ブリテン島南東部沿岸のローマ期女性個体のゲノムデータ
ブリテン島南東部沿岸のローマ期女性個体のゲノムデータを報告した研究(Walton et al., 2026)が公表されました。本論文は、ブリテン島南東部沿岸のローマ期の女性1個体についての学際的分析を報告しています。この女性個体は、骨学的分析ではサハラ砂漠以南のアフリカ起源である可能性が指摘されており、ブリテン島で最古級のアフリカ人ではないか、と話題になりました。しかし、この女性個体はゲノムデータから、ローマ支配期ブリテン島の農村部個体群および現代のイギリス人と強い遺伝的類似性を有している、と示され、近い過去の祖先におけるサハラ砂漠以南のアフリカ人的な遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は見つかりませんでした。この個体は、目が青色で、皮膚の色は明るい色と濃い色の中間色、髪は明るい色だった、と推測されています。形態学的分析のみに基づく人類集団の分類が難しいことを、本論文は改めて浮き彫りにしているように思います。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸))、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、PCR(polymerase chain reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、BHW(Beachy Head Woman、ビーチー・ヘッドの女性)、K(系統構成要素数)、EAP(Eastbourne Ancestors Project、イーストボーン祖先計画)、C(carbon、炭素)、N(nitrogen、窒素)、O(oxygen、酸素)、Sr(strontium、ストロンチウム)、CI(confidence interval、信頼区間)、m(metre、meter、メートル)、NERC(The Natural Environment Research Council、イギリス自然環境研究会議)、NIGL(NERC Isotope Geosciences Laboratories、NERC同位体地球科学研究所)、NGS(Next generation sequencing、次世代配列決定)、SLC24A5(solute carrier family 24 member 5、溶質保因者族24構成員5)です。本論文で取り上げられるイギリスの主要な遺跡は、ビーチー・ヘッド(Beachy Head)、ウェットワング・スラック(Wetwang Slack)遺跡、ベリンズフィールド(Berinsfield)遺跡、フィッシャーゲート(Fishergate)遺跡、リングルミア(Ringlemere)遺跡です。
◎要約
俗にBHWと呼ばれている1個体の骨格遺骸が2012年にイーストボーンの町庁舎の収蔵物で再発見され、依然として世間の大きな関心を集めています。放射性炭素年代測定では129~311年の間の較正年代が得られ、この女性個体はブリテン島のローマ占領期に生きていた、と示唆され、10年以上にあたって、その地理的起源および祖先系統の解明が何回か試みられてきました。本論文は、これまでに行なわれた生物人類学的および生体分子的分析の結果を提示します。最初の骨学的分析はサハラ砂漠以南のアフリカ起源の可能性を示唆したので、BHWはブリテン島における最古級のアフリカ人の一人とされました。しかし、彼女の経歴はその後の(刊行されていない)生体分子分析によって複雑になり、彼女はブリテン島の南岸で育ち、近い過去のヨーロッパ祖先系統を有していた可能性が高い、と示唆されました。本論文は、BHWがローマ支配期の農村部個体群および現代のイギリス人と強い遺伝的類似性を有している、と示唆する高品質なDNAデータを提示します。近い過去のサハラ砂漠以南祖先系統を示唆する混合の兆候は見つかりませんでした。表現型予測では、彼女は青色の目と中間的(明るい色と濃い色の間)な皮膚の色素沈着と明るい色の髪を有していた、と示唆されます。まとめると、本論文の多代理手法は、BHWが在来のブリテン島祖先系統だったことを示唆しています。
◎研究史
2010年代初期に、「EAP」はイギリスのイーストボーン町の収蔵物の200点以上にわたる骨格の経歴の解明を試みました。この計画の一環として、2012年に1点の骨格がイーストボーンの地下室の町庁舎の箱で発見されました。この遺骸についての唯一の利用可能な背景情報は、イングランド遺産組織による「ビーチー・ヘッド」との分類表示でした。博物館の記録保管所の広範な調査にも関わらず、関連する発掘の他の背景情報もしくは記録は発見できませんでした。この骨格は形態学的に女性に分類されてきており、BHW(ビーチー・ヘッドの女性)と呼ばれていますが、ビーチー・ヘッドとは、イングランド南部のイーストボーンのすぐ近くの海岸線を指します(図1)。以下は本論文の図1です。
BHWの起源は、初期(2013年)の頭蓋顔面分析の結果が、近い過去のサハラ砂漠以南のアフリカ祖先系統を示唆すると、すぐに大きな世間の関心となりました。「既知の最初の黒人のイギリス人」の発見は、いくつかの大衆媒体やノンフィクション本や教材や学術的な出版物で注目を集めました。しかし、その後の10年間にBHW遺骸のさらなる分析が行なわれるにつれて(ただ、まだ刊行されていません)、この解釈は変化し始めました。本論文は、その期間にこの個体について行なわれた一連の生体分子および形態計測研究の全容を、新たに生成された古代DNAデータの分析とともに提示します。本論文は、BHWの祖先系統の解釈が、科学的手法および技術の最近の発展の結果として、過去10年間にどのように変化してきたのか、詳述します。
◎第1部:初期の分析(2012~2024年)
この段階の分析に関わった本論文の著者には、頭蓋計測のキャロライン・ウィルキンソン(Caroline Wilkinson)氏と古代DNAのイアン・バーンズ(Ian Barnes)氏およびセリーナ・ブレイス(Selina Brace)氏が含まれます。
●遺跡と標本
