アフリカ南部古代人のゲノムデータ

 アフリカ南部古代人のゲノムデータを報告した研究(Jakobsson et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、南アフリカ共和国の遺跡から発見された較正年代(明示しない場合、以下の年代は、基本的に較正されています)10200~150年前頃の人類遺骸の新たなゲノムデータを報告し、現生人類(Homo sapiens)の進化史を、古代の現生人類のみならず、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)とも比較して、検証しています。

 本論文で新たにゲノムデータが提示されるアフリカ南部の1400年以上前の全個体は、現代人の遺伝的差異の範囲外に位置しますが、このアフリカ南部古代人的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を、最大で約8割有している現代人も存在します。すべての現生人類で固定されている遺伝的多様体は腎機能と関連する遺伝子において豊富で、現生人類系統で急速に進化した可能性が高そうです。アフリカ南部古代人で固定されている、一部の現生人類固有の多様体は、アフリカ南部の系統で急速に適応した可能性が高く、紫外線防御と関連する遺伝子で豊富でした。

 アフリカ南部の古代人は遺伝的に、9000年間にわたって時空間的階層化をほとんど示さず、複数の考古学的期間にまたがって、大きく安定した人口を維持していた、と推測されます。アフリカ南部は現生人類にとって長きにわたる地理的退避地として機能し、アフリカ南部外への遺伝子流動が8000年以上前にありましたが、アフリカ南部への遺伝子流動が見られるのは1400年前頃以後となります。古代ゲノム研究の進展によって、こうした地域固有の人口史も次第に解明されていくことが期待されます。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、APOL1(apolipoprotein L1、アポリポタンパク質L1)、TKTL1(transketolase-like 1、トランスケトラーゼ様1型)、PCoA(principal coordinate analysis、主座標分析)、Fₛₜ(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)、Nₑ(有効人口規模)、π(pairwise genetic differences for the full genomes、全ゲノムの対での遺伝的差異)、HO(Heterozygosity、異型接合性)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、1KGP(1000 Genomes Project、1000人ゲノム計画)です。

 本論文で取り上げられる主要な地形は、リンポポ川(Limpopo River)、マジェス川(Matjes River)、大ブラク川洞窟(Great Brak River Cave)、聖フランシス岬(Cape St Francis)です。本論文で取り上げられる主要な人類集団は、アムハラ人(Amhara)、ビアカ人(Biaka)、ハッザ人(Hadza)、ジュホアン人(Juǀ’hoansi)、カッレッジェ人(Karretjie)、コイサン人(Khoe-San)、ムブティ人(Mbuti)、サンダウェ人(Sandawe)、ヨルバ人(Yoruba)です。本論文で取り上げられる南アフリカ共和国の主要な遺跡は、オークハースト(Oakhurst)岩陰遺跡、ウィルトン(Wilton)遺跡、バリット・ベイ(Ballito Bay)遺跡、コフィーフォンテイン(Koffiefontein)遺跡、カステールバーグ(Kasteelberg)遺跡、ホフマイヤー(Hofmeyr)遺跡、ボーダー洞窟(Border Cave)、スプリングボックフラクト(Springbokvlakte)遺跡です。本論文で取り上げられる南アフリカ共和国以外の主要な遺跡は、エチオピアのモタ(Mota)洞窟とオモ・キビシュ(Omo Kibish)、カメルーン西部のシュムラカ(Shum Laka)岩陰です。


