中原の殷代後期人類のゲノムデータ
中原の殷(商)代後期人類のゲノムデータを報告した研究(Tang et al., 2026)が公表されました。本論文は、河南省の殷代後期の遺跡で発見された人類遺骸のゲノムデータから、後期新石器時代の中原集団の直接的祖先としてモデル化できることと、社会的階層が遺伝的差異と関連していなかったことを示しています。なお、本論文の「中国」の指す範囲はよく分からず、現在の中華人民共和国の支配領域もしくはもっと狭くダイチン・グルン(大清帝国、清王朝)の18省かもしれませんが、この記事の以下の翻訳ではではとりあえず「中国」と表記します。また、当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します。
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、K(kilo years ago、千年前)、UDG(uracil-DNA-glycosylase、ウラシルDNAグリコシラーゼ)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、KIN(Kinship INference、親族関係の推測)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、ANA(Ancient Northeast Asian、アジア北東部古代人)、CHG(Caucasus Hunter-Gatherer、コーカサス狩猟採集民)です。
以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、EL(Eneolithic、金石併用時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、LBIA(Late Bronze Age to Iron Age、後期青銅器時代~鉄器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。
本論文で取り上げられる主要な人類集団と人物は、ヨルバ人(Yoruba)、オンゲ人(Onge)、アミ人(Ami)、周武王(King Wu of Zhou)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、仰韶(Yangshao)文化、龍山(Longshan)文化、二里頭(Erlitou)文化、ボタイ(Botai)文化、良渚(Liangzhu)文化です。本論文で取り上げられる主要な中国の遺跡は、河南省の滎陽(Xingyang)市西司馬(Xisima、略してXSM)遺跡と仰韶村(Yangshaocun)遺跡と瓦店(Wadian)遺跡と焦作市の聶村(Niecun)遺跡、山東省の余庄(Yuzhuang)遺跡です。本論文で取り上げられる中国以外の地域の主要な遺跡は、ロシア極東沿岸の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota)遺跡、トルクメニスタンのゴヌルテペ(Gonur Tepe)遺跡です。
●要約
古代DNAと考古学的研究から、中原は古代中国の文化的および遺伝的進化に重要な役割を果たした、と示唆されています。しかし、限られたゲノム規模データのため、青銅器時代の殷王朝(紀元前1600~紀元前1046年頃)のこの地域の人口史の理解は制約されてきました。本論文は、殷王朝後期の社会的階層化の明らかな埋葬の証拠を示す遺跡である、中原の西司馬墓地の11個体のゲノム規模データを提示します。遺伝学的分析から、西司馬遺跡の全個体は、後期新石器時代中原の直接的な混合していない子孫としてモデル化できる、と明らかになります。高級墓(南北方向)と低級墓(東西方向)に埋葬された個体間で体系的な遺伝的差異は見つからず、社会階級間の遺伝的均質性が示唆されます。これらの結果から、西司馬遺跡における社会的階層化は対応する遺伝的差異なしに生じていた、と論証され、この殷王朝の共同体では顕著な遺伝的分化から社会的階層が切り離されていたことを裏づけます。
●研究史
黄河中流域の中原は農耕文明の発祥地の一つで、中国の歴史と文化において常に中心的位置を占めてきました。現時点の古代DNA研究は、中期新石器時代の仰韶文化関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が、中原において新石器時代から現在まで優勢だった、との見解を裏づけています(Ning et al., 2020、Li et al., 2024、Fang et al., 2025、Ma et al., 2025)。中原関連系統はアジア東部の古代人および現代人の最も重要な遺伝的祖先で、それには黄河上流域やチベット高原や黄河下流域や中国南西部が含まれます(Tao et al., 2023、Wang et al., 2023、Du et al., 2024、Wang F et al., 2024、Xiong et al., 2024、Zhu et al., 2024、Sun et al., 2025、Shen et al., 2025)。
殷王朝は中国史の最初期の王朝で、考古学的証拠によって裏づけられています。殷は紀元前1600~紀元前1046年頃まで統治し、中国の青銅器時代を先導しました。殷王朝にさかのぼる数万点の甲骨文字は、最古の既知の中国の文字で、当時の生活や政治や宗教について伝えています。これまでに、中原の殷王朝のゲノム規模のSNPデータは、中国の河南省の焦作市の聶村遺跡の3000年前頃の2個体(Ning et al., 2020)に限られており、中原のこの期間の遺伝的混合および進化的歴史の理解を、妨げています。興味深いことに、人口構造が後期新石器時代中原(4000年前頃)で観察されてきており(Ning et al., 2020、Li et al., 2024、Fang et al., 2025)、余庄遺跡関連集団(黄河中流_余庄_龍山と分類表示されます)は中期新石器時代の仰韶文化関連集団(5K_黄河_MNと分類表示されます)の直接的子孫、瓦店遺跡関連集団(黄河_LNと分類表示されます)は80%の黄河_MNと20%のアジア東部南方関連祖先系統の混合、仰韶村遺跡関連集団(黄河_仰韶村_龍山と分類表示されます)は80%の黄河_MNと20%のANA関連祖先系統の混合でした。中原における後期新石器時代集団の遺伝的多様性は、この人口構造がその後の殷王朝集団で観察されるのかどうか、との問題も提起しました。
