柴田穂『謎の北朝鮮 地上の楽園か、この世の苦界か』16刷

 カッパ・ビジネスの一冊として、光文社より1989年5月に刊行されました。初版1刷の刊行は1986年7月です。初版1刷の刊行時、著者は産経新聞論説委員長でした。当ブログを始める前に読んでおり、まだ当ブログで取り上げておらず、最近再読した本も今後当ブログに掲載していくことにしましたが、本書もその一環です。本書を読んだのは高校生の頃に起きた1989年11月のベルリンの壁崩壊の少し前だった、と記憶しています。本書は、建国から現在に至るまで日本との国交がない朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の歴史と現状(1980年代半ば)の報告です。以下、敬称は省略します。

 本書が示す北朝鮮の歴史と1980年代半ばの実情について、現在の研究水準では修正されるところもあるかもしれませんが、北朝鮮の外国向けの言説や、基本的にはそれに沿った当時の日本の「進歩派」の言説と比較すると、本書の方がはるかに妥当だったことはとても否定できないでしょう。これは、著者が文革期の中国報道など活躍した、優れた新聞記者だったことが大きいのでしょう。本書が描きだす北朝鮮の歴史と現状は、虚飾で塗り固められ、抑圧と差別が横行する惨憺たるものです。1980年代後半に本書がどう評価されていたのか分かりませんが、おそらく読売新聞でさえ、本書のような解説を肯定的に堂々と掲載することは難しかったのではないか、と思います。朝日新聞やNHKに代表される、当時は現在よりはるかに権威が高かった新聞やテレビ、さらには「論壇」の主流派では、尚更だったでしょう。そうした当時の主流派は本書を、相手にする必要もない出鱈目な内容として黙殺するか、陰でもしくは目立たない程度に「反動本」として腐していたのではないか、と思います。

 本書は、北朝鮮が当初から現在のような「金王朝」体制ではなく、金日成の絶対的な権威の確立には多くの粛清が伴っていたことを指摘します。金日成は、ソ連や中国(延安派)に近い幹部を粛清していき、ソ連や中国からの干渉も巧妙に退けていき、ついには北朝鮮独自の「主体思想」を確立します。本書刊行当時、初代最高指導者の金日成がまだ健在でしたが、その息子で2代目の最高指導者となる金正日がすでに後継者として明らかになっていました。当時も今も北朝鮮が情報を入手しにくい国であることに変わりはなく、金正日の漢字表記も、日本の報道では当初「金正一」とされていたこともあったそうです。本書は金正日が後継者に選ばれた経緯について、スターリン批判や林彪事件の影響を想定しています。息子ならば、自分の業績を否定したり、早急に最高権力を求めたりしないだろう、というわけです。金正日の人物像について本書は、気性が荒い、度量が広い、同情心がある、側近には傲慢、寡黙で学者肌、衝動的で慎重性が欠如しており軽率、情熱的で感情が昂りやすいなど、中には相反するような評価も紹介していますが、それだけ情報入手が難しいことや、人間の多面性を表しているのでしょう。金正日の息子で現在の最高指導者である金正恩については、1984年生まれと言われており、流石に1986年7月に初版1刷が刊行の本書では、その存在が把握されていません。本書は金日成賛美が金正日にも継承されることを確信していますが、それは歴史が証明した、と言えるでしょう。

 本書は、北朝鮮の政治体制が幹部のみならず国民にとっても苛酷であることを明らかにしています。政治思想犯を対象とした集団収容所などがあり、国民は相互監視の対象で、抑圧されていました。その監視基準は、小作人(雇農、作男)や貧農や資本家といった出自から、受けた教育や信仰までさまざまな基準で区分されていました。貧農などは、北朝鮮の体制にとって好ましい階層(核心階層)とされました。こうした「出身成分」による差別は、思春期だった私には強く印象に残りました。本書は1980年代半ばの北朝鮮の経済が停滞状況にあることも指摘しており、1人当たりの国民総生産は、1971年には北朝鮮と韓国でほぼ同じだったのに、1983年には韓国が北朝鮮の5倍になっています。本書は北朝鮮の経済停滞について、国際分業を無視した閉鎖的経済体制や、金日成の指示による特定部門への過剰投資や、軍備の過剰な負担を挙げています。現在では、北朝鮮と韓国の経済格差はさらに広がり、2023年の1人当たりの国内総生産では、韓国は北朝鮮の約55倍と推定されているようです。

