『卑弥呼』第159話「信頼」

 『ビッグコミックオリジナル』2025年12月20日号掲載分の感想です。前回は、魏の司馬懿(司馬仲達)がヤノハとは旧知の何(カ)に、魏軍と公孫淵軍の戦場を、倭から魏への使節団が突破することを支援すると約束し、司馬懿の邸宅から退出した何が、配下であるトヒコおよびノヅナにそれを伝えて、ともに喜ぶところで終了しました。今回は、日下(ヒノモト)の日下湖(ヒノモトノウミ)で、吉備津彦(キビツヒコ)が双子の姉で日下の日見子(ヒミコ)であるモモソや配下に、ビビ王君(記紀の開花天皇、つまり稚日本根子彦大日日天皇でしょうか)が突然野心を抱き、自分の代で天下統一を果たしたい、と気楽に言い始めた、とぼやく場面から始まります。吉備津彦によると、ビビ王君は天下統一を果たしたら、「はつくにしらすすめらみこと」、つまり初めて倭国全土を統一した王君と名乗るそうです。今からそのビビ王に謁見するために都に向かっているのだ、と自分を窘めるモモソに、ビビ王君は自分たちの作戦に文句をつけるつもりだ、と吉備津彦は不満そうです。吉備津彦は甥(ビビ王君の異母弟)のハニヤスに、日下で開拓された出雲の民の邑の近くへと厲鬼(レイキ)、つまり疫病に冒された亡骸を捨てるよう命じましたが、吉備津彦によるとまだ流行り病の兆候はないそうです。ハニヤスが本当に死骸を近くの川に流したのか、不審に思う吉備津彦に、姉のモモソは、ハニヤスがこうした企みで嘘をつくとは思えない、と言います。吉備津彦は、山社(ヤマト)の日見子(ヤノハ)の使節団が魏に到着し、倭国王に任命される前に、出雲の事代主(コトシロヌシ)を服属させようとした、危険な賭けではあるものの、疫病を流行らせようと考えていました。ヤノハが送った魏への使節に放った覗見(ウカガミ、間者、内通者)からの報告はあったのか、とモモソに問われた吉備津彦は、帯方郡を出てからは順調な旅のようだ、と答えます。覗見に行程を遅らせるよう指示したのだろうな、とモモソが吉備津彦に念を押したところに、ビビ王君の使者が近づき、遅参をとがめられると思った吉備津彦は、すぐに拠点の庵戸宮(イオトノミヤ)を発ったが、湖が荒れていた、と弁明します。するとビビ王君の使者は、都で厲鬼が出て大勢の民が死んでおり、ビビ王君も今日中に率川(イザカワ)の宮から避難予定なので、評議は中止になった、と吉備津彦に説明します。吉備津彦は、我々の作戦は天照様のお怒りを買ったのか、と皮肉な表情でモモソに言います。

 山社では、ヤノハがイクメから、劉夏という新たな帯方太守が山社連合の使節団の警固を引き受けてくれたことや、帯方郡に残した二千の兵はオオヒコの指揮下で戦いに備えている、と報告を受けていました。ミマアキ一行が帯方郡を出て百日目とイクメから聞いたヤノハは、ちょうど公孫淵と魏の討伐軍との戦場に着く頃だ、と推測します。魏軍が倭国の使節を無傷で通してくれるか、不安なイクメに対して、何(カ)やミマアキやトメ将軍やゴリを信じよう、とヤノハは諭します。ヤノハはイクメに、出雲からの帰りに語った、日下の吉備津彦と直接会って和議を結ぶ、という策についてどう思うのか、尋ねます。イクメはこの策に大反対で、吉備津彦は目的のためにはどんな卑劣なこともする人物で、会ったら殺される、というわけです。イクメは、ヤノハが時に目的のため平然と人々に非情なことを求めるが、それは仕方ないとしても、それ以上に自分の命に冷淡なのは問題で、二度とそのような考えを抱かないよう強く言って、ヤノハを諫めます。

 魏の遼東郡では、トメ将軍一行が公孫淵の居城である襄平まで2日のところまで来ていました。日下と通じていた穂波(ホミ)国の重臣の息子で、ミマアキの親友であるトモは、生きて魏まで行かねばならないので、もう数日は戦況を見守るべきだ、と力説しますが、トメ将軍は何を信じて先に進むべきと考えており、劉夏から借りた警固兵50名がいるため、ゴリもトメ将軍に同意します。それでもトモは、噂によると魏軍と公孫淵軍は互角か、むしろ公孫淵の方が有利だ、と力説します。遼隧に公孫淵が築いた二十里にわたる塹壕がきわめて堅固であることはトメ将軍も知っており、魏軍大将の司馬懿は、守りに強くいものの攻めは不得手と聞いている、とトモはさらにトメ将軍を説得しますが、トメ将軍はそれでもヤノハの預言を信じたい、と語り、明日襄平に向かって出発することを決めます。するとトモは、我々の示斎(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸・災厄を一身に引き受けて人柱になる神職で、航海中は髭を剃らず、衣服を替えず、虱も取らず、肉食を絶ちます)であり、使節団で最も神に近い存在であるミマアキの意見を聞いてはどうか、と提案し、トメ将軍もゴリも同意します。トメ将軍は、トモが思ったより慎重な男と考えを改め、ゴリは、慎重なのか、日見子様(ヤノハ)を信用していないのか、と怪訝な様子です。

