後期更新世の日本列島に存在したホラアナライオン
分子生物学的データに基づいて後期更新世の日本列島におけるホラアナライオンの存在を報告した研究(Sun et al., 2026)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。ライオンとトラは後期更新世に広く分布していた頂点捕食者で、アジア東部の大型動物相の不可欠な構成要素でした。ホラアナライオンがおもにユーラシア北部に生息していたのに対して、トラはさらに南方に分布していました。両者の生息範囲の境界はユーラシア全域に広がっており、氷期と間氷期の変動など気候変動に伴って移動しました。
日本列島でも更新世のネコ科遺骸が発見されてきましたが、これまで、そうした遺骸はトラと考えられていました。しかし本論文は、日本列島の後期更新世のネコ科遺骸のプロテオーム(タンパク質の総体)解析(プロテオミクス)とゲノム解析から、これまでトラと考えられてきたネコ科遺骸がホラアナライオンであることを明らかにしました。この調査結果は、アジア東部におけるホラアナライオンの既知の範囲を拡大し、ライオンとトラの移行帯がこの期間にどれくらい南方へと動いたのかについて、理解を深めます。なお、ホラアナライオンの進化史の概要を把握するには、最近の解説(Nedoluzhko et al., 2024)が有益と思います。また、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、AHSG(alpha-2-HS-glycoprotein、アルファ2HS糖タンパク質)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、HPD(highest probability density、最高確率密度)、km(kilometre、kilometer、キロメートル)、LC–MS/MS(liquid chromatography–tandem mass spectrometry、液体色層縦列質量分光法)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。
本論文で取り上げられる主要なネコ科動物は、ヒョウ属(Panthera)、ホラアナライオン(Panthera spelaea)、トラ(Panthera tigris)、中期更新世ヨーロッパライオン(Panthera fossilis)、アメリカライオン(Panthera atrox)、現代ライオン(Panthera leo)、ヒョウ(Panthera pardus)ヨウシトラ(Panthera youngi)、オオヤマネコ属種(Lynx sp.)です。本論文で取り上げられるそれ以外の主要な非ヒト動物は、ハイイロオオカミ(Canis lupus)、ニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax)、ヒグマ(Ursus arctos)、ツキノワグマ(Ursus thibetanus)、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)、バイソン属種(Bison sp.)、オーロックス(Bos primigenius)、ヘラジカ(Alces alces)、トナカイ(Rangifer tarandus)、ヤベオオツノジカ(Sinomegaceros yabei)、ナウマンゾウ(Palaeoloxodon naumanni)です。
本論文で取り上げられる主要なネコ科動物の出土地および生息地は、日本の青森県下北郡東通村の尻屋崎と静岡県浜松市と山口県美祢市、インドのグジャラート(Gujarat)州のギル森林(Gir Forest)とマハーラーシュトラ(Maharashtra)州のヤウォール野生生物保護区(Yawal Wildlife Sanctuary)です。
●研究史
ライオンとトラ両方の単系統種複合体は、鮮新世と更新世の境界(260万年前頃)までに出現した、と考えられているものの[6、11]、その最も近い姉妹分類群からの最初の分岐は、中期鮮新世初期(530万~300万年前頃)に起きたかもしれません。本論文では、「ライオン」という用語を、生存している種のみ、つまり現代のライオンや、中期更新世のヨーロッパライオンや後期更新世のホラアナライオンや後期更新世のアメリカライオンを含む単系統全体(これらの種間の推定合着時期は190万~50万年前頃)に用います[6]。同様に、「トラ」は、かつて複数種を含んでいたものの、今日では現代のトラのみによって表される、単系統を指します。
支配的な頂点捕食者として、ライオンとトラは200万年前頃に出現して以降、直接的および間接的両方の競合を通じて、他の同所性肉食動物の進化毛色を形成した可能性が高く、捕食を通じて草食動物個体群に影響を及ぼしました[18]。その後、ライオンとトラは、ライオンが100万年前頃にアフリカから拡散し、ユーラシア全域に範囲を拡大し始めると、相互に重要な競合者となりました。しかし、現在、【ライオンとトラの】地理的範囲はもはや重なっておらず、これは、人為的活動によって、20世紀初期までにユーラシア南西部全域で起きた広範な縮小のためです。最も近い現存の個体群は今では300km以上離れており、アジアライオンの最東端の個体群がグジャラート州のギル森林に限られている一方で、インドトラの最西端の個体群はマハーラーシュトラ州のヤウォール野生生物保護区周辺で見られます。
対照的に、後期更新世(129000~17000年前頃)には、ライオンとトラの間の範囲重複および相互作用は、ユーラシア全域で中東からアジア中央部を経てロシア極東まで伸びる移行地帯沿いでより頻繁に起きていたかもしれません。本論文はこの地帯を「ライオンとトラの移行帯」と呼びます。後期更新世におけるライオンとトラの時空間的分布に関する詳細な知識は、とくに同所性の肉食動物および草食動物との関連において、進化史と生態学的役割を理解するのに不可欠です。しかし、ユーラシア西部および北アメリカ大陸のより徹底的に研究されている地域と比較してとくに、ユーラシア東部のデータの少なさのため、大きな知識の空白が依然として残っています。
未解決の問題の一つは、日本列島の更新世のヒョウ属種の分類学的同定です。日本列島とアジア本土との間の周期的な陸続きは、氷期におけるより低い海水準から生じ、日本への大陸部の動物相の移動が可能となりました(図1)。ヒョウ属に分類される大型ネコ科の半化石遺骸が、中期~後期更新世に相当する層序から日本で回収されてきました。当初、これらはヨウシトラかトラか、ヒョウと推定される種として暫定的に同定されたより小型な形態に割り当てられました。しかし、ヘマー・ヘルムート(Hemmer Helmut)氏は形態学的分析に基づいて、これらの遺骸はトラを表している、と提案し、形態のみに基づく種水準の同定の内在的限界にも関わらず、この見解はその後の著者たちによって一般的に受け入れられてきました。以下は本論文の図1です。
