250万年前頃までに進化していた、と示唆されます。本論文は、レディ・ゲラルから新たに発見された人類標本について、分類学的および系統発生的仮説を検証します。

 第一に、アスボリの標本に含まれるのは2点の大臼歯のみですが(表1)、この2点はホモ属標本のA.L. 666-1およびMLP-1549に少なくとも15万年以上先行し、これらはホモ属の同種の構成員である、との仮説が最も節約的と考えられます。278万年前頃までのレディ・ゲラルにおけるホモ属の存在は、以前にLD 350-1下顎によって確証されており[1]、アスボリ地域の新たな歯列資料や本論文で報告されたグルマハ堆積層のLD 302-23小臼歯は、250万年前頃以前のホモ属の追加の証拠を提供します。

 第二に、LD 750とLD 760は24mの層で隔てられており、LATを跨いでいます。本論文はリー・アドイタ堆積層から回収されたこれらの歯すべてを、アウストラロピテクス属の単一種を表している、と暫定的にみなし、これは、そうした地理的にも時間的にも近くでアウストラロピテクス属2種が共存していた可能性は低い、との予測におもに基づいています。以下は、LD 750とLD 760の歯についての、考えられる系統発生的状況です。

 (1)レディ・ゲラルのアウストラロピテクス属の歯は、アウストラロピテクス・アファレンシスの末期の残存個体群を表しています。リー・アドイタの標本は、ハダールのカダ・ハダール第2亜層の標本で報告されている、アウストラロピテクス・アファレンシスの最後の出現より約35万年新しくなります。この仮説に反して、下顎のM₁とM₂は二葉状ではなく、歯冠形態ではアウストラロピテクス・アファレンシスの大半より角張っており、P₄と大臼歯の大きさはアウストラロピテクス・アファレンシスの大きさの差異のちょうど上限に位置し、LD 760における上顎の犬歯摩耗のパターンはアウストラロピテクス・アファレンシスでは見られません。したがって、これらの歯がアウストラロピテクス・アファレンシスを表しているならば、アウストラロピテクス・アファレンシス系統内のさらなる進化を捉えているかもしれません。リー・アドイタのアウストラロピテクス属標本とアウストラロピテクス・アファレンシスとの間の類似性は、祖先形質共有です。アウストラロピテクス・ガルヒに加えて、これは295万年前頃以後のアフリカ東部におけるアウストラロピテクス属の存続の唯一の他の記録ですが、南アフリカ共和国で発見されたアウストラロピテクス・アフリカヌスとほぼ同年代です。

 (2)リー・アドイタのアウストラロピテクス属の歯は、現時点ではアファール地域において報告されていない、その後のパラントロプス属の祖先である個体群を表しています。この推測は、犬歯後方の歯の大きなサイズによって裏づけられるかもしれません。しかし、278万年前頃までのホモ属の出現は、少なくともその頃までのホモ属クレード(単系統群)とパラントロプス属との間の分岐を示唆しており、パラントロプス属はタンザニアのラエトリの上部ンドラニャ層において早くも266万年前頃に、ケニアのニャヤンガでは270万年前頃には存在します[2]。さらに、リー・アドイタの歯はパラントロプス属と祖先形質(大臼歯におけるC6の存在や、縮小した前歯の大きさや、平面的な摩耗パターン)を共有しておらず、アウストラロピテクス・ガルヒやアウストラロピテクス・アフリカヌスや初期ホモ属を含めて、巨歯性は初期人類系統において共通です。これらの制約を考えると、リー・アドイタのアウストラロピテクス属標本がパラントロプス属の祖先である可能性は低そうです。

 (3)リー・アドイタのアウストラロピテクス属の歯は、アウストラロピテクス・ガルヒの初期の代表です。この仮説を受け入れるのに必要なのは、アウストラロピテクス・ガルヒが、上顎と下顎の歯列でひじょうに異なる犬歯および上顎大臼歯の形態と、犬歯後方の摩耗パターンを含むことです。この代替案は、現在のアウストラロピテクス・ガルヒの化石資料とリー・アドイタのアウストラロピテクス属標本との間で、比較できる解剖学的要素の重複がごくわずかであるため、評価が困難です。しかし、本論文の評価では、少ない共有された要素での類似の形態の欠如は、リー・アドイタのアウストラロピテクス属がアウストラロピテクス・ガルヒではないことを示唆しています。

 (4)リー・アドイタの歯は、初期更新世のアウストラロピテクス属の以前には知られていなかった種です。この仮説は、上述の3通りの仮説で提示されたデータと矛盾しない、唯一の代替案です。

 本論文で報告されたレディ・ゲラルの化石から、300万~250万年前頃の間のアファール地域には、ホモ属とアウストラロピテクス・ガルヒとレディ・ゲラルで新たに特定されたアウストラロピテクス属という、少なくとも3系統が存在した、と論証されます。250万年前頃の期間における人類の多様性は、真価が全体的な人類のパターンでどのように試みたのか、論証しており、アファール地域の人類に加えて、アウストラロピテクス・アフリカヌスは南アフリカ共和国に存在し、パラントロプス属はケニアとタンザニアとエチオピア南部でこの時点までに見られます。アフリカ東部におすて200万年前頃以後にアウストラロピテクス属が明らかに存在しないことは、人類ではホモ属とパラントロプス属の2属のみが残り、これらの2属は食性生態の観点で明確に区別されていたことを意味しています。さらに、278万~259万年前頃の間のレディ・ゲラルにおけるアウストラロピテクス属とホモ属の発見から、より乾燥してより開けた生息地がホモ属の出現と固有に関連していたわけではなかった、と明らかになり、初期人類間の生態的地位の幅と景観利用について興味深い問題を提起し、そうした問題には、アウストラロピテクス属がホモ属とともに少なくとも250万年前頃まで存続できた理由や、パラントロプス属が同様の生態的地位を占める後期まで存続していたアウストラロピテクス属によって、アファール地域から競合的に排除されたのかどうか、といったことが含まれます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


古生物学:エチオピアのレディ・ゲラルにおけるアウストラロピテクス属とヒト属の新発見

古生物学:アフリカ東部におけるヒト属とアウストラロピテクス属の共存

 今回、エチオピアで、年代が約250万年以上前と推定されるアウストラロピテクス属(Australopithecus)とヒト属(Homo)の複数の化石が新たに発見された。これは、これら2つの属が多少なりとも同時期に共存していたことを示している。



参考文献:
Villmoare B. et al.(2026): New discoveries of Australopithecus and Homo from Ledi-Geraru, Ethiopia. Nature, 650, 8101, 374–380.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09390-4

[1]Villmoare B. et al.(2015): Early Homo at 2.8 Ma from Ledi-Geraru, Afar, Ethiopia. Science, 347, 6228, 1352-1355.
https://doi.org/10.1126/science.aaa1343
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[2]Plummer TW. et al.(2023): Expanded geographic distribution and dietary strategies of the earliest Oldowan hominins and Paranthropus. Science, 379, 6632, 561–566.
https://doi.org/10.1126/science.abo7452
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[7]Haile-Selassie Y. et al.(2015): New species from Ethiopia further expands Middle Pliocene hominin diversity. Nature, 521, 7553, 483–488.
https://doi.org/10.1038/nature14448
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