大河ドラマ『豊臣兄弟!』第1回「二匹の猿」

 いよいよ今年(2026年)の大河ドラマが始まりました。近年は大河ドラマの感想記事を惰性で執筆しているところも多分にありますが、当ブログを始めてから昨年まで19年連続で大河ドラマの初回の感想記事を掲載してきたので、今年も少なくとも初回記事は執筆します。まあこの間の大河ドラマ感想記事の執筆は、2008年放送の『篤姫』は初回だけで、2009年放送の『天地人』は後半で、2013年放送の『八重の桜』は前半で挫折したものの、それ以外は全回の感想記事を掲載してきましたし、本作では浜辺美波さんが演じる寧々が初回から最終回まで登場するでしょうから(途中で登場しない回もあるでしょうが)、よほど多忙になるか執筆できなくなるような個人的事情に追い込まれなければ、面白くなくても全回の感想記事を執筆するつもりです。

 物語は、農村部を2匹のサルが駆け回るアニメの場面から始まります。近年の大河ドラマとは異なり、すぐにオープニングが始まり、活気のある明るい曲調でした。オープニングでは「豊臣兄弟」が目立ち、本作が小一郎(羽柴秀長)とその兄である藤吉郎(羽柴秀吉)の二人の物語であることを、前面に出しているように思われます。実質的には、物語は1559年(以下、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)早春から始まり、小一郎は中村で母(なか)・姉(とも)・妹(あさひ)とともに暮らしています。母親は鷹揚、姉はしっかりして口うるさく、妹はおっとりしているようです。小一郎は村人同士の諍いを収めるなど、すでに才能の片鱗を見せており、主人公の魅力や優秀なところが冒頭から描かれるのはよいと思います。藤吉郎が中村の土豪の坂井家の仏画などを盗んで出奔したことで、小一郎の一家は中村で居づらいところがあるようです。

 小一郎たちの父親は戦傷が原因ですでに没しており、配役も発表されていませんから、本作では小一郎の父親は登場しないようです。物語は、中村が野盗に襲撃され、小一郎とその幼馴染の直が窮地に陥っているところを、すでに織田信長に仕えている藤吉郎が機転を利かせて助けたことで、小一郎は信長の上洛のための道の普請で、人夫に扮して混じっていた信長と知り合い、信長から高く評価されたようです。まあご都合主義と言えますが、「史実」に制約される大河ドラマとはいえ、基本的には創作ですから、大過ないと思います。
 
 まだ初回を視聴しただけですが、藤吉郎の外見や人物造形と、柴田勝家が藤吉郎を見下して嫌っているところなどは、伝統的というか通俗的な秀吉像で、それは織田信長にも当てはまりそうです。また、藤吉郎が、どんどん出世したらどうすればよいのか、と小一郎に問いかけるというか、自問するところや、小一郎と藤吉郎が互いに支え合って斎藤義龍の間者を退治したところや、小一郎が藤吉郎に恐れを抱いたところ(小一郎が信長から処罰されそうと判断したら他人を装ったり、よくしてくれていた台所方が間者と分かったから躊躇わず殺したり、信長の意向を察してすぐに迎合できたりするところでしょうか)は、本作の方向性を示唆しているのかもしれません。おそらく、小一郎と藤吉郎は互いに補い合って出世していきつつ、藤吉郎の「闇」がたびたび描かれ、それでも小一郎は兄の藤吉郎を支えていったものの、小一郎の死によって羽柴政権は崩壊に向かった、というのが本作の構図になりそうです。本作が小一郎の死で終わるのか、最終回で藤吉郎の最晩年から大坂夏の陣まで短く描かれ、羽柴政権における小一郎の存在の大きさが最後に語られるのか分かりませんが、本作の方向性は見えてきた感もあります。

 初回を視聴した限りでは、大河ドラマ愛好者に馴染み深い題材で、私も娯楽作品としてかなり楽しめましたし、一般受けしそうな作風のようですから、近年の大河ドラマは視聴率が低迷しているだけに、大河ドラマの存続のためにも、何とか高視聴率を取ってもらいたいものです。まあそもそも地上波での放送の前に、4Kで2回、BSで1回放送されている時代に、地上波の視聴率を重視する必要はないと思いますが、大手大衆媒体でもインターネット上でも、地上波の視聴率を人気どころか作品の質の指標にさえ使う傾向が今でも根強いように思われるので、地上波での高視聴率を望んでいます。2016年以降の大河ドラマは、2018年とやや微妙な2023年を除いて、個人的には質が高いと評価してきましたが、初回を視聴した限りでは、今年も一定水準以上の質の作品になりそうだな、と楽しみにしています。

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