金谷美和、上羽陽子、中谷文美「道具としての植物利用(3)―インド北東部アッサム地域を中心に」

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究B01「アジア新人文化形成プロセスの総合的研究」2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 32)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P5-10)。この他にも興味深そうな論文があるので、今後読んでいくつもりです。

 本論文は、民族学的視点から道具資源としての植物利用の多様性を示す具体的事例として、インド北東部がアッサム地域におけるヤシ科植物の採取・加工・利用の様態を取り上げています。旧石器時代の現生人類(Homo sapiens)に関する研究では、小石刃の製作が現生人類の文化的特徴の一つとされてきたので、これまでの考古記録において小石刃の卓越が見られないアジア南部および南東部やオセアニアに関しては、石器の形状を現生人類による到達経路の指標とすることが困難で、現生人類の文化を論じるさいの課題となってきました。そこで、道具製作技術や石器利用のあり方を考察する可能性を広げるため、当該地域の生態環境における利用資源(食料、道具)の特徴の理解を目指した、というわけです。

 これまでの調査において、タケとヤシをキープラントとした研究が進められ、「タケ仮説」と呼ばれる一連の議論を念頭に、まずタケが調査対象とされました。具体的には、石器製作技術の差異に基づく境界線とされたモビウスライン関連記事上に位置するインド北東部のアッサム地域において、タケのもつ道具利用の可能性が検討されました。そこでタケは、建材や梯子や容器や杭などさまざまな目的に使用されている、と明らかになりました。現代の民族誌的状況を踏まえると、先史時代においても、タケは加工具として石器の代用として用いられた可能性があり、食糧資源獲得においては罠・漁具・狩猟具などタケによる道具によって用が足りていたかもしれない、という2 点が示されました。さらに、タケ以外の植物資源でも多面的利用は可能なのか、インドネシアのティモール島西部(西ティモール)における民族誌的調査を通じて、ヤシも多様な道具利用が可能である、と明らかになりました。

 このように、これまでの研究のなかで、タケとヤシという2種類の植物が人類文化における道具資源として重要である、と明らかにされてきました。これらの調査成果を踏まえて、タケ利用が顕著にみられる地域における、他の植物の利用実態が調査されました。アッサム地域ではすでに、タケによる道具が生活の基本的な用途を満たしている、と明らかになっています。しかし、アッサム地域においてタケ以外の植物がどのように利用されているのか、またタケとの組み合わせによりどのくらい多様な用途を充足できるのか検討するため、2019 年8 月に、ヤシの道具利用に関する民族誌的調査が行なわれました。本論文はこの調査結果を報告します。

 アッサム地域は石器形成パターンの境界線であるモビウスライン上にあり、物質文化的にも重要な意味を持つと考えられます。気候は温暖夏雨気候に属し、年間降水量は少ないところで2000mm、多いところでは4000mm に達します。そのため稲作が卓越し、タケ・ヤシ・チーク・ラタン・ジュート・水草などの森林資源にも恵まれています。以前の研究によると、アッサムでは多様な植物利用が行なわれており、なかでもタケがもっともよく利用されています。たとえば、1 軒の家庭菜園あたり39 種類もの植物が、食用及び道具利用目的で使用されているそうです。今回の現地調査の主眼は、他の植物資源の利用を、タケとの比較で明らかにすることでした。調査内容は、ヤシを用いた生活道具に関する悉皆調査、ヤシ伐採とヤシを用いた生活道具の制作工程の観察、ヤシ伐採や加工に用いる道具の熟覧調査です。この調査で明らかになったのは、(1)ヤシの利用、(2)ヤシの道具利用の範囲と用途、(3)タケとヤシの組み合わせによる道具利用の可能性です。

(1)アッサムにおいては、タケだけでなく、ヤシも多様な用途のために利用されています。調査村において、8 種類のヤシ科植物(Arecaceae)が確認され、そのうち5 種類を利用している、と明らかになりました。

(2)重要な用途として、シェルター・運搬・狩猟・結束が設定され、ヤシ科植物がこの4 タイプの道具利用をまかなえるのか、確認されました。ここでは、西ティモールの利用事例も参照されます。調査の結果、狩猟に用いる道具以外はヤシでまかなえる、と明らかになりました。たとえば、ビンロウヤシの葉軸と葉は、家の周囲でシェルターとして用いられています。一本の葉軸には多くの葉がついており容量があるため、目隠しとしての機能や、柵としての機能を充分に十分に果たしています。またビンロウヤシは、小屋の支柱としてもよく用いられています。タケも支柱として使われますが、ヤシの方が太いために好まれます。ココヤシの幹も、支柱や建材として使われます。シェルターとしての傘は、トコヤシの葉で作られています。アッサムの夏は日差しが強く、農作業の間に携帯型のシェルターが活用されます。西ティモールでも、ヤシは雨除けの傘、つまりシェルターとして使われていました。