 トモはミマアキに、このまま魏に進むか、数日は戦の状況を見極めるか、意見を求めます。自分は何を信じるし、それ以上に日見子様(ヤノハ)の命に従いたいので、襄平に向かって迷わず進むのが正しいと思う、と答えるミマアキに、無謀すぎるのではないか、とトモは諭します。日見子様が、あえて戦場を突破し、魏に行くことを望んでいるのは、そうせずに魏の天子が倭を同盟国に迎えることはあり得ない、とミマアキはトモに説明します。なぜそこまで日見子様に従うのか、とトモに問われたミマアキは、間違ったことが一度もないからだ、と答えのます。絶対的に不利な中で日下を破った事実は認めるが、別の見方では、勝つためには配下を平気で犠牲にするように思える、とトモに指摘されたミマアキは、その冷酷さも将たる証だ、と反論します。それでもトモは食い下がり、最前線を突破できないなら全員死んでもよい、と日見子様が思っているのではないか、とミマアキに指摘します。ミマアキはそれを否定し、何が言いたいのか、トモに尋ねます。トモは、穂波を裏切り、日下に出奔した父親と今でも文のやり取りをしている、とミマアキに明かします。敵味方といえども、親子であることに変わりはない、というわけです。トモはミマアキに、父親から日見子様に関する恐ろしい秘密を聞いた、と伝えます。ミマアキは、恋人のクラトが暈(クマ)国の刺客に殺された、と聞いていましたが、トモがミマアキに、父親から聞いた話として、山社に放った覗見によると、クラト殺害の下手人は日見子様だ、と伝えるところで、今回は終了です。


 今回は、日下と魏への使節団で重要な動きがありました。日下では、事代主を従属させるための吉備津彦の策によって、日下の都でも疫病が流行し、これが日下と事代主、さらには山社との関係に関わってきそうです。注目されるのは、ビビ王君が倭国を統一すれば「はつくにしらすすめらみこと」と名乗る、と考えていることです。『日本書紀』では、神武天皇(始馭天下之天皇)と崇神天皇(御肇国天皇)が「はつくにしらすすめらみこと」と称されています。神武天皇は本作ではサヌ王に相当するようで、過去の人物ですが、崇神天皇であることが強く示唆される人物はまだ作中で登場していないように思います。崇神天皇は『日本書紀』では開花天皇の皇子で、本作ではビビ王君が開花天皇に相当するようですが、ビビ王君の子供の有無はまだ明示されていません。本作では、記紀の系譜と日下の系譜がおおむね一致しており、これは日下連合が山社連合を服属させ、その後も熊襲に相当すると思われる暈国と対立することになるのかもしれませんが、ヤノハが吉備津彦と直接会っての和議を考えているように、山社連合と日下連合との間で何らかの妥協というか和議による(熊襲としての暈国を除いた)倭国統一が達成されるのかもしれません。

 これと関連して、トモの言動も気になるところです。トモは、山社連合が日下連合を破ったさいに、山社連合の兵士としてミマアキとともに戦い、日下のフトニ王(大日本根子彦太瓊天皇、つまり記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)の殺害にも貢献しました。そのトモが、まだ父親と共に日下に忠誠を誓っている、との展開は意外でしたが、トモの真意は別にあるのでしょうか。トモは今回、ミマアキにヤノハへの忠誠を失わせるような、極秘情報を伝えます。ミマアキはすでに一度、ヤノハがクラトの殺害を命じたのではないか、と強く疑っており(第136話)、それでもヤノハを信じようとしただけに、これでヤノハへの忠誠を失ってしまうのでしょうか。それとも、ミマアキはクラトの日下への忠誠をトモから聞くなどして知り、私情を抑えて、君主として優れているヤノハに忠誠を誓い続けるのでしょうか。崇神天皇、つまり御間城入彦五十瓊殖天皇は、その名前から本作ではミマアキのことかもしれず、上述の推測のように山社連合と日下連合の和議による倭国統一が達成したら、ミマアキが実質的な初代倭国王、つまり「はつくにしらすすめらみこと」となる可能性も考えられます。山社連合の魏への遣使はまだ長く描かれそうですし、出雲と日下との関係、さらには山社連合と暈国の関係も考えると、本作の完結は当分先になりそうですから、それまでは色々と推測しつつ本作を楽しんでいけそうです。

この記事へのコメント

f2
2025年12月07日 20:42
私はトモがスパイに思えます。 114話で吉備津彦が連弩を入手していた事、さらにトモはミマアキからヤノハの行程を知らされ、その直後にヤノハが襲撃されたことなどから、どうも彼は怪しいと言う気がしています。 こう言う推測が楽しめるのもこの作品の魅力の一つでしょう。 推測ついでに言うと、ミマアキが崇神天皇ではないかと思うのですが、これも今後の展開の楽しみの一つです。 この作品は本当によく出来ていると感心しています。 出来るだけ長く楽しみたいと願っています。
管理人
2025年12月08日 07:19
言われてみると、ミマアキはヤノハの旅程もトモに明かしていましたね。

トモが日下に忠誠を誓っているのだとしたら、これまでの展開もより納得できます。

本当によく構成されている作品だと思いますし、今後も楽しみにしています。