雲南古代人のゲノム研究の解説
中華人民共和国雲南省で発見された古代人のゲノム研究の解説(Stoneking., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。本論文は。雲南省で発見された古代人のゲノム研究[13]を解説しています。その研究[13]は注目すべき見解を三つ提示しており、近年でも有数の注目すべき古代ゲノム研究と考えており、本論文の解説はその理解を深め、今後の展望を示している点で、たいへん有益と思います。
雲南古代人のゲノム研究[13]で第一に注目されるのは、雲南省中央部の玉渓(Yuxi)市の通海(Tonghai)県に位置する興義(Xingyi)村で発見された7100年前頃の女性1個体が、これまで特定されていなかった、深く分岐した基底部アジア祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を表していることです。この興義祖先系統は、現代チベット人で低いながら一定以上の割合を占める、これまで特定されていなかった祖先系統と密接に関連している、と示されました。
第二に、広西チワン族自治区(以下、広西)の隆林洞窟(Longlin Cave)で発見された10686~10439年前頃の個体のゲノム解析で新たに明らかになった広西祖先系統[7]が、興義祖先系統と関連する祖先系統と、アジア東部南方沿岸の末期更新世~初期新石器時代の個体で表される祖先系統[8]と関連する祖先系統の混合と示されたことです[13]。日本列島の「縄文時代」個体によって表される祖先系統と広西祖先系統は、ユーラシア東部現代人の主要な祖先系統と同じ頃に分岐した、と推定されていましたが[7]、縄文関連祖先系統も、異なる複数の祖先系統の混合によって形成されたことが、先行研究[6]や国立科学博物館特別展「古代DNA ―日本人のきた道―」で示唆されています(関連記事)。
第三に、雲南中央部で発見された5500~1500年前頃の個体群が、興義祖先系統を示さないものの、以前に特徴づけられていたアジア東部の北方および南方の祖先系統とは異なるアジア東部祖先系統を有しており(雲南中央部祖先系統)、この雲南中央部祖先系統が現在のオーストロアジア語族話者全体に存在することです。そのため、5500~1500年前頃の個体群はオーストロアジア語族祖語話者だった可能性が高い、と推測されています。オーストロアジア語族話者の遺伝的起源の解明でも、たいへん注目される知見です。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)です。時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。本論文で取り上げられる興義村と隆林洞窟以外の主要な遺跡は、北京の南西56kmにある田園洞(Tianyuan Cave)です。
●解説
過去15年間、古代DNAゲノムの解析は、ヒトの進化と人口史に最も重要で新しい知見を提供してきており、それには、ネアンデルタール人が非アフリカ人全員の祖先系統の1~2%に寄与した[1]、との認識や、人類の新たな集団となる種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の特定[2]、青銅器時代におけるヨーロッパ人への草原地帯関連祖先系統の以前には思いもよらなかった寄与[3、4]、アジア東部における人口集団の複雑な遺伝的歴史の認識[5~9]などが含まれます。最後については、古代DNA研究が、4万年前頃までさかのぼるアジア東部人口集団の大きな構造を示唆する、異なる深く分岐した祖先系統を特定してきしました[5、7、9]。この構造は19000年前頃以降にほぼ消滅し、その後に異なるアジア東部の南北の祖先系統が出現し、それらは完新世のさまざまな時期に広がり、多様化しました[6~8]。この期間における多くの人口移動は、地域全体の農耕慣行の発展および拡大と関連しており、現在のアジア東部のゲノム景観は、おもにアジア東部の北方対南方の祖先系統のさまざまな寄与を反映しています。
しかし、この一般的パターンにはいくつかの重要な例外があります。チベット高原の人口集団はおもにアジア東部北方祖先系統を有していますが、起源が不明な、異なる深く分岐した「亡霊(ゴースト)」祖先系統も有しています。もう一つの謎は、オーストロアジア語族の起源と拡大に関するものです。オーストロアジア語族はアジア東部および南東部に分布する5語族(オーストロアジア語族、オーストロネシア語族、シナ・チベット語族、ミャオ・ヤオ語族、タイ・カダイ語族)のうち最古と考えられており、アジア南部で一部のオーストロネシア語族言語が話されている点でも、アジア東部の語族において独特です。オーストロネシア語族の広がりは一般的に稲作農耕の拡大と関連づけられてきましたが、オーストロネシア語族は、起源がどこなのか、アジア東部からアジア南部に広がったのか、或いはその逆だったのか、どのようにアジア東部および南東部に広がったのかについて、さまざまな仮説が提唱されてきましたが、まだ合意には至っていません。
雲南の古代DNAを分析した最近の論文[13]はこれらの謎に光を当て、アジア東部人口集団の遺伝的歴史に新たな知見を提供しました(本論文の著者はその論文の共著者です)。中国の雲南省はチベット高原と中国南部とアジア南東部に隣接し、中国の他地域よりも民族および言語学的多様性が高く、4万年以上前にわたるヒトの居住の記録があります。したがって、雲南省は、これらの地域と関わる先史時代の移動と関係を理解する上で、重要な地域である可能性が高そうですが、これまで古代ゲノムは雲南のわずかな標本からしか得られていませんでした。これは間違いなく、雲南の相対的に高温湿潤な環境のため、骨格遺骸の古代DNAの保存状態が悪いからです。しかし、古代DNAが骨格の他の部分より保存状態良好な錐体骨に焦点を当てるなど、古代DNA技術の最近の進歩と、配列決定ライブラリにおいて古代DNAを増加させる捕獲濃縮を用いて、王天屹(Tianyi Wang)氏とその同僚は127個体の分析で充分な真正の古代ゲノムDNAを得ることができました[13]。これらの個体の年代範囲は7100年前頃から現代までで、地理的には雲南の東部と中央部と西部にまたがっています。ゲノムデータの分析は、一般にアジア東部のこの重要な地域の遺伝的歴史の解明に役立ちます。
