バルト海の孤島の先史時代のオオカミのゲノムデータ

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、バルト海の孤島の先史時代のオオカミのゲノムデータを報告した研究(Girdland-Flink et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、バルト海の孤島で発見された後期新石器時代と青銅器時代のイヌ科2個体の遺骸のゲノムデータと安定同位体データを報告し、このイヌ科2個体がハイイロオオカミの遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有しており、食性は漁業などでこの孤島を利用したヒト集団と同じく、海洋性タンパク質が豊富だった、と示しました。これらの知見から本論文は、このバルト海の孤島の後期新石器時代と青銅器時代のオオカミがヒトの管理下にあった可能性を指摘しています。これは、イヌの家畜化の解明への手がかりにもなるかもしれません。

 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、C(carbon、炭素)、N(nitrogen、窒素)、mm(millimetre、ミリメートル)、m(metre、meter、メートル)、km(kilometre、kilometer、キロメートル)、PWC(Pitted Ware Culture、円洞尖底陶文化)、です。本論文で取り上げられる主要なイヌ科動物は、ハイイロオオカミ(Canis lupus)、イエイヌ(Canis familiaris)です。本論文で取り上げられるスウェーデンの主要なイヌ科動物の出土地は、ゴットランド島、ストラ・カールスエー(Stora Karlsö)島のストラ・フェルヴァー(Stora Förvar)洞窟、エーランド(Öland)島、アルヴァストラ(Alvastra)です。


●要約

 イヌは遅くとも15000年前頃に、まだ特定されていないオオカミ個体群から少なくとも1回家畜化されました。しかし、家畜化がどのように起きたのかについて、議論が続いており、家畜化の初期段階においてヒト集団がその共同体においてオオカミを管理する能力は、よく理解されていません。本論文は、バルト海のストラ・カールスエー島のストラ・フェルヴァー洞窟の、後期新石器時代と青銅器時代の層から発掘されたイヌ科2個体から得られた、多代理データを報告します。ストラ・カールスエー島は小さく(2.5km²)、隣接するゴットランド島と同様に、陸生哺乳類の固有の個体群は存在しません。その代わりに、現在一致しているのは、ヒトによる導入がゴットランド島の一部の哺乳類動物相と、ストラ・カールスエー島の哺乳類動物相の大半を占めていることです。

 ゲノム規模データから、イヌ科2個体はユーラシアのオオカミと区別できない祖先系統を有しており、イエイヌ系統の家畜イヌと祖先系統を共有していない、と示されます。このイヌ科2個体のゲノム規模異型接合性は、以前に刊行された古代のオオカミ72個体のゲノムでの観察より低く、むしろイヌと同等です。安定同位体データ(δ¹³Cとδ¹⁵N)から海洋性タンパク質の豊富な食性が明らかになり、これはストラ・カールスエー島をアザラシや鳥類の狩りと海での漁業の拠点として、および恐らく青銅器時時代に放牧にも用いていたヒト集団とともに生息していたことと一致します。骨格の大きさはオオカミの変異の下限に位置し、1個体は移動性低下と一致する病状進展を示しています。他の想定も考えられますが、節約的な説明は、これらのオオカミがヒトによってストラ・カールスエー島に持ち込まれ、恐らくはヒトの管理下にあったことです。


