ワラセアの67800年以上前の洞窟壁画(追記有)

 ワラセアの洞窟壁画の年代が67800年以上前であることを報告した研究(Oktaviana et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、ワラセアのスラウェシ島およびその近隣のステンシル(物体を表面に置き、その上から塗装することで、表面に図を残すこと)を含めて島々の古い岩絵の新たな年代測定結果を提示し、そのうちの1ヶ所で67800年前頃の下限年代が得られたことを報告しています。これは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産とされるスペイン北部の岩絵も含めて、世界中のどの既知の岩絵よりも古いことになります。本論文は、このワラセアの岩絵の新たな年代が、現生人類(Homo sapiens)のワラセアやオセアニアへの拡散経路および年代推定の手がかりになることを示唆していますが、オセアニアにおける6万年以上前とされる現生人類の痕跡については、年代も含めて今後も検証が必要とは思います。ただ、ワラセアとオセアニアに現生人類が6万年以上前に拡散していたとしても、現代人との遺伝的つながりがほぼ皆無である可能性も想定しておくべきでしょう。また、ワラセアの6万年以上前の岩絵が種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)である可能性も、かなり低そうですが、念頭に置いておくべきかもしれません。

 以下の略称は、LA-U(laser-ablation Uran、レーザー除去ウラン)、m(metre、meter、メートル)、km(kilometre、kilometer、キロメートル)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。本論文で取り上げられるインドネシアの主要な地域は、南スラウェシ州のマロス(Maros)県とパンケップ(Pangkep)県、南東スラウェシ州のグア・アナワイ(Gua Anawai、略してANW)洞窟とグア・ムボキタ(Gua Mbokita、略してMBK)洞窟とグア・ベルリアン(Gua Berlian洞窟)、中部スラウェシ州のモロワリ県(Kabupaten Morowali)のメヌイ諸島(Menui Kepulauan)郡、ボルネオ島(カリマンタン)東部のサンクリラン・マンカリハット(Sangkulirang-Mangkalihat)半島、ムナ島(Muna Island)、ムナ島のリアン・メタンドゥノ(Liang Metanduno、略してLMET)洞窟とリアン・ポミンサ(Liang Pominsa)洞窟とグア・カゴフィゴフィネ(Gua Kaghofighofine)洞窟グア・ポミンサ(Gua Pominsa、略してGPOM)洞窟とリア・ブンタ(Lia Bunta)岩陰とマドンカ3(Madongka 3)岩陰、ブトゥン島(Buton Island)、ブトゥン島のワブリ1(Waburi 1)岩陰、ミソール(Misool)島です。本論文で取り上げられるインドネシア以外の主要な地域は、スペインのマルトラビエソ(Maltravieso)洞窟、オーストラリア北部のマジェドベベ(Madjedbebe)岩陰です。


追記(2026年3月26日)
 ナショナルジオグラフィックで報道されました。



●要約

 インドネシア群島には、世界でも最古級の既知の岩絵の一部があります[1~5]。以前、確実な更新世の年代が、インドネシアの2ヶ所の地域、つまりスラウェシ島南西部の半島のマロス・パンケップカルスト[1、3~5]と、東カリマンタン(ボルネオ島)のサンクリラン・マンカリハット地域[2]における、具象的な洞窟壁画およびヒトの手のステンシルで報告されていました。本論文は、スラウェシ島南東部の一連の年代の古い岩絵模様を報告します。この更新世(およびより新しい可能性のある)模様群のうち、ムテ島のリアン・メタンドゥノで発見された手形を追おう方解石のLA-U系列年代測定から、71600±3800年前のウラン系列年代が得られ、その内側の模様について67800年前の下限年代の制約が提供されます。このムナ島の下限年代(67800±3800年前)は、マロス・パンケップの岩絵の刊行されている下限年代より16600年古く[5]、これまで世界中の洞窟壁画で最古級の論証された下限年代を表していた、ネアンデルタール人の所産とされるスペインの手形の刊行されている下限年代より1100年古くなります。さらに、スラウェシにおけるこのきわめて古い岩絵の存在から、65000年前頃となるサフル大陸への人類最初の定着には、考古学的観点では依然としてあまり調べられていない地域である、ボルネオ島とパプアとの間の海上移動が含まれていた、と示唆されます。