異なる埋葬慣行など、社会的階層化が殷王朝では明らかでした。西司馬墓地は、中原内の、中国の河南省の中央部の滎陽市のに位置します(図1a)。西司馬遺跡の年代は、殷王朝後期から西周王朝です(紀元前1300~紀元前771年頃)。文献記録によると、紀元前1046年頃、周の武王による殷の征服(克商)は、退廃した殷王朝の打倒と西周王朝の確立につながりました。西司馬墓地には2種類の墓地があり、つまりは東西方向と南北方向で、一般的にはそれぞれ低級墓と高級墓に相当します。考古学者は、これら2種類の墓が異なる二つの民族集団に属していた、と仮定しました。本論文は以前には、西司馬墓地において墓の種類と階級が遺伝学的に異なる集団に対応していたのかどうか、という年代は未解明でした。古代DNAは、遺伝的祖先についての情報を明らかにします。西司馬墓地の古代人標本の分析によって、西司馬墓地における階層の違いに体系的な遺伝的差異が伴うのかどうか、解明できます。以下は本論文の図1です。
この研究では、西司馬墓地から51人の遺骸が収集され、11点の標本で古代ゲノムデータの生成に成功し、そのうち6個体(XSM-M85-1、XSM-M86-1、XSM-M87、05XGS-M52、XSM-M49-1、05XGS-M20)は低級墓、5個体(XSM-M12-2、XSM-M17-2、XSM-M134-1、XSM-M114-1、XSM-M128-1)は高級墓に葬られていました。本論文の目的はは、高級墓と低級墓の被葬者が遺伝的に異なる集団に属していたかどうか、また、西司馬墓地における社会階層が密接な遺伝的親族関係に影響を受けていたのかどうか、西司馬墓地個体群の片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)と常染色体近縁性と集団遺伝学の分析によって決定することです。さらに、西司馬墓地個体群のゲノムと中原の以前に刊行された後期新石器時代および青銅器時代個体群(たとえば、Ning et al., 2020の黄河_LNや黄河_LBIA)のゲノム遺伝的関係が調べられ、遺伝的連続性もしくは置換が、中原の千年にわたって起きたのかどうか、評価されました。本論文は、中華文明の中心地における社会的階層と文化的帰属意識と遺伝的多様性の間の相互作用に、新たな知見を提供しました。
●西司馬墓地遺跡の古代ゲノム規模データ
51点の骨格遺骸からDNAが抽出され、UDG処理なしのライブラリが生成され、この研究の最初の段階では2点標本で充分なゲノム資料の取得に成功しました。さらに、124万ヶ所の祖先情報をもたらすSNPにおいて、ヒト内在性DNAを濃縮するために、23点の標本で溶液内濃縮実施要綱が適用されました。同じ個体に由来する標本からのゲノムデータは統合されました。最終的に、充分なゲノム資料のある標本11点が得られ、これら11点の標本には低い割合の現代人の汚染もあり、典型的な古代DNAの損傷パターン、つまり、5’末端の最初の部位におけるシトシンからチミンへの10%超の置換率と、3’末端末端の最初の部位におけるグアニンからアデニンへの10%超の置換率を示し、古代DNAの真正性が示唆されます。30超のマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)品質でヒト参照ゲノムにマッピングされた断片の平均長の範囲は、89.89~103.95塩基対でした。(マッピング品質得点が30超で、30塩基対超の)少なくとも1回の読み取りで網羅された124万パネルでのSNP部位の数の範囲は、28343~757949でした。124万パネルでの平均常染色体網羅率の範囲は、0.018~1.077倍でした。
●西司馬墓地の個体間の祖先系統に体系的な違いはありません
ソフトウェアREADとKINとlcMLkinを用いての常染色体データに基づいて遺伝的近縁性分析が実行され、新たに生成された西司馬墓地個体群におけるで2~3親等までの親族が特定されました。READおよびKINソフトウェアは、新たに生成された西司馬墓地標本内で2親等までの密接な親族関係を特定し、つまりは2親等の親族のXSM-M128-1とXSM-M86-1です。しかし、XSM-M128-1とXSM-M86-1との間の生物学的近縁性との推定は、利用可能な共通のSNP数が限られているため、信頼できないかもしれない、と疑われました。さらに、考古学的記録と放射性炭素年代測定の両方から、XSM-M128-1は他の個体より約1000年以上後生きていた、と示唆されます。新たに生成された西司馬個体のすべての組み合わせのうち、90%は1000ヶ所超のSNPを用いて計算され、76%は5000ヶ所超のSNPを用いて計算されました。READとKINとlcMLkinの性能は、1親等の親族関係の組み合わせ1000ヶ所のSNPでさえ正、2親等の親族では5000ヶ所のSNPでさえ確に分類でき、lcMLkinはREADとKINより高い成功率を示しました。まとめると、READとKINとlcMLkinによって推測された西司馬個体群での本論文の生物学的親族関係推定のほとんどは、相対的に信頼できました。
集団遺伝学的分析を実行するために、XSM-M128-1よりSNP数が少ないXSM-M86-1は除外されました。西司馬個体群の新たに生成されたゲノム規模データは、刊行されているアジア東部の古代および現在の個体群と共同分析されました。古代西司馬個体群における差異のゲノム規模パターンを調べるために、EIGENSOFTパッケージのsmartpcaプログラムを用いて、ゲノム規模データでPCAが実行され、36人口集団の古代人177個体が、アジア東部の60人口集団の現代人595個体の遺伝的差異に投影されました。PCA図では、すべての河南_西司馬個体はともにクラスタ化し(まとまり)、西司馬個体間の限定的な遺伝的差異が示唆されます。平均から6標準偏差以上となる遺伝的外れ値検出の標準的な基準を用いると、西司馬個体において遺伝的外れ値は見つかりませんでした。
次に、qpWaveを用いて、本論文で新たに報告された河南_西司馬の10個体が単一の供給源に由来することと一致するのかどうか、検証されました。qpWaveは「allsnps: YES」媒介変数で実行され、これは、とくに欠失データが多い場合に、用いられるSNP数を増加させ、分析精度を改善できます。qpWaveの結果は、媒介変数設定において「allsnps: YES」を用いる場合、人口集団の順序に敏感かもれないことに要注意で、それは、(1)異なる人口集団は使用できる場合とは異なる数の利用可能なSNP数があり、(2)計算に用いられるSNP数は最初の人口集団の利用可能なSNP部位の数に依存するからです。そこで、本論文のqpWave分析では、河南_西司馬の10個体について、最初の人口集団の順番が循環され、これら10通りのqpWaveモデル化が実行されました。外群として用いられた人口集団は以下の通りで、ムブティ人、オンゲ人、CHG、カザフスタン_EL_ボタイ、山東_EN、悪魔の門_N、黄河_MN、日本_縄文、福建_EN、アミ人、トルクメニスタン_ゴヌル_BA_1です。すべてのランク=0のqpWaveモデルで、0P値は0.01以上でした。これは、河南_西司馬個体群が単一供給源に由来するとモデル化できることを示唆しています。さらに、qpWave分析では、高級墓関連集団(高級墓の西司馬個体群のまとまり)と低級墓関連集団(低級墓の西司馬個体群のまとまり)は、外群と比較して遺伝的均質だったことも裏づけられました。換言すると、本論文の古代ゲノム研究は、西司馬個体群が同じ(もしくはひじょうに類似している)祖先供給源に由来した、との見解を裏づけます。
