モロッコの77万年前頃の人類化石
モロッコの77万年前頃の人類化石を報告した研究(Hublin et al., 2026)が報道されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は、モロッコで発見された77万年前頃の人類化石の形態を既知の人類化石と比較し、祖先的特徴と、その後の人類に見られる派生的特徴の混在が見られることを指摘しています。本論文はこの比較に基づいて、現代人の起源がユーラシアではなくアフリカである可能性を指摘していますが、その可能性は高そうではあるものの、その確証には今後もさらなる発見と研究が必要になるでしょう。
以下の略称は、OHF(Oulad Hamida Formation、ウラド・ハミーダ層)、SU(stratigraphic unit、層序単位)、MBT(Matuyama–Brunhes transition、松山‐ブリュンヌ移行)、ChRM(Characteristic remanent magnetization、特徴的な残留磁化)、VGP(virtual geomagnetic pole、仮想地磁気極)、cm(centimetre、センチメートル)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、OSL(Optically Stimulated Luminescence、光刺激ルミネッセンス発光)、ESR(electron spin resonance、電子スピン共鳴法)、3D(three-dimensional、三次元)、EDJ(enamel-dentine junction、エナメル質と象牙質の接合部)、P₃(third mandibular premolar、下顎第四小臼歯)、P₄(fourth mandibular premolar、下顎第四小臼歯)、M₁(first mandibular molar、下顎第一大臼歯)、M₂(second mandibular molar、下顎第二大臼歯)、M₃(third mandibular molar、下顎第二大臼歯)、dm₁(first lower deciduous molar、下顎第一乳歯大臼歯)、dm₂(second lower deciduous molar、下顎第二乳歯大臼歯)、C(Cervical spine、頚椎)、T(Thoracic、胸椎)です。
以下の時代区分は、EP(Early Pleistocene、前期更新世)、MP(Middle Pleistocene、中期更新世)、オルドヴァイ亜期(Olduvai Subchron)、ハラミヨ亜期(Jaramillo Subchron)です。本論文で取り上げられる主要な人類は、ホモ・ハビリス(Homo habilis)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・エルガスター(Homo ergaster)、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)、ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)、ホモ・ローデシエンシス(Homo rhodesiensis)、アトラントロプス・モーリタニクス(Atlanthropus mauritanicus)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、現生人類(Homo sapiens)です。本論文で取り上げられる主要な非ヒト動物は、ノウサギ(Trischizolagus)、アフリカの絶滅サイ(Ceratotherium mauritanicum)、大型ヒヒ(Theropithecus oswaldi)、イノシシ科動物(Kolpochoerus heseloni)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、アシューリアン(Acheulian、アシュール文化)です。
本論文で取り上げられる主要な遺跡(化石の発見場所)は、モロッコのカサブランカのThI-GH(Grotte à Hominidés at Thomas Quarry I、トーマス採石場Iヒト科洞窟)とジェベル・イルード(Jebel Irhoud)遺跡とサレ(Salé)遺跡、アルジェリアのティゲニー(Tighennif)遺跡とシディ・アブデラフマン(Sidi Abderrahmane)遺跡、ケニアのトゥルカナ湖(Lake Turkana)の東側のクービフォラ(Koobi Fora)、ザンビアのカブウェ(Kabwe)遺跡、エチオピアのボド(Bodo)遺跡、タンザニアのンドゥトゥー(Ndutu)遺跡、南アフリカ共和国のエランズフォンテイン(Elandsfontein)のサルダーニャ(Saldanha)遺跡、スペインではアタプエルカ山地(Sierra de Atapuerca)にあるグラン・ドリナ(Gran Dolina)遺跡および通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)およびシマ・デル・エレファンテ(Sima del Elefante)遺跡、イスラエルのスフール(Skhul)遺跡、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡、インドネシアのやジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡です。
●要約
古遺伝学的証拠では、現代人とネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先は765000~55万年前頃に存在した、と示唆されています[1]。しかし、これら祖先的なヒトの地理的分布と形態的特徴の両方は依然として不明です。スペインのアタプエルカのグラン・ドリナのTD6層から発掘された95万~77万年前頃の年代のホモ・アンテセッサー化石は、この祖先人口集団の有力な候補として提案されてきました。しかし、9万年以上前のすべての確実に年代測定された現生人類化石は、アフリカもしくはアジアへの玄関口で見つかっており、現生人類のユーラシアではなくアフリカ起源を強く示唆しています。本論文は、773000年前頃となる、モロッコのカサブランカのThI-GHから発見された新たな人類化石を報告します。これらの化石の年代はホモ・アンテセッサーと近いものの、形態学的には異なっており、祖先的形質と、その後の現生人類およびユーラシアの古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】派生的特徴の組み合わせを示しています。ThI-GH人類は、モロッコのジェベル・イルード遺跡で発見された最初期の現生人類個体群[4]に先行するアフリカの人口集団への知見を提供し、現生人類の祖先となるアフリカの系統について強力な証拠を提供します。ここれらの化石は、ネアンデルタール人およびデニソワ人との最終共通祖先について、手がかりを提供します。
●研究史
ネアンデルタール人と現生人類両者の進化史に関する理解は、ヨーロッパとアフリカにまたがる広範な分類標本(hypodigm、ある集団の特徴を推測するための標本)および多くの先史時代の世紀形態学と遺伝学と考古学の分析に、確固たる基盤があります。しかし、これら2種【ネアンデルタール人と現生人類】の最終共通祖先の特定は依然として困難です。時には、ハイデルベルク人がこの祖先として提案されました。しかし、解剖学的および年代学的証拠から、ハイデルベルク人に分類される化石は一貫した種を表していないかもしれない、と示唆されています。この種【ハイデルベルク人】に分類されるユーラシアの標本のほとんどは、おそらくネアンデルタール人とそのアジアの姉妹集団の共通祖先形態に属するか、あるいは、それらに属するものの、現生人類の祖先ではありません。現生人類はユーラシア起源との見解もありましたが[7]、その形態学的証拠は限られています。対照的に、最近の化石証拠はアフリカにおける現生人類の存在を30万年以上前にさかのぼらせており[4]、EP後期およびMP前半のアフリカにおける人類の多様性理解の必要性を浮き彫りにしています。カブウェ(ザンビア)やボド(エチオピア)やサルダーニャ(南アフリカ共和国)などMPのアフリカの化石は一般的に、ハイデルベルク人(もしくはホモ・ローデシエンシス)の近縁性種と一般的に考えられています。MPのアフリカの標本のうち、ンドゥトゥー(タンザニア)とサレ(モロッコ)の標本は、現生人類の祖先系統とより密接に関連づけられてきました。モロッコのカサブランカ市の南西部に位置するThI(トーマス採石場I)は、アフリカ北西部における重要な考古学的遺跡を表しています(図1a)。ThIはOHFで発掘されており、2ヶ所の主要な遺跡から構成されています。以下は本論文の図1です。