●研究史

 過去10年間の注目すべき調査結果は、アジア南東部の大陸部地域(スンダ)とオーストラリアおよびパプアニューギニア(サフル)を隔て、海洋島嶼地帯のワラセアで最大の島であるスラウェシと、そのすぐにしに位置するスンダ大陸棚(現在のボルネオ)の端における更新世の年代の岩絵の発見と年代測定でした[1~5]。スラウェシ島では、手形(13点)や動物(7点)および擬人化図(3点)の具象的な絵を含めて岩絵模様(23点)のウラン系列年代測定で、51200~17000年前頃の範囲の下限年代が得られてきました[1~5]。年代測定されたすべての岩絵は、スラウェシ島南西部の半島のマロス・パンケップの450km²の低地「塔状」カルスト地域に位置しています。いくつかの衛星島を含む地域である、スラウェシ島南東部として知られている対岸の南部の半島では、石灰岩カルスト洞窟内の岩絵の存在が1977年な初めて報告されました。しかし、この地域の岩絵は、マロス・パンケップの岩絵(これ自体、最近までほとんど知られていませんでした)と比較して、充分には調査されてきませんでした。

 2019年以降、スラウェシ島南東部の壁側の図像の記録および年代測定の計画が行なわれ、44ヶ所の遺跡の記録(14ヶ所の新たな地点が含まれます)と8ヶ所の遺跡の1点の個々の岩絵模様の年代測定が得られました。年代測定された模様は、7点の手形(手のステンシル)と4点の他の絵(人物像2点と非具象的で幾何学的な模様2点)で構成されていました。本論文は、他の研究[5]で報告されているウラン系列年代測定の新たな手法(LA-U系列分析)を用いて、これらの岩絵模様と関連して形成されてきた炭酸カルシウム堆積物の年代推定値を得ました。全事例で、自然の炭酸カルシウムの沈殿を通じて岩絵の上部で直接的に形成された方解石資料の年代測定によって、壁側の図像の下限年代が得られました。一部の事例では、顔料層の直下の炭酸カルシウム層の年代測定によって、上限年代も得られました。以下は本論文の図1です。
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●岩絵の年代測定結果

 スラウェシ島南東部の標本抽出された手形が1点を除いて全て更新世にさかのぼるのに対して、残りの絵はおもにより新しい(つまり、完新世)下限年代の模様で構成されています。得られた最古級の下限年代は、ムナ島のリアン・メタンドゥノで得られた1点の手形(標本LMET2)です(図2)。この模様は、古代のサンゴ状の二次生成物によって部分的に覆われています。この手形は保存状態が悪く、指の一部と隣接する掌を描いている、色褪せた顔料の14×10cmの斑点のみで構成されています。以下は本論文の図2です。
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 指1本の先端は、顔料の追加の塗布か、顔料塗布中に手を動かしたかのいずれかによって、人為的に細くされたようで、これまでにスラウェシ島のみで確認されている独特な種類の手形芸術です。年代測定の結果から、この手形は少なくとも67800年前(71600±3800年前)に制作された、と示されます(図3)。以下は本論文の図3です。
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 同じ区画の前の手形の11cm左に位置する別の手形の上で、追加のサンゴ状の二次生成物(LMET1と表記されます)が標本抽出されました(図4)。この模様も部分的に古代のサンゴ状の二次生成物に覆われており、元々の手形の一部のみが、3本の指の陰刻を描いた塗布された顔料の14×9cmの区域の形態で残っています。この顔料の色は、他の区画上で見られる手形より濃く見えます。標本LMET1は、炭酸カルシウム内に埋め込まれた2点の異なる顔料層から構成されています。層序的に最古級の顔料層の下限年代が60900年前頃(70500±9500年前)なのに対して、2番目に古い顔料層は、下限年代が21500年前頃(22800±1300年前)で、上限年代が328500年前頃(30000±2800年前)です。詳細な観察から、絵の目に見える部分では、より濃い色の顔料がより明るい色の顔料の上に重なっている、と示されます。あるいは、より明るい色の層は、今では不明瞭になっているか、もはや見えない、上の顔料に先行する異なる模様の残存かもしれません。いずれにしても、この区画上の更新世の岩絵制作の2回の事象が、少なくとも3500年間離れていることは明らかです。最後に、以前に年代測定された最古級の細い指の手形からは17000年前頃の下限年代が得られたので[1]、手形芸術のこの地域固有の異形は以前に考えられていたよりもずっと古い、と結論づけることができるかもしれません。以下は本論文の図4です。
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 リアン・メタンドゥノには、風化の程度と他の観察に基づいて、2点の年代測定された手形よりずっと新しいように見える絵も含まれています。茶色がかった顔料を用いて描かれた、これらのずっと新しいように見える作品は、既存の二次生成物や、より古い表面の剥離によって露出した「新たな」洞窟壁表面や、年代測定された手形自体の上に描かれてきました。これらの絵のうち、鳥類、おそらくはヤケイ属種(Gallus sp.)であるニワトリの13.5×12cmの具象的表現は、年代測定されている2点の手形の間に位置しています。描かれた主題(たとえば、導入された家畜動物)から、これらの絵はこの地域におけるオーストロネシア語族話者の「新石器時代」社会の到来もしくはそれ以降(4000~3500年前頃)に帰属します。近隣のグア・ポミンサ洞窟では、おそらくは量的に物質文化の物を有している人物像を示している同様の茶色の顔料の絵(GPOM1)から、3900年前頃の下限年代(5000±1100年前)が得られました。この絵はおそらく、この地域でこれまでに確認されたオーストロネシア文化の最古級の証拠です。