●西司馬集団は在来後期新石器時代古代人の直接的子孫でした
PCA図(図1b)では、すべての新たに生成された河南_西司馬個体は、先行研究(Ning et al., 2020)で以前に刊行された中原の、黄河_LNによって表される後期新石器時代集団と後期青銅器時代および鉄器時代の黄河_LBIA個体群の遺伝的差異内に収まった、と分かりました(図1b)。モデルに基づくクラスタ化分析のADMIXTUREを用いて、選択されたアジア東部の古代人347個体および現代人458個体の、アジア東部北方人で最大化されるクラスタ(黄色)とアジア東部南方人で最大化されるクラスタ(橙色)の2構成要素モデルが推測されました。さらに、西司馬個体群は黄河_LNおよび黄河_LBIAと類似田祖先系統パターンを示しました。外群f₃統計では、河南_西司馬集団は典型的な中原関連祖先系統を有する人口集団と、最も多くの遺伝的浮動を共有していた、と観察されました(図2a)。以下は本論文の図2です。
河南_西司馬と黄河_LN/黄河_LBIAとの間の遺伝的差異を調べるために、f₄(ヨルバ人、X;黄河_LN/黄河_LBIA、河南_西司馬)が実行されました(図2b)。その結果、ほとんどのf₄値は有意ではなかった、と分かり、ほとんどの参照人口集団と比較して、河南_西司馬は黄河_LN/黄河_LBIAとクレード(単系統群)を形成した、と示唆されます。対でのqpWave分析では、河南_西司馬集団は、基準外群一式と比較して、遺伝的に黄河_LN/黄河_LBIAと区別できませんでした(図2c)。次に、こらの対でのqpWaveモデル化の堅牢性が、それぞれ順番に、外群一式に黄河_LN/黄河_LBIAおよび河南_西司馬のどちらかとより近い、と本論文のf₄統計から特定された人口集団の追加によって、検証されます。基準外群一式に基づく充分に適合するモデルが却下される、と分かったならば、新たに追加された人口集団は対象人口集団の一つと追加の遺伝的類似性を有しているかもしれません。その結果、qpWaveモデル化は依然として充分に適合する、と分かり、河南_西司馬集団にとって1方向の黄河_LN/黄河_LBIAの堅牢性を示唆しています。qpAdm分析でも、2方向混合を用いると、河南_西司馬と黄河_LNを黄河_MNとアジア東部南方人の混合としてモデル化できず、同様の混合割合だった、と示唆されました。
河南_西司馬の結果の堅牢性を評価するために、すべての遺跡から推測された河南_西司馬と黄河_LNとの間の遺伝的均質性が、過去の人口統計学的過程ではなく、古代DNA損傷もしくはデータ処理に起因していたのかどうか、調べられました。第一に、古代DNAの損傷パターンによってもたらされる偏りを軽減するための、古代DNA研究において標準的手法である、塩基転換(ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)のSNPのみに限定して、f₄形式(ヨルバ人、X;黄河_LN、河南_西司馬)のf₄統計が計算されました。第二に、先行研究の報告では、ショットガンデータとTwistデータと124万データの共同分析のさいには、偏りの可能性が示唆されました。AADRデータセットにおけるゲノム規模の古代人のDNAの70%以上は124万データを用いて生成されたのに対して、この研究で新たに生成された西司馬個体群のゲノム規模SNPデータは、Twist古代DNA試薬を用いて生成されました。そこで、f₄統計を計算するために、先行研究によって検査されたように、そうした偏りにより低い感受性のSNPの部分集合(約46万ヶ所のSNP部位)も使用されました。その結果、塩基転換SNPと偏りに敏感ではないSNPを用いると、河南_西司馬と黄河_LNとの間の遺伝的均質性は持続した、と分かりました。したがって、これらの一貫した結果から、以前に刊行された4000~3000年前頃の中原関連祖先系統は河南_西司馬の遺伝的組成を適切に説明した、と示唆されます。
●片親性遺伝標識
片親性ハプログループ(mtHgとYHg)も分類され、西司馬集団の父系および母系の歴史に光が当てられました。西司馬遺跡の11個体のうち、7個体でmtHg、男性6個体でYHgを割り当てることができました。西司馬遺跡の全個体は典型的なアジア東部のmtHgを有しており、それはD4(3個体と)とD5(1個体)とM8(1個体)とM10(1個体)とF(1個体)で、これらはアジア東部北方古代人でも観察され、Y染色体系統は、C2b1a2(2個体)、O2a2b(2個体)、D1a1a(1個体)、N1(1個体)でした。個体M87およびM114は同じmtHg-D4b2bを共有していましたが、常染色体データに基づくと、個体M87とM114との間で2親等までの親族関係は特定されませんでした。YHg-C2b1a2は現在の漢人に高頻度で存在し、局所的連続性の常染色体の兆候と一致します。YHg-O2a2bはアジアの東部沿岸地域に広く分布しています。YHg-D1a1aは高地の派チベット・ビルマ語派話者と関連しています。YHg-N1は極東からヨーロッパまでユーラシア北部全域に広く分布しており、西遼河古代人では高頻度のYHgの1系統でした。西司馬個体群で観察された多様な片親性ハプログループの結果は、常染色体の均質性と矛盾しないことに要注意です。共通の片親性ハプログループから、これらの個体は共通の父系および母系祖先を有しており、それは何世代にもわたって持続したかもしれないものの、常染色体の近縁性は組換えのため経時的に減少した、と示唆されました。
●西司馬遺跡における社会的階層化は密接な遺伝的親族関係(2もしくは3親等以内)および顕著な遺伝的差異と関連していません
西司馬遺跡は、中原の殷王朝の社会構成の一つを表していました。以前の考古学的仮説では、西司馬遺跡における東西方向(低級墓)と南北方向(高級墓)の墓は異なる民族集団を表していた、と示唆され、これは異なる物質文化を異なる民族集団に関連づける考古学での一般的仮定です。さらに、西司馬集団の同位体研究でも、南北方向の埋葬(高級墓)は動物性タンパク質をより多く消費する傾向にある、と示唆され、異なる社会的地位の個体間の食性選択における不平等が浮き彫りになりました。多くの古代社会では、たとえばヨーロッパの青銅器時代(Mittnik et al., 2019)など、社会的階層化は生物学的近縁性と関連していました。先行研究では、西司馬墓地における同じ埋葬様式で相互と密接に埋葬された墓は、核家族もしくは拡大家族に属していたはずである、と仮定されました。対照的に、少なくとも2もしくは3親等までの密接な生物学的親族関係はないことが、西司馬遺跡の11個体で確認されました。本論文の分析における標本規模は限定的で、西司馬個体群のゲノムの不充分な常染色体網羅率によって、6親等までの生物学的近縁性を検出できる手法である、ancIBD分析が妨げられたことに要注意です。したがって、追加の家族構成員もしくはより大規模な家族単位が墓地の他の墓に散在して埋葬されていた可能性を除外できません。PCAとADMIXTUREと外群f₃統計およびf₄統計とqpWaveとqpAdmを含めて、常染色体に基づく本論文の遺伝学的分析は、異なる埋葬の墓および社会的地位の西司馬遺跡個体間の体系的な遺伝的差異を明らかにはしませんでした。しかし、同じ祖先系統の人々が必ずしも同じ文化的帰属意識を共有しているか、あるいは同じ民族集団に属しているとは限らない、と留意することは重要です。
