ヨーロッパへのイエネコの到来時期

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、古代ゲノムデータからヨーロッパへのイエネコの到来時期を検証した研究(De Martino et al., 2025)が報道されました。日本語の解説記事もあります。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、おもにアフリカ北部とユーラシア西部の古代および現代のネコ科動物のゲノムデータから、ヨーロッパへのイエネコの導入は新石器時代ではなく、恐らくはアフリカ北部起源でローマ帝国の頃となり、それ以降ヨーロッパでは急速に拡大した、と示しました。

 イエネコの起源はリビアヤマネコですが、母系(ミトコンドリアDNA)では、ヨーロッパ南西部とアナトリア半島の新石器時代~銅器時代のネコ科動物はリビアヤマネコとクレード(単系統群)を形成する、と以前に示されていました。そのため、新石器時代におけるアナトリア半島からヨーロッパへの農耕民の拡大には、イエネコが伴っていた、と考えられていました。しかし、これらのネコの核ゲノムからは、リビアヤマネコとミトコンドリアDNAで単系統群を形成するヨーロッパの新石器時代のネコ科動物は、ヨーロッパヤマネコとリビアヤマネコの遺伝的混合によって生じた、と明らかになりました。この混合個体群において、リビアヤマネコ的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は、西方(ヨーロッパ南西部)から東方(アナトリア半島)にかけて割合が増加する、と示されました。

 ヨーロッパにおいてリビアヤマネコおよびイエネコの遺伝的クラスタ(まとまり)に属する最初の個体はサルデーニャ島で見つかり、その年代は2200年前頃で、起源地はアフリカ北西部と推定されています。このサルデーニャ島の古代のノネコは、遺伝的にサルデーニャ島の現在のノネコと類似しています。サルデーニャ島の現代のノネコは、他地域のネコでは現代のモロッコのリビアヤマネコと密接に関連していることも示され、ヨーロッパのイエネコの祖先とは異なるリビアヤマネコ集団と推測されました。

 最近の研究(Han et al., 2026)では、アジア東部においてもイエネコの到来は新石器時代や紀元前千年紀ではなく唐代以降と示されており、イエネコはブタやウシやウマなど他の家畜動物と比較して、拡散がずっと遅いように思われます。これは、イエネコが他の家畜動物と比較して「実用度」は低く、愛玩動物としての性格が強いからでしょうか。また本論文は、母系だけでヒトも含めて動物集団の進化史を推測することが危ういことも、改めて示しているように思います。なお、当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します。以下は本論文の要約図です。
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 以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、ML(Maximum-Likelihood、最尤)、MDS(multidimensional scaling、多次元尺度構成法)、K(系統構成要素数)、IBS(identity-by-state、同じアレルを有していること)、ILS(incomplete lineage sorting、不完全遺伝子系統分類)、Nₑ(有効人口規模)です。

 本論文で取り上げられる主要なネコ科動物は、イエネコ(Felis catus、Felis silvestris catus)、リビアヤマネコ(Felis lybica lybica、Felis lybica)、ヨーロッパヤマネコ(Felis silvestris)、ステップヤマネコ(Felis ornata)、ハイイロネコ(Felis bieti)、ジャングルキャット(Felis chaus)、イエネコのオシキャット(Ocicat)品種です。本論文で取り上げられる主要なネコ科動物の出土地および生息地は、サルデーニャ島のジェノーニ(Genoni)とパルタンナ(Partanna)、オーストリアのガルゲンビューヘル(Galgenbühel)とマウターン(Mautern)、イタリアのドス・デル・ラ・フォルカ(Dos de la Forca)、イギリスのフィッシュバーン(Fishbourne)です。


●構造化要約

○前提
 イエネコの起源は、現在アフリカ北部と近東全域に分布しているリビアヤマネコです。イエネコはそれ以降急速に拡大し、世界中に分布しました。動物考古学的および図像学的証拠は、家畜化の中心地かもしれない2ヶ所を示しており、それは9500年前頃の新石器時代レヴァントと3500年前頃のファラオ時代のエジプトです。古代mtDNAデータはネコの拡散の二重起源モデルを裏づけており、6400年前頃の新石器時代農耕民によるアナトリア半島からヨーロッパへの最初の拡大と、それに続く2000年前頃のエジプトからの第二の波です。