●要約

 現生人類はアフリカで数十万年前に進化し、その後世界中に広がりましたが[1]、その初期の進化過程は議論になっています[2~6]。本論文は、アフリカ南部の古代人28個体について、全ゲノム配列決定データを提示し、それには、10200~150年前頃となる網羅率25~7.2倍の6個体が含まれます。1400年以上前のアフリカ南部の全ての古代は、現代人(アフリカ南部のコイサン人を含みますが、一部は最大80%の古代アフリカ南部祖先系統を保持しています)の遺伝的差異の範囲外の遺伝的構成を示し、アフリカ南部古代人に独特な現生人類固有の多様体の大きな割合に現れています。すべてのヒトで固定されているアミノ酸変化部位における現生人類固有の多様体は、現生人類系統で急速に進化した可能性が高く、腎機能と関連する遺伝子で豊富でした。アフリカ南部古代人で固定されている、一部の現生人類特有の多様体は、アフリカ南部の系統で急速に適応した可能性が高く、紫外線防御と関連する遺伝子で豊富でした。アフリカ南部の古代人は9000年間にわたって時空間的な階層化をほとんど示さず、複数の考古学的段階にまたがる大きく安定した完新世人口集団と一致します。アフリカ南部は長きにわたって地理的退避地として機能した一方で、8000年以上前には地域外への遺伝子流動がありますが、地域内への遺伝子の流動は1400年前頃以降にのみ現れます。したがって、本論文で報告される古代人のゲノムは、現生人類の進化にとって鍵となり、ヒトのゲノム差異の理解の深化に重要です。


●研究史

 遺伝学と人類学と考古学の研究は現生人類のアフリカ起源を裏づけますが[1]その進化的過程は化石と考古学と遺伝学に基づいて議論され[2~6]、アフリカには最大のヒトの遺伝的多様性があり[8、9]、アフリカ南部および中央部の狩猟採集民集団は、最も深く分岐した現生人類系統の一部を示します。アフリカ南部(ザンベジ川の南側の地域)とアフリカの他地域との間の人口階層化は多分、過去30無万年間[4、5、13]、恐らくは最大で100万年間[6]にわたって存続しました。そうした深い階層化は、現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人との分岐に先行する、未知の古代型アフリカ集団との混合[1、5]、および/もしくは他集団からの孤立から生じたかもしれません。

 すべての調査された現代のアフリカ中央部および南部の先住民集団は、アフリカ西部および東部の人々とのかなりの混合を示しており[4、14、15、17]、それは、より古い古代の事象を覆い隠す5000年前頃に始まる大規模な移動の後のことで、そのために現代人のゲノムデータを用いての深いヒトの進化史の評価が難しくなっています。最近の大規模な人口移動/混合の前に生きていた個体間の差異を調べることによって、古ゲノム手法はこの限界を克服します。古代ゲノム手法は数個体および/もしくは限られたゲノムデータのある単一の考古学的遺跡に限られていますが、これらの研究は、アフリカの東部[18~20]と西部[21]と北部[22、23]と南部[4、17、19]における古代の祖先系統の長期にわたる階層化を示しています。

 この研究では、リンポポ川(南アフリカ共和国)の南側の古代人28個体のゲノムが配列決定され、全個体の年代は完新世で、後期石器時代および鉄器時代の考古学的帰属となります。標本抽出は時空間的に広範で(図1c)、遺骸は南アフリカ共和国の南部および中央部にまたがる遺跡から回収されました(図1b)。南部沿岸のマジェス川からは、8000年(10200~2330年前頃)にまたがる個体群のゲノムが配列決定されました。以下は本論文の図1です。
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 配列決定された古代の個体群(図1b)の網羅率の範囲は25.1~0.002倍で、6個体(図1a)は7.2倍以上の網羅率です。放射性炭素年代と食性同位体が、ほとんどの個体で生成されました。年代順に、データは考古学的な5段階を網羅しており、つまり、オークハースト(1個体)、ウィルトン(4個体)、末期後期石器時代(3個体)、土器終末期後期石器時代(18個体)、鉄器時代(2個体)で、10200年前頃から数百年前頃の間にまたがっています。アフリカ南部の古代人と他集団との間の関係を評価するために、本論文のデータは、関連するアフリカの古代人および現代人や、関連する古代および/もしくは現代のヨーロッパ人やアジア人やアメリカ大陸先住民やオセアニア人(以後、まとめて非アフリカ人と呼ばれます)と共同分析されました。