●中原の遺伝的安定性
黄河中流域に位置する中原は、農耕文明の発祥地の一つであり、中国史において中心的位置を占めました。以前の古代ゲノム研究では、中原からチベット高原や中国南西部や黄河下流域など周辺地域への人口拡散を明らかにしました(Tao et al., 2023、Wang et al., 2023、Du et al., 2024、Wang F et al., 2024、Xiong et al., 2024、Zhu et al., 2024)。対照的に、中原自体は、過去4000年間の外部からの遺伝子流動は、限定的かありませんでした(Fang et al., 2025、Ma et al., 2025)。西司馬個体群は、西周王朝によって強制的に移住させられた、殷王朝の遺民と推測されました。考古学的観点からは、殷王朝の文化は先行する二里頭文化を継承し、黄河流域の海岱(Haidai)地域や長江流域の良渚文化を含めて、他地域からの要素を組み込みました。しかし、本論文の遺伝学的結果では、中原の殷王朝の個体群(河南_西司馬によって表されます)は長江下流域など他の文化的地域から追加の遺伝子流動を受けなかった、と示唆され、物質文化と政治の変化にも関わらず、中原における高度な遺伝的連続性が裏づけられます。この結果は、中原の後期新石器時代集団(黄河_LN)と殷王朝の後の個体群(西周王朝から春秋時代を経て現在まで)との間の遺伝的均質性を観察した、先行研究(Ma et al., 2025)の推測とも一致しました。
●この研究の限界
第一に、西司馬遺跡からの標本抽出は依然として少ない個体に限られており、西司馬遺跡もしくは殷王朝期中原の遺伝的多様性を完全には特徴づけていないかもしれないことに要注意です。第二に、追加の家族構成員もしくはより大規模な家族単位が西司馬墓地の他の墓に散在して埋葬されていた可能性を除外できません。第三に、本論文の結果は、おもにf統計手法に基づくアレル共有に依存しています。しかし、f統計には、標本規模の増加にも関わらず、密接に関連している祖先系統を含む事象の再構築に充分な検出力が欠けていました(Speidel et al., 2025)。さらなる研究では、f統計より検出力が高いハプロタイプに基づく分析もしくは最近刊行されたTwigstats手法(Speidel et al., 2025)の実行には、アジア東部における多くの高網羅率のゲノム(これまで利用可能ではありませんでした)が必要でしょう。第四に、ゲノム規模データと同位体の証拠と人類学および考古学ぶの証拠を組み合わせることが早急に必要で、それによって、古代中国における社会的地位や継承規則や移動性の複雑さの理解が大きく深まります。
参考文献:
Du P. et al.(2024): Genomic dynamics of the Lower Yellow River Valley since the Early Neolithic. Current Biology, 34, 17, 3996–4006.E11.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.07.063
関連記事
Fang H. et al.(2025): Dynamic history of the Central Plain and Haidai region inferred from Late Neolithic to Iron Age ancient human genomes. Cell Reports, 44, 2, 115262.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115262
関連記事
Li S. et al.(2024): Ancient genomic time transect unravels the population dynamics of Neolithic middle Yellow River farmers. Science Bulletin, 69, 21, 3365-3370.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.002
関連記事
Ma H. et al.(2025): Ancient genomes shed light on the long-term genetic stability in the Central Plain of China. Science Bulletin, 70, 3, 333-337.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.07.024
関連記事
Mittnik A. et al.(2019):Kinship-based social inequality in Bronze Age Europe. Science, 366, 6466, 731–734.
https://doi.org/10.1126/science.aax6219
関連記事
Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
関連記事
Shen Q. et al.(2025): Ancient genomes illuminate the demographic history of Shandong over the past two millennia. Journal of Genetics and Genomics, 52, 4, 494-501.
https://doi.org/10.1016/j.jgg.2024.07.008
関連記事
Speidel L. et al.(2025): High-resolution genomic history of early medieval Europe. Nature, 637, 8044, 118–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08275-2
関連記事
Sun L. et al.(2025): The demic expansion of Yangshao culture inferred from ancient human genomes. BMC Biology, 23:186.