 スラウェシ島南東部の数点の他の手形の年代測定から、後期更新世に収まる下限年代が得られました。メヌイ諸島郡の石灰岩洞窟であるグア・ムボキタでは、2点の標本から44700年前頃(50800±6100年前、標本MBK1)と25900年前頃(31100±5200年前、標本MBK2)の下限年代が得られました。グア・アナワイ洞窟の2点の別々の手形も、それぞれ19100年前頃(19900±800年前、標本ANW1)および20100年前頃(222100±2100年前、標本ANW2)の下限年代が得られました。ANW1では20400年前頃の上限年代も得られ、これらの手形が20400~20100年前頃の間に制作され、人々は少なくともLGMまで手形を製作していた、と示唆されます。これらの手形よりずっと新しい可能性が高い作品を含めて(ただ、前者については下限年代しか得られていません)、他の模様のさらなる年代測定結果は、拡張データ図5~9および補足表1で報告されています。


●初期のヒトの移住への示唆

 スラウェシ島南東部における本論文の年代測定調査から、ひじょうに古い岩絵はスラウェシ島南西部の半島のマロス・パンケップ地区に集中しているのみならず、この大きなワラセアの島(約17400km²)の他地域にもある、と示されます。これらの調査結果はから、スラウェシ島では後期更新世に活気のある長きにわたっての芸術文化があった、との見解がますます裏づけられます。スラウェシ島南東部で年代測定された2点の芸術作品は、初期のヒトの歴史の理解にも大きな影響を及ぼします。67800年前頃(71600±3800年前)と60900年前頃(70500±9500年前)の下限年代の制約から、リアン・メタンドゥノの手形は、現生人類の所産かもしれない壁面芸術について、これまでに世界中で報告された最古級の論証された下限年代の制約を提供します。現生人類の最初の居住が5400年前頃の地域[14]である、ヨーロッパのひじょうに古い岩絵について以前に報告された証拠(ただ、これは依然として議論になっています)には、刊行された40800年前頃(41400±600年前)の下限年代の塗布された円盤[16]と、66700年前頃(70100+3800-3400年前)の刊行されている下限年代のスペイン北部(マルトラビエソ洞窟)の手形があります[6]。マルトラビエソ洞窟の模様はネアンデルタール人の所産とされてきましたが、その年代測定は議論になってきました[20]。

 どのヒト分類群がリアン・メタンドゥノの手形(LMET2)を制作したのか、判断するのに利用できる明確な手法はなく、さらに問題を複雑にしているのは、スラウェシ島には現生人類の定着前の古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】が存在していたことですが[25、26]、スラウェシ島でこれらの古代型人類が現生人類と年代的に重なっていたのかどうかは、依然として不明です。それにも関わらず、本論文はムナ島の最古級の洞窟芸術を現生人類の所産としますが、これは、手形の上で意図的に改変された指の追加の技術的および様式的複雑さおよびこの地域における現生人類の既知の到来時期との密接な適合に基づいています。

