野林厚志「台湾における人類集団の連続性の生態・民族誌検証」
取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究B01「アジア新人文化形成プロセスの総合的研究」2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 32)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P11-14)。この他にも興味深そうな論文があるので、今後読んでいくつもりです。
本論文の目的は、台湾に定住してきた人類集団の連続性の可能性を生態学的な条件から考えるとともに、どのような社会集団が適応的に形成されるかについて論じることです。具体的には、台湾における潜在的な生態学資源の分布を評価し、それらの地域に実際に居住してきた台湾の先住民族の居住状況から社会のありかたについて検証します。
16 世紀後半から福佬系の人々や客家など漢人の移住により、西部平野の先住民族の漢人化が進み、平埔族と総称される集団が成立したのに対し、山岳地域や東部海岸地域を中心とした地域に居住していた先住民族は生番とよばれ、強い漢人化は見られませんでした。1985 年から1945年の日本の植民地統治期には、生番とよばれた人々の居住地が特別行政地区(山地、平地)に指定され、とくに山地特別行政区に指定された山岳地域の集団は、外部との接触がある程度限定される状況が続きました。
1945 年以降の中華民国施政下では、山岳地域への立ち入りは相変わらず制限されましたが、貨幣経済の浸透により先住民族の生活様式は大きく変化しました。先住民族の人々は現在、台湾原住民族とよばれる公的な呼称を有し、都市部への移住が進んでいます。一方で、先住権の主張もあいまって慣習的な居住地域である「伝統領域」の再確認も進められるとともに、現在も継承されている居住環境についても、正確な位置情報や住民の民族構成等が記録され公開されています。現在の集落の分布状況を概観したとき、それらはある程度、生態学的な環境や地勢が継続した条件になっている、と理解できます。
本論文は、既存の研究において台湾の先住諸民族が生態学的な適応を果たしていたとする地理環境と、現在の先住民族の居住状況とのデータを合わせるとともに、それぞれの自然環境のなかで形成された社会組織について民族誌的な説明を加えて、従来のニッチに社会や文化の様相を加えた社会文化ニッチの観点から、台湾における人類諸集団の適応の問題を考察します。
台湾における旧石器時代を想定した先住集団(Forager)と大陸からの後続の集団(Farmer)との関係について、ユウ・ペイリン(Pei-Lin Yu)氏は台湾の気候データから、農耕を主要な生業としていないと想定される集団の採食ニッチが水生資源と陸上資源のモードに分かれるとしたうえで、先住集団のなかで水生資源に適応したものが後続集団との競合を起こした場合、先住集団が中小型の陸生資源、換言すれば低ランク資源の獲得に適応した生態戦略をとり得る、と指摘しました。同時に、後続集団も多様なニッチをとり集団が分化していく可能性についても言及されています。台湾も含めてアジア東部各地域集団の形成に関しては、最近包括的な研究が提示されています(関連記事)。
この生態モデルの説明に大きな齟齬はありませんが、オーストロネシア祖語の発生が台湾にあるというモデル(関連記事)を意識したものである、と窺えます。つまり、後続の集団が多様なニッチをとり集団が分化していく、ということです。一方、この見解にしたがった場合、後続集団、すなわち、大陸側から初期農耕をたずさえた可能性のある人々が、台湾の各地で陸上資源のモードに独自のニッチを取って入り込むのであれば、先住集団と同じニッチが継続することになり、考古学的な現象としては生態資源の領域の利用に連続性が見られることになります。これは、先住集団と後続集団との交配の有無にかかわらず生じる可能性があります。ユウ氏が提案した台湾各地のニッチの状態は、狩猟採集集団の民族誌データとその地点での気候も含めた自然環境のデータとの関係を数理的にモデル化したうえで、逆に、ある特定の地点における環境データを入力することにより、その地点で想定されるニッチを出力するものです。