OHFの最古層では、ThI-L遺跡からアフリカで最も広範な掻器アシューリアン石器群が発見され、その年代は130万年前頃です。第二の遺跡は採石場の北西壁に開けた1ヶ所の洞窟で、1994年にThI-GH(トーマス採石場Iヒト科洞窟)と命名されました。1969年に、収集愛好家であるフィリップ・ベリロ(Philippe Beriro)氏がこの洞窟の北西部の下の斜面で、他の哺乳類化石および石器とともに部分的な人類の下顎を発見しました。この資料はおそらく、砕石活動によって部分的に攪乱されていた、ThI-GH洞窟の堆積物に由来しました。ThI-GH-1は当初、アトラントロプス・モーリタニクスと記載されました。1994~2015年の間に、ThI-GHではその後の体系的な調査が実行され、現代の管理された発掘のおかげで攪乱されていない層序状況において、アシューリアンインダストリー、多様な動物相化石群、いくつかの追加の人類化石が発見されました。
ThI-GHは、OHFのより古い海洋風成のOH1およびOH3堆積部に、海成高地層中に削られてできた洞窟です。ThI-GHは海洋性(OH4層序単位6、SU6))、次に潮上帯堆積物(SU5)によって満たされ、大陸性堆積物(GH-CCCのSU4およびSU3)による不連続はありません。その後、風成堆積物(OH5)によって後者は上部の大陸性堆積物(SU2およびSU1)から分離されました(図1c)。OH4のSU5とGH-CCCのSU4から多くの古生物学的遺物群が回収され、ヒト遺骸と石器があります。肉食動物と多くの糞石と肉食動物による骨以外の改変には、切創痕もしくは削った痕跡の証拠がなく、石器の少なさとの組み合わせで、肉食動物の巣穴を示しています。最も代表的な人類標本はSU5で発見され、それには成人の下顎1点(ThI-GH-10717)、8点の関連する椎骨(ThI-GH-10717/1~5、ThI-GH-10725、ThI-GH-10726、ThI-GH-10725/1)、1歳半ばで死亡した子供の断片的な下顎1点(ThI-GH-10978)が含まれています(図2)。大型肉食動物、おそらくはハイエナによって死肉漁りされた人類の大腿骨幹部(ThI-GH-UA28-7)の一部が、SU4もしくはSU5に属する層の空洞の奥で見つかりました。ThI-GH-1の半下顎遺骸の正確な層序起原は依然として不明ですが、含有堆積物の堆積学的分析から、おそらくはSU4もしくはSU5のどちらかに由来する、と示唆されます。以下は本論文の図2です。
●年代測定
更新世の海水準変動および中程度の地域的隆起によって形成された系列C所枠組み内のOHFについて、年代層序および堆積学的モデルが提案されました。海水準上昇期は、以前に岩石化した風成砂丘の底部における石灰砂岩の海進と崖および浸食の窪みの削除を示すのに対して、海退期は海への前進と新たな砂丘の形成が伴います。半乾燥地帯で生物砕屑物の豊富な沿岸域における初期の結合によって、急速な岩石化が可能になり、その後の海進侵食と崖の形成が可能となります。先行研究では、MBT(773000年前頃)はSU4の底部の近くに位置づけられ、OH3層のハラミヨ亜期(107万~99万年前頃)と認識されました。この解釈では、ハラミヨ亜期の代わりによりオルドヴァイ亜期を示唆するほど長い中断が除外され、これはThI-Lで見つかったアシューリアン石器むとも矛盾するでしょう。しかし、ヒト遺骸(区画Aでの標本5点)を含むGH-CCCのSU4およびOH4のSU5堆積物内での予備的標本抽出では、これらの遺骸との関連でMBTの正確な位置づけはできませんでした。このモデルは、OH3とOH4とGH-CCCの119点の新たな磁気層序標本から先行研究の62点の標本までの追加によって改良され、ハラミヨ亜期とMBTの解像度が向上しました(図1b・c)。
異なる2区画の標本のChRM成分の方向から、ハラミヨ亜期はOH3層内に位置する、と示唆するVGP緯度が得られました。SU6~SU3の標本のほとんど(図1c・d、区画A~E)は、逆磁極への傾向を示す、逆磁極もしくはChRMの方向を提供します。この優勢な逆磁極のハラミヨ亜期後の期間は、SU5におけるわずかな正磁極逸脱によって中断されています。上述のように、SU4~SU3の境界に近いGH-CCCで逆磁極から正磁極への移行が起きており、安定した正磁極(ブリュンヌ)はGH-CCC-SU3へと広がり(図1d)、より新しいOH5堆積物へと続きます。
これらの結果は、SU6からSU3にかけて起きたMBTの詳細な記録を明らかにします。堆積速度が高い記録(千年間で15cm)では、MBTは安定した逆磁極(松山)と安定した正磁極(ブリュンヌ)との間に起きた短いVGPの逸脱によって特徴づけられ、その中間点は773000年前頃で、移行期間は8000~10800年です。本論文の標本抽出はおそらく、OH4-SU5におけるそうした逸脱の一つを捉えていました(図1b・d)。SU6の潮間帯生体石灰砂岩とSU5の沿岸砂は、海水準のMIS20~19の上昇およびその後の最大海面をそれぞれ表している、と解釈されています。SU4~SU3の大陸堆積物は、MIS19の高位面(78万年前頃)と関連する続いて起きる海退体系区域の一部と解釈されています。これは、千年あたり約20cmの堆積速度と一致し、MBTの変動を把握するのにほぼ充分です。グラン・ドリナのTD6層(アタプエルカ山地)と同様に、本論文の分析は人類の年代が99万年前頃(ハラミヨ亜期層の上部)より新しく、MBTに近い773000±4000年前であることを示唆しています(図1d)。
生物年代学的データは、地磁気層序学的データと密接に一致します。動物相には哺乳類37種が含まれており、少なくとも100万年前頃となるアルジェリアのティゲニー遺跡と多くの種が共有されています。この動物相では、ノウサギおよびアフリカの絶滅サイの最期の既知の出現が記録されており、大型ヒヒとイノシシ科動物も初期の年代を示唆しています。他のアフリカの遺跡と比較すると、EP~MPの境界に近い年代とよく一致します。アフリカ東部および南部の動物相との類似性は、緯度の交換が用意だったことを証明しており、短期間のモンスーン降水量増加に応じた、アフリカ北部全域にわたるサバンナ景観の繰り返しの拡大のため、サハラがEPにおいて恒久的な障壁ではなかった、と論証されます。
SU4単位の固まった砂で行なわれたOSL年代測定は、それぞれOH2とOH5から得られた年代と同じ程度の、420000±34000年前と391000±32000年前の推定年代を提供しました。OSL年代は、これらの層が少なくとも3回の氷河による地球規模の海水準変動周期に属する、との証拠と一致するようなので、議論の余地があるかもしれません。ESRとウラン系列の年代測定手法を組み合わせて、SU4の遊離した人類の歯に他起用すると、501000+94000/−76000年前の推定年代が得られました。同じ手法では、SU4の3点の保存状態良好な草食動物の歯で、591000±103000~538000±52000年前の範囲の年代が得られました。しかし、ThI-GHのESR標本は、歯の組織、とくにエナメル質のウラン含有量が高くなっています。この場合、水酸化リン酸カルシウムにおいてESRの兆候を効率的に生成するには内部線量率が高すぎて、さまざまな等価線量の過小評価につながりました。したがって、ThI-GHで得られたESRおよびウラン系列の結果は、下限年代と考えられます。
●人類の化石
ThI-GH-UA28-7の大腿骨幹部はすでに詳細に分析されましたが、ThI-GHの人類化石のほとんどは記載されておらず、それには、2点の部分的な下顎と多数の歯と数点の椎骨が含まれており、これらは貴重な系統発生情報を提供します。
●下顎形態