生息地モデル化では、日本列島南西部は後期更新世のより寒冷な時期にアジア東部でトラにとって最も適した生息地の一部を提供した、と示唆されています[11]。したがって、日本列島は、在来のトラ個体群を支えていたか、あるいはトラにとって重要な退避地として機能したかもしれません。これが事実だったならば、日本列島はアジア東部においてトラの進化と拡大に大きな役割を果たしたかもしれません。しかし、ライオンとトラの移行帯の東端という日本列島の地理的位置は、この仮定を複雑にします。後期更新世には、ホラアナライオンはロシア極東南東部と中国南東部と朝鮮半島北部に存在田ようです。これは、どのヒョウ属種が日本へ移動したのかについて、重要な問題を提起します。しかし、日本列島にかつてライオンが生息していた可能性は真剣には検討されておらず、それはおもに、日本の「トラ」遺骸の種水準の明確な同定の欠如にも関わらず、アジア東部に現在ライオンが存在しないことに起因します。
この知識の空白に取り組み、日本列島の更新世の「トラ」がじっさいにはライオンだったのかそれともトラだったのか、具体的に判断するために、この地域の大型ネコ科の26点の半化石標本が分析されました。保存状態が悪い古代の標本における、極度に少ない内在性DNAによって課される困難にも関わらず、放射性炭素年代測定と古ゲノミクスと古プロテオミクスの組み合わせの統合された手法を用いて、種の同定の解決に成功しました。本論文の分析は、種固有のアミノ酸多様体の特定を可能とした古代プロテオームとともに、混合捕獲濃縮による5点の完全なミトコンドリアゲノムと1点の部分的な核ゲノムから得られたデータを活用しました。このデータはヒョウ属の系統発生および集団遺伝学的構造の文脈で分析され、以前に刊行された古代と現代のゲノムが組み込まれました。直接的な放射性炭素年代測定と系統発生に基づく分子時計推定値も使用して、アジア本土と日本列島との間の動物相の拡散年表が再構築されました。その結果、トラではなくホラアナライオンが後期更新世の日本列島に生息していた、との予期せぬ発見が明らかになり、それによって、この期間におけるライオンとトラの移行帯がどのくらい南方へと広がっていたのか、理解が深まりました。
●日本の古代大型ネコ科の種同定
次世代配列決定基盤を用いての直接的なゲノム再配列決定で検査すると、以前にニホントラと記載された26点の半化石遺骸のうち、全てが少ない内在性DNA含有量(0.1%未満)を示し、最高の収率は0.095%でした。この悪い保存状態にも関わらず、混合捕獲でのミトコンドリアゲノム濃縮のため選択された8点の標本のうち5点から、ほぼ完全なミトコンドリアゲノムが回収されました。これらの標本(GMNH0024、GMNH0028、GMNH0031、GMNH0032、GMNH0034)は、本州島の3ヶ所の主要な遺跡【尻屋崎と浜松市と美祢市】から発掘され、得られたミトコンドリアゲノム配列決定網羅率の範囲は94.33~99.34%で、配列決定深度の範囲は5.36~27.27倍となり、信頼できる系統特定と系統発生分析に充分な解像度を提供しました。
他の大型ネコ科種、とくに現代と古代のライオンの利用可能なミトコンドリアゲノムデータを組み込んだmtDNAの系統発生は、後期更新世のホラアナライオンの主要な二つのmtDNAクレード(単系統群)を明らかにし、つまりは、「ホラアナライオン1型」と「ホラアナライオン2型」です(図2)。いわゆる日本の「トラ」標本は、「ホラアナライオン1型」内に収まる充分に裏づけられた単系統集団を形成します。「ホラアナライオン2型」および他のホラアナライオン標本とともに、これらのホラアナライオンはユーラシアに広く分布した絶滅系統と、絶滅したアメリカライオンの姉妹系統を表しています。現代のライオン系統は、ライオン単系統群内でより基底部の位置を占めています。それにも関わらず、現存種と絶滅種両方の全てのライオン系統は、まとまった種水準の単系統群を形成しており、この単系統群はトラやヒョウなど他のヒョウ属種とは明確に異なります。これらの系統発生クラスタ化(まとまること)パターンは、日本の大型ネコ科標本の、以前に分類されたトラではなく、ホラアナライオンとしての同定を強く裏づけます。しかし、標本における生体分子の保存状態がどの程度まで許容されるのか、という不確実性や、種同定を曖昧にするかもれしない、事例密接に関連するネコ科種間のミトコンドリアの遺伝子移入の報告された事例を考えて、二つの追加の手法、つまり核DNA解析と古プロテオミクスを用いて、この問題に取り組むことが選択されました。以下は本論文の図2です。
標的核ゲノム捕獲配列が設計され、トラとライオンの系統間を区別する検出力のために計算的に選択されたSNPが回収されました。このSNPに基づく標的濃縮手法を用いて、最も保存状態の良好な標本であるGMNH0031から5057ヶ所のゲノム座からデータが回収されました。このGMNH0031は本州島の南西端に近い山口県美祢市から発掘されました(遺跡3、図1)。トラと現代のライオンとホラアナライオンを含む核ゲノムデータのPCAは、「ニホントラ」がトラでも現代のライオンでもなく、ホラアナライオンだった、とのmtDNA分析の結果を確証しました(図3)。主成分1(PC1)は全体の差異の38.1%を説明し、トラ系統からライオン系統を分離しており、主成分2(PC2)は、差異の17.1%を説明し、ホラアナライオンから現代のライオンを区別しました。注目すべきことに、GMNH0031は両軸【PC1とPC2】沿いで他のホラアナライオンから区別できず、日本の「トラ」標本が母系の遺伝子移入の事例ではなくホラアナライオンを表している、との核ゲノム証拠を提供します。以下は本論文の図3です。
LC–MS/MSを用いての古プロテオーム解析が実行され、日本の「トラ」遺骸における種固有のアミノ酸多様体が評価されました。標本GMNH0031のプロテオーム鑑定から、確実に19点の内在性タンパク質が得られ、各タンパク質は2ヶ所以上の固有のペプチドによって裏づけられ、2000ヶ所以上のアミノ酸残基にわたっています。これらの配列決定されたタンパク質領域内で、トラからライオンを区別する診断可能な単一アミノ酸多様体が、AHSGで特定されました。具体的には、AHSGの84ヶ所眼の部位がトラの参照プロテオームではメチオニンでしたが、ライオンの参照プロテオームではロイシンです。GMNH0031はこの部位でロイシンを有している、と分かり、トラよりもライオンの方との密接な類似性が示唆されます。この多様体はさらに、現代の動物園標本のプロテオーム解析によってさらに検証され、トラにおけるメチオニンとライオンにおけるロイシンが確証されます。古代の骨資料では通常より高くなるグルタミン酸とアスパラギン酸の脱アミノ化率は、GMNH0031ではそれぞれ72.3~90.5%と88.4~97.0%で、比較すると現代の動物園の標本ではずっと低い割合(それぞれ、2.0~2.5%と41.1~48.0%)となります。これらの結果は、回収された古代プロテオームデータの真正性を裏づけます。