○理論的根拠
 ネコの家畜化と拡散の時期と状況は、これまでに分析された古代および現代のゲノムの数が限られているため、依然として不確かです。過去のリビアヤマネコおよびヨーロッパヤマネコの自然の分布範囲および混合の可能性について、依然として問題が残っています。最近の研究では、とくにmtDNAに基づくと、古代の遺伝子流動がネコの拡散を混乱させたかもしれない、と示されました。地中海のサルデーニャ島とコルシカ島におけるリビアヤマネコ個体群の起源も、分かりにくくなっています。現時点の証拠から、サルデーニャ島とコルシカ島の個体群は野生化したイエネコではなく、むしろ別のヤマネコ系統を表している、と示唆されています。これらの門課題に取り組むために、ヨーロッパとアナトリア半島の考古学的遺跡から発見された古代のネコ70個体のゲノム、およびイタリア(サルデーニャ島を含みます)とブルガリアとアフリカ北部(モロッコとチュニジア)の現代のノネコ17個体のゲノムが分析されました。

○結果
 過去11000年間にわたるゲノム時間横断区が生成され、9500~6300年前頃となる新石器時代および銅器時代のヨーロッパ南西部およびアナトリア半島のリビアヤマネコmtDNA単系統群を有する、と以前に特定されたネコは、その祖先がリビアヤマネコと交雑したヨーロッパヤマネコだった、と分かりました。古代ゲノムは、ブルガリアからアナトリア半島中央部へと東方に向かって、9~34%の範囲のリビアヤマネコ祖先系統の増加傾向を明らかにしました。
 ヨーロッパにおいてリビアヤマネコおよびイエネコの遺伝的まとまりに属する最古級のネコは、サルデーニャ島(イタリア)のジェノーニ遺跡に由来し、年代は2200年前頃です。このネコは遺伝的にサルデーニャ島の現在のノネコと類似しており、サルデーニャ島の現在のノネコはすべて、モロッコのリビアヤマネコと密接に関連しているようです。リビアヤマネコおよびイエネコのクラスタに含まれるヨーロッパおよびアナトリア半島の他の考古学的ネコはすべて、年代が2000年前頃以降です。これらのネコは現代のイエネコの典型的な遺伝子プールを有しており、レヴァントの近縁種とよりも現代のアフリカのノネコの方と多くの類似性を共有していました。過去2000年間の地中海全域の急速な拡散は、母方祖先系統で記録される個体群動態の拡大を示しました。

○結論
 本論文の調査結果は、ヨーロッパへのイエネコの新石器時代の導入との一般的に認められている見解に異議を唱え、代わりに、イエネコの到来を数千年後に位置づけます。最初の拡散は、サルデーニャ島へともたらされ、サルデーニャ島の現在の野生個体群の祖先となった、アフリカ北西部のヤマネコだった可能性が最も高そうです。アフリカ北部の異なるまだ知られていない個体群が、2000年前頃以前の第二の拡散の供給源となり、それがヨーロッパにおける現代のイエネコの遺伝子プールを確立しました。


●要約

 イエネコはリビアヤマネコの子孫です。イエネコがヒトとともに世界中に分布していることは、人為的環境への適応の成功を証明しています。イエネコの起源が、レヴァントかエジプトかリビアヤマネコの自然の分布範囲の他の地域にあったのかどうかに関して、依然として不確かです。イエネコのヨーロッパへの拡散の時期と状況も不明です。この研究では、古代および現代のネコ87個体の分析から、イエネコは新石器時代農耕民とともにヨーロッパへと広がったわけではなかった、と示唆されます。逆に、イエネコは恐らくアフリカ北部からヨーロッパへと2000年前頃にもたらされました。さらに、アフリカ北西部のノネコの別のより早い導入(紀元前千年紀)は、サルデーニャ島の現在のノネコ個体群の起源だったかもしれません。


●研究史

 イエネコには、最終的にはヒトの密接な関係を生じた、複雑な進化史があります。イエネコは、最も成功した哺乳類の家畜の一つとして、世界中に分布し、離島にさえ広がっています。野生化したネコ(つまり、現在は野生で生息しているイエネコの子孫個体群)を含めると、イエネコの世界の個体数は10億匹に迫ります。

 ネコはその遍在性にも関わらず、家畜化と拡散の時期およびじョ右京は依然として不明です。これはさまざまな要因のためで、それに含まれるのは、考古学的文脈におけるネコ科遺骸の少なさや、骨格要素への種および家畜状態への割り当ての難しさ(野生形態と家畜化形態は大きさと形態で重なっているため)や、これまでに分析された古代および現代のゲノム数が限られていることです。結果として、ネコが、いつ、どこで、どのように家畜化されたのかに関する現在の仮説は、実証証拠によって充分には裏づけられていません。

 現在のノネコとイエネコの遺伝学的調査結果では、現在はアフリカ北部および近東善意に分布しているリビアヤマネコが、すべての現代のイエネコの祖先である、と論証されてきました。キプロス島における紀元前7500年頃のヒトの完全な骨格と関連するネコ1匹の埋葬から、ネコは先土器新石器時代(紀元前9600~紀元前7000年頃)にレヴァントで家畜化され、そこで初期農耕共同体において害虫駆除者の役割を果たしていたかもしれない、との仮説につながりました。紀元前2200年頃にさかのぼる図像学と葬儀の証拠に基づくより伝統的な見解では、ネコの家畜化の起源地としてファラオ時代のエジプトが特定されました。しかし、ネコを飼い馴らす試みは、紀元前3700年頃の先王朝時代にも始まっていたかもしれません。