ThI-GH-10717は華奢でほぼ完全な成人の下顎で、完全な歯列(ただ、摩耗しています)が保存されています(図2)。その骨体部は、長くて低くて狭く、わずかな前角状の溝があります。側面から見ると、その癒合は後退しており、これは広義のホモ・エレクトスと類似した向きです。小さな頤骨があり、ぶんるい2と一致します。その上部形態は、わずかな下顎湾曲を形成しています。この形態は、シマ・デル・エレファンテ遺跡のホモ属種ATE9-1や、初期ホモ属数個体(オルドヴァイやドマニシやマラウイやクービフォラやサンギラン9号など)にも存在します。ATE9-1のように、ThI-GH-10717は古代型の顕著な頤下の切痕を示します。前縁結節は弱く、P₄の下に位置しており、アルジェリアのティゲニー遺跡のEP下顎での観察と同様の位置です。癒合の内部形態は、その形状では比較的滑らかです。これには上部および下部の横の隆起が欠けており、浅い頤舌筋窩が見られます。歯槽平面はほぼ垂直に向いており、わずかに歯槽が突出しています。これらの特徴はホモ・アンテセッサーと類似しており、ホモ・エレクトスと比較して派生的と考えられています。頤孔はP₄の下に位置しており、ホモ・ハビリスやホモ・エルガスターやホモ・エレクトスやホモ・アンテセッサーやティゲニー遺跡の下顎で見られるP₃₋₄の古代型の位置と、一部のMP人類やネアンデルタール人で見られるM₁の下の派生的位置との中間です。下顎体の側面の突出は弱く、M₂の水準で最大となります。M₃は側面から見ると、下顎枝によって部分的に覆われています。EPおよびMP人類で共通する状態とは対照的に、咬筋窩ははネアンデルタール人や現生人類のように浅くなっています[36]。平らな翼状窩と対称的な下顎切痕は現生人類を想起させ、ネアンデルタール人のパターンとは異なっています[36]。
ThI-GH-1はより頑丈であるものの、完全ではなく、左側の成人の半下顎は、冠顎骨突起と下顎顆状突起が欠けており、P₄–M₃は元の位置で保存されています。ThI-GH-10717のように、下顎体は低いものの、一部のヨーロッパのMP人類でも見られるより突出した角前切痕があります。ThI-GH-1は、M₂–M₃の水準においてより顕著で突出した後方突起と、横から見ると下顎枝によって覆われていないM₃と、歯槽縁と比較して顎舌骨線の中間(平行と斜めの間)的な軌跡を有している点で、ThI-GH-10717と異なります。これら3点の特徴は、一部のヨーロッパのMP人類およびネアンデルタール人と一致します。ThI-GH-1には、ThI-GH-10717より深い咬筋窩の高低があり、これはEPおよびMP人類において頻繁に見られる状態です。しかし、ThI-GH-10717やティゲニーやTD6の人類とは同様で、ホモ・エレクトスで見られる古代型の状態とは異なり、内下顎体は歯槽下窩が中程度の窪みを示しています。
3D標識に基づく幾何学的形態計測分析では、ThI-GH-10717の大きさは小さく、その重心は広義のホモ・エレクトスの範囲の下限に位置します。その形態は、広範な下顎枝と狭い下顎幅と長くて低い下顎体と後退した癒合を有する点で、ネアンデルタール人と現生人類の両方と異なっています。3集団すべてと比較すると、ThI-GH-10717はより小さな冠顎骨突起、より拡張した下顎角とより低い前方下顎体を有しています。ThI-GH-1はThI-GH-10717よりかなり大きく、ホモ・エレクトスの範囲内に収まります。また、ThI-GH-1はThI-GH-10717よりも、形態空間ではヨーロッパのMP人類およびネアンデルタール人の差異の範囲のより近くに位置します。
●歯の形態
ThI-GHの化石には、かなり多くの一連の保存状態良好な永久歯および乳歯が含まれています。ThI-GH-1の犬歯後方の歯は一貫して、ThI-GH-10717の対応する歯より大きくなっています。ThI-GH-1とThI-GH-10717の両個体において、大臼歯の大きさのパターンはM₁< M₂ > M₃で、M₃では大きく縮小しており、これはホモ・エレクトスで通常観察される状態とは対照的です。大臼歯の大きさのパターンは、とくに現生人類においてたようですが、このパターンはホモ・アンテセッサーと現生人類とネアンデルタール人においてより一般的です。歯冠輪郭は他のEP人類と類似しているものの、乳歯の大臼歯については、ホモ・アンテセッサーとよりも初期現生人類の方と近くなっています。
EDJの形状は、3D標識に基づく幾何学的形態計測を用いて、4点の永久歯と2点の乳歯の犬歯後方の歯の位置で調べることができます(図3)。乳歯の歯列では、ThI-GH-10978のdm₁のEDJ隆起形態は現生人類とネアンデルタール人の範囲外に位置します。これはThI-GH-10978のdm₂にも当てはまり、化石現生人類標本のスフール10号の近くに位置します。ホモ・アンテセッサーとされるTD6-112のdm₂はEDJ隆起の形態において現生人類およびネアンデルタール人とより類似しており、大まかにはこれら2種の間に位置します。ThI-GH-OA23-24のP₄のEDJ隆起と頸部形態から、ThI-GH-OA23-24が現生人類およびネアンデルタール人に近い一方で、ATD6-9はネアンデルタール人に近くなっています。ThI-GH-10978のM₁のEDJ隆起の形態(頸部は保存されていません)はシディ・アブデラフマン遺跡個体やホモ・エレクトスの近くに位置し、相対的にOH22およびホモ・アンテセッサー標本ATD6-94およびATD6-112の近くに位置します。dm₂と同様に、ホモ・アンテセッサーのM₁標本ATD6-94およびATD6-112は、ネアンデルタール人および現生人類と形態でより類似しています。以下は本論文の図3です。
最後に、ThI-GH-10717のM₃のEDJ隆起および頸部の形態が、現生人類標本のすぐ外側に位置し、ホモ・エレクトス標本と隣接しているのに対して、ThI-GH-1のM₃は現生人類とネアンデルタール人両方の標本の近くに位置します。大臼歯の歯根において、M₁から M₃にかけて現生人類とネアンデルタール人の間での重複が減少し、ホモ・エレクトスは自身とまとまります。ThI-GH-1のM₁の歯根は、最近の現生人類の端に位置し、アフリカ北部の初期現生人類の近くに位置します。ThI-GH-10717のM₁の歯根はは、その小さな大きさにおいてより派生的で、最近の現生人類の方へと向かっています。ThI-GH-1のM₁およびM₃の歯根は、初期現生人類標本と密接で、ホモ・エレクトスの近くに位置しますが、ThI-GH-10717のM₂およびM₃の歯根は、最近の現生人類クラスタ(まとまり)内によく収まっています。
ThI-GH-10717の前方歯列は著しく摩耗している(右側犬歯)か、破損しています(左側犬歯とすべての切歯)が、歯根は断片化しているものの、保存されています。右側犬歯は華奢で(歯冠および歯根)、現生人類と類似しており、ティゲニー遺跡やジェベル・イルード遺跡やネアンデルタール人の個体など他のEPおよびMP人類よりもずっと小さくなっています。ThI-GH-SA26-88の切歯には比較的小さい歯冠があり、これは初期および最近の現生人類の差異内に収まります。対照的に、ThI-GH-SA26-88の歯根長は現生人類の差異の上限でネアンデルタール人の下限に位置し、ホモ・エレクトス(KNM-WT 15000)より小さくなっています。
非計測的な歯の特徴の観点からは、ThI-GHの下顎大臼歯はアフリカ北部の他のEPおよびMP人類(たとえば、シディ・アブデラフマン遺跡やティゲニー遺跡)の歯と類似しており、ホモ・アンテセッサーのTD6の大臼歯と、下顎臼歯の三錐頂部の多様な発現や第7咬頭や第6咬頭の欠如で類似しています。しかし、乳歯と永久歯両方の犬歯後方の歯のでは、TD6標本の咬頭はアフリカ北部の標本よりも密接に位置しています。このように、ホモ・アンテセッサーのTD6標本は、ネアンデルタール人の方へとより派生的なようです。さらに、ThI-GH-1のM₂およびM₃(およびティゲニー1号)は遠心方向で先細りする点でTD6資料とは異なっており、これはアフリカのホモ・エレクトスで見られる古代型の特徴です。さらに、ティゲニー遺跡個体とThI-GHの歯冠のいずれも、舌側の高低、とくに切歯のシャベル型形態を示しません。
●椎骨
ThI-GH-10717の直下で、一連の8点の椎骨(6点の頸椎と2点の胸椎)が発見されました(図2)。その小型で下顎と空間的にひじょうに近接していることから、これらの椎骨は同じ小柄な成人に属していた、と示唆されます。化石記録で可能なのは限定的な比較ですが、形態学的には、ほとんどの完全な椎骨(C7、T1、T2)は最近の現生人類とよりもホモ・エレクトスの方と類似しています。とくに、C7は現生人類およびネアンデルタール人で観察される状態と比較して、下側関節面のより横向き(腹側と横側)の方向を示します。成人前のホモ・アンテセッサーのC7(ATD6-75)は、下側関節面の向きではより現生人類敵です。さらに、ThI-GHのT1とT2両方の椎骨における横向きの突起の方向が、最近の現生人類よりわずかに背側なのに対して、KNM-WT 15000では顕著により背側です。ThI-GH標本群における脊柱管の断面域は、ドマニシ遺跡個体のC3およびホモ・アンテセッサーのC7椎骨と類似しており、KNM-WT 15000(C7、T2)と同等か大きくなっています。これらの領域は平均より下であるものの、最近の現生人類標本とは有意に異なっているわけではありません。椎体の線形寸法の幾何平均に対して標準化すると、すべての値は現生人類内におサクリ、例外はT2で、KNM-WT 15000およびThI-GH標本はひじょうに低い値を示します。