https://doi.org/10.1186/s12915-025-02286-9
関連記事
Tao L. et al.(2023): Ancient genomes reveal millet farming-related demic diffusion from the Yellow River into southwest China. Current Biology, 33, 22, 4995–5002.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.055
関連記事
Tang J. et al.(2026): Social Stratification Without Genetic Differentiation at the Xisima Site in the Late Shang Dynasty. Molecular Biology and Evolution, 43, 1, msaf316.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf316
Wang F. et al.(2024): Neolithization of Dawenkou culture in the lower Yellow River involved the demic diffusion from the Central Plain. Science Bulletin, 69, 23, 3677-3681.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.08.016
関連記事
Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
関連記事
Wang R. et al.(2025): Genetic formation of Neolithic Hongshan people and demic expansion of Hongshan culture inferred from ancient human genomes. Molecular Biology and Evolution, 42, 6, msaf139.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf139
関連記事
Xiong J. et al.(2024): Inferring the demographic history of Hexi Corridor over the past two millennia from ancient genomes. Science Bulletin, 69, 5, 606-611.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2023.12.031
関連記事
Xiong J. et al.(2025): The genomic history of East Asian Middle Neolithic millet- and rice-agricultural populations. Cell Genomics, 5, 10, 100976.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100976
関連記事
Zhu K. et al.(2024): The demic diffusion of Han culture into the Yunnan-Guizhou plateau inferred from ancient genomes. National Science Review, 11, 12, nwae387.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwae387
関連記事
以下の略称は、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)、PCA(principal component analysis、主成分分析)、IBD(identity-by-descent、同祖対立遺伝子)、mtDNA(Mitochondrial DNA、ミトコンドリアDNA)、mtHg(mtDNA haplogroup、ミトコンドリアDNAハプログループ)、YHg(Y-chromosome DNA haplogroup、Y染色体DNAハプログループ)、K(kilo years ago、千年前)、UDG(uracil-DNA-glycosylase、ウラシルDNAグリコシラーゼ)、READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)、KIN(Kinship INference、親族関係の推測)、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)、ANA(Ancient Northeast Asian、アジア北東部古代人)、CHG(Caucasus Hunter-Gatherer、コーカサス狩猟採集民)です。
以下の時代区分の略称は、N(Neolithic、新石器時代)、EN(Early Neolithic、前期新石器時代)、MN(Middle Neolithic、中期新石器時代)、LN(Late Neolithic、後期新石器時代)、EL(Eneolithic、金石併用時代)、BA(Bronze Age、青銅器時代)、LBA(Late Bronze Age、後期青銅器時代)、LBIA(Late Bronze Age to Iron Age、後期青銅器時代~鉄器時代)、IA(Iron Age、鉄器時代)です。
本論文で取り上げられる主要な人類集団と人物は、ヨルバ人(Yoruba)、オンゲ人(Onge)、アミ人(Ami)、周武王(King Wu of Zhou)です。本論文で取り上げられる主要な文化は、仰韶(Yangshao)文化、龍山(Longshan)文化、二里頭(Erlitou)文化、ボタイ(Botai)文化、良渚(Liangzhu)文化です。本論文で取り上げられる主要な中国の遺跡は、河南省の滎陽(Xingyang)市西司馬(Xisima、略してXSM)遺跡と仰韶村(Yangshaocun)遺跡と瓦店(Wadian)遺跡と焦作市の聶村(Niecun)遺跡、山東省の余庄(Yuzhuang)遺跡です。本論文で取り上げられる中国以外の地域の主要な遺跡は、ロシア極東沿岸の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave、Chertovy Vorota)遺跡、トルクメニスタンのゴヌルテペ(Gonur Tepe)遺跡です。
●要約
古代DNAと考古学的研究から、中原は古代中国の文化的および遺伝的進化に重要な役割を果たした、と示唆されています。しかし、限られたゲノム規模データのため、青銅器時代の殷王朝(紀元前1600~紀元前1046年頃)のこの地域の人口史の理解は制約されてきました。本論文は、殷王朝後期の社会的階層化の明らかな埋葬の証拠を示す遺跡である、中原の西司馬墓地の11個体のゲノム規模データを提示します。遺伝学的分析から、西司馬遺跡の全個体は、後期新石器時代中原の直接的な混合していない子孫としてモデル化できる、と明らかになります。高級墓(南北方向)と低級墓(東西方向)に埋葬された個体間で体系的な遺伝的差異は見つからず、社会階級間の遺伝的均質性が示唆されます。これらの結果から、西司馬遺跡における社会的階層化は対応する遺伝的差異なしに生じていた、と論証され、この殷王朝の共同体では顕著な遺伝的分化から社会的階層が切り離されていたことを裏づけます。
●研究史
黄河中流域の中原は農耕文明の発祥地の一つで、中国の歴史と文化において常に中心的位置を占めてきました。現時点の古代DNA研究は、中期新石器時代の仰韶文化関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が、中原において新石器時代から現在まで優勢だった、との見解を裏づけています(Ning et al., 2020、Li et al., 2024、Fang et al., 2025、Ma et al., 2025)。中原関連系統はアジア東部の古代人および現代人の最も重要な遺伝的祖先で、それには黄河上流域やチベット高原や黄河下流域や中国南西部が含まれます(Tao et al., 2023、Wang et al., 2023、Du et al., 2024、Wang F et al., 2024、Xiong et al., 2024、Zhu et al., 2024、Sun et al., 2025、Shen et al., 2025)。
