クラ・ダイ語族およびミャオ・ヤオ語族話者の人口史
古代ゲノムデータに基づくクラ・ダイ語族およびミャオ・ヤオ(モン・ミエン)語族話者の人口史に関する研究(Tao et al., 2026)が公表されました。本論文は、現在の中国南西部(広西チワン族自治区、以下広西と省略します)に見られる洞窟埋葬から発見された古代人14個体の新たなゲノムデータを報告し、既知の古代人および現代人と比較することで、クラ・ダイ語族およびミャオ・ヤオ語族話者の人口史を検証しました。その結果、ミャオ・ヤオ語族話者の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)における洞窟埋葬の古代人由来の推定割合は、アジア南東部の集団では74.8~100%に達するのに対して、現在の中国の集団ではわずか11.7~37.2%で、黄河関連集団的祖先系統の推定割合が14.7~52.1%に達する、と示されました、対照的に、ほとんどのクラ・ダイ語族話者は広西古代人との緊密な遺伝的クラスタ化(まとまること)を維持しており、28.5~100%の洞窟埋葬集団からの寄与が推定されています。なお、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、cM(centimorgan、センチモルガン)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、KD語族(Kra-Dai、クラ・ダイ語族)、HM語族(Hmong-Mien、モン・ミエン語族、ミャオ・ヤオ語族)、TK語族(Tai-Kadai、タイ・カダイ語族)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、有効人口規模(Ne)、K(系統構成要素数)、SEA(Southeast Asian、アジア南東部)、SEC(Southeast Coastal、南東沿岸部)、SC(southern China、中国南部)です。
以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、LBIA(Late Bronze Age to Iron Age、後期青銅器時代~鉄器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。
本論文で取り上げられる主要な人類集団は、シェ人(She)、ミャオ人(Miao)、フモン人(Hmong)、ミエン人(Mien)、アミ人(Ami)、バイク・ヤオ人(Baiku Yao)、マオナン人(Maonan)、リー人(Hlai)、トン人(Dong)、コラオ人(CoLao)、ラチ人(LaChi)、ムーラオ人(Mulam)、ヌン人(Nung)、ヤオ人(Dao、ザオ人)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。
本論文で取り上げられる中華人民共和国広西チワン族自治区の主要な遺跡は、河池(Hechi)市の都安ヤオ族自治県(Dahua Yao Autonomous County)の紅水河(Hongshui River)流域のライ(LaYi)遺跡およびバンダ(Banda)遺跡と南丹(Nandan)県の化図(Huatuy)村の化図岩(Huatuyan)遺跡およびゲンッガイシャン(Genggaishan)遺跡とラダ山(Lada Mountain)のラダ(Lada)遺跡、百色(Baise)市の平果(Pingguo)市の伏琴(Fuqin)村の神仙洞(Shenxiandong)遺跡および太平(Taiping)鎮の岑遜(Cenxun)遺跡、隆林洞窟(Longlin Cave)です。
●要約
洞窟埋葬は、何千年もKDおよびHM話者と関連している、と考えられています。しかし、これら古代の洞窟埋葬慣行が現代の少数民族集団に寄与した程度は、古代ゲノムデータが限られているため、依然としてよく理解されていません。広西の洞窟埋葬から、古代人14個体のゲノムが新たに配列決定されました。その調査結果では、経時的に遺伝的特性を形成した、北方系統から古代の洞窟埋葬への継続的な遺伝子流動が明らかになりました。HM人口集団では顕著な遺伝的区別が検出され、アジア南東部HM集団の74.8~100%の祖先系統が洞窟埋葬に由来し、堅牢な古代南方の遺伝的痕跡が保持されているのに対して、中国のHM人口集団はわずか11.7~37.2%の古代洞窟埋葬祖先系統しか示さないものの、黄河関連人口集団とは14.7~52.1%と強く混合しており、北方からの移民との異なる歴史的相互作用を反映しています。対照的に、ほとんどのKD話者は広西の祖先との緊密な遺伝的クラスタ化を維持しています(洞窟埋葬からの28.5~100%の寄与)。HMの形成には、古代洞窟埋葬と北方農耕民と在来のKD関連集団間の混合が関わっており、これはシェ人およびミャオ人集団の遺伝的勾配において明らかです。
●研究史
洞窟埋葬は、中国南部およびアジア南東部における特別な埋葬慣行です。これまでの考古学的研究では、広西における洞窟埋葬と関連する人口集団は、現代のKDおよびHM話者の祖先と関連している、と示唆されてきました。古代の洞窟埋葬から得られた遺伝学的証拠は、古代の個体群と現在のKDおよびHM人口集団との間の密接な遺伝的類似性を論証し、それは各期間と一致します(Wang T et al., 2021)。さらに、タイと中国南部の洞窟埋葬人口集団の母系のつながりから、この慣行の拡大には人口の融合および混合が伴ってきた、と示唆されます。洞窟埋葬を行なっているヤオ人の民族集団であるバイク・ヤオ人は、約500年さかのぼる古代の洞窟埋葬人口集団の子孫と考えられています(Guo et al., 2024)。古代mtDNA研究でも、中国南部およびアジア南東部における古代の洞窟埋葬人口集団は現在のKD話者の祖先である、と示唆されてきました(Carlhoff et al., 2023、Zhou et al., 2025)。これら一連の学際的証拠は、洞窟埋葬の古代人と現在のKDおよびHM話者との間の祖先と子孫の関係の可能性を論証しています。
現在の人口集団に関するこれまでの遺伝学的研究は、おもに現代の個体群からの配列決定データに依拠してきました。ミトコンドリア分析から、現代のKD人口集団は長江流域近くの古代稲作人口集団の子孫だったかもしれない、と示唆されました。マオナン人およびリー人個体群のゲノム規模SNPデータは、HMおよびシナ・チベット語族人口集団との遺伝的つながりを明らかにしました。雲南貴州高原のKD人口集団のゲノムデータはかなりの遺伝的多様性を示しており、その形成期における複雑な人口史および混合事象が示唆されます。中国南部およびアジア南東部に居住する言語学的に関連する集団であるHM話者も、集団遺伝学的研究の対象となってきました。初期のミトコンドリアデータは、フモン人とミエン人との間の遺伝的分岐を浮き彫りにしました。シナ・チベット語族やKDやオーストロアジア語族や古代稲作人口集団を含めて、HM人口集団の形成への複数の祖先供給源の寄与が、現在のHM個体群からの遺伝的データを用いて論証されてきました。計算によって構築された古代ゲノムデータは集団遺伝学に効率的な手法を提供してきましたが、直接的な古代ゲノム証拠は依然として不可欠です。人口史の複雑さと、KDおよびHM集団と関連する古代DNAデータの不足を考慮すると、その人口構造の時間的動態のさらなる解明には追加の古代ゲノムデータセットが不可欠です。