要するに、ミトコンドリアゲノムと核ゲノム両方の標的捕獲濃縮および配列決定を古ゲノム解析は、種固有のアミノ酸多様体の古プロテオーム同定とともに、データを生成で北半化石遺骸はトラではなく、むしろホラアナライオンだった、と決定的に論証しました。これは、後期更新世日本列島の絶滅大型ネコ科の決定的な種同定を提供します。更新世の日本列島において、賛成の火山灰土壌の広範な存在と相まって、頻繁な温暖湿潤気候のため、この地域は長期の生体分子の保存にはほぼ適さなくなりました。これらの環境条件は、古代DNA回収および先史時代動物相群の再構築のより広範な試みに、大きな困難を課してきました。したがって、この研究における大型ネコ科遺骸からの古ゲノムと古プロテオーム両方のデータの回収成功は、これら長年の障壁の克服において注目すべき達成を示しています。
●日本の古代ホラアナライオンの放射性炭素年代測定と分子年代測定
mtDNA系統発生分析から、日本から特定されたホラアナライオン標本は、先行研究によって定義された「ホラアナライオン1型」単系統群に属する、カナダ北西部およびアラスカのホラアナライオンと最も密接に関連している、と示唆されます(図2)。シベリア東部の密接に関連するハプロタイプとともに、これらの系統は充分に裏づけられた単系統ハプログループを形成し、本論文では「ホラアナライオン1型」と呼ばれます。この集団はユーラシアとベーリンジア(ベーリング陸橋)東部の両方でMIS2(29000~14000年前頃)の始まりまでに絶滅したようです。この系統の最新の既知の放射性炭素年代は、ベーリンジア東部では29860±210年前、ユーラシアでは54100±1800年前(較正年代で54556年前頃)です。「ホラアナライオン1型」集団はユーラシアとベーリンジアの両方で最終的には、ベーリンジアへと東方へ拡散する前にユーラシアで生じた可能性が高い単系統ハプログループである、「ホラアナライオン2型」に置換されました。
日本の山口県のホラアナライオンの標本1点(GMNH0031)の放射性炭素年代測定から、31060±190年前(95.4%の較正年代で36000~34891年前頃)の年代が得られました。完全なミトコンドリアゲノム配列のベイズ先端年代測定された4点の追加の日本の標本は、34900~28700年前頃の範囲内に収まります。注目すべきことに、以前に「トラ」もしくは「ヒョウ」と同定された別の同時代の日本の半化石標本は、17910±70年前(較正年代で21630~20950年前頃)と年代測定されました。これらの年代から、上述のより新しい日本の半化石が遺伝的に「ホラアナライオン1型」に属する、と確証されれば、「ホラアナライオン1型」の構成員は日本列島においてユーラシア【大陸部】での絶滅後に少なくとも2万年間存続し、ベーリンジア東部からの最終的な消滅後1万年間以上存続した可能性がある、と示唆されます。
ホラアナライオンのこの長い生存は、日本の独特な古地理学的歴史を反映しているかもしれません。大陸部との断続的な接続によって中断される相対的な孤立の期間は、大陸部の近縁個体群の消滅後に、完新世間でよく生き残ったニホンオオカミ[57]など、歴史的に残存個体群の存続を可能としてきました【ナウマンゾウにおいても、最近の研究(Segawa et al., 2025)で同様の可能性が指摘されています】。同様に、日本列島における生物地理学的孤立は、鮮新世~更新世のステゴドン属の更新世の固有ゾウで見られるように、系統固有の適応を促したかもしれません。本論文の結果から、「ホラアナライオン1型」集団のホラアナライオンの残存個体群は日本列島において、ユーラシア北部の他地域できの絶滅のずっと後まで生き残っていた、と示唆されます。将来の研究は、この集団が後期更新世の日本列島に完全に限られていたのかどうか、あるいは、シベリアでは「シベリア2型」集団が優占していながら、日本列島に近いシベリア南東部もしくは中国北部でも存続していた可能性があるのかどうか、調べるべきです。
●後期更新世の日本におけるホラアナライオンの到来と定着
日本列島は、過去100万年間ほぼ孤立し続け、アジア本土との断続的な陸地のつながりが、海水準の低下の期間に起きました。これらの陸橋は、三日月形の日本列島の南西端と北端(それぞれ、北緯35度と北緯50度付近に形成されました)に形成されたものの、必ずしも同時ではありませんでした。南西部では、陸のつながりはMIS16(65万年前頃)とMIS12(43万年前頃)に出現しましたが、北方では、陸のつながりはMIS4~2(最終氷期、115000~11000年前頃)に生じました。これらの短いながらも重要な陸の回廊は、この地域の生物地理学および動物相の歴史の形成に大きな役割を果たしました(図1)。北西部の経路は、日本列島をアジア本土の温暖な生物群系と結びつけた可能性が高いのに対して、さらに緯度が15度北方へ高い北方のつながりは、亜北極生態系への経路を開き、異なる生態系生物群系の種は日本列島へと移動が可能となりました。
化石記録から、ライオンはアフリカから100万年前頃に拡散し、ヨーロッパに75万~70万年前頃までに到達した、と示されました。自然の障壁がない好適な条件下では、ライオンはわずか2日で最大80kmの長距離を移動できます。シベリア東部とアジア東部におけるライオンの到来の正確な時期は依然として不明ですが、ライオンの遺骸はイリノイおよびウィスコンシン氷期(191000~11000年前頃)のアラスカの堆積物で発見されてきました。これらの調査結果から、ライオンは北アメリカ大陸へと渡る前にすでにベーリンジア東部に到達していた、と示唆されます。したがって、ライオンはシベリア東部と可能性としてはアジア東部にMIS4~2の氷期(11500~11000年前頃)に存在しており、その時に北方の陸橋は断続的に大陸を日本列島とつないでいた、と推測するのは合理的です。古ゲノム解析から、北アメリカ大陸へのライオンの拡散の少なくとも3回の波がこの時間枠で起きており、それにはアメリカライオンの単系統群とホラアナライオンの二つの単系統群、つまりホラアナライオン1型とホラアナライオン2型が含まれる、と示唆されます。
