イラン東部の中期更新世の石器
イラン東部の中期更新世の石器を報告した研究(Rafei et al., 2026)が公表されました。本論文は、南ホラーサーン州(South Khorasan Province)のホスフ市(Khosuf City)郊外のゴアブ(Goab)粘土平野(playa)で発見された、中期更新世のルヴァロワ(Levallois)式石器などムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)石器群を報告しています。これらの石器には、アラビア半島のネフド砂漠のアシューリアン(Acheulian、アシュール文化)石器との類似性も見られます。本論文は、これらの石器の調査によって、ユーラシアへの広範な人類拡散経路の解明の手がかりを提示しています。
●要約
イラン東部のゴアブ粘土平野周辺における鉈状石器とルヴァロワ式石器の発見から、この地域は初期ヒト社会の研究、およびアジア東部など世界の他地域の新たな人類拡散経路の調査において重要な可能性を秘めている、と示唆されます。
●研究史
イラン高原の東半分は現在、乾燥した砂漠が特徴ですが、更新世湿潤期には湖沼および河川網の形成が人類集団の移動を促進したかもしれません。イラン東部からの以前の旧石器時代の発見(Sadraei et al., 2023)に基づいて、ホスフ市郊外のゴアブと地元で呼ばれている、更新世に粘土平野だったかもしれない地域の周辺で詳細な調査が実行されました(図1)。以下は本論文の図1です。
●地理的背景
ルート砂漠(Lut Desert)の南ホラーサーン州のホフス市は、北緯32度48分11秒、東経58度54分14秒、標高1290メートルに位置しています。ゴアブ粘土平野北部から東部の研究対象地域(図2)では、石器製作のための赤い燧石の産地を利用できます(図3a~c)。以下は本論文の図2です。
●手法
イラン東部のホフス地域における旧石器時代の集落および石器の同定を通じて、アジア東部への人類拡散経路の可能性を調べるために、野外調査が実行されました。区画体系および歩行手法を用いて、ゴアブ粘土平野周辺の1平方キロメートルで体系的な調査が実行されました。調査地域は、地形の差異に基づいて30単位に区分されました。ホフス平野の表面で、鉈状石器や握斧やルヴァロワ式石器を含めて、合計で340点の石器が発見されまた(図3e~g)。以下は本論文の図3です。
●結果
調査によって、燧石の原材料産地近くで、開地遺跡と道具製作場所が特定されました。石器と大量の削片群と未完成の道具の存在は、ホフス平野に石器製作場所があったことを示唆しています(図3d)。石器には両面石器(鉈状石器や握斧)が含まれており(図4a~e)、鉈状石器は幅が広くU字型で、その先端には削片群の除去が見られますが(図4a・b)、握斧は端部が平坦で、先端がより狭く、波形の縁はルヴァロワ技術を示唆しています(図4c~e)。これらの握斧は平坦な腹面と礫のような背面を示しており、削片群除去の痕跡があります。波形の縁は、アラビア半島北部のネフド砂漠のアシューリアン遺跡群で発見された握斧との技術類型論的類似性を示します。以下は本論文の図4です。
ルヴァロワ石核は石器製作者による回転と加工の痕跡を示しており、求心的縮小手法における端部からの削片群の戦略的除去を可能とし、独特な波形の外見が生じています(図4f・gおよび図5)。この手法では、片方の表面が削片群除去のために用いられたのに対して、もう一方の表面は打撃台(非対称面)として機能しており、求心的痕跡模様のある石核は通常、亀甲状を示します(図5e~g)。以下は本論文の図5です。
他の発見物には、全発見物の最大70%に達する求心的痕跡模様のある多数のルヴァロワ式剥片および尖頭器や、石錘や掻器が含まれています(図6)。求心的で双方向の痕跡のあるルヴァロワ式剥片は卵形もしくは円形で(図6j・k)、尖頭器は選好的ルヴァロワ式剥片に基づいています(図6f~i)。側面の再加工のある石錘と掻器の発見は、専門的石器の製作におけるムステリアン技術の使用を明らかにします(図6b~e)。以下は本論文の図6です。
さらに、イラン東部のホフス平野および他の旧石器時代遺跡におけるルヴァロワ式石器の発見は、イラン高原中央部のカレー・クルド洞窟(Qaleh Kurd Cave)における掻器やムステリアン尖頭器およびルヴァロワ式技術の存在とともに、現在では乾燥した砂漠のような条件を示す環境における、専門的な石器製作のためのルヴァロワ式およびムステリアン技術の採用を示唆しています。最近の中期更新世研究は、中期更新世のそうした地域におけるヒトの存在を示唆しており、乾燥した環境における旧石器時代研究の重要性を強調しています。
●まとめ
本論文の調査結果から、人類はルート砂漠縁辺部のゴアブ粘土平野の北部~東部に居住していた、と示唆されます。石器の一部は、ルヴァロワ式およびムステリアンのインダストリーと技術的および形態的類似性を共有しています。鉈状石器や握斧など大型の両面石器の存在は、ルヴァロワ式およびムステリアン石器とともに、研究対象地域が技術的革新および文化的発展における移行期を表しているかもしれない、と示唆しています。イラン東部の本論文の調査結果は、旧石器時代の考古学的研究についてのこの地域の可能性を浮き彫りにし、イラン東部がアフリカからイラン経由で、さらにアジア東部への初期人類の拡散の回廊として、機能した可能性を示唆しています。本論文は、この地域における焼成の研究の基盤を提供し、アジア東部への拡散において初期人類によって用いられた新たな回廊についてのさらなる研究への道を開きます。
参考文献:
Rafei SR. et al.(2026): Traces of hominin occupations in eastern Iran: Middle Pleistocene lithics from Khousf Plain in the Lut Desert margin. Antiquity, 100, 409, e2.