 アフリカ南部のほとんどの古代人(28個体のうち25個体)は、現代のコイサン人個体群で一般的な、mtHg-L0dに属するハプロタイプを有していました。その最古の個体(マジェス川6号)と他の4個体(大ブラク川洞窟の1個体と聖フランシス岬の1個体とバリット・ベイ遺跡の2個体[4])も、現代のコイサン人個体群で一般的なYHg-A1b1b2aに属するY染色体を有していました。500年前頃以降に生きていた2個体は、アフリカ東部人と現代のコイサン人で一般的なYHg-E1b1b1を示し、アフリカ東部の牧畜民とのアフリカ南部への最近の遺伝子流動と一致します[4、19]。高度な皮膚の色素沈着と茶色の目と乳糖不耐性が、アフリカ南部の古代人のゲノムで固定していました(図1a)。これらの個体はマラリアへの防御となるダッフィー欠損多様体(rs2814778)、もしくは睡眠病への防御となるAPOL1遺伝子のrs73885319におけるグアニン多様体を有していませんでしたが、これらの多様体はこの地域において、500年前頃にはアフリカ西部祖先系統を有する個体群に存在していました[4]。


●独特なアフリカ南部祖先系統

 モデルに基づかない手法(PCoA)およびモデルに基づく手法(図2a)では、最初の二つの次元(最も多くの遺伝的差異を説明します)が分布の一方の端において非アフリカ人のV文型のパターンを形成し、分布のもう一方の端では、アフリカ東部の人々(現代人と古代人)の勾配を通じて、アフリカ西部および中央部の人々へと向かう、と論証されます。アフリカ南部の先住民は、第三の端を形成します[7、27]。注目すべきことに、アフリカ南部古代人(10200~1400年前頃の間の全個体を含みます)の多くは、現代の個体(コイサン人集団を含みます)間の遺伝的差異の範囲外に位置し、ヒトの遺伝的差異の最端を形成します(軸1と軸2)。このパターンは、古代人のゲノムが現代人のゲノムおよび/もしくは確認/捕獲されたSNPから構築された差異の軸の上部に投影される場合[17]、覆い隠されます。7900~3100年前頃となるシュム・ラカ岩陰の古代のアフリカ西部の個体群[21]は、現代のアフリカ西部の熱帯雨林の採食民(たとえば、ビアカ人やムブティ人)およびアフリカ西部の人々の近くに位置します。アフリカ東部[18]および東部~中央部の個体群[20、28]は、現代のアフリカ東部と西部と中央部の個体群の間に分布しており、古代のアフリカ東部の新石器時代の牧畜民[28]は、現代のアフリカ東部のアムハラ人とクラスタ化します(まとまります)。8000年前頃~数百年前頃のアフリカ南東部(マラウイとザンビア)の古代の個体群[19、20]は、アフリカ東部(古代人と現代人)およびアフリカ南部古代人の中間でまとまっています。以下は本論文の図2です。
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 2祖先系統構成要素を仮定すると、一方はアフリカ南部古代人(そのゲノムの100%のこの祖先系統構成要素を示します)に、もう一方は非アフリカ人(ヨーロッパの古代人および現代人)に固定されました。他の全個体(アフリカの西部と東部と中央部の現代人および古代人を含みます)は、これらの祖先系統構成要素のさまざまな割合に分布し、アフリカ南部古代人の独特な位置が繰り返されます。3~5祖先系統構成要素を仮定すると(図2c)、アフリカの西部と中央部と東部の個体群のゲノムは、ほぼこれらの祖先系統構成要素に割り当てられました。より多い数の祖先系統構成要素を仮定すると通常、個々の人口集団が区別され、より詳細な人口階層化が表されます。5祖先系統構成要素を仮定すると(図2c)、10200~1400年前頃の間のアフリカ南部古代人の全個体のゲノムは、完全に「古代アフリカ南部祖先系統構成要素」(桃色)で構成され、混合の兆候はありません(図3)。これらの個体について、約9000無年間にまたがっており、広範な景観にも関わらず(図1b)、時間的な遺伝的階層化の兆候はなく、空間的階層化は低水準です。最古級の高網羅率の個体(マジェス川1号)を、人口連続性を測定するために、共有された派生的多様体の割合に基づく検証において、固定個体として用いると、少なくとも7000年間にわたる人口連続性のパターンが見つかりましたが、3000年以上前の全個体はマジェス川に由来します。以下は本論文の図3です。
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 アフリカ南部古代人集団を表す個体(7.2倍超の網羅率の7個体)間の他の個体(アフリカの西部と東部と中央部と北部の人々および非アフリカ人)との平均集団分岐は、2ヶ所の部位ずつの頻度範囲手法を用いると、31万~24万年前頃と推定されました。時系列順の人口集団の分岐時期推定値の正確な較正はモデルの仮定と変異率仮定と世代時間に依存しますが[5]、これらの推定値は、アフリカ南部古代人と他の全集団との間の分岐が30万年前頃の最も深い人口集団の分岐時期を捉えている、との調査結果[4、5、13]を要約しています。この約30万年前頃の人口集団の分岐推定値は、それ自体より深い部分的な古代の混合事象によって引き起こされるわけではないものの、そうした事象を否定するわけでもありません[6]。