ビーチー・ヘッドは、イギリス南岸のイーストボーン町の東側2マイル(約3218m)の海岸線を指します(図1)。周辺地域には広範な考古学的歴史があり、とくに発掘が進んでいる農村集落が、ブロック・ダウン(Bullock Down)ビーチー・ヘッドのすぐ北側にあれ、ローマによる征服からその末期まで居住されていました。西方にはバーリング(Birling)とイースト・ディーン(East Dean)の恐らくは農村遺跡があり、居住の散在が証明されています。ビーチー・ヘッドの東側にはイーストボーンの宮殿のような大邸宅と、3世紀終盤に建築されたペベンジー(Pevensey)のローマの砦があります。近隣地域では埋葬の証拠は少ないものの、19世紀に発見された明らかにブリテン島ローマ期の埋葬7基が含まれます。副葬品はイーストボーン博物館に寄贈されましたが、第二次世界大戦中に破壊された、と考えられており、骨格の埋葬の記述はありません。BHWの放射性炭素年代測定の結果は、非較正で1831±24年前です。IntCal20較正曲線を用いると、較正年代は129~311年(95%CI)で、これはこの地域におけるローマの活動増加の証拠と一致する期間です。
●生物考古学的評価
BHWの骨学的評価は、イギリス人類学者生物学協会の指標に従って行なわれました。これには、個体の生物学的性別や年齢や身長や史観的に明らかな病変もしくは外傷を判断する、肉仮名分析が含まれていました。手法と結果はイーストボーン町議会への報告で詳述されており、関連する詳細は補足資料1に含まれています。BHWの生物学的性別は、「女性の可能性がある」と分類されました。BHWの年齢範囲は若い成人に分類され、死亡時年齢は18~25歳の間、身長は1.52mと推定されました。しかし、死亡原因は骨格から特定できず、右大腿骨の中幹部に存在する骨化血腫を含めて、生前の外傷の証拠がありました。
2013年、BHWの外見を復元するために、ダンディー大学で肉眼での頭蓋顔面分析が実行されました。BHWの頭蓋は、上顎と下顎両方の切歯と犬歯の喪失を除いてほぼ完全でした。広い口蓋や中程度の眼窩上隆起や顕著な項部線など一部の形質は男性を示唆していましたが、頭蓋の特徴は全体的にこの頭蓋骨が女性だったことを示唆していました。この頭蓋骨は長頭型(頭蓋指数は73、131.5:180)で、頭蓋骨前頂後方の窪み、長方形の眼窩、広い眼窩間距離、低い鼻根、鼻棘の欠如、鼻溝、中程度の下顎前突症、広い口蓋、丸い下顎縁、浅い下顎切痕があります。これらの詳細は、サハラ砂漠以南のアフリカの祖先系統の個体と一致する、と分かりました。したし、人口集団内および人口集団間の両方で見られる頭蓋形態の広範な差異を考えると、そうした判断は困難である、と強調されました。
これによって、BHWはこれまでにブリテン島で特定された、近い過去のサハラ砂漠以南のアフリカ祖先系統を有する最古級の個体の1人となりました。ローマ期におけるアフリカ北部からブリテン島への人口移動は、個体および軍隊両方の水準で充分に確証されてきました。これは碑文が刻まれた祭壇や墓石や軍の感状によって証明されています。ローマ期には、アフリカ北部はフェニキア人やイタリア人やベルベル人やアフリカ人の集団の混合の世紀によって特徴づけられる、文化的に複雑な地域でした。サハラ砂漠以南のアフリカ人は「エチオピア人」として知られており、ローマの芸術で実に頻繁に描かれており、これらの小像や容器や他の品々の文化的重要性は、依然として多くの議論になっています。軍の徴兵や交易のパターンを考えると、ローマ期ブリテン島に埋葬されたアフリカ系の個体群はおそらく、サハラ砂漠以南の地域ではなくアフリカ北部の混合人口集団から到来した可能性がより高そうです。
●顔面復元
2013年の頭蓋顔面分析とともに、BHWの三次元顔面描写がダンディー大学で製作されました。これはマンチェスター(Manchester)法に従い、顔面の特徴の形態は、公開されている解剖学的および人体計測的基準を用いて決定されました。顔面の特徴は、祖先系統/人口集団の類似性に依存しない基準を用いて、骨格の詳細のみに基づいて推定されました。
考古学的遺骸からの顔面復元を実行する場合、最も可能性の高い髪と皮膚と眼の色素沈着が、生物人類学的性別判断や関連する歴史的および背景データから決定されます。歴史的な表現型に関する不確実性と人口集団間および人口集団内の差異を考えて、研究者は、サハラ砂漠以南のアフリカの人口集団のみならず、他の世界中の人口集団でも頻繁に見られる色素を選択しました。こうして、濃い目と髪の色、癖毛、中間的な色調の皮膚の色素が描かれました。頭部模型には茶色の虹彩のプラスチック製眼球が取り付けられ、皮膚はアクリル樹脂の絵具で描かれました。長く緩やかな癖毛の濃い茶色の鬘が、この模型に装着されました。
●全体同位体分析
2013年には、EAPの一環として、BHWを含めて、イーストボーン地域のアングロ・サクソンの埋葬から数点の標本が、コラーゲン(食性再構築)の炭素(δ¹³C)および窒素(δ¹⁵N)分析と、歯のエナメル質(子供期の地理的位置)のストロンチウム(⁸⁷Sr/⁸⁶Sr)および酸素(δ¹⁸O)同位体分析のため、NIGLに提出されました。NIGLの報告(詳細な手法と結果は補足資料2)は、BHWを含むEAPについて、ストロンチウムおよび酸素同位体の結果を、リングルミア遺跡のアングロ・サクソン個体群のデータおよびイーストボーンのアングロ・サクソンの以前の研究とともに位置づけています(図2a)。
BHWを含めてすべてのEAP個体のストロンチウムおよび酸素同位体は、ブリテン島南岸起源であることと一致しますが、この結果は類似の値の大陸の地域を除外できません。BHWおよびEAP個体群の炭素および窒素同位体データは、刊行されている鉄器時代個体群、魚類を多く食べていた中世後期個体群(フィッシャーゲート遺跡)、アングロ・サクソン遺跡の個体群(ベリンズフィールド遺跡)とともに位置づけられました(図2b)。BHWを含めてEAP個体群は、鉄器時代農耕民および(内陸部)アングロ・サクソン個体群の両方よりも窒素同位体比が高く、BHWの食性におけるより高い割合の海洋性構成要素が示唆され、これは沿岸部に居住していたことと一致するでしょう。他の個体と比較してBHWはδ¹³Cの全体値が異常で、これは食性におけるC4植物の相対的に高い寄与が示唆されます。以下は本論文の図2です。
●古代DNA分析