●研究史

 イヌの家畜化の過程は、他のすべての動物の家畜化に先行して、旧石器時代に起きた点で特異です。しかし、この過程がどこで何回起きたのかは、依然として不明です。議論の中心は、家畜化へのあり得る経路を巡って展開してきており、それには、オオカミが適応的戦略としてヒトと隣接する生態的地位に定着することによって効率的に自己家畜化した、と仮定する「片利共生経路」と、若年や生体のオオカミとは異なり、ごく幼い頃からヒトの手で育てられば、飼い馴らすことができる、オオカミの仔の意図的な飼育を仮定する「直接的経路」が含まれます。これらの問題の解決での主要な課題の一つは、動物考古学的記録における最初期(もしくは初期)段階の特定の難しさです。家畜化の個体群動態の痕跡の記録がてきる、大規模な考古学的時系列データの集積を可能とする、群を構成する動物の大規模な家畜化とは異なり、家畜化の最初期段階と明確に年代測定されているイヌ遺骸は、現時点で知られていません。家畜化の初期の指標には、ヒトや考古学的遺跡との密接で持続的な関連、餌やりやヒトの管理による食性変化、身体の大きさの縮小、遺伝的多様性の低下(たとえば、異型接合性がより低くなること)が含まれますが、これらの痕跡は、小さく初期段階の個体群では、ヒトの管理下でさえ、微妙か、不完全に現れるかもしれません。

 本論文はゲノミクスの能力を活用し、バルト海のストラ・カールスエー島のストラ・フェルヴァー洞窟から発掘されたイヌ科2個体の遺骸(G.7とG.11)からゲノム規模データを生成することによって、イヌとオオカミを区別します。ストラ・フェルヴァー洞窟遺跡では、少なくとも1個体の家畜化されたイヌの3点の頭蓋と数点の頭蓋後方骨格要素が発掘されており、このイヌの大きさと形態学的特徴は、ヒトの管理下で飼育されたオオカミと一致する、と解釈されました。より新しい研究では、形態のみに基づいて初期のイエイヌからオオカミを区別することは困難と示されたので、当初の解釈は、先史時代のスカンジナビア半島においてオオカミはヒトの管理下にあったのか?という興味深い問題を提起します。1926年に記載された頭蓋要素の場所を突き止めることはできませんでしたが、区画I.5から成体のイヌ科1個体の遠位上腕骨が特定され、これは、ゲノムデータが以前に刊行されたイエイヌ[11]で、区画G.7(直接的な年代測定では、2σの較正年代で4804~4601年前頃となる中期新石器時代)の若いイヌ科―1個体の数点の後足が特定されました。さらに、以前には記載されていなかった成体のイヌ科1個体の遠位上腕骨がG.11から見つかり、その直接的な年代測定では、青銅器時代(σの較正年代で3304~3094年前頃)です。骨計測Bdも得られ、δ¹³Cとδ¹⁵Nによって植生が評価されました。

 ストラ・フェルヴァー洞窟の考古学的背景は、オオカミがある程度のヒトの管理下にある、との仮説の検証について、説得力のある状況一式を提供します。ストラ・カールスエーは、より大きなゴットランド島の西方約5km、スウェーデン本土の東方約80kmに位置する、小さく円形の石灰岩の島(約2.5km²)です(図1A)。これらの島々がスウェーデン本土とつながったことはなく、その結果、ノウサギやキツネや野生もしくは野生化したブタ(今では絶滅)やハリネズミなど、より大きなゴットランド島に現在生息する哺乳類は、在来ではなく、ヒトによってもたらされた可能性が高そうです。重要なことに、ゴットランド初頭の新石器時代もしくは青銅器時代の遺跡のどの動物遺骸でも、オオカミもしくは大型イヌ科の骨はないので、ストラ・フェルヴァー洞窟におけるオオカミの存在は、オオカミがヒトによってストラ・カールスエー島にもたらされたことを示唆しています。以下は本論文の図1です。
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 1888年と1893年の間に行なわれたストラ・フェルヴァー洞窟の発掘では、約25mの深さの洞窟における最大4mの厚さで、約8000年間にわたる文化層において、豊富な物質文化の動物相遺骸の記録が明らかになりました。ストラ・フェルヴァー洞窟の文化層は完全に人為的で、遺物群はアザラシが優占する多くの種の何千点もの骨格団本で構成されており、すべては食料廃棄物を表している可能性が高そうです。上層では家畜化されたか片利共生の動物が見られ、ウシやヒツジやヤギやブタやウマはだけではなく、ネズミやキツネも含まれています。イエイヌのように散在したヒト遺骸も地層で発見されており、オオカミはヒトの管理下にあった、と仮定されました。