 さらに、アフリカ南部古代人とアフリカ東部人(古代人と現代人)との間の遺伝的類似性は、アフリカ南部古代人とアフリカ西部人(古代人と現代人)との間の遺伝的類似性と同様と分かり、これらの集団のどちらかからの検出可能な遺伝子流動が、20万~15万年前頃以降(アフリカの西部人と東部人の間の分岐を示す時期)に起きた可能性は低かった、と示唆されます。


●さらに北方の南部祖先系統

 しかし、アフリカ南部の遺伝的構成要素は、中期完新世までにさらに北方で存在しました[19、20、30]。南緯11~12度(現在のマラウイとザンビア)の個体群は、8000年前頃までにアフリカ東部および南部祖先系統を示しますが[19、20]、この地域でアフリカ南部祖先系統を高い割合で有する個体は見つかっていませんでした。南緯18~25度付近(ボツワナとアンゴラとナミビア)に暮らす現代のジュホアン人の北方サン人も、完新世の始まりに起きたかもしれないアフリカ東部との混合(11%)を示します[13]。南緯15度の南側では、1300年前頃以降のみアフリカ東部および西部の供給源からの混合が検出されますが(図2b)、1300年以上前の個体は南緯10~35度では古遺伝学的にほとんど調べられていなかったことに要注意です。

 したがって、本論文の調査結果は、アフリカの南部と東部と北東部の間の共有された祖先系統もしくは長期の相互作用を示す、言語学や考古学や一部の初期の遺伝学の研究とは対照的です。たとえば、現在のアフリカ南部のコイサン人は、アフリカの南部と東部と北東部の大半にまたがっていた、かつて広く分布した人口集団の子孫である、と示唆されました。むしろ、深い人口階層化があり(図2および図3)、遺伝子流動が1300年前頃までにやっと南緯15度の南側に到達しました。アフリカ東部のハッザ人とアフリカ南部の吸着音言語話者との間の提案された言語学的つながりは反証され、アフリカ東部のサンダウェ人とアフリカ南部の吸着音言語話者との間のつながりは今や、2000年前頃以後のアフリカ南部への牧畜の導入から生じた、と考えられています。