2017年に、BHWの予備的な古代DNA分析が、ロンドン自然史博物館の研究者によって実行されました。この時に行なわれた低水準の配列決定では、核DNAの読み取り数に基づくと、刊行基準のDNA分析には不充分な量のデータが生成されました。しかし、この結果から、BHWは近い過去のサハラ砂漠以南のアフリカ祖先系統を有しておらず、地中海東部起源だった可能性が高い、と示唆されました。同位体データと合わせて、この時の提案は、BHWがキプロス島で生まれ、幼少期にイーストボーンに移動した、というものでした。これらの予備的な結果は科学誌では刊行されませんでしたが、その後に大衆媒体で報道されました。
◎第2部:最近の分析(2024~2025年)
●DNA解析と性別とmtHg決定
BHWの内在性DNA含有量は、約13%でした。古代DNAに典型的である高度な損傷パターンから、BHWの古代DNAの真正性が確証されました。124万ヶ所のSNPでは、BHWのDNAの80%以上が配列決定されました。遺伝学的性別決定では、X染色体とY染色体の読み取り比から、形態学的所見と同様に女性と分かりました。BHWのmtHgは、ヨーロッパ北部やブリテン初頭の現代人集団と関連しており、鉄器時代ブリテン島農村部の数個体で特定された(Scheib et al., 2024、Schiffels et al., 2016)、K1a26でした。
●集団遺伝学的分析
BHWのゲノムデータは、数万年間にわたる2万個体以上の現代人および古代人のゲノムデータと統合されました。PCAでは、現代人のゲノムで計算された主成分にBHWが投影され、その後で、解像度を高めるために、ユーラシア西部現代人のみを含むPCAが実行され、BHWとユーラシア古代人が投影されました。BHWと現代の人口集団との類似性を解明するために、外群f3統計が計算されました。外群として、すべての人口集団と非対照的に関連しているチンパンジー、およびすべての非アフリカ系人口集団と等しく関連しているムブティ人の両方が用いられました。以前の頭蓋顔面分析結果によって示唆された、BHWの混合や、同時代のブリテン島個体群との浮動の水準を比較するために、D統計が用いられました。f4統計は、BHWにおける近い過去のアフリカ系との混合の証拠を明示的に検証し、ヨーロッパ大陸部およびアフリカの同時代の個体群と比較した場合の、同時代の鉄器時代ブリテン島人口集団とBHWとの祖先系統間の類似性推測のために用いられました。
現代人を用いたf3形式(BHW、現代人集団、ムブティ人/チンパンジー)の外群f3統計では、BHWは現代ヨーロッパ人と強い類似性を有し(図3a)、大ブリテン島の現代の個体群と最も強い遺伝的類似性を示します(図3b)。PCA(図3b)では、BHWはヨーロッパ西部の現代人集団と最も類似しており、サハラ砂漠以南のアフリカ人への誘引はない、と示されています。追加のローマ期個体群の投影(図3c)は、BHWとローマ期のブリテン島およびヨーロッパ北部の人口集団の祖先系統間の関連を浮き彫りにします。この祖先系統はローマ帝国の拡大と関連する個体群(つまり、地中海起源の個体群)とは異なっており、むしろ、ローマ支配期のドイツやポーランドやベルギーやイギリスの在来および/もしくは農村共同体と類似しています(Antonio et al., 2019、Scheib et al., 2024、Silva et al., 2024)。以下は本論文の図3です。
D統計(f4統計)は一貫して、BHWとサハラ砂漠以南のアフリカ人との間の近い過去の遺伝子流動の証拠を示さず、ブリテン島の在来および/もしくは農村部ローマ期個体群とサハラ砂漠以南のアフリカ人との間の遺伝子流動も計算した場合に高度に類似した結果が得られます(図4)。f4形式(ムブティ人/チンパンジー、BHW;ローマ期のブリテン個体、ヨーロッパ/地中海/アフリカのローマ期個体群)での暫定的なD統計では、ローマ期のブリテン島個体群は非ブリテン島鉄器時代個体群に対してBHWとの浮動増加を共有している(逆も同様)、と分かりました。教師無(K=6)と教師有(K=6)両方の混合モデル化の結果から、BHWは鉄器時代ヨーロッパ人と最も類似した祖先系統パターンを有している、と示されます。ヨーロッパ以下は本論文の図4です。
●表現型形質
BHWの髪と眼と皮膚の色素沈着を予測するために、HIrisPlex-Sが用いられました。TWISTによって対象とされ、表現型と関連していると示された可変部位(32ヶ所)が選別され、個別に検査されました。HIrisPlex-Sによって用いられた32ヶ所の部位のうち27ヶ所は5塩基以上で網羅されており、低網羅率データでの問題を避けるために、固有読み取りが5塩基未満のヌクレオチドは空とされました。遺伝子型尤度が計算され、全部位はこの閾値を上回っており、同型接合性と異型接合性を判断できました。これらの呼び出しはHIrisPlex-Sへと入力され、目と皮膚と髪の色素沈着予測が評価され、皮膚は中間的な色、眼は青色、髪は明るい色と予測できました。さらに、手動調査から、SNPのrs1426654は10ヶ所の固有読み取りで網羅されており、アレル(対立遺伝子)状態はSLC24A5遺伝子および明るい皮膚の色素沈着と関連する同型接合状態(アデニン)だった、と浮き彫りになりました。これらの結果は、HIrisPlex-Sによる評価に用いられた、すべての対象となる表現型部位(32ヶ所)において二倍体呼び出しで生成された補完データで確証されました。
●顔面描写の更新
2025年に、BHWの元々の顔面復元(2013年作成)が、詳細に調べられました(図5a)。この詳細な調査に基づいて、元々の復元の顔面形態と一致するBHWのデジタルモデルが作成されました。古代DNAの分析結果によって情報がもたらされた、中間的な皮膚の色素沈着と金髪と青色の眼が選択され、完全な色彩と肌質のデジタル三次元描写が作成されました(図5b)。以下は本論文の図5です。
◎考察