●分析結果と考察

 G.11とG.7のゲノムが、それぞれ深度0.1倍と0.008倍で配列決定され、この2個体がイヌなのかオオカミなのか交雑個体なのかどうか、検証されました。低網羅率ではあるものの、すべての現代および古代のイエイヌに共有されている、と仮定されている[16]遺伝的ボトルネック(瓶首効果)が意味するのは、少なくとも更新世においてオオカミをイエイヌ系統から区別するのは、限定的なデータでさえ通常は可能である、ということです。モデルに基づくクラスタ化(まとまること)手法であるADMIXTUREでは、両個体【G.11とG.7】が完全にオオカミ的祖先系統を有する、と推定されました(図2A)。以下は本論文の図2です。
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 qpWave/qpAdm[18]を用いてこれがより形式的に確証され、G.11とG.7の両方に最適なのは、検証された供給源の中でG.11とG.7の祖先系統を最適に表している、スカンジナビア半島本土のアルヴァストラの5100年前頃のオオカミのゲノム(網羅率は2.1倍)でを用いての単一供給源モデルです(図2B)。重要なことに、本論文のqpAdmモデルには、ストラ・カールスエー島の以前に特定された4000年前頃のイヌI.5が外群として含まれており、地元のイヌとの混合の兆候はない、と明らかになりました。供給源としてI.5イヌを含む効果適合2方向モデルによるあり得るイヌ祖先系統の割合の上限を推定する場合、4.4%(G.11、SEは4.7%)と16.5%(G.7、SEは9.2%)のイヌ祖先系統の点推定値が得られます。したがって、形式的にはイヌ関連祖先系統の低い割合を除外できませんが、G.7とG.11がイヌ関連祖先系統を有している、との統計的に有意な証拠はなく、最も節約的なモデルは、G.7とG.11がオオカミ祖先系統のみを有していた、というものです。

 さらに、G.11の上腕骨のBdが、ゴットランド島の家畜化された中石器時代もしくは同時代のPWC のどのイヌよりも大きいものの、現代のスカンジナビア半島のオオカミの標本よりは小さく、更新世および完新世オオカミの大きさの範囲の下限に位置する40.5mmと測定されたように、これらのオオカミの比較的小さな大きさとの最初の観察が確証されます。これらのデータは、性的二形を考慮してさえも(G.11は雌)、G.11が小柄なオオカミを表していることと一致します。

 次に、動物の長期にわたるヒトの管理の一般的な結果である、近親交配の証拠が評価されました。その結果、G.11の異型接合性は、ほぼ同時代のアルヴァストラのオオカミ[16]を含めて、後期更新世および完新世の72点のゲノムの世界規模のデータセットにおいて他のどの古代のオオカミでの観察よりも低い、と分かりました(図2C)。原則として、そうしたパターンは小さなオオカミ個体群の複数世代にわたる繁殖管理の状況下で予測されますが、そうしたより低い遺伝的多様性は、短い時間規模で野生個体群の限られた個体群規模からも生じる可能性があります。じっさい、一部の現在のオオカミは、G.11のゲノムと同じくらいか、より低い異型接合性水準を示しており、これは最近のヒトの蚕食と生息地喪失によって引き起こされた瓶首効果および孤立を反映している可能性が高そうです。

