尾登雄平『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』

 KADOKAWAより2019年12月に刊行されました。電子書籍での購入です。冒頭で本書は入門書ではない、といった趣旨が述べられており、世界史の体系的な復習には向いていないかな、とも思いましたが、私が知らなかった興味深い知識を得られそうですし、私の知見や洞察力の不足のためこれまで見落としていたような歴史のつながりに新たに気づく契機になるのではないか、と思って読みました。以下、本書で興味深いと思った知見を備忘録として記していきます。

 地中海世界の把握については過去の論争も取り上げられており、確かにこうしたところからも本書は「入門書」的ではないな、と改めて思った次第です。地中海の歴史については私も関心を抱いていますが、さすがに生まれる前の学説史を調べる詳しくほどの関心はないので、興味深く読みました。本書も、広範な地域と時代を扱っているので、地中海世界をめぐる論争について詳しく取り上げているわけではありませんが、名前だけは知っている太田秀通氏がマルクス主義の立場から地中海社会を「西アジア・エジプト」と「東欧」と「西欧」に分類し、それぞれ異なった発展過程を経たものの、一様に原始社会から封建社会へと進んでいった、と主張したそうです。一方、この論争に加わった弓削達氏は、地中海社会の基本を構成する概念として、「市民共同体」を提唱し、市民共同体による社会の運動法則がギリシアおよびローマの特性を形成し、後にローマ帝国が地中海世界を統一した要因だった、と主張したそうです。

 本書は入門書ではないので、通史を期待して読み始めたわけではありませんが、アジア東部の「中華世界」の歴史については、「文明」と「中華」の形成過程こそやや詳しく取り上げられていたものの、秦漢から宋代まではほぼ言及されておらず、やや意外な構成でした。この時代は現代日本社会において比較的馴染み深いので、本書はあえて詳しく取り上げなかったのでしょうか。モンゴル帝国については比較的詳しく取り上げられており、大元ウルスを長城以南から追放した明も言及されていますが、明代の全期間ではない、と断りつつも、「根暗で独裁的な雰囲気がある」と否定的な評価になっています。明代後期には統制が弛緩し、「政権・社会のすべてにわたって、ありとあらゆるたががはずれ、放縦・出鱈目・淫乱、なんでもありのおもしろい時代となっており」との杉山正明氏の指摘(関連記事)にあるように、明代も初期と後期では雰囲気が大きく違うようで、本書は初期をより重視しているのでしょうか。

 フランス革命をめぐる議論は、やや詳しく取り上げられています。フランス革命は現代に続く世界の国民国家の重要な起点の一つと言えそうですから、フランス革命をめぐる議論は政治的立場とも深く関わっており、非専門家の間では政治論争的な意味合いを強く有しているように思います。私もフランス革命をめぐる議論について少しは知っていましたが、本書は「ブルジョワ革命論」やそれを批判する「レビジオニズム」などを簡潔に解説しており、フランス革命やそれをめぐる議論について詳しくない私にとっては有益でした。本書はフランス革命の「有害」な側面も指摘しつつ、民衆が主体的に組織を作り、利益のために活動し、世論を形成していくという、新たな政治文化が形成されたことや、フランス革命とナポレオンがもたらした戦争により、多くの国で決定的な政治的変化が生じたことに大きな意義を認めています。

 本書の対象は時空間的に広範ですが、それでも偏りがあることは否定できず、ヨーロッパを中心にユーラシア西部がおもに取り上げられています。オセアニアの歴史、とくにポリネシア人の大航海も取り上げられているのではないか、と予想していましたが、言及されておらず、これは「歴史学」ではなく「人類学」の対象との判断があるのかもしれません。先コロンブス期のアメリカ大陸についても、同様の理由なのか、言及は限定的です。イスラム復興運動についてはやや詳しく取り上げられていますが、共産主義がかつて多くの人々に支持され、政治的にも大きな影響を有していたことについては、ロシア革命の経緯こそ取り上げられていたものの、全体的には扱いが軽かったように思います。本書は通史ではないので、この点で問題があるとは考えていませんが、現代世界においては共産主義よりもイスラム復興運動の方が重要になる、との認識が背景にあるのかもしれません。

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