BHWの起源の長期にわたる調査の中心は、その経歴が経時的にどのように変わったのかについてであり、多様性と、過去の個体をどのように描くのかについて、重要な議論を惹起してきました。本論文で提示された結果は、間違いなくこの議論に加わるでしょうが、BHWの調査の経緯は特別なものではありません。すべての科学は反復的過程で、BHWは、手法と技術の進化につれて、そこから導き出される結論がどのように進化できるのか、という事例研究を表しています。しかし、BHWの事例は、生物人類学で以前に一般的に適用されていた手法がヒトの多様性をどのように分類するのか、これらは多代理生体分子分析とどう組み合わせることができるのかについて、重要な問題を提起しています。
生物人類学的分類の分野は過去15年間に大きく変わり、ヒトの19世紀的な生物学的分類に起源がある祖先系統推定の伝統的な形態学的および人類計測的手法から脱却してきました。頭蓋計測を用いた祖先系統推定のこれら伝統的手法は、人種の生物学的現実性の時代遅れな概念を具現化するのに役立つかもしれません。個体を分離した人種区分に分類することは、遺伝的データや血液型や皮膚の色素沈着で見られるように、ほとんどのヒトの差異の連続的性質を見落とします。さらに、骨格形質は多くの場合、祖先系統集団間と同じくらい多くの集団内の差異を有しており、個別の分類へとまとまりません。人類学的祖先系統推定や古代人の視覚化において、これをどのように考慮するのかについて、多くの議論がありました。特定の形態学的特徴は依然として人口集団の特定で健闘されていますが、これはこうした特徴における勾配的な差異と人種の生物学的概念の無効かを理解したうえで、実行されることが増えつつあります。
BHWの事例は、伝統的な人類学的手法と関連する誤りを論証し、そうした手法が祖先系統推定にもはや使用されない理由を説明します。人類学者は、そうした手法が地理的起源と相関すると考えられている個別の生物学的形質を検出できるかもしれないものの、分類の重複や代表を表していないデータセットや柔軟ではない解釈に起因する、これらの手法と関連する内在する科学的で理論的で構造的な課題がある、と指摘してきました。重要なのは、人類学的手法が進化において特異的ではなく、ゲノムデータの生成と分析が過去20年間に大きく変わってきた、と強調することです。NGSは古代DNAの分野を劇的に、および恐らくは古代人のDNAの分野を最も顕著に変えました。これは、NGSで生成できる大量で安価なデータのみならず、現代のDNAから古代DNAを真に生物情報学的に証明できる能力に起因しており、これはサンガー配列決定PCR生成物のより古い手法を用いては不可能だった過程です。本論文で報告されたゲノム結果はすべて、真正性が証明されたNGSデータから生成されましたが、祖先系統における、低水準の配列決定データを用いた場合のキプロス島起源の可能性から、より深い配列決定の心みがさらに達成された場合のイングランド/ヨーロッパ北部大陸部への変化は、より正確に個体の祖先系統を判断するための、充分な高解像度のゲノムデータ生成の重要性を浮き彫りにします。本論文の結果から、人類学的祖先系統推および/もしくはより古い研究の真正性が証明されていないゲノムデータに依存した以前の人類学的事例は、多代理生体分子手法を用いて再評価が必要かもしれない、と示唆されます。とくにローマ考古学にとって、この結果は、この期間におけるブリテン島への移住の強い歴史的および碑銘の証拠を認識しながら、過去数十年にわたって行なわれた生物考古学敵研究の再評価の機会を提供します。
◎まとめ
本論文は、10年以上によたる記述的進歩を提示し、BHWに適用された骨学と形態計測と生体分子の技術における革新的な分析を浮き彫りにします。伝統的な人類学的形態計測技術を用いた当初の分析では、BHW遺骸はサハラ砂漠以南のアフリカ起源の可能性が高い、とされましたが、最近の遺伝学的分析の結果では、BHWは現代のイングランド個体群とイングランドおよびヨーロッパ北部大陸部の同時代のローマ期鉄器時代個体群と密接な類似性を示す、と示唆されます。BHWがローマ期鉄器時代および中世初期のブリテン島南部沿岸から発掘された個体群とも同様の幼少期の移動性を共有していた、と示唆する⁸⁷Sr/⁸⁶Sr同位体結果と組み合わせると、BHWはイングランドの南部沿岸に由来した可能性が高い、と示唆されます。BHWの10年にわたる調査は、その起源の解明だけではなく、実践におけるこの反復的研究の説明にも役立つことができます。BHWで行なわれた各分析の報告によって、もはや支持されない結論でさえ、これらの試みはより公平な科学とより正確な科学の両方につながる可能性がある、と浮き彫りになります。
参考文献:
Antonio ML. et al.(2019): Ancient Rome: A genetic crossroads of Europe and the Mediterranean. Science, 366, 6466, 708–714.
https://doi.org/10.1126/science.aay6826
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Manica A. et al.(2007): The effect of ancient population bottlenecks on human phenotypic variation. Nature, 448, 7151, 346-348.
https://doi.org/10.1038/nature05951
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Scheib CL. et al.(2024): Low Genetic Impact of the Roman Occupation of Britain in Rural Communities. Molecular Biology and Evolution, 41, 9, msae168.
https://doi.org/10.1093/molbev/msae168
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Schiffels S. et al.(2016): Iron Age and Anglo-Saxon genomes from East England reveal British migration history. Nature Communications, 7, 10408.