1個体のゲノムは、とくに有益な情報をもたらす、と分かりました。この個体は、雲南省中央部の興義考古学的遺跡で発見され、年代が前期新石器時代(EN)だったため興義_ENと命名された女性で、7100年前頃と直接的に放射性炭素年代測定されました。これはその研究[13]で最古級の個体にして、前期新石器時代の唯一の個体であり、古代DNA研究の偶然性をよく明らかにしています。驚くべきことに、興義_ENは新たな祖先系統を有しており、この祖先系統は、完新世から現在までのアジア東部のほとんどを特徴づける、広く見られるアジア東部の北方もしくは南方の祖先系統と関連していません。
このように、興義_ENの祖先系統は、中国北部の4万年前頃の田園個体[9]やラオスの8000年前頃となるホアビニアン狩猟採集民個体[14]で以前に見つかった祖先系統など、他の深く分岐したアジア東部祖先系統のようです。しかし、興義_ENの祖先系統は田園個体もしくはホアビニアン個体の祖先系統とも関連しておらず、これが意味するのは、アジア東部および南東部には、4万年以上前に分岐したものの、少なくとも7100年前頃まで存続していた、深く分岐した関連してない(少なくとも)3祖先系統が存在していたことです。しかし、興義_EN祖先系統はアジア東部の他地域で見られることが判明し、広西の隆林洞窟の11000年前頃の個体には低頻度で存在しているものの、広西のその後の個体群では消滅しており、より興味深いことに、チベット高原の個体群で観察される「亡霊」祖先系統の供給源のようです(図1上部)。確かに、興義_EN祖先系統がチベット高原の「亡霊」祖先系統を完全に説明できるのかどうか、あるいは、この「亡霊」祖先系統にまだ標本抽出されていない供給源からの他の寄与があったのかどうか、1個体のみで見分けることはできません。それでも、この結果はアジア東部の先史時代における雲南とチベット高原との間の相互作用の重要性を浮き彫りにします。以下は本論文の図1です。
では、雲南の他の古代ゲノムはどうなのでしょうか?後期新石器時代から青銅器時代(5500~1500年前頃)の個体群に章分を当てた分析では、それらの個体が独特な3遺伝的クラスタ(まとまり)に収まり、ほぼ地理に対応している、つまり雲南の東部と中央部と西部である、と分かりました。雲南中央部では、興義遺跡の後期新石器時代標本が、アジア東部現代人を特徴づける、広く見られるアジア東部北方および南方祖先系統とは異なり、等しく関連している、別の祖先系統を示します。しかし、この興義_LN祖先系統は興義_EN祖先系統のような深く分岐した祖先系統ではなく、それは、興義_LNが興義_EN(もしくは、田園個体やホアビニアン個体など他の深く分岐した系統)とよりも、アジア東部の南北の祖先系統の方と明らかに密接に関連しているからです。さらに、興義_LN祖先系統は雲南中央部において青銅器時代を通じて存続しており、これは興義_LN祖先系統が何千年も存続したものの、依然としてアジア東部の南北の祖先系統とは異なっている、という事実で、この新たな祖先系統は、雲南中央部祖先系統と命名されました[13]。
では、この新たな雲南中央部祖先系統はどこで発生したのでしょうか?雲南東部の青銅器時代標本は、雲南中央部およびアジア東部南方の両方の祖先系統を有しています。同様に、雲南西部の青銅器時代標本は、雲南中央部およびアジア東部北方の両方の祖先系統を有しています(故に、雲南西部青銅器時代集団は、チベット高原で見られる「亡霊」祖先系統を説明する興義_EN祖先系統が欠けている点で、チベット高原集団とは異なります)。しかし、最も興味深いのは、雲南中央部祖先系統が、アジア南東部本土において現代のオーストロアジア語族話者人口集団と関連している、ベトナムとラオスの古代の標本(4000~2000年前頃)でも見られることです。さらに、雲南中央部祖先系統は、アジア南東部本土全域の多くの現代のオーストロアジア語族話者人口集団や、インドの一部のオーストロアジア語族話者人口集団でさえ見られます。これらの結果は、雲南中央部祖先系統はオーストロアジア語族祖先系統の主要な構成要素であることを強く示唆しており、雲南中央部祖先系統がこれまでのオーストロアジア語族関連祖先系統の最古級の出現(5500年前頃)を表している事実から、雲南はオーストロアジア語族の拡大の供給源の候補地域である可能性が高そうです(図1底部)。したがって、オーストロアジア語族はおそらく東方から西方へと、つまりアジア南東部本土および/もしくは中国南部からインドへと広がり、さらに紅河流域中国南部とアジア南東部本土との間のオーストロアジア語族祖語話者人口集団の拡大にとって重要な回廊だった可能性が高そうです。
要するに、雲南は過去7000年間にわたって遺伝的祖先系統の驚くべき多様性を示しており、それは、少なくとも部分的にチベット高原の「亡霊」祖先系統を説明する、新たな深く分岐した興義_EN祖先系統、少なくとも5500年前頃にさかのぼり、オーストロアジア語族話者人口集団と関連している新たな雲南中央部祖先系統、雲南西部の古代の標本で最も優勢な広く見られるアジア東部北方祖先系統、雲南東部の古代の標本で最も優勢な広く見られるアジア東部南方祖先系統です。祖先系統と人口移動のこの複雑さは、おそらく驚くべきことではなく、それは、古代人と現代人のゲノム規模の差異の研究から我々が学んできたことが一つあるならば、ヒトが単一の場所に行き、そこに留まることはないからです。むしろ、人類は移住して、他の人口集団と相互作用し、これは先史時代を通じてヒトを特徴づけています[15]。王天屹氏と同僚による研究の結果は、この特徴のさらなる証拠を提供するだけではなく、チベット高原の「亡霊」祖先系統やオーストロアジア語族話者人口集団の起源の特定など、過去の謎間解明の古代DNA研究の力を的確に証明しています。それでも、アジア東部の先史時代について学ぶべきことはずっと多く(興義_ENなど他の新たな深く分岐した祖先系統の存在の可能性、チベット高原の「亡霊」祖先系統への他の寄与の可能性、この地域における他の語族、つまりシナ・チベット語族やタイ・カダイ語族やミャオ・ヤオ語族の起源と移住史を含みます)、アジア東部のこの地域および他の研究の不充分な地域の古代DNAのさらなる研究の結果が期待されます。