 イエネコの拡散に関する明確な理解は、リビアヤマネコとヨーロッパヤマネコの自然分布範囲の知識が限られているため、妨げられています。この2間の過去の交雑は、範囲が重複していたか、隣接していた地域では自然に起きたかもしれません[13、14]。古代mtDNAの証拠から、リビアヤマネコの野生個体群が1万年前頃のアナトリア半島とヨーロッパ南西部に存在していた、と示唆されています[13]。ヨーロッパとアジア南西部とアフリカ北部における母系の時空間的分布から、mtHg-IV-Aを有するイエネコは当初、早くも紀元前五千年紀半ばには、おそらく新石器時代の拡大とともに、アナトリア半島からヨーロッパ中央部へとヨーロッパ南東部経由で人々によって拡散された、との仮説が提示されました。古典期となる2000年前頃以降に、エジプトから報告されたmtHg-IV-Cを有するイエネコがヨーロッパおよびアジア南西部全域に拡散しました。しかし、古代および現代のネコから得られた最近のゲノム規模データは、ノネコの以前の自然分プおよびイエネコの拡大についての結論を導き出すための、mtDNAの使用に疑問を呈してきました。これは、現在のヨーロッパヤマネコで観察される核DNAとmtDNAの進化再構築の不一致のためで、これは過去に起きたかもしれない交雑に起因する可能性が最も高そうです。

 ネコの拡散の再構築は、地中海のサルデーニャ島とコルシカ島の野生のリビアヤマネコ個体群の不確実な起源によってさらに複雑化します。サルデーニャ島とコルシカ島のノネコの起源は、新石器時代に近東からの農耕民によってもたらされたイエネコにたどることができる、と主張されましたが、考古学的証拠はずっと後の導入を示唆しており、形態学的標識の分析から、現代の個体群はアフリカ北部のノネコと類似性を共有していた、と結論づけられました。さらに、現在の標本の形態学的および遺伝学的分析から、それらの標本はイエネコと異なる、と示唆されました。まとめると、これら一連の証拠から、サルデーニャ島とコルシカ島のノネコは初期イエネコの野生化した個体群の子孫ではなく、別の野生系統である、と示唆されます。しかし、サルデーニャ島とコルシカ島の考古学的記録における小型肉食動物の記録が乏しいことと、アフリカ北部および近東のノネコの遺伝的データの不足から、この仮説の検証と特定起源個体群の特定は困難でした。

 本論文では、ヨーロッパへのイエネコの拡散の時期とあり得る経路や、サルデーニャ島のノネコとの関係を評価するために、ヨーロッパおよびアナトリア半島の97ヶ所の考古学的遺跡の古代のネコ標本225点の古ゲノム解析が実行されました。紀元前九千年紀から19世紀まで1万年以上にわたる70点の低網羅率(0.03~3.82倍)の古代ゲノム(図1A)と、イタリア(サルデーニャ島が含まれます)とブルガリアとアフリカ北部の現在および博物館の標本17点の低~中程度の網羅率(0.7~18倍)のゲノムが生成されました。再構築された遺伝的差異にとって高い時間的解像度を確保するために、30ヶ所の考古学的遺跡から37点のネコ遺骸が直接的に放射性炭素年代測定されました。以下は本論文の図1です。
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●現在のイエネコとサルデーニャ島のノネコにおける異なるアフリカ北部祖先系統

 現在のノネコおよびイエネコの最新の系統発生を提供するためにまず、文献の標本とともにこの研究で生成された現在のノネコのゲノムを用いて、最尤常染色体系統樹が再構築されました(図1B)。調べられた異なる野生分類群に対応する主要な4単系統群が特定され、これは、イエネコの家畜形態を含めてリビアヤマネコ(以後、単一の遺伝的クラスタとして呼ぶ場合には、リビアヤマネコ/イエネコと表記されます)が、ステップヤマネコやヨーロッパヤマネコやハイイロネコの姉妹群である、と示した先行研究[14]を裏づけます。この分析は、リビアヤマネコ個体群が、レヴァントとアフリカのノネコに相当する、地理的に異なる高度に裏づけられた2単系統群で構造化されていることも示しました。イエネコはアフリカのノネコと異なる姉妹単系統群を形成するので、現代のレヴァントの個体群とよりもアフリカの個体群の方との遺伝的近さが示唆されます。現在のサルデーニャ島のノネコはリビアヤマネコとクラスタ化し(まとまり)、イエネコによって表される差異の範囲外でモロッコの標本と単系統集団を形成しました。