●考察とまとめ
アフリカ北部では、ThI-GH人類は確実な層序状況内で発掘され、773000±4000年前のMBTに確実に年代測定された唯一の標本群です。これらの人類は、暫定的にハイデルベルク人に分類されてきたカブウェやボドの頭蓋など、直接的に後の標本と比較することはできません。これらの標本は年代が大きく異なるだけではなく、比較可能な部位も保存されていません。本論文の分析から、ThI-GH人類はおそらく、ヨーロッパにおけるホモ・アンテセッサーと同様に、アフリカ北部において広義のホモ・エレクトスの進化した形態に属している、と示唆されます。しかし、ThI-GH人類はスペインの化石および少なくとも100万年以上前のティゲニー遺跡(アルジェリア)のかなり古い化石の両方と、興味深い対照を示しています。ティゲニー遺跡の化石下顎はヨーロッパのホモ・アンテセッサーとアフリカ北西部のThI-GH化石の両方よりも、祖先的で大きくて頑丈です。スペインとモロッコの化石は、歯と下顎でいくつかの特徴を共有しています。両集団は、古代型の特徴とその後の人類を想起させる派生的特徴の組み合わせを示します。これらの類似性は、EPにおけるジブラルタル海峡を横断する交流の可能性について、問題を提起します。とはいえ、ThI-GH人類はTD6人類と異なっています。これらの違いのパターンから、ヨーロッパとアフリカ北部との間の地域的な文化はEP後期までにすでに存在していた、と示唆されます。より大きなThI-GH-1下顎の明らかなネアンデルタール人的特徴は。祖先的残存か相対的な成長の影響か収斂進化を反映しているかもしれませんが、系統発生的により多くの情報をもたらす歯の特徴が検討されると、スペインの標本はユーラシア西部でその後に出現したネアンデルタール人の形態に向かってより派生的なようです。
現生人類の起源、およびネアンデルタール人とデニソワ人の単系統群(クレード)からの祖先人口集団の分岐の正確な時期は、依然として議論の主題です。解剖学的現代人証拠は時に、80万年以上前の分岐との主張[51]、さらには現生人類の代替的なアジア起源の主張[52]にさえ用いられてきました。この文脈では、マグレブの化石群はMP人類の多様化の理解に重要です。ThI-GH人類はその形態から、アフリカとユーラシアの系統間の分岐の近くに位置づけられます。本論文の調査結果は、古遺伝学的データから推測された系統発生構造と一致するだけではなく、現生人類出現の理解に重要な地域としてのマグレブも浮き彫りにし、現生人類のユーラシア起源ではなくアフリカ起源の立場を補強します。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
古生物学:モロッコのホミニンの化石が現代人の出現を解明する
モロッコのカサブランカで発見されたホミニン(hominin)の化石は、約77万3,000年前にさかのぼると推定され、現代人の近縁種である可能性がある。これらの遺骸は、古い特徴と現代的な特徴が混在しており、アフリカとユーラシアの人類系統が分岐し始めた時期に近い位置づけを示唆している。Nature にオープンアクセスで掲載されるこの発見は、最古のホモ・サピエンス(Homo sapiens)以前に存在したアフリカ人集団に関する知見を提供し、人類のアフリカ起源説を裏づける証拠となる。
現代人、ネアンデルタール人、およびデニソワ人の最後の共通祖先は、約76万5,000~55万年前に生息したと考えられている。しかし、これらの祖先が最初にどこで出現したかについては議論があった。スペインのホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)などの過去の発見は、ヨーロッパにおける祖先の可能性を示唆していたが、同年代の正確な年代測定がされたアフリカの化石は稀であり、アフリカの記録には空白が残されていた。
Jean-Jacques Hublinら(マックス・プランク進化人類学研究所〔ドイツ〕)は、モロッコのトマ1採石場Iにある「人類洞窟」(“Grotte à Hominidés” at Thomas Quarry I)から出土した化石を分析した。これには、2つの部分的な下顎骨、多数の歯、および脊椎が含まれる。周囲の堆積物の分析から、化石は約77万3,000年前の地球磁場の大転換期に近い時代に由来することが判明し、ホモ・アンテセッサーと同年代であることが示された。しかし、新たな化石は形態学的にホモ・アンテセッサーとは異なる。これは、ヨーロッパと北アフリカの間で地域的な分化が、前期更新世後半(late Early Pleistocene;約180万年前から78万年前)にはすでに生じていたことを示唆している。モロッコの化石は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)などの種に見られる古風な特徴と、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人に見られるより現代的な特徴をあわせ持つ。たとえば、臼歯のサイズパターンは初期のホモ・サピエンスやネアンデルタール人に似ている一方、下顎骨の形状はホモ・エレクトスやほかのアフリカの古人類に近い。
著者らは、モロッコの化石が現代人、ネアンデルタール人、およびデニソワ人の最終共通祖先ではないかもしれないものの、近い祖先である可能性があると指摘している。この発見は、ホモ・サピエンスの祖先がユーラシアではなくアフリカに由来することを支持するものであると著者らは結論づけている。
進化学:ホモ・サピエンス系統の基部に位置付けられるモロッコの初期ヒト族
進化学:現生人類の起源がアフリカにあることを示す新たな化石証拠
今回、モロッコ・カサブランカ近郊のトーマス採石場で発見された、年代が約77万年前と推定されるヒト族化石が報告されている。一連の化石は、以前ジェベル・イルード遺跡で発見された最古のホモ・サピエンス(Homo sapiens)個体よりも年代の古いアフリカの集団について知見をもたらすとともに、現生人類の祖先に当たるアフリカの系統の存在を示す強力な証拠を提示している。これらの化石はまた、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先に関して手掛かりをもたらす。
参考文献:
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関連記事
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以下の略称は、OHF(Oulad Hamida Formation、ウラド・ハミーダ層)、SU(stratigraphic unit、層序単位)、MBT(Matuyama–Brunhes transition、松山‐ブリュンヌ移行)、ChRM(Characteristic remanent magnetization、特徴的な残留磁化)、VGP(virtual geomagnetic pole、仮想地磁気極)、cm(centimetre、センチメートル)、MIS(Marine Isotope Stage、海洋酸素同位体ステージ)、OSL(Optically Stimulated Luminescence、光刺激ルミネッセンス発光)、ESR(electron spin resonance、電子スピン共鳴法)、3D(three-dimensional、三次元)、EDJ(enamel-dentine junction、エナメル質と象牙質の接合部)、P₃(third mandibular premolar、下顎第四小臼歯)、P₄(fourth mandibular premolar、下顎第四小臼歯)、M₁(first mandibular molar、下顎第一大臼歯)、M₂(second mandibular molar、下顎第二大臼歯)、M₃(third mandibular molar、下顎第二大臼歯)、dm₁(first lower deciduous molar、下顎第一乳歯大臼歯)、dm₂(second lower deciduous molar、下顎第二乳歯大臼歯)、C(Cervical spine、頚椎)、T(Thoracic、胸椎)です。