これらの競合する仮説を解決するために、広西の重要な洞窟埋葬遺跡から古代人14個体の新たなゲノムデータが生成され、以前に刊行されているデータセットとともに共同分析されました。次に、厳密な仮説検証枠組みが採用され、以下の競合する想定が定量的に評価されました。(1)主要な在来祖先系統仮説です。考古学的関連が正しければ、現代のKDおよびHM話者はその祖先系統の相当かつ測定可能な割合が、広西の古代洞窟埋葬人口集団に直接的に由来するはずです。(2)北方祖先系統優勢仮説です。あるいは、南方への移住が主要な勢力だったならば、現代のKDおよびHM集団は、在来の洞窟埋葬を行なっていた人々からの最小限の遺伝的寄与が伴う、黄河関連の北方人口集団の子孫としてモデル化されるでしょう。(3)複雑な混合仮説です。第三の、より微妙な想定では、現代の集団は、財政の洞窟埋葬祖先系統と華北人系統と他の標本抽出されていない地域的人口集団のさまざまな混合で形成され、その割合はKD話者とHM話者との間や地理的地域間で体系的に異なっているかもしれない、と仮定されます。推定される供給源人口集団からの直接的な遺伝学的証拠の活用によって、本論文は相関に留まらず、洞窟埋葬文化の遺伝的遺産を形式的に検証し、アジア東部におけるKD話者とHM話者のゲノム多様性の形成における在来の伝統と大規模な移住との間の複雑な相互作用を解明します。
●考古学的情報
ライ遺跡は、広西の河池市の都安ヤオ族自治県の紅水河流域に位置しています。ライ遺跡では、2ヶ所の洞窟から3点の標本が得られました。化図岩遺跡は広西の河池市の南丹県の化図村の近くに位置しています。化図岩遺跡からは5個体が得られました。考古学的および遺伝学的研究から、化図岩遺跡で洞窟埋葬を行なっていた古代人は、現代のバイク・ヤオ人集団と密接な遺伝的関係を共有している、と示唆されています(Guo et al., 2024)。ゲンッガイシャン遺跡も広西の河池市の南丹県の化図村の近くに位置しています。ゲンッガイシャン遺跡からは1個体が得られました。神仙洞遺跡は広西の百色市の平果市の伏琴村の近くに位置しています。神仙洞遺跡からは3個体が得られました。岑遜遺跡は広西の百色市の平果市の太平鎮の近くに位置しています。岑遜遺跡からは1個体が得られました。バンダ遺跡は、河池市の都安ヤオ族自治県のバンダ山に位置しています。バンダ遺跡からは標本1点が得られました。ラダ遺跡は、広西の河池市のラダ山に位置しています。ラダ遺跡からは1点の標本が得られました。
●手法と資料
これらの新たな標本は、古代DNAの真正性が確認され、汚染率はすべて3%未満でした。性別判定は、常染色体とX染色体とY染色体の配列決定網羅率の比較に基づいています。親族関係は、READを用いて推定されました。新たに生成されたデータは、以前に刊行されたデータ(Ning et al., 2020、Wang CC et al., 2021、Wang T et al., 2021、Guo et al., 2024、Zhu et al., 2024、He et al., 2025、Xiongu et al., 2025)と統合されました。集団遺伝学的分析では、PCAとADMIXTURE分析とf統計分析と混合モデル化が用いられました。PCAは、現代の人口集団のみを用いて計算され、古代の個体群がそこに投影されました。f統計では、|Z| ≥ 3の結果は統計的に有意と、2 ≤ |Z| ≤ 3の結果は示唆的とみなされました。混合モデル化では、qpAdmが用いられました。ROHも推定され、近い過去の有効人口規模の変化や人口ボトルネック(瓶首効果)が評価されました。
●歴史時代の広西における洞窟埋葬の遺伝的構造
雲南貴州高原と中国南部とアジア南東部の交差点に位置する広西には、多様な人口集構造が存在します。本論文の対象地域におけるKDおよびHM人口集団の形成について遺伝学的証拠を提供するために、考古学的研究によると現代のKDおよびHM人口集団の祖先と考えられている、古代の洞窟埋葬個体群から標本が収集されました(図1)。1本鎖ライブラリ調整と溶液内捕獲が適用され、高品質なゲノムデータが得られました。品質管理後に、内在性DNAの範囲が0.98~73.59%、SNPが下流分析の124万パネルでの大勝で45637~936918ヶ所ある、古代DNAの損傷パターンを示す標本14点が保持されました。このデータセットは以前に刊行されたデータセット(Wang T et al., 2021)と統合され、1500~300年前頃の広西の親族関係にない洞窟埋葬26個体が得られました。このゲノムデータで、洞窟埋葬関連祖先の遺伝的寄与とKDおよびHM人口集団の混合史が調べられました。以下は本論文の図1です。
まず、個体間の遺伝的差異が推定され、この地域における洞窟埋葬人口集団間の遺伝的均質性が評価されました。その結果、500年前頃の個体群については独特な遺伝的特性が明らかになり、1500年前頃の個体群よりも稲作関連構成要素が多く含まれていました(図2a)。しかし、各遺跡内では遺伝的均質性が観察され、洞窟埋葬慣行の家族的および共同体に基づく性質が示唆されます。以下は本論文の図2です。
考古学的遺跡およびqpWave分析に基づいて個体群が分類され、PCAが実行されました。先行研究と一致して、歴史時代の広西の全個体は古代のアジア南東部(SEA)人口集団とクラスタ化した(まとまって)ものの、異なる2クラスタ(まとまり)を形成します(図2b)。外群f₃分析からさらに、これらの人口集団は古代のSEAおよびSEC人口集団とより高い遺伝的類似性を示した、と確証されました。混合の兆候を調べるために、混合f₃分析が採用され、広西の歴史時代の人口集団は先史時代の広西人口集団と古代北方人口集団の混合だった、と示唆されました。この分析の有意なZ得点から、これらの個体には古代SECおよび黄河人口集団の両方と関連する祖先系統があった、と示唆されます。さらに、f₄分析は広西の遺伝的景観に対する北方から南方への移住の影響を確証し、f₄(ムブティ人、黄河関連集団;1500/500年前頃の個体群、先史_SEC)では有意なZ得点が得られました。
次に、qpAdmを用いて、歴史時代の広西個体群の祖先系統の割合が推定されました(図2c・d)。1500年前頃の個体群についての結果は、アジア南東部とアジア東部沿岸と中国北部の祖先系統の混合を示唆しました。この遺伝的パターンから、広西は中国とアジア南東部との間の重要なつながりだった、と示唆されます。対照的に、500年前頃の個体群は同様の遺伝的特性を示したものの、追加の北方関連系統がありました。黄河関連農耕人口集団の拡大は、この地域における遺伝的構成要素に顕著な影響を及ぼしました(Wang T et al., 2021)。明王朝以降の中原から広西への複数回の移住事象は、広西の住民の遺伝的特性の形成に寄与しました(Guo et al., 2024)。