 次に、IBSに基づくMDSと教師無ADMIXTURE分析を用いて、現在のノネコおよびイエネコ個体群における集団構造が評価されました。MDSとK=4でのADMIXTUREの両方は、最尤系統樹の主要単系統群を反映した、クラスタを定義しました。より高いK値(K=5~7)は、ヨーロッパヤマネコ内の下部構造を特定し、イエネコ集団からリビアヤマネコを区別しました。イエネコは、レヴァントおよびサルデーニャ島のノネコとよりも、アフリカ、とくにチュニジアのノネコの方と多くの遺伝的類似性を共有していました。リビアヤマネコ祖先系統はK=8でより適切に分解され、異なる構成要素がレヴァントのノネコに割り当てられ、サルデーニャ島のノネコはモロッコの標本とより多くの祖先系統を共有していました。これはMDSでも示されており、モロッコとサルデーニャ島のノネコはともにクラスタ化し(まとまり)、これは最尤系統樹の形態と一致します。類似の結果は、不均等な標本抽出に起因する偏りの可能性を考慮するために、リビアヤマネコ(8点)とイエネコのさまざまな無作為の二次標のみを含む個体群のいくつかのサブパネルでの、ADMIXTURE分析の実行で得られました。

 現在のイエネコが遺伝的にレヴァントのノネコとよりもアフリカのノネコの方と近いのかどうか、検証するために、外群としてジャングルキャットを用いて、外群f₃およびf₄統計が採用されました。その結果、すべての現在のイエネコは現在のチュニジアのノネコとより多くの遺伝的浮動を共有していた、と示されました。サルデーニャ島のノネコで実行された外群f₃およびf₄統計から、サルデーニャ島のノネコはイエネコとよりも現在のモロッコの1個体の方と多くの浮動を共有していた、と示されました。ノネコのゲノムの標本が限られているため(レヴァントの3点とアフリカ北部の2点)予備的ですが、これらの結果はすべて、イエネコとサルデーニャ島のノネコはアフリカ北部の遺伝的に異なる2個体群に由来し、それぞれチュニジアのノネコとモロッコのノネコによって表される、と仮定できます。


●イエネコは新石器時代にヨーロッパへと広がりませんでした

 ミトコンドリアゲノムの断片から得られた診断可能なSNPを用いた先行研究では、近東および中東のリビアヤマネコ個体群に典型的な単系統群IV-AおよびIV-Bは、新石器時代にヨーロッパ南東部経由でアナトリア半島からヨーロッパ中央部へと拡散した系統だった、と示唆されました[13]。最近、ヨーロッパへの新石器時代のネコの拡散の波は、現在のヨーロッパ東部のヨーロッパヤマネコ個体群は、おそらく後期更新世もしくは前期完新世における交雑帯に沿った混合のため、ある程度の近東ノネコ祖先系統を有している、との論証によって疑問を呈されてきました[14]。したがって、その研究では、mtHg-IV-AおよびBはイエネコの拡散を追跡するための適切な診断標識ではない、と結論づけられました。この問題に取り組むために、ゲノム規模の塩基転換(transversion、ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)が分析され、以前にmtHg-IV-Aが検出された[13]、新石器時代/銅器時代ブルガリア(4点)と新石器時代アナトリア半島(4点)の標本(紀元前9900~紀元前4300年頃が)がヨーロッパヤマネコだったのかどうか、検証されました。

 その結果、核ゲノム水準では、紀元前九千年紀~紀元前3世紀の全標本(22点)がヨーロッパヤマネコのPCAクラスタに投影される、と分かりました(図1C・D)。重要なことに、このクラスタには、リビアヤマネコと典型的に関連するmtHg-IV-Aを有する(図1E)、紀元前七千年紀~紀元前五千年紀のアナトリア半島(4個体)とブルガリア(4個体)の新石器時代および銅器時代のネコが含まれます。、紀元前九千年紀~紀元前3世紀のヨーロッパの他地域の全標本(14点)や、銅器時代ブルガリアのネコ標本1点は、核ゲノムでのヨーロッパヤマネコ祖先系統と、ヨーロッパヤマネコに特徴的なmtHg-Iの両方を有していました。mtDNAの単系統群IV-Aは、ローマ期(ベルギーとイタリアの2点)や現代(ドイツの3点とブルガリアの1点)のノネコでも見つかるので、ヨーロッパ南東部および中央部における過去7000年間にわたるIV-Aの存続が示唆されます。