 最後に、¹⁴C年代測定から得られたδ¹³Cおよびδ¹⁵N同位体では、G.7とG.11の両方が海洋性タンパク質の豊富な食性だった、と示され、これは食性がおもに陸生資源に基づいていたI.5とは異なり、エーランド島の後期新石器時代および青銅器時代のイヌの食性と一致します(図1C)。G.7の食性は魚類など低栄養水準の海洋性タンパク質の高い割合を示唆しており、デンマークの中石器時代のイヌの一部や、ゴットランド島の同時代のPWCの一部のイヌと同様です。魚類もしくは他の低栄養水準の海洋性資源が持続的利用可能だったことは、ヒトへの依存の可能性を示唆しており、それは、そうした食料を独自に獲得するのはイヌもしくはオオカミにとって、とくにサケのような季節的に豊富な魚類がない場合には、困難だからです。しかし、ゴットランド島のとエーランド島のPWCのほとんどのイヌとヒトは、より高いδ¹⁵N値を示しており、これはアザラシなどより高い栄養水準の海洋性タンパク質へのより大きな依存と一致します。G.11の食性はスウェーデン本土の一部の中石器時代のイヌと同様の混合した陸生および海洋性だったものの、エーランド島の新石器時代のヒトは、ほとんどの青銅器時代のヒトおよびイヌと比較して外れ値です(図1C)。

 オオカミの海洋性食性は以前に観察されてきており、北アメリカ大陸のアラスカおよびブリティッシュコロンビア地域で最も顕著ですが、これらのオオカミは群島と沿岸で死肉漁りをする傾向にあり、本論文が把握している限りでは、先史時代のスカンジナビア半島における定住型もしくは季節的な海洋死肉漁りのオオカミに関して、動物考古学的もしくは同位体の証拠はないことに要注意です。氷河を渡った可能性はあるものの、本土までの最短距離(約80km)は、記録されているか、あり得ると考えられている上限となります。個体G.11は肘頭窩の遠位滑車部で上腕骨に病理的な障害も示しており、これは長期間個体に影響を及ぼしたに違いなく、その移動性を減少させた可能性が高そうです。したがって、ストラ・カールスエー島のオオカミが、自然に拡散し、海洋に適応した死肉漁り個体群を表している可能性は低そうです。

 考古学的記録において、ヒトの環境におけるオオカミの存在は、前例がないわけではありません。ユーラシア全域において、オオカミが、単に動物相としてだけではなく、象徴的で儀式的でおそらくは実用的な意味としても、先史時代のヒト社会に組み込まれていたようだ、との事例があります。骨遺骸は、ヒトによって用いられて捨てられた毛皮に由来するかもしれませんが、これは、骨格要素の無作為ではない出現につながる、と予測され、とくに足の指骨や後足など四肢抹消部です。後足(G.7)は毛皮で一般的に見られますが、上腕骨(G.11)と頭蓋要素は毛皮の一部では予測されません。しかし、この仮説は、海洋環境への長期の適応を示唆する、海洋性の豊富な食性を説明できません。


●まとめ

 すべて家畜化の指標と考えられることが多い、確実に人為的な環境における地理的孤立も異常な海洋性の豊富な食性、小さな体格、異型接合性の低下が同時に見られることは、オオカミの先史時代のヒトによる管理の可能性を示唆しています。この調査結果から、同様の過程が他の地域で、より曖昧な考古学的記録しか残さなかったかもしれないやり方で、起きた可能性がある、と示唆されます。しかし、自然的な拡散など他の状況も除外できません。本論文の結果から、過去のヒトとオオカミの相互作用および関係についての論議を広げる証拠が提供されます。


参考文献:
Girdland-Flink L. et al.(2025): Gray wolves in an anthropogenic context on a small island in prehistoric Scandinavia. PNAS, 122, 48, e2421759122.
https://doi.org/10.1073/pnas.2421759122

[11]Bergström A. et al.(2020): Origins and genetic legacy of prehistoric dogs. Science, 370, 6516, 557–564.
https://doi.org/10.1126/science.aba9572
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[16]Bergström A. et al.(2022): Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature, 607, 7918, 313–320.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04824-9
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[18]Haak W. et al.(2015): Massive migration from the steppe was a source for Indo-European languages in Europe. Nature, 522, 7555, 207–211.
https://doi.org/10.1038/nature14317
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