https://doi.org/10.1038/ncomms10408
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Silva M. et al.(2024): An individual with Sarmatian-related ancestry in Roman Britain. Current Biology, 34, 1, 204–212.E6.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.11.049
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Walton A. et al.(2026): Beachy Head Woman: clarifying her origins using a multiproxy anthropological and biomolecular approach. Journal of Archaeological Science, 185, 106445
https://doi.org/10.1016/j.jas.2025.106445
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸))、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、PCR(polymerase chain reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、BHW(Beachy Head Woman、ビーチー・ヘッドの女性)、K(系統構成要素数)、EAP(Eastbourne Ancestors Project、イーストボーン祖先計画)、C(carbon、炭素)、N(nitrogen、窒素)、O(oxygen、酸素)、Sr(strontium、ストロンチウム)、CI(confidence interval、信頼区間)、m(metre、meter、メートル)、NERC(The Natural Environment Research Council、イギリス自然環境研究会議)、NIGL(NERC Isotope Geosciences Laboratories、NERC同位体地球科学研究所)、NGS(Next generation sequencing、次世代配列決定)、SLC24A5(solute carrier family 24 member 5、溶質保因者族24構成員5)です。本論文で取り上げられるイギリスの主要な遺跡は、ビーチー・ヘッド(Beachy Head)、ウェットワング・スラック(Wetwang Slack)遺跡、ベリンズフィールド(Berinsfield)遺跡、フィッシャーゲート(Fishergate)遺跡、リングルミア(Ringlemere)遺跡です。
◎要約
俗にBHWと呼ばれている1個体の骨格遺骸が2012年にイーストボーンの町庁舎の収蔵物で再発見され、依然として世間の大きな関心を集めています。放射性炭素年代測定では129~311年の間の較正年代が得られ、この女性個体はブリテン島のローマ占領期に生きていた、と示唆され、10年以上にあたって、その地理的起源および祖先系統の解明が何回か試みられてきました。本論文は、これまでに行なわれた生物人類学的および生体分子的分析の結果を提示します。最初の骨学的分析はサハラ砂漠以南のアフリカ起源の可能性を示唆したので、BHWはブリテン島における最古級のアフリカ人の一人とされました。しかし、彼女の経歴はその後の(刊行されていない)生体分子分析によって複雑になり、彼女はブリテン島の南岸で育ち、近い過去のヨーロッパ祖先系統を有していた可能性が高い、と示唆されました。本論文は、BHWがローマ支配期の農村部個体群および現代のイギリス人と強い遺伝的類似性を有している、と示唆する高品質なDNAデータを提示します。近い過去のサハラ砂漠以南祖先系統を示唆する混合の兆候は見つかりませんでした。表現型予測では、彼女は青色の目と中間的(明るい色と濃い色の間)な皮膚の色素沈着と明るい色の髪を有していた、と示唆されます。まとめると、本論文の多代理手法は、BHWが在来のブリテン島祖先系統だったことを示唆しています。
◎研究史
2010年代初期に、「EAP」はイギリスのイーストボーン町の収蔵物の200点以上にわたる骨格の経歴の解明を試みました。この計画の一環として、2012年に1点の骨格がイーストボーンの地下室の町庁舎の箱で発見されました。この遺骸についての唯一の利用可能な背景情報は、イングランド遺産組織による「ビーチー・ヘッド」との分類表示でした。博物館の記録保管所の広範な調査にも関わらず、関連する発掘の他の背景情報もしくは記録は発見できませんでした。この骨格は形態学的に女性に分類されてきており、BHW(ビーチー・ヘッドの女性)と呼ばれていますが、ビーチー・ヘッドとは、イングランド南部のイーストボーンのすぐ近くの海岸線を指します(図1)。以下は本論文の図1です。
BHWの起源は、初期(2013年)の頭蓋顔面分析の結果が、近い過去のサハラ砂漠以南のアフリカ祖先系統を示唆すると、すぐに大きな世間の関心となりました。「既知の最初の黒人のイギリス人」の発見は、いくつかの大衆媒体やノンフィクション本や教材や学術的な出版物で注目を集めました。しかし、その後の10年間にBHW遺骸のさらなる分析が行なわれるにつれて(ただ、まだ刊行されていません)、この解釈は変化し始めました。本論文は、その期間にこの個体について行なわれた一連の生体分子および形態計測研究の全容を、新たに生成された古代DNAデータの分析とともに提示します。本論文は、BHWの祖先系統の解釈が、科学的手法および技術の最近の発展の結果として、過去10年間にどのように変化してきたのか、詳述します。
◎第1部:初期の分析(2012~2024年)
この段階の分析に関わった本論文の著者には、頭蓋計測のキャロライン・ウィルキンソン(Caroline Wilkinson)氏と古代DNAのイアン・バーンズ(Ian Barnes)氏およびセリーナ・ブレイス(Selina Brace)氏が含まれます。
●遺跡と標本