●現代のKDおよびHM話者の形成
先行研究は、古代広西人口集団とSEAおよびSC(中国南部)の少数民族集団との間の遺伝的関係を浮き彫りにしました(Wang T et al., 2021、Guo et al., 2024)。しかし、継続的な南方への移住は、中国南部における北方関連構成要素の増加によって、遺伝的特性を大きく形成してきました(Yang et al., 2020、Wang T et al., 2021、Tao et al., 2023、Guo et al., 2024、Zhou et al., 2025)。北方関連祖先系統が現代のKDおよびHM話者の遺伝的構造を均質化してきたのかどうか、調査するために、まずqpWave分析が実行され、本論文の対象地域および周辺地域におけるKDおよびHM人口集団内の遺伝的多様性が調べられました。北方系統の強い影響にも関わらず、KDおよびHMの両人口集団は遺伝的多様性を示し続けています(図3a)。以下は本論文の図3です。
外群f₃およびf₄分析が実行され、洞窟埋葬と現在のKDおよびHM話者との間の遺伝的類似性が評価されました。その結果は先行研究と一致しており、両者間の密接な遺伝的類似性が示唆されます。絶滅した先史時代の広西系統(たとえば、隆林洞窟)とは対照的に、混合f₃分析の結果から、KDおよびHM人口集団の祖先系統はおもに歴史時代の広西の祖先に由来していた、と示唆されます。これらの調査結果は、北方からの移民が広西で歴史時代において、在来人口集団を置換したのではなく、在来人口集団と相互作用して混合したことを示唆しています。
これらの人口集団間の遺伝的関係をさらに調べるために、中国語とKDとHMの話者を含めた、PCAが実行されました(図3b)。その結果、HM話者は漢人やKD話者や1500年前頃の広西の古代次とは異なる、独特なクレード(単系統群)を形成する、と明らかになりました。さらに、ヤオ人はほとんどのKD話者と緊密なまとまりを形成することが観察され、ヤオ人とKD話者との間のより密接な遺伝的関係が示唆されます。K=6でのADMIXTURE分析でも、ヤオ人はKD話者と同様の遺伝的構成要素を共有している、と示されました。シェ人およびミャオ人集団は、500年前頃の広西人口集団と南方漢人集団との間の遺伝的勾配上に位置することが分かり、HM人口集団の形成期における混合によって起きた分化が示唆されます(図3b)。たとえば、f₃(500年前頃の広西集団、漢人;HM話者)やf₄(ムブティ人、漢人;HM話者、500年前頃の広西集団)でのf₃およびf₄統計は、この観察をさらに裏づけます。
HM話者とは対照的に、コラオ人およびラチ人集団を除くKD話者は全員、1500年前頃の広西の古代人口集団とまとまりを形成し、HM話者と1500年前頃の広西古代人口集団との間の強い遺伝的類似性が示されます。しかし、湖南省と貴州省のトン人集団はHMクラスタの方へと動いており、これらの集団間の混合事象が示唆されます。たとえば、f₄(ムブティ人、HM話者;トン人_湖南/トン人_貴州、KD話者)でのf₄分析は、この結論をさらに裏づけます。
興味深いことに、コラオ人およびラチ人集団は、KD話者および1500年前頃の広西標本から逸れている、異なる2単系統群を表しています。本論文では、コラオ人およびラチ人集団が、別のKD関連祖先系統からアレル(対立遺伝子)を継承したか、遺伝的浮動が強化され、他のKD人口集団から逸れることにつながった遺伝的瓶首効果を経たかのどちらかである、と仮定されます。この仮説を検証するために、PLINKを用いて、現代のKDおよびHM話者におけるROHが推定されました。その結果、コラオ人とフモン人とラチ人の集団において顕著な短いROHが明らかになり、他のKDおよびHM話者から逸れていることを説明できるかもしれない、有効人口規模(Ne)の急速な減少が示唆されます(図4)。さらに、コラオ人およびラチ人で観察された独特なPCAのパターンに寄与したかもしれない、標本抽出されていない深い亡霊(ゴースト)系統からの遺伝的影響の可能性を検出するために、f₄形式(ムブティ人、深い系統;対象、アジア東部古代人)のf₄統計が実行されました。その結果、コラオ人は、隆林洞窟個体やラオス_ホアビニアンや日本_縄文など、一部の深い系統と遺伝的類似性を共有している、と示唆され、これはPCAにおける独特なパターンを説明できるかもしれません。さらに、PCAはコラオ人集団における外れ値1個体を明らかにし、有意なZ得点は、この個体が他のコラオ人個体と比較して、フモン人集団とより多くのアレルを共有している、と示唆します。以下は本論文の図4です。
現代のHMおよびTK話者人口集団への古代洞窟埋葬人口集団の寄与をさらに調べるために、qpAdm分析が実行されました(図5a・b)。分析の結果、500年前頃の個体群からの遺伝的寄与は現代のHM話者全員に存在し、アジア南東部の人口集団で有意により高い割合が観察された、と示唆されます。具体的には、アジア南東部のHM話者の祖先系統の74.5~100%は500年前頃の個体群に由来し、現代の漢人集団【的な構成要素】による寄与は0~25.5%しかありません。対照的に、中国のHM話者はより低い割合の500年前頃の個体群の祖先系統(22.2~26.5%)を示し、現代の漢人集団【的な構成要素】による寄与は73.5~77.8%です。しかし、この地域的差異は、現代のKD話者の遺伝的モデル化では観察されませんでした。ほとんどのKD話者は1500年前頃の個体群と現代の漢人【的な構成要素】の混合としてモデル化でき、それぞれの割合の範囲は、14.4~71.5%と28.5~85.6%です。さらに、リー人およびマオナン人集団は、アジア南東部祖先系統と関連する余分な構成要素を含んでおり、恐らくは南方への沿岸での移住に影響を受けました。注目すべきことに、1500年前頃の個体群は、ヌン人およびムーラオ人集団の直接的祖先としてモデル化できません。さらに、本論文のqpAdm分析は、コラオ人集団の遺伝的組成をモデル化できません。以下は本論文の図5です。
漢人は比較的複雑な遺伝的構造を示すので、古代の北方祖先系統構成要素の理想的な代理ではないかもしれません。この問題に取り組むために、北方供給源として古代の黄河関連人口集団(たとえば、黄河_LBIA、黄河_MN)を用いて、追加のqpAdm分析が実行されました。その結果は、漢人もしくは黄河関連人口集団のどちらを北方供給源として用いても一貫したままで、qpAdmモデル化における古代北方祖先系統の代理としての漢人の使用可能性が示唆されます。興味深いことに、本論文の結果から、ムーラオ人とヌン人の祖先系統はアミ人【的な構成要素】と古代の洞窟埋葬に由来し、黄河関連(29.3%)およびSEA人口集団(15.4%)からの追加の遺伝的寄与があった、と明らかになります(図5c)。遺伝的構成要素における差異は地理的分布と組み合わさって、HM前の2勾配がその形成史において在来人口集団と遺伝的に相互作用したことを示唆しています。さらに、コラオ人はアミ人(45%)とSEA(17%)と黄河(38%)の関連人口集団の混合としてモデル化できます(図5c)。この独特な遺伝的構造は、PCAで観察された逸れているパターンを説明できるかもしれません。