殷王朝は中国史の最初期の王朝で、考古学的証拠によって裏づけられています。殷は紀元前1600~紀元前1046年頃まで統治し、中国の青銅器時代を先導しました。殷王朝にさかのぼる数万点の甲骨文字は、最古の既知の中国の文字で、当時の生活や政治や宗教について伝えています。これまでに、中原の殷王朝のゲノム規模のSNPデータは、中国の河南省の焦作市の聶村遺跡の3000年前頃の2個体(Ning et al., 2020)に限られており、中原のこの期間の遺伝的混合および進化的歴史の理解を、妨げています。興味深いことに、人口構造が後期新石器時代中原(4000年前頃)で観察されてきており(Ning et al., 2020、Li et al., 2024、Fang et al., 2025)、余庄遺跡関連集団(黄河中流_余庄_龍山と分類表示されます)は中期新石器時代の仰韶文化関連集団(5K_黄河_MNと分類表示されます)の直接的子孫、瓦店遺跡関連集団(黄河_LNと分類表示されます)は80%の黄河_MNと20%のアジア東部南方関連祖先系統の混合、仰韶村遺跡関連集団(黄河_仰韶村_龍山と分類表示されます)は80%の黄河_MNと20%のANA関連祖先系統の混合でした。中原における後期新石器時代集団の遺伝的多様性は、この人口構造がその後の殷王朝集団で観察されるのかどうか、との問題も提起しました。
異なる埋葬慣行など、社会的階層化が殷王朝では明らかでした。西司馬墓地は、中原内の、中国の河南省の中央部の滎陽市のに位置します(図1a)。西司馬遺跡の年代は、殷王朝後期から西周王朝です(紀元前1300~紀元前771年頃)。文献記録によると、紀元前1046年頃、周の武王による殷の征服(克商)は、退廃した殷王朝の打倒と西周王朝の確立につながりました。西司馬墓地には2種類の墓地があり、つまりは東西方向と南北方向で、一般的にはそれぞれ低級墓と高級墓に相当します。考古学者は、これら2種類の墓が異なる二つの民族集団に属していた、と仮定しました。本論文は以前には、西司馬墓地において墓の種類と階級が遺伝学的に異なる集団に対応していたのかどうか、という年代は未解明でした。古代DNAは、遺伝的祖先についての情報を明らかにします。西司馬墓地の古代人標本の分析によって、西司馬墓地における階層の違いに体系的な遺伝的差異が伴うのかどうか、解明できます。以下は本論文の図1です。
この研究では、西司馬墓地から51人の遺骸が収集され、11点の標本で古代ゲノムデータの生成に成功し、そのうち6個体(XSM-M85-1、XSM-M86-1、XSM-M87、05XGS-M52、XSM-M49-1、05XGS-M20)は低級墓、5個体(XSM-M12-2、XSM-M17-2、XSM-M134-1、XSM-M114-1、XSM-M128-1)は高級墓に葬られていました。本論文の目的はは、高級墓と低級墓の被葬者が遺伝的に異なる集団に属していたかどうか、また、西司馬墓地における社会階層が密接な遺伝的親族関係に影響を受けていたのかどうか、西司馬墓地個体群の片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアと父系のY染色体)と常染色体近縁性と集団遺伝学の分析によって決定することです。さらに、西司馬墓地個体群のゲノムと中原の以前に刊行された後期新石器時代および青銅器時代個体群(たとえば、Ning et al., 2020の黄河_LNや黄河_LBIA)のゲノム遺伝的関係が調べられ、遺伝的連続性もしくは置換が、中原の千年にわたって起きたのかどうか、評価されました。本論文は、中華文明の中心地における社会的階層と文化的帰属意識と遺伝的多様性の間の相互作用に、新たな知見を提供しました。
●西司馬墓地遺跡の古代ゲノム規模データ
51点の骨格遺骸からDNAが抽出され、UDG処理なしのライブラリが生成され、この研究の最初の段階では2点標本で充分なゲノム資料の取得に成功しました。さらに、124万ヶ所の祖先情報をもたらすSNPにおいて、ヒト内在性DNAを濃縮するために、23点の標本で溶液内濃縮実施要綱が適用されました。同じ個体に由来する標本からのゲノムデータは統合されました。最終的に、充分なゲノム資料のある標本11点が得られ、これら11点の標本には低い割合の現代人の汚染もあり、典型的な古代DNAの損傷パターン、つまり、5’末端の最初の部位におけるシトシンからチミンへの10%超の置換率と、3’末端末端の最初の部位におけるグアニンからアデニンへの10%超の置換率を示し、古代DNAの真正性が示唆されます。30超のマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)品質でヒト参照ゲノムにマッピングされた断片の平均長の範囲は、89.89~103.95塩基対でした。(マッピング品質得点が30超で、30塩基対超の)少なくとも1回の読み取りで網羅された124万パネルでのSNP部位の数の範囲は、28343~757949でした。124万パネルでの平均常染色体網羅率の範囲は、0.018~1.077倍でした。
●西司馬墓地の個体間の祖先系統に体系的な違いはありません
ソフトウェアREADとKINとlcMLkinを用いての常染色体データに基づいて遺伝的近縁性分析が実行され、新たに生成された西司馬墓地個体群におけるで2~3親等までの親族が特定されました。READおよびKINソフトウェアは、新たに生成された西司馬墓地標本内で2親等までの密接な親族関係を特定し、つまりは2親等の親族のXSM-M128-1とXSM-M86-1です。しかし、XSM-M128-1とXSM-M86-1との間の生物学的近縁性との推定は、利用可能な共通のSNP数が限られているため、信頼できないかもしれない、と疑われました。さらに、考古学的記録と放射性炭素年代測定の両方から、XSM-M128-1は他の個体より約1000年以上後生きていた、と示唆されます。新たに生成された西司馬個体のすべての組み合わせのうち、90%は1000ヶ所超のSNPを用いて計算され、76%は5000ヶ所超のSNPを用いて計算されました。READとKINとlcMLkinの性能は、1親等の親族関係の組み合わせ1000ヶ所のSNPでさえ正、2親等の親族では5000ヶ所のSNPでさえ確に分類でき、lcMLkinはREADとKINより高い成功率を示しました。まとめると、READとKINとlcMLkinによって推測された西司馬個体群での本論文の生物学的親族関係推定のほとんどは、相対的に信頼できました。
集団遺伝学的分析を実行するために、XSM-M128-1よりSNP数が少ないXSM-M86-1は除外されました。西司馬個体群の新たに生成されたゲノム規模データは、刊行されているアジア東部の古代および現在の個体群と共同分析されました。古代西司馬個体群における差異のゲノム規模パターンを調べるために、EIGENSOFTパッケージのsmartpcaプログラムを用いて、ゲノム規模データでPCAが実行され、36人口集団の古代人177個体が、アジア東部の60人口集団の現代人595個体の遺伝的差異に投影されました。PCA図では、すべての河南_西司馬個体はともにクラスタ化し(まとまり)、西司馬個体間の限定的な遺伝的差異が示唆されます。平均から6標準偏差以上となる遺伝的外れ値検出の標準的な基準を用いると、西司馬個体において遺伝的外れ値は見つかりませんでした。
次に、qpWaveを用いて、本論文で新たに報告された河南_西司馬の10個体が単一の供給源に由来することと一致するのかどうか、検証されました。qpWaveは「allsnps: YES」媒介変数で実行され、これは、とくに欠失データが多い場合に、用いられるSNP数を増加させ、分析精度を改善できます。qpWaveの結果は、媒介変数設定において「allsnps: YES」を用いる場合、人口集団の順序に敏感かもれないことに要注意で、それは、(1)異なる人口集団は使用できる場合とは異なる数の利用可能なSNP数があり、(2)計算に用いられるSNP数は最初の人口集団の利用可能なSNP部位の数に依存するからです。そこで、本論文のqpWave分析では、河南_西司馬の10個体について、最初の人口集団の順番が循環され、これら10通りのqpWaveモデル化が実行されました。外群として用いられた人口集団は以下の通りで、ムブティ人、オンゲ人、CHG、カザフスタン_EL_ボタイ、山東_EN、悪魔の門_N、黄河_MN、日本_縄文、福建_EN、アミ人、トルクメニスタン_ゴヌル_BA_1です。すべてのランク=0のqpWaveモデルで、0P値は0.01以上でした。これは、河南_西司馬個体群が単一供給源に由来するとモデル化できることを示唆しています。さらに、qpWave分析では、高級墓関連集団(高級墓の西司馬個体群のまとまり)と低級墓関連集団(低級墓の西司馬個体群のまとまり)は、外群と比較して遺伝的均質だったことも裏づけられました。換言すると、本論文の古代ゲノム研究は、西司馬個体群が同じ(もしくはひじょうに類似している)祖先供給源に由来した、との見解を裏づけます。