 ミトコンドリアと核ゲの進化史の矛盾(つまり、ミトコンドリア核不一致)は、交雑もしくはILSに起因するかもしれません。この場合、古代のヨーロッパのノネコで示されたようにミトコンドリア核の明確な生物地理学的パターンを考えると、ILSは除外できます。ベイズスカイライン図で推定された有効個体群規模の検証と、新石器時代アナトリア半島における中立性および完全なmtDNAの置換(紀元前8000年頃)を仮定することによって、mtHg-IV-Aが古代アナトリア半島ノネコ個体群で固定に達する、平均時期が計算されました[27]。その結果、リビアヤマネコのmtHg-IV-Aは小さなヨーロッパのノネコ個体群(Nₑ=1000)では5000年未満で固定に達するので、後期更新世以前の混合事象に位置づけられる、と示されます。現時点では欠けている、アナトリア半島とコーカサスの現代のノネコの追加のゲノムデータが、さまざまな混合仮説の検証に役立つでしょう。

 本論文の結果から、新石器時代アナトリア半島(紀元前8000~紀元前6000年頃)と銅器時代ヨーロッパ南東部(紀元前5500~紀元前4000年頃)でmtDNA単系統群IV-Aを有している、と分かったネコはヒトによってもたらされたリビアヤマネコ/イエネコではなく、祖先がリビアヤマネコと交雑したヨーロッパヤマネコだった、と論証されます。これは、ヨーロッパヤマネコが少なくとも過去1万年間これらの地域に存在したことを示唆しています。したがって、本論文のゲノムデータは、mtHg-IV-Aはリビアヤマネコに限られず、母系のmtHg-IV-Aだけでは、古代のノネコの分布か、過去におけるヨーロッパ中央部全域のヒトによる移動のどちらかを推測するのに使用すべきではない、と示した以前の証拠[14]を裏づけます。ネコは伝統的に、新石器時代のレヴァントにおけるヒトの生態的地位によく集まった片利共生動物と考えられていますが、最近の動物考古学的証拠から、ノネコも食料や毛皮のため狩られて利用されていた、と示唆されています。レヴァントにおける新石器時代のネコとヒトの関係の性質に関わらず、本論文のデータから、これらはヨーロッパへのリビアヤマネコ/イエネコの拡大につながらなかった、と示唆されます。

 本論文の紀元前九千年紀~紀元前3世紀の年代のヨーロッパヤマネコ標本22点のうち、20点は考古学的集落(つまり、新石器時代および銅器時代のアナトリア半島およびブルガリア、青銅器時代のイタリアおよびスペイン、ヘレニズム時代のギリシア、15点)か、人為的活動の証拠がある洞窟遺跡(後期旧石器時代と中石器時代と新石器時代のイタリア、5点)のどちらかに由来します。ヨーロッパにおけるヒトとノネコとの間の関係は、ガルゲンビューヘル/ドス・デル・ラ・フォルカの中石器時代標本によって示唆されるように、おそらく毛皮や食料のための利用に基づいていました。しかし、鐘状壺で収集された、本論文で分析された青銅器時代のパルタンナ(イタリアのシチリア島)のノネコ遺骸や、銅器時代ブルガリアのネコのような粘土製頭部を考慮すると、より複雑な社会文化的および象徴的関係を無視すべきではありません。


●紀元前千年紀以降のリビアヤマネコのヒトによる拡散

 リビアヤマネコ/イエネコ核祖先系統を有する本論文で最古の標本は、サルデーニャ島(イタリア)のジェノーニ遺跡のネコ1個体(GSA01)で、この個体の年代は直接的な放射性炭素年代測定では紀元前2世紀でした(図1C・D)。とくにリビアヤマネコ/イエネコ標本群で実行されたPCAでは、この個体は現在のサルデーニャ島のノネコ3個体とクラスタ化し(まとまり)、その遺伝的近縁性は、GSA01と古代および現代のリビアヤマネコ/イエネコ標本群とのあいだで共有される浮動を評価するために用いられた、外群f₃統計によって確証されました。最高のf₃値は、サルデーニャ島の現在のノネコで見つかりました。これらの結果から、現在のサルデーニャ島のノネコは、GSA01が属していた2000年前頃祖先野生個体群にたどることができる、と示唆されます。