ビーチー・ヘッドは、イギリス南岸のイーストボーン町の東側2マイル(約3218m)の海岸線を指します(図1)。周辺地域には広範な考古学的歴史があり、とくに発掘が進んでいる農村集落が、ブロック・ダウン(Bullock Down)ビーチー・ヘッドのすぐ北側にあれ、ローマによる征服からその末期まで居住されていました。西方にはバーリング(Birling)とイースト・ディーン(East Dean)の恐らくは農村遺跡があり、居住の散在が証明されています。ビーチー・ヘッドの東側にはイーストボーンの宮殿のような大邸宅と、3世紀終盤に建築されたペベンジー(Pevensey)のローマの砦があります。近隣地域では埋葬の証拠は少ないものの、19世紀に発見された明らかにブリテン島ローマ期の埋葬7基が含まれます。副葬品はイーストボーン博物館に寄贈されましたが、第二次世界大戦中に破壊された、と考えられており、骨格の埋葬の記述はありません。BHWの放射性炭素年代測定の結果は、非較正で1831±24年前です。IntCal20較正曲線を用いると、較正年代は129~311年(95%CI)で、これはこの地域におけるローマの活動増加の証拠と一致する期間です。
●生物考古学的評価
BHWの骨学的評価は、イギリス人類学者生物学協会の指標に従って行なわれました。これには、個体の生物学的性別や年齢や身長や史観的に明らかな病変もしくは外傷を判断する、肉仮名分析が含まれていました。手法と結果はイーストボーン町議会への報告で詳述されており、関連する詳細は補足資料1に含まれています。BHWの生物学的性別は、「女性の可能性がある」と分類されました。BHWの年齢範囲は若い成人に分類され、死亡時年齢は18~25歳の間、身長は1.52mと推定されました。しかし、死亡原因は骨格から特定できず、右大腿骨の中幹部に存在する骨化血腫を含めて、生前の外傷の証拠がありました。
2013年、BHWの外見を復元するために、ダンディー大学で肉眼での頭蓋顔面分析が実行されました。BHWの頭蓋は、上顎と下顎両方の切歯と犬歯の喪失を除いてほぼ完全でした。広い口蓋や中程度の眼窩上隆起や顕著な項部線など一部の形質は男性を示唆していましたが、頭蓋の特徴は全体的にこの頭蓋骨が女性だったことを示唆していました。この頭蓋骨は長頭型(頭蓋指数は73、131.5:180)で、頭蓋骨前頂後方の窪み、長方形の眼窩、広い眼窩間距離、低い鼻根、鼻棘の欠如、鼻溝、中程度の下顎前突症、広い口蓋、丸い下顎縁、浅い下顎切痕があります。これらの詳細は、サハラ砂漠以南のアフリカの祖先系統の個体と一致する、と分かりました。したし、人口集団内および人口集団間の両方で見られる頭蓋形態の広範な差異を考えると、そうした判断は困難である、と強調されました。
これによって、BHWはこれまでにブリテン島で特定された、近い過去のサハラ砂漠以南のアフリカ祖先系統を有する最古級の個体の1人となりました。ローマ期におけるアフリカ北部からブリテン島への人口移動は、個体および軍隊両方の水準で充分に確証されてきました。これは碑文が刻まれた祭壇や墓石や軍の感状によって証明されています。ローマ期には、アフリカ北部はフェニキア人やイタリア人やベルベル人やアフリカ人の集団の混合の世紀によって特徴づけられる、文化的に複雑な地域でした。サハラ砂漠以南のアフリカ人は「エチオピア人」として知られており、ローマの芸術で実に頻繁に描かれており、これらの小像や容器や他の品々の文化的重要性は、依然として多くの議論になっています。軍の徴兵や交易のパターンを考えると、ローマ期ブリテン島に埋葬されたアフリカ系の個体群はおそらく、サハラ砂漠以南の地域ではなくアフリカ北部の混合人口集団から到来した可能性がより高そうです。
●顔面復元
2013年の頭蓋顔面分析とともに、BHWの三次元顔面描写がダンディー大学で製作されました。これはマンチェスター(Manchester)法に従い、顔面の特徴の形態は、公開されている解剖学的および人体計測的基準を用いて決定されました。顔面の特徴は、祖先系統/人口集団の類似性に依存しない基準を用いて、骨格の詳細のみに基づいて推定されました。
考古学的遺骸からの顔面復元を実行する場合、最も可能性の高い髪と皮膚と眼の色素沈着が、生物人類学的性別判断や関連する歴史的および背景データから決定されます。歴史的な表現型に関する不確実性と人口集団間および人口集団内の差異を考えて、研究者は、サハラ砂漠以南のアフリカの人口集団のみならず、他の世界中の人口集団でも頻繁に見られる色素を選択しました。こうして、濃い目と髪の色、癖毛、中間的な色調の皮膚の色素が描かれました。頭部模型には茶色の虹彩のプラスチック製眼球が取り付けられ、皮膚はアクリル樹脂の絵具で描かれました。長く緩やかな癖毛の濃い茶色の鬘が、この模型に装着されました。
●全体同位体分析
2013年には、EAPの一環として、BHWを含めて、イーストボーン地域のアングロ・サクソンの埋葬から数点の標本が、コラーゲン(食性再構築)の炭素(δ¹³C)および窒素(δ¹⁵N)分析と、歯のエナメル質(子供期の地理的位置)のストロンチウム(⁸⁷Sr/⁸⁶Sr)および酸素(δ¹⁸O)同位体分析のため、NIGLに提出されました。NIGLの報告(詳細な手法と結果は補足資料2)は、BHWを含むEAPについて、ストロンチウムおよび酸素同位体の結果を、リングルミア遺跡のアングロ・サクソン個体群のデータおよびイーストボーンのアングロ・サクソンの以前の研究とともに位置づけています(図2a)。
BHWを含めてすべてのEAP個体のストロンチウムおよび酸素同位体は、ブリテン島南岸起源であることと一致しますが、この結果は類似の値の大陸の地域を除外できません。BHWおよびEAP個体群の炭素および窒素同位体データは、刊行されている鉄器時代個体群、魚類を多く食べていた中世後期個体群(フィッシャーゲート遺跡)、アングロ・サクソン遺跡の個体群(ベリンズフィールド遺跡)とともに位置づけられました(図2b)。BHWを含めてEAP個体群は、鉄器時代農耕民および(内陸部)アングロ・サクソン個体群の両方よりも窒素同位体比が高く、BHWの食性におけるより高い割合の海洋性構成要素が示唆され、これは沿岸部に居住していたことと一致するでしょう。他の個体と比較してBHWはδ¹³Cの全体値が異常で、これは食性におけるC4植物の相対的に高い寄与が示唆されます。以下は本論文の図2です。
●古代DNA分析
2017年に、BHWの予備的な古代DNA分析が、ロンドン自然史博物館の研究者によって実行されました。この時に行なわれた低水準の配列決定では、核DNAの読み取り数に基づくと、刊行基準のDNA分析には不充分な量のデータが生成されました。しかし、この結果から、BHWは近い過去のサハラ砂漠以南のアフリカ祖先系統を有しておらず、地中海東部起源だった可能性が高い、と示唆されました。同位体データと合わせて、この時の提案は、BHWがキプロス島で生まれ、幼少期にイーストボーンに移動した、というものでした。これらの予備的な結果は科学誌では刊行されませんでしたが、その後に大衆媒体で報道されました。