日本列島に最も近い大陸側の地域である、シベリア南東部におけるこれらのライオンの単系統群の空間もしくは時間的素材について、ほとんど知られていません。オオカミやヒグマなど他の肉食動物は、複数回の定着の波、および/もしくは日本列島内の混合事象の考古学的および遺伝学的証拠[57、63]を示しており、ライオンについても同様の状況の可能性が提起されます。本州島の3ヶ所の遺跡から得られた大型ネコ科のミトコンドリアゲノム5点の本論文の古ゲノムデータは、ホラアナライオン1型集団と密接に関連する単系統ハプログループを明らかにしました(図4)。日本のホラアナライオン間の推定合着(合祖)時期は37500年前頃(95%のHPDで39600~35800年前)で、より広いホラアナライオン1型単系統群との分岐は72700年前頃(95%のHPDで78200~67100年前)です。これらの調査結果から、ライオンは日本列島に72700~37500年前頃に定着した、と示唆され、この年代はMIS4~2の寒冷な氷期と一致し、その頃には北方の陸橋が周期的に利用可能でした(図1)。以下は本論文の図4です。
この時間枠は、最終氷期における他の亜北極圏大型動物相の日本への到来とも一致しており、それには、ケナガマンモスやバイソン属種やトナカイや恐らくはオーロックスが含まれます。化石証拠から、オオヤマネコとヘラジカ、本論文の調査結果に基づくとホラアナライオンが日本中央部に到達した、と示唆されます。注目すべきことに、オオヤマネコとホラアナライオンのみが、日本列島の南西部へとさらな広がりました。これらの種は、北方の開けた針葉樹林と草原から温帯針葉樹林を経て南方の温帯広葉樹林へと移行していた生態学的回廊に沿って、拡散した可能性が高そうです。
●日本列島のトラの生息地におけるホラアナライオン
日本列島南西部は現在後期更新世の両方で、トラにとって生態学的に好適な生息地を提供します。したがって、トラが存在したならば、トラはライオンを定着した地域から競合的に排除したかもしれない、と推測するのは合理的です。しかし、本論文の結果は、後期更新世の日本列島におけるトラの存在を確証しません。
化石記録と分子系統発生の両方から、アジア東部の後期更新世のトラはより温暖な間氷期に範囲をロシア極東南東部の北方へと拡大し、より寒冷な時期には南方へと撤退し、その時にホラアナライオンが代わりにこの地域を占めていた、と示唆されます。このパターンは、トラではなくライオンが、より寒冷な氷期に形成された陸橋経由で日本列島へと渡った可能性がより高い、との仮説を裏づけます。ライオンとトラの移行の変動は、各種の選好する生息地においておもに気候により引き起こされる変化影響を受けましたが、直接的競合における単独行動のトラに対する群で暮らすライオンの潜在的優位性が、この地帯の位置も形成したかもしれません。この期間に、オオカミやヒグマやツキノワグマも、4万~35000年前頃までに日本列島に到来した初期ヒト集団とともに日本列島に存在していました。本論文の結果から、ホラアナライオンはこれらの大型肉食動物および草食動物の哺乳類と共存しており、日本列島における後期更新世生態系の不可欠な部分を形成していた、と論証されます。
●日本における更新世ホラアナライオンの絶滅
日本列島のほとんどの大型動物は更新世末までに絶滅し、それには、ホラアナライオン(最新の大型ネコ科化石は、本論文に基づくと恐らくはホラアナライオンの17910±70年前もしくは較正年代で21630~20950年前頃)、ケナガマンモス(19530±80年前)、ナウマンゾウ(23600±130年前)、バイソン(17900±90年前)、ヤベオオツノジカ(40560±1500年前)が含まれます。ヒグマも日本列島の大半から2万年前頃の直後に消滅し、北海道のみで生き残りましたが、ツキノワグマは現在も日本の一部で生き残り、生息し続けています。オオヤマネコは数千年前まで存続し、オオカミは20世紀まで生き残りました。
これらの絶滅原因については、依然として議論になっています。先行研究では、絶滅事象の時期が、ヒトの過剰狩猟の証拠ではなく、大きな気候変化気候および環境変化と一致するので、気候および環境変化が主因だった、と主張されています。対照的に、別の先行研究では、考古学的記録から、ヒトはナウマンゾウなど大型哺乳類を狩ったことが示され、人為的影響を除外できない、と示唆される、と提案されています。さらに別の先行研究は、ヒトの到来と急速な気候変化との間の時間的重なりを指摘しており、日本列島での大型動物相絶滅におけるそれぞれの役割の解明の試みが複雑になっています。これらの不確実性は、長く日本における後期更新世動物相の歴史の理解を曖昧にしてきました。
本論文の調査結果は、アジア北東部との陸のつながりを経由して日本列島へと定着したのは、トラではなくライオンだった、との証拠を提供します。LGMにおけるトラにとってより好適だったように見える可能性がある生息地にも関わらず、日本列島全域に広く拡散した可能性が高く、南西部にさえ到達したのは、ホラアナライオンでした。この調査結果は、アジア東部におけるホラアナライオンの既知の範囲を拡大し、後期更新世におけるライオンと虎の移行の生物地理学的パターンに光を当てます。種の範囲の動態の解明およびライオンとトラの移行帯の変動の解決には、中緯度ユーラシア全域のライオンとトラの半化石遺骸の将来の再調査が必要でしょう。
参考文献:
Nedoluzhko A. et al.(2024): 20th anniversary of the history of genetic research on cave lions: A short review. Earth History and Biodiversity, 2, 100013.
https://doi.org/10.1016/j.hisbio.2024.100013
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Segawa T. et al.(2025): Ancient DNA from Palaeoloxodon naumanni in Japan reveals early evolution of Eurasian Palaeoloxodon. iScience, 28, 12, 114156.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.114156
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Sun X. et al.(2026): The Japanese Archipelago sheltered cave lions, not tigers, during the Late Pleistocene. PNAS, 123, 6, e2523901123.