 後者については、現生人類によるサフルの定着は、オーストラリア北部のマジェドベベ岩陰遺跡での発掘調査結果に基づいて、少なくとも68700~59300年前頃(65000±3700もしくは5700年前)までに起きた、と今では考えられています[7]。このサフル大陸の最初の定着は、現生人類が行なった最初の計画的な長距離海上横断を含んでいた、と広く考えられています。より短い距離での最初の意図的な海洋航行は、現生人類がユーラシア大陸の最東端を越えて拡大し、アジアの動植物群の最東端を示す主要な生物地理的境界である、「ウォレス線」を横断した時に起きました。古地理的環境および人口統計学的再構築に基づくモデル化データは、スンダからサフルへの主要な2経路を支持しています。北方経路は現在のボルネオ島(スンダ)に始まり、スラウェシ島を経て、そこからミソール島もしくはパプアの西端を経てサフルへと至りました。南方経路はジャワ島から小スンダ列島を経て、オーストラリア北部へと(ティモール経由)至ります(図1)。現時点の考古学的証拠は、これらの経路の名目上の起点と終点における現生人類の初期の存在(86000~68000年前頃までにラオス、73000~63000年前頃までにスマトラ島、69000~59000年前頃までにオーストラリア)を論証しています[7、33、34]。モデル化は北方経路経由でのサフルへの初期の拡散をしており、恐らくはその後(つまり、45000年前頃)、南方経路沿いの二次的な拡散がありましたが、この想定を支持する考古学的証拠は今のところありません。スマトラ島とオーストラリアと両地域間のより広範な地域との間の現生人類の遺跡における約15000年間の空白によって、サフルへの特定の移住経路を裏づけるのは困難です。

 新たに発見されたリアン・メタンドゥノ洞窟の手形は、ワラセアにおける現生人類の存在について、これまでに明らかになった最古級の考古学的証拠です。注目すべきことに、本論文で提示されている年代測定された岩絵はワラセアの最東端で、サフルへの北方経路沿いに位置しており、これはアジア南東部島嶼部からこれまでに報告された、年代測定されている更新世の洞窟芸術すべてと同様です[1~5]。これは、サフル大陸の最初の定着にはワラセア北部経由での海上航路が伴っていた、との見解を強く裏づけます。本論文の調査結果から、サフルに65000年前頃に到達した最初の現生人類が、洗練された芸術的分化を伴っていたことも明らかで、これはオーストラリア北部の初期に描かれた岩絵群の可能性の高い年代に示唆を与えます。リアン・メタンドゥノの手形がひじょうに古いことを考えると、同様の年代の岩絵制作の証拠がサフルへの北方経路沿いの他の場所に存在している、と予測するのが合理的なようです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


考古学:インドネシアで発見された最古の岩絵

 インドネシアのスラウェシ(Sulawesi)島の洞窟で発見された手形ステンシル模様は、少なくとも6万7800年前のものと推定され、現存する最古の岩絵であるかもしれないことを報告する論文が、Nature にオープンアクセスで掲載される。この発見は、初期人類がスラウェシ島を経由する北ルートでサフル(Sahul;オーストラリアとニューギニアを繋いだ古代大陸)へ移住したという説を強く裏づけるものである。

 岩絵は、古代人の創造性や移動経路に関する貴重な手がかりを提供する。インドネシアは、すでに世界最古級の洞窟芸術を有する地域として知られ、南西スラウェシや東ボルネオ(Borneo)では更新世(Pleistocene)の絵画が以前より確認されていた。しかし、1977年に岩絵の存在が初めて報告された南東スラウェシは、これまでほとんど調査されていなかった。

 スラウェシ島の未調査地域をより深く理解するため、Maxime Aubertら(グリフィス大学〔オーストラリア〕)は、南東スラウェシ全域の洞窟を調査し、44の遺跡(うち14箇所は未発見)を記録し、これらの洞窟で見つかった岩絵のモチーフについて説明している。著者らは、岩絵の上層および下層に形成された微細な炭酸カルシウム堆積物を採取し、高解像度レーザーアブレーション法によるウラン系列年代測定を実施した。その結果、最古の年代は6万7,800年前にさかのぼることが判明し、これまでに知られていた最古の岩絵を約1,100年上回った。一部の洞窟では、約3万5,000年の間隔を置いて2つの異なる芸術創作期が確認され、後期更新世における長きにわたる芸術的伝統の存在を示唆している。モチーフには、7つの手のステンシルや、茶色の顔料で描かれた人物像(最低でも3,900年前のものと推定)が含まれており、この地域におけるオーストロネシア(Austronesian)文化表現の最古の証拠となる可能性がある。

