ヨーロッパ北西部における40万年前頃の意図的な火熾し

 ヨーロッパ北西部における40万年以上前かもしれない意図的な火熾しの証拠を報告した研究(Davis et al., 2026)が報道されました。火熾しは人類に固有の新機軸で、道具の製作や象徴文化や社会的意思疎通といった他の複雑な行動とは一線を画しています。制御された火の使用は適応の機会をもたらし、これが人類の進化に重大な影響を与えました。その利点としては、暖かさ、捕食者からの防御、調理、社会的相互作用の中心となる照明された空間の創出が挙げられます。

 火の使用は100万年にわたって発達し、山火事の機会的な利用など自然の火の採取から火の維持に始まり、最終的には火熾しへと発展しました。しかし、自然の燃焼と人為的な燃焼の識別が困難なため、火の使用がいつ、どのように進化したかを明らかにすることは容易ではありません。地球化学的な方法によって、加熱された堆積物の解釈は進歩しているものの、意図的な火熾しを示す決定的な初期の証拠はこれまで得られておらず、その最古級の確実な証拠は、フランスの5万年前頃となるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の遺跡で得られていました。

 本論文は、イギリスのバーナム(Barnham)の中期更新世となる40万年以上前の埋没地表面における火熾しの証拠を示します。この場所では、加熱された堆積物と火で割れた燧石製の握斧が、2点の黄鉄鉱片とともに発見されました。黄鉄鉱は、後の時代に燧石と打ち合わせて火花を生じさせるのに用いられた鉱物です。地質学的調査から黄鉄鉱はこの地域ではほとんど産出しないことが示されており、これは、黄鉄鉱片が火熾しのために意図的にこの場所に持ち込まれたことを示唆しています。

 この技術的能力の出現は、必要に応じて食物(とくに肉類)を調理する能力などの重要な社会的および適応的利益をもたらし、これによって消化性とエネルギーの利用可能性が高まりました。これは、ヒト族の脳の発達にきわめて重要であった可能性があります。火の使用については、40万年前頃以降、考古学的に明確に可視化されるようになって、ホモ属集団間の相互作用が活発化した、と示唆されており(関連記事)、バーナムで40万年前頃に意図的に火熾しを行なっていた人類がどの系統か断定できませんが、ともかく、40万年前頃までには現生人類(Homo sapiens)につながる系統やネアンデルタール人系統など複数のホモ属系統において意図的な火熾しが行なわれていた可能性は高そうです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


考古学:意図的な火起こしの初期の証拠

 英国における人類による意図的な火の使用は、40万年以上前にさかのぼるかもしれない証拠を報告する論文が、今週のNature に掲載される。イングランド東部にある廃坑となった粘土採掘場で発見された焼けた堆積物、熱で割れた火打石の斧、そして火打ち石として火花を起こすために用いられた黄鉄鉱(pyrite)の破片は、この場所の人類が火を作り出し、維持できたことを示唆している。この発見は、意図的な火の使用を示す従来の証拠より約35万年も古く、人間の行動様式の変化を示している。この変化が脳の大きさと認知能力の向上に寄与した可能性がある。

 火を起こし維持する能力は、人類の進化における重要な節目である。火は暖を提供し、捕食者から身を守り、調理を可能にした。これにより、摂取可能な食物の範囲が広がった。人類居住跡における火の使用痕は、100万年以上前に遡るが、火を起こす技術を習得した時期の特定は困難である。祖先が意図的な火起こしを習得する前、自然発生した山火事を機会的に利用した可能性が高い。

 初期の火起こしの証拠としては、5万年前のフランスにあるネアンデルタール人(Neanderthal)の遺跡で、黄鉄鉱を叩いて火花を発生させるのに使われたと思われる手斧が発見されている。Nick Ashtonら(大英博物館〔英国〕)による新たな証拠は、火起こしが40万年以上前の英国サフォーク州バーナム(Barnham、Suffolk)でも行われていた可能性を示唆している。著者らは、は約41万5,000年前の古代土壌から加熱された堆積物と、火で割れた火打石の手斧を特定した。これらの特徴は、人間の集落で火が制御されていたことを示すが、火起こしが意図的だったことを示唆するのは第三の発見である。現場では、黄鉄鉱の破片が2つ発見された。しかし、この鉱物は当該地域では稀なため、著者らは黄鉄鉱が火起こしのために意図的に現場に持ち込まれたと提案している。

 これらの発見は、40万年以上前にバーナム遺跡に居住した人類の複雑な行動を示している。たとえば、これらの人間は、黄鉄鉱の特性を理解し、火起こし道具の一部として使用していた可能性があると著者らは示唆する。この技能の発達は、多くの利点をもたらした。たとえば、食物を調理する能力(人間の脳の進化にとって重要だった可能性がある)や、柄付き工具用の接着剤製造といった技術の発展を促進した可能性があり、これらは人間の行動における顕著な進歩に寄与したかもしれない。


考古学:火おこしの最古の証拠

考古学:40万年前の火おこしの証拠

 今回、英国サフォーク州の40万年前の旧石器時代の遺跡で、加熱された堆積物と熱で割れた石器が、この地では珍しい黄鉄鉱(後の時代に火花を生じさせるために使われた鉱物)と共に発見された。これは、意図的な火おこしを示す最古の証拠である。



参考文献:
Davis R. et al.(2026): Earliest evidence of making fire. Nature, 649, 8097, 631–637.
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09855-6

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