●コイサン人への部分的な連続性

 現代のコイサン人集団は、アフリカの西部人および東部人や非アフリカ人集団との広範な最近の混合を示します。「最も混合が少ない」と選択されたコイサン人25個体のゲノムでは、平均で約79%の古代アフリカ南部祖先系統が推定されます。混合していない最期の個体群(この研究で配列決定されたデータ)は、数世紀前に消滅したようです(図2c)。現代のジュホアン人(約11%のアフリカ東部との混合)およびカッレッジェ人(約17%のおもにアフリカの東部および西部との混合)は、アフリカ南部古代人と最大の遺伝的類似性を示します(図2c)。しかし、アフリカ南部古代人はジュホアン人個体群とはかなり遺伝的に異なっていました(Fₛₜ=0.055、現代のフィンランドと中国の個体群の場合と同様)。この分化は単にアフリカ東部からの混合に起因するのではなく、サン人の南北の集団の深い階層化も反映しています。遺伝的部下かはアフリカ南部古代人とカッレッジェ人との間でも明確で(Fₛₜ=0.041、現代のインドの個体群と中国の個体群の場合と同様)、部分的な連続性やアフリカ西部および東部集団からの最近の混合と一致します。


●長期の大きな人口規模

 アフリカ古代人のゲノム(10倍超の網羅率)や新石器時代前のユーラシア人4個体やネアンデルタール人3個体およびデニソワ人1個体について、完全なゲノムについての対での遺伝的差異は、現生人類と古代型のヒト【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】との間の1000塩基対につき約1.41ヶ所の違い(π=1.41×10⁻³)を示しました(図2d)。アフリカ南部古代人と他のアフリカ古代人と新石器時代前のユーラシア人との間の対での違い(π=1.02×10⁻³)は、ネアンデルタール人とデニソワ人との間(π=1.14×10⁻³)よりもわずかに低くなりました。アフリカ南部古代人の集団内の対での違い(π=0.82×10⁻³)は、アフリカの西部と東部の古代人の間(π=0.79×10⁻³)よりわずかに大きくなりました。アフリカ南部古代人の異型接合性(HO=0.80×10⁻³)は他のアフリカ古代人と同様で、これを唯一上回っていたのは、アフリカ西部の古代人1個体(HO=0.93×10⁻³)となり、アフリカ南部における大きな完新世の人口規模が示唆されます(図2e)。複数連続合着(合祖)手法では、有効人口規模(Nₑ)は数十万年間にわたって大きく、Nₑは20万年前頃に最大で約3万人となり、他のアフリカ集団と同様である、と示されます。すべてのヒトの30万年以上前の大きなNₑは、人口細分化によって引き起こされたかもしれません。10万~5万年前頃のアフリカ南部古代人ではNₑの現象が見られ、LGM(2万年前頃)までにNₑは約1万人となり、これは他の非アフリカ人集団およびアフリカ南部古代人と同様です[22]。

 ROH(ROH断片がより多く、合計長がより長いことは、より小さな人口規模を示唆します)では、アフリカ南部古代人はアフリカ現代人の分布の上端に位置しましたが、ほとんどの非アフリカ人ほど極端ではなかった、と示され、これは出アフリカボトルネック(瓶首効果)に起因するパターンです。これは、各個体の比較的最近の歴史におけるより小さな人口規模(たとえば、アフリカ西部集団と比較して)を示唆していますが、非アフリカ人およびアフリカ北部古代人と比較して、依然としてより大きな人口規模です。ほとんどのアフリカ南部古代人は、とくに大ブラク川洞窟個体(2335~2310年前頃)とマジェス川1号(7845~7690年前頃)個体で、ROH断片の総数に影響を及ぼさずに、より多い総断片数へと動いています。このパターンは、より小さな最近の祖先の人口規模を示唆し、おそらくは近親交配の要素を伴っており、完新世におけるアフリカ南部古代人の間の孤立と断片化が示唆されます。したがって、リンポポ川の南側のアフリカ南部古代人は、何千年間も大きくて安定した人口で構成されていて、5万年前頃以降に中程度の現象があり、恐らくは完新世に断片化とさらなる減少がありました。