この数理モデルはJava によって作動するプログラムでデータの入出力が可能であり、「EnvCalc2.1」 と呼ばれます。EnvCalc2.1 は著名な考古学者であるルイス・ビンフォード(Lewis Roberts Binford)氏と共同研究者によって開発されたもので、元になるデータは、ビンフォード氏が長期間にわたって収集した狩猟採集集団の民族誌データと、世界各地にある気象データ観測所が公表している環境データです。民族誌データと環境データとの関係は、ビンフォード氏の2001年の研究ではもっぱら線形の関係で論じられましたが、EnvCalc2.1 では多変数の関係で結果が出されることが大きな特徴となっています。EnvCalc2.1 からニッチを推定するために必要な最低限のデータは、緯度・経度・高度・海岸線からの距離・植生・土壌・月ごとの平均気温・月ごとの平均降水量となっており、季節的な生存環境の変動が重視されている、と理解できます。
ユウ氏は公開されている台湾の気象データをまとめ、台湾の27 ヶ所における想定される狩猟と採集と漁撈の依存比をバーチャートで示しています。それらのうち、台湾本島とその周辺の島嶼について、GIS(ArcGIS Pro を使用)を用いてパイチャートにしたうえで、生態学的に許容される人口密度をチャートの半径に反映させています(図1)。より分かりやすく言うと、「もし、今の台湾の自然環境に狩猟採集集団が居住した場合にとりうるニッチ」を示したものです。これはいくつかの特徴的なニッチ分布を示していると言えます。
人口密度の面では、漁撈に適応した集団はやや人口密度が高い傾向が示されています。また、北東部から東部にかけては海岸線に近いにも関わらず、漁撈が必ずしも顕著には大きな割合を占めない、と理解できます。これらを踏まえると、東部地域は、人口密度がやや大きく比較的類似したニッチの集団が適応できる、と理解できます。対象的なのは西部平野のニッチと人口密度で、人口密度が抑えられているとともに、ニッチが比較的類似している、と理解できます。ただ、EnvCalc2.1 で引き出されるニッチ推測についての限界は、内水面資源の評価や、海岸線との時間的距離の評価が充分には行われていない点です。
EnvCalc2.1 で示されたニッチに対して、実際に先住民族が居住している状況を示したものが図2 です。現在の先住民族の集落は政策的に移住を繰り返した結果であることを踏まえたうえでこれらの分布を考えた場合、各集団はほぼ同一領域内で集落を分布させている一方で、境界の重複、つまり異なる集団の集落が隣接して展開する例が少なくない、と示されます。たとえば、東部の海岸線に沿ってアミ人の集落が分布していますが、少し西にはいった山裾には、ブヌンとアミの集落が隣あいながら南北に分布している、と理解できます。また、山岳地域の集落でとくに顕著なのが、川沿いに集落が分布する点です。これには主として、タイヤルやセデックやブヌンやツォウといった民族集団が含まれます。これに集落の規模を反映させたのが図3 です。ここでより明確になるのは、中央山脈の西側の山裾に展開している北部と中部の集団は比較的小規模な集落を展開しているのに対して、中央山脈の東側では小規模な集落がより密に展開するとともに、人口規模の大きな集落が出現していることです。
これらを民族誌的に考えた場合、民族集団の社会にはある類型的な特徴が見られる、と理解できます。北部のセデックやブヌンやツォウは基本的にはクランを形成し、それが社会の基本的な単位として機能している集団です。クランの間は時には競合的にもなり、その力の関係で集団をまとめるような首長を輩出する場合もあります。集落が秩序の基本的な単位とは必ずしも機能していない例は、ブヌンの共食の関係(図4)からも見て取れます。これらの集団は陸稲を作る場合もありますが、アワを焼畑で栽培し、山間部での狩猟が盛んな狩猟農耕集団と考えられます。