 リビアヤマネコ/イエネコとまとまるヨーロッパとアナトリア半島の他のすべての考古学的発掘によるネコ(42個体)は、年代が紀元後1世紀以降です。これらの標本は、ローマ期から19世紀のサルデーニャ島の3点の標本を含めて、現在のイエネコとまとまります(図2A)。これは、古代と現在のノネコとイエネコとの間のリビアヤマネコ/イエネコにおける共有された浮動パターンの評価に用いられた、f₄統計によって裏づけられました。GSA01と同様に、すべての古代のイエネコ標本は、レヴァントの近縁個体群とよりも現代のアフリカのノネコの方と多くの類似性を共有しています(図2B)。GSA01とは対照的に、古代のイエネコはアフリカ北部のノネコとよりも、現在のイエネコの方と密接に関連していました(図2C)。以下は本論文の図2です。
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 最近の研究では、アジアのノネコであるステップヤマネコと、レヴァントのノネコであるリビアヤマネコとの間の遺伝子流動の証拠が見つかりました[14]。それに応じて、K=4での本論文の混合分析は、レヴァントのノネコにおけるステップヤマネコ祖先系統を検出しました。この祖先系統がレヴァントのノネコとのイエネコの遺伝的類似性の現象を説明できるのかどうか、評価するために、ステップヤマネコとの遺伝子流動について、本論文のデータセットにおける全ての古代および現代のリビアヤマネコ/イエネコ標本が、D統計の計算によって検証されました。その結果、すべての検証された個体はステップヤマネコとの共有アレル(対立遺伝子)の過剰を有している、と分かりました。これは、ステップヤマネコと共有されている祖先系統が本論文の結果に影響を及ぼしておらず、それは、相互からのリビアヤマネコ系統の分岐前の遺伝子流動か、あるいは祖先の遺伝的構造に起因する可能性が最も高いことを示唆しています。

 全体的に、ヒトによるヨーロッパへのリビアヤマネコ/イエネコの拡散は、少なくとも2回起きたかもしれません。アフリカ北西部の供給源個体群からサルデーニャ島へのリビアヤマネコの最初の移動は、紀元前200~紀元前50年頃のGSA01標本によって証明されるように、少なくとも紀元前千年紀の後半にさかのぼります。この個体群は、まだイエネコに典型的な行動的特徴が発達していなかった、アフリカ北西部における野生片利共生動物で構成されていたかもしれません。現代のイエネコと祖先系統を共有する第二の個体群がローマ帝政期以降にサルデーニャ島へねたらされた後に、最初に導入された個体群は近縁の家畜個体群からほぼ孤立しており、その祖先的な遺伝的痕跡が保持されました。

 フェニキア人とその後のカルタゴ人は、アフリカ北部沿岸やサルデーニャ島やイタリア半島南東部に紀元前9世紀から第三次ポエニ戦争で紀元前146年に敗北するまで、植民地を立てて維持しました。サルデーニャ島は紀元前238年以降ローマの支配下にあったので、サルデーニャ島へりリビアヤマネコの移動は、フェニキア人およびカルタゴ人か紀元前27年に始まる帝政期以前のローマ人によって行なわれたかもしれません。

 その後、ローマ帝政期以降、現在のイエネコとより遺伝的に類似しているネコが、異なるアフリカ北部の個体群からヨーロッパ全域に広がりました。現在のイエネコで見られる祖先系統を有する最古級の標本の年代は紀元前80~紀元前50年頃で、オーストリアのマウターン遺跡で見つかりました。この祖先系統を有するネコはその後、イタリア(4個体)とオーストリアおよびセルビアのドナウ川の西部区間(Danube Limes)沿いのローマ帝国郡司遺跡(6個体)で特定され、ローマ軍とその随員がヨーロッパ中央部および東部へのイエネコの拡大に役割を果たした、との以前の主張が確証されます。この拡散は、24~123年頃のブリテン島のフィッシュバーン遺跡のネコ1個体のゲノムによって証明されるように、比較的早期のローマ帝政期にヨーロッパ北部に到達しました[14]。現在のイエネコに典型的な祖先系統は、その後湯はとアナトリア半島のすべてのネコで、ビザンツ(東ローマ)期(7個体)と中世(23個体)と中世の後(2個体)から現在まで、連続的に見られます(図1D)。

 イエネコの拡散の起源となった祖先個体群の特定は、アフリカのノネコの古代および現代の遺伝的データの不足のため、依然として困難です。エジプトは伝統的に、ネコの家畜化およびその後の拡大の中核地域と考えられています。ナイル川流域におけるヒトとネコとの間の密接な関係は、バステト(Bastet)神のエジプトの国家信仰における役割也や、農業経済における齧歯類駆除者として論証されています。この仮説は、ローマ帝政期のネコ10個体のうち8個体にあけるmtHg-IV-Cの存在によって裏づけられ、これは以前にプトレノヴァインフィニティからローマ期のエジプトのミイラ5点で見つかりました[13]。しかし、古代および現代のネコはチュニジアのノネコとより多い遺伝的浮動を共有している、との本論文の観察は、追加の、代替ではないとしても、地中海のアフリカ北部沿岸の西方/中央の起源個体群を示唆しているかもしれません。フェニキア人とポエニ人のカルタゴがそうだったように、肥沃な農業後背地を支えた大きな港は、ヒトとのネコの共存関係、および地中海横断の海上拡散を促したかもしれません。重要なことに、現時点では欠けているエジプトの現代および古代のネコのゲノムデータは、これら二つの仮説の検証を可能とするでしょう。