●西司馬集団は在来後期新石器時代古代人の直接的子孫でした
PCA図(図1b)では、すべての新たに生成された河南_西司馬個体は、先行研究(Ning et al., 2020)で以前に刊行された中原の、黄河_LNによって表される後期新石器時代集団と後期青銅器時代および鉄器時代の黄河_LBIA個体群の遺伝的差異内に収まった、と分かりました(図1b)。モデルに基づくクラスタ化分析のADMIXTUREを用いて、選択されたアジア東部の古代人347個体および現代人458個体の、アジア東部北方人で最大化されるクラスタ(黄色)とアジア東部南方人で最大化されるクラスタ(橙色)の2構成要素モデルが推測されました。さらに、西司馬個体群は黄河_LNおよび黄河_LBIAと類似田祖先系統パターンを示しました。外群f₃統計では、河南_西司馬集団は典型的な中原関連祖先系統を有する人口集団と、最も多くの遺伝的浮動を共有していた、と観察されました(図2a)。以下は本論文の図2です。
河南_西司馬と黄河_LN/黄河_LBIAとの間の遺伝的差異を調べるために、f₄(ヨルバ人、X;黄河_LN/黄河_LBIA、河南_西司馬)が実行されました(図2b)。その結果、ほとんどのf₄値は有意ではなかった、と分かり、ほとんどの参照人口集団と比較して、河南_西司馬は黄河_LN/黄河_LBIAとクレード(単系統群)を形成した、と示唆されます。対でのqpWave分析では、河南_西司馬集団は、基準外群一式と比較して、遺伝的に黄河_LN/黄河_LBIAと区別できませんでした(図2c)。次に、こらの対でのqpWaveモデル化の堅牢性が、それぞれ順番に、外群一式に黄河_LN/黄河_LBIAおよび河南_西司馬のどちらかとより近い、と本論文のf₄統計から特定された人口集団の追加によって、検証されます。基準外群一式に基づく充分に適合するモデルが却下される、と分かったならば、新たに追加された人口集団は対象人口集団の一つと追加の遺伝的類似性を有しているかもしれません。その結果、qpWaveモデル化は依然として充分に適合する、と分かり、河南_西司馬集団にとって1方向の黄河_LN/黄河_LBIAの堅牢性を示唆しています。qpAdm分析でも、2方向混合を用いると、河南_西司馬と黄河_LNを黄河_MNとアジア東部南方人の混合としてモデル化できず、同様の混合割合だった、と示唆されました。
河南_西司馬の結果の堅牢性を評価するために、すべての遺跡から推測された河南_西司馬と黄河_LNとの間の遺伝的均質性が、過去の人口統計学的過程ではなく、古代DNA損傷もしくはデータ処理に起因していたのかどうか、調べられました。第一に、古代DNAの損傷パターンによってもたらされる偏りを軽減するための、古代DNA研究において標準的手法である、塩基転換(ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)のSNPのみに限定して、f₄形式(ヨルバ人、X;黄河_LN、河南_西司馬)のf₄統計が計算されました。第二に、先行研究の報告では、ショットガンデータとTwistデータと124万データの共同分析のさいには、偏りの可能性が示唆されました。AADRデータセットにおけるゲノム規模の古代人のDNAの70%以上は124万データを用いて生成されたのに対して、この研究で新たに生成された西司馬個体群のゲノム規模SNPデータは、Twist古代DNA試薬を用いて生成されました。そこで、f₄統計を計算するために、先行研究によって検査されたように、そうした偏りにより低い感受性のSNPの部分集合(約46万ヶ所のSNP部位)も使用されました。その結果、塩基転換SNPと偏りに敏感ではないSNPを用いると、河南_西司馬と黄河_LNとの間の遺伝的均質性は持続した、と分かりました。したがって、これらの一貫した結果から、以前に刊行された4000~3000年前頃の中原関連祖先系統は河南_西司馬の遺伝的組成を適切に説明した、と示唆されます。
●片親性遺伝標識
片親性ハプログループ(mtHgとYHg)も分類され、西司馬集団の父系および母系の歴史に光が当てられました。西司馬遺跡の11個体のうち、7個体でmtHg、男性6個体でYHgを割り当てることができました。西司馬遺跡の全個体は典型的なアジア東部のmtHgを有しており、それはD4(3個体と)とD5(1個体)とM8(1個体)とM10(1個体)とF(1個体)で、これらはアジア東部北方古代人でも観察され、Y染色体系統は、C2b1a2(2個体)、O2a2b(2個体)、D1a1a(1個体)、N1(1個体)でした。個体M87およびM114は同じmtHg-D4b2bを共有していましたが、常染色体データに基づくと、個体M87とM114との間で2親等までの親族関係は特定されませんでした。YHg-C2b1a2は現在の漢人に高頻度で存在し、局所的連続性の常染色体の兆候と一致します。YHg-O2a2bはアジアの東部沿岸地域に広く分布しています。YHg-D1a1aは高地の派チベット・ビルマ語派話者と関連しています。YHg-N1は極東からヨーロッパまでユーラシア北部全域に広く分布しており、西遼河古代人では高頻度のYHgの1系統でした。西司馬個体群で観察された多様な片親性ハプログループの結果は、常染色体の均質性と矛盾しないことに要注意です。共通の片親性ハプログループから、これらの個体は共通の父系および母系祖先を有しており、それは何世代にもわたって持続したかもしれないものの、常染色体の近縁性は組換えのため経時的に減少した、と示唆されました。
●西司馬遺跡における社会的階層化は密接な遺伝的親族関係(2もしくは3親等以内)および顕著な遺伝的差異と関連していません
西司馬遺跡は、中原の殷王朝の社会構成の一つを表していました。以前の考古学的仮説では、西司馬遺跡における東西方向(低級墓)と南北方向(高級墓)の墓は異なる民族集団を表していた、と示唆され、これは異なる物質文化を異なる民族集団に関連づける考古学での一般的仮定です。さらに、西司馬集団の同位体研究でも、南北方向の埋葬(高級墓)は動物性タンパク質をより多く消費する傾向にある、と示唆され、異なる社会的地位の個体間の食性選択における不平等が浮き彫りになりました。多くの古代社会では、たとえばヨーロッパの青銅器時代(Mittnik et al., 2019)など、社会的階層化は生物学的近縁性と関連していました。先行研究では、西司馬墓地における同じ埋葬様式で相互と密接に埋葬された墓は、核家族もしくは拡大家族に属していたはずである、と仮定されました。対照的に、少なくとも2もしくは3親等までの密接な生物学的親族関係はないことが、西司馬遺跡の11個体で確認されました。本論文の分析における標本規模は限定的で、西司馬個体群のゲノムの不充分な常染色体網羅率によって、6親等までの生物学的近縁性を検出できる手法である、ancIBD分析が妨げられたことに要注意です。したがって、追加の家族構成員もしくはより大規模な家族単位が墓地の他の墓に散在して埋葬されていた可能性を除外できません。PCAとADMIXTUREと外群f₃統計およびf₄統計とqpWaveとqpAdmを含めて、常染色体に基づく本論文の遺伝学的分析は、異なる埋葬の墓および社会的地位の西司馬遺跡個体間の体系的な遺伝的差異を明らかにはしませんでした。しかし、同じ祖先系統の人々が必ずしも同じ文化的帰属意識を共有しているか、あるいは同じ民族集団に属しているとは限らない、と留意することは重要です。
●中原の遺伝的安定性
黄河中流域に位置する中原は、農耕文明の発祥地の一つであり、中国史において中心的位置を占めました。以前の古代ゲノム研究では、中原からチベット高原や中国南西部や黄河下流域など周辺地域への人口拡散を明らかにしました(Tao et al., 2023、Wang et al., 2023、Du et al., 2024、Wang F et al., 2024、Xiong et al., 2024、Zhu et al., 2024)。対照的に、中原自体は、過去4000年間の外部からの遺伝子流動は、限定的かありませんでした(Fang et al., 2025、Ma et al., 2025)。西司馬個体群は、西周王朝によって強制的に移住させられた、殷王朝の遺民と推測されました。考古学的観点からは、殷王朝の文化は先行する二里頭文化を継承し、黄河流域の海岱(Haidai)地域や長江流域の良渚文化を含めて、他地域からの要素を組み込みました。しかし、本論文の遺伝学的結果では、中原の殷王朝の個体群(河南_西司馬によって表されます)は長江下流域など他の文化的地域から追加の遺伝子流動を受けなかった、と示唆され、物質文化と政治の変化にも関わらず、中原における高度な遺伝的連続性が裏づけられます。この結果は、中原の後期新石器時代集団(黄河_LN)と殷王朝の後の個体群(西周王朝から春秋時代を経て現在まで)との間の遺伝的均質性を観察した、先行研究(Ma et al., 2025)の推測とも一致しました。
●この研究の限界