 本書はラングーン爆破テロ事件など北朝鮮の対外工作も取り上げており、北朝鮮の工作員が日本を迂回して警戒の厳しい韓国に潜入していることも指摘しています。本書では北朝鮮による日本人拉致問題には言及されておらず、1980年代にはすでに疑惑が提唱されていましたが、まだ著者が確信できるほどの証拠を得ていなかったのかもしれません。日本社会における「左翼(進歩派)」の凋落で、確かに1989年のベルリンの壁崩壊などの「東欧革命」や1991年のソ連崩壊も大きかったものの、決定打になったのは、2002年9月に日朝首脳会談で北朝鮮が日本人拉致を認めたことのように思います。この首脳会談で、北朝鮮の最高指導者だった金正日が日本人拉致を認めるのに副官房長だった安倍晋三が大きな役割を果たした、と一部?で報道され、「保守論壇」の「寵児」となったことが、日本の一部?の「左翼」や「リベラル」が安倍晋三に強烈な憎悪を抱く契機になった、との指摘をインターネットで読んだことがありますが、それは妥当な認識かもしれません。安倍晋三は「進歩的で良心的な陣営」の「倫理的優越性」を大きく傷つけた、というわけです。当時、今は亡き「お上品ではない」左翼系雑誌『噂の真相』で、1980年代から日本人拉致問題を報道してきた産経新聞に対して、社内でも適当なガセネタと思われていたのに、まさかのまぐれ当たりで社内が燥いでいる、とみっともない負け惜しみが書かれていましたが、それは多分に当時の日本の「左翼」というか「進歩的で良心的な陣営」の本音だったかもしれません。

 私が北朝鮮による日本人拉致疑惑を知ったのは本書を読む前で、本書を読んで改めて、北朝鮮による日本人拉致は本当にあったのだろう、と思いましたが、1989年の時点では、北朝鮮による日本人拉致疑惑はまだ日本でもさほど知られていなかった、と記憶しています。もちろん、上述のように大手報道機関でも当時は大々的に取り上げられていなかった、と記憶していますが、2001年ともなると、日本では1989年の時点よりもずっと北朝鮮による日本人拉致疑惑が知られていたように思います。それでも、2002年8月までは、本気で北朝鮮による日本人拉致疑惑を日本の「右翼」の妄想と考えていた「進歩的で良心的な」日本人はそれなりにいたかもしれず、そうした人々の多くはとくに反省もせず、最近でも、シリアのアサド政権による悪行を否定したり、ロシアが2022年2月にウクライナに侵攻して始まった戦争で、北朝鮮がロシアに援軍を派兵した、といった報道を「米帝&ウクライナ・ナチスの虚偽の」政治的宣伝と主張したりしていたのでしょう。興味深いのは、そうした人々がロシアによるウクライナへの侵攻について、できるだけロシアを擁護するか、ウクライナや「西側」を腐す傾向にあるのに、北朝鮮のロシアへの援軍派兵を否定したことで、本心では流石にロシアによるウクライナ侵攻を肯定するのは難しく、日本(やアメリカ合衆国)とは関係が悪いため「正義の陣営」にいると考えている北朝鮮には「悪事」に関わって欲しくない、と考えているためなのかもしれません。ロシアの「軍事作戦」が「正義の行動」と考えていたならば、北朝鮮のロシアへの援軍派兵も最初の報道の時点で堂々と肯定していたことでしょう。

 20世紀後半の日本の「左翼」というか「進歩的で良心的な陣営」の中には、現在では「リベラル」に「鞍替え(偽装)」している人も多そうですが、当時も今も、自らが知的にも倫理的にも「大衆」に優越している、との態度が露骨に見える、と私のような「大衆」に思われており、それでいながら北朝鮮に関する言説など大外れと判明した主張は珍しくなく、それに関してまともに反省している人がほとんどいないように見えることに、現代日本社会における「リベラル」の低迷があるのでしょう。ただ、「リベラル」が低迷しているのはあくまでも「大衆」の支持とそれを反映する選挙結果で、それは「リベラル」が「権力」の側にいないことを意味しているわけではありませんし、そもそも「リベラル」という用語が現代日本社会においてあまりにも野放図に使われていることも大きな問題とは思います(関連記事)。もちろん、「右翼」陣営の主張が大間違いなことは珍しくないわけで、「左翼」や「リベラル」は現代日本社会に存在しなくてよい、とまでは主張しませんが、「大衆」に対する自らの知的および倫理的「優越」について、左翼はもっと懐疑的であるべきとは思います。

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