 さまざまな要因が、ネコの新たな文化的環境への移動を引き起こしたかもしれません。おそらく、ネコとバステト女神の信仰との間の関連は、ファラオ時代のエジプトを超えて、ネコの名声を高め、フェニキア人やギリシア人やローマ人にも同様に影響を及ぼしました。家畜化されたニワトリもしくはダマジカのヒトによる拡散と同様に、ネコの初期の移動は宗教的な動機だったかもしれません。カルタゴの広範な海上交易網やローマ帝国への主要な穀物供給地域としてのエジプトの観点では、拡散の軌跡は船上での害虫駆除者としてのネコの利益によっても引き起こされたかもしれません。

 全体的に、紀元前1世紀はヨーロッパへのネコの導入にとって極めて重要な期間です。この仮定は、2000年前頃に始まる急速な拡大を示す、利益のmtDNA系統のベイズスカイライン図によっても裏づけられます。ゲノムが配列結滞されたこの年代範囲のネコ3個体のうち、2個体はギリシアのヨーロッパヤマネコで、唯一のリビアヤマネコ個体は、ジェノーニ遺跡(イタリアのサルデーニャ島)で発見され、年代は紀元前2世紀頃です。イエネコのヒトによる拡散の年代と空間と分化の状況をより深く理解し、イエネコがローマ帝政期以前にヨーロッパにもたらされたのかどうか、検証するためには、ヨーロッパにおける紀元前千年紀のより多くのゲノムが必要です。


●ノネコとイエネコにおける古代と最近の遺伝子流動

 最近の研究では、ヨーロッパ北部へのイエネコの導入後に、在来のノネコと導入されたイエネコとの間の遺伝子流動は限定的で、古代のイエネコにおけるノネコ祖先系統の割合の範囲は過去2000年間で0~14%だった、と明らかになりました[14]。しかし、スコットランドの現在のノネコにおけるイエネコからの遺伝子移入の分析では、ずっと高い割合の交雑が過去70年間に起きており、それは恐らくノネコ個体群における一般的な減少に起因する、と論証されました。

 本論文は、ヨーロッパ西部からアナトリア半島中央部までの時空間的範囲にまたがる、ノネコとイエネコとの間の相互作用を評価しました。PCA(図1C)では、アナトリア半島の古代のネコとスコットランドやイタリアやドイツのの現代のヨーロッパヤマネコはヨーロッパヤマネコのクラスタの中核から広がり、それは混合の歴史を反映しているかもしれない、と観察されました。

 D統計の計算によって、古代および現代のヨーロッパヤマネコにリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統が取り込まれているのか、検証されました。ヨーロッパヤマネコの参照として、リビアヤマネコ/イエネコ祖先系統を有していない、と確認されている紀元前8500~紀元前4500年頃(中石器時代~銅器時代)のスペインとイタリア北部の1集団(5個体)が用いられました。混合供給源として、レヴァントのノネコと、ヨーロッパヤマネコ祖先系統のないイエネコ(オシキャット品種)が用いられました。

 新石器時代から鉄器時代のアナトリア半島とバルカン半島(紀元前6400年~紀元前3世紀頃)の標本11点のうち9点では、レヴァントのノネコを用いると、遺伝子流動が検出されました(図3A)。イエネコ供給源を用いると、5点(1点はトルコ、3点はブルガリア、1点はギリシア)のみから検出可能な水準の遺伝子流動が見つかりました。ともかく、古代のアナトリア半島およびバルカン半島の標本におけるD値は、混合の供給源としてレヴァントのノネコを用いると、全事例でより高い、と分かりました。このパターンは現在のヨーロッパヤマネコではさほど明らかではなく、両供給源(レヴァントのノネコとイエネコ)からの遺伝子流動の水準はより類似していました。以下は本論文の図3です。
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 f₄比での混合割合の推定によって、遺伝子流動の程度が定量化されました。その結果、バルカン半島の古代のヨーロッパヤマネコでは約7~11%のリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統が、アナトリア半島西部(約24%)および中央部(約34%)の新石器時代のヨーロッパヤマネコではより高い割合が明らかになりました(図3C)。イタリアの現代のノネコは約10~22%のリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統を示したので、ドイツ(約14%)とスコットランド(約23%)の中間的値となります。