 これらの発見は、初期人類の岩絵の年代と歴史に関する理解を深めるとともに、オーストラリアとアジアが接するウォレシア(Wallacea)北部諸島を通じた初期の海上移動の可能性を裏づけるものである。著者らは、このルート沿いに同様の古代岩絵がまだ発見されるかもしれないことを示唆しており、オーストラリア北部における初期の岩絵群の起源と年代解明に重要な意味をもつと述べている。


考古学:6万7800年以上前のスラウェシの岩絵

Cover Story:いにしえの巨匠:インドネシアの洞窟で発見された既知最古の岩絵

 表紙は、インドネシアのスラウェシ島にある鍾乳洞で発見された初期の岩絵の例である。今週号でA Oktavianaたちは、インドネシア南東スラウェシ州ムナ島のリアン・メタンドゥノ洞窟にある、年代が少なくとも6万7800年前と推定された手形ステンシルは、これまでに発見された中で最古の岩絵である可能性があると報告している。インドネシアは、古代の洞窟壁画で既によく知られているが、スラウェシの南東地域はこれまで大部分が未調査だった。研究者たちはこの空白を埋めるべく、この地域一帯の洞窟の調査を実施し、以前は知られていなかった14カ所を含む計44カ所を記録した。リアン・メタンドゥノ洞窟の手形ステンシルの年代測定の結果は、この岩絵が、従来最古とされてきたスペインのネアンデルタール人に帰属する手形ステンシルより、少なくとも1100年古いことが分かった。研究チームは、スラウェシの今回の洞窟壁画が、初期人類がスラウェシを経由する北方ルートでサフル大陸(オーストラリアとニューギニアを形成した古代の大陸)へ移動したという仮説を強力に後押しするものであると指摘している。



参考文献:
Oktaviana AA. et al.(2026): Rock art from at least 67,800 years ago in Sulawesi. Nature, 650, 8102, 252–256.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09968-y

[1]
Aubert M. et al.(2014): Pleistocene cave art from Sulawesi, Indonesia. Nature, 514, 7521, 223–227.
https://doi.org/10.1038/nature13422
関連記事

[2]Aubert M. et al.(2018): Palaeolithic cave art in Borneo. Nature, 564, 7735, 254–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0679-9
関連記事

[3]Aubert M. et al.(2019): Earliest hunting scene in prehistoric art. Nature, 576, 7787, 442–445.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1806-y
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[4]Brumm A. et al.(2021): Oldest cave art found in Sulawesi. Science Advances, 7, 3, eabd4648.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd4648
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[5]Oktaviana AA. et al.(2024): Narrative cave art in Indonesia by 51,200 years ago. Nature, 631, 8022, 814–818.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07541-7
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[6]Hoffmann DL. et al.(2018): U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art. Science, 359, 6378, 912-915.
https://doi.org/10.1126/science.aap7778
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[7]Clarkson C. et al.(2017): Human occupation of northern Australia by 65,000 years ago. Nature, 547, 7663, 306–310.
https://doi.org/10.1038/nature22968
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[14]Slimak L. et al.(2022): Modern human incursion into Neanderthal territories 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 8, 6, eabj9496.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abj9496
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[16]Pike AWG. et al.(2012): U-Series Dating of Paleolithic Art in 11 Caves in Spain. Science, 336, 6087, 1409-1413.
https://doi.org/10.1126/science.1219957
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[20]Hoffmann DL. et al.(2018): Response to Comment on “U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art”. Science, 362, 6411, eaau1736.
https://doi.org/10.1126/science.aau1736
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[25]Bergh GD. et al.(2016): Earliest hominin occupation of Sulawesi, Indonesia. Nature, 529, 7585, 208–211.
https://doi.org/10.1038/nature16448
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[26]Hakim C. et al.(2025): Hominins on Sulawesi during the Early Pleistocene. Nature, 646, 8084, 378–383.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09348-6
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[33]Westaway KE. et al.(2017): An early modern human presence in Sumatra 73,000–63,000 years ago. Nature, 548, 7667, 322–325.
https://doi.org/10.1038/nature23452
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[34]Freidline SE. et al.(2023): Early presence of Homo sapiens in Southeast Asia by 86–68 kyr at Tam Pà Ling, Northern Laos. Nature Communications, 14, 3193.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38715-y
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