●長期の退避地としてのアフリカ南部

 アフリカ南部の採食民と侵入してきた農耕民との間の文化的接触は、2000年前頃以降、考古学的に検出されています。古人類学的記録は、後期完新世における同様の移行パターンを示していますが、LGMの前と比較して、化石における明確な違い(たとえば、ホフマイヤー頭蓋)も示しています。ゲノムデータは、アフリカ南部が数十万年間にわたって大規模な人口集団の地理的退避地として機能し、過去1000年間にのみ遺伝子流動の影響を受けたこと[4、19]と一致します(図2)。しかし、アフリカ最南端からの遺伝子流出は、おそらく好適な気候条件期に突発的に起きており、すでに7万年前頃に起きていた[30]かもしれません(図3)。これは、アフリカ大陸全域での遺伝子流動の維持を伴う「距離による孤立」モデルとは対照的に、長期にわたって、さまざまなアフリカの退避地でヒト集団が隔離されていた、との「断片化による孤立」モデと類似しています。断片化による孤立が止まった好適な条件期には遺伝子流動は、長期にわたるさほど好適ではない条件で人口が減少する中間地域への一方向のようです。

 あるいは、アフリカ南部集団は完新世の前に最大で南緯11~12度に居住し、その後、完新世にアフリカ東部集団の拡大があり、まずアフリカ南部から東部(マラウイの8000年前頃の混合祖先系統のゲノム[19]で観察されたように)へと広がり、最後の1000年間でアフリカ最南端に達しました。いずれにしても、独特で、1300年前頃以前の遺伝子流動が欠けているアフリカ南部古代人のゲノムデータから、アフリカ南部は長期にわたるヒトの退避地を表しており、遺伝子流出の可能性がある、と示唆されます。完全なゲノムの直接的比較は、さらにさかのぼる複雑な人口統計学的歴史や、低水準の古代型の混合を除外するわけではありませんが、アフリカにおける深いヒトの歴史は、一方でアフリカ最南端と、もう一方でアフリカの西部および中央部および東部や世界の他地域との間の、長期の孤立を含む深い階層化によって表されます(図3)。


●現生人類固有の遺伝的多様体

 30万~19万年前頃の古代型と現代型の特徴を有する初期現生人類化石が、アフリカの南部と東部と北部[2]で発見されました。現代的特徴を有する最古級の現生人類化石の一部は、171000~152000年前頃となる南アフリカ共和国のボーダー洞窟や、23万年前頃となるエチオピアのオモ・キビシュ[41]に由来します。その後、アフリカ南部のすべてのヒト遺骸は現代的で、現生人類の行動/思考の最古級の考古学的証拠の一部は、少なくとも10万年前頃以降です。

 行動および認知特性はおもに遺伝性なので、アフリカ南部の深い現生人類のゲノム記録は、解剖学的現代性が現代的行動に先行する、とされる「知恵の逆説」の解明に役立つかもしれません。しかし、これが簡単ではないかもしれないのは、認知と解剖を制御する一部の遺伝子が初期のヒト系統において急速に進化し、ヒトにおいて固定されていると考えられている急速な神経細胞発達を制御する遺伝的多様体は、一部の人口集団において高度に多様だからです[45]。しかし、ヒトの認知進化に関する理解は、認知特性と関連する遺伝的多様体の目録化とともに増加しており、遺伝的形質構造の理解の改善からは、より多くの古代人のゲノムデータと組み合わせることで、有益な情報が得られるでしょう。

 形質の遺伝的構造の理解は確かに調節要素の変異と関わっていますが、アミノ酸が変化した多様体は、タンパク質水準における真の差異をもたらし、形質の違いにつながるかもしれません。先行研究[45]では、現代人では派生的状態で固定している(そして、ネアンデルタール人のゲノムでは祖先的状態で固定している)、と考えられていた113点のアミノ酸が変化した多様体は実際には、現代のコイサン人25個体では多様だった、と分かりました。これらのうち13点の多様体は、アフリカ南部古代人7個体の完全なゲノムのより小さな一式でも多様です(図1a)。X染色体上のTKTL1遺伝子におけるこれらの派生的多様体は、前頭葉における新皮質神経発生の増加と関連しています。この派生的多様体は、祖先的多様体を有するネアンデルタール人およびデニソワ人とは対照的に、現代人ではほぼ固定されている(99.97%)、と報告されてきましたが、祖先的多様体は現代のコイサン人(32%)[45]と、アフリカ南部の古代人7個体の完全なゲノム(27%)では一般的です。したがって、表面的には、TKTL1遺伝子の派生的多様体は現代人においてほぼ固定されているようです。しかし、祖先的多様体は、ゲノム調査において充分には代表されていない一部の人口集団では一般的です。したがって、派生的多様体は、複雑な現代人の神経学的特徴の発達に重要である可能性は低い、偽陽性を表しています。