以下の時代区分は、EP(Early Pleistocene、前期更新世)、MP(Middle Pleistocene、中期更新世)、オルドヴァイ亜期(Olduvai Subchron)、ハラミヨ亜期(Jaramillo Subchron)です。本論文で取り上げられる主要な人類は、ホモ・ハビリス(Homo habilis)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・エルガスター(Homo ergaster)、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)、ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)、ホモ・ローデシエンシス(Homo rhodesiensis)、アトラントロプス・モーリタニクス(Atlanthropus mauritanicus)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、現生人類(Homo sapiens)です。本論文で取り上げられる主要な非ヒト動物は、ノウサギ(Trischizolagus)、アフリカの絶滅サイ(Ceratotherium mauritanicum)、大型ヒヒ(Theropithecus oswaldi)、イノシシ科動物(Kolpochoerus heseloni)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、アシューリアン(Acheulian、アシュール文化)です。
本論文で取り上げられる主要な遺跡(化石の発見場所)は、モロッコのカサブランカのThI-GH(Grotte à Hominidés at Thomas Quarry I、トーマス採石場Iヒト科洞窟)とジェベル・イルード(Jebel Irhoud)遺跡とサレ(Salé)遺跡、アルジェリアのティゲニー(Tighennif)遺跡とシディ・アブデラフマン(Sidi Abderrahmane)遺跡、ケニアのトゥルカナ湖(Lake Turkana)の東側のクービフォラ(Koobi Fora)、ザンビアのカブウェ(Kabwe)遺跡、エチオピアのボド(Bodo)遺跡、タンザニアのンドゥトゥー(Ndutu)遺跡、南アフリカ共和国のエランズフォンテイン(Elandsfontein)のサルダーニャ(Saldanha)遺跡、スペインではアタプエルカ山地(Sierra de Atapuerca)にあるグラン・ドリナ(Gran Dolina)遺跡および通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)およびシマ・デル・エレファンテ(Sima del Elefante)遺跡、イスラエルのスフール(Skhul)遺跡、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡、インドネシアのやジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡です。
●要約
古遺伝学的証拠では、現代人とネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先は765000~55万年前頃に存在した、と示唆されています[1]。しかし、これら祖先的なヒトの地理的分布と形態的特徴の両方は依然として不明です。スペインのアタプエルカのグラン・ドリナのTD6層から発掘された95万~77万年前頃の年代のホモ・アンテセッサー化石は、この祖先人口集団の有力な候補として提案されてきました。しかし、9万年以上前のすべての確実に年代測定された現生人類化石は、アフリカもしくはアジアへの玄関口で見つかっており、現生人類のユーラシアではなくアフリカ起源を強く示唆しています。本論文は、773000年前頃となる、モロッコのカサブランカのThI-GHから発見された新たな人類化石を報告します。これらの化石の年代はホモ・アンテセッサーと近いものの、形態学的には異なっており、祖先的形質と、その後の現生人類およびユーラシアの古代型人類【非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属】派生的特徴の組み合わせを示しています。ThI-GH人類は、モロッコのジェベル・イルード遺跡で発見された最初期の現生人類個体群[4]に先行するアフリカの人口集団への知見を提供し、現生人類の祖先となるアフリカの系統について強力な証拠を提供します。ここれらの化石は、ネアンデルタール人およびデニソワ人との最終共通祖先について、手がかりを提供します。
●研究史
ネアンデルタール人と現生人類両者の進化史に関する理解は、ヨーロッパとアフリカにまたがる広範な分類標本(hypodigm、ある集団の特徴を推測するための標本)および多くの先史時代の世紀形態学と遺伝学と考古学の分析に、確固たる基盤があります。しかし、これら2種【ネアンデルタール人と現生人類】の最終共通祖先の特定は依然として困難です。時には、ハイデルベルク人がこの祖先として提案されました。しかし、解剖学的および年代学的証拠から、ハイデルベルク人に分類される化石は一貫した種を表していないかもしれない、と示唆されています。この種【ハイデルベルク人】に分類されるユーラシアの標本のほとんどは、おそらくネアンデルタール人とそのアジアの姉妹集団の共通祖先形態に属するか、あるいは、それらに属するものの、現生人類の祖先ではありません。現生人類はユーラシア起源との見解もありましたが[7]、その形態学的証拠は限られています。対照的に、最近の化石証拠はアフリカにおける現生人類の存在を30万年以上前にさかのぼらせており[4]、EP後期およびMP前半のアフリカにおける人類の多様性理解の必要性を浮き彫りにしています。カブウェ(ザンビア)やボド(エチオピア)やサルダーニャ(南アフリカ共和国)などMPのアフリカの化石は一般的に、ハイデルベルク人(もしくはホモ・ローデシエンシス)の近縁性種と一般的に考えられています。MPのアフリカの標本のうち、ンドゥトゥー(タンザニア)とサレ(モロッコ)の標本は、現生人類の祖先系統とより密接に関連づけられてきました。モロッコのカサブランカ市の南西部に位置するThI(トーマス採石場I)は、アフリカ北西部における重要な考古学的遺跡を表しています(図1a)。ThIはOHFで発掘されており、2ヶ所の主要な遺跡から構成されています。以下は本論文の図1です。
OHFの最古層では、ThI-L遺跡からアフリカで最も広範な掻器アシューリアン石器群が発見され、その年代は130万年前頃です。第二の遺跡は採石場の北西壁に開けた1ヶ所の洞窟で、1994年にThI-GH(トーマス採石場Iヒト科洞窟)と命名されました。1969年に、収集愛好家であるフィリップ・ベリロ(Philippe Beriro)氏がこの洞窟の北西部の下の斜面で、他の哺乳類化石および石器とともに部分的な人類の下顎を発見しました。この資料はおそらく、砕石活動によって部分的に攪乱されていた、ThI-GH洞窟の堆積物に由来しました。ThI-GH-1は当初、アトラントロプス・モーリタニクスと記載されました。1994~2015年の間に、ThI-GHではその後の体系的な調査が実行され、現代の管理された発掘のおかげで攪乱されていない層序状況において、アシューリアンインダストリー、多様な動物相化石群、いくつかの追加の人類化石が発見されました。
ThI-GHは、OHFのより古い海洋風成のOH1およびOH3堆積部に、海成高地層中に削られてできた洞窟です。ThI-GHは海洋性(OH4層序単位6、SU6))、次に潮上帯堆積物(SU5)によって満たされ、大陸性堆積物(GH-CCCのSU4およびSU3)による不連続はありません。その後、風成堆積物(OH5)によって後者は上部の大陸性堆積物(SU2およびSU1)から分離されました(図1c)。OH4のSU5とGH-CCCのSU4から多くの古生物学的遺物群が回収され、ヒト遺骸と石器があります。肉食動物と多くの糞石と肉食動物による骨以外の改変には、切創痕もしくは削った痕跡の証拠がなく、石器の少なさとの組み合わせで、肉食動物の巣穴を示しています。最も代表的な人類標本はSU5で発見され、それには成人の下顎1点(ThI-GH-10717)、8点の関連する椎骨(ThI-GH-10717/1~5、ThI-GH-10725、ThI-GH-10726、ThI-GH-10725/1)、1歳半ばで死亡した子供の断片的な下顎1点(ThI-GH-10978)が含まれています(図2)。大型肉食動物、おそらくはハイエナによって死肉漁りされた人類の大腿骨幹部(ThI-GH-UA28-7)の一部が、SU4もしくはSU5に属する層の空洞の奥で見つかりました。ThI-GH-1の半下顎遺骸の正確な層序起原は依然として不明ですが、含有堆積物の堆積学的分析から、おそらくはSU4もしくはSU5のどちらかに由来する、と示唆されます。以下は本論文の図2です。