◎第2部:最近の分析(2024~2025年)
●DNA解析と性別とmtHg決定
BHWの内在性DNA含有量は、約13%でした。古代DNAに典型的である高度な損傷パターンから、BHWの古代DNAの真正性が確証されました。124万ヶ所のSNPでは、BHWのDNAの80%以上が配列決定されました。遺伝学的性別決定では、X染色体とY染色体の読み取り比から、形態学的所見と同様に女性と分かりました。BHWのmtHgは、ヨーロッパ北部やブリテン初頭の現代人集団と関連しており、鉄器時代ブリテン島農村部の数個体で特定された(Scheib et al., 2024、Schiffels et al., 2016)、K1a26でした。
●集団遺伝学的分析
BHWのゲノムデータは、数万年間にわたる2万個体以上の現代人および古代人のゲノムデータと統合されました。PCAでは、現代人のゲノムで計算された主成分にBHWが投影され、その後で、解像度を高めるために、ユーラシア西部現代人のみを含むPCAが実行され、BHWとユーラシア古代人が投影されました。BHWと現代の人口集団との類似性を解明するために、外群f3統計が計算されました。外群として、すべての人口集団と非対照的に関連しているチンパンジー、およびすべての非アフリカ系人口集団と等しく関連しているムブティ人の両方が用いられました。以前の頭蓋顔面分析結果によって示唆された、BHWの混合や、同時代のブリテン島個体群との浮動の水準を比較するために、D統計が用いられました。f4統計は、BHWにおける近い過去のアフリカ系との混合の証拠を明示的に検証し、ヨーロッパ大陸部およびアフリカの同時代の個体群と比較した場合の、同時代の鉄器時代ブリテン島人口集団とBHWとの祖先系統間の類似性推測のために用いられました。
現代人を用いたf3形式(BHW、現代人集団、ムブティ人/チンパンジー)の外群f3統計では、BHWは現代ヨーロッパ人と強い類似性を有し(図3a)、大ブリテン島の現代の個体群と最も強い遺伝的類似性を示します(図3b)。PCA(図3b)では、BHWはヨーロッパ西部の現代人集団と最も類似しており、サハラ砂漠以南のアフリカ人への誘引はない、と示されています。追加のローマ期個体群の投影(図3c)は、BHWとローマ期のブリテン島およびヨーロッパ北部の人口集団の祖先系統間の関連を浮き彫りにします。この祖先系統はローマ帝国の拡大と関連する個体群(つまり、地中海起源の個体群)とは異なっており、むしろ、ローマ支配期のドイツやポーランドやベルギーやイギリスの在来および/もしくは農村共同体と類似しています(Antonio et al., 2019、Scheib et al., 2024、Silva et al., 2024)。以下は本論文の図3です。
D統計(f4統計)は一貫して、BHWとサハラ砂漠以南のアフリカ人との間の近い過去の遺伝子流動の証拠を示さず、ブリテン島の在来および/もしくは農村部ローマ期個体群とサハラ砂漠以南のアフリカ人との間の遺伝子流動も計算した場合に高度に類似した結果が得られます(図4)。f4形式(ムブティ人/チンパンジー、BHW;ローマ期のブリテン個体、ヨーロッパ/地中海/アフリカのローマ期個体群)での暫定的なD統計では、ローマ期のブリテン島個体群は非ブリテン島鉄器時代個体群に対してBHWとの浮動増加を共有している(逆も同様)、と分かりました。教師無(K=6)と教師有(K=6)両方の混合モデル化の結果から、BHWは鉄器時代ヨーロッパ人と最も類似した祖先系統パターンを有している、と示されます。ヨーロッパ以下は本論文の図4です。
●表現型形質
BHWの髪と眼と皮膚の色素沈着を予測するために、HIrisPlex-Sが用いられました。TWISTによって対象とされ、表現型と関連していると示された可変部位(32ヶ所)が選別され、個別に検査されました。HIrisPlex-Sによって用いられた32ヶ所の部位のうち27ヶ所は5塩基以上で網羅されており、低網羅率データでの問題を避けるために、固有読み取りが5塩基未満のヌクレオチドは空とされました。遺伝子型尤度が計算され、全部位はこの閾値を上回っており、同型接合性と異型接合性を判断できました。これらの呼び出しはHIrisPlex-Sへと入力され、目と皮膚と髪の色素沈着予測が評価され、皮膚は中間的な色、眼は青色、髪は明るい色と予測できました。さらに、手動調査から、SNPのrs1426654は10ヶ所の固有読み取りで網羅されており、アレル(対立遺伝子)状態はSLC24A5遺伝子および明るい皮膚の色素沈着と関連する同型接合状態(アデニン)だった、と浮き彫りになりました。これらの結果は、HIrisPlex-Sによる評価に用いられた、すべての対象となる表現型部位(32ヶ所)において二倍体呼び出しで生成された補完データで確証されました。
●顔面描写の更新
2025年に、BHWの元々の顔面復元(2013年作成)が、詳細に調べられました(図5a)。この詳細な調査に基づいて、元々の復元の顔面形態と一致するBHWのデジタルモデルが作成されました。古代DNAの分析結果によって情報がもたらされた、中間的な皮膚の色素沈着と金髪と青色の眼が選択され、完全な色彩と肌質のデジタル三次元描写が作成されました(図5b)。以下は本論文の図5です。
◎考察
BHWの起源の長期にわたる調査の中心は、その経歴が経時的にどのように変わったのかについてであり、多様性と、過去の個体をどのように描くのかについて、重要な議論を惹起してきました。本論文で提示された結果は、間違いなくこの議論に加わるでしょうが、BHWの調査の経緯は特別なものではありません。すべての科学は反復的過程で、BHWは、手法と技術の進化につれて、そこから導き出される結論がどのように進化できるのか、という事例研究を表しています。しかし、BHWの事例は、生物人類学で以前に一般的に適用されていた手法がヒトの多様性をどのように分類するのか、これらは多代理生体分子分析とどう組み合わせることができるのかについて、重要な問題を提起しています。
生物人類学的分類の分野は過去15年間に大きく変わり、ヒトの19世紀的な生物学的分類に起源がある祖先系統推定の伝統的な形態学的および人類計測的手法から脱却してきました。頭蓋計測を用いた祖先系統推定のこれら伝統的手法は、人種の生物学的現実性の時代遅れな概念を具現化するのに役立つかもしれません。個体を分離した人種区分に分類することは、遺伝的データや血液型や皮膚の色素沈着で見られるように、ほとんどのヒトの差異の連続的性質を見落とします。さらに、骨格形質は多くの場合、祖先系統集団間と同じくらい多くの集団内の差異を有しており、個別の分類へとまとまりません。人類学的祖先系統推定や古代人の視覚化において、これをどのように考慮するのかについて、多くの議論がありました。特定の形態学的特徴は依然として人口集団の特定で健闘されていますが、これはこうした特徴における勾配的な差異と人種の生物学的概念の無効かを理解したうえで、実行されることが増えつつあります。