●考察
本論文は、古代の洞窟埋葬を行なっていた人々はKDおよびHM話者の主要な祖先だった、との長年の考古学的仮説の直接的検証によって、KDおよびHM話者の形成に関する高解像度の遺伝的視点を提供します。本論文の分析、とくにqpAdmでの形式的な祖先系統モデル化によって、研究史の項目で概説された競合する想定間の判断が可能となります。本論文の調査結果は複雑な混合仮説を裏づけますが、同時に在来および北方祖先系統の役割の理解を深めます。これらの埋葬関連個体間の時間的な遺伝的均質性は、北方関連祖先系統の存在増加とともに、北方からの継続的な大規模移住がこの地域の遺伝的特性を顕著に形成してきており、経時的な遺伝的多様性を減少させたかもしれない、と示唆しています。
広西の左江および右江(Zuoyou River)と南丹県で洞窟埋葬を行なっていた古代の人口集団は、それぞれ現在のKD話者およびHM話者の祖先と考えられてきました。本論文の結果と以前の考古学的および遺伝学的研究は、これら洞窟埋葬人口集団と現代のKDおよびHM話者との間の密接な関係を示します。現在のHM話者は、漢人およびKD両方の人口集団へと向かう遺伝的勾配を示しており、共有されているアレルは、HM人口集団の形成における漢人およびTK関連集団との混合の重要性を示唆しています。ほとんどのKD人口集団は1500年前頃の広西の祖先と高度な遺伝的類似性を示しており、現在のTK話者の遺伝的構成要素が過去1500年間にわたって比較的一貫したままだったことを示唆しています。
予測されるように、本論文のqpAdm分析から、ほぼ全ての現在のHMおよびKD話者は、それぞれの関連人口集団からの遺伝的構成要素を保持している、と明らかになりました。注目すべきことに、アジア南東部のHM話者人口集団は、現代の漢人集団【的な遺伝的構成の集団】と混合した中国のHM話者(22.2~26.5%)よりもずっと高い割合(74.5~100%)の、洞窟埋葬個体群に由来する祖先系統を示しています。この地域的不均衡は、歴史時代の移住パターンを反映している可能性が高そうで、それは、HM祖先集団が南方へと移住したため、アジア南東部に居住するHM祖先集団は漢人集団との持続的な相互作用に遭遇することがより少なくなり、古代洞窟埋葬関連祖先系統をより多く保持しています。対照的に、中国のHM集団は、とくに明王朝とその後の期間において、漢人移民との長い混合を経ており、古代南方祖先系統の希釈につながりました。これは、北方から南方への人口統計学的変化に関する歴史的記録や、中国南部における民族形成に影響した農耕拡大の供給源としての中原の役割と一致します。
本論文の結果は、現在のHM集団の民族形成における人口統計学的統合の役割を浮き彫りにします。北方関連祖先系統を示すために、黄河関連人口集団を用いると、フモン人は以前のqpAdmモデルとは異なる遺伝的特性を示した、と観察され、フモン人がアジア南東部における他のHM話者と比較して、異なる人口混合を経た、との示唆的な証拠が提供されます。シェ人とミャオ人が500年前頃の広西個体群と南方漢人との間の勾配を形成するなど、HM人口集団で観察された混合パターンは、混合により引き起こされた分化の役割をさらに浮き彫りにします。これは、HM集団が在来の南方人口集団と北方からの移民の混合から出現し、KD関連系統とシナ・チベット語族系統の両方からの遺伝的寄与があった、と示唆する言語学的および考古学的証拠と一致します。
同様に、現代のKD話者も北方人口集団からの遺伝的寄与を示します。祖先系統モデル化から、ほとんどの現代のKD話者の祖先系統は、古代の洞窟埋葬および漢人集団に由来した、と示唆されます。当初のモデルでは、ムーラオ人とヌン人の祖先系統は洞窟埋葬に由来しなかった、と示唆されましたが、続くqpAdmでは、ムーラオ人とヌン人はアミ人と黄河の関連人口集団の混合としてモデル化でき、地理的に近い古代の個体群(つまり、それぞれ広西の洞窟埋葬とマレーシア_LN)からの追加の遺伝的影響があった、と示されました。
PCAで観察された逸れているパターンは、他のTK集団と比較しての、コラオ人およびラチ人集団の顕著な遺伝的異質性を示唆しています。とくにコラオ人集団は、北方関連供給源として現代漢人を用いて本論文の以前のqpAdmモデルでは、モデル化できませんでした。代替的なqpAdmモデルでは、コラオ人はアミ人とSEAと黄河の関連人口集団の子孫としてモデル化でき、複数の民族集団間のより複雑な遺伝的相互作用が示唆されますが、本論文の分析からは、これらの遺伝的分岐は、コラオ人とラチ人の両集団で見られる顕著な短いROHによって証明されるように、人口瓶首効果を反映しているかもしれない、と示唆されます。注目すべきことに、ROH分析はSNPデータセットに基づいており、これらの人口集団の時間的な動態を完全には表すことができないかもしれません(たとえば、有効人口規模における変化)。コラオ人とラチ人の人口史のさらなる調査は、利用可能な全ゲノムデータセットの不足によって、現時点では制約されています。
興味深いことに、コラオ人の1個体は他のコラオ人個体とよりも、フモン人の方と多くのアレルを共有していました。本論文では、この個体が子供期にコラオ人によって養子に迎えられたか、標本の分類表示に問題があった、と仮定されます。さらに、PCAにおけるトン人集団の地理的に重なるHMクラスタへの移行は、湖南省や貴州省など特定の地域におけるKD集団とHM集団との間の文化間の相互作用と遺伝的交換を示唆しており、先史時代と歴史時代における民族境界の流動性を論証します。
しかし、本論文は限られた数の洞窟埋葬個体に基づいており、この地域における古代の洞窟埋葬人口集団の遺伝的構造を表しているにすぎないかもしれません。TKおよびHM人口集団の現代人の標本の利用可能性増加が、現代の人口集団のデータセットから再構築された全ゲノムデータとともに、理解を深めてきましたが、中国南部とアジア南東部における古代の個体群からのゲノムデータの不足は依然として、HMおよびKD集団の人口史の徹底的な調査能力を制約しています。現在のHMおよびKD人口集団の限られた標本抽出は、より包括的な遺伝学的分析を制約してきました。中国南部とアジア南東部全域にわたる時空間的な標本抽出の試みの拡大は、観察された遺伝的パターンが地域固有なのか、それとも大規模な人口統計学的過程の一部なのかどうか、解明できるかもしれません。さらに、古プロテオーム(タンパク質の総体)もしくは同位体データの統合は、生計戦略および移動性パターンのより包括的な視点を提供し、混合の遺伝学的証拠を補完するでしょう。
●まとめ