一方で、東部から南部にかけての集団を構成しているのが、アミやプユマやパイワンです。これらの集団は比較的大規模になる社会制度を有しています。アミは年齢階梯制がクランや家族を水平方向にむすぶ機能を有し、プユマやパイワンは首長・貴族層・平民層という階層社会を形成します。これらの集団は自律的な集落を形成し、その規模は年齢の各階梯や各階層を包括することになるため、集落全体の規模が拡大することになります。水田耕作も含めた稲作、サトイモやサツマイモを主体とした根菜農耕が、焼畑のアワに加えて主要な生業となり、農耕狩猟民の性格が強く出ています。
台湾における現在の環境データを、ビンフォード氏たちが開発したニッチ推定の投影プログラムで分析した場合、地域におけるニッチの違いが見られることになりました。具体的には、狩猟がより有利となるニッチが投影された北部・中部の山岳地域と、漁撈がより有利となるニッチが投影された東部の海岸・山裾の地域です。これらの地域にじっさいに居住を展開してきた集団は、形成する集落の規模および基本となる社会制度などに相応の差異が生じており、いわゆる生態学的な地位としてのニッチと社会の仕組みとの間には、考慮するべき相関関係が存在する、と示唆されます。
ただ、現在の集落の分布は上述のように政策による移住や現代化による生業体系の変化とそれに伴う経済的な移住が重ねられた結果形成されたもので、それらの影響を無視することはできません。一方で、台湾のような限られた地理的環境の中でも、異なるニッチ空間が存在し、それに対応する社会の多様性が分化していく可能性があることは、ニッチのプロジェクション推定と、実際の集落分布とを重ねて考えることで理解できます。EnvCalc2.1 によるニッチ投影には、ビンフォード氏が構築した狩猟採集集団の民族誌データの集積が不可欠でした。民族誌データの強みは人間の実際の行動を検証できることであり、その理論化の方法を進展させることにより、考古学的な課題への一定の見通しを与えることが期待されます。
参考文献:
野林厚志(2021)「台湾における人類集団の連続性の生態・民族誌検証」『パレオアジア文化史学:アジア新人文化形成プロセスの総合的研究2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 35)』P11-14
本論文の目的は、台湾に定住してきた人類集団の連続性の可能性を生態学的な条件から考えるとともに、どのような社会集団が適応的に形成されるかについて論じることです。具体的には、台湾における潜在的な生態学資源の分布を評価し、それらの地域に実際に居住してきた台湾の先住民族の居住状況から社会のありかたについて検証します。
16 世紀後半から福佬系の人々や客家など漢人の移住により、西部平野の先住民族の漢人化が進み、平埔族と総称される集団が成立したのに対し、山岳地域や東部海岸地域を中心とした地域に居住していた先住民族は生番とよばれ、強い漢人化は見られませんでした。1985 年から1945年の日本の植民地統治期には、生番とよばれた人々の居住地が特別行政地区(山地、平地)に指定され、とくに山地特別行政区に指定された山岳地域の集団は、外部との接触がある程度限定される状況が続きました。
1945 年以降の中華民国施政下では、山岳地域への立ち入りは相変わらず制限されましたが、貨幣経済の浸透により先住民族の生活様式は大きく変化しました。先住民族の人々は現在、台湾原住民族とよばれる公的な呼称を有し、都市部への移住が進んでいます。一方で、先住権の主張もあいまって慣習的な居住地域である「伝統領域」の再確認も進められるとともに、現在も継承されている居住環境についても、正確な位置情報や住民の民族構成等が記録され公開されています。現在の集落の分布状況を概観したとき、それらはある程度、生態学的な環境や地勢が継続した条件になっている、と理解できます。
本論文は、既存の研究において台湾の先住諸民族が生態学的な適応を果たしていたとする地理環境と、現在の先住民族の居住状況とのデータを合わせるとともに、それぞれの自然環境のなかで形成された社会組織について民族誌的な説明を加えて、従来のニッチに社会や文化の様相を加えた社会文化ニッチの観点から、台湾における人類諸集団の適応の問題を考察します。