参考文献:
Stoneking M.(2025): New insights into the population history of East Asia from ancient genomes from Yunnan. Science Bulletin, 70, 23, 3919-3921.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2025.06.037
[1]Green RE. et al.(2010): A Draft Sequence of the Neandertal Genome. Science, 328, 5979, 710-722.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
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[2]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
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[3]Allentoft ME. et al.(2015): Population genomics of Bronze Age Eurasia. Nature, 522, 7555, 167–172.
https://doi.org/10.1038/nature14507
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[4]Haak W. et al.(2015): Massive migration from the steppe was a source for Indo-European languages in Europe. Nature, 522, 7555, 207–211.
https://doi.org/10.1038/nature14317
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[5]Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040
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[6]Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
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[7]Wang T. et al.(2021): Human population history at the crossroads of East and Southeast Asia since 11,000 years ago. Cell, 184, 14, 3829–3841.E21.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.05.018
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[8]Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science, 369, 6501, 282–288.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909
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[9]Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
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[10]Liu CC. et al.(2022): Ancient genomes from the Himalayas illuminate the genetic history of Tibetans and their Tibeto-Burman speaking neighbors. Nature Communications, 13, 1203.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-28827-2
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[11]Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
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[13]Wang T. et al.(2025): Prehistoric genomes from Yunnan reveal ancestry related to Tibetans and Austroasiatic speakers. Science, 388, 6750, eadq9792.