https://doi.org/10.1073/pnas.2523901123
[6]de Manuel M. et al.(2020): The evolutionary history of extinct and living lions. PNAS, 117, 20, 10927–10934.
https://doi.org/10.1073/pnas.1919423117
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[11]Sun X. et al.(2023): Ancient DNA reveals genetic admixture in China during tiger evolution. Nature Ecology & Evolution, 7, 11, 1914–1929.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02185-8
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[18]Barnett R. et al.(2020): Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens. Current Biology, 30, 24, 5018–5025.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.09.051
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[57]Niemann J. et al.(2021): Extended survival of Pleistocene Siberian wolves into the early 20th century on the island of Honshū. iScience, 24, 1, 101904.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101904
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[63]Segawa T. et al.(2022): Paleogenomics reveals independent and hybrid origins of two morphologically distinct wolf lineages endemic to Japan. Current Biology, 32, 11, 2494–2504.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.04.034
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日本列島でも更新世のネコ科遺骸が発見されてきましたが、これまで、そうした遺骸はトラと考えられていました。しかし本論文は、日本列島の後期更新世のネコ科遺骸のプロテオーム(タンパク質の総体)解析(プロテオミクス)とゲノム解析から、これまでトラと考えられてきたネコ科遺骸がホラアナライオンであることを明らかにしました。この調査結果は、アジア東部におけるホラアナライオンの既知の範囲を拡大し、ライオンとトラの移行帯がこの期間にどれくらい南方へと動いたのかについて、理解を深めます。なお、ホラアナライオンの進化史の概要を把握するには、最近の解説(Nedoluzhko et al., 2024)が有益と思います。また、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、AHSG(alpha-2-HS-glycoprotein、アルファ2HS糖タンパク質)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、HPD(highest probability density、最高確率密度)、km(kilometre、kilometer、キロメートル)、LC–MS/MS(liquid chromatography–tandem mass spectrometry、液体色層縦列質量分光法)、LGM(Last Glacial Maximum、最終氷期極大期)です。
本論文で取り上げられる主要なネコ科動物は、ヒョウ属(Panthera)、ホラアナライオン(Panthera spelaea)、トラ(Panthera tigris)、中期更新世ヨーロッパライオン(Panthera fossilis)、アメリカライオン(Panthera atrox)、現代ライオン(Panthera leo)、ヒョウ(Panthera pardus)ヨウシトラ(Panthera youngi)、オオヤマネコ属種(Lynx sp.)です。本論文で取り上げられるそれ以外の主要な非ヒト動物は、ハイイロオオカミ(Canis lupus)、ニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax)、ヒグマ(Ursus arctos)、ツキノワグマ(Ursus thibetanus)、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)、バイソン属種(Bison sp.)、オーロックス(Bos primigenius)、ヘラジカ(Alces alces)、トナカイ(Rangifer tarandus)、ヤベオオツノジカ(Sinomegaceros yabei)、ナウマンゾウ(Palaeoloxodon naumanni)です。
本論文で取り上げられる主要なネコ科動物の出土地および生息地は、日本の青森県下北郡東通村の尻屋崎と静岡県浜松市と山口県美祢市、インドのグジャラート(Gujarat)州のギル森林(Gir Forest)とマハーラーシュトラ(Maharashtra)州のヤウォール野生生物保護区(Yawal Wildlife Sanctuary)です。
●研究史
ライオンとトラ両方の単系統種複合体は、鮮新世と更新世の境界(260万年前頃)までに出現した、と考えられているものの[6、11]、その最も近い姉妹分類群からの最初の分岐は、中期鮮新世初期(530万~300万年前頃)に起きたかもしれません。本論文では、「ライオン」という用語を、生存している種のみ、つまり現代のライオンや、中期更新世のヨーロッパライオンや後期更新世のホラアナライオンや後期更新世のアメリカライオンを含む単系統全体(これらの種間の推定合着時期は190万~50万年前頃)に用います[6]。同様に、「トラ」は、かつて複数種を含んでいたものの、今日では現代のトラのみによって表される、単系統を指します。