●年代測定
更新世の海水準変動および中程度の地域的隆起によって形成された系列C所枠組み内のOHFについて、年代層序および堆積学的モデルが提案されました。海水準上昇期は、以前に岩石化した風成砂丘の底部における石灰砂岩の海進と崖および浸食の窪みの削除を示すのに対して、海退期は海への前進と新たな砂丘の形成が伴います。半乾燥地帯で生物砕屑物の豊富な沿岸域における初期の結合によって、急速な岩石化が可能になり、その後の海進侵食と崖の形成が可能となります。先行研究では、MBT(773000年前頃)はSU4の底部の近くに位置づけられ、OH3層のハラミヨ亜期(107万~99万年前頃)と認識されました。この解釈では、ハラミヨ亜期の代わりによりオルドヴァイ亜期を示唆するほど長い中断が除外され、これはThI-Lで見つかったアシューリアン石器むとも矛盾するでしょう。しかし、ヒト遺骸(区画Aでの標本5点)を含むGH-CCCのSU4およびOH4のSU5堆積物内での予備的標本抽出では、これらの遺骸との関連でMBTの正確な位置づけはできませんでした。このモデルは、OH3とOH4とGH-CCCの119点の新たな磁気層序標本から先行研究の62点の標本までの追加によって改良され、ハラミヨ亜期とMBTの解像度が向上しました(図1b・c)。
異なる2区画の標本のChRM成分の方向から、ハラミヨ亜期はOH3層内に位置する、と示唆するVGP緯度が得られました。SU6~SU3の標本のほとんど(図1c・d、区画A~E)は、逆磁極への傾向を示す、逆磁極もしくはChRMの方向を提供します。この優勢な逆磁極のハラミヨ亜期後の期間は、SU5におけるわずかな正磁極逸脱によって中断されています。上述のように、SU4~SU3の境界に近いGH-CCCで逆磁極から正磁極への移行が起きており、安定した正磁極(ブリュンヌ)はGH-CCC-SU3へと広がり(図1d)、より新しいOH5堆積物へと続きます。
これらの結果は、SU6からSU3にかけて起きたMBTの詳細な記録を明らかにします。堆積速度が高い記録(千年間で15cm)では、MBTは安定した逆磁極(松山)と安定した正磁極(ブリュンヌ)との間に起きた短いVGPの逸脱によって特徴づけられ、その中間点は773000年前頃で、移行期間は8000~10800年です。本論文の標本抽出はおそらく、OH4-SU5におけるそうした逸脱の一つを捉えていました(図1b・d)。SU6の潮間帯生体石灰砂岩とSU5の沿岸砂は、海水準のMIS20~19の上昇およびその後の最大海面をそれぞれ表している、と解釈されています。SU4~SU3の大陸堆積物は、MIS19の高位面(78万年前頃)と関連する続いて起きる海退体系区域の一部と解釈されています。これは、千年あたり約20cmの堆積速度と一致し、MBTの変動を把握するのにほぼ充分です。グラン・ドリナのTD6層(アタプエルカ山地)と同様に、本論文の分析は人類の年代が99万年前頃(ハラミヨ亜期層の上部)より新しく、MBTに近い773000±4000年前であることを示唆しています(図1d)。
生物年代学的データは、地磁気層序学的データと密接に一致します。動物相には哺乳類37種が含まれており、少なくとも100万年前頃となるアルジェリアのティゲニー遺跡と多くの種が共有されています。この動物相では、ノウサギおよびアフリカの絶滅サイの最期の既知の出現が記録されており、大型ヒヒとイノシシ科動物も初期の年代を示唆しています。他のアフリカの遺跡と比較すると、EP~MPの境界に近い年代とよく一致します。アフリカ東部および南部の動物相との類似性は、緯度の交換が用意だったことを証明しており、短期間のモンスーン降水量増加に応じた、アフリカ北部全域にわたるサバンナ景観の繰り返しの拡大のため、サハラがEPにおいて恒久的な障壁ではなかった、と論証されます。
SU4単位の固まった砂で行なわれたOSL年代測定は、それぞれOH2とOH5から得られた年代と同じ程度の、420000±34000年前と391000±32000年前の推定年代を提供しました。OSL年代は、これらの層が少なくとも3回の氷河による地球規模の海水準変動周期に属する、との証拠と一致するようなので、議論の余地があるかもしれません。ESRとウラン系列の年代測定手法を組み合わせて、SU4の遊離した人類の歯に他起用すると、501000+94000/−76000年前の推定年代が得られました。同じ手法では、SU4の3点の保存状態良好な草食動物の歯で、591000±103000~538000±52000年前の範囲の年代が得られました。しかし、ThI-GHのESR標本は、歯の組織、とくにエナメル質のウラン含有量が高くなっています。この場合、水酸化リン酸カルシウムにおいてESRの兆候を効率的に生成するには内部線量率が高すぎて、さまざまな等価線量の過小評価につながりました。したがって、ThI-GHで得られたESRおよびウラン系列の結果は、下限年代と考えられます。
●人類の化石
ThI-GH-UA28-7の大腿骨幹部はすでに詳細に分析されましたが、ThI-GHの人類化石のほとんどは記載されておらず、それには、2点の部分的な下顎と多数の歯と数点の椎骨が含まれており、これらは貴重な系統発生情報を提供します。
●下顎形態
ThI-GH-10717は華奢でほぼ完全な成人の下顎で、完全な歯列(ただ、摩耗しています)が保存されています(図2)。その骨体部は、長くて低くて狭く、わずかな前角状の溝があります。側面から見ると、その癒合は後退しており、これは広義のホモ・エレクトスと類似した向きです。小さな頤骨があり、ぶんるい2と一致します。その上部形態は、わずかな下顎湾曲を形成しています。この形態は、シマ・デル・エレファンテ遺跡のホモ属種ATE9-1や、初期ホモ属数個体(オルドヴァイやドマニシやマラウイやクービフォラやサンギラン9号など)にも存在します。ATE9-1のように、ThI-GH-10717は古代型の顕著な頤下の切痕を示します。前縁結節は弱く、P₄の下に位置しており、アルジェリアのティゲニー遺跡のEP下顎での観察と同様の位置です。癒合の内部形態は、その形状では比較的滑らかです。これには上部および下部の横の隆起が欠けており、浅い頤舌筋窩が見られます。歯槽平面はほぼ垂直に向いており、わずかに歯槽が突出しています。これらの特徴はホモ・アンテセッサーと類似しており、ホモ・エレクトスと比較して派生的と考えられています。頤孔はP₄の下に位置しており、ホモ・ハビリスやホモ・エルガスターやホモ・エレクトスやホモ・アンテセッサーやティゲニー遺跡の下顎で見られるP₃₋₄の古代型の位置と、一部のMP人類やネアンデルタール人で見られるM₁の下の派生的位置との中間です。下顎体の側面の突出は弱く、M₂の水準で最大となります。M₃は側面から見ると、下顎枝によって部分的に覆われています。EPおよびMP人類で共通する状態とは対照的に、咬筋窩ははネアンデルタール人や現生人類のように浅くなっています[36]。平らな翼状窩と対称的な下顎切痕は現生人類を想起させ、ネアンデルタール人のパターンとは異なっています[36]。
ThI-GH-1はより頑丈であるものの、完全ではなく、左側の成人の半下顎は、冠顎骨突起と下顎顆状突起が欠けており、P₄–M₃は元の位置で保存されています。ThI-GH-10717のように、下顎体は低いものの、一部のヨーロッパのMP人類でも見られるより突出した角前切痕があります。ThI-GH-1は、M₂–M₃の水準においてより顕著で突出した後方突起と、横から見ると下顎枝によって覆われていないM₃と、歯槽縁と比較して顎舌骨線の中間(平行と斜めの間)的な軌跡を有している点で、ThI-GH-10717と異なります。これら3点の特徴は、一部のヨーロッパのMP人類およびネアンデルタール人と一致します。ThI-GH-1には、ThI-GH-10717より深い咬筋窩の高低があり、これはEPおよびMP人類において頻繁に見られる状態です。しかし、ThI-GH-10717やティゲニーやTD6の人類とは同様で、ホモ・エレクトスで見られる古代型の状態とは異なり、内下顎体は歯槽下窩が中程度の窪みを示しています。