 運搬道具としてもヤシは利用可能です。ビンロウヤシの葉軸が下に落ちてくると、その根元に近い部分を切り取って使います。ビンロウヤシは実が食用の嗜好品とて商品価値が高いために、切り倒すことはめったになく、落ちてきたり倒れたりしたものを捨てずに上手く活用しています。牛糞を入れて運ぶこともあります。牛糞はインドでは、土と混ぜて土間や壁に塗ったり、乾かして燃料にしたり、捨てずにさまざまなことに活用されます。飼っている牛が糞をすると、柔らかいうちにとって、ヤシの葉軸にいれて運びます。また、葉軸の葉をとりさっただけで、子供の運搬具になり、二人載せて引っ張ってもびくともしません。西ティモールでもビンロウヤシの葉軸が、運搬具として使用されていました。葉軸の元のほうを残して切り取り、折りたたんで木の棒を留め具にして留めると、箱型の容器になります。西ティモールの人々は、山仕事のときにこの容器で水を運搬したり、食糧を運搬したりします。これらは一時的な利用のため、使い終わると放置されます。したがって、現場で作り、使っているところを観察することで、初めて明らかになる道具利用の方法だと言えます。

 結束のための道具のヤシ利用では、タケで橋の部材を作り、部材同士をヤシの一種であるトウで結び留めることにより、釘を一本も使わずに川に橋をかけられます。トウの茎はひじょうに強靭で、割いたり撚ったりせずにそのままで使います。ねじったり結んだりしても、トウの皮は破れたり、折れたりすることはありません。西ティモールでもヤシが結束具として使われています。以上のように、アッサム地域においてヤシは、シェルター・運搬・結束のための道具として使われている、と明らかになりました。狩猟のための道具には使われていないものの、ヤシそのものが食糧になる、という特性もあります。

 アッサムでは狩猟具はタケで制作されています。切っただけのタケに糸と針をつけた漁具の浮子があり、浮子は湖などの周辺に生育する細く軽いタケ(ナルカゴリ)が選択されています。他にも、タケの釣り竿の先に糸と針をつけて、浅瀬に突き刺しておく漁具や、タケ製で水のなかにしかけておいて、魚をとらえる漁具もあります西ティモールにおいても、吹き矢と吹き筒のような狩猟具は、ヤシではなくてタケで作られます。男性は、森から吹き筒に適当なタケを吟味して伐ってきて、その場でそれをつなぎ合わせ、吹き筒を作ります。

(3)アッサムや西ティモールにおいて狩猟具がヤシではなくタケに限られるのは、タケにはあってヤシにはない特質のためと考えられます。それは、中空による軽さ・固さ・たわみやすさです。タケ素材の有用性については、生物分布の境界「ウォレス」線の名称の元となったウォレスが、「強度、軽さ、平滑さ、真っ直ぐなこと、丸いこと、中空があること、割りやすさと割れる時の規則性、様々の違った大きさ・・・・・・他の材料を使う場合と比べて作業時間が四分の一で済む」と指摘しています。ヤシとタケそれぞれにみられる道具利用の特質を比較すると、製作や加工に複雑な道具や技術を必要としない、という共通点とともに、タケは狩猟具になり石器の代用品になり得るものの、ヤシは狩猟具にはならず、石器の代用品にはならない、という違いがあります。つまり、それぞれの植物の特性を踏まえつつ、ヤシとタケを組み合わせることで、より多様な道具利用の可能性が開ける、と明らかになります。

 アッサム地域における調査では、確認された8 種類のヤシ科植物(Arecaceae)のうち5 種類が利用されており、旧石器時代アジアの道具利用について重要な項目となるシェルター・運搬・狩猟・結束のうち、狩猟以外の3項目はヤシでまかなえるものの、より多様な種類(12 種類)のタケが活用され、上記4 項目すべてに使用されている、と明らかになりました。そのためアッサムでは、タケとヤシの各々の特性を生かして道具を制作・利用することで、多様な道具利用が展開されています。

 今回の民族誌的調査から、旧石器時代アジアの道具利用を考える上で重要な4 種類の用途(シェルター・運搬・狩猟・結束)を満たす道具の製作がタケとヤシを用いて可能になる、と明らかになりました。アッサム地域と西ティモールの植物の道具利用に関しては、タケとヤシを中心とした異なる植物利用パッケージがある、と提示できました。もちろん、アジア南部および南東部の古環境において現代と同じ植生が広がっていたのかどうかについては、専門的見地からのさらなる検討が必要ですが、タケとヤシを組み合わせ、かつ他の植物も多面的に利用することにより、植物が生活に必要な道具を調達する重要な資源となっていた可能性は高そうです。これが、複雑な石器製作技術に頼らない生存戦略を可能にしていたのではないか、と考えられます。


参考文献:
金谷美和、上羽陽子、中谷文美(2021)「道具としての植物利用(3)―インド北東部アッサム地域を中心に」『パレオアジア文化史学:アジア新人文化形成プロセスの総合的研究2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 35)』P5-10

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