BHWの事例は、伝統的な人類学的手法と関連する誤りを論証し、そうした手法が祖先系統推定にもはや使用されない理由を説明します。人類学者は、そうした手法が地理的起源と相関すると考えられている個別の生物学的形質を検出できるかもしれないものの、分類の重複や代表を表していないデータセットや柔軟ではない解釈に起因する、これらの手法と関連する内在する科学的で理論的で構造的な課題がある、と指摘してきました。重要なのは、人類学的手法が進化において特異的ではなく、ゲノムデータの生成と分析が過去20年間に大きく変わってきた、と強調することです。NGSは古代DNAの分野を劇的に、および恐らくは古代人のDNAの分野を最も顕著に変えました。これは、NGSで生成できる大量で安価なデータのみならず、現代のDNAから古代DNAを真に生物情報学的に証明できる能力に起因しており、これはサンガー配列決定PCR生成物のより古い手法を用いては不可能だった過程です。本論文で報告されたゲノム結果はすべて、真正性が証明されたNGSデータから生成されましたが、祖先系統における、低水準の配列決定データを用いた場合のキプロス島起源の可能性から、より深い配列決定の心みがさらに達成された場合のイングランド/ヨーロッパ北部大陸部への変化は、より正確に個体の祖先系統を判断するための、充分な高解像度のゲノムデータ生成の重要性を浮き彫りにします。本論文の結果から、人類学的祖先系統推および/もしくはより古い研究の真正性が証明されていないゲノムデータに依存した以前の人類学的事例は、多代理生体分子手法を用いて再評価が必要かもしれない、と示唆されます。とくにローマ考古学にとって、この結果は、この期間におけるブリテン島への移住の強い歴史的および碑銘の証拠を認識しながら、過去数十年にわたって行なわれた生物考古学敵研究の再評価の機会を提供します。
◎まとめ
本論文は、10年以上によたる記述的進歩を提示し、BHWに適用された骨学と形態計測と生体分子の技術における革新的な分析を浮き彫りにします。伝統的な人類学的形態計測技術を用いた当初の分析では、BHW遺骸はサハラ砂漠以南のアフリカ起源の可能性が高い、とされましたが、最近の遺伝学的分析の結果では、BHWは現代のイングランド個体群とイングランドおよびヨーロッパ北部大陸部の同時代のローマ期鉄器時代個体群と密接な類似性を示す、と示唆されます。BHWがローマ期鉄器時代および中世初期のブリテン島南部沿岸から発掘された個体群とも同様の幼少期の移動性を共有していた、と示唆する⁸⁷Sr/⁸⁶Sr同位体結果と組み合わせると、BHWはイングランドの南部沿岸に由来した可能性が高い、と示唆されます。BHWの10年にわたる調査は、その起源の解明だけではなく、実践におけるこの反復的研究の説明にも役立つことができます。BHWで行なわれた各分析の報告によって、もはや支持されない結論でさえ、これらの試みはより公平な科学とより正確な科学の両方につながる可能性がある、と浮き彫りになります。
参考文献:
Antonio ML. et al.(2019): Ancient Rome: A genetic crossroads of Europe and the Mediterranean. Science, 366, 6466, 708–714.
https://doi.org/10.1126/science.aay6826
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Manica A. et al.(2007): The effect of ancient population bottlenecks on human phenotypic variation. Nature, 448, 7151, 346-348.
https://doi.org/10.1038/nature05951
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Scheib CL. et al.(2024): Low Genetic Impact of the Roman Occupation of Britain in Rural Communities. Molecular Biology and Evolution, 41, 9, msae168.
https://doi.org/10.1093/molbev/msae168
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Schiffels S. et al.(2016): Iron Age and Anglo-Saxon genomes from East England reveal British migration history. Nature Communications, 7, 10408.
https://doi.org/10.1038/ncomms10408
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Silva M. et al.(2024): An individual with Sarmatian-related ancestry in Roman Britain. Current Biology, 34, 1, 204–212.E6.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.11.049
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Walton A. et al.(2026): Beachy Head Woman: clarifying her origins using a multiproxy anthropological and biomolecular approach. Journal of Archaeological Science, 185, 106445
https://doi.org/10.1016/j.jas.2025.106445





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