3D標識に基づく幾何学的形態計測分析では、ThI-GH-10717の大きさは小さく、その重心は広義のホモ・エレクトスの範囲の下限に位置します。その形態は、広範な下顎枝と狭い下顎幅と長くて低い下顎体と後退した癒合を有する点で、ネアンデルタール人と現生人類の両方と異なっています。3集団すべてと比較すると、ThI-GH-10717はより小さな冠顎骨突起、より拡張した下顎角とより低い前方下顎体を有しています。ThI-GH-1はThI-GH-10717よりかなり大きく、ホモ・エレクトスの範囲内に収まります。また、ThI-GH-1はThI-GH-10717よりも、形態空間ではヨーロッパのMP人類およびネアンデルタール人の差異の範囲のより近くに位置します。
●歯の形態
ThI-GHの化石には、かなり多くの一連の保存状態良好な永久歯および乳歯が含まれています。ThI-GH-1の犬歯後方の歯は一貫して、ThI-GH-10717の対応する歯より大きくなっています。ThI-GH-1とThI-GH-10717の両個体において、大臼歯の大きさのパターンはM₁< M₂ > M₃で、M₃では大きく縮小しており、これはホモ・エレクトスで通常観察される状態とは対照的です。大臼歯の大きさのパターンは、とくに現生人類においてたようですが、このパターンはホモ・アンテセッサーと現生人類とネアンデルタール人においてより一般的です。歯冠輪郭は他のEP人類と類似しているものの、乳歯の大臼歯については、ホモ・アンテセッサーとよりも初期現生人類の方と近くなっています。
EDJの形状は、3D標識に基づく幾何学的形態計測を用いて、4点の永久歯と2点の乳歯の犬歯後方の歯の位置で調べることができます(図3)。乳歯の歯列では、ThI-GH-10978のdm₁のEDJ隆起形態は現生人類とネアンデルタール人の範囲外に位置します。これはThI-GH-10978のdm₂にも当てはまり、化石現生人類標本のスフール10号の近くに位置します。ホモ・アンテセッサーとされるTD6-112のdm₂はEDJ隆起の形態において現生人類およびネアンデルタール人とより類似しており、大まかにはこれら2種の間に位置します。ThI-GH-OA23-24のP₄のEDJ隆起と頸部形態から、ThI-GH-OA23-24が現生人類およびネアンデルタール人に近い一方で、ATD6-9はネアンデルタール人に近くなっています。ThI-GH-10978のM₁のEDJ隆起の形態(頸部は保存されていません)はシディ・アブデラフマン遺跡個体やホモ・エレクトスの近くに位置し、相対的にOH22およびホモ・アンテセッサー標本ATD6-94およびATD6-112の近くに位置します。dm₂と同様に、ホモ・アンテセッサーのM₁標本ATD6-94およびATD6-112は、ネアンデルタール人および現生人類と形態でより類似しています。以下は本論文の図3です。
最後に、ThI-GH-10717のM₃のEDJ隆起および頸部の形態が、現生人類標本のすぐ外側に位置し、ホモ・エレクトス標本と隣接しているのに対して、ThI-GH-1のM₃は現生人類とネアンデルタール人両方の標本の近くに位置します。大臼歯の歯根において、M₁から M₃にかけて現生人類とネアンデルタール人の間での重複が減少し、ホモ・エレクトスは自身とまとまります。ThI-GH-1のM₁の歯根は、最近の現生人類の端に位置し、アフリカ北部の初期現生人類の近くに位置します。ThI-GH-10717のM₁の歯根はは、その小さな大きさにおいてより派生的で、最近の現生人類の方へと向かっています。ThI-GH-1のM₁およびM₃の歯根は、初期現生人類標本と密接で、ホモ・エレクトスの近くに位置しますが、ThI-GH-10717のM₂およびM₃の歯根は、最近の現生人類クラスタ(まとまり)内によく収まっています。
ThI-GH-10717の前方歯列は著しく摩耗している(右側犬歯)か、破損しています(左側犬歯とすべての切歯)が、歯根は断片化しているものの、保存されています。右側犬歯は華奢で(歯冠および歯根)、現生人類と類似しており、ティゲニー遺跡やジェベル・イルード遺跡やネアンデルタール人の個体など他のEPおよびMP人類よりもずっと小さくなっています。ThI-GH-SA26-88の切歯には比較的小さい歯冠があり、これは初期および最近の現生人類の差異内に収まります。対照的に、ThI-GH-SA26-88の歯根長は現生人類の差異の上限でネアンデルタール人の下限に位置し、ホモ・エレクトス(KNM-WT 15000)より小さくなっています。
非計測的な歯の特徴の観点からは、ThI-GHの下顎大臼歯はアフリカ北部の他のEPおよびMP人類(たとえば、シディ・アブデラフマン遺跡やティゲニー遺跡)の歯と類似しており、ホモ・アンテセッサーのTD6の大臼歯と、下顎臼歯の三錐頂部の多様な発現や第7咬頭や第6咬頭の欠如で類似しています。しかし、乳歯と永久歯両方の犬歯後方の歯のでは、TD6標本の咬頭はアフリカ北部の標本よりも密接に位置しています。このように、ホモ・アンテセッサーのTD6標本は、ネアンデルタール人の方へとより派生的なようです。さらに、ThI-GH-1のM₂およびM₃(およびティゲニー1号)は遠心方向で先細りする点でTD6資料とは異なっており、これはアフリカのホモ・エレクトスで見られる古代型の特徴です。さらに、ティゲニー遺跡個体とThI-GHの歯冠のいずれも、舌側の高低、とくに切歯のシャベル型形態を示しません。
●椎骨
ThI-GH-10717の直下で、一連の8点の椎骨(6点の頸椎と2点の胸椎)が発見されました(図2)。その小型で下顎と空間的にひじょうに近接していることから、これらの椎骨は同じ小柄な成人に属していた、と示唆されます。化石記録で可能なのは限定的な比較ですが、形態学的には、ほとんどの完全な椎骨(C7、T1、T2)は最近の現生人類とよりもホモ・エレクトスの方と類似しています。とくに、C7は現生人類およびネアンデルタール人で観察される状態と比較して、下側関節面のより横向き(腹側と横側)の方向を示します。成人前のホモ・アンテセッサーのC7(ATD6-75)は、下側関節面の向きではより現生人類敵です。さらに、ThI-GHのT1とT2両方の椎骨における横向きの突起の方向が、最近の現生人類よりわずかに背側なのに対して、KNM-WT 15000では顕著により背側です。ThI-GH標本群における脊柱管の断面域は、ドマニシ遺跡個体のC3およびホモ・アンテセッサーのC7椎骨と類似しており、KNM-WT 15000(C7、T2)と同等か大きくなっています。これらの領域は平均より下であるものの、最近の現生人類標本とは有意に異なっているわけではありません。椎体の線形寸法の幾何平均に対して標準化すると、すべての値は現生人類内におサクリ、例外はT2で、KNM-WT 15000およびThI-GH標本はひじょうに低い値を示します。
●考察とまとめ
アフリカ北部では、ThI-GH人類は確実な層序状況内で発掘され、773000±4000年前のMBTに確実に年代測定された唯一の標本群です。これらの人類は、暫定的にハイデルベルク人に分類されてきたカブウェやボドの頭蓋など、直接的に後の標本と比較することはできません。これらの標本は年代が大きく異なるだけではなく、比較可能な部位も保存されていません。本論文の分析から、ThI-GH人類はおそらく、ヨーロッパにおけるホモ・アンテセッサーと同様に、アフリカ北部において広義のホモ・エレクトスの進化した形態に属している、と示唆されます。しかし、ThI-GH人類はスペインの化石および少なくとも100万年以上前のティゲニー遺跡(アルジェリア)のかなり古い化石の両方と、興味深い対照を示しています。ティゲニー遺跡の化石下顎はヨーロッパのホモ・アンテセッサーとアフリカ北西部のThI-GH化石の両方よりも、祖先的で大きくて頑丈です。スペインとモロッコの化石は、歯と下顎でいくつかの特徴を共有しています。両集団は、古代型の特徴とその後の人類を想起させる派生的特徴の組み合わせを示します。これらの類似性は、EPにおけるジブラルタル海峡を横断する交流の可能性について、問題を提起します。とはいえ、ThI-GH人類はTD6人類と異なっています。これらの違いのパターンから、ヨーロッパとアフリカ北部との間の地域的な文化はEP後期までにすでに存在していた、と示唆されます。より大きなThI-GH-1下顎の明らかなネアンデルタール人的特徴は。祖先的残存か相対的な成長の影響か収斂進化を反映しているかもしれませんが、系統発生的により多くの情報をもたらす歯の特徴が検討されると、スペインの標本はユーラシア西部でその後に出現したネアンデルタール人の形態に向かってより派生的なようです。