https://doi.org/10.1126/science.adq9792
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[14]McColl H. et al.(2018): The prehistoric peopling of Southeast Asia. Science, 361, 6397, 88–92.
https://doi.org/10.1126/science.aat3628
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[15]Stoneking M. et al.(2023): Genomic perspectives on human dispersals during the Holocene. PNAS, 120, 4, e2209475119.
https://doi.org/10.1073/pnas.2209475119
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雲南古代人のゲノム研究[13]で第一に注目されるのは、雲南省中央部の玉渓(Yuxi)市の通海(Tonghai)県に位置する興義(Xingyi)村で発見された7100年前頃の女性1個体が、これまで特定されていなかった、深く分岐した基底部アジア祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を表していることです。この興義祖先系統は、現代チベット人で低いながら一定以上の割合を占める、これまで特定されていなかった祖先系統と密接に関連している、と示されました。
第二に、広西チワン族自治区(以下、広西)の隆林洞窟(Longlin Cave)で発見された10686~10439年前頃の個体のゲノム解析で新たに明らかになった広西祖先系統[7]が、興義祖先系統と関連する祖先系統と、アジア東部南方沿岸の末期更新世~初期新石器時代の個体で表される祖先系統[8]と関連する祖先系統の混合と示されたことです[13]。日本列島の「縄文時代」個体によって表される祖先系統と広西祖先系統は、ユーラシア東部現代人の主要な祖先系統と同じ頃に分岐した、と推定されていましたが[7]、縄文関連祖先系統も、異なる複数の祖先系統の混合によって形成されたことが、先行研究[6]や国立科学博物館特別展「古代DNA ―日本人のきた道―」で示唆されています(関連記事)。
第三に、雲南中央部で発見された5500~1500年前頃の個体群が、興義祖先系統を示さないものの、以前に特徴づけられていたアジア東部の北方および南方の祖先系統とは異なるアジア東部祖先系統を有しており(雲南中央部祖先系統)、この雲南中央部祖先系統が現在のオーストロアジア語族話者全体に存在することです。そのため、5500~1500年前頃の個体群はオーストロアジア語族祖語話者だった可能性が高い、と推測されています。オーストロアジア語族話者の遺伝的起源の解明でも、たいへん注目される知見です。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)です。時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、ホアビニアン(Hòabìnhian、ホアビン文化)です。本論文で取り上げられる興義村と隆林洞窟以外の主要な遺跡は、北京の南西56kmにある田園洞(Tianyuan Cave)です。
●解説
過去15年間、古代DNAゲノムの解析は、ヒトの進化と人口史に最も重要で新しい知見を提供してきており、それには、ネアンデルタール人が非アフリカ人全員の祖先系統の1~2%に寄与した[1]、との認識や、人類の新たな集団となる種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の特定[2]、青銅器時代におけるヨーロッパ人への草原地帯関連祖先系統の以前には思いもよらなかった寄与[3、4]、アジア東部における人口集団の複雑な遺伝的歴史の認識[5~9]などが含まれます。最後については、古代DNA研究が、4万年前頃までさかのぼるアジア東部人口集団の大きな構造を示唆する、異なる深く分岐した祖先系統を特定してきしました[5、7、9]。この構造は19000年前頃以降にほぼ消滅し、その後に異なるアジア東部の南北の祖先系統が出現し、それらは完新世のさまざまな時期に広がり、多様化しました[6~8]。この期間における多くの人口移動は、地域全体の農耕慣行の発展および拡大と関連しており、現在のアジア東部のゲノム景観は、おもにアジア東部の北方対南方の祖先系統のさまざまな寄与を反映しています。