支配的な頂点捕食者として、ライオンとトラは200万年前頃に出現して以降、直接的および間接的両方の競合を通じて、他の同所性肉食動物の進化毛色を形成した可能性が高く、捕食を通じて草食動物個体群に影響を及ぼしました[18]。その後、ライオンとトラは、ライオンが100万年前頃にアフリカから拡散し、ユーラシア全域に範囲を拡大し始めると、相互に重要な競合者となりました。しかし、現在、【ライオンとトラの】地理的範囲はもはや重なっておらず、これは、人為的活動によって、20世紀初期までにユーラシア南西部全域で起きた広範な縮小のためです。最も近い現存の個体群は今では300km以上離れており、アジアライオンの最東端の個体群がグジャラート州のギル森林に限られている一方で、インドトラの最西端の個体群はマハーラーシュトラ州のヤウォール野生生物保護区周辺で見られます。
対照的に、後期更新世(129000~17000年前頃)には、ライオンとトラの間の範囲重複および相互作用は、ユーラシア全域で中東からアジア中央部を経てロシア極東まで伸びる移行地帯沿いでより頻繁に起きていたかもしれません。本論文はこの地帯を「ライオンとトラの移行帯」と呼びます。後期更新世におけるライオンとトラの時空間的分布に関する詳細な知識は、とくに同所性の肉食動物および草食動物との関連において、進化史と生態学的役割を理解するのに不可欠です。しかし、ユーラシア西部および北アメリカ大陸のより徹底的に研究されている地域と比較してとくに、ユーラシア東部のデータの少なさのため、大きな知識の空白が依然として残っています。
未解決の問題の一つは、日本列島の更新世のヒョウ属種の分類学的同定です。日本列島とアジア本土との間の周期的な陸続きは、氷期におけるより低い海水準から生じ、日本への大陸部の動物相の移動が可能となりました(図1)。ヒョウ属に分類される大型ネコ科の半化石遺骸が、中期~後期更新世に相当する層序から日本で回収されてきました。当初、これらはヨウシトラかトラか、ヒョウと推定される種として暫定的に同定されたより小型な形態に割り当てられました。しかし、ヘマー・ヘルムート(Hemmer Helmut)氏は形態学的分析に基づいて、これらの遺骸はトラを表している、と提案し、形態のみに基づく種水準の同定の内在的限界にも関わらず、この見解はその後の著者たちによって一般的に受け入れられてきました。以下は本論文の図1です。
生息地モデル化では、日本列島南西部は後期更新世のより寒冷な時期にアジア東部でトラにとって最も適した生息地の一部を提供した、と示唆されています[11]。したがって、日本列島は、在来のトラ個体群を支えていたか、あるいはトラにとって重要な退避地として機能したかもしれません。これが事実だったならば、日本列島はアジア東部においてトラの進化と拡大に大きな役割を果たしたかもしれません。しかし、ライオンとトラの移行帯の東端という日本列島の地理的位置は、この仮定を複雑にします。後期更新世には、ホラアナライオンはロシア極東南東部と中国南東部と朝鮮半島北部に存在田ようです。これは、どのヒョウ属種が日本へ移動したのかについて、重要な問題を提起します。しかし、日本列島にかつてライオンが生息していた可能性は真剣には検討されておらず、それはおもに、日本の「トラ」遺骸の種水準の明確な同定の欠如にも関わらず、アジア東部に現在ライオンが存在しないことに起因します。
この知識の空白に取り組み、日本列島の更新世の「トラ」がじっさいにはライオンだったのかそれともトラだったのか、具体的に判断するために、この地域の大型ネコ科の26点の半化石標本が分析されました。保存状態が悪い古代の標本における、極度に少ない内在性DNAによって課される困難にも関わらず、放射性炭素年代測定と古ゲノミクスと古プロテオミクスの組み合わせの統合された手法を用いて、種の同定の解決に成功しました。本論文の分析は、種固有のアミノ酸多様体の特定を可能とした古代プロテオームとともに、混合捕獲濃縮による5点の完全なミトコンドリアゲノムと1点の部分的な核ゲノムから得られたデータを活用しました。このデータはヒョウ属の系統発生および集団遺伝学的構造の文脈で分析され、以前に刊行された古代と現代のゲノムが組み込まれました。直接的な放射性炭素年代測定と系統発生に基づく分子時計推定値も使用して、アジア本土と日本列島との間の動物相の拡散年表が再構築されました。その結果、トラではなくホラアナライオンが後期更新世の日本列島に生息していた、との予期せぬ発見が明らかになり、それによって、この期間におけるライオンとトラの移行帯がどのくらい南方へと広がっていたのか、理解が深まりました。
●日本の古代大型ネコ科の種同定
次世代配列決定基盤を用いての直接的なゲノム再配列決定で検査すると、以前にニホントラと記載された26点の半化石遺骸のうち、全てが少ない内在性DNA含有量(0.1%未満)を示し、最高の収率は0.095%でした。この悪い保存状態にも関わらず、混合捕獲でのミトコンドリアゲノム濃縮のため選択された8点の標本のうち5点から、ほぼ完全なミトコンドリアゲノムが回収されました。これらの標本(GMNH0024、GMNH0028、GMNH0031、GMNH0032、GMNH0034)は、本州島の3ヶ所の主要な遺跡【尻屋崎と浜松市と美祢市】から発掘され、得られたミトコンドリアゲノム配列決定網羅率の範囲は94.33~99.34%で、配列決定深度の範囲は5.36~27.27倍となり、信頼できる系統特定と系統発生分析に充分な解像度を提供しました。
他の大型ネコ科種、とくに現代と古代のライオンの利用可能なミトコンドリアゲノムデータを組み込んだmtDNAの系統発生は、後期更新世のホラアナライオンの主要な二つのmtDNAクレード(単系統群)を明らかにし、つまりは、「ホラアナライオン1型」と「ホラアナライオン2型」です(図2)。いわゆる日本の「トラ」標本は、「ホラアナライオン1型」内に収まる充分に裏づけられた単系統集団を形成します。「ホラアナライオン2型」および他のホラアナライオン標本とともに、これらのホラアナライオンはユーラシアに広く分布した絶滅系統と、絶滅したアメリカライオンの姉妹系統を表しています。現代のライオン系統は、ライオン単系統群内でより基底部の位置を占めています。それにも関わらず、現存種と絶滅種両方の全てのライオン系統は、まとまった種水準の単系統群を形成しており、この単系統群はトラやヒョウなど他のヒョウ属種とは明確に異なります。これらの系統発生クラスタ化(まとまること)パターンは、日本の大型ネコ科標本の、以前に分類されたトラではなく、ホラアナライオンとしての同定を強く裏づけます。しかし、標本における生体分子の保存状態がどの程度まで許容されるのか、という不確実性や、種同定を曖昧にするかもれしない、事例密接に関連するネコ科種間のミトコンドリアの遺伝子移入の報告された事例を考えて、二つの追加の手法、つまり核DNA解析と古プロテオミクスを用いて、この問題に取り組むことが選択されました。以下は本論文の図2です。