https://doi.org/10.15184/aqy.2025.10207
Sadraei A. et al.(2023): Tracking Pleistocene occupation on the Eastern Iranian Plateau: preliminary results. Antiquity, 97, 391, e1.
https://doi.org/10.15184/aqy.2022.157
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●要約
イラン東部のゴアブ粘土平野周辺における鉈状石器とルヴァロワ式石器の発見から、この地域は初期ヒト社会の研究、およびアジア東部など世界の他地域の新たな人類拡散経路の調査において重要な可能性を秘めている、と示唆されます。
●研究史
イラン高原の東半分は現在、乾燥した砂漠が特徴ですが、更新世湿潤期には湖沼および河川網の形成が人類集団の移動を促進したかもしれません。イラン東部からの以前の旧石器時代の発見(Sadraei et al., 2023)に基づいて、ホスフ市郊外のゴアブと地元で呼ばれている、更新世に粘土平野だったかもしれない地域の周辺で詳細な調査が実行されました(図1)。以下は本論文の図1です。
●地理的背景
ルート砂漠(Lut Desert)の南ホラーサーン州のホフス市は、北緯32度48分11秒、東経58度54分14秒、標高1290メートルに位置しています。ゴアブ粘土平野北部から東部の研究対象地域(図2)では、石器製作のための赤い燧石の産地を利用できます(図3a~c)。以下は本論文の図2です。
●手法
イラン東部のホフス地域における旧石器時代の集落および石器の同定を通じて、アジア東部への人類拡散経路の可能性を調べるために、野外調査が実行されました。区画体系および歩行手法を用いて、ゴアブ粘土平野周辺の1平方キロメートルで体系的な調査が実行されました。調査地域は、地形の差異に基づいて30単位に区分されました。ホフス平野の表面で、鉈状石器や握斧やルヴァロワ式石器を含めて、合計で340点の石器が発見されまた(図3e~g)。以下は本論文の図3です。
●結果
調査によって、燧石の原材料産地近くで、開地遺跡と道具製作場所が特定されました。石器と大量の削片群と未完成の道具の存在は、ホフス平野に石器製作場所があったことを示唆しています(図3d)。石器には両面石器(鉈状石器や握斧)が含まれており(図4a~e)、鉈状石器は幅が広くU字型で、その先端には削片群の除去が見られますが(図4a・b)、握斧は端部が平坦で、先端がより狭く、波形の縁はルヴァロワ技術を示唆しています(図4c~e)。これらの握斧は平坦な腹面と礫のような背面を示しており、削片群除去の痕跡があります。波形の縁は、アラビア半島北部のネフド砂漠のアシューリアン遺跡群で発見された握斧との技術類型論的類似性を示します。以下は本論文の図4です。
ルヴァロワ石核は石器製作者による回転と加工の痕跡を示しており、求心的縮小手法における端部からの削片群の戦略的除去を可能とし、独特な波形の外見が生じています(図4f・gおよび図5)。この手法では、片方の表面が削片群除去のために用いられたのに対して、もう一方の表面は打撃台(非対称面)として機能しており、求心的痕跡模様のある石核は通常、亀甲状を示します(図5e~g)。以下は本論文の図5です。
他の発見物には、全発見物の最大70%に達する求心的痕跡模様のある多数のルヴァロワ式剥片および尖頭器や、石錘や掻器が含まれています(図6)。求心的で双方向の痕跡のあるルヴァロワ式剥片は卵形もしくは円形で(図6j・k)、尖頭器は選好的ルヴァロワ式剥片に基づいています(図6f~i)。側面の再加工のある石錘と掻器の発見は、専門的石器の製作におけるムステリアン技術の使用を明らかにします(図6b~e)。以下は本論文の図6です。
さらに、イラン東部のホフス平野および他の旧石器時代遺跡におけるルヴァロワ式石器の発見は、イラン高原中央部のカレー・クルド洞窟(Qaleh Kurd Cave)における掻器やムステリアン尖頭器およびルヴァロワ式技術の存在とともに、現在では乾燥した砂漠のような条件を示す環境における、専門的な石器製作のためのルヴァロワ式およびムステリアン技術の採用を示唆しています。最近の中期更新世研究は、中期更新世のそうした地域におけるヒトの存在を示唆しており、乾燥した環境における旧石器時代研究の重要性を強調しています。
●まとめ
本論文の調査結果から、人類はルート砂漠縁辺部のゴアブ粘土平野の北部~東部に居住していた、と示唆されます。石器の一部は、ルヴァロワ式およびムステリアンのインダストリーと技術的および形態的類似性を共有しています。鉈状石器や握斧など大型の両面石器の存在は、ルヴァロワ式およびムステリアン石器とともに、研究対象地域が技術的革新および文化的発展における移行期を表しているかもしれない、と示唆しています。イラン東部の本論文の調査結果は、旧石器時代の考古学的研究についてのこの地域の可能性を浮き彫りにし、イラン東部がアフリカからイラン経由で、さらにアジア東部への初期人類の拡散の回廊として、機能した可能性を示唆しています。本論文は、この地域における焼成の研究の基盤を提供し、アジア東部への拡散において初期人類によって用いられた新たな回廊についてのさらなる研究への道を開きます。
参考文献:
Rafei SR. et al.(2026): Traces of hominin occupations in eastern Iran: Middle Pleistocene lithics from Khousf Plain in the Lut Desert margin. Antiquity, 100, 409, e2.
https://doi.org/10.15184/aqy.2025.10207
Sadraei A. et al.(2023): Tracking Pleistocene occupation on the Eastern Iranian Plateau: preliminary results. Antiquity, 97, 391, e1.
https://doi.org/10.15184/aqy.2022.157
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