しかし、この一般的パターンにはいくつかの重要な例外があります。チベット高原の人口集団はおもにアジア東部北方祖先系統を有していますが、起源が不明な、異なる深く分岐した「亡霊(ゴースト)」祖先系統も有しています。もう一つの謎は、オーストロアジア語族の起源と拡大に関するものです。オーストロアジア語族はアジア東部および南東部に分布する5語族(オーストロアジア語族、オーストロネシア語族、シナ・チベット語族、ミャオ・ヤオ語族、タイ・カダイ語族)のうち最古と考えられており、アジア南部で一部のオーストロネシア語族言語が話されている点でも、アジア東部の語族において独特です。オーストロネシア語族の広がりは一般的に稲作農耕の拡大と関連づけられてきましたが、オーストロネシア語族は、起源がどこなのか、アジア東部からアジア南部に広がったのか、或いはその逆だったのか、どのようにアジア東部および南東部に広がったのかについて、さまざまな仮説が提唱されてきましたが、まだ合意には至っていません。
雲南の古代DNAを分析した最近の論文[13]はこれらの謎に光を当て、アジア東部人口集団の遺伝的歴史に新たな知見を提供しました(本論文の著者はその論文の共著者です)。中国の雲南省はチベット高原と中国南部とアジア南東部に隣接し、中国の他地域よりも民族および言語学的多様性が高く、4万年以上前にわたるヒトの居住の記録があります。したがって、雲南省は、これらの地域と関わる先史時代の移動と関係を理解する上で、重要な地域である可能性が高そうですが、これまで古代ゲノムは雲南のわずかな標本からしか得られていませんでした。これは間違いなく、雲南の相対的に高温湿潤な環境のため、骨格遺骸の古代DNAの保存状態が悪いからです。しかし、古代DNAが骨格の他の部分より保存状態良好な錐体骨に焦点を当てるなど、古代DNA技術の最近の進歩と、配列決定ライブラリにおいて古代DNAを増加させる捕獲濃縮を用いて、王天屹(Tianyi Wang)氏とその同僚は127個体の分析で充分な真正の古代ゲノムDNAを得ることができました[13]。これらの個体の年代範囲は7100年前頃から現代までで、地理的には雲南の東部と中央部と西部にまたがっています。ゲノムデータの分析は、一般にアジア東部のこの重要な地域の遺伝的歴史の解明に役立ちます。
1個体のゲノムは、とくに有益な情報をもたらす、と分かりました。この個体は、雲南省中央部の興義考古学的遺跡で発見され、年代が前期新石器時代(EN)だったため興義_ENと命名された女性で、7100年前頃と直接的に放射性炭素年代測定されました。これはその研究[13]で最古級の個体にして、前期新石器時代の唯一の個体であり、古代DNA研究の偶然性をよく明らかにしています。驚くべきことに、興義_ENは新たな祖先系統を有しており、この祖先系統は、完新世から現在までのアジア東部のほとんどを特徴づける、広く見られるアジア東部の北方もしくは南方の祖先系統と関連していません。
このように、興義_ENの祖先系統は、中国北部の4万年前頃の田園個体[9]やラオスの8000年前頃となるホアビニアン狩猟採集民個体[14]で以前に見つかった祖先系統など、他の深く分岐したアジア東部祖先系統のようです。しかし、興義_ENの祖先系統は田園個体もしくはホアビニアン個体の祖先系統とも関連しておらず、これが意味するのは、アジア東部および南東部には、4万年以上前に分岐したものの、少なくとも7100年前頃まで存続していた、深く分岐した関連してない(少なくとも)3祖先系統が存在していたことです。しかし、興義_EN祖先系統はアジア東部の他地域で見られることが判明し、広西の隆林洞窟の11000年前頃の個体には低頻度で存在しているものの、広西のその後の個体群では消滅しており、より興味深いことに、チベット高原の個体群で観察される「亡霊」祖先系統の供給源のようです(図1上部)。確かに、興義_EN祖先系統がチベット高原の「亡霊」祖先系統を完全に説明できるのかどうか、あるいは、この「亡霊」祖先系統にまだ標本抽出されていない供給源からの他の寄与があったのかどうか、1個体のみで見分けることはできません。それでも、この結果はアジア東部の先史時代における雲南とチベット高原との間の相互作用の重要性を浮き彫りにします。以下は本論文の図1です。
では、雲南の他の古代ゲノムはどうなのでしょうか?後期新石器時代から青銅器時代(5500~1500年前頃)の個体群に章分を当てた分析では、それらの個体が独特な3遺伝的クラスタ(まとまり)に収まり、ほぼ地理に対応している、つまり雲南の東部と中央部と西部である、と分かりました。雲南中央部では、興義遺跡の後期新石器時代標本が、アジア東部現代人を特徴づける、広く見られるアジア東部北方および南方祖先系統とは異なり、等しく関連している、別の祖先系統を示します。しかし、この興義_LN祖先系統は興義_EN祖先系統のような深く分岐した祖先系統ではなく、それは、興義_LNが興義_EN(もしくは、田園個体やホアビニアン個体など他の深く分岐した系統)とよりも、アジア東部の南北の祖先系統の方と明らかに密接に関連しているからです。さらに、興義_LN祖先系統は雲南中央部において青銅器時代を通じて存続しており、これは興義_LN祖先系統が何千年も存続したものの、依然としてアジア東部の南北の祖先系統とは異なっている、という事実で、この新たな祖先系統は、雲南中央部祖先系統と命名されました[13]。