 現生人類に固有の遺伝的多様体(図2dにおいて太い黒線として示されている、現生人類につながる系統もしくはヒトの内部の系統のどこかで生じた多様体)を評価するために、アフリカ南部の古代人7個体、アフリカの東部(1個体)と西部(1個体)と北部(1個体)の古代人3個体、新石器時代前のユーラシア人7個体、北部サン人(ジュホアン人)7個体、南部サン人(カッレッジェ人)5個体、1KGPの208個体(26人口集団から各8個体)、古代型のヒト4個体(ネアンデルタール人3個体とデニソワ人1個体)の完全なゲノム(網羅率7.2倍超)全体のすべての利用可能な部位が抽出されました。古代型のヒト4個体が祖先的多様体で固定されていた部位が、現生人類の一式では派生的多様体の場合には、現生人類固有の多様体と呼ばれます。

 1KGPの208個体で固定されている、アミノ酸が変化する現生人類固有の多様体(合計で106ヶ所の部位)のうち、12.3%がアフリカ南部の古代人で、10.4%が北部サン人で、12.3%が南部サン人で、5.7%が新石器時代前のユーラシア人で多様でした。したがって、固定しているように見える多様体のかなりの割合は、ヒトのより多様な一式を調べると、固定されていませんでした。より一般的には、古代人および現代人集団のゲノムは、多くの低頻度のアミノ酸が変化した現生人類固有の多様体や、いくつかの中程度~高頻度の多様体を明らかにしました(図4a)。アフリカ人集団が低頻度の多様体の方への移動を示したのに対して、非アフリカ人集団はより平坦な頻度範囲を示しました。全ゲノムにわたる現生人類固有の多様体は同様のパターンを示し、アフリカ南部の古代人は現代のアフリカ人集団と非アフリカ人集団との中間の範囲を示しました。以下は本論文の図4です。
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 ジュホアン人個体群の358点およびヨルバ人個体群の364点と比較して、アフリカ南部の古代人では、490点の現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体がありました(420個の遺伝子にわたって分布しています)。非アフリカ人集団(新石器時代前のユーラシア人を含みます)は、より多くの数のそうした固定された多様体を示し(1集団あたり700~800点)、出アフリカ移動の瓶首効果によって引き起こされたより低い多様性と一致します。アフリカ南部の古代人で固定されている490点の現生人類固有の多様体のうち、免疫系関連遺伝子は最大の濃縮を示しました。ほとんどの遺伝子が複数の機能を有することにも要注意で、アフリカ南部の古代人で固定されている現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体のほぼ半分(44%)は、現代人において高頻度で神経細胞の特性と関連する非同義置換のある遺伝子としても挙げられており、おそらくは脳の成長の軌跡や複雑な認知特性の表現型をもたらしています。

 アフリカ南部の古代人を含めてすべての調査された個体で固定されている、現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体に焦点を当てることによって、腎機能のかなりの濃縮と過剰発現(79個の遺伝子のうち7個と、遺伝子オントロジーの上位15分類のうち14が腎機能との直接的関連を示しました)が見つかりました。これらの遺伝子の一部は以前に、古代型のヒトと現生人類との間で異なっている、と分かりました。これが論証しているのは、現代人で固定するようになった多くの現生人類固有のアミノ酸が置換した多様体は腎機能に影響を及ぼしていたのに対して、ネアンデルタール人とデニソワ人は祖先的多様体を保持していたことで、現生人類系統における腎機能の急速な適応が示唆され、これは水分保持能力の向上と関連しているかもしれません。この形質は、他の大型類人猿と比較してヒトに固有です。