 全体的に、本論文のデータは、ヨーロッパヤマネコにおける遺伝子流動の異なる2供給源を明らかにしており、それは、リビアヤマネコ個体群からの古代の供給源と、ヨーロッパへの拡散に続くイエネコからのより新しい供給源です。これは、ヨーロッパにおけるイエネコの導入に先行する後期更新世において、混合がまず起きたことを裏づけます。これは、レヴァントもしくはアナトリア半島頭部のどちらかに位置する、2種【リビアヤマネコとヨーロッパヤマネコ】間の接触地帯に由来する可能性が高そうです。この混合は、ミトコンドリアの捕獲によるリビアヤマネコのmtDNAの獲得につながり、近東の雌のノネコとの在来のヨーロッパヤマネコの一方向性交配だったかもしれません。

 以前に示唆されたように[14]、この仮説はヨーロッパ南東部およびアナトリア半島の新石器時代および銅器時代のネコで検出されたミトコンドリア核矛盾や、中石器時代ルーマニアにおけるmtHg-IV-A1を有するネコ(紀元前7700年頃)の存在を説明するでしょう。一方向性配偶は、リビアヤマネコのmtDNAを有するヨーロッパヤマネコの高い割合(26%)を示した、以前の遺伝学的研究でも裏づけられ、それはヨーロッパヤマネコのmtDNAを有するイエネコのずっと稀な割合(0.4%)と対照的です。

 最後に、古代のイエネコへのヨーロッパヤマネコ祖先系統の取り込みについてのD統計およびf₄比検定(図3B・D)は、ローマ期のネコ10個体のうちわずか2個体で、ヨーロッパヤマネコからの検出可能な水準の遺伝子流動を示しました(1~2世紀のアナトリア半島のネコ2個体で最大約6%)。中世には、遺伝子移入の程度はわずかに高くなり、イベリア半島とサルデーニャ島の全標本を除いて、ヨーロッパヤマネコ祖先系統はヨーロッパのイエネコ(16個体)では最大約15%に上昇しました。したがって、本論文の分析から、ローマ期におけるヨーロッパへのイエネコの導入に続いて、イエネコでは経時的にノネコ祖先系統の水準増加を取り込み始めた、と示唆されます。しかし、このパターンはイベリア半島には及ばず、イベリア半島では調べられた中世の標本6点のどれでも、遺伝子流動を検出できませんでした。

 全体的に、検出された混合の通時的パターンは、生息地の規模縮小と侵入するヒトの存在が、ヨーロッパにおけるノネコと初期イエネコの個体群間の生態学的および空間的分離を崩壊させた、との仮説を裏づけます。おそらく、経時的な森林伐採と農耕の拡大が、生息範囲のより大きな重なりに、したがってノネコとイエネコとの間の遺伝子流動の増加につながりました。


●まとめ

 本論文の結果から、イエネコの拡散は新石器時代の数千年後に置き、レヴァントではなくアフリカ北部からだった可能性が高い、と示唆されます。紀元前千年紀の地中海文明はおそらく、リビアヤマネコの移動の主要な媒介者で、アフリカ北部起源の少なくとも二つの遺伝的に異なる個体群が含まれていました。一方の個体群は、サルデーニャ島へと導入され、サルデーニャ島の現在のリビアヤマネコ個体群の祖先となった、アフリカ北西部のノネコで構成されていた可能性が高そうです。第二の個体群は、現代のイエネコの遺伝子プールに寄与しました。

 本論文の闕かは、イエネコの地理的起源について新たな解釈の枠組みを提供し、アフリカ北部で複数の地域と文化が関わっていたかもしれない、より広範でより複雑な過程を示唆します。現在のイエネコの(複数の)起源個体群を絞り込み、家畜化につながって世界中の拡散を促進した、文化的および社会経済的仮定を解明する試みは続けられるべきです。現時点では、アフリカ北部とレヴァントにおけるノネコ個体群の遺伝的多様性は、5個体によって表されています(モロッコとチュニジアの2個体、イスラエルの3個体)。このため、将来は、これらの地域、とくにエジプトからのより多くの古代および現代のゲノムの生成が重要です。


参考文献:
De Martino M. et al.(2025): The dispersal of domestic cats from North Africa to Europe around 2000 years ago. Science, 390, 6776, eadt2642.
https://doi.org/10.1126/science.adt2642

Han Y. et al.(2025): The late arrival of domestic cats in China via the Silk Road after 3,500 years of human-leopard cat commensalism. Cell Genomics, 6, 1, 101099.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.101099
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[13]Ottoni C. et al.(2017): The palaeogenetics of cat dispersal in the ancient world. Nature Ecology & Evolution, 1, 0139.
https://doi.org/10.1038/s41559-017-0139
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[14]Jamieson A. et al.(2023): Limited historical admixture between European wildcats and domestic cats. Current Biology, 33, 21, 4751–4760.E14.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.08.031
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[27]Posth C. et al.(2017): Deeply divergent archaic mitochondrial genome provides lower time boundary for African gene flow into Neanderthals. Nature Communications, 8, 16046.
https://doi.org/10.1038/ncomms16046
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