本論文は、考古学と言語学と遺伝学の証拠を架橋し、古代の洞窟埋葬人口集団は現代のKDおよびHM話者の形成への重要な貢献者であり、その遺伝的遺産は北方らの移民との数千年にわたる相互作用によって形成された、と論証します。HM祖先系統における地域的不均衡とKDの遺伝的構成要素の安定性は、中国南西部における民族形成の複雑で多層的な過程を浮き彫りにし、アジアの東部と南東部の交差点での人口集団の多面的歴史の解明における古代DNAの価値を強調します。
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以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、ROH(runs of homozygosity、同型接合連続領域)、cM(centimorgan、センチモルガン)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、KD語族(Kra-Dai、クラ・ダイ語族)、HM語族(Hmong-Mien、モン・ミエン語族、ミャオ・ヤオ語族)、TK語族(Tai-Kadai、タイ・カダイ語族)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、有効人口規模(Ne)、K(系統構成要素数)、SEA(Southeast Asian、アジア南東部)、SEC(Southeast Coastal、南東沿岸部)、SC(southern China、中国南部)です。
以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、LBIA(Late Bronze Age to Iron Age、後期青銅器時代~鉄器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。
本論文で取り上げられる主要な人類集団は、シェ人(She)、ミャオ人(Miao)、フモン人(Hmong)、ミエン人(Mien)、アミ人(Ami)、バイク・ヤオ人(Baiku Yao)、マオナン人(Maonan)、リー人(Hlai)、トン人(Dong)、コラオ人(CoLao)、ラチ人(LaChi)、ムーラオ人(Mulam)、ヌン人(Nung)、ヤオ人(Dao、ザオ人)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。
本論文で取り上げられる中華人民共和国広西チワン族自治区の主要な遺跡は、河池(Hechi)市の都安ヤオ族自治県(Dahua Yao Autonomous County)の紅水河(Hongshui River)流域のライ(LaYi)遺跡およびバンダ(Banda)遺跡と南丹(Nandan)県の化図(Huatuy)村の化図岩(Huatuyan)遺跡およびゲンッガイシャン(Genggaishan)遺跡とラダ山(Lada Mountain)のラダ(Lada)遺跡、百色(Baise)市の平果(Pingguo)市の伏琴(Fuqin)村の神仙洞(Shenxiandong)遺跡および太平(Taiping)鎮の岑遜(Cenxun)遺跡、隆林洞窟(Longlin Cave)です。
●要約
洞窟埋葬は、何千年もKDおよびHM話者と関連している、と考えられています。しかし、これら古代の洞窟埋葬慣行が現代の少数民族集団に寄与した程度は、古代ゲノムデータが限られているため、依然としてよく理解されていません。広西の洞窟埋葬から、古代人14個体のゲノムが新たに配列決定されました。その調査結果では、経時的に遺伝的特性を形成した、北方系統から古代の洞窟埋葬への継続的な遺伝子流動が明らかになりました。HM人口集団では顕著な遺伝的区別が検出され、アジア南東部HM集団の74.8~100%の祖先系統が洞窟埋葬に由来し、堅牢な古代南方の遺伝的痕跡が保持されているのに対して、中国のHM人口集団はわずか11.7~37.2%の古代洞窟埋葬祖先系統しか示さないものの、黄河関連人口集団とは14.7~52.1%と強く混合しており、北方からの移民との異なる歴史的相互作用を反映しています。対照的に、ほとんどのKD話者は広西の祖先との緊密な遺伝的クラスタ化を維持しています(洞窟埋葬からの28.5~100%の寄与)。HMの形成には、古代洞窟埋葬と北方農耕民と在来のKD関連集団間の混合が関わっており、これはシェ人およびミャオ人集団の遺伝的勾配において明らかです。
●研究史
洞窟埋葬は、中国南部およびアジア南東部における特別な埋葬慣行です。これまでの考古学的研究では、広西における洞窟埋葬と関連する人口集団は、現代のKDおよびHM話者の祖先と関連している、と示唆されてきました。古代の洞窟埋葬から得られた遺伝学的証拠は、古代の個体群と現在のKDおよびHM人口集団との間の密接な遺伝的類似性を論証し、それは各期間と一致します(Wang T et al., 2021)。さらに、タイと中国南部の洞窟埋葬人口集団の母系のつながりから、この慣行の拡大には人口の融合および混合が伴ってきた、と示唆されます。洞窟埋葬を行なっているヤオ人の民族集団であるバイク・ヤオ人は、約500年さかのぼる古代の洞窟埋葬人口集団の子孫と考えられています(Guo et al., 2024)。古代mtDNA研究でも、中国南部およびアジア南東部における古代の洞窟埋葬人口集団は現在のKD話者の祖先である、と示唆されてきました(Carlhoff et al., 2023、Zhou et al., 2025)。これら一連の学際的証拠は、洞窟埋葬の古代人と現在のKDおよびHM話者との間の祖先と子孫の関係の可能性を論証しています。
現在の人口集団に関するこれまでの遺伝学的研究は、おもに現代の個体群からの配列決定データに依拠してきました。ミトコンドリア分析から、現代のKD人口集団は長江流域近くの古代稲作人口集団の子孫だったかもしれない、と示唆されました。マオナン人およびリー人個体群のゲノム規模SNPデータは、HMおよびシナ・チベット語族人口集団との遺伝的つながりを明らかにしました。雲南貴州高原のKD人口集団のゲノムデータはかなりの遺伝的多様性を示しており、その形成期における複雑な人口史および混合事象が示唆されます。中国南部およびアジア南東部に居住する言語学的に関連する集団であるHM話者も、集団遺伝学的研究の対象となってきました。初期のミトコンドリアデータは、フモン人とミエン人との間の遺伝的分岐を浮き彫りにしました。シナ・チベット語族やKDやオーストロアジア語族や古代稲作人口集団を含めて、HM人口集団の形成への複数の祖先供給源の寄与が、現在のHM個体群からの遺伝的データを用いて論証されてきました。計算によって構築された古代ゲノムデータは集団遺伝学に効率的な手法を提供してきましたが、直接的な古代ゲノム証拠は依然として不可欠です。人口史の複雑さと、KDおよびHM集団と関連する古代DNAデータの不足を考慮すると、その人口構造の時間的動態のさらなる解明には追加の古代ゲノムデータセットが不可欠です。