台湾における旧石器時代を想定した先住集団(Forager)と大陸からの後続の集団(Farmer)との関係について、ユウ・ペイリン(Pei-Lin Yu)氏は台湾の気候データから、農耕を主要な生業としていないと想定される集団の採食ニッチが水生資源と陸上資源のモードに分かれるとしたうえで、先住集団のなかで水生資源に適応したものが後続集団との競合を起こした場合、先住集団が中小型の陸生資源、換言すれば低ランク資源の獲得に適応した生態戦略をとり得る、と指摘しました。同時に、後続集団も多様なニッチをとり集団が分化していく可能性についても言及されています。台湾も含めてアジア東部各地域集団の形成に関しては、最近包括的な研究が提示されています(関連記事)。
この生態モデルの説明に大きな齟齬はありませんが、オーストロネシア祖語の発生が台湾にあるというモデル(関連記事)を意識したものである、と窺えます。つまり、後続の集団が多様なニッチをとり集団が分化していく、ということです。一方、この見解にしたがった場合、後続集団、すなわち、大陸側から初期農耕をたずさえた可能性のある人々が、台湾の各地で陸上資源のモードに独自のニッチを取って入り込むのであれば、先住集団と同じニッチが継続することになり、考古学的な現象としては生態資源の領域の利用に連続性が見られることになります。これは、先住集団と後続集団との交配の有無にかかわらず生じる可能性があります。ユウ氏が提案した台湾各地のニッチの状態は、狩猟採集集団の民族誌データとその地点での気候も含めた自然環境のデータとの関係を数理的にモデル化したうえで、逆に、ある特定の地点における環境データを入力することにより、その地点で想定されるニッチを出力するものです。
この数理モデルはJava によって作動するプログラムでデータの入出力が可能であり、「EnvCalc2.1」 と呼ばれます。EnvCalc2.1 は著名な考古学者であるルイス・ビンフォード(Lewis Roberts Binford)氏と共同研究者によって開発されたもので、元になるデータは、ビンフォード氏が長期間にわたって収集した狩猟採集集団の民族誌データと、世界各地にある気象データ観測所が公表している環境データです。民族誌データと環境データとの関係は、ビンフォード氏の2001年の研究ではもっぱら線形の関係で論じられましたが、EnvCalc2.1 では多変数の関係で結果が出されることが大きな特徴となっています。EnvCalc2.1 からニッチを推定するために必要な最低限のデータは、緯度・経度・高度・海岸線からの距離・植生・土壌・月ごとの平均気温・月ごとの平均降水量となっており、季節的な生存環境の変動が重視されている、と理解できます。
ユウ氏は公開されている台湾の気象データをまとめ、台湾の27 ヶ所における想定される狩猟と採集と漁撈の依存比をバーチャートで示しています。それらのうち、台湾本島とその周辺の島嶼について、GIS(ArcGIS Pro を使用)を用いてパイチャートにしたうえで、生態学的に許容される人口密度をチャートの半径に反映させています(図1)。より分かりやすく言うと、「もし、今の台湾の自然環境に狩猟採集集団が居住した場合にとりうるニッチ」を示したものです。これはいくつかの特徴的なニッチ分布を示していると言えます。
人口密度の面では、漁撈に適応した集団はやや人口密度が高い傾向が示されています。また、北東部から東部にかけては海岸線に近いにも関わらず、漁撈が必ずしも顕著には大きな割合を占めない、と理解できます。これらを踏まえると、東部地域は、人口密度がやや大きく比較的類似したニッチの集団が適応できる、と理解できます。対象的なのは西部平野のニッチと人口密度で、人口密度が抑えられているとともに、ニッチが比較的類似している、と理解できます。ただ、EnvCalc2.1 で引き出されるニッチ推測についての限界は、内水面資源の評価や、海岸線との時間的距離の評価が充分には行われていない点です。