では、この新たな雲南中央部祖先系統はどこで発生したのでしょうか?雲南東部の青銅器時代標本は、雲南中央部およびアジア東部南方の両方の祖先系統を有しています。同様に、雲南西部の青銅器時代標本は、雲南中央部およびアジア東部北方の両方の祖先系統を有しています(故に、雲南西部青銅器時代集団は、チベット高原で見られる「亡霊」祖先系統を説明する興義_EN祖先系統が欠けている点で、チベット高原集団とは異なります)。しかし、最も興味深いのは、雲南中央部祖先系統が、アジア南東部本土において現代のオーストロアジア語族話者人口集団と関連している、ベトナムとラオスの古代の標本(4000~2000年前頃)でも見られることです。さらに、雲南中央部祖先系統は、アジア南東部本土全域の多くの現代のオーストロアジア語族話者人口集団や、インドの一部のオーストロアジア語族話者人口集団でさえ見られます。これらの結果は、雲南中央部祖先系統はオーストロアジア語族祖先系統の主要な構成要素であることを強く示唆しており、雲南中央部祖先系統がこれまでのオーストロアジア語族関連祖先系統の最古級の出現(5500年前頃)を表している事実から、雲南はオーストロアジア語族の拡大の供給源の候補地域である可能性が高そうです(図1底部)。したがって、オーストロアジア語族はおそらく東方から西方へと、つまりアジア南東部本土および/もしくは中国南部からインドへと広がり、さらに紅河流域中国南部とアジア南東部本土との間のオーストロアジア語族祖語話者人口集団の拡大にとって重要な回廊だった可能性が高そうです。
要するに、雲南は過去7000年間にわたって遺伝的祖先系統の驚くべき多様性を示しており、それは、少なくとも部分的にチベット高原の「亡霊」祖先系統を説明する、新たな深く分岐した興義_EN祖先系統、少なくとも5500年前頃にさかのぼり、オーストロアジア語族話者人口集団と関連している新たな雲南中央部祖先系統、雲南西部の古代の標本で最も優勢な広く見られるアジア東部北方祖先系統、雲南東部の古代の標本で最も優勢な広く見られるアジア東部南方祖先系統です。祖先系統と人口移動のこの複雑さは、おそらく驚くべきことではなく、それは、古代人と現代人のゲノム規模の差異の研究から我々が学んできたことが一つあるならば、ヒトが単一の場所に行き、そこに留まることはないからです。むしろ、人類は移住して、他の人口集団と相互作用し、これは先史時代を通じてヒトを特徴づけています[15]。王天屹氏と同僚による研究の結果は、この特徴のさらなる証拠を提供するだけではなく、チベット高原の「亡霊」祖先系統やオーストロアジア語族話者人口集団の起源の特定など、過去の謎間解明の古代DNA研究の力を的確に証明しています。それでも、アジア東部の先史時代について学ぶべきことはずっと多く(興義_ENなど他の新たな深く分岐した祖先系統の存在の可能性、チベット高原の「亡霊」祖先系統への他の寄与の可能性、この地域における他の語族、つまりシナ・チベット語族やタイ・カダイ語族やミャオ・ヤオ語族の起源と移住史を含みます)、アジア東部のこの地域および他の研究の不充分な地域の古代DNAのさらなる研究の結果が期待されます。
参考文献:
Stoneking M.(2025): New insights into the population history of East Asia from ancient genomes from Yunnan. Science Bulletin, 70, 23, 3919-3921.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2025.06.037
[1]Green RE. et al.(2010): A Draft Sequence of the Neandertal Genome. Science, 328, 5979, 710-722.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
関連記事
[2]Reich D. et al.(2010): Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia. Nature, 468, 7327, 1053-1060.
https://doi.org/10.1038/nature09710
関連記事
[3]Allentoft ME. et al.(2015): Population genomics of Bronze Age Eurasia. Nature, 522, 7555, 167–172.
https://doi.org/10.1038/nature14507
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