これらの競合する仮説を解決するために、広西の重要な洞窟埋葬遺跡から古代人14個体の新たなゲノムデータが生成され、以前に刊行されているデータセットとともに共同分析されました。次に、厳密な仮説検証枠組みが採用され、以下の競合する想定が定量的に評価されました。(1)主要な在来祖先系統仮説です。考古学的関連が正しければ、現代のKDおよびHM話者はその祖先系統の相当かつ測定可能な割合が、広西の古代洞窟埋葬人口集団に直接的に由来するはずです。(2)北方祖先系統優勢仮説です。あるいは、南方への移住が主要な勢力だったならば、現代のKDおよびHM集団は、在来の洞窟埋葬を行なっていた人々からの最小限の遺伝的寄与が伴う、黄河関連の北方人口集団の子孫としてモデル化されるでしょう。(3)複雑な混合仮説です。第三の、より微妙な想定では、現代の集団は、財政の洞窟埋葬祖先系統と華北人系統と他の標本抽出されていない地域的人口集団のさまざまな混合で形成され、その割合はKD話者とHM話者との間や地理的地域間で体系的に異なっているかもしれない、と仮定されます。推定される供給源人口集団からの直接的な遺伝学的証拠の活用によって、本論文は相関に留まらず、洞窟埋葬文化の遺伝的遺産を形式的に検証し、アジア東部におけるKD話者とHM話者のゲノム多様性の形成における在来の伝統と大規模な移住との間の複雑な相互作用を解明します。
●考古学的情報
ライ遺跡は、広西の河池市の都安ヤオ族自治県の紅水河流域に位置しています。ライ遺跡では、2ヶ所の洞窟から3点の標本が得られました。化図岩遺跡は広西の河池市の南丹県の化図村の近くに位置しています。化図岩遺跡からは5個体が得られました。考古学的および遺伝学的研究から、化図岩遺跡で洞窟埋葬を行なっていた古代人は、現代のバイク・ヤオ人集団と密接な遺伝的関係を共有している、と示唆されています(Guo et al., 2024)。ゲンッガイシャン遺跡も広西の河池市の南丹県の化図村の近くに位置しています。ゲンッガイシャン遺跡からは1個体が得られました。神仙洞遺跡は広西の百色市の平果市の伏琴村の近くに位置しています。神仙洞遺跡からは3個体が得られました。岑遜遺跡は広西の百色市の平果市の太平鎮の近くに位置しています。岑遜遺跡からは1個体が得られました。バンダ遺跡は、河池市の都安ヤオ族自治県のバンダ山に位置しています。バンダ遺跡からは標本1点が得られました。ラダ遺跡は、広西の河池市のラダ山に位置しています。ラダ遺跡からは1点の標本が得られました。
●手法と資料
これらの新たな標本は、古代DNAの真正性が確認され、汚染率はすべて3%未満でした。性別判定は、常染色体とX染色体とY染色体の配列決定網羅率の比較に基づいています。親族関係は、READを用いて推定されました。新たに生成されたデータは、以前に刊行されたデータ(Ning et al., 2020、Wang CC et al., 2021、Wang T et al., 2021、Guo et al., 2024、Zhu et al., 2024、He et al., 2025、Xiongu et al., 2025)と統合されました。集団遺伝学的分析では、PCAとADMIXTURE分析とf統計分析と混合モデル化が用いられました。PCAは、現代の人口集団のみを用いて計算され、古代の個体群がそこに投影されました。f統計では、|Z| ≥ 3の結果は統計的に有意と、2 ≤ |Z| ≤ 3の結果は示唆的とみなされました。混合モデル化では、qpAdmが用いられました。ROHも推定され、近い過去の有効人口規模の変化や人口ボトルネック(瓶首効果)が評価されました。
●歴史時代の広西における洞窟埋葬の遺伝的構造
雲南貴州高原と中国南部とアジア南東部の交差点に位置する広西には、多様な人口集構造が存在します。本論文の対象地域におけるKDおよびHM人口集団の形成について遺伝学的証拠を提供するために、考古学的研究によると現代のKDおよびHM人口集団の祖先と考えられている、古代の洞窟埋葬個体群から標本が収集されました(図1)。1本鎖ライブラリ調整と溶液内捕獲が適用され、高品質なゲノムデータが得られました。品質管理後に、内在性DNAの範囲が0.98~73.59%、SNPが下流分析の124万パネルでの大勝で45637~936918ヶ所ある、古代DNAの損傷パターンを示す標本14点が保持されました。このデータセットは以前に刊行されたデータセット(Wang T et al., 2021)と統合され、1500~300年前頃の広西の親族関係にない洞窟埋葬26個体が得られました。このゲノムデータで、洞窟埋葬関連祖先の遺伝的寄与とKDおよびHM人口集団の混合史が調べられました。以下は本論文の図1です。
まず、個体間の遺伝的差異が推定され、この地域における洞窟埋葬人口集団間の遺伝的均質性が評価されました。その結果、500年前頃の個体群については独特な遺伝的特性が明らかになり、1500年前頃の個体群よりも稲作関連構成要素が多く含まれていました(図2a)。しかし、各遺跡内では遺伝的均質性が観察され、洞窟埋葬慣行の家族的および共同体に基づく性質が示唆されます。以下は本論文の図2です。
考古学的遺跡およびqpWave分析に基づいて個体群が分類され、PCAが実行されました。先行研究と一致して、歴史時代の広西の全個体は古代のアジア南東部(SEA)人口集団とクラスタ化した(まとまって)ものの、異なる2クラスタ(まとまり)を形成します(図2b)。外群f₃分析からさらに、これらの人口集団は古代のSEAおよびSEC人口集団とより高い遺伝的類似性を示した、と確証されました。混合の兆候を調べるために、混合f₃分析が採用され、広西の歴史時代の人口集団は先史時代の広西人口集団と古代北方人口集団の混合だった、と示唆されました。この分析の有意なZ得点から、これらの個体には古代SECおよび黄河人口集団の両方と関連する祖先系統があった、と示唆されます。さらに、f₄分析は広西の遺伝的景観に対する北方から南方への移住の影響を確証し、f₄(ムブティ人、黄河関連集団;1500/500年前頃の個体群、先史_SEC)では有意なZ得点が得られました。
次に、qpAdmを用いて、歴史時代の広西個体群の祖先系統の割合が推定されました(図2c・d)。1500年前頃の個体群についての結果は、アジア南東部とアジア東部沿岸と中国北部の祖先系統の混合を示唆しました。この遺伝的パターンから、広西は中国とアジア南東部との間の重要なつながりだった、と示唆されます。対照的に、500年前頃の個体群は同様の遺伝的特性を示したものの、追加の北方関連系統がありました。黄河関連農耕人口集団の拡大は、この地域における遺伝的構成要素に顕著な影響を及ぼしました(Wang T et al., 2021)。明王朝以降の中原から広西への複数回の移住事象は、広西の住民の遺伝的特性の形成に寄与しました(Guo et al., 2024)。
●現代のKDおよびHM話者の形成