 他のヒト集団では低頻度を示す、アフリカ南部の古代人で固定されている現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体に焦点を当てることによって、局所的適応を分離できます。アフリカ南部の古代人と1KGP個体群との間で最大の違いを示した上位10点の多様体のうち、3点の多様体は紫外線保護や皮膚疾患および/もしくは皮膚の色素沈着と関連する遺伝子に位置していました。紫外線防御は、限られた自然防御を提供する、アフリカ南部地域の乾燥した草原/サバンナ生態系に起因して、重要なこの地域の適応だった、と推測されます。

 顕著なことに、現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体の50.4%(10556点)は、1KGPの208個体の代表的な一式と比較すると、アフリカ南部の古代人に固有(20956点のそうした部位がアフリカ南部の古代人では多様でした)でした(図4b)。対照的に、現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体のわずか15.4%(14489点のうち2243点)が、同じ一式と比較して新石器時代前のユーラシア人で固有でした(図4b)。アフリカ南部の古代人を北部サン人もしくは南部サン人個体群と置換すると、同様の数が得られますが、現代のサン人集団とアフリカ南部の古代人の多様体の一式は部分的にしか重なっておらず(図4c)、これら3集団は多数の独自の現生人類固有のアミノ酸が変化した多様体を有している、と論証されます。

 まとめると、アフリカ南部の古代人のゲノムから、この集団は現生人類固有の多様体(および多様な部位)をアミノ酸が変化した部位で示しており、と分かり、これは現代のサン人でも反映されています。この観察は、他の集団と比較してより多く派生的多様体を保持していた、大規模で安定したアフリカ南部の人口集団によってのみでは説明できません。アフリカ南部の古代人はおそらく、長期にわたった他のアフリカ人集団からも孤立していました。アフリカ南部人に固有の派生的多様体も、遺伝的に異なるヒトの未知/標本抽出されていない集団からの、低~中程度の遺伝子流動を示しているかもしれません。

 原因に関係なく、アフリカ南部の古代人における多くの多様なアミノ酸が変化した部位は、さまざまなタンパク質の多様体が生存できる結果と組み合わせることの可能な、遺伝学的モデルを示しています。特定の多様体(現代のおもに都市部の人口集団で検出されます)が一部の現生人類の形質の構造に重要である、との仮定は、より精密な調査を必要とします。したがって、世界中の先住民の古代ゲノムで依然として評価されていない広範な遺伝的差異が、現生人類の進化の理解を深めるのに重要である、と示唆されます。アフリカ南部の古代人で見つかった多くの現生人類固有の多様体は、ヒトの進化の組み合わさった遺伝学的モデル[45]を示しており、そうしたモデルでは、「遺伝学的に現代的な」現生人類へとつながった遺伝的多様体の多くのあり得る組み合わせがあります。ヒトの進化に最終段階において、調節多様体(アミノ酸の変化ではなく)が主要な構成要素だった可能性もあります。この過程がどのように生じて、どの多様体(の組み合わせ)が重要だったのかは、遺伝的形質の構造の解明によって、今後10年間で明らかにされるかもしれません。重要なことに、アフリカ南部の古代人の完全なゲノムは、タンパク質のアミノ酸配列と、おそらくは機能も変えた、多数の派生的多様体の独特なパターンを明らかにしています。アフリカ南部の古代人のゲノムには、他の集団(古代人もしくは現代人)では見つからなかった、多くのそうした多様体が含まれていました。これらの観察は、ヒトにおけるゲノム差異と、現生人類の進化に重要となる遺伝的多様体の組み合わせの理解を深めるのに重要です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


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進化遺伝学:アフリカ南部の古代人ゲノムからヒトの進化を読み解く

 今回、アフリカ南部の古代人のDNA研究から、この地域の環境への適応に寄与した可能性のある独特な遺伝的多様性が明らかになった。



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