標的核ゲノム捕獲配列が設計され、トラとライオンの系統間を区別する検出力のために計算的に選択されたSNPが回収されました。このSNPに基づく標的濃縮手法を用いて、最も保存状態の良好な標本であるGMNH0031から5057ヶ所のゲノム座からデータが回収されました。このGMNH0031は本州島の南西端に近い山口県美祢市から発掘されました(遺跡3、図1)。トラと現代のライオンとホラアナライオンを含む核ゲノムデータのPCAは、「ニホントラ」がトラでも現代のライオンでもなく、ホラアナライオンだった、とのmtDNA分析の結果を確証しました(図3)。主成分1(PC1)は全体の差異の38.1%を説明し、トラ系統からライオン系統を分離しており、主成分2(PC2)は、差異の17.1%を説明し、ホラアナライオンから現代のライオンを区別しました。注目すべきことに、GMNH0031は両軸【PC1とPC2】沿いで他のホラアナライオンから区別できず、日本の「トラ」標本が母系の遺伝子移入の事例ではなくホラアナライオンを表している、との核ゲノム証拠を提供します。以下は本論文の図3です。
LC–MS/MSを用いての古プロテオーム解析が実行され、日本の「トラ」遺骸における種固有のアミノ酸多様体が評価されました。標本GMNH0031のプロテオーム鑑定から、確実に19点の内在性タンパク質が得られ、各タンパク質は2ヶ所以上の固有のペプチドによって裏づけられ、2000ヶ所以上のアミノ酸残基にわたっています。これらの配列決定されたタンパク質領域内で、トラからライオンを区別する診断可能な単一アミノ酸多様体が、AHSGで特定されました。具体的には、AHSGの84ヶ所眼の部位がトラの参照プロテオームではメチオニンでしたが、ライオンの参照プロテオームではロイシンです。GMNH0031はこの部位でロイシンを有している、と分かり、トラよりもライオンの方との密接な類似性が示唆されます。この多様体はさらに、現代の動物園標本のプロテオーム解析によってさらに検証され、トラにおけるメチオニンとライオンにおけるロイシンが確証されます。古代の骨資料では通常より高くなるグルタミン酸とアスパラギン酸の脱アミノ化率は、GMNH0031ではそれぞれ72.3~90.5%と88.4~97.0%で、比較すると現代の動物園の標本ではずっと低い割合(それぞれ、2.0~2.5%と41.1~48.0%)となります。これらの結果は、回収された古代プロテオームデータの真正性を裏づけます。
要するに、ミトコンドリアゲノムと核ゲノム両方の標的捕獲濃縮および配列決定を古ゲノム解析は、種固有のアミノ酸多様体の古プロテオーム同定とともに、データを生成で北半化石遺骸はトラではなく、むしろホラアナライオンだった、と決定的に論証しました。これは、後期更新世日本列島の絶滅大型ネコ科の決定的な種同定を提供します。更新世の日本列島において、賛成の火山灰土壌の広範な存在と相まって、頻繁な温暖湿潤気候のため、この地域は長期の生体分子の保存にはほぼ適さなくなりました。これらの環境条件は、古代DNA回収および先史時代動物相群の再構築のより広範な試みに、大きな困難を課してきました。したがって、この研究における大型ネコ科遺骸からの古ゲノムと古プロテオーム両方のデータの回収成功は、これら長年の障壁の克服において注目すべき達成を示しています。
●日本の古代ホラアナライオンの放射性炭素年代測定と分子年代測定
mtDNA系統発生分析から、日本から特定されたホラアナライオン標本は、先行研究によって定義された「ホラアナライオン1型」単系統群に属する、カナダ北西部およびアラスカのホラアナライオンと最も密接に関連している、と示唆されます(図2)。シベリア東部の密接に関連するハプロタイプとともに、これらの系統は充分に裏づけられた単系統ハプログループを形成し、本論文では「ホラアナライオン1型」と呼ばれます。この集団はユーラシアとベーリンジア(ベーリング陸橋)東部の両方でMIS2(29000~14000年前頃)の始まりまでに絶滅したようです。この系統の最新の既知の放射性炭素年代は、ベーリンジア東部では29860±210年前、ユーラシアでは54100±1800年前(較正年代で54556年前頃)です。「ホラアナライオン1型」集団はユーラシアとベーリンジアの両方で最終的には、ベーリンジアへと東方へ拡散する前にユーラシアで生じた可能性が高い単系統ハプログループである、「ホラアナライオン2型」に置換されました。
日本の山口県のホラアナライオンの標本1点(GMNH0031)の放射性炭素年代測定から、31060±190年前(95.4%の較正年代で36000~34891年前頃)の年代が得られました。完全なミトコンドリアゲノム配列のベイズ先端年代測定された4点の追加の日本の標本は、34900~28700年前頃の範囲内に収まります。注目すべきことに、以前に「トラ」もしくは「ヒョウ」と同定された別の同時代の日本の半化石標本は、17910±70年前(較正年代で21630~20950年前頃)と年代測定されました。これらの年代から、上述のより新しい日本の半化石が遺伝的に「ホラアナライオン1型」に属する、と確証されれば、「ホラアナライオン1型」の構成員は日本列島においてユーラシア【大陸部】での絶滅後に少なくとも2万年間存続し、ベーリンジア東部からの最終的な消滅後1万年間以上存続した可能性がある、と示唆されます。
ホラアナライオンのこの長い生存は、日本の独特な古地理学的歴史を反映しているかもしれません。大陸部との断続的な接続によって中断される相対的な孤立の期間は、大陸部の近縁個体群の消滅後に、完新世間でよく生き残ったニホンオオカミ[57]など、歴史的に残存個体群の存続を可能としてきました【ナウマンゾウにおいても、最近の研究(Segawa et al., 2025)で同様の可能性が指摘されています】。同様に、日本列島における生物地理学的孤立は、鮮新世~更新世のステゴドン属の更新世の固有ゾウで見られるように、系統固有の適応を促したかもしれません。本論文の結果から、「ホラアナライオン1型」集団のホラアナライオンの残存個体群は日本列島において、ユーラシア北部の他地域できの絶滅のずっと後まで生き残っていた、と示唆されます。将来の研究は、この集団が後期更新世の日本列島に完全に限られていたのかどうか、あるいは、シベリアでは「シベリア2型」集団が優占していながら、日本列島に近いシベリア南東部もしくは中国北部でも存続していた可能性があるのかどうか、調べるべきです。
●後期更新世の日本におけるホラアナライオンの到来と定着
日本列島は、過去100万年間ほぼ孤立し続け、アジア本土との断続的な陸地のつながりが、海水準の低下の期間に起きました。これらの陸橋は、三日月形の日本列島の南西端と北端(それぞれ、北緯35度と北緯50度付近に形成されました)に形成されたものの、必ずしも同時ではありませんでした。南西部では、陸のつながりはMIS16(65万年前頃)とMIS12(43万年前頃)に出現しましたが、北方では、陸のつながりはMIS4~2(最終氷期、115000~11000年前頃)に生じました。これらの短いながらも重要な陸の回廊は、この地域の生物地理学および動物相の歴史の形成に大きな役割を果たしました(図1)。北西部の経路は、日本列島をアジア本土の温暖な生物群系と結びつけた可能性が高いのに対して、さらに緯度が15度北方へ高い北方のつながりは、亜北極生態系への経路を開き、異なる生態系生物群系の種は日本列島へと移動が可能となりました。