先行研究は、古代広西人口集団とSEAおよびSC(中国南部)の少数民族集団との間の遺伝的関係を浮き彫りにしました(Wang T et al., 2021、Guo et al., 2024)。しかし、継続的な南方への移住は、中国南部における北方関連構成要素の増加によって、遺伝的特性を大きく形成してきました(Yang et al., 2020、Wang T et al., 2021、Tao et al., 2023、Guo et al., 2024、Zhou et al., 2025)。北方関連祖先系統が現代のKDおよびHM話者の遺伝的構造を均質化してきたのかどうか、調査するために、まずqpWave分析が実行され、本論文の対象地域および周辺地域におけるKDおよびHM人口集団内の遺伝的多様性が調べられました。北方系統の強い影響にも関わらず、KDおよびHMの両人口集団は遺伝的多様性を示し続けています(図3a)。以下は本論文の図3です。
外群f₃およびf₄分析が実行され、洞窟埋葬と現在のKDおよびHM話者との間の遺伝的類似性が評価されました。その結果は先行研究と一致しており、両者間の密接な遺伝的類似性が示唆されます。絶滅した先史時代の広西系統(たとえば、隆林洞窟)とは対照的に、混合f₃分析の結果から、KDおよびHM人口集団の祖先系統はおもに歴史時代の広西の祖先に由来していた、と示唆されます。これらの調査結果は、北方からの移民が広西で歴史時代において、在来人口集団を置換したのではなく、在来人口集団と相互作用して混合したことを示唆しています。
これらの人口集団間の遺伝的関係をさらに調べるために、中国語とKDとHMの話者を含めた、PCAが実行されました(図3b)。その結果、HM話者は漢人やKD話者や1500年前頃の広西の古代次とは異なる、独特なクレード(単系統群)を形成する、と明らかになりました。さらに、ヤオ人はほとんどのKD話者と緊密なまとまりを形成することが観察され、ヤオ人とKD話者との間のより密接な遺伝的関係が示唆されます。K=6でのADMIXTURE分析でも、ヤオ人はKD話者と同様の遺伝的構成要素を共有している、と示されました。シェ人およびミャオ人集団は、500年前頃の広西人口集団と南方漢人集団との間の遺伝的勾配上に位置することが分かり、HM人口集団の形成期における混合によって起きた分化が示唆されます(図3b)。たとえば、f₃(500年前頃の広西集団、漢人;HM話者)やf₄(ムブティ人、漢人;HM話者、500年前頃の広西集団)でのf₃およびf₄統計は、この観察をさらに裏づけます。
HM話者とは対照的に、コラオ人およびラチ人集団を除くKD話者は全員、1500年前頃の広西の古代人口集団とまとまりを形成し、HM話者と1500年前頃の広西古代人口集団との間の強い遺伝的類似性が示されます。しかし、湖南省と貴州省のトン人集団はHMクラスタの方へと動いており、これらの集団間の混合事象が示唆されます。たとえば、f₄(ムブティ人、HM話者;トン人_湖南/トン人_貴州、KD話者)でのf₄分析は、この結論をさらに裏づけます。
興味深いことに、コラオ人およびラチ人集団は、KD話者および1500年前頃の広西標本から逸れている、異なる2単系統群を表しています。本論文では、コラオ人およびラチ人集団が、別のKD関連祖先系統からアレル(対立遺伝子)を継承したか、遺伝的浮動が強化され、他のKD人口集団から逸れることにつながった遺伝的瓶首効果を経たかのどちらかである、と仮定されます。この仮説を検証するために、PLINKを用いて、現代のKDおよびHM話者におけるROHが推定されました。その結果、コラオ人とフモン人とラチ人の集団において顕著な短いROHが明らかになり、他のKDおよびHM話者から逸れていることを説明できるかもしれない、有効人口規模(Ne)の急速な減少が示唆されます(図4)。さらに、コラオ人およびラチ人で観察された独特なPCAのパターンに寄与したかもしれない、標本抽出されていない深い亡霊(ゴースト)系統からの遺伝的影響の可能性を検出するために、f₄形式(ムブティ人、深い系統;対象、アジア東部古代人)のf₄統計が実行されました。その結果、コラオ人は、隆林洞窟個体やラオス_ホアビニアンや日本_縄文など、一部の深い系統と遺伝的類似性を共有している、と示唆され、これはPCAにおける独特なパターンを説明できるかもしれません。さらに、PCAはコラオ人集団における外れ値1個体を明らかにし、有意なZ得点は、この個体が他のコラオ人個体と比較して、フモン人集団とより多くのアレルを共有している、と示唆します。以下は本論文の図4です。
現代のHMおよびTK話者人口集団への古代洞窟埋葬人口集団の寄与をさらに調べるために、qpAdm分析が実行されました(図5a・b)。分析の結果、500年前頃の個体群からの遺伝的寄与は現代のHM話者全員に存在し、アジア南東部の人口集団で有意により高い割合が観察された、と示唆されます。具体的には、アジア南東部のHM話者の祖先系統の74.5~100%は500年前頃の個体群に由来し、現代の漢人集団【的な構成要素】による寄与は0~25.5%しかありません。対照的に、中国のHM話者はより低い割合の500年前頃の個体群の祖先系統(22.2~26.5%)を示し、現代の漢人集団【的な構成要素】による寄与は73.5~77.8%です。しかし、この地域的差異は、現代のKD話者の遺伝的モデル化では観察されませんでした。ほとんどのKD話者は1500年前頃の個体群と現代の漢人【的な構成要素】の混合としてモデル化でき、それぞれの割合の範囲は、14.4~71.5%と28.5~85.6%です。さらに、リー人およびマオナン人集団は、アジア南東部祖先系統と関連する余分な構成要素を含んでおり、恐らくは南方への沿岸での移住に影響を受けました。注目すべきことに、1500年前頃の個体群は、ヌン人およびムーラオ人集団の直接的祖先としてモデル化できません。さらに、本論文のqpAdm分析は、コラオ人集団の遺伝的組成をモデル化できません。以下は本論文の図5です。
漢人は比較的複雑な遺伝的構造を示すので、古代の北方祖先系統構成要素の理想的な代理ではないかもしれません。この問題に取り組むために、北方供給源として古代の黄河関連人口集団(たとえば、黄河_LBIA、黄河_MN)を用いて、追加のqpAdm分析が実行されました。その結果は、漢人もしくは黄河関連人口集団のどちらを北方供給源として用いても一貫したままで、qpAdmモデル化における古代北方祖先系統の代理としての漢人の使用可能性が示唆されます。興味深いことに、本論文の結果から、ムーラオ人とヌン人の祖先系統はアミ人【的な構成要素】と古代の洞窟埋葬に由来し、黄河関連(29.3%)およびSEA人口集団(15.4%)からの追加の遺伝的寄与があった、と明らかになります(図5c)。遺伝的構成要素における差異は地理的分布と組み合わさって、HM前の2勾配がその形成史において在来人口集団と遺伝的に相互作用したことを示唆しています。さらに、コラオ人はアミ人(45%)とSEA(17%)と黄河(38%)の関連人口集団の混合としてモデル化できます(図5c)。この独特な遺伝的構造は、PCAで観察された逸れているパターンを説明できるかもしれません。
●考察