現生人類の起源、およびネアンデルタール人とデニソワ人の単系統群(クレード)からの祖先人口集団の分岐の正確な時期は、依然として議論の主題です。解剖学的現代人証拠は時に、80万年以上前の分岐との主張[51]、さらには現生人類の代替的なアジア起源の主張[52]にさえ用いられてきました。この文脈では、マグレブの化石群はMP人類の多様化の理解に重要です。ThI-GH人類はその形態から、アフリカとユーラシアの系統間の分岐の近くに位置づけられます。本論文の調査結果は、古遺伝学的データから推測された系統発生構造と一致するだけではなく、現生人類出現の理解に重要な地域としてのマグレブも浮き彫りにし、現生人類のユーラシア起源ではなくアフリカ起源の立場を補強します。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
古生物学:モロッコのホミニンの化石が現代人の出現を解明する
モロッコのカサブランカで発見されたホミニン(hominin)の化石は、約77万3,000年前にさかのぼると推定され、現代人の近縁種である可能性がある。これらの遺骸は、古い特徴と現代的な特徴が混在しており、アフリカとユーラシアの人類系統が分岐し始めた時期に近い位置づけを示唆している。Nature にオープンアクセスで掲載されるこの発見は、最古のホモ・サピエンス(Homo sapiens)以前に存在したアフリカ人集団に関する知見を提供し、人類のアフリカ起源説を裏づける証拠となる。
現代人、ネアンデルタール人、およびデニソワ人の最後の共通祖先は、約76万5,000~55万年前に生息したと考えられている。しかし、これらの祖先が最初にどこで出現したかについては議論があった。スペインのホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)などの過去の発見は、ヨーロッパにおける祖先の可能性を示唆していたが、同年代の正確な年代測定がされたアフリカの化石は稀であり、アフリカの記録には空白が残されていた。
Jean-Jacques Hublinら(マックス・プランク進化人類学研究所〔ドイツ〕)は、モロッコのトマ1採石場Iにある「人類洞窟」(“Grotte à Hominidés” at Thomas Quarry I)から出土した化石を分析した。これには、2つの部分的な下顎骨、多数の歯、および脊椎が含まれる。周囲の堆積物の分析から、化石は約77万3,000年前の地球磁場の大転換期に近い時代に由来することが判明し、ホモ・アンテセッサーと同年代であることが示された。しかし、新たな化石は形態学的にホモ・アンテセッサーとは異なる。これは、ヨーロッパと北アフリカの間で地域的な分化が、前期更新世後半(late Early Pleistocene;約180万年前から78万年前)にはすでに生じていたことを示唆している。モロッコの化石は、ホモ・エレクトス(Homo erectus)などの種に見られる古風な特徴と、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人に見られるより現代的な特徴をあわせ持つ。たとえば、臼歯のサイズパターンは初期のホモ・サピエンスやネアンデルタール人に似ている一方、下顎骨の形状はホモ・エレクトスやほかのアフリカの古人類に近い。
著者らは、モロッコの化石が現代人、ネアンデルタール人、およびデニソワ人の最終共通祖先ではないかもしれないものの、近い祖先である可能性があると指摘している。この発見は、ホモ・サピエンスの祖先がユーラシアではなくアフリカに由来することを支持するものであると著者らは結論づけている。
進化学:ホモ・サピエンス系統の基部に位置付けられるモロッコの初期ヒト族
進化学:現生人類の起源がアフリカにあることを示す新たな化石証拠
今回、モロッコ・カサブランカ近郊のトーマス採石場で発見された、年代が約77万年前と推定されるヒト族化石が報告されている。一連の化石は、以前ジェベル・イルード遺跡で発見された最古のホモ・サピエンス(Homo sapiens)個体よりも年代の古いアフリカの集団について知見をもたらすとともに、現生人類の祖先に当たるアフリカの系統の存在を示す強力な証拠を提示している。これらの化石はまた、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先に関して手掛かりをもたらす。
参考文献:
Hublin JJ. et al.(2026): Early hominins from Morocco basal to the Homo sapiens lineage. Nature, 649, 8098, 902–908.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09914-y
[1]Meyer M. et al.(2016): Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature, 531, 7595, 504–507.
https://doi.org/10.1038/nature17405
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[4]Hublin JJ. et al.(2017): New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens. Nature, 546, 7657, 289–292.
https://doi.org/10.1038/nature22336
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[7]Bermúdez de Castro JM, and Martinón-Torres M.(2022): The origin of the Homo sapiens lineage: When and where? Quaternary International, 634, 1–13.
https://doi.org/10.1016/j.quaint.2022.08.001
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[36]Vialet A, Modesto-Mata M, Martinón-Torres M, Martínez de Pinillos M, Bermúdez de Castro J-M (2018) A reassessment of the Montmaurin-La Niche mandible (Haute Garonne, France) in the context of European Pleistocene human evolution. PLoS ONE 13(1): e0189714.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0189714
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[51]Gómez-Robles A.(2019): Dental evolutionary rates and its implications for the Neanderthal–modern human divergence. Science Advances, 5, 5, eaaw1268.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw1268
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[52]Feng X. et al.(2025): The phylogenetic position of the Yunxian cranium elucidates the origin of Homo longi and the Denisovans. Science, 389, 6767, 1320–1324.
https://doi.org/10.1126/science.ado9202
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