化石記録から、ライオンはアフリカから100万年前頃に拡散し、ヨーロッパに75万~70万年前頃までに到達した、と示されました。自然の障壁がない好適な条件下では、ライオンはわずか2日で最大80kmの長距離を移動できます。シベリア東部とアジア東部におけるライオンの到来の正確な時期は依然として不明ですが、ライオンの遺骸はイリノイおよびウィスコンシン氷期(191000~11000年前頃)のアラスカの堆積物で発見されてきました。これらの調査結果から、ライオンは北アメリカ大陸へと渡る前にすでにベーリンジア東部に到達していた、と示唆されます。したがって、ライオンはシベリア東部と可能性としてはアジア東部にMIS4~2の氷期(11500~11000年前頃)に存在しており、その時に北方の陸橋は断続的に大陸を日本列島とつないでいた、と推測するのは合理的です。古ゲノム解析から、北アメリカ大陸へのライオンの拡散の少なくとも3回の波がこの時間枠で起きており、それにはアメリカライオンの単系統群とホラアナライオンの二つの単系統群、つまりホラアナライオン1型とホラアナライオン2型が含まれる、と示唆されます。
日本列島に最も近い大陸側の地域である、シベリア南東部におけるこれらのライオンの単系統群の空間もしくは時間的素材について、ほとんど知られていません。オオカミやヒグマなど他の肉食動物は、複数回の定着の波、および/もしくは日本列島内の混合事象の考古学的および遺伝学的証拠[57、63]を示しており、ライオンについても同様の状況の可能性が提起されます。本州島の3ヶ所の遺跡から得られた大型ネコ科のミトコンドリアゲノム5点の本論文の古ゲノムデータは、ホラアナライオン1型集団と密接に関連する単系統ハプログループを明らかにしました(図4)。日本のホラアナライオン間の推定合着(合祖)時期は37500年前頃(95%のHPDで39600~35800年前)で、より広いホラアナライオン1型単系統群との分岐は72700年前頃(95%のHPDで78200~67100年前)です。これらの調査結果から、ライオンは日本列島に72700~37500年前頃に定着した、と示唆され、この年代はMIS4~2の寒冷な氷期と一致し、その頃には北方の陸橋が周期的に利用可能でした(図1)。以下は本論文の図4です。
この時間枠は、最終氷期における他の亜北極圏大型動物相の日本への到来とも一致しており、それには、ケナガマンモスやバイソン属種やトナカイや恐らくはオーロックスが含まれます。化石証拠から、オオヤマネコとヘラジカ、本論文の調査結果に基づくとホラアナライオンが日本中央部に到達した、と示唆されます。注目すべきことに、オオヤマネコとホラアナライオンのみが、日本列島の南西部へとさらな広がりました。これらの種は、北方の開けた針葉樹林と草原から温帯針葉樹林を経て南方の温帯広葉樹林へと移行していた生態学的回廊に沿って、拡散した可能性が高そうです。
●日本列島のトラの生息地におけるホラアナライオン
日本列島南西部は現在後期更新世の両方で、トラにとって生態学的に好適な生息地を提供します。したがって、トラが存在したならば、トラはライオンを定着した地域から競合的に排除したかもしれない、と推測するのは合理的です。しかし、本論文の結果は、後期更新世の日本列島におけるトラの存在を確証しません。
化石記録と分子系統発生の両方から、アジア東部の後期更新世のトラはより温暖な間氷期に範囲をロシア極東南東部の北方へと拡大し、より寒冷な時期には南方へと撤退し、その時にホラアナライオンが代わりにこの地域を占めていた、と示唆されます。このパターンは、トラではなくライオンが、より寒冷な氷期に形成された陸橋経由で日本列島へと渡った可能性がより高い、との仮説を裏づけます。ライオンとトラの移行の変動は、各種の選好する生息地においておもに気候により引き起こされる変化影響を受けましたが、直接的競合における単独行動のトラに対する群で暮らすライオンの潜在的優位性が、この地帯の位置も形成したかもしれません。この期間に、オオカミやヒグマやツキノワグマも、4万~35000年前頃までに日本列島に到来した初期ヒト集団とともに日本列島に存在していました。本論文の結果から、ホラアナライオンはこれらの大型肉食動物および草食動物の哺乳類と共存しており、日本列島における後期更新世生態系の不可欠な部分を形成していた、と論証されます。
●日本における更新世ホラアナライオンの絶滅
日本列島のほとんどの大型動物は更新世末までに絶滅し、それには、ホラアナライオン(最新の大型ネコ科化石は、本論文に基づくと恐らくはホラアナライオンの17910±70年前もしくは較正年代で21630~20950年前頃)、ケナガマンモス(19530±80年前)、ナウマンゾウ(23600±130年前)、バイソン(17900±90年前)、ヤベオオツノジカ(40560±1500年前)が含まれます。ヒグマも日本列島の大半から2万年前頃の直後に消滅し、北海道のみで生き残りましたが、ツキノワグマは現在も日本の一部で生き残り、生息し続けています。オオヤマネコは数千年前まで存続し、オオカミは20世紀まで生き残りました。
これらの絶滅原因については、依然として議論になっています。先行研究では、絶滅事象の時期が、ヒトの過剰狩猟の証拠ではなく、大きな気候変化気候および環境変化と一致するので、気候および環境変化が主因だった、と主張されています。対照的に、別の先行研究では、考古学的記録から、ヒトはナウマンゾウなど大型哺乳類を狩ったことが示され、人為的影響を除外できない、と示唆される、と提案されています。さらに別の先行研究は、ヒトの到来と急速な気候変化との間の時間的重なりを指摘しており、日本列島での大型動物相絶滅におけるそれぞれの役割の解明の試みが複雑になっています。これらの不確実性は、長く日本における後期更新世動物相の歴史の理解を曖昧にしてきました。
本論文の調査結果は、アジア北東部との陸のつながりを経由して日本列島へと定着したのは、トラではなくライオンだった、との証拠を提供します。LGMにおけるトラにとってより好適だったように見える可能性がある生息地にも関わらず、日本列島全域に広く拡散した可能性が高く、南西部にさえ到達したのは、ホラアナライオンでした。この調査結果は、アジア東部におけるホラアナライオンの既知の範囲を拡大し、後期更新世におけるライオンと虎の移行の生物地理学的パターンに光を当てます。種の範囲の動態の解明およびライオンとトラの移行帯の変動の解決には、中緯度ユーラシア全域のライオンとトラの半化石遺骸の将来の再調査が必要でしょう。
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