本論文は、古代の洞窟埋葬を行なっていた人々はKDおよびHM話者の主要な祖先だった、との長年の考古学的仮説の直接的検証によって、KDおよびHM話者の形成に関する高解像度の遺伝的視点を提供します。本論文の分析、とくにqpAdmでの形式的な祖先系統モデル化によって、研究史の項目で概説された競合する想定間の判断が可能となります。本論文の調査結果は複雑な混合仮説を裏づけますが、同時に在来および北方祖先系統の役割の理解を深めます。これらの埋葬関連個体間の時間的な遺伝的均質性は、北方関連祖先系統の存在増加とともに、北方からの継続的な大規模移住がこの地域の遺伝的特性を顕著に形成してきており、経時的な遺伝的多様性を減少させたかもしれない、と示唆しています。
広西の左江および右江(Zuoyou River)と南丹県で洞窟埋葬を行なっていた古代の人口集団は、それぞれ現在のKD話者およびHM話者の祖先と考えられてきました。本論文の結果と以前の考古学的および遺伝学的研究は、これら洞窟埋葬人口集団と現代のKDおよびHM話者との間の密接な関係を示します。現在のHM話者は、漢人およびKD両方の人口集団へと向かう遺伝的勾配を示しており、共有されているアレルは、HM人口集団の形成における漢人およびTK関連集団との混合の重要性を示唆しています。ほとんどのKD人口集団は1500年前頃の広西の祖先と高度な遺伝的類似性を示しており、現在のTK話者の遺伝的構成要素が過去1500年間にわたって比較的一貫したままだったことを示唆しています。
予測されるように、本論文のqpAdm分析から、ほぼ全ての現在のHMおよびKD話者は、それぞれの関連人口集団からの遺伝的構成要素を保持している、と明らかになりました。注目すべきことに、アジア南東部のHM話者人口集団は、現代の漢人集団【的な遺伝的構成の集団】と混合した中国のHM話者(22.2~26.5%)よりもずっと高い割合(74.5~100%)の、洞窟埋葬個体群に由来する祖先系統を示しています。この地域的不均衡は、歴史時代の移住パターンを反映している可能性が高そうで、それは、HM祖先集団が南方へと移住したため、アジア南東部に居住するHM祖先集団は漢人集団との持続的な相互作用に遭遇することがより少なくなり、古代洞窟埋葬関連祖先系統をより多く保持しています。対照的に、中国のHM集団は、とくに明王朝とその後の期間において、漢人移民との長い混合を経ており、古代南方祖先系統の希釈につながりました。これは、北方から南方への人口統計学的変化に関する歴史的記録や、中国南部における民族形成に影響した農耕拡大の供給源としての中原の役割と一致します。
本論文の結果は、現在のHM集団の民族形成における人口統計学的統合の役割を浮き彫りにします。北方関連祖先系統を示すために、黄河関連人口集団を用いると、フモン人は以前のqpAdmモデルとは異なる遺伝的特性を示した、と観察され、フモン人がアジア南東部における他のHM話者と比較して、異なる人口混合を経た、との示唆的な証拠が提供されます。シェ人とミャオ人が500年前頃の広西個体群と南方漢人との間の勾配を形成するなど、HM人口集団で観察された混合パターンは、混合により引き起こされた分化の役割をさらに浮き彫りにします。これは、HM集団が在来の南方人口集団と北方からの移民の混合から出現し、KD関連系統とシナ・チベット語族系統の両方からの遺伝的寄与があった、と示唆する言語学的および考古学的証拠と一致します。
同様に、現代のKD話者も北方人口集団からの遺伝的寄与を示します。祖先系統モデル化から、ほとんどの現代のKD話者の祖先系統は、古代の洞窟埋葬および漢人集団に由来した、と示唆されます。当初のモデルでは、ムーラオ人とヌン人の祖先系統は洞窟埋葬に由来しなかった、と示唆されましたが、続くqpAdmでは、ムーラオ人とヌン人はアミ人と黄河の関連人口集団の混合としてモデル化でき、地理的に近い古代の個体群(つまり、それぞれ広西の洞窟埋葬とマレーシア_LN)からの追加の遺伝的影響があった、と示されました。
PCAで観察された逸れているパターンは、他のTK集団と比較しての、コラオ人およびラチ人集団の顕著な遺伝的異質性を示唆しています。とくにコラオ人集団は、北方関連供給源として現代漢人を用いて本論文の以前のqpAdmモデルでは、モデル化できませんでした。代替的なqpAdmモデルでは、コラオ人はアミ人とSEAと黄河の関連人口集団の子孫としてモデル化でき、複数の民族集団間のより複雑な遺伝的相互作用が示唆されますが、本論文の分析からは、これらの遺伝的分岐は、コラオ人とラチ人の両集団で見られる顕著な短いROHによって証明されるように、人口瓶首効果を反映しているかもしれない、と示唆されます。注目すべきことに、ROH分析はSNPデータセットに基づいており、これらの人口集団の時間的な動態を完全には表すことができないかもしれません(たとえば、有効人口規模における変化)。コラオ人とラチ人の人口史のさらなる調査は、利用可能な全ゲノムデータセットの不足によって、現時点では制約されています。
興味深いことに、コラオ人の1個体は他のコラオ人個体とよりも、フモン人の方と多くのアレルを共有していました。本論文では、この個体が子供期にコラオ人によって養子に迎えられたか、標本の分類表示に問題があった、と仮定されます。さらに、PCAにおけるトン人集団の地理的に重なるHMクラスタへの移行は、湖南省や貴州省など特定の地域におけるKD集団とHM集団との間の文化間の相互作用と遺伝的交換を示唆しており、先史時代と歴史時代における民族境界の流動性を論証します。
しかし、本論文は限られた数の洞窟埋葬個体に基づいており、この地域における古代の洞窟埋葬人口集団の遺伝的構造を表しているにすぎないかもしれません。TKおよびHM人口集団の現代人の標本の利用可能性増加が、現代の人口集団のデータセットから再構築された全ゲノムデータとともに、理解を深めてきましたが、中国南部とアジア南東部における古代の個体群からのゲノムデータの不足は依然として、HMおよびKD集団の人口史の徹底的な調査能力を制約しています。現在のHMおよびKD人口集団の限られた標本抽出は、より包括的な遺伝学的分析を制約してきました。中国南部とアジア南東部全域にわたる時空間的な標本抽出の試みの拡大は、観察された遺伝的パターンが地域固有なのか、それとも大規模な人口統計学的過程の一部なのかどうか、解明できるかもしれません。さらに、古プロテオーム(タンパク質の総体)もしくは同位体データの統合は、生計戦略および移動性パターンのより包括的な視点を提供し、混合の遺伝学的証拠を補完するでしょう。
●まとめ
本論文は、考古学と言語学と遺伝学の証拠を架橋し、古代の洞窟埋葬人口集団は現代のKDおよびHM話者の形成への重要な貢献者であり、その遺伝的遺産は北方らの移民との数千年にわたる相互作用によって形成された、と論証します。HM祖先系統における地域的不均衡とKDの遺伝的構成要素の安定性は、中国南西部における民族形成の複雑で多層的な過程を浮き彫りにし、アジアの東部と南東部の交差点での人口集団の多面的歴史の解明における古代DNAの価値を強調します。
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