第一に、西司馬遺跡からの標本抽出は依然として少ない個体に限られており、西司馬遺跡もしくは殷王朝期中原の遺伝的多様性を完全には特徴づけていないかもしれないことに要注意です。第二に、追加の家族構成員もしくはより大規模な家族単位が西司馬墓地の他の墓に散在して埋葬されていた可能性を除外できません。第三に、本論文の結果は、おもにf統計手法に基づくアレル共有に依存しています。しかし、f統計には、標本規模の増加にも関わらず、密接に関連している祖先系統を含む事象の再構築に充分な検出力が欠けていました(Speidel et al., 2025)。さらなる研究では、f統計より検出力が高いハプロタイプに基づく分析もしくは最近刊行されたTwigstats手法(Speidel et al., 2025)の実行には、アジア東部における多くの高網羅率のゲノム(これまで利用可能ではありませんでした)が必要でしょう。第四に、ゲノム規模データと同位体の証拠と人類学および考古学ぶの証拠を組み合わせることが早急に必要で、それによって、古代中国における社会的地位や継承規則や移動性の複雑さの理解が大きく深まります。
参考文献:
Du P. et al.(2024): Genomic dynamics of the Lower Yellow River Valley since the Early Neolithic. Current Biology, 34, 17, 3996–4006.E11.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.07.063
関連記事
Fang H. et al.(2025): Dynamic history of the Central Plain and Haidai region inferred from Late Neolithic to Iron Age ancient human genomes. Cell Reports, 44, 2, 115262.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115262
関連記事
Li S. et al.(2024): Ancient genomic time transect unravels the population dynamics of Neolithic middle Yellow River farmers. Science Bulletin, 69, 21, 3365-3370.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.09.002
関連記事
Ma H. et al.(2025): Ancient genomes shed light on the long-term genetic stability in the Central Plain of China. Science Bulletin, 70, 3, 333-337.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.07.024
関連記事
Mittnik A. et al.(2019):Kinship-based social inequality in Bronze Age Europe. Science, 366, 6466, 731–734.
https://doi.org/10.1126/science.aax6219
関連記事
Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
関連記事
Shen Q. et al.(2025): Ancient genomes illuminate the demographic history of Shandong over the past two millennia. Journal of Genetics and Genomics, 52, 4, 494-501.
https://doi.org/10.1016/j.jgg.2024.07.008
関連記事
Speidel L. et al.(2025): High-resolution genomic history of early medieval Europe. Nature, 637, 8044, 118–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08275-2
関連記事
Sun L. et al.(2025): The demic expansion of Yangshao culture inferred from ancient human genomes. BMC Biology, 23:186.
https://doi.org/10.1186/s12915-025-02286-9
関連記事
Tao L. et al.(2023): Ancient genomes reveal millet farming-related demic diffusion from the Yellow River into southwest China. Current Biology, 33, 22, 4995–5002.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.055
関連記事
Tang J. et al.(2026): Social Stratification Without Genetic Differentiation at the Xisima Site in the Late Shang Dynasty. Molecular Biology and Evolution, 43, 1, msaf316.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf316
Wang F. et al.(2024): Neolithization of Dawenkou culture in the lower Yellow River involved the demic diffusion from the Central Plain. Science Bulletin, 69, 23, 3677-3681.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.08.016
関連記事
Wang H. et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, 9, 11, eadd5582.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
関連記事
Wang R. et al.(2025): Genetic formation of Neolithic Hongshan people and demic expansion of Hongshan culture inferred from ancient human genomes. Molecular Biology and Evolution, 42, 6, msaf139.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf139
関連記事
Xiong J. et al.(2024): Inferring the demographic history of Hexi Corridor over the past two millennia from ancient genomes. Science Bulletin, 69, 5, 606-611.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2023.12.031
関連記事
Xiong J. et al.(2025): The genomic history of East Asian Middle Neolithic millet- and rice-agricultural populations. Cell Genomics, 5, 10, 100976.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100976
関連記事
Zhu K. et al.(2024): The demic diffusion of Han culture into the Yunnan-Guizhou plateau inferred from ancient genomes. National Science Review, 11, 12, nwae387.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwae387
関連記事


この記事へのコメント