EnvCalc2.1 で示されたニッチに対して、実際に先住民族が居住している状況を示したものが図2 です。現在の先住民族の集落は政策的に移住を繰り返した結果であることを踏まえたうえでこれらの分布を考えた場合、各集団はほぼ同一領域内で集落を分布させている一方で、境界の重複、つまり異なる集団の集落が隣接して展開する例が少なくない、と示されます。たとえば、東部の海岸線に沿ってアミ人の集落が分布していますが、少し西にはいった山裾には、ブヌンとアミの集落が隣あいながら南北に分布している、と理解できます。また、山岳地域の集落でとくに顕著なのが、川沿いに集落が分布する点です。これには主として、タイヤルやセデックやブヌンやツォウといった民族集団が含まれます。これに集落の規模を反映させたのが図3 です。ここでより明確になるのは、中央山脈の西側の山裾に展開している北部と中部の集団は比較的小規模な集落を展開しているのに対して、中央山脈の東側では小規模な集落がより密に展開するとともに、人口規模の大きな集落が出現していることです。
これらを民族誌的に考えた場合、民族集団の社会にはある類型的な特徴が見られる、と理解できます。北部のセデックやブヌンやツォウは基本的にはクランを形成し、それが社会の基本的な単位として機能している集団です。クランの間は時には競合的にもなり、その力の関係で集団をまとめるような首長を輩出する場合もあります。集落が秩序の基本的な単位とは必ずしも機能していない例は、ブヌンの共食の関係(図4)からも見て取れます。これらの集団は陸稲を作る場合もありますが、アワを焼畑で栽培し、山間部での狩猟が盛んな狩猟農耕集団と考えられます。
一方で、東部から南部にかけての集団を構成しているのが、アミやプユマやパイワンです。これらの集団は比較的大規模になる社会制度を有しています。アミは年齢階梯制がクランや家族を水平方向にむすぶ機能を有し、プユマやパイワンは首長・貴族層・平民層という階層社会を形成します。これらの集団は自律的な集落を形成し、その規模は年齢の各階梯や各階層を包括することになるため、集落全体の規模が拡大することになります。水田耕作も含めた稲作、サトイモやサツマイモを主体とした根菜農耕が、焼畑のアワに加えて主要な生業となり、農耕狩猟民の性格が強く出ています。
台湾における現在の環境データを、ビンフォード氏たちが開発したニッチ推定の投影プログラムで分析した場合、地域におけるニッチの違いが見られることになりました。具体的には、狩猟がより有利となるニッチが投影された北部・中部の山岳地域と、漁撈がより有利となるニッチが投影された東部の海岸・山裾の地域です。これらの地域にじっさいに居住を展開してきた集団は、形成する集落の規模および基本となる社会制度などに相応の差異が生じており、いわゆる生態学的な地位としてのニッチと社会の仕組みとの間には、考慮するべき相関関係が存在する、と示唆されます。
ただ、現在の集落の分布は上述のように政策による移住や現代化による生業体系の変化とそれに伴う経済的な移住が重ねられた結果形成されたもので、それらの影響を無視することはできません。一方で、台湾のような限られた地理的環境の中でも、異なるニッチ空間が存在し、それに対応する社会の多様性が分化していく可能性があることは、ニッチのプロジェクション推定と、実際の集落分布とを重ねて考えることで理解できます。EnvCalc2.1 によるニッチ投影には、ビンフォード氏が構築した狩猟採集集団の民族誌データの集積が不可欠でした。民族誌データの強みは人間の実際の行動を検証できることであり、その理論化の方法を進展させることにより、考古学的な課題への一定の見通しを与えることが期待されます。
参考文献:
野林厚志(2021)「台湾における人類集団の連続性の生態・民族誌検証」『パレオアジア文化史学:アジア新人文化形成プロセスの総合